常盤台 彼の地にて、斯く戦えり   作:クリエイプレイ

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5話 特地へ

―アメリカ合衆国 ホワイトハウス―

 

 

「クリアロン補佐官、特地は新時代のフロンティアだよ。手付かずの資源に汚染の無い自然、圧倒的な文明と技術面の優位性、異世界の動植物が有する未知の遺伝情報。どれを取っても莫大な利益を齎す可能性に溢れた宝庫だ」

 

「仰る通りです。大統領閣下」

 

 アメリカ大統領のディレルは手渡された報告書を振り翳し、熱を込めて自論を説く。その内容には補佐官も全面的に肯定していた。銀座でも確認された亜人種、ゴブリンやドラゴンに代表される異形の魔物と、これらは門の向こう側に地球の生態系から遠くかけ離れた特殊な生物が存在している証拠である。

 

 聞けばファンタジー小説さながらの魔法が実在し、魔物と魔法の軍事利用が行われている世界だと言うではないか。そんな異世界を開拓し、有効活用する事こそがアメリカのみならず、地球人類の繁栄に繋がるとディレルは確信していた。

 

「技術が進歩し新たな埋蔵資源が発見されようと、地球だけでは何時か必ず限界が訪れる。故に特地は降って湧いた宝島に等しい。莫大な資金と長い年月を掛けて宇宙開発をせずとも、特地で採掘すれば済む話なのだからな」

 

「そうですね。幸いにも特地へのアクセスポイントである門は友邦の日本に出現しました。これで彼の地から得られる利益は、我らがアメリカ合衆国へと流れる訳ですが…もう一つ他国よりも先んじて得なければならない物が―」

 

「うむ、それは銀座に出現した『ミコト・ミサカ』だな。物語の登場人物が現実世界に来る等、最初は『ラスト・アクシ○ン・ヒ○ローじゃ有るまいし』と私も鼻で笑ったものだ。しかし、実際に銀座にてローマ兵共を超能力で制圧してみせた映像と目撃証言が多数残されている。あれこそ我が国が手にすべき力なのだよ」

 

「えぇ。大統領の御命令通り、過去に終結させた計画を再始動し『ニュースターゲイト・プロジェクト』として超能力研究に着手させました。後はミコト・ミサカの解析を行い、彼女から能力開発の情報を聞き出せれば、新たな次世代型の兵士である『超能力兵士』を生み出す突破口となるでしょう」

 

「私としては超能力に留まらず、報告書にも記載されている『学園都市』のテクノロジーを我が国の手中へと収めたいがな。可能であれば門を再現して、サンフランシスコの郊外にでも学園都市との連絡通路を構築できれば言う事は無い」

 

「その為にもミコト・ミサカをアメリカ国内に招く手筈を進めております。既に各機関へ命じ『とある魔術の禁書目録』を制作する上で関わった日本企業にて管理されている電子データの入手、および小説やコミック等のアナログ媒体で売られている書籍の分析作業も実行中です。無論、ミコト・ミサカの居所に関しましても、カンパニー(CIA)の極東支部局員に探らせております」

 

 あの世界一の超大国であるアメリカが諜報機関・情報機関を総動員し、ライトノベルとアニメや漫画を大真面目に収集・分析している様子は奇々怪々でしかなく、何かの冗談だと疑いたくなる馬鹿げた光景であったが、当人らは至って正常であり『強きアメリカ』を取り戻すべく必死なのであった。

 

 

―中華人民共和国 中海楼―

 

 

「特地か…」

 

 中華人民共和国の最高権力者である国家主席の薹徳愁は、執務室のデスクにて第二十四次極東情報の分厚い報告書の束を捲りながら呟いた。それらを大雑把に斜め読みし終えると、深々と溜め息を吐く。

 

「よりによって何故『門』は日本などに…」

 

「北京に門が開いてくれてさえいれば、誰にも邪魔されず全ての問題が一挙に解決できただろう。特地を最も必要とするのは我が国だとは思わないか?」

 

「はい、日本の独占だけは到底許せません。むしろ小日本鬼子に特地は過ぎた代物です」

 

薹の秘書官を務める李は忌々し気に、日本への憎悪を口にしながら薹に応じた。

 

「そうだな。日本には表向き友好的な外交で接しつつ、その行動に制約を課すよう工作を進めてくれ」

 

「承知致しました。例の件につきましては―」

 

恭しく(こうべ)を垂れて了承した李へ、薹は軽く頷きかける。

 

「御坂美琴の事かね?ある意味では、特地よりも我が国を唯一無二の強国へと押し上げ得る存在だ。その要を日米なんぞに好き勝手されてはたまらん」

 

「アメリカに潜伏させている要員より届きました報告ですが、国中の優秀な科学者を招集し何やら極秘で研究を行っているようでして、状況からすると間違い無く御坂美琴の出現に端を発する超能力研究でありましょう」

 

「ふむ。日本から御坂美琴を奪い、アメリカに対しても工作を行い、研究成果を掠め取る方針が理想的だな。この国の人民を支えるには手段を選んでいる余裕なぞ無い。あらゆる手を尽くさねばならんのだ…中華民国の統一と、南沙群島海域の領有を不動の物とする為にも―」

 

 李の報告を受けた薹は、手元の報告書や資料を捲っている際、とある頁に注目した。そこには『収容所の民主活動家や少数民族を実検体とした超能力研究』という、詳細を掘り下げれば人を人とも思わぬ世にも恐ろしい内容が綴られていた。

 

 

―銀座事件より数日後 ロシア連邦 クレムリン―

 

 

「ではそのように周知せよ。同志プリホドロ補佐官」

 

「かしこまりました。―ですが、本当に宜しいのでしょうか?ジェガノフ大統領閣下」

 

 プリホドロ大統領補佐官はジェガノフが下した大統領令に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。それが言葉となってプリホドロの口から紡がれる。

 

「構わんさ。これもロシアが勝利の日を迎えるに於いて、欠かせない事なのだから」

 

「左様でございますか…分かりました。仰せの通りに」

 

 ジェガノフの自信に満ちた口調に、プリホドロは疑念を晴らした。だがしかし、それでも不安が完全には消えない。ジェガノフが下した大統領令とは、一年以上も続いているウクライナ戦争を期間が限定的とは言え一時停戦し『門と御坂美琴の確保』へ注力するという指示だった。

 

 ウクライナに対する声明では「先般の銀座事件にて失われたロシア人とウクライナ人の命へと、哀悼の意を捧げ喪に服そうではないか」と白々しく和平ムードをアピールしてまで、戦争へと割かれていたリソースを日本に回そうと躍起になっている。

 

 話は変わるが、今や大小を問わず戦争には必要不可欠な存在と化したドローン。その役割は偵察、索敵、弾着観測、物資運搬、爆弾投下、自爆攻撃と多岐に渡る。当初は民生のクアッドコプターの改造品や、軍用ドローンが空を行き交うだけだったが、次第に海や地上へと領分を広げていき、もはやドローン無しの戦闘など考えられない所まで来てしまったのだ。

 

 そしてドローン兵器の更なる発展形で「第三の軍事革命が起きる」と予想されているAI兵器。これらをロシアとウクライナの両軍が大量配備するのも近いと言われているが、ジェガノフはドローンやAIだけでなく『異世界生物、魔法、超能力』をも制する者こそ、地球と門の先に広がる世界を制すると確信していた。

 

 そう、異世界の実在を知ったジェガノフ率いるロシア連邦は、ウクライナの占領を後に回し、異世界生物や魔法と超能力を戦力化する事の方が重要であり、仮にそれらを独占し最新兵器と組み合わせ併用した暁には、これまで欧米諸国が保有して来た以上の軍事力が手に入り、覇権を握れると踏んでいる。

 

「全ては…我々ロシア連邦の下に平伏すのだ」

 

 ジェガノフは不敵な笑みを浮かべ、執務室のモニターに映る少女―御坂美琴を舐め回すように凝視していた。

 

 

―特別地域 アルヌス―

 

 

 銀座事件から三ヶ月後。任期の満了を迎えた笹倉総理より本位総理へと政権が引き継がれ、野党と市民団体の反対を押し切り制定された『特地派遣法』に則り、日本は門の向こう側へ三個師団相当の陸上自衛隊を派遣する運びとなった。名目は『特地の調査、銀座事件の首謀者の逮捕、補償獲得の強制執行』として。

 

 彼方の世界へ踏み入った途端に大規模な戦闘が発生し、それ以降も何度か戦闘が繰り返されて帝国側に甚大な被害が出たらしいわ。最終的な死者は銀座と合わせて十二万だとか。現地部隊の調べだと、自衛隊側には死者どころか負傷者すら一人も居ない大勝利で。そりゃまぁ、中世レベルの軍隊相手に現代兵器で戦えば当然の結果よ。

 

 帝国軍が攻めるのを止めてからは野戦陣地を本格的な要塞へと様変わりさせるべく、あちらこちらで建設工事が休みなく続いていた。その頃に漸く私の特地入り許可が下りた訳なんだけど、帝国兵や怪異の死体を私へ見せないようにする為か、陣地の外には近寄る事すら駄目だったわ。

 

 ちなみに本当なら私を特地へ行かせるつもりは無かったらしい。方針が翻った理由は恐らく市ヶ谷に押し掛けた群衆ね。噂レベルで私が防衛省の隊舎に匿われてるって話が何処からともなく拡散し、連日に渡って防衛省前の沿道を『銀座事件の生存者や遺族、とあるシリーズファンっぽいの、プラカードや横断幕を掲げた怪しい市民団体』がデモ行進してた。

 

 ニュースのVTRでは「御坂美琴に礼を言わせろ、御坂美琴と会わせろ、笹倉政権は御坂美琴の不当な拘束と監禁を今直ぐ止めろ」なんて叫んでたわね。マスコミですらテレビや新聞で「御坂美琴への取材を拒否する政府与党は、我々の取材と報道の自由を侵害している」と、私の写真付きで報じちゃってるし。

 

 確証は持てないけれど、いずこかの諜報員が痺れを切らして炙り出し目的で私の居場所を広めたという線も考えられるか。銀座事件を経た以降は「御坂美琴を国際的な保護下に」だの「直ちに超能力の研究データを全面開示せよ」と各国が日本へ迫ってたし、多分それを躱す口実として門の向こうへ私を送った流れかしら。

 特地なら周囲への被害も気にせず、超能力の検証やら実験を存分にやれるってのも有るかな。

 

「だとしても此処でも能力研究漬けは嫌になるっての」

 

 休憩中の私は陣地内を歩きながら愚痴り、面白味が欠如した生活サイクルに腹が立っていた。いっその事、陣地外へ抜け出してモンスターや野盗で憂さを晴らしてやろうか。そんな風に考えている私の前を、頭をボリボリと掻く伊丹が面倒臭そうに通り過ぎていった。

 

「あ、伊丹じゃない!丁度良いわ。ねぇ、どうにか営外へ行きたいんだけど何か無い?」

 

「んー?何か無いかと聞かれてもな…………まぁ、有る事には有るがさ」

 

「え、教えて教えて!凄く気になる!」

 

「特地の人間、宗教、産業、政治形態を調査しろって命令されたんだよ。部隊名称が『深部情報偵察隊』で、その六個分隊の一個を指揮するよう言われたから困っててねぇ。そのうえ可能なら住民と友好的な関係を結んでこいと」

 

 伊丹は深々と溜め息を吐きつつ首を振り、大袈裟に肩を竦めてみせた。成程…調査活動ならワンチャン有るかも。

 

「調査だったら私が同行しても良いわよね♪戦う訳じゃないし~」

 

「それはちょっと上司に確認を取らないとヤバイし、俺の口からは答えられないぞ」

 

「であれば確認を取ってくれない?もしOKしてくれなきゃ全力で暴れちゃうわよ♪と、伝えて頂戴」

 

 ゴゴゴと擬音すら聞こえて来そうな、目が笑ってない笑みを顔に湛え、わざとらしくビリビリ放電しまくれば「ぐっ、わ、分かった…」と、伊丹が慌てて『第五戦闘団本部』と書かれた看板が立て掛けられているテントへ駆け込んでいった。

 

 それから二時間が経過。休憩も終わったし、いつものパターンで退屈な時間を過ごしていたら、伊丹とは別の自衛官から呼び出しを受けて後についてくと、戦闘スタイルの伊丹と十人弱の自衛官が二列で並び待っていた。これはもしや…。

 

「それと、訳有って第三偵察隊へ加わる事になった御坂だ。彼女は俺等に特地語を教えられる程の特地語話者なんで、そういう方面で活躍して貰う」

 

 やったぜ。

 

 美琴ボディの卓越した語学力にかかれば、短期間で読み書き出来るクラスの特地語ネイティブスピーカーよ。そんな理由で、銀座事件で逮捕された帝国兵を取り調べる際の通訳をリモートで任された事が何回も有ったっけね。

 

「ご紹介にあずかりました御坂です。伊丹二尉の説明通り、通訳として皆さんをサポートさせて頂きますので、よろしくお願いします」

 

 私が自己紹介すると各隊員が様々な反応を分かり易く示した。目を見張り驚く人、胡乱げに見て来る人、表情が強張ってる人、なんか物凄く瞳が爛々と光り輝いてる人と多種多様だ。

 その次は隊の人達が順番に自己紹介していく。さっきの目の輝きが危ない人は倉田三等陸曹って言うらしい。

 

「じっ、自分はぁっ、倉田武雄三等陸曹であります!あの『御坂美琴』と御会い出来て光栄ですっ!よろしくお願いしまぁすっ!!」

 

「は、はい…よろしくお願いします」

 

 これは銀座事件で私を知った感じじゃなくて、ガチとあるファンっぽいわね。全身全霊の敬礼を捧げた勢いで力強く握手してくるし。外身こそ本物だけれど、中の人である私は転生者だから、騙してるようで罪悪感が半端無いわ。

 

「じゃあ出発しよっか。―と、その前に御坂にはコレを使わせろってさ」

 

 ついに待ち侘びた特地での調査が始まると、心を躍らせていた矢先に伊丹が幾つか装備を渡して来た。えっと、戦場ジャーナリストみたいなヘルメットやチョッキにタクティカルブーツ?こんなの超能力者(レベル5)の私には要らないと思うんだけどね…断ろうか悩んでいた私に伊丹が耳打ちをする。

 

「許可取るの大変だったんだからな?太郎閣下にも方々への根回しを頼んだり。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれよ」

 

「それくらい分かってるってば。中身の年齢なら伊丹と同い年だし、私も子供じゃないわ」

 

「今は誰がどう見ても子供だろ…」

 

 伊丹に釘を刺された私は反論を呟くが、もっともな指摘を即座に返されて言葉に詰まってしまった。はぁ、仕方が無い。大人しく指示に従うとしよう。

 

 

* * *

 

 

 特地派遣方面隊の野戦陣地を出発した私達は、建物は疎か電柱の一本も建てられていない道を只管に走っていた。舗装されてない荒れた道だから、私が乗っている高機動車を何度も何度も揺さぶる。

 周りを見渡せば山、川、野原と大自然が広がっていて、他は青空に浮かんだ大きな雲ぐらいか。暫くすると、それなりに規模の大きい村が前方に見えた。

 

「村落に着いたな。あそこの看板に書かれてる村の名前みたいなのは―」

 

「コダ村、ね。調査ついでに信頼関係も築くって命令なんでしょ。となれば私の出番かしら?」

 

 助手席の伊丹に問い掛けて降車を促す私。降りる時に「住民に威圧感を与えないよう、ヘルメットとチョッキは脱いどけよ」と言われた私は、それらを後部座席に脱ぎ、常盤台中学の制服姿で車外へと出た。

 よくよく確認すれば、伊丹と長身黒髪ロングの大和撫子な黒川二等陸曹も、小銃と一部の装備を外して置いている。

 

 住民を怯えさせない為に私と黒川二曹は静かに村の入口へと歩き寄り、柱の陰に少し隠れつつ第一村人の男の子へ微笑んでみせた。母親らしき大人が家の玄関まで男の子を下がらせ、こちらの様子を恐々と窺っている。          

 警戒を解く意図で黒川二曹に倣い、私も手を振って愛想を振りまいてみると、男の子が特地語で私に向かって話し掛けて来た。

 

「Kest su oud parlt om?(お姉さん達は何処の人?)」

 

「Tuline vage kaugeit maalt(私達はね、とっても遠くの国から来たのよ)」

 

「Mliie parust ca tolid?(何しに来たの?)」

 

「Sea on vist sino too.Arze quretsegu,na ten wihtsalt uurimstob(お仕事かな。調べ物をするだけだから、安心して頂戴)」

 

 流暢な特地語で目的を喋ったのも有り、幾分か男の子の母親も落ち着いたみたいで、黒川二曹が振り返り草むらへ隠れている伊丹に手招きで合図を送る。それを待ってましたとばかりに伊丹は眩い笑顔を浮かべながら姿を現した。

 

 その後はコダ村の村長が住む家へ案内して貰ったり、村長や村人に周辺の地理を教えて貰う時に私が通訳する事で、円滑な情報収集を手助けした。

 村長によるとコダ村から約7kmの距離にエルフ族が森の中へと隠れ里を築いているらしく、そこのエルフなら長寿命特有の知識で詳細な地理を教えて貰えるかもしれない事が判明したのであった。

 

「そーらが蒼いねぇ。さっすが異世界」

 

「こんなの北海道にだって有るっスよ。俺はもっとファンタジーな風景を想像してたのに、これまで通って来た村の住民は地球人と変わらないし、中世ヨーロッパそっくり」

 

「ま、異世界というだけでファンタジーじゃん?」

 

「なんかガックリっス。それなら学園都市へ行ってみたかったなぁ―って、あ…ごめん!御坂ちゃんは出来たら、直ぐにでも元居た世界へ帰りたいのに、今のは無神経だったよね。本当にごめん…」

 

「別にそんな――私は大丈夫ですから、気に病まないで下さい。門なんて世界と世界を繋ぐオカルトな装置が存在する以上、そのうち私の世界にも繋がっちゃうかもしれませんし。何とかなりますよ」

 

「そっ…そっかぁ、そうだね!」

 

(誰よりも『とある』の学園都市へ行きたかったのは私だっつうの。ゲート世界が嫌とまでは言わないけど、美琴に転生できたのに違う世界へ飛ばされるなんて生殺しよ!)

 

 伊丹と嘉納大臣を除けば、ゲート世界の人達は私の事を『とあるシリーズに登場する本物の御坂美琴』として認識している。であれば最後の最後まで私は御坂美琴を演じ切るまでだ。

 

すると、車内へ充満する気不味い空気を切り替える為か、桑原曹長が「おい倉田。この先の小川を右折して川沿いに進め。暫く直進すれば、森が見えてくる。そこがコダ村の村長が言ってたエルフ族の森だ」と倉田三曹へ道案内をした。

 

「りょ、了解。桑原曹長(おやっさん)

 

 助け舟を出された倉田三曹は動揺しつつも返答し、高機動車のステアリングをギュッと握り締めた。

 

「伊丹二尉、意見具申します。森の手前で停止しましょう。一旦そこで野営です」

 

「うん。賛成」

 

「あれぇ~二尉?一気に乗り込まないんスかぁ」

 

「このまま森に入ったら夜になっちゃうでしょ。何が居るか分かんないのよ?隊には民間協力者の御坂も居る訳だし、リスクを背負う真似は極力避けなきゃ。それに村が有るなら其処の住民を威圧してどーすんの。俺達は国民に愛される自衛隊だぞ?」

 

「そういう事っスね」

 

「あぁ。俺達の任務は現地の人と交流を深めて情報収集する事。ハーツ&マインドだよ」

 

 伊丹は特地語の会話集を取り出すと、特地の挨拶を纏めた頁を開いて予習を始めた。銀座事件の『逮捕者』を調査した言語学者による苦労の結晶である。編纂に私も協力したから、それには私の苦労も少しばかり含まれている。

 

「サヴァール・ハル・ウグルゥー?(こんにちは。ご機嫌いかが?)」

 

「棒読みっスねぇ。駅前留学に通うか、御坂ちゃんの語学レッスン受けた方が良かないスか?」

 

「うるっせぇ!」

 

 拙い発音を茶化された伊丹は、88式鉄帽越しに倉田三曹の頭をパコッと殴りつけたが、倉田三曹は前方に視線と意識が固く定まっており、殴られた事など完全に意識外へ追いやっていた。

 

「あれは!!」

 

「…火事?」

 

 食い入るように伊丹と桑原曹長が目的の森から立ち上る黒煙を見つめていて、倉田三曹は息を呑む音を漏らしていた。

 

 

* * *

 

 

「とんでもなく燃えてますねぇ」

 

「盛大にな。大自然の脅威ってか?」

 

「というより怪獣映画でしょう―」

 

 森の手前で降車した私達は、燃え盛る業火を遠目に眺めている。さてどうしたものやらと思案に耽っていると、桑原曹長が指し示した方向に一匹の巨大なドラゴンが地面目掛けてファイヤーブレス―要するに火炎放射を吐いていた。

 

「ありゃ!」

 

「首一本のキングギドラか?」

 

 双眼鏡を覗き込んだ伊丹は驚愕の声を上げ、桑原曹長の例え方に倉田三曹が「おやっさん古いなぁ。あれはエンシェント・ドラゴンっスよ」と突っ込んでる。私はドラゴンと聞けば某ツンツン頭や烈火の八竜、あるいは七大天竜を連想するわね…七大天竜…ニー○ヘッグ…極ニ○ズ…カータライズ&ホリッドロア…うっ、頭が。

 

「伊丹隊長。どうされますか?」

 

 七三式トラックから小柄な女性自衛官の栗林二等陸曹が駆け寄り、指示を求めてきた。身長が中二で14歳の美琴()よりも低く、目測でも女子中学生の平均身長を下回っている事が見て取れる程のミニマムな人ね。でも、ある部位に限っては超特大スケールなのよ……べ、別に羨ましくなんか無いし?成長の余地は残されまくりだし!?

 

「栗林ちゃあん。オイラ一人じゃ怖いからさぁ、一緒について来てくれるぅ?」

 

「お断りします」

 

「あっ、そう」

 

「じゃあ私が行ってあげても良いわよ。なんならアイツを倒しちゃうけど」

 

 せっかく特地入りを果たしたのに、毎日毎日ずっと機器に囲まれて研究オンリーだった私は、正直言ってストレスの捌け口を探していて、あのドラゴンの出現は僥倖であった。

 溜まりに溜まった鬱憤をぶつけてやろうかと、最大出力で落雷の演算を開始すれば「駄目駄目ストップストォォ~~ップ!!無闇に能力を使うなぁ~~ッ!!!」と伊丹が体を張り制止を掛けてきた。ちっ、邪魔すんなっての。

 

「二尉。奴が飛び去って行きます」

 

「…あのドラゴンにさ、何も無い森を狙って焼き討ちする習性が有ると思う?」

 

 伊丹がドラゴンを見送るのと併せて呟いた質問に、私の学園都市第三位ブレインは瞬時に解を導き出し「あそこには確かコダ村の村長が言ってたエルフの集落が!?」と、思わず悲鳴にも似た声を発してしまった。

 

「やべぇ!」

 

「おやっさん。野営は無しだ」

 

「了解です―総員、移動準備!」

 

 

* * *

 

 

 結局、俺等が森に入る事が出来たのは、夜が明けた後だった。夜中から降り続いた雨のおかげで森林火災が鎮まって、火や黒煙が収まり漸く森へ立ち入られるようになったが、森は見通しが良くなる程に殆ど木が焼け落ちてしまい、黒く炭化した地面は未だに煙が上がり熱を帯びている。

 

「これで生存者が一人でも居たら奇跡っスよ」

 

 倉田の言葉に「そうかもな」と応じつつ、俺は集落が存在していたと思しき箇所までは進んでみようと考えていた。一時間半は歩くと立木が無い開豁地へと出て、見渡すと明らかに建物の焼け跡らしき塊が数軒分も散らばっている。

 そして…傍らには焼け焦げ切った仏像のような―いや、焦げたミイラに近い物体が何個も横たわっていた。

 

「二尉、まさかこれって―」

 

「言うな」

 

「…うへぇ。みこっちゃんを車内に待機させたのは正解でしたね」

 

「だな。経験を積んだ自衛官ですら、遺体に接し続けるとPTSDを発症する場合が有るんだ。こればっかりは一般人の御坂が関わるべきじゃない」

 

 怪異などの襲撃を警戒しながら、ゆっくりと集落跡を捜索する。無事な建物は一軒たりとも無く、何もかもが完全に焼き尽くされ瓦礫の山と化し、そんな建物の横に遺体がゴロゴロと転がっている状態だ。

 

「仁科一曹、勝本と戸津を連れて東側から回ってくれ。その時に御坂が降りるとかゴネても聞き入れるなよ。倉田、栗林、俺等は西側方面を捜索するぞ」

 

「捜索って何をです?」

 

 栗林の問いに俺は「う~ん、生存者…かな?」と肩を竦めて答える。そうして小一時間ほど掛けて捜索を行い、ここには生存者が居ない事が分かった。井戸の縁にドッカリと勢いよく腰を下ろすと、額に滲んだ汗をタオルで拭う。

 

他の隊員達は、この集落に住んでいた人々が生活していた頃の様子が窺い知れる物を探しに彼方此方を探し回っており、倉田は小型のクアッドコプターを飛ばし、被害の全体像をモニター付きコントローラーで俯瞰していた。

 

 水筒の水を飲み小休憩を取っていたら、其処へクリップボードを小脇に抱えた栗林がやって来た。栗林の報告に依れば、この集落跡で大きな建物を三軒と中小の建物を二十九軒ほど確認できたそうな。見つけただけでも遺骸の数は二十七体と建物に対し少なく、殆どは焼け落ちた建物の下敷きになったのでは、との報告を受けた。

 

「一軒に三人と考えても、三十軒だと九十人だもんなぁ。大きな家屋を合わせたら百人ちょっとの人達が暮らしてたんじゃないかな。それで全滅したのか、若しくは他所に逃げ延びているのか…」

 

「何にせよ酷いものです」

 

「そうだね。この世界のドラゴンは集落を襲撃するケースが有ると報告しなきゃな」

 

 俺は水筒に口をつけると残量の少なさが気になり、チャプンチャプンと振って音を立てた。水筒に水を足そうかと、足元に落ちていた縄付きの木桶を井戸の中へ放り込み「どの辺りにドラゴンが巣を作っていて、どの辺りに出没するかも調べないとね」なんて言ってたら、コーーンと甲高い音が井戸から響いた。

 

「ん?」

 

 妙だと感じた俺は井戸を覗いていれば、栗林が「なんでしょうか」と一緒に覗き込んで来て、L型ライトで内部を照らす。すると……井戸の底には特徴的な笹穂耳―所謂エルフ耳を生やした金髪の少女が、プカプカと浮かんでいた。

 

 

 




UAが10,000に達するなんて夢でも見てるのかな?と思った筆者です。しおり、お気に入り、評価、感想コメントを頂き誠にありがとうございます。それらが全て執筆の励みとなっております。

主人公とコダ村の男の子が交わしている特地語は筆者オリジナルで、モデルになった言語は存在しますが所々を適当にもじった事により、全く意味や法則性を持たない「なんちゃって異世界語」となっております(美琴ボディの語学力すげー的な雰囲気を味わう為の物でしか無いです)

[補足コーナー]
・北条大臣の総理ルートが消失した為、北条議員は本位内閣に於いても財務大臣として続投されている。
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