アリスを養子にとった。
何を言われようが構わないが、まずは弁解させてもらう。私は決してロリコンでは無い。小さいものに愛おしさを感じるだけだ。アリスはその範囲外になったしな。
……というのも、彼女らキヴォトスの生徒は学園を卒業する。当たり前だ。生徒であり子供。どれだけ母校を愛せど時間には勝てない。
その後のことは私は基本的には不干渉だ。先生と言う立場は思っているよりも身幅が狭いのだ。皆それぞれの人生がある。私はその後押しを彼女らの学生時代にするだけ。
きっとそれでいい。と思っている。
「先生! 起きてください!」
「先生じゃない〜……ぅぅ……眠い……」
アリスは卒業後、我が家の子供となっている。
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アリスやモモイ、そしてユウカ。私が面倒を見ることが出来た生徒が卒業して2〜3年たった。それと同時に私は煩雑な引き継ぎを終え、彼女らの卒業と同時に先生の肩書きを降りた。
そこには多少なりとも葛藤はあった。
あのシロコの先生から託された''大人としての責任''
私はあれを果たせたか。今でも答えは出ていない。皆が笑って卒業できた今、どうすることも出来ないけれど。と笑いながら言ってみる。
「先生! 顔が暗いですよ? パンを焼いておきましたから、ちゃんと食べてくださいね?」
「わ〜かった……いってらしゃい〜」
アリスは、私とwinwin……?? な関係になれるとして養子にやってきた。
私は卒業と同時にタブレットへの権限を無くした。アロナはそれが嫌すぎて今はスマホの中にいる。
「先生! おはようございます! いい朝からで悪いとは思いますが、スマホをちゃんと充電してください!」
ブツッ……
今じゃ喋りかけてくる電池の虫食いだ。……というのも可哀想なので、妙に電池の減りが早い可愛げのある話し相手だ。
話が逸れた。アリスはそんな無防備な私を守るためにどうやら養子になる選択をしたらしい。なんとも大胆だよな。言われた当初は頭が真っ白。ユウカの顎は1週間は開きっぱだっただろう。
アリスは、この生活は嫌ではないらしい。ならいいんだけど。先生の肩書きを失った私は今じゃただの一般男性だ。退職金で悠々自適な生活が送れるぐらいの。
彼女は今はモモイやミドリ、ユズと共にゲーム制作会社を設立。初年度からゲーム開発業界には電撃が走っているらしい。
私はアリスが働いている間家事全般をやっている。
「やらなくてもいいです! 先生は充分働きましたよ!」
「うっ……でもそれじゃ、私の存在意義がさ……」
アリスは困った顔をしたが、無理をしないでと一言。私はそれなりに家にいることを許されたらしい。
この家も家具も食費も全てアリスの給料から出ている。私の申し訳なさというのはここから来ている。
退職金は使わないでくださいとのご達しだ。使わないお金に価値はないと言っても、’’今度は私に頑張らせてください’’だと。
ちょっと泣いちゃったよ。
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同窓会。
……と名目はなっているが、年度ごとに卒業した生徒が集められ、何故か私のありがたい話を求められている。全くありがたくない。
まるで成人式のようだが、開催も卒業から2年後のためちょうど成人式的な立ち位置でもある。
「先生〜! 久しぶり〜! 元気だった〜!」
「おおイブキ! 大きくなったなぁ!」
「キキッ! いい話だったぞ先生。この歳になってまだ前を歩いてくれる人がいると助かるな」
「せんせ、全然変わってませんね」
私の挨拶は端的に済ませ、皆の自由時間をなるべく多くする。どうやら話し足りない子も沢山来る。私と話すため列の最後尾は見えない。群衆のように来ないことだけ感謝。
一回り大きくなった子や変わらない子。色んな生徒がいるが、一貫して私の生徒だ。愛おしくてたまらない。
だいたいその日は二次会三次会四次会と、日があけるまで思い出語りに費やすのだ。
30代おじさんにそこそこ体力的な難題を押し付けてくる。やれボウリングや、やれカラオケや、キヴォトスの人と普通の人間では体力的な差がありすぎるのもある。
最後の方は記憶もなく、気づいたらアリスに背負われていた。すまない……
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簡単に時間は過ぎることを実感させられた。
「先生! おめでたいメールが届いてますよ!」
「ん、読み上げてくれ」
「いいんですか、んじゃ読み上げますけど」
’’拝啓 新春の候 益々ご健勝のことをお慶び申し上げます’’
この度私 早瀬ユウカ ○○○○ との婚約が整いました
つきましては、私らの粗餐に貴重なお時間をいただけ
れば嬉しく存じ上げます
以下の日程で行いますので、良ければご返信ください
○○○○○○ ○○○○○
敬具
’’早瀬ユウカ’’
まるでpcで打ったような美しい字体。しかしそのインクの濃さから彼女の心境が伺える。緊張したんだろうな。手書きでこんなん書かれたら、嬉しくなっちゃうじゃん。
「……ははっ。驚いた」
「私もですよ! でもすごくおめでたいです!」
「……ああ! 勿論だ! 久しぶりに元気が出てきた! あまり余るお金の使い道を見つけたっ!」
ユウカは卒業後も定期的に現況をメールで教えてくれていた。簿記から始まって1年ちょっとで会計士の資格を取ったと言われた日には、ちょっといい店で共にお酒を飲んだ。合格のことを自分のことのように喜んだのを覚えている。
卒業から6年。今でも定期的に会う連絡をくれる子はいる。ただ、こんなにも時間が過ぎるの早いんだな。大人とは一瞬だ。
アリスが帰った時には、もう一度2人でメールを読んで、肩を組み合って、泣くほど喜んだ。先輩の祝婚にはアリスも同じような反応だ。
喜びとともに、時間が過ぎる速さに悲しさを少し感じた。
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40代になった。おじさんもおじさん。初老である。
「……ぐぶっ……」
手にはドロッとした塊。肌色は見えなくなるほどだ。定期的に検診に入っていたものの、中々きついな。
洗面台に重い体を起こし、ユタユタと手を洗いに行く。口の中も洗う際、シワの数が多くなっていることにまたひとつため息をついた。
時刻は夕方の6時。最近はアリスも事故とが上手くいってるらしい。少しは休んで欲しいものだが、そうも外野が言うべきでもない。若さは力だ。
私は先生時代に持った情報の多さから、半幽閉的な扱いを受けている。未だに窓の外にはドローンが時たま通り過ぎる。外出に行くにもその不自由さは拭えない。
いつからか外に出るのも最低限になった。病院の定期検診と晩御飯の支度ぐらい。
最近はアリスも食べてくることが増えた。会社の仲間と上手くやっていて嬉しい。
「先生……」
「気にしないでアロナ。こういうものだよ。知ってる」
大人のカードの代償は、重い。
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「その、せん……えっと、……お父さん……」
「……どうしたの、アリス」
「……えっと、うーんと、……その、紹介したい相手がいるの」
ああ、ついにこの時が来てしまった。電球の交換をしていなかったからか、部屋には暗雲が立ち込めるようだ。そんなことしたくないのに。
「……そうか、ああ、構わないよ。出来れば色々知りたいかな」
ユウカの結婚から早5年ほど。とうとううちのアリスにも順番が来たと言うべきか。いや、にしてもこんなに可愛い子をここまで待たせた世間の男子にはお灸を据えたい。
「! わ、分かった! こ、今度連れてきても、い、いいかな?」
「ああ、いつでもいいよ。お相手の都合に合わせるから、教えてね」
最近の悩みは、体調もあるが、アリスについてだ。
最初からといえばそうだが、私はアリスへの接し方を少し間違えたのだと思う。生徒の’’アリス’’と自分の子供としての’’アリス’’。
今日、初めてお父さんと言われた。アリスが部屋を出て電話をしている間、自然とティッシュに手が伸びていた。いつしか手にまでシワが出始めた。おじいさんである。
ああ、お父さん。お父さんか。
ごめんなアリス。俺は先生だったのかもな。
本当はお父さんになりたくてなりたくて、たまらなかったんだ。なり方なんて分からなくて、時間はかかったけど。
もう一度アリスからお父さんと言われたら、私は言わせたのではなくお父さんになれたと思おう。
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何度目かの同窓会。私は何とか歩けるように薬を飲んでいる。上手く悟られずにいけてるかんじ。
これだけ時間が経つとどんどん生徒は減ってくる。皆が皆結婚式や個別に合えば済むもの。わざわざこういった場に顔を出すのも面倒くさいだろう。
「そう思っていたんだがな……」
「うさぎは直ぐに相方を見つけるようですが、私はうさぎでは無いので」
「そうか……だが私は生涯独身を貫くぞ」
「そんな! ……」
こういう生徒もいる。いや、女性か? 歳がたってくると若い頃の決意も揺らぐ。
二次会への参加は断った。アリスにおぶって帰ってもらうのも最後かな。
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アリスの結婚式は素晴らしかった。
やっと、自分の子として見れた気がした。
ウェディングドレスを着たアリスはまるで天使のように儚く、美の神から愛されていたと確信を持って言える。
アリスの言葉には声が我慢ならなかった。苦しかった。幸せがこんなにも胸を痛めてくれるなんて知らなかったよ。
「夜ご飯、一緒に住み始めた頃は、本当は少し不味かったよw……でもさ、昨日の夜ご飯。先生の肉じゃがの味は、どうか私にも教えて欲しい」
「先生が色んな生徒から慕われてて、私も嬉しかった。まるで自分のことみたいに。養子になりたいなんて言った時は、実はすごく緊張してました」
「まだまだ! お父さんとはやり残したことがあるから、どうか悲しい顔しないで、笑って過ごしてね!」
アリスのぎこちない話し方はすっかり抜けて、更に感情の籠った言葉に、自分の祝辞すらままならなかったのは内緒。
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「ねえアロナ」
「はい、なんでしょうか! 先生!」
「俺は、後どれぐらい?」
「……」
病院に行った。原因不明の吐血が続いて数年。貧血で倒れて起きての生活に飽きがきた。
「プラナ、答えて」
「……」
「そっか」
「長くないんだね」
「「……!?」」
「いっ! いえ! そんなこと……ありません……」
「へへっ」
アリスが家を出ていった直後に聞くのは、少しアロナ達にも酷か。アリス達2人は幸せそうだった。ドアを閉める瞬間、家は愕然と暗くなった。また泣いてしまったよ。いつからこんなに涙もろくなったのか。
「卒業からだった10数年か」
「長かったようで短かったような」
「楽しかった」
「アロナ、プラナ」
「「……はい」」
「ありがとう」
「遺書は、もう書いておいたから」
「「……!」」
「そんないつの間にみたいなw」
「まあ、紙だからね」
「事切れたらさ、このお金はキヴォトスの孤児施設に寄付してあげて」
「「……分かりました」」
「それじゃあ、今日はお休み。またあした」
「「……おやすみなさい」」
充電コードにスマホを刺して、車椅子から何とかひとりで降りる。アリスの手がどれだけ心強かったか。
重い瞼をゆっくりと閉じる。カーテンは開いたままだ。
「月が綺麗だ」