キヴォトス先生生活記   作:ゆんゆんマル

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記憶喪失先生と砂狼シロコ (シリアス)

記憶喪失先生と砂狼シロコ

 

 

 

 

 

 

「…」

 

先生はベットに寝たきり一週間が経った。医者からは

「たまに手を握ってあげてください」

と言われたきりだけど、生気がしない腕を持ってみたり額の傷をそっと触れたり

多分ダメなことをしている。

…早く起きてよ…先生…

 

 

 

 

 

 

 

 

……いつの間にか眠って…

「…!?」

 

びっくりして飛び上がってしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

頭をそっと撫でていたのは先生の手だった。せんせいがおきた…!

嬉しさが体に出る。勝手にぴょこぴょこ耳が動いてる気がする。

ああ、もう!

 

「せ、先生!良かった…」

 

「!」

 

思わず抱きついてしまう。ああ、よく知っている。人肌の…先生の暖かさだ。

 

「…えっと、その、すみません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたはどなたでしょうか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、河川敷で先生とお花見をしている。

あの後リハビリを終えた先生の体は、若干細身になったなと感じること以外は特に変化はなかった。

変わってしまったのは、心。

 

「シロコ…さん。桜が綺麗ですね」

「ん、そうだね。先生」

 

そろそろ葉桜になる頃だ。髪の毛に桜が張り付く。

 

先生との会話は、いつも以上に弾まなかった。

私は口数が多い方じゃない。そんな私からたくさん話題を引き出す先生は、もう

 

 

「前の僕は、どんな人でしたか?」

「…先生は、すごく元気な人だったと思う」

「素敵な方でしたか?」

 

言葉に詰まった。どう言ったとしても、棘があるものとして受け取られてしまいそうだった。

先生は「少し嫌な質問でした」と軽く頭を下げた。

 

私は先生と一緒にいたあの日から先生との距離が開くのを感じていた。

 

「シロコさんは、元のようになって欲しいと思いますか?」

 

再び開いた口から出たその言葉。弱々しくなってしまった先生の言葉は、その日最後の言葉になった。

 

私はポロポロと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間に梅雨が来る。外に出るにも雨が降っている。

記憶を取り戻すための思い出巡りは一旦中断だ。

先生は簡易的な仕事には手をつけ始めたものも、記憶喪失という事実は重かった。

 

「ん、先生。無理しないで。」

「シロコさん、ありがとう。でも、こうやって前の生活を思い出さなきゃ」

 

止めることも、勧めることもできない。

私は先生が交通事故に巻き込まれる直前、先生と言い合いをしてしまった。

 

疲れた私と疲れた先生、互いに子供っぽさをぶつけ合って、思ってもない感じてもない不満を言って。

何で言い合ったなんてもう思い出せない。思い出したくないのかもしれない。

その事実だけが私の足に括りついて、外れそうにもない。

 

「シロコさん、申し訳ないんですけれどコーヒーを一杯もらってもいいですか?」

「ん、ちょっと待ってて。すぐに持ってくる」

 

 

「…あれ、これはラベンダー…?誰が…?」

 

 

 

 

 

 

 

梅雨が終わればすぐに夏だ。エアコンばっかの部屋は健康に悪いと、先生はまた思い出を摘み取る日を過ごしている。

先生は珍しく私を誘って、「少し付き合ってほしいです」と日時を予定してきた。

これまでは私主体だったのが、先生は変わろうとしているのだ。

 

 

「私は、多分これが好きだったと思います」

「………!…どうして…?」

 

少しハッとしてしまった。お世辞にも大きいとも立派とも言えないこの植物園が、先生はとても好きだった。

そして私も、知らないうちに花言葉を覚えてしまうくらいにはこの植物園に思い入れがある。

 

「…かといって、何で好きで、何が好きなのか。やっぱりよくわかりません」

ふっと笑う。そこにはまた、落ち着いている時の先生を思わせるような、寂しさを感じた。

 

「先生は、どんな花が好き?」

 

 

 

 

 

 

 

 

秋が来る。先生は植物が好きだというのは本能的なものなのだろうか。

紅葉通りをカーディガンを羽織った先生が歩く。どこか嬉しそうな先生は口を開かずとも読めてしまう。

退院後に比べて血色が良くなってきた。

 

「仕事はやっぱり大変だね。」

「ん、先生はよくやってる」

「シロコは優しいね」

 

同じベンチに座って一旦休みとする。

そうして子供のように紅葉の塊を足で作る先生。

 

「あっという間に梅雨がきて、夏が来て、秋が来るんだね」

「ん、毎日頑張ってる証拠。先生はもっと自分を褒めるべき」

「ふふ、ありがとう」

 

 

「僕は、昔の僕になった後。僕が消えるのが、少し寂しくなってきちゃったよ」

ニコッとした先生はそう言って席を立った。

私はまた置いて行かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

雪が降る。木は枯れ小さな命たちはその身を隠す。早朝の空気は肺を凍らせる。空には澄んだ青。

 

「ん、先生、早いね。」

「シロコはこの寒さでもサイクリングかい?」

「ん、運動は寒い時こそすべき」

「若いっていいねぇ」

 

ホシノみたいなことを言う。

 

「ん、先生も行くべき」

「私は遠慮しておくよ。雪かき手伝ってくるさ」

 

 

 

 

 

 

もうすぐ春。朝起きるのが楽になる春は好きだ。

今日は先生と一緒にどこかに出かけるらしい。何を聞かずとも何度も頷いた。

そして今日は、先生と出会ってちょうど3年目。

少し、花屋にでも寄っていこうかな。

 

歩行者信号が青になる。ステップ混じりの足取りは、止まった。

 

 

キィィィィィィィィ!!!!!!!!!!

 

 

 

右から聞こえてきた金属音。右頬に映る赤いブレーキランプ。迫り来る大きな影。

動けなくなる呪いを受ける私は、次の瞬間強い衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁッ…シロコ!シロコ!大丈夫!?シロコ!」

「…あれ。先生…?私轢かれて…」

「間に合って…ほんとによかったよ…」

 

地面に倒れた私を先生はこれでもかと言うほど抱きしめる。不思議と痛みを感じない。私は死ぬのだろうか。

でも、体に怪我はない。地面にも血は流れてないんだ。

 

「先生は、どうして、ここに?」

 

「…花屋に寄りたかったんだ。シロコに渡したい、花があったんだ」

 

「そっか。私も」

 

また、先生は顔を私の胸にうずめて泣いている。

きつく、きつく抱かれている。

 

「先生、どうして、泣いているの?」

 

 

「全部、思い出したんだ」

「花屋に行って、ある花を見て、涙が出てきて、何だか止まんなかったんだ」

「訳も分からなくて、外に出たら、シロコがこっちに向かってきてて、ああ一年前のこの時、俺事故ったんだって」

 

「俺思い出したんだ…。思い出したんだ。」

 

 

 

 

「一年間シロコが一緒についてきてくれてたことも、俺の横顔を見て少し不安そうにしてたのも」

「植物園でずっと昔から好きだった花を俺が選んでシロコが驚いてたのも」

「今日がシロコと会って3年目の日だってことも」

「全部覚えてる。全部覚えてるし、全部思い出したんだ。」

 

 

「だから、泣いてる」

 

あれ、手が濡れてる。血…?

いや、これは私の、涙だ。なみだなんだ。

 

「先生、おかえり」

 

声にならない声でえずく先生を優しく抱きしめる。壊れないように、でもどこにも行かないように。

だんだんと、目頭が熱くなって止まらなくなる。

 

先生の手から落ちたその花を持ち上げる。

 

「ローダンセ」

 

変わらぬ想い

 

 

 




花言葉は勉強中です。間違えていたらすみません。
よければ調べてみてください。そして間違いを指摘してください。
出来れば言葉の意味を考えたりしてくれると嬉しいです。

よければお気に入り等々お願いいたします。励みになります。
次回もお願いします。

今回のテーマは「花」「記憶」でした。

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