世界はワタシにコスプレを強いる!   作:usausado64

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2 現状把握

「――ヒ――――」

 

 お約束の言葉を放とうとして、喉に痛みが走る。声は声にならずただ息が漏れただけであった。鼻や口にチューブは入っておらず、呼吸は正常に行えた。喉の傷は一応塞がっているようだ。ピアス男の攻撃で一部削り取られていることを考えると、今後成長することで回復するかどうかはわからないが、命の代償と考えればそう重くはない――。と思う。

 

 あの後必死に“念”のコントロールに努めたが、結局意識を失ってしまった。湧いた知識の中にあるオーラのコントロール法。仕組みは知っていても知識だけでそう簡単にいくわけもなく、血を流して死にかけていたおかげか、あるいはチェーンソーを具現化するのに消費したからか、勢いよく吹き出し続けるといった感じではなかったので、何とか身体に纏わり付かせて覆うまではできたが、気を失えばどうなるか正直わからなかった。ピアス男との戦闘よりもこちらの方がギリギリ薄氷を渡った感じである。

 

 相変わらず拙い“纏”だが、纏える量はわずかに増えたようにも思える。死にそうでカスカスの状態が回復したからなのか、慣れて上達したのかはわからないが。

 

 ここは見たことのない部屋だ。コンクリート打ちっ放しの小さな一室。窓は一つ。ブラインドが下がっているが、端から光が漏れていることから今は日が昇っているのだろう。あいにく時計はなく時刻はわからなかった。

 

 部屋にあるのはワタシが寝ているベッド、ワタシに繋がっている点滴とそのスタンド。キャスターがついた棚と丸椅子が一つ、それと部屋の隅に立てかけられたパイプ椅子が数脚。明らかに普通の病室ではない。ここは闇医者の診療所か、あるいは隠れ家の一室かといった辺りだろう。ということは、ワタシを助けたのは裏側の人間だったようだ。

 

 どれほどの時間意識がなかったのか、――短くて半日。数日か数週間か、下手をしたら数ヶ月なんて可能性もあるか。拳を握ったり爪先を動かしてみる。手足の感覚に異常はないし、成長している様子もないので数年意識不明でしたということはないだろう。

 

 ワタシを回収して治療したのは誰だろうか。普通に考えればワタシを殺し屋として育てた組織だろうが、あのように瀕死の重傷を負ったワタシを回収するだろうか。念が覚醒したとはいえ、能力者でなければそれはわからないはずで、ワタシを育て管理していた連中はおそらく“念”を知らなかったのではないだろうかと推察する。

 

 子供の暗殺者は基本的には使い捨てだ。ワタシの他にも何人か何度も依頼を達成して生き延びてきた子も居たには居たが、それはその程度の依頼しか与えられてこなかっただけであり、その方が確実だとなれば簡単に人間爆弾にされていただろう。それほどワタシたち子供の命は軽かったのだ。念を知っていればもっと効率よく強力な刺客を育てられただろうに。

 

 そう考えれば子供の暗殺者育成なんて手間と時間と場所が必要なことをやっていた割に、あの組織は低い位置にあったということになる。以前であれば、自分がどこの組織にいてどんな待遇でも何とも思わなかったが、知識を得てしまった今となっては、あの牢屋か隔離病棟のような場所に戻りたいとは思わない。足を洗うかフリーになるか移籍するか、とにかく何とかして待遇改善を要求しなければ。

 

 と、その前に助けた見返りに何を要求されるのだろうか。仕事を手伝えと言われるのは願ってもない。当然その仕事は念がらみになるだろうし、それならば修行をつけてもらえる可能性もある。最悪の場合は帰されるか同じようなところに売られるかだが、念のことを考えると帰されても問題ないかもしれない。

 

 とりあえず考えておかなければいけないことはこれぐらいだろ。念の鍛錬のつもりで“纏”を厚くする。三割ほど身体から離れて消えていたオーラが一割程度になり、オーラの波打を抑えるとそれも殆どなくなる。ゆっくりと循環させるイメージで落ち着かせる。それでもまだ完璧とは言えない。たまに少し漏れて離れてしまう。何があっても揺るがない域に達して次のステップに移れるのは一体いつになるのか。

 

 しばらくそうして念のコントロールに集中していたが、いっこうに誰も来ない。当てになるかわからない体内時計だが、目が覚めてから軽く一時間はそうしていたか。

 

 少しばかり飽きてきた。知識を手に入れるまでは、依頼がないときは日がな一日何もない壁を眺めて過ごせていたのだが、抑制されていた――というか知らなかった――感情というモノのせいで何も考えないということがすこぶる難しい。

 

 ワタシは別人になったというべきなのだろうか。いや、ワタシは番号で呼ばれていた時と同じ人格のはずだ。

 

 脳裏に宿ったのは多少主観が入った知識だが、人格を上書きされたということではないと思う。地球という太陽系第三惑星の日本という島国に住み、休載しがち――というより連載が稀な漫画としてこの世界を観測していた知識はあるが、その人が転生したか憑依してワタシになったとは思えない。その人の知識も思い出も体験した出来事も情報として知っているだけで、それを自分の過去だとは思えないのだ。

 

 かといって、同じくその人の知識の中にあった漫画の登場人物――ゴス女であるかといわれるとそれも違うと思う。確かに首の怪我、若干紫がかった癖の強い黒髪、自然とそうなってしまう悪い目付きだとか、成長すればその通りの見た目になることは間違いなさそうだし、念でチェーンソーを具現化できたのもそれがしっくりきたのも事実だが、悪党の肥溜めのようなで街――ここも大概だが――で解体屋をやっていた経験はないし、なによりワタシはネクロフィリアではない。

 

 つまりこれはアレだろうか。漫画やアニメが大好きで二次創作まで手を出すどころか自分で作っていたりしたオタクの男が、死んで転生するときに【ハンター×ハンター】の世界に行きたがり、どうせだから好きなキャラに成りたいと【ブラックラグーン】のソーヤーの姿を望み、失敗してワタシが知識だけ得ましたというヤツなのだろうか。

 

 確かに知識の中にそういった二次創作の作品を読んだ記憶がある訳だが、それが自分のこととなると、あまりにも――あんまりな話だと思ってしまう。

 

 ワタシはオタクの男でもないし、ゴス女でもない。余計な知識があるだけでワタシだと言いたいが、元々ワタシは普通に育っていない6歳――多分――の子供だ。自我も希薄でこんな風に物事を考えることもしていなかった。それが二十数年分の経験と知識を得て、無理矢理成長させられたわけだ。元々が殆ど何もなかったのだ。朱に混じって赤くなるように、抜けた穴を塞ぐように湧いた情報を取り込んで――毒されて、この様に人格が成長してしまうのも仕方のないことだ。

 

 思いついたことを次々と羅列し思考を廻す。それはまるでエンジンに燃料を供給するかのようで、勝手に廻って勝手に走ってどこかに行ってしまい話の立脚点からどんどん逸れていってしまうのはきっとオタク男から受け継いでしまった悪癖だ。仕方がない。

 

 好きなモノも嫌いなモノもなかったから、きっとこれから好きになるのはサブカルチャーとテレビゲームで、ファッション性はゴシックとパンクに偏るんだろうなぁ。仕方がない。

 

 ただネクロフィリアだけは勘弁だ。

 

 大丈夫。もしそっちの影響が強いならワタシの念能力は、死体を操るだとかそっち系で発現していたはずだ。幸いオタク男は実現できない願望としてチェーンソーアートに思いを馳せていたようである。ソーヤーになりたかったのではなく、チェーンソーとの関連性からソーヤーが選ばれたということなのだろうか。どっちにしても大概だと思うが。

 

 溜め息が自然と漏れる――気分が落ち込んできた。それに合わせるかのようにオーラの巡りがやや重たく感じる。念能力が精神状態や調子に左右されると言うことを改めて実感した。

 

 こうして頭を使う――正しく使えているかは目をつぶる――ことにまだ慣れないのか、頭痛とまではいかないがボーッとしてきた。さっきまでのハイテンションから急に落ちたからか、額が熱を保っているのがわかる。ああ――また知恵熱だ。病み上がりなのだから大人しく寝ることにしよう。

 

 結局ワタシを助けてくれた某かに会えたのは次に目が覚めたときのことだった。

 

 

 

 

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