キヴォトス先生生活記   作:ゆんゆんマル

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お久しぶりです。久々に書いたので、読みづらさはごめんなさい


盲目先生とアコ

 

「ねぇ……あれみて」

「えっ? ……え、先生と……あれだれ?」

 

 

 信号を待つ中、私は先生と横並びになって青信号を待ちます。やっぱり先生は目立つようで、街ゆく若者から指を刺されているのを感じます。

 それ以上に、私は先生よりも目立っている気がします。先生と横並びになっているのが相当目につくのかもしれません。先生は皆の人気者ですから。

 

 

 

「……」

「先生」

 

「どうしたの? アコ」

 

「やっぱり、これは少し恥ずかしいといいますか……何でもするとはいいましたが、すごく恥ずかしい……」

 

「やっぱり。アコが嫌なら辞めるよ」

 

 

「い、いえっ! ……少し、口がすぎました。本当は……」

 

 

「……本当は?」

 

「……言いません! なんでわざわざこちらをのぞき込むんですか! なんだかそのニヤニヤした顔が嫌です! 本っ当に腹が立ちますね!」

 

「ふふっ。アコはほんとに可愛いね」

 

 

 

 ……全く、この先生は手がかかります。喧しいですし、鬱陶しいです。イラつきますし、疲れもします。顔も飽きるほど見ましたし、その仕事には時々嫌気がさします。

 

 ……でも、それでも。この先生は私がいないと全然ダメで、退屈させないようによく話題を振って、鬱陶しい程に笑わせてきます。笑い疲れることもお腹が痛くなることもあります。嫌という程笑う顔を見ました。仕事も最近はよくできています。

 

 

 心底、……この先は! 言いませんけど! 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 この先生がキヴォトスに来た時、私は絶句しました。

 

 あれは確か、連邦生徒会長がいなくなってすぐでした。この先生が各学園に挨拶回りをしていると聞いて、ゲヘナ学園もそれなりの対応をしなければならないと目をぎらつかせていたと思います。

 連邦生徒会長の実質後釜となる人物。政治的権力の塊である人物との関係は学園の存亡をかけた問題であると、当時生徒会長の失踪による混乱の真っ最中、私達は余裕がありませんでした。

 決して先生の気を損ねないようにと最大限のもてなしを用意したつもりでした。

 

 

「やっほ〜! ゲヘナのみんな、元気してる〜?」

 

 

 一言一句忘れません。サングラス姿に日焼けした肌、オールバックの茶髪、南国帰りのような柄シャツと両手には何やら菓子折のような袋を持って、ゲヘナの門を蹴り飛ばしてきたような無礼さ。

 私たちは混乱収まらぬキヴォトスに終止符を打つのはこの人だ、と心から思いました。私たちは悪い意味で期待を裏切られたんです。

 

 

 

「あの頃は迷走してたんだよ。どう行けばいいかも分からなかったし。皆の情報なんて女子高生だってことぐらいしか知らなかったし」

 

「肌だけじゃなくて頭まで焼ききれてたんですね。にしてもあれはないですよ。せめてサングラスはいいとして、なんで肌まで焼く必要があったんですか」

 

「だから迷走してたんだって」

「無理がありますよ」

 

 

 ……まあ、そうやって私たちの第一印象は最悪でした。委員長は先生が帰ったあと机に突っ伏して10分動きませんでしたし、チナツもイオリもため息をついて数週間分のエネルギーを使ったような顔でした。

 

 私はそんな状況にした先生がとにかく憎くて、今すぐにでも説教したい気分でした。私自身とっても疲れましたし。

 

 

「えっ、そうなの?」

「過去の話です。うるさいですね。黙って聞いていてください」

 

 

 それから次に先生との会うことになったのは、シャーレの仕事を手伝いを頼まれた日でした。

 

 第一印象があれですから、全くもって行きたくなかったですし、仕事なんて自分一人とできるでしょ、とまた腹を立てていた気がします。大人として生徒から慕われるようになって下さいと説教したい熱が増したのもその日でした。

 

 

 

 ……

 

 

「でも、説教されなかったよ?」

 

「それはあなたが……だから話の腰を折らないでください! まだ話してるでしょ!」

 

「だって、そうでもしないとアコは私に怒ってくれないでしょ?」

 

「あなたっていう人は…………! だからニヤニヤしないでください!」

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 そうしてシャーレに着いた時、私はドアの前で数分立ち止まって、深呼吸してようやく中に入りました。

 

 ……説教以前の問題でした。何を言おうか考えていたことが全部吹き飛んで、真っ赤な顔が青ざめていくのを感じました。

 第一印象よりも酷い環境が中にはありました。手荷物を地面にパタッと落としてしまう描写がよく漫画やアニメにありますが、まさにそうなりかけていました。

 

 空き散らかったダンボール、机いっぱいに広がって規則性のない書類。ゴミ箱の周りに、溢れたのか外れたのか分からない多くのゴミ。床にはられた変な凸凹。

 

 

 説教する気も失せて、そのまま後退したい気分でした。委員長から持たされた菓子折りもゴミ箱に入れて帰ろうと思っていました。

 先生は相変わらずのサングラスをかけて、そして何故か服装はシングルボタンのスーツに変わっていて、音に気づいて私の名前を呼びました。

 

 

 

 ……

 

 

 

「そんなこともあったねえ〜」

 

「……今となっては過去のことです。今は思い出話をしてと言われたから話しているまでです」

 

「まあ、私が悪いよ。ゴミ箱に捨てられないのは流石にだし、荷物の場所とかどこに置くか迷ってて、正直動けなかったんだよ」

 

「まあ、過去のことはどうしようもありませんから」

 

 

 

 ……

 

 

 

 そんな状態で業務の手伝いをと言われてもできるわけがなく、私は黙って部屋の掃除をし始めました。

 第一第二印象が最悪でも、以降変わるかもしれない。その時は恩着せがましく諸々要求してやろうと策略していたのは懐かしいですね。

 

 

「……」

 

 

 ……ダンボール、書類、着替え、生ゴミ、家具……。

 その他散らかっていたものを拾うなり移動するなり纏めるなりで、最低限の会話のみで部屋の片付けをしていました。

 その中には床にはられた凸凹もあったのですが……。

 

 

「終わりましたよ」

「あっ、うん。ありがとう……?」

 

「……なんでそんな疑問形なんですか!? こんなに散らかった部屋にしておいて仕事が出来るわけないじゃないですか! そもそもゲヘナ学園として迎え入れた時は塵1つ残さず掃除したって言うのに、なんなんですか!?」

 

「ご、ごめん。アコ達がそんなに頑張っていたなんて知らず……」

 

「……早く業務を進めてください。そもそも、こんなインチキ臭い部署に仕事が来るとも思いませんが」

 

 

 

 ……

 

 

 

「最初はそんなに尖ってたっけ?」

「……まあ、自分で言うのもなんですが。記憶でこれだけ酷いことを言ったということは、当時はもっと散々言っていたかもしれません」

 

「でも、嬉しかったよ。アコ」

「……何がですか?」

 

「お話、続けて?」

「よく分かりません……」

 

 

 

 ……

 

 

 私たちは数時間、書類の擦れる音しかしない部屋を共にしました。たまに、先生がペンを落とす音も混じっていました。

 先生も私も、お互いを良い人間としては扱ってなかったでしょう。私は先生をちゃらんぽらんなやつだと思ったいましたし、先生からすれば私は言葉と態度だけがでかい年下に見えたでしょう。

 そんな状態ではまともに会話が行われるわけがありませんから。

 

 でも、この会話だけは今でもはっきり覚えています。

 

「……」

「……」

 

「あの」

「……ん? どしたの?」

 

「……なんでそんなに字が汚いんですか? いくら書類があるとはいえ、あまりにも汚すぎます。これじゃ読めませんよ」

 

 

 ダブルチェックをしていた私の口は、不躾にも先生にそう言いました。しかし、これは当時の私が思っていた心からの言葉です。自分に嘘はつきません。

 サインするべき場所から大きく外れたり、名前が大きくなりすぎて文章に被ったりと、私は隣でちらりと見える業務の適当さが許せませんでした。

 

 今思えば、私はたくさんの間違いをしていました。

 

 

 

「……そうだねぇ。どれだけ練習しても、字だけは上手くならなくてさ」

 

「サボってるんじゃないですか? 先生と言う職に就くのならば、せめて人のお手本となるような行動をして下さい」

 

 

 

 ……

 

 

 

「思い出話をしてよとは言ったけど、そんな自責の念にかられなくてもいいんだよ? 楽しい話でも」

 

「……こんな、私が勇気をだして喋っているんです」

「……いいから黙って聞いててくださいよ」

 

「……まあ、気負いすぎずね」

 

 

 

 ……

 

 

 そんな言葉を先生に投げかけた後、何食わぬ顔で仕事に戻り、直後離籍しました。お手洗いにでも行っていたんだと思います。別に空気が悪いなんて微塵も思ってませんでした。

 ため息1つトイレに流してから、早く仕事を終わらせて委員長の元へ帰ろうと思っていた矢先です。

 

 

「ただいまもど、り…………」

 

 先生が床に突っ伏しています。うつ伏せのまま動きません。先程まで椅子に座っていた人が何をやっているんだと、呆れで言葉が出ませんでした。

 私の気でも引いてるつもり? この人は仕事もできない大人なんだと、私はこの先の対応を決めました。

 

 執務机の目の前に倒れる先生を跨いで横の席に座り、ダブルチェックを再開します。

 

 

 

 ……………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 いくら経っても先生が仕事に戻らないのです。目の前にいるので余計苛立ちが増します。あんな姿勢で寝たのかと呆れを通り越して達観でした。

 確認すべき書類もとっくに終わらせ、さっさと手伝いなんて終わらせたかったので、怒りで永遠の眠りについて貰う前に起こしいこうと席を立ったんです。

 

 

「あの! せんせ! ……、い……?」

 

 

 席を経って机を回る。怒りで声が漏れて語気の強い息が漏れます。

 先に気づいたのは、自分の靴に何か付いていることでした。何やら、赤黒い汚れが左靴に付いています。特段覚えはありませんでしたし、不快感が増します。

 

 

 私は、やっぱり後悔しています。

 業務に戻ろうとしたあの時。いえ、トイレに戻ってきた直後の方が良かった。先生が倒れていた理由を、先入観だけで決めるべきではありませんでした。

 

 

 

 ……

 

 

 

「ちょ、ちょちょ、なんか重くなってきたよ?」

「そういう思い出です」

 

「うーん。うーん? 俺も心が痛くなってきたなあ〜」

 

「あの時のこと、まだ謝れてないんです。話をちゃんと聞いて、謝らせてください」

 

「うー……。分かったよ」

 

 

 

 ……

 

 

 先生は倒れていました。寝ていたわけでもサボっていた訳でもなく、気を失っていたんです。

 

 言葉を発する余裕もありません。息を飲んで吐き出せなくて、まるで体が爆発しそうでした。熱くなって、唾液が止まらなくて、指先が痺れていました。

 

 腕のあたりから流れた血液。それは私の靴についたものと全く一緒の色。

 呼びかけても帰ってこない先生。私がトイレに行っている間に何があったのか、全く頭が働きませんでした。

 

 

「……せんっ、せんせ、せんせいっ」

「せんせっ、! せんせいっ……! せんせい!」

 

 

 舌が上手く動きません。痒みが喉をきつく締めます。先生はそれでもうつ伏せです。ゆすってもスーツが薄い体を擦るだけです。思った以上にガリガリな体に、私の不安はさらに増します。

 

 

「先生! 起きてください! 先生!?」

「きゅ、救急車を、! 早く、なんで私は!」

 

 

 私も倒れてしまいそうな状況に、痺れたままの指先を震えさせて、何とか救急車を読んだつかの間。

 次の私の記憶は病室でした。

 

 

 

 ……

 

 

「確かにそんなこともあったねぇ」

「私にとっては、とても忘れられませんが」

 

「俺にとっては覚えておくほどのことでもなかったなあ」

「……確かに、面白い話ではありませんが、忘れてはいけないことなんです」

 

「……続けて」

 

 

 

 …………

 

 

 

「……あ、あれ。ここは」

「あ、おはようございます。アコさん、これ何本か分かりますか」

「三本です。そんなに重症じゃないです」

 

「電話を貰ってシャーレに着いたら、あなたと先生が2人倒れていたんです。どちらも同じ程度に思うでしょう」

 

 

 

 

 

「……ん? 指三本……が、見えない?」

「そ、そういえば! 先生! 先生はどこに!?」

 

 

 

「隣です」「やっほー」

「なっ……」

 

 

 

 カーテンの向こう側にいたのは、相変わらずサングラスをかけている先生と介抱している救急医療部の子がいました。

 まるでゲヘナに訪れた時とテンションは変わりません。

 ですが、私の心は相当ほっとしました。変わらないことへの価値も見直しました。とても有難かったです。

 

 

「な、なんでまたサングラスなんですか……」

「これがお気に入りなの」

 

 

 

 

「あ、セナごめん。出来ればアコと二人で話したいんだけど」

「ん、まあ。特段大きい傷ではありませんし、入って良くなったら声をかけてください」

「ありがとう」

 

 

 

「それで、なんですか? 私に対する罵声ですか」

「……?? 何を言ってるのかよくわかんないけど、少し、自己紹介をしようと思って」

 

「今更、自己紹介?」

 

 

 まだ辛味の取れない私は、病人である先生に対してもキツい当たりをしていました。安心したがつかの間、拭いきれない他責感がありました。ここまで芯が硬い私を、今では少し笑ってしまいます。

 

 

 

「これ、見える?」

 

 

「……? ……っ…………それ、は」

 

 

「……そ」

「俺にはね。見えないんだ」

 

 

 サングラスを頭にかけ、瞑ったままの目を私は見ます。私は、何かを察したと思います。

 数秒間、私は初めて先生の目を見て話をしました。拭いきれない不信感は、顔を見れない故のものだったんです。目を見て、あなたという人を見たかった。

 そんなわがままが通じてきた人生でしたから、先生にも通じると思ったんです。

 

 

「なんか、ごめんね。仕事での不手際も、実は今ここに運ばれたのも、目が見えないせい……にしたいなあ」

「でもアコの言う通り、こんな歳まで生きてきたんだから、字が書ける位は出来ないとね」

 

 

「……」

 

 

「……実はね。少しだけ見えなくは無いんだけど、片目だし、生まれつき視力そんなに良くなくて」

「アコが俺に対して、どんな顔してるかはわかんない。だから、謝ることしか出来ないんだ」

 

 

「……謝らないでください」

 

「ごめんね」

 

 

「……謝らないで……ください」

 

 

 私が外した床の凸凹も、シャーペンを握った時の違和感も、サングラスをかけていたのも……。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「まあね。仕方ないことって、たくさんこの世にあるよ」

「……先生、そこに、立っててください」

 

「……うん」

 

 

 

「ごめんなさい。先生には、私の声でしか誠実に向き合うことはできません。会ってから1年の今日、ちゃんと、謝りたかったんです」

「……自己満足に過ぎないのかもしれません。許してもらいたいなんてのも、私のエゴです……」

「でも、……言わせてください。ごめんなさい……」

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

「先生……そ、その」

「どうしたの?」

 

「いきなり、散歩なんてどうしたんですか?」

 

「やっぱりあの部屋は息苦しいからね〜。仕事は相変わらず苦手だし」

「あとほら、何でもしてくれるって言ったじゃない?」

「い、言いましたけど……」

 

 

 

「じゃあ、手、繋いでくれる?」

 

「……はぁ、?」「いいね。その反応」

 

「……はい」「ありがと」

 

 

「今日は俺の盲導犬としてお願いするね」

「い、犬ですか!? 犬……犬……」「そ、犬」

 

「あ、赤信号です」「おっと。ありがと」

 

 

 

「アコ」「は、はい」

 

「俺は、最初から怒ってなんかないから、さっきの話は心のうちにしまってね」

「……はい」

 

「俺以外の人に、この優しさが向けられるようにしてね」

「……はい」

 

 

「あ、あと」

「目が見えない人はさ、見えないなりに世界を楽しんでるんだ」

「1年間関わってきて、皆きっとすごい可愛いんだろうなぁ、なんて思いつつ、朧気げにしか見えないけど。……それでも君たちは容姿以外に沢山の個性があって、俺は嬉しい。毎日楽しいんだ。」

「世界は沢山の色に溢れているよ。見えなくても」

 

 

 

「そう、なんですね」

「だから、そう特別扱いはしなくてもいいのさ」

「特にアコは、声で感情がわかりやすいし、他の人よりもズバッと言ってくれて助かってる」

 

 

「そ、それは褒めてるんですか??」

「今、すごい疑問の顔でしょ」

「……なんだか見透かされている感じでイラつきますね」

「今ムカついてるでしょ」

 

「……」

「図星だ」

 

 

「……」

「……せ、先生」

 

 

「やっぱり、手を繋ぐのは少しあれといいますか……何でもするとはいいましたが、ちょっと、恥ずかしい……」

 

「アコが嫌なら辞めるよ」

 

「い、いえっ! 別に恥ずかしいっていうのはそういう意味では……少し、口がすぎました。本当は……」

 

 

「……本当は?」

 

「……言いません! なんでわざわざこちらをのぞき込むんですか! なんだかそのニヤニヤした顔が嫌です! 本っ当に腹が立ちますね!」

 

 

 

 ああもう。やっぱりこの先生は苦手だ。

 目は見えないって言ってるのに、私の心はよく見透かしてくるし。人の琴線に触れる言葉をよくわかってる。

 

 

 ひとりじゃ何も出来ないって言う癖に、それでもいつも強がって私たちの前で背中を見せてくる。実際まだまだ大きくて、抜かせそうにもない。

 トリニティとの軋轢も、持ち前の交渉術を活かして解決に向かってる。

 

 と思えば、よく倒れるし。コーヒーこぼして火傷はするし。サインの場所は教えてあげなきゃだし。しまったドアに当たりに行くし。よく物無くすし。うるさいし。

 

 

 そういう所が、心底、愛おしい。

 

 

 

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