物理的に絡まれるなんてことは無く、ワタシは半ば押しつけられたマチのベッドで寝た。彼女にとってのホームはここなのか、それともただ単にジャポンにあるセーフハウスの一つなのか分からないが、簡素な2LDKのマンションは生活感に溢れていた。
ジャポンの映画のセットのような街並みはしばらく行くと関所のような大きめの城壁で途切れており、その外側に広がっているのは高さこそ低いものの非常に現代的な建造物群であった。ジャポンの各都市は大抵この様な保護地区を持っているそうだ。このエドという街も空港を含んだ広大なエリアが保護区に指定されており、自動車なんかの通行も不可能だったりする。
マチの所有するマンションは保護区から出て20分ばかり歩いた場所にあった。この辺りは近代的な建造物が建ち並んでいるし、コンビニなんかも普通の形状をしていた。ワタシ的には保護区の外こそ日本という感じである。
日課の念修行はマチの手前いつも通りには出来ない。即座に具現化するために一度チェーンソーを構成しておきたかったが今は止めておこう。基本のおさらいと“周”の鍛錬として枕元にあった時計を強化した。
時計の外側――プラスチックのフレームに念を纏わせて“硬く強化する”のは、主人公達もやっていた修行だが、ワタシはチェーンソーの動きを強化するため内部部品に念を流さなければならない。そのためワタシの“周”は外側を覆うだけでは駄目なのだ。電子部品はさすが介入できないが、歯車構造は強化できる。しばらく一秒を六分の一にして時計を加速させる。
どうもワタシは本番に強いタイプらしく、こうした鍛錬では割とすぐに疲労が出て精度が落ちてしまう。魔獣退治の時なんかは一時間ほどチェーンソーと自身に“堅”をかけて戦闘できたが、鍛錬のために素振りしていたときは回転数を落としてオーラの消費を抑えていたにもかかわらず、30分しか保たなかった。
今更ふと思ったことだが、これは強化系なのか操作系なのか。動きを強くするのは強化系だが、早く動くように操作しているともとれる。やっていることは非常に似ているし解釈次第のような気もするが、どうなのだろうか。ワタシは“本来備わっていない動きをさせる”が操作系で“本来の動きを強化して動かす”が強化系だと認識している。この時計にたとえるなら、逆回りに動かすのが操作で、早送りは強化。
まぁどちらにしろワタシにとっては、どちらも修得率60%の苦手分野になるのだが。
言ってる間に時計の加速は殆ど無くなってしまった。これはまぁ構造は把握できても慣れていないモノだったから仕方ない部分もあるだろうが、五分と保たないとは。いそいそと時計を正常な時刻に直し、リビングに出ると朝食が出来上がっていた。
「なんだか疲れているように見えるけど、眠れなかったかい?」
おそらくだがマチはワタシを妹のようなポジションに置いたようだ。こうして寝床を提供してくれたり、朝食を用意してくれたり気を遣ってもらっている。オタク男のミーハーさはしっかりと受け継いでしまったようで、原作キャラクターとこうして関わっていると言うことで自然とテンションが上がってしまった。ちなみに朝食はトーストと目玉焼きというとても【日本】を思わせるものをいただいた。
「大丈_夫。朝の修行_やり過ぎた」
「一日が始まったばっかりだってのに疲れたのかい? もう少しやり方考えた方がいいよ」
そうは言っても師事する人が居ないし、探り探りやっているのだから仕方ないと思う。確かに当初は常に戦場に身を置くわけでは無いからいいかと思っていたが、それはジョニーの保護下にいたから出来たことではある。今現在は“絶”で回復を意識していなくても昼までには回復するだろうが。
「そういえば師匠は居ないって言ったっけ。その気があるなら見てやるけど」
確かに我流の鍛錬もそろそろ限界に近い。ちゃんと師事を受けるにしても、この世界の能力者はピンキリだ。その上強いから“念”に対して理解があるかと言われると、必ずしも直結はしない。“念”にとって重要なのはとにかく情報だ。一見自由度の高い力のようで制約や決まり事が数多く存在する。それをどれだけ知っているかが教える上での優秀さに繋がる。確かなのは裏試験の試験官を派遣しているハンター協会ぐらいだろうか。
ただ、幻影旅団はその情報を持っている可能性が高いのも確かだ。弱肉強食の環境で育っただけではあれだけ強力な少数精鋭の組織にはならないし、結成当初のメンバーが全員残っているというのも、個人個人が好き勝手やった結果強くなったということでは説明しにくい。どの時点でどうやって念に出会ったのかは知らないが、初期メンバーは情報を共有して念の修行をしたはずだ。そのノウハウは非常に魅力的だ。おあつらえ向きにマチは初期メンバー。勧誘ならNOと言いたいが。
「ミサキが、見て_くれるの?」
ミサキというのはマチが名乗った偽名だ。ちなみにノブナガはシンジと名乗っていた。
「なんだ、アタシじゃ不満?」
そんなことを言われたので咄嗟に首をぶんぶん横に振ってしまった。つまり見せるわけだ。なし崩し的に能力を見せることになってしまったが、迷っていたのだから丁度いいと考えることにして、チェーンソーを具現化する。せめてもの抵抗でフレームから具現化して内部構造は見せないことにする。
単純な内部強化と軽量化を主眼にごく一般的な大型チェーンソーを形作る。ガイドバーの長さは90㎝程度にしておく。あまり長くても扱いづらい。長くするならそれ相応の構造が必要だが、某大剣のように“堅”でチェーンソーを覆えないほど、創造にも稼働にもオーラが必要になったりする。後はオーラを流してそれを燃料に機関を動かすため、それらが身体から――つまり持ち手から離れるほど燃費も悪くなるし、その時具現化したエンジンの最大出力が下がることになる。結局のところ普通のチェーンソーの形状がオーラ消費と威力の観点から丁度いい。
当初は普通のチェーンソーをトレースしていたため付いていたが、スターターも安全装置も今は必要ない。そもそもこれは念を流さないと動かないし、ワタシの手から離れると勝手に消える。つまり常にどちらかの手が触れていなければ消えてしまうというデメリットもあるが。
イメージとしてはなにもない空間に念で立体的な絵を描いて、中を念で塗りつぶすような感覚だろうか。機関部は各部位のつながりを撤廃して構成する。可動部分は仕方がないが、組み立てという行程がないのだから部品数は意外に少なく収まるし、それだけで強度も変わる。いちいちネジやらボルトやらを具現化するのは非効率的だからそもそも繋がっているように作るのだ。
一番簡単な構造の一番オーラ消費が少ないチェーンソーを作ったとしても5分かかる。ちなみにこれは8分と言ったところか。前回起動させたチェーンソーを即座に具現化するということが出来るようになるまで、実に落ち着かなかったモノだ。ちなみにワタシは《
「で_きた」
刃の方を出来るだけ向けずにマチの前に掲げる。思ったより驚いた表情をしていたことにこちらが驚いてしまった。やっぱりワタシの能力は特殊なのだろうか。