どうして良いか分からないというのが正直なところである。咄嗟に椅子から上がりそうになったお尻を根性で押さえ、揺らぎそうになったオーラを動かさないように気を回す。厚くしても駄目、どこかに移動なんてしたら攻撃準備と取られかねない。引っ切りなしに湧いてくる冷や汗を無視しつつ、ワタシは必死に出来るだけ動かないように心懸けた。平常心平常心と念仏のように唱え続け、ばくばくと躍りまくっている鼓動が落ち着くのを待つ。――落ち着かないかも知れない。
「ここは贔屓の店なんだ。面倒事は起こさねぇよ」
そう言ってノブナガはおちょこを傾ける。が、腰に帯剣しているのが目に入り、いつ古傷をなぞられてしまうかと、気が気ではない。でもこれに必要以上に注視するのも良くない。ホントにどうすればいいんだ。完全にノープランだ。
「オイ」
店長――こうした店の場合は大将と呼ぶべきか――に声をかけられ、思わず肩が飛び上がった。
「注文は」
本来ならば明らかに未成年のワタシを、こうした店で門前払いされずに客として見てくれたことに喜ぶべきだが、いっぱいいっぱいワタシは正常な思考能力を持っていなかった。追い打ちをかけるようにワタシが黙って動かないからか、二人の視線もこちらを向く。
「オ_ススメ_を」
何とか擦れた声をひねり出す。擦れてるのはいつものことだが。大将には届いたようで小さく『はいよ』と答えてくれた。
ワタシの頭の中ではぐるぐると彼らの情報と考察が回っている。本当に取り留めも脈絡もない。クルタ族の集落襲撃はそろそろの時期ではなかったかとか、その時に居たメンバーはどうだったのかとか、念の情報は基本的に秘匿であることを考えると、知っていることが欠片でも疑われたら危ういとか、パクノダは来てないよね。居ないよね。とか。
ノブナガもマチも相性が悪すぎる。ノブナガは素早さ方面に特化した近接ファイターであると予想している。現時点では身体能力的にも戦闘技能においても全てにおいて劣っていると見ていい。
具現化系のワタシにとっては強化系の相手とどう相対するのかが一つの課題と言ってもいい。スピードが勝っていれば同等か多少の上位能力者であってもやり様はある。たとえば同じ戦闘要員の団員でも、ウボォーギンのようなパワー特化ならばチェーンソーで念を削っていくことで打倒できる可能性はある。ウボォーギンクラスならそれをさせてもらえそうにないが、それでも勝てるイメージを作れる。が、ノブナガに関して言えば反応できずに斬られそうなイメージなのだ。
マチの糸やヒソカのゴムのように“たゆむ”性質のモノにも相性が悪い。ワタシのチェーンソーは強度や硬度に対しては強いが、伸びたり変形したりするモノには“削り取る”という性質が活かせない可能性が高いのだ。マチの糸による攻撃を受けた場合、ワタシのチェーンソーはただの糸巻きに成り下がる。
ワタシの冒険はここで終わってしまった! 思わず天を仰ぎたくなるような絶望感。どう考えても戦うのは無しだ。端から戦う気など全くなかったが、脳は勝手に戦力分析をして投了を薦めてきた。そうじゃない。向かい合うことすらしてはいけないのである。
出されたおでんの盛り合わせを気もそぞろで口に運ぶ。うんまい。鰹節や昆布などのダシ文化がジャポンからあまり輸出されていないため、こうした日本食は再現が出来なかった訳で、この舌では初めて味わったはずだが、やはりとても懐かしく感じた。
視線はやらず、だがそれでもノブナガとマチから注目を外せない状態だったはずが、よく味の染み込んだ大根を頬張ってから、どうやら優先順位が知らずに変ってしまったようだ。白米が食べたい。壁に貼られたメニューを見て、ご飯と鯖の味噌煮を注文する。
「嬢ちゃんはなにしにジャポンへ?」
断じて忘れていたわけではない。がノブナガの言葉にまた身体がこわばってしまった。口の中の厚揚げを咀嚼して飲み下すまでに色々と考えたが、結局出てきた言葉は端的で素直なものだった。
「観_光」
納得してくれたかどうか分からない。そもそもそれ以外に無いのだが、それ以外のなにを読み取ろうとしているのか。正直これで納得してくれと祈るように待った。確認する勇気は無い!
「そうか。俺たちは“出稼ぎ”の帰りだ。これ食うと帰ってきたって感じがしてな」
口元は笑ってるし、口調は穏やかだがノブナガの目は笑っていない。なんて返事すりゃいいんだよ。『あらデートじゃないのね』とか言えばいいのか。それとも素直に情報サイトには載せないから許してくれと言うべきだろうか。確か目撃情報だけでなかなかの金額だった気が、――いや“今”どれだけの賞金がかかっているのか、調べないとちょっと分からないかも。
「――夫婦で、出稼ぎ?」
言ったぞ!言ってやったぞ!あ、マチ噴いてる。ノブナガも大笑いしてくれた。多分これで大丈夫。いわゆる掴みはオッケーというやつだ。幻影旅団の中ではまだマシな方のはずだ。ヒソカに気に入られるのは拙いが、マチやノブナガに気に入られるのはまだ大丈夫だと思う。むしろ利点のはずだ。
何とか友好的に話を進められそうだったので、精一杯話した。“実は同郷”というのは利点だということは分かっていた。それを話すか話さないかで葛藤や警戒もあったが、この雰囲気なら大丈夫のはずだと腹をくくった。
他の人の耳がある以上かなりボカす結果になったが、念が使える理由と今ここに居る流れを説明できたのは大きく、ノブナガもマチも当初のような警戒心は引っ込めてくれた。
こんなに喋ったのは生まれて初めてじゃ無いかと言うぐらいに喋って、おかげで喉が痛くなったり、更に声が嗄れたりしてマチに心配された。今まで生きてきた中で一番の危機と呼べるものを乗り越えたワタシは知らず知らずのうちに舞い上がってしまったらしく、結果なぜかマチの家に泊まることになってしまったが仕方ないことだろう。
鯖の味噌煮は美味しかった。