元々ジャポンに一度帰ると言うことを選択している以上、カツカツの予定ではなかったようだが、せっかくなのでワタシの力量を見ながら移動することになった。空の旅はルフチンバラからジャポンへは一週間かかったが、逆は四日程度でたどり着けた。やはり飛行船は風と天気の影響を受けやすいらしい。
ルフチンバラからは鉄道も高速道路もあったが、移動の大部分は足を使うことになった。日中走って、列車の待ち時間に軽く組み手。車内で仮眠した後鉄道ルートとは大きく離れた密林地帯に分け入る。
幸い持久走には少し自身があった。別にハンター試験を意識しているわけではないが、あのぐらいの持久力を能力者でなくても保有しているということに危機感を覚え、足腰の強化はかなり念入りにやってきた。森の中のような悪路を基本としてずいぶん走り込んできたので、特に問題なく二人に付いていくことが出来た。ぶっちぎるつもりで走られたらワタシに追うことは不可能だろうが、持久力のテストは合格だと思う。
密林を抜けて山岳地帯に入り、渓谷をいくつか越えて、荒野を横断しいどんどん砂漠のような不毛地帯を進んでいく。しばらくすると本当の砂漠に変わり視界がかなり悪くなるが、遠くに建造物の影が見えだした。
砂漠に浮かぶ建造物は遠目に持てもどこか薄ら寒い。密集しているわけでもなくぽつりぽつりと立つ様子は計画性が見えずそれぞれが酷く孤立しているように見えた。
「あれ_は」
「流星街」
やはりか。おそらくヨルビアン大陸内にあると思っていたが、ルフチンバラから思っていたよりも近くにあった。広大な砂漠の中に瓦礫や廃棄物が散乱して積み重なっており、それは徐々に面積を広げているように見える。緑を侵食する砂漠はゴミに浸食される。ではゴミはなにに浸食されるのか。
「こっから先は汚染物質なんかも漏れてたりするし空気が悪いからな。大丈夫だと思うが“纏”は絶やすなよ」
なにそれ。つまり能力者でなければ例の防護服がなければ身体に悪影響が出るのか。確かにただのゴミ山であってもそれはそれで身体に悪そうな環境だ。その上有害な廃棄物まで捨てられているのなら、それはもう人が住めるような環境ではない。それなのに流星街には800万人も住んでいるらしい。ホントにどういう環境だよ。
ワタシは流星街で生まれたようだが育ったのはここではない。この光景も肉眼で見るのは初めてのことだ。なんと表現していいのか、複数の刺激臭が重なり合っていて何の臭いかは分らないがとにかく臭い。砂漠迷彩のようなベージュのローブを身に纏って瓦礫をあさる一団が見えた。ワタシが生まれてすぐに買われていなければ、ここであのような集団の中に混ざっていたのかと考えると、殺し屋がまだマシな経歴に思えてくる。
一応中央通りと予想されるだだっ広い通りの突き当たりには、どこか【モスク】を思わせるような建造物が鎮座している。決して機能的ではなく、形状や大きさから城か何かにも思えるそれは、おそらく原作でキメラアントに占拠されたものだろう。あのような建造物は周りには見当たらないし。
貧民街の闇市よりも更に酷い市場を横目に流星街の中を行く。酷いのは並んでいる商品だけではなくそれを売ってる人も買ってる人もだ。ぱっと見ただけでその装いから格が知れる。特徴的なローブを身に纏っているのは同じだが、ガスマスクを着けている人は金を持っている。持っていない人はただ口元に布を巻いた上で、目のところだけ空いたローブと同色の頭巾のようなものを被っているようだ。
そうした――おそらく中心部から外れていくと、ローブ姿も少なくなり、徐々に身に纏う布の面積と質が悪くなっていく。そして動いている人影も少なくなってきた。道端に転がっているのは生きているのか死んでいるのかも分らないような細い身体と濁った目の者ばかりだ。
明らかに人体に害がありそうな濁った霧の中に、ガラスの入っていない廃墟の高層ビルが建っているのが見える。周辺にある瓦礫で出来た建材の種類もまちまちで歪んでいる建造物群とはまるで違う外観で、それ自体も確かに廃墟のようにボロボロなのだが、霧のせいもあって幻か何かのように周辺からは浮いていた。
マンションや居住目的ではなく、デパートか何かのように各階に広いフロアが広がっており、下層は外観通りの荒れようだったが、4,5階上った辺りから所々直した跡や運び込まれた家具なんかがちらほらと見え出す。この建物は一体いつ建てられたのだろうか。まさか流星街が出来る前ということはあるまいし、ビルが“捨てられた”というのも有り得ない。ならば誰かが建てたのだろうがなぜそれをこうして遊ばせているのか。
7階のフロアは特に片付いていた。どうやって持ち込んだのか端の方にタイヤの外れた中型のバスがある以外は、使えそうな家具が並び、所々歯抜けているが蛍光灯もついている。ここまで歩いてきた流星街の様子からするに相当上等な居住空間であろう。
中央にある大きなテーブルには6人の男女が思い思いに座っている。食べ物が適当に広がっていたり、トランプが出されて3人がプレイ中であったり、本を読んでいたり。
視線が向けられると背筋に冷たいものが奔った。流星街に入ったときから、数多くの視線は感じていた。羨望だったり、敵意だったり、恐怖なんてものを含んだ視線も合った。普通の町中でも浮くことが多いワタシの格好はそうした視線にはある程度慣れているが、やはり能力者の――それも格上の見定めるような視線というのは別格だ。
テーブルから離れた位置にあるリラックスチェアに座るクロロの視線はまだ本に落ちていたが、それでも十分すぎるほどプレッシャーを感じた。一番遠い位置に居てこちらを見てもいないのに一番強い。
クロロ、パクノダ、フェイタン、フィンクス、フランクリン、あと一人は誰だ。ワタシの知らない顔だから4番か8番だろうか。あと初期組のウボォーギンとシャルナークの姿がない。
「そいつは?」
「団員候補。アタシが推薦する」
ワタシの知らない某かの問いにマチが答え、それを聞いてクロロが顔を上げた。真っ黒い二つの瞳がこちらを覗く。感情のないような――絵の具で黒く塗りつぶされたような無機質な瞳をしている。知識の中では単なる自分探しをしているエライ強い厨二病患者だと思っていたが、相対してわかった。彼は根っからの略奪者だ。血も涙もないなんて生易しいものではない。
欲しいものは自分の糧になるもの全て。団員というのもいかに自分が欲しいものを手に入れやすくするかであって、絆や同郷だからでも慕ってくれるからでもない。旅団のルールからして、ワタシは背後に何かあるのではと思っていた。実際流星街の統治機関とは何らかの繋がりはあるだろうし、スポンサー的なものにもなっているだろうが、黒幕は結局のところ彼だ。彼の後ろにはなにも居ない。というより“彼の傍”には誰も居ない。
地球に侵略してきた異星人のように、暗黒大陸から流れてきたキメラアントのように、常に“独り”で人間になろうと人間を喰らっている。だから欲するんだろう知識を――書物を。そして理解できれば手放す。もうそれは自分の糧となったから。物に宿る情報は変化しないから。
人はどうだろうか。ヒソカのような人物を入団させた理由も今なら何となく分る。彼のような人物はそうそう居ない。だから手元に置いて観察したのだ。理解するために――喰らうために。
「まだ子供ね。使えるのか」
「ルフチンバラで掃除屋の仕事してたってさ。そこそこやれそうよ」
マチがフェイタンや他の団員とワタシのことを話しているが、正直ワタシはどんどん近寄ってくるクロロから視線が外せずそれどころではなかった。
ふと考えることは、ワタシももしかしたら彼のように成っていたかも知れないということだ。異界のしかも上位世界からの知識。これがもしワタシという人格を完全に消していたら。もしオタク男がこの世界を漫画で知っていなければ。ワタシはこの世界に生きる人たちと距離を取らずにいられただろうか。復讐を実行するほどに親しい関係を築けていただろうか。
視線を外せば殺されそうな気がして覗き込んでくる瞳をじっと見ていた。深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を見ているだったか。なぜだかそんなフレーズが頭に浮かんだ。どれぐらいの間見合っていただろうか。マチがクロロに声をかけると彼はワタシから視線を外した。ずいぶんと圧力がかかっていたようで、視線から解放されたワタシは知らず知らずの内に止めていた呼吸を再開する。
なにやらマチと知らない顔の男が険悪だ。聞くに彼も推薦したい人物が居るらしく、ただ本人をいきなり連れてくるようなことはせず、クロロにお伺いを立てて後日というつもりだったらしい。その差が気に入らないのか、常識を持ち出して正論をかざしているが、果たして“ここ”でそれは“常識”になるのか否か。
結局実力を見なければどうにもならないということで、急遽呼び出されたもう1人の候補と戦うことになった。