キヴォトス先生生活記   作:ゆんゆんマル

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お久しぶりです


欠損先生とモモイ

 

 

「さぁモモイ! ゲームすっべ!」

「いざ尋常に!」

 

 ポテチとコーラを携えてドアを蹴っ飛ばす先生。まったく元気すぎるけど、こんだけ元気があれば長時間ゲームできるし、私にとっては好都合だ。

 部屋のドアを閉めれば、ゲーム開始の合図。

 

 頬を緩ませ口角をあげる先生は、ここでしか見れない。

 いつもは目にクマを作った先生も、この部屋だけは素でいてくれる。脇に抱えたコーラを持ち直して、えっほえっほと席に着く。

 先生の体重で潰れたソファー。こすれて少しくすんだ青い席。手汗で艶を帯びたコントローラー。頭の形を記憶したヘッドホン。使い古した青いコップ。

 全部、先生だけの。先生専用のものだ。

 

「ほら先生! 今日は狩りゲーやろ! 最近新しいのが出たんだよ!」

「wow! 最高じゃん! マルチできるの?」

「ゲームマイスターを信用できぬと?」

「野暮でありました。申し訳ありませぬ」

「よいよい! コーラを継いでくれればそれでよい! それでは! いざ1狩りへ参る~!」

「まいろ~!」

 

 

 今日も長い夜が始まった。私も初見、先生はもちろん。これは攻略にいくらかかるか分からないけど、それが醍醐味でもあるしね! 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

 

「せッ! 先生!? 先生! 返事をしてください! 先生ッ!」

 

 

 

 シャーレが燃えた。

 度々あることと言えば感覚が鈍ってしまうが、改まった私達から見てみれば全て天災だった。不定期に訪れて多大な損害だけを残していく。

 毎回先生は肩を持たれ足を支えられ、時にはぐったり全身を持たれて、複数人でビルから脱出してくるのだ。軽傷で済むこともあれば、全治数か月もあった。

 ビルは毎回爆破だった。しかも数部屋爆破するだけの小規模なものが九割。だがたまに中層階丸々爆破されるとき、先生も無事では帰ってこない。先ほど言ったような容態にも簡単になってしまう。

 

 でも不思議な力で先生は絶対に帰ってきて、いつものようにニタッっと笑う。そんな姿をみてまた安心する慕う生徒の皆。

 もはやそれが日常の一部でもあった。

 

 日常が非日常になる瞬間はわからないものだった。

 誰も日常が続くと思っていたし、そう願っていた。

 

 誰も先生の無事を疑わなかった。

 先生は人間なのに。

 

 

 

 

 シャーレが燃えた。

 一時災害での火災は初だった。

 二次災害の火災被害はたかが知れるものだった。高層階に火災が起きても数部屋。ましてや余りある避難経路すべてが潰れることなんてなかった。

 鉄筋コンクリートビルはそういった点で私達の不安を買っていてくれた。

 火元はシャーレ管轄の管理サーバー室。長らく先生の管理下だったが、多忙を極めた先生にはサーバー室の掃除が抜け落ちていた。

 

 バタフライエフェクト。微かに生じた静電気はコンセントへ。火種は段々と部屋を包み込み、煙は隙間からどんどんとビルを包み込んでいった。

 

 

 

 シャーレは燃えた。

 避難経路は一酸化炭素で満たされ、生徒ですら容易に先生の元へ駆け込むことはできなかった。生徒の体がどれほど強かろうと、内臓からの危険信号にはストップをかけてしまった。

 

 だが私たちは呼吸をする余裕があった。

 

「私達の先生だし、帰ってくるでしょ」

「あの人に限ってそんなことありません」

「まだまだやってもらわなきゃいけない仕事が残っていますから」

 

 先生にはそんな余裕ないのに。私たちは腰に手を当ててビルをキャンプファイヤーに見立てていた。マシュマロを近所のコンビニで買う生徒すらいた。

 SNSにあがったシャーレビルの火災はきれいだと誰もが称賛した。割れたガラスさえ気にしていれば私たちは満足していた。

 またお金がかかると現実的な話をしていた。

 

 

 

 

 シャーレは燃えていた。

 火は段々と末を見せ始め、ビルの内側へ収まっていった。火は最後にこちらを一瞥して笑ったようにして消えた。私たちの目の端にすら写ってはいなかったが。

 

 結局先生は下りてこなかった。

 誰もが焦った。先ほどまでの余裕はとっくに消えて、汗が燃えるような感覚を覚えた。

 急にビルから感じる温度が自分のものになったような気がして、先生はこの中で苦しんでいると考えると、私たちはその場に居ても立っても居られないのは確信めいていた。

 息の薄さはその場の全員が感じていた。全員が過呼吸だった。そんな人が集まって薄くなったように感じる空気も、先生がいる場所よりかましだったのだろう。

 

 火災発生から経って二時間。私たちはガラスを踏みつぶしてビルへ入っていった。

 

 全員が低い姿勢で一斉に進む。

 しかし、内部は爆破よりも散々だった。蛍光灯はすべて割れ、はがれた塗装やポスター、廊下のものはすべて燃えていた。

 エレベータは故障、階段すら崩壊するほどだった。

 火の強さを完全に舐めていたのだった。

 

 上に行ける生徒は限られている。失われかけた連携と途切れかけた声を繋いで、先生の元へ。

 

 

 

 

 

 先生‥‥? ……はいた。

 右半身を焼かれていた。もはや火傷と済ませるには行き過ぎていた。

 

「まるでしぼんだトカゲの尻尾……」

 

 先生の体が人目に映ってしまった時、私の耳には一直線に届いた。

 声が聞こえた方向に眼を鋭く伸ばしても誰が言ったのかわからない。理由は段々と理解できた。

 

 個人の意見ではなく、先生を目に入れた全員の感想だった。

 死人を見るような眼を物語るには十分だった。

 

 

 先生をビルから助け出すこと。もっと早くやっていれば先生がこんな目に合わずに済んだのに。

 私たちは後悔であふれていた。先生への感情は何倍何乗へと重みを増した。

 先ほどまで写真を撮っていたカメラを割るもの。マシュマロをたたきつけては踏みつぶすもの。

 割れたガラスを死んだ魚のような目で回収するもの。

 阿鼻叫喚……いや、すでに葬式のような雰囲気をだしていた。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「せんせ? ねむい?」

「んあ。ごめん。今日の仕事多くてさぁ」

「そっかぁ。今日はもうやめる?」

 

 ぷしゅっ! 

「夜はこれからよ!」

 

 意識が飛びかけてたけど、こういう時のエナジードリンク。

 こうやってモモイが用意してくれた場を台無しにするわけにはいかないッ! 先生としての責任はッ! こういう事なんだッ! 

 

 モモイとは月一はこうやって金曜日の夜から土曜日にかけて新ゲームを遊ぶことにしてる。仕事終わりに仕事関係の生徒と関わるのは嫌っていう人もいるらしいが、私はどうにもそうじゃないらしい。生徒と関わってる時間が一番好きだし、このための人生だともいえる。

 

 

「先生ちょっと相談があるんだよ~」

「んなに~?」

「べんきょ~が~」

「またか~」

 

 

 カチャカチャコントローラーをいじりながら、眠気を飛ばすために思ってもないことを言う。勉強なんて微塵に気にしてない素振りだ。悩みを持っている子の口調では無い。

 エナドリを入れてから30分。モモイはすごいもの欲しそうな目でこっちを見ていたが、学生にエナドリを渡すと俺みたいになってしまうと断った。

 逆にもっと手を出してきそうな雰囲気だったが、酒だといって制止させた。

 

 

 ストーリー区間に入るとモモイは明らかに眠そうで頭を前後に振っている。

「まるで振り子だね」というとヘッドホンを持ち直して画面に向き合う。まったくかわいくて仕方ない。メトロノームのようにリズムを刻んで、何故かそれがストーリーとかみ合うのよね。

 

 

「先生~悩みとかないの~」

「悩みかぁ~」

「ないの~? 恋愛でも家族でも自分のことでも何でも~」

「ないかなぁ~」

「え~つまんな~い~」

「モモイが解決してくれたからさ~」

「んえ~?」

 

 

 眠そうなモモイに言っても大丈夫だろうと踏んでの告白だった。

 

 あの事件。というか、俺が右足右手を切除してからというものだった。

 あれから俺に送られる視線は本当にひどかった。憐み、哀しみ、蔑み。すべてを経験した。経験して、感じた。

 自分が生まれながらに持つものとして受ける幸せを享受していたこと。普通である幸せを失う事の重大さ。誰も悪くないのに、いや、正確に言えば俺が悪いのに、皆の視線が鋭くなって、お互いを信じられなくなっていく。

 

 病院について意識が戻った時には言葉も出なかった。皮膚も筋肉も通り越して骨すら若干溶けて黒くなっていること。顔に残った大きな火傷跡。感覚がない布団をかぶせられた足。

 

 大人だから。

 

 そうやって言い聞かせて自分がどれだけ傷ついても我慢できていた涙が、その時ばかりは我慢しても止まらなかった。

 切除をせざる負えない状況がさらに追い打ちをかけたんだ。

 

 こうして2週間。車いすで退院したときのお通夜感は半端なかったよ。迎え入れた皆、俺の顔を見て泣いちゃった。皆して「ごめんなさい……ごめんなさい」って。

 

 何とか俺自身のメンタルを持ち直して生徒に向き合おうとしても、彼女たちは簡単には心を開いてくれなくて、また涙が出そうになった。責任感からなのか失望感なのからか分からなくて、第二の壁は自分とじゃなくて生徒と向き合う事だったよ。

 

 特にひどかったのはいつも助けてくれてた子たち。ヒナとは付きっきりでメンタルケアをしなきゃいけなかった。

 他にも救護騎士団で助けにこれなかった子。正義実現委員会の子たちも、責任感が強くって大分厳しかった。

 

 皆俺を庇護する対象に見てきて、その無力感に何度も死にたくなった。大人としての責任を果たす意味を全身で感じた。

 

 

 

 

 でも、モモイだけは違ったんだ。

 事故から初めてゲーム部と会った時、あのアリスですら私へかける言葉を選んでいた。それがどんなことだったか。俺の心をどんだけ抉ったか。なんならヒ〇アカの轟ってこうなる可能性あったのかもねとか、左半身だけ体温低いねとか。もっとアリスには毒舌を求めて……はない。回復薬をあげます程度にしておいて欲しいかも。

 

 

 モモイも数十秒はそうだった。私の体をみて悲しい顔をしたと思えば

 

「いいこと思いついた!」

「先生! エンジニア部にめっちゃっかっこいい義手義足作りに行こうよ!」

「さぁすがモモイ。俺とおんなじこと考えたな!」

 

 俺の左手とモモイの右手。久しいグータッチは忘れられない。

 ミドリもユズもポケ~っとしていた。モモイの切り替えの早さとポジティブさに彼女らは何も言えなかったようだ。

 

 そのやさしさに、私は初めて救われたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモイ。ねる?」

「ん~……」

「眠そうだね~‥っっと」

 

 まだまだ成長前の女の子をひょいと持ち上げシングルベットにポンと乗せる。義手の力加減は依然むずかしい。こればっかりはエンジニア部の最高級義手を使いこなせない俺の責任だ。

 

「ん~……」ムニャ……

「う、ええ」

 

 モモイをベットに乗せてみれば、義手をもって離さない。俺はエナドリで得たリボ払い体力を使い尽くさないといけないのに……。

 

 

「ちゅめたくて、えへ~……」

 

 夏場も夏場。クーラーを付けていても暑いものは暑いもんな。

 困ったものだと、俺はその場で固まってしまった。こんな手でも笑わせられるんだな。ちょっとうれしいぜ。

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

「ぎゃ、ぎゃあああああああぅっっ”ああ!!!!」

 

 

 ドタバタと子供走りをするモモイ。ベットを飛び起きたのだろう。寝癖がすごいことになっている。

 

「せ、先生の手がぁ”ぁ”ぁ”!!!」

「義手だからね~」

「きゃあああああ!」

 

 寝起きで私の手を抱えながら走り回るモモイ。顔がホラー映画を見た時のようだ。

 手のついていない部分を見せてさらに高い金切り声をあげている。おいおい振り回さないでくれ。あちょ、あ。

 

「あ」

「あ……」

 

 壁に刺さった俺の義手。あまりにもシュールすぎる。思わずパシャリ。

 言われなければ一瞬現代アートだ。

 

「先生!? 写真撮ってる場合!?」

「今日のSNSはこれで決まりよ」

「ぜッッッッッたい止めた方がいいけどね!?!?!?」

 

「もうおそい~」

 

 深夜リボ払い体力のツケはこういう時に回ってくるんだなぁ。判断力の鈍った頭は何をするか保証できないよ。

 しっかり炎上しましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「今回の投稿につきまして。大変配慮のない投稿であった事を認め、この投稿で不快になった皆様への心より謝罪申し上げます」

 

「今回の炎上に関しましては超法規的機関シャーレ所属先生の発言を撤回させることで本件への対応とさせていただきます」

 

 リプ680    リツイート4万   いいね3万

 

「あ。ちなみに炎上したっていうのは俺の体じゃなくて俺のツイートの話ねW皆勘違いしないようにW」

 

 リプ1809    リツイート9万   いいね6790

 

 今日もキヴォトスは平和です。

 

 

 

 

 

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