「うわぁぁっ!!まだやり残している事が山ほど有るのに死ぬなん……て?」
おかしい。そんな違和感を覚えた俺は盛大な独り言を止めると、更に続々と新たな違和感が湧いて出て来た。
一つ目に日光だ。記憶が正しければ、夜の7時前頃で殆ど日が暮れていた筈なのにまるで真昼間の如く日が照っている。
そして二つ目に周囲の気温と景色である。3月の下旬とは言え冬の寒さが若干残るぐらいの時期にしては、有り得ない茹だるような暑さを感じた。まるで夏じゃないか。
加えて今の自分は全く知らない路地裏らしき場所へ立っていて、もしや時間移動でもしたのかと思ったけど、それだけで到底説明し切れない事柄が残っていた。
そう、三つ目は自分が発した言葉が二十年ちょっと付き合って来たド低音しゃがれ声じゃなくて女の子な高い声だったから。
「あー、あーっ…うん、これ俺が出してる声だよな。夢にしちゃリアル過ぎだし、明晰夢でも無さそうか(サ○リナボイス)」
数々の違和感を認識した俺は、現状把握の為に周囲を見回していると、ふと雑居ビルのガラス戸が目に入り其処へ鏡みたく映っている『とある少女』に意識を奪われた。
半袖のブラウス、ベージュのベスト、グレーのプリーツスカート、白のルーズソックス、ブラウンのローファーを身に纏った、サラツヤな茶髪のセミショートヘア(特徴的な分け目でパッチン型のヘアピン付き)な中学生と思しき美少女が居たら誰だって視線を集中させるだろうよ。
…しかし、問題なのはガラス戸の中の美少女が俺の動作にリンクしている事だ。反射的に左右と背後を確認するが俺以外は誰も居らず、正面へ向き直ると目の前の美少女も完璧にトレースした動きを見せていた。
俺が右手を上げれば少女も右手を上げて、俺が前屈みになれば少女も全く同タイミングで前屈みをしているし、髪と顔と胸やら股に触れると鏡の少女によるリアルタイムモーション追従と、経験の無い感触のフィードバックが同時並行的に行われる。
両手から伝わってくる未知の柔らかい肌触りに困惑するばかりだ。ちなみに自明だが、両胸には小振りなサイズ感ながらも男には無い『アレ』が付いており、短パンと女性用下着に包まれた股間からは慣れ親しんだ『ナニ』が無くなっている(何が付いていて何が無くなったのかは察して欲しい)
スカートの中や両腿の素肌には経験した事の無い未知の風を感じ、そのスースーする感覚が少し落ち着かなく感じたが、不思議と心地良くも思えた。これは癖になるかもしれない。
明晰夢や幻覚、または某デスゲーム系フルダイブMMOばりのVRかと疑いたくなるが、五感が今起きている全てを現実だと訴えている。見下ろすようにして自らを眺めてみれば、ガラス戸に映る姿と寸分違わない制服少女の体が目に入った。
「そういや何処か見覚えの有る姿と聞き覚えが有る声かと思えば『みこっちゃん』じゃん」
「―へぇ。三次元化させるとこんな風なんだ。釣り目で強気系の顔付きなのが気にならない程に超絶美少女だね」
こうなる前はゴツゴツとしていた傷だらけの手は白魚のような指に変わり、しなやかで小さな手指に撫でられた顔面も病みつきになる具合の玉肌だった。ついでに頬を強めに抓んでみたら…痛い。やはり現実か。
「それと混乱してて記憶が飛んでたけど、マンションの階段で足を踏み外して思いっ切り転げ落ちてたんだよなぁ」
実は仕事帰りに書店で買った『超電磁砲』の新刊を読むのが楽しみで、子供みたいに勢いよくマンションの階段を登っていた際に転び、下の方まで落ちた辺りから記憶が無くなっていた。俺は頭でも強く打って死んだのだろう。
「となればこれって転生!?それも美琴なんてSSR引くとか強運すぎじゃね!」
整理した情報から察するに事故死を経て「御坂美琴転生」を果たしたらしい俺は一転して有頂天になり、肌を刺すような陽射しの事も気にせず路地裏を抜けて表の通りへと歩を進めると、そこには田舎住まいな信州人の俺が殆ど目にしない光景が広がっていた。
片側三車線の車道を数多の車が走り、歩道には洒落たファッションの人々が行き交い賑やかな街並みを形成していて、その景色は人生の中でもアニメイベントの遠征で東京や名古屋などへ遠征しに行った時ぐらいにしか御目にかかれない、ビルだらけの景観であった。
「当然ここは学園都市だろ♪なら早速、常盤台中学と学び舎の園へ行かな―」
そうやって浮かれ調子なまま適当に駅やバス停でも目指して移動を続けていると、またしても違和感を覚えた俺は言葉に詰まり気付いた事に対し思索を巡らせていた。学園都市とは読んで字の如く『学園の都市』であり、つまりは学生の都市なのである。
然すれば自然と街を行く人々は学生だらけの筈だが、そこにはあらゆる年齢層の男女が含まれており御世辞にも『学生』には見えなかった。
(もしかして大覇星祭の期間中とか?それなら色んな世代が居るのにも説明がつくけど)
擦れ違う人達の観察をしつつ公共交通機関の乗り場を探して歩き回っている俺は『ある案内標識』を見逃している事に気付けなかった。
見落とした案内標識には『新橋』という地名が書き込まれていて、もしも本当に学園都市であれば、東京都西部を中心に開発されている学園都市に新橋は存在してはならないのである(新橋は都心3区に含まれる港区の一部の為)
この時は人間観察に注意力が割かれ、建造物などの細かい部分から注意が逸れていたのと『別の異変』に気を取られていた。
(なんか妙に視線が俺へ集まってるような)
駅入り口のエスカレーターに乗る前から俺の方へとチラチラと視線を向けて来る通行人が多く、理由を自分の中で「そりゃまぁレベル5の御坂美琴だし」と結論付けて余所見していたら突然、脳を揺らす強烈な衝撃が全身に響き渡った。
「~~っ痛ぁっ!!」
遅れて頭を中心に鈍痛が走り、俺は駅通路へ仰向けに倒れていた。悶絶しながらも何とか起き上がり痛みにより滲んだ涙でボヤけた視界を前へ向けると、太い柱が立ちはだかっているのが分かった。あぁ、柱にぶつかったのか…通りで。
未だにズキズキと疼く額を摩りながら座り込んでいたら、見た目は美少女JCだけに数人の駅利用者が心配気に此方を観察していたので立とうと両足へ力を込め始めた『
「おーいそこの君、大丈夫か?」
声を発した三十代前半っぽい男性は『無造作ヘア、オレンジのワンポイントアニメ柄Tシャツ、アイボリーのショートパンツ、ミニショルダーバッグ、履き古し全開のスニーカー』といった背伸びオタク的ファッションだった。
けれども、何より私の思考を混乱の渦に叩き込んだ要素が『顔と声』だった。こんがらかった頭のまま差し出された手を取り立ち上がれば、更に眼前の男の顔形が強調されて混乱から脱し切れてない私を追撃する。
(この跡部様とアーチャーとグリムジョーを思い出させるイケボに、ダメ男オーラと強者オーラが同居する間抜け面の男って……まさか!?)
もしかしてこの世界は―
その時、私の脳裏を駆け巡った答えを遮るように周りを取り囲む幾人かの見物人が、通路の窓から銀座方面を向いて騒めいた。
「ねぇ。あれ何?」
「変なの飛んでない?」
「銀座の方で煙上がってるみたいだけど火事かな」
「何か人や車が物凄い勢いでこっち来てねぇか?ヤバくね?」
呟きに釣られ、ゆりかもめ乗り場へのエスカレーター付近で遠くの鉄橋の方を見渡した先には、目を疑う惨状だけが広がっていて無意識に視線を移してしまった事を少しばかり後悔した。
路上では猿や豚に似た奇妙な二足歩行生物が手に持っている凶器を使い全力疾走する人達を殺傷し、空中では巨大な蝙蝠に似た生物が何体も高速で飛び交い、時たま地上を走る人を大きな口で噛み砕いたり、飛行生物の背面に乗る古めかしい恰好の何者かが極太の槍で躊躇なく逃げる人々を突き刺し、グロテスクな骸へと変貌させていた。
「はっ?」
私の喉から漏れ出た声は私のみならず、その場に居合わせた誰もが思った事を如実に表現した物だったと思う。なんせ現代の都市へ唐突にRPGのモンスターが大量に出現して殺戮を始めたのだから。
現実感が無い眼前の出来事に、夢か質の悪いゲリライベントやドッキリを連想しても無理は無いでしょ。私は『ゲート』の世界だと分かっても唖然としちゃったけど。
「あれってワイバーンじゃ?」
「嘘!?どう見ても人が殺されてるじゃない!!」
「ヤバくねヤバくねマジかよ!」
すると、漸くフリーズが解けた私達に目掛けてワイバーンと兵士のワンセット―竜騎兵がランスを構えて上空より滑空しつつ突貫を行って来た。
意識外からの接近に殆どの目撃者が凍り付いたように再び固まり、下卑た笑みを浮かべた竜騎兵の姿に目を丸くする事しか出来なかった。
「皆避け―」
奇襲にも動じず一定の冷静を保てていた『強者ダメ男』が回避を呼び掛ける叫び声を上げようとした途端、私は右手を斜め上に掲げて『とある現象』を迫る敵へと放った。
バチバチバチッ!!!
目も眩む閃光を伴いつつ生み出された『それ』は、残り数メートルの所まで距離を詰めていた竜騎兵を正確に射貫き、そうしなかった場合に誰かへ訪れたであろう死を払い去った。そう、私は竜騎兵に電撃を御見舞いしたのだ。
コントロールを失ったワイバーンの巨体は連絡橋の頑丈な窓に衝突し、碌に勢いが減衰しないまま車道へと落ちて行き、ズシンと腹に響く轟音と振動を撒き散らして止まった。
「え?」
「今のって―」
周りの人達が一人残らず電撃の発生元である私へ視線を注ぎ、体へ纏わり付くようにビリビリと迸っているスパークを目にして、竜騎兵の時とは少し違った面持ちで双眸を見開かせていた。
いや、そんな風に見ないでよ。多分この中で一番驚いてるのは私だってば。なんか体が無意識に動いたと思えば、頭に数式やら演算式?が浮かんで私から電撃が出たんだし。これでも内心じゃ宇宙猫状態なんだけど。
「…なぁ、ちょっと、君の名前を教えてくれても、良いか?」
困惑で包まれた私へ引き攣った表情の強者ダメ男―伊丹耀司が恐らく分かり切っているだろうに敢えて自分を納得させる為なのか、途切れ途切れに動揺を隠せていない喋り方で名前を問い掛けて来た。
うん、ここは本名というか前世の名前を言ったって何にもならないし、そうするしか無いかな…よし。えっと、こんな感じ?
「―私は御坂美琴。超能力者よ」