キヴォトス先生生活記   作:ゆんゆんマル

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お久しぶりです


いじめられっ子先生といじめられっ子ミカ 

 

 

 いじめを一言で表すなら、”遊び”だ。

 無邪気に、そして残酷なそれは赤ちゃんが玩具に壊すのと同じように純粋だ。

 時が立ち、自然と体が大きくなれば、純粋さはそのまま。段々と悪意が混ざってくる。

 

 純粋な悪意。

 

 純粋な水に一滴の泥水が入ってしまえば、再び真水に戻ることは出来ない。あとはもう汚れていく一方だ。

 

 

 小学生、中学生、高校生。年齢を重ねるごとに”遊び”のレベルは上がっていく。

 投げかける攻撃の言葉は、最初はただのボール。受け取り方によっては、それが二人のことを結ぶ絆にだってなれる。

 

 だが、事はたいてい上手く進まない。ボールが明後日の方向へ向かったり、帰ってこなければ、それが”始まり”の合図になる。

 投げるボールは段々と返せない、キャッチすることのできない石となる。捕り手は必死に受け止めようと、体をボロボロに。受け取れない自分を責め、心をボロボロに。

 最後、投げたものは割れた黒曜石となり、文字通り”ボール遊び”の終わりを告げるのだ。

 

 

 遊びのレベルが上がれば、楽しさは上がっていくのだろう。

 いじめと言う言葉が一般的になり、その被害者の顕在化が進み、その楽しさを我々は認めざるを得ない。

 そうでもなければ、年々子供の目の中から消える光の原因を、何も説明できない。

 

 やめること、過激になること、それは誰も止められなくなっていく。

 深々とした傷を玩具に残してプツンと。面白さがなくなるほど擦り切れればぽいと捨てる。この遊びをする奴は誰だってそうだ。

 捨てられた玩具の行方は、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~いじめられっ子先生とミカ~~~~

 

 

 

 

 ヒュッ……。

 

 ガンッ! 

 

 

 

 カランカラン……。

 

 

 

「お! あたったぁ! いぇ~い今日の購買おごりね~」

「え~最悪。なんで避けないのよ。この醜い魔女が!」

 

 

 

 ……

 

 

 

 校舎の二階から投げられた中身の入ったジュース缶は、私の頭にゴツンと当たる。ころころと私の前に転がる缶ジュースは、惨めに漏れ出していた。

 この子も、きっと望んでこんな扱いをされたわけじゃないだろう。漏れ出した液が涙のようにも見える。

 友達がいなくなった今は、物への感受性が強くなったと思う。

 

 

 私の髪はいつものようにべたついている。何度すすいでも、何度洗っても、落ちない。

 落ちないのは、目に見える汚れだけじゃない。

 投げられた砂糖水より、質感、硬さ、回数、笑う声。……痛み、惨めさ、辛さ。

 そんな記憶が、私の髪の毛に染み付いて何度洗っても落ちなかった。

 すぐにでも切り離したかった。

 

 

 缶ジュースを投げた生徒も黙った私を背に消える。動かない玩具は面白くないんだろう。

 中庭でぽつんと残された惨めな生徒に、誰も近寄ろうとも、ましてや手を指し伸ばそうとする人はいなかった。

 そんなことをした日には、次に狙われるのは自分だから。

 

 昼休みに食べた弁当は、味見の時よりもコーラの甘さと、ちょっと塩っぽく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 水泳の授業はいつもプールサイドの日陰で遠くをみる。空の青さとか、雲の形とか。

 どこまでもいけて、誰にも囚われない。そんなものになりたいなと思った。

 

 

 

 バシャァァァン! 

 

 

「……」

「ププw。びっしょびしょ~」

「ちょっとやめなよ~」

「ごめ~ん! ”遊んで”たらかかっちゃった~!」

 

「……」

 

 

 近くにはこんな奴らばっか。学校に囚われて、こんな惨めな生活をしている自分が哀しくて虚しくて。

 あの雲にあこがれる理由は簡単だった。

 

 でもこれも自業自得。分かってたつもりだった。

 人殺し寸前のことをして、学園をひっくり返す寸前までして。友情を全部捨てて、自分のためだけ動いた。

 法律で裁かれるなら、きっと死刑でも軽いぐらいじゃないのかな。今生きてるだけ奇跡。この学園に居続けることができる喜びを噛みしめようって決めたはずだった。

 生きてるって素晴らしい! 

 ……って、思えるほど今の生活には感謝できない。できることならあの日の自分を殺して、今事なくなったちゃえばな~って。今も雲を見て思ってた。

 

 

 

 

 授業の終わりが告げられると、私は誰よりも早くプールから抜け出した。

 誰よりも遅く来て、誰よりも早く帰る。そうすれば自分のものがなくなることも、亡くなることもないと知った。

 今日だってその教訓が無駄じゃないってことを信じてた。

 

 

 びしょ濡れの制服をササっと脱いで、誰が来るよりも早くタオルで拭く。もろくなった涙腺もここでリセット。泣いたら、もっと遊ばれちゃうから。

 悔しい思いをタオルで包みこんで、服をロッカーから取り出そうとした時だった。

 

 

「……あ~」

 

 もう遅かった。というより、私の頭が足りなかった。

 一番遅く来たって結局私の服はいたずらされるんだって。

 取り出してぶら下げてみれば、墨汁が大きく染み付いていた。

 真っ白な服に目立って黒。まるで私のやったことみたい。どれだけ洗っても、もう取れないシミ。罪は重かったよね。

 私って許されないのかな。許されることじゃないんだよな。でも、でも、でも。

 

 そうやって脳内をリピートする。早く、早く逃げなきゃ。緩くなった涙腺を見られたくない。

 

 

 私はびしょ濡れの服のまんま、校舎に戻った。

 ただやる気が出なくて、誰の目に写るよりも早く自室へと帰った。授業に休むのはしょっちゅう。心配どころか感謝される。

 

 

 

 今日もこんな一日。でも、今日はましな方だったな。

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 鍵は何重にもかけて、誰も入ってこれなくした。本当に、ここが私の最後のセーフルーム。

 今日起こったことをメモにまとめて、パタンと閉じる。自分ではそうやって飲み込んだつもりになってる。

 メモ帳を閉じれば、私の心も一緒に閉ざすことができると思ってるから。

 

 服を脱いで風呂につかる。

 濡れたまんまでいるのは夏でもあんまり体に良くない。そういう理屈はいつだって見方でいてくれるから好きだ。

 バスタブに体育座りでつかる。体を温めてはすっと風呂を出る。

 惰性的じゃない。精力的でもない。無に近かった。ライン作業みたいに考えることを放棄したほうが楽だった。

 

 

 

「あれ……涙」

 

 選択かごに入った何着もの制服が視界に一瞬映った。切られたもの、汚れたもの。

 ただそれだけ。他には何もしてない。何も感じてないはずなのに涙が出る。今さっき飲み込んだばっかりじゃない。何してるの聖園ミカ。

 どんどん出る。何度タオルで拭っても体中の水分が目から抜ける。

 

 私にとっての制服は、もう好きなものとは程遠くて、言うならいじめの象徴だった。

 先生がかわいいと言ってくれた以上に、制服が私を締め付けてたまらなかった。

 くたびれた布触りは一生忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 携帯から通知音がした。私は飛びつくように携帯に手を伸ばした。

 ただベットに寝っ転がって、天井のシミを数えていただけの時間が急に華やかになる。

 板切れの通知音でなんでそこまで? ってそれは先生以外の連絡は非通知にしてるから。携帯に触れる時は決まって幸せなの。

 最後の幸せぐらい、私にもちょうだい。わがままなのは知ってるから。

 

 

 

「ミカ、元気してる?」

 

 既読を付ける前にメッセージを確認する。会話を開く前に見える範囲で頭をフル回転させる。

 何を返そう~! 急に見たらスマホに張り付いてるみたいだよね!? ていうか急にどうしたんだろ~! 

 

 散々使ってこなかった頭はこれに使うためだけにあると思う。それだけこの会話は大切。

 私が私でいるためにも、これがないと生きていけない。

 

 

 先生は次の連絡をすぐよこす。要件を先に話してくれるところ。私はすっごいすき。

 会話がスムーズで、私も落ち着いて話せる。

 

 

「いいスイーツ店があってさ、一人じゃ入りづらいからさ」

「できれば一緒に来てほしいんだ」

「今」

 

 

 ちょっとの間を置きながらも一、二分で来た。私の心は落ち着くどころか鼓動が胸を飛び出して、部屋中に響き渡ってるんじゃないかな。

 更新されるたびに私の中の期待は大きくなって、指は思わず会話画面を押してた。

 

 

 

「うん! ありがとう!」

「今からでもいいの? お邪魔じゃない><?」

 

「だいじょぶ」

「来られなかったら無理しないでね。体調とか」

 

「全然! すぐにでも行けるよ!」

 

「ありがとね。急がなくてもいいから、ゆっくりおいで」

「シャーレで待ち合わせにしよっか。気を付けてね」

 

 

 

 フランクな形での先生との会話。歯切れがよくて無駄がない会話。即断即決の先生との会話。

 たった数分が、ここまで濃くて素晴らしい。私は先生にだけ生きがいを見つけられてるんだなと実感する。

 

 ベットで悶え苦しむ。もちろん。私の顔は笑顔でいっぱいだろう。

 これから会える幸せ。一緒にスイーツを食べられる喜び。

 神様に感謝だ。

 

 

 

「って! こんなことしてる場合じゃない~! 早く準備していかなきゃ!」

 

 

 翼が私の体を軽くする。普段はびしょびしょで重しにしかならくても、今日だけ、今だけは私を後押ししてくれる。

 部屋着を放り投げて、お気に入りのスカートに履き替えて、化粧台の前で涙の跡を消す。

 うん! 完璧! 

 

 ちっちゃなバッグに必需品と先生への思いを詰めて、寮の敷地をそそくさと出た。

 出先で狙われるかとも思ったが、ちょうど今は授業時間。

 今だけ神様が味方してくれてるんだなと、聖歌を鼻歌で歌いながらシャーレに向かった。

 

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

 

 いじめは、きっと全員が悪い。

 綺麗事は言わない。ボールを落としてしまった奴も、そんなボールを投げる奴も、それをただ見ていただけの観客も。全員悪い。

 誰が悪い。どこが悪い。何が悪い。みんな悪くない。

 そんなことを言ってしまう事の方が綺麗事だ。皆が皆自分の責任から、いじめの結果から逃げているだけだろう。

 全員が悪くないなんて、被害者の心だけに影が残る言い方も私は嫌いだ。

 

 

 ここで、俺は綺麗事を言いたい。散々綺麗事は悪いような言い方をしたが、でも言いたい。

 結果をみたからこそ、やり直す可能性はあると思う。

 全員が全員、同じ非を持っていて、後悔があるのなら、一歩歩み寄る姿勢があるのなら。

 

 私は手を取り合うことができると信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 コンコンコン‥。

 

「先生、入るね?」

 

 返事はないけど、経験則的に入って大丈夫だと思った。

 私服が先生の好みだといいなとか、先生はどんな髪型なんだろうとか浮ついたことしか考えてなかった。

 これまで数回出かけた時も先生はスーツだったので、今回もそうだと思った。

 

 

 

「ん、やぁミカ。急かしてごめんね」

「え、えと。ううん、全然大丈夫だったよ」

 

 

 

 先生の窓の方を見て、どこかふけっているように見えた。私の発声と同時にくるりと椅子をこちらに向けた。

 

 先生は私服だった。私の前では初めての私服だった。

 年齢よりも若見えする先生。夏用のパーカーを着て、ちゃんと髭も剃ってあるところを見ると、まるで大学生。高校生にも見える。

 いつものぴっしりしたイメージがひっくり返されて、カジュアルな先生にまるで手が届きそうな錯覚を覚える。

 

 深呼吸してこの部屋のドアをくぐったつもりだったけど、また心臓が飛び出してしまいそうになる。

 バッグを持つ手に力を込めて、声の震えと喉の奥のかゆみを必死に抑えて、先生の目をみる。

 

 

 

「それじゃ、ここからちょっと歩くんだ。ついて来てくれる?」

「う、うん! もちろん!」

 

 

 

 

 シャーレのビルを出て、数分歩いた。

 自分よりも頭2つ分ほど高い先生を、時々見上げながら。先生はいつも通りささいなエスコートをしてくれた。

 隣を歩いている時の自分はどうにも自身なさげで、こんな立派な人の隣を歩くことが何故か恐れ多かった。

 

 

「ね、ミカ。大丈夫?」

 

「へっ!? う、うん大丈夫だよ?」

 

「なんだかいつもより落ち込んでる顔してたから」

 

「そ、そう? 私は先生と一緒にスイーツデート行けるって、すごいうれしいよ?」

 

「そっか。ありがとうね」

 

 

 

 昼下がり。ビルの陰に入った矢先だったのに、先生の顔は太陽よりも眩しかった。

 でも、眩しさの顔の奥、瞳の一瞬の影も私の目には見えた。

 気のせいか分からずじまいで、先に恥ずかしさが勝ってその顔から眼を放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 スイーツ店についた。スイーツはそれこそ以前まで大好きだったので、この地域ではもう知らない店はないと思ってた。

 先生案内は大通りから小道に、繁華街から落ち着いた雰囲気の場所へ、最終的に案内されたのは地下1階へ階段を下った先に合った。

 まるで大人のバーのような店の看板があり、先生は何の戸惑いもなく取っ手を引いて暗い空間へ呑まれていった。

 私は心の準備が足りず、先生の背中についていくことができなかった。

 子供が大人の場所へ入っていいのか。私の心配は子供が居酒屋に入っていいのかという物に近かった。

 

 数秒後、先生は私が入ってこないことに気づいてドアから顔を出す。

 

「大丈夫。危ない店じゃないよ。ほんとにスイーツ店」

 

 差し伸ばされた手を、私は恐る恐る取った。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 

 店の中には私達二人と、黒いスーツに身を包んだバーテンダーらしき人がいた。

 子供が考えるTHE・バーのような雰囲気で、暗い中少ない照明。バーテンの裏に敷き詰められた如何にも高そうなお酒。カウンター席が複数のこじんまりとした空間。

 

 言ってしまえば、私も先生の服装もこの店には合ってないと思った。

 でも先生は怖気づくこともなくカウンター席へ腰を下ろす。

 

「黒服、あれを」

「分かりました」

 

 いつもより低く、また力強い声でそう告げる。

 バーテンもこれと言って声を指摘するでもなく、裏方へ回った。

 先生とこの人は相当関係が深いんだろうと察した。

 私はこの雰囲気に押しつぶされ、先生にも何も言えない状況が続いていた。

 

 

「先生」

 

「どうした?」

 

「そ、その。お店、合ってる」

 

「うん。合ってる。友達‥いやあいつ知り合いでさ、今日のために準備してくれてたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 疑問はぬぐえない。あのバーテンが絶品スイーツを出してくる想像ができない。

 いや、期待しすぎもよくないね。先生と二人っきりだし、何食べてもおいしいよ。きっと。

 

 

 

 ────

 

 

 

 注文から数分。私と先生は沈黙を貫いていた。ここに来るまでの和気あいあいとした雰囲気は消えた。

 先生と会って楽しさより緊張が上回ったのは、この時が初めてだった。

 

 

「お待たせしました。ティラミスです」

 

「ありがとう」

 

「ありがとう、ございます」

 

 

「いえいえ、こちらコーヒーになります。お熱いのでお気を付けください」

 

 

 

 出されたものは、典型的なティラミスと、豆から挽かれた? ちゃんとしたコーヒーだった。

 意外とレベルが高いなと思いつつ、一口ずつ口に入れてみる。

 チーズの濃厚さ、そして不快感のない甘さ、クリームとエスプレッソの調和。すべてが完璧だった。

 

 もう一口、と行く前に私は先生に感想を言いたかった。

 

 

「! ……先生、これ、すごいおいしい‥!」

 

「良かった。ミカの口に合うところ、連れてこれて」

 

 

 

 

 

 

 次の一口に手を進める前に、先生が口を開いた。

 

 

 

 

「ミカ。今日は少し、話が合ったんだ」

 

「ん、そうなの?」

 

「君について」

 

 

 体がびくっと引き締まる。私の話。先生がこんなふうに話すのは多分説教だと、内心ションボリした。

 そして身構えて、ショックを受け過ぎないように冷静さを取り戻した。

 

 

 

「私が今日、ここに連れてきたのも、この話をするためだったんだ」

 

 

 何だろう、何だろう何だろう。どの話か分からないように技と話してるように、先生はいつもとは違う始め方をした。

 でも、私から要件を急かすことはしない。できなかった。

 

 

 

「見ての通り、普通はこんな場所に生徒は連れてこないんだ」

 

「こんな暗い場所じゃ、怖がっちゃうかもだし」

 

 

 ……そうだよね。私も少し怖かった。

 

 

「でもこれは、もう大人として。一人の人間として扱いたくて、ここに来た」

 

「ミカ。だから今だけは本心で、素直に話してほしい」

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

 いつの間にかバーテンはいなくなっていて、私と先生の二人っきりだった。

 いつにもない先生のまじめな顔に、私もただならぬ空気を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー

 

 

 

「ミカ。今、生きてて楽しい?」

 

「……え?」

 

 

 私はその声通りの顔をしていたと思う。説教が始まると思っていた矢先、そんな質問が来た。

 こんな顔にもなるだろう。口にスイーツを運ぶ手が止まり、先生の方をきょとんと見ていた。

 楽しいか、楽しくないか。

 心の中で、答えは決まっていた。

 

 

 

「そんなの、楽しいに決まってるじゃんね☆。先生と一緒においしいスイーツ食べられてるし」

 

 

 

 

「今日の昼前、トリニティに用事があっていたんだ」

 

「……え」

 

 

 

「その前から、ミカの様子が変だとは薄々思ってた」

「連絡の数は減ってくるし、絵文字も反応も薄くなっていくし」

 

 

 

「いや、えと、そのそれは」

 

 

「見たんだ」

 

 

 何をみた。とは言わなかった。目が何を見たのか、私に伝えてきていた。哀しくて潤んで、でも何かを訴えるような目。

 その目が何を見たのか、私ははっきりとわかっていた。

 

 

「そ、そっか~。その、変なもの見せちゃってごめんね?」

「でも大丈夫! だって、わたs「大丈夫じゃない」

 

 

 

 感情のこもった、まるで押し付けるかのようなちょっと暴力的な声。驚いて口をキュッと締める。

 面食らった私の顔に、徐に先生は謝罪する。

 本当に大切な話をしようとしてるんだと、私は一段と身を固める。

 先生は、とても辛そうだった。

 

 

 

「ごめん。少し冷静じゃなくなってた」

 

「……うん」

 

 

 ひねり出したかのような声。私にその緊張を和らげるできる何かはなかった。

 先生の太ももに置かれた手は、だんだんと強く握られ、血管がにじみ出てくる。

 

 

 

 

「ねえミカ」「どうしたの、先生」

 

 

 

「今だけ。本当のことを、言って欲しい」

 

「うん」

 

 

 

 

「君が学園で、この町で、この世界で一番強いのは知ってる。私が一番、知ってる」

 

「でも、君は普通の女の子で、立派な私の生徒だ」

 

「大切で、大切で仕方ない、たった一人のお姫様なんだ」

 

「その心まで一人でいていいはずがない」

 

 

「君がプールサイドで水をかけられて、本校舎に戻るとき、泣いてた理由を」

「君の返信が毎回寂しくなっていく理由を」

「今、君の目に……涙が移る理由を」

 

「どうか、教えてほしい」

 

 

 

 本当にそんな話をされるとは思ってなくて、面を食らっていた。

 自分でも気づいてなかったんだけど、私はどうにも泣いてたらしい。

 

 先生は何も言えない私の手を取って、強く握った。

 先生もヘイローのない一般人。その手で握られたぐらいで力が入ってるとは思わない。

 でも、その手から伝わる熱だけは、人生で一番熱くて、辛かった。

 

 ふと、手帳に書いていた今までの辛かった思い出がフラッシュバックする。

 切り裂かれた教科書、くしゃくしゃのノート。先生がくれたペアルックの筆箱。コハルちゃんが守ってくれた消えたアクセサリー。

 誰とも話せなかった一学期。机と椅子がなかった二学期。

 勝手にナギちゃんやセイアちゃんとも距離を取って、一人で大丈夫だと強がっていた私。

 自分は強いと虚勢を張って、誰にも迷惑をかけないようにしていた私。

 

 

 喉の奥に引っ込めて、そのまま飲み込んだはずの記憶。

 それが今になって目から流れ出して、いつまでも止まらなかった。

 先生の手に何粒も落ちても、先生は手を放そうとしなかった。むしろ両手で私を認めてくれようとしてくれる。

 先生は卑怯だ。本当に卑怯だ。女の子を泣かせるなんて、本当に……卑怯だ。

 

 

「おいで」

 

 

 

 そう言って先生は、しばらく胸を貸してくれた。先生の腕の中は暖かかった。私は赤子のように泣きじゃくった。

 静かなお店は私の泣き声と、先生のすすり泣きで包まれた。

 

 私は弱かった。弱くて、一人じゃダメなんだと、先生に気づかせられた。

 先生は、やっぱり先生だった。

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

 

 私は腹をひっくり返すほどに泣きじゃくって一段落済んだ後、自分の置かれてる環境について話した。

 先生はずっと泣きそうな顔で耳を貸してくれていた。

 

 

 

「私も、学生時代いじめられてたんだ」

 

「えっ」

「原因は私にあるから、仕方ないと思ってる」

「腕に、まで消えない傷が残ってるんだ」

 

「先生……」

 

「別に恨んでもないし、もう終わったことだと思ってる」

 

「でも、ミカにも同じようにしてほしいわけじゃないんだ。どこか恨む気持ちがあっても仕方ないと思う」

「私だって直接会ったら、どうなるかわからないしね」

 

「それでも、私の中のミカは強いから」

「心の底からの本音を人にさらけ出せるくらい、君は立派な大人だから」

「もっと人を信じてみることが、ミカにはできるよ」

「私のお姫様なんだからさ」

 

 

 

 頼る相手として、例えば私とかね。そういって先生はスイーツに手を伸ばした。

 コーヒーカップを優美に口につけ、再び私の顔を見た時それはもう涙がすごかったらしい。

 でも、その時は自分自身だけで泣きやめた。

 会話の中で少しずつ成長できているかもと、少し自分が好きになれた気分だった。忘れていた感覚。

 

 

「クックック……。先生、もう1つ、ティラミス、いかがですか?」

 

「頼むよ、黒服」

 

 

 今度のティラミスは涙の味じゃなくて、しっかり甘い。冷たいのに心の奥底がぽわっと、暖まった。

 

 

 

 

 

 帰り道、私はひとつお願いをした。

 

「手、握っててもいい?」

 

 

 先生は照れくさそうに手を出す。まず、私が潰れないように優しく握る。

 先生も最初はほんとに手だけを貸すつもりだったのか全く握り返してこなかったが、私が手をにぎにぎと繰り返し握ると、先生は根負けしてしっかり握り返してくれた。

 

 フードをかぶり顔を見られないようにする先生。確かに、他の生徒に見られちゃ恥ずかしいもんね。

 

 

「ふふっ☆」

 

「……なにさ」

 

「先生、かわいっ☆」

 

「……うるさいなぁ」

 

 

 この時、先生がフードで顔を隠したのは先生としてバレないためじゃない気がした。だって、絶対に顔を見せてくれなかったんだもん。

 

 繁華街も社会人の帰宅ラッシュだ。まるで恋人のような時間。一瞬でも味わえてよかった。

 街頭の下へ駆け寄って、私は先生の方を振り返る。

 

 

「お姫様、大切にしてね?」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 その後、先生はトリニティ総合学園にきて、一週間住み込みで生徒のメンタルヘルスや”道徳”の授業をしていった。

 話した内容はあんまり覚えてない☆だって先生がかっこよすぎて何も入ってこないんだもん! 

 でも、話した内容を皆が静かに、それこそまじめに聞いてたもんだからびっくりした。

 先生の話を聞いた後、何人かが私のもとへ駆け寄ってきてくれたりもした。

 

 

「ミカちゃん‥そのいままで本当にごめん……」

「今まで見て見ぬふりしてた‥ほんとうにごめんなさい」

 

 

「‥え!? え、いやいや、あれは私が悪くて‥」

 

「いやでも‥ミカちゃんの顔見てると、ほんとうに辛そうで」

「なんにもしてあげられなかった‥」

 

 

 

 そうしてるうちにどんどん人が私の周りにやってきて、一言二言謝っては涙目になっていく。

 先生の話、やっぱりちゃんと聞いとけばよかったなぁ。皆真面目に謝ってくれてるのに、私先生のことしか考えてなかったや。

 

 

 

 

 

 住み込み最終日。先生のもとへ私は向かう。

 既に先生は荷物の片づけを終えていて、ゲストルームにはいなかった。

 保健室、食堂、体育館、校庭。どこを探してもいなくて、焦りが出てきていた時だった。

 

 廊下から見えた、中庭。先生はぽつんとベンチに腰かけていた。

 私がプールサイドで空の雲を眺めていたような顔をしていたように見えた。

 

 

 

 

 

「せぇ、先生~!」

 

「‥ミカ? どうしたの?」

 

「どうしたのってこっちのセリフだよ~! どこにもいなくて~」

 

「探してくれてたのね。ごめん。なんかあった」

 

「なんもない☆」

 

「ミカらしいね」

 

 

 ぱっ、っと手を出す。先生は困惑したようだったが、そっと私の手を取ってくれた。

 

 

 

 

「おおう!?」

 

 

 ぎゅ……。

 

「ちょミカ!? 人いるよ!?」

 

「先生が先生止めたら、本当に私をお姫様にしてね……」

 

 

「えっちょ、ごめん聞こえなかった。なんだって!?」

 

 

 ぼそっと先生の胸にうずめて告げた声は先生に届かなかった。でも、それも演技。

 ちゃんと顔が赤くなって手を開いたり閉じたりして驚いてるの、気づいてるんだから。

 抱きしめてる緊張? ううん。照れてるだけだよ☆。

 

 

 

「それじゃ、またおいしいスイーツのお店、一緒に行こうね」

 

「わ、わかったから! 手握るのやめよっかミカ! 人いるから」

 

 

 ざわざわ……。

 先生とミカさんが手つないでる……。

 さっきまで抱き合ってたよ……。

 

 

「ミカぁ~!」

「ふへ、えへへ」

 

 

 

 

 

 

 




長かったのですがありがとうございました。
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