キヴォトス先生生活記   作:ゆんゆんマル

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今年最後となりそうです。
一年間ありがとうございました。また来年もお願いします


虐待児先生とホシノ

 

「本日未明。○○市○○町の一軒家にて叫び声がしたとの通報があり、警察が調査に向かったところ、一軒家に住む夫〇〇さんと妻の〇さんが包丁で刺されて死亡している所を発見されました。

 遺体は全身に渡りを複数回刺し傷切り傷が見られており、警察は犯人の特定を急いでいます」

 

 

 

 地域ニュースから始まったその事件はその悲惨さから、全国ニュースにまで発展した。

 勿論、殺人事件で犯人が捕まっていないとなれば全国報道位される。言ってなんだが、恨みを買った等動機のはっきりしている殺人事件なんてものはもって一週間報道されて終わる。

 だがこの事件は違った。この家族の生活環境やその子供の安否、犯人との関係性が浮かび上がるうちに関数的に話題性は増していった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────虐待児先生とホシノ────

 

 

 

 

 夜。私にとっての夜はただ寝静まる数時間じゃない。アビドスの平穏を守らなきゃいけない。そう、託された。

 夜とは不思議なもので、悪さをしようとするヘルメット団を追いかけていたらいつの間にか日が昇っている。

 好きなことをしてる人の時間は早くすぎると言うけれど、全くの逆なのが不思議だ。

 今日も懲りなくうろついて悪さをしているヘルメットを懲らしめに来た。

 

 

 

「ウグッ! く、くそ! また! 小鳥遊ホシノ! にげなぎゃ!」

「……毎晩懲りないよね。やめてよ」

 

 

 ヘルメットに貫通しないほどの傷をつける。彼女らはヘルメットに付いた傷が相当のショックになると聞いた時から、イラつく時はこうしている。

 相当恣意的な自分に時々罪悪感を覚えるが、今日はそうでも無い。

 

 

「私さ……今日気分悪いんだ……」

 

 

 先生の当番の日だったのに、昼間から高校近辺で暴れられたせいで行けなかった。そう、こいつらのせいで。

 雇われたわけでもないのに攻めてきたこいつらに同情はしない。1発1発を殺す気で撃つ。どうせこんなんじゃ死ななないし、そう思った。

 躊躇なく一発、二発、至近距離で撃ち放つ。

 

 

 

 パリン! パラパラ……

 

 

 

 ヘルメットのシールド部分を完全に破壊する。彼女らの破片を避けるために閉じていた瞼は、ビクビクして開く。私の目を見て、絶望の顔と涙をうかべる。まるで人殺しのような目で。

 

 

「まるで私のこと人殺そしみたいなさ、目して」

「なに?」

 

「ひっ……い、命だけは……!」

 

 

 逃げられないように体に乗っかっていたが、降りて横腹に足をふりかざす。

 彼女らは弱い。軽々と宙に浮く。私は愉快にそれを思う。いつまで経っても変わらない者を私は忌み嫌う。先輩がいた頃からずっと不良のこいつらに、私は何も感じない。ただの物だ。

 ……自分は先輩がいた頃とは違う。変われた。変わらなきゃいけなかった。そうでもなきゃ……

 ……なんで私がこんなこと思い出さなきゃ、またイラついて来た。

 

 

 

 

「……」

「気絶しちゃった。まいいや。次やったらこれじゃ済まないから」

 

 

 仲間を置いて逃げた他のヘルメットも、全部割ってやる。そうでなくとも寝不足な私は、加減ができない。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 ヘルメットを割る夜。割っては次、割っては次を繰り返していた。割れたシールドに月光が反射すると少しきれいだ。今度からもこうしようかな。

 家の上を飛び移り、まるで鷲のように目を光らせる。飛び移っているここらの家もほぼ廃墟だ。誰の迷惑も考えなくていい。

 

 

 

 ふと、目を公園にやった。黒光りするヘルメット共が茂みに隠れているかもしれない。ベンチに隠れているかもしれない。一瞬の隙も見逃さない。

 そんな単純な思考だった。

 

 

 砂塵の舞うこの街に、ぽつりと生気を失った先生を見た。一昨日は元気に踊っていた。昨日のメッセージにも返事をした先生が、ぐったりとベンチに横たわっていた。

 全身の毛が逆立つ感覚だった。思わず屋根を蹴る足に力が入らなくなった。ゴロゴロと瓦屋根を滑り落ちる。コンクリートに顔から落ちてもヘッチャラだった。

 公園で寝てるだけなんて考えは一切出てこなかった。あの痛ましい姿を見た後では、先生が傷ついている姿しか思い浮かばなかった。

 考えるよりも早く。先生を……先生を! その一心だった。

 

 

 

 

 

 

 幸いにもその心配は杞憂で済んだ。先生は何故かこの廃墟街の公園で寝ていただけだった。普通に考えてみればこんな場所にいるだけでおかしいのだが、とにかく何事もなくてよかった。

 偶然の出会いに先ほどまでの血の気は収まっていき、先生を安全な場所に連れていくしかないと思った。まだヘルメット団がうろついてるかもしれないし、また誘拐されるかもしれない。

 小さな形でもいいから、先生に助けられてきたことの恩返しがしたかった。

 先生を背中に背負いあげる。

 あの時、先生が倉庫で見せた体。私ははっきりと覚えている。抉れた肩にひどく爛れて伸びきったお腹の皮。一発の銃痕。

 私がその姿で気絶してしまった後も、この体で運んでくれたと聞いた。

 とにかく優しく、どこも痛まないようにそっと動かす。スーツの下に抱える闇を、きっと私は取り払うことができない。だから、少しでも和らげられるようにしなきゃ……。

 

 

 ふと、一枚の紙切れが先生の胸ポケットから舞い落ちた。ただのゴミのように見えた。あまりにもボロボロのかみっぺらを拾い上げる気にもならなかった。

 その文字が目に写るまでは。

 

「虐待児が起こした事件か?」

 新聞紙に書かれた大きな見出しは、私の目を釘付けにした。時間が止まった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「なん……で?」

 

 

 時間が止まってまた動き出すまで、地球は何回転もした気分だった。

 いつの間にか月光は角度を変え、道路のミラーは一層紙切れを照らす。

 私に取れと言っている。そうとしか見えない。少なくとも先生とこの夜が作り出した状況に、私の考え方は歪まされてばかりだ。

 

 私は取った。片手で先生を支えつつ、ゆっくりと膝を曲げた。

 一枚に見えた紙切れは何回も折られていた。その薄さに先生の思いが詰まっているような気がして嫌だった。なんで新聞の一部分をわざわざ切り抜いて持ち歩いているのか。

 新聞紙が銃よりも盾よりも数倍重いように感じた。

 

 

 

 読みたくなかった。その場で新聞を広げてしまったら、また先生の背中に頼ってしまいそうだった。せめて私の足取りぐらいしっかりしなきゃ。

 私の手は無意識にポケットにしまった。あとでシャーレにでも置いておこう。そうした。ただ落とし物を拾っただけ。

 背中に背負った先生は、いつもよりも重かった。先生の過去も一緒に背負っている感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 日も昇りかけた頃、ようやくシャーレのベットに先生を寝かしつけることができた。

 

「ごめんね先生……遅くなっちゃった」

 

 

 そう語りかけるが、先生はすやすやと寝息で返事をする。安らかに見える先生の顔が、一瞬歪む。なにか良くない夢でも見ているのだろうか。出来れば笑顔でいて欲しい。彼には、幸せになって欲しい。

 私はポケットの中のものを思い出した。本当は思い出したくなかった。

 

 

 恐る恐る折りたたまれた新聞を慎重に開く。私は知らなかった。手汗や手油で湿気った新聞紙が変色することを。いつ切れてもおかしくなかった。

 開いてA5用紙ほどになった文章を読んだ。

 

 

 

「12月25日未明。〇〇県〇〇市〇〇町にて〇〇夫妻が包丁で刺される事件が発生。警察の捜査や近隣住民の証言の元、事件から8日後、6歳の子供が連行された。その子供は殺された一家の子供であり、事件発生当日から行方不明になっていた。戸籍がなく、また非常に劣悪な環境に住んでいた。親からのDVを日常的に受けていたと見られ、身体には多数の傷が見つかった。発見当時、少年は抵抗もせず取り押さえられた。警察の質問に答えることが出来ず、栄養失調などの身体的状況と、親を殺害したという精神的状況を鑑み、精神病院への入院が決まった。関係者からは今後もこの一家の捜査を継続するとの回答を得た」

 

 

 びっしりと並んだ一言一言から目を離せない。全てに意味があり、新聞紙の変色具合からこの見出しへの思いが伝わる。胸糞が悪いというか、無力感、虚無感に包まれる事件の一部の新聞だった。

 

 数十年も前に起きた事件。何度も触れて擦れ薄くなった新聞。先生自身の境遇。新聞を持つ手に力が入る。

 

 

 

 私も馬鹿ではなかった。

 先生は、親を殺したのだ。

 

 

 私には分からない。

 先生がこの新聞に抱く感情が。

 あんな境遇へと追いやった怨恨か、忘れてはならないと自責の念に駆られた行動か、……それでも、親からの愛に手を伸ばし続けたい故か。

 私は分からない。

 分からないことは、怖い。

 

 

 

「……おはよ〜、ホシノ」

「ッ!? お、おはよ〜せんせ〜!」

 

 突然先生に後ろから声をかけられ、咄嗟に新聞を隠してしまう。隠せていることを願った。私の手汗まで新聞紙に付着してしまうことを謝りたくなった。

 

 

「そういやなんでホシノが……?」

「昨日のこと、覚えてないの?」

「なにも……」

「ほんとに?」「ほんと」

 

 先生はあの公園にいたことも、新聞紙が無くなっていることも気づいていなかった。幸いと言うべきか、私が説明した通りに先生は思ってくれたので助かった。

 ちょっとした雑談も私は落ち着かなかった。喉の奥がかゆくてたまらなかった。

 

 気づけばシャーレのビルをでていた。

 あれだけ大好きな先生の元から、一刻も早く離れたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、私は家を出れていない。夜中のパトロールも辞めてしまった。布団に籠ったままビリビリのポスターを眺めている。何も考えられなくなっていく自分を眺めているようだった。

 

 

 

「新聞の内容は……先生の過去」

 

 

 シャーレから持ち帰った新聞。あの規模ともなればネットニュースにもなっていた。虐待の程度、精神状態、その期間も……

 調べていけば行くほど傷跡の位置や大きさが先生のものと重なった。溢れかえった記事を見るのも辛かった。涙でしわくちゃになった新聞は、もう先生に返せそうにもない。

 

 

 

 やめてくれと願った事は大抵叶わない。先輩もそうだった。「それだけはやめてくれ」「こうであってくれ」私の願いを聞き入れてくれる神様はいない。

 私と同じ歩を持つ人は居ない。誰も私に敵わない。

 私の夢も叶わない。

 

 

 

 

 

 アビドスメンバーが家にやってきた。インターホンが鳴らされ、窓の外を眺める。カーテンの隙間からは彼女らのヘイローがキラキラと見えた。

 消えかけのような私のものとは正反対だ。

 

「ホシノ先輩! 大丈夫〜!?」

「みんな心配してますよ〜!」

「ん! ……」

「……」

 

 聞こえてきたのは3人の声。ノノミは静かに玄関を見つめていた。何故かは知らない。

 

「(皆、ごめんねぇ)」

「(今は出れないやあ……)」

 

 ベットから起き上がる元気もない。カーテンの揺れを抑えつつまた布団に籠った。やがて静かになった外を悲しく感じた。自然と涙が流れていた。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 私がこうにまでノイローゼになってしまっているのは、……人を殺したことがないからだ。

 私が人を……殺していればこんなにはなってなかったかもしれない。極端な話過ぎるのは、わかってるけど。

 

 

 私は先生が大好きだ。きっと今でも変わらないと信じてる。先生の全てを理解したかったし、全てを守ってあげたい。先生が必死で生徒を守って、ボロボロで苦しくても他人を守ろうとする先生。私は大切で、大切で……

 

 

 だからこそ、先生の気持ちが分からなかった。

 あの状況で両親を殺してしまった先生には、私は先生に一切の責任がないと思ってる。凄惨な家庭で生まれ育って、心も体もボロボロになった先生を、法律は裁かなかった。誰も彼も、この事件に抱くのは先生への同情だった。

 

 でも問題はそこじゃない。世間からの意見なんかちっぽけなものじゃない。大事なのは先生の「気持ち」だ。

 先生自身は、きっと自分を許せていない。あの新聞のシミ、私はそう受けとった。

 両親を殺してしまった子供の気持ち、理解出来る? 

 今どう思ってるのか? 何が欲しいのか、どうして欲しいのか、どう……接して欲しいのか。

 

 

 こんなことを知ってしまって、私はさらに先生との距離感も分からなくなってしまった。多分、これが私を落ち込ませる原因だ。

 何日間も考えてようやくでてきた言葉を並べて削って作り出した。言語化して、やっと1歩前進した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ピンポーン……

 

 

 

 

 

 

 

 インターホンが鳴らされた。またアビドスのメンバーかと思ってカーテンを覗く。まだ、そんな元気でもないんだ。彼女らといると疲れてしまいそうで……

 

 門前にいたのは先生だ。肩を竦め居ずらそうに立っている。

 もう一度インターホンを鳴らそうかと悩んでいる。気づけばお腹を少し抑えているじゃないか。痛んでいるのか? 

 分からないけど……分からないからこそじゃないか? 

 

 私は立った。考えるようも行動とはこういうことだ。多分! 

 数日間立ち上がっていなかったせいで足はフラフラだけど、何とか玄関まで行く。階段を降りる足は、結構危ない。でも行かなきゃ行けないんだ。先生が大変なかもしれないんだ。そうでなくとも、先生から心配されるのは、私のして欲しいことではないからっ。

 

 

 

 

 ガチャ

 

 

 

 

 

「……あっ! ホシノっ!」

「……や、せんせ〜」

 

 

 

 

 先生は門を勢いよく開けてこちらへ飛びつく。私の体もそこまで元気では無いが、先生の抱きつきを受け止めるぐらいいつだってできる。へへ、やっぱり細いなあ……

 でも、安心するよ。

 

 

 

 

「……大丈夫だった?」

「大丈夫。先生こそ大丈夫?」

「うーん……。うん! 大丈夫。ちょっと無くし物しちゃったんだけどね……」

「そっか……」

 

 

 

 

 

「先生、もう大丈夫だよ」

「ううん。もう少し。ホシノがいなくなっちゃいそうだから……」

 

 

 

 

 

 

「よし、もう大丈夫! ごめんねホシノ」

 

 

「ううん……むしろありがとう〜……おじさんも安心したよ」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ホシノ。なんか落とし物し……」

 

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────―

 

 

 

 

 私はまた引きこもっている。部屋はいっそう暗くなった。カーテンと窓の間にはガムテープが追加された。

 

 あの時落としたのは最悪だった。先生は見覚えしかないだろう新聞を直ぐに、いや気づいてからはゆっくりと拾い上げた。震えが見て取れた。本当に最悪な瞬間だった。

 

「ね、ねね、ホシノ」

「これってさ、どこで、拾った?」

 

 

「あ゙あ゙あ゙゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 

 枕を叩きつけ、壁をひたすらに殴る。奇声とも言える声が部屋中に鳴り響く。

 辛い。辛い。もう嫌だっ。

 でも、本当に辛いのは、私じゃない。それがもっと辛い。

 

 

 

 

 やめてくれと願った事は大抵叶わない。先輩もそうだった。「それだけはやめてくれ」「こうであってくれ」私の願いを聞き入れてくれる神様はいない。

 私と同じ歩を持つ人は居ない。誰も私に敵わない。

 私の夢も叶わない。

 

 

 

 

 

 先生は私が階段をおりてくる時のような、おぼつかない足で帰って行った。

 私は数cmも動けなかった。先生に伸びる手がこんなにも短いのかと絶望した。ユメ先輩が居なくなった時ぐらい、動悸が激しかった。

 先生を止めなければいけなかった。説明しなければいけなかった。言語化した言葉を伝えたかった。あなたが大切なんだと言いたかった。

 

 

 

 私はひたすらに壁を叩いた。向こう側が見えてしまっても気にする余裕もなかった。

 先生に嫌われるのだと、ひたすらに辛かった。だったそんなことように思えることかもしれない。自分勝手に思えるかもしれない。

 自分勝手……そうだ。私は自分勝手だ! だからこそこんなことで涙が止まらないんだ! 最悪だ! 自分が嫌いで嫌いでたまらない……

 苦しい……苦しい、苦しい。

 声が出なくなるほど叫んだ後には、ボロボロになった自分と部屋が残った。

 

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

「ただいま速報が入りました。えー、えっ……すみません。再開します。えー……超法規的機関シャーレに所属する顧問『先生』が倒れた状態で部室にて発見されました。現在病院へ搬送中で様態は不明、と、のことです……えー、……」

 

「申し訳ありません。取り乱しました。先生についての続報は随時放送しますので、決して取り乱さないようお願いします。随時情報を更新致しますので、決して市街地での交戦等は起こさないでください」

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 ……………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 やめてくれと願った事は大抵叶わない。先輩もそうだった。「それだけはやめてくれ」「こうであってくれ」私の願いを聞き入れてくれる神様はいない。

 私と同じ歩を持つ人は居ない。誰も私に敵わない。

 私の夢も叶わない。

 

 

 

 

 私は廃人1歩手前の脳みそと体を動かして、先生の元に行きたかった。行かなきゃ行けなかった。

 

 このまま『終わる』のだけは、嫌だった。

 もう、自己中でもいい。自分勝手な自分でいさせて欲しい。先生に一言、二言、謝罪がしたかった。

 許されなくても、伝わらなくても、顔を向き合って謝れたらそれで良かった。このままこの罪を背負っていくのは、到底無理だった。

 

 

「…………」

 

 ズサッ……ズサッ……

 

 どこも傷ついていないのに、全身の骨が折れたように体を引き摺る。もう限界だった。歩くのも精一杯だった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 病院に着いた。入口あたりには人混みで1歩先すら見えない。全員が混乱していた。

 

「……どいて」

 

 

「早く入れて! 先生を! 先生を見せて!」「撃たれたの!? 誰に!? ねぇ!」「ねぇ! せんせぇ! 大丈夫だよね!! ね!」

 

 

「……どけっ」「いだっ!」

「……はやく、どけ」「ちょっ!」

「どけよ」「うわぁっ!?」

「……」「なにやってんの!?」

 

 

 バァン!!! 

 

 

 空砲を撃つと途端に静かになった。

 道は勝手にできていた。病院内は不思議なほど静かで、また人混みもなかった。受付にて先生の病室を聞き出して、また引き摺るように体を動かす。

 階段を昇るのには苦労した。

 

 

 コンコン……

 

 

 

「……せんせい……」

 

「……ほ、……の……」

 

 

 ……シュコー……シュコー……

 ……ピン、ピン、ピン、……

 

 

 

 先生は私が病室に入って直ぐに気づいた。お腹辺りには大きな管が何本も刺されており、痛々しさで言えば傷跡よりも酷かった。人工呼吸器と心拍計の音はこの場の空気を凍らせるには充分だった。

 私はまた吐いてしまいそうだった。何とか抑えた先には、今にも消えそうな掠れた先生の声があった。

 

 

「……ごめ、なさい……」

「ごめん、なさい……」

 

 

 私の第一声は、みっともない謝罪だった。絞り出した声に私は満足出来なかった。ちゃんと言えるまで何回でも言い直すつもりだった。でも、言い直せば言い直すほど謝罪の言葉は言葉じゃなくなっていった。

 

 

「いい……ん、よ」

「元々、お、……って、ないよ」

「い……か、こう、なる……思って、た」

「だ、がら……ホシノ」

「大丈夫」

 

 

 先生は息を切らしつつニコッと笑った。私は、やっぱりクズだ。そんな顔を見て、安心してしまった。

 今にでも抱きしめたかった。

 

 

 

 シュコー……シュコー……

 

 先生は眠ったようだ。

 

 

 ──────────

 

 

 

 月日が経った。体感、本当に長い日がすぎたと思う。

 先生の搬送された件は大々的に報道された。ゲヘナもトリニティもミレニアムも、もちろんアビドスも大騒ぎだった。先生が復帰してもなお報道されるんだから、心がすごくズキズキした。

 先生は自分で自分の腹を撃った。過去を知られて辞めようと思ったと、遺書には書いてあった。誰に知られたとは書かないところに先生の優しさを感じた。

 

 

 

「でも、良かった」「何が?」

「先生、生きてるんだもん」「ん〜……ごめんねぇ」

「お互い謝らない約束」「う……」

「でも、私もごめんね」「何が?」

「私が原因だから……」「いやそれは……」

 

「「…………」」

 

 

「先に書類、片付けちゃお?」「そうだね」

「先生?」「どうした?」

 

 

「大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長かったですが、これにて虐待児先生シリーズも終わり(恐らく)だと思います。
ありがとうございました
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