「一応聞いておくが、“除念”は出来るか?」
クロロの問いに皆が首を横に振った。そういった能力をもし隠し持っているとするならクロロぐらいなものだろう。さて、壊せるだろうか。ワタシのチェーンソーが正常に動くのならば、時間を掛ければおそらく破壊できるはずである。いくら念で防御するといったって、物体に込められている念は有限である。
“念”とはいわゆる生命エネルギーだ。人の身体が発電機だとするなら、念を込められた物体は要するに電池であり、例えばネテロ会長やキメラアントの王メルエムのような超一流の能力者が、全てと引き替えに念を込めたとしても、その念が永久に続くわけではない。いつかは込められた念が使い果たされ、ただの物体に戻ってしまう。だからワタシの“念を削る”という性質のチェーンソーであれば、念を込められた物体そのものが、ワタシのチェーンソーよりも硬くなければ壊すことが出来るのである。
問題は自らを“絶”の状態にして、顕在化可能なオーラを全て燃料と鋸刃だけに集中しても、通常の数割程度にしか動かせないだろうと言うこと。言ってしまえばヤスリで丸太を両断するが如く――不可能ではないが、もの凄く時間がかかる。その間ワタシは無防備だし、あまりに時間がかかるとワタシの念が枯渇する可能性もある。ただまぁ外に連絡を取って、他の団員に除念師を見つけて連れてきてもらうなんてことを考えると現実的だ。
「“除念”は、無理。でも_壊せる_と思う」
「2番か8番を捕まえて隔離できれば、オレ達が操られて同士討ちになる可能性は低い」
「コレクションルームにあるもので1番込められた念が強いモノを狙え。おそらく王の象徴かそれに近い何か。王冠や錫杖、宝剣などだろう。本以外なら手当たり次第に壊してもかまわん」
「――本_だったら?」
「……仕方ない」
団長から許可が出た。簡単に見つけられると良いが、どれだけのお宝を持っているのかもわかってないから、最悪本当に手当たり次第になりそうだ。
やっぱり無理でしたとなるのは問題がある。ワタシが作ったんだから当たり前だがよく知った構造に念を流し込む。やはり“纏”をしていられず、身体から出ている念を全て手からチェーンソーにまわす。刃を薄く念でコーティング。エンジンを回す。
ギュンと盛大に一鳴きして問題なくチェーンが回った。スゴイ疲労度だが何とかなりそうだ。例えるなら超高所の山岳で山登りしながらウエイトリフティングする感じか。
「いける」
唐突にホールから繋がる二つの扉が同時に開いた。左右から人影が飛び出してくる。右が二人、左が一人。今の音を聞きつけて飛び出してきたのか。
「シャルは左、右はオレが抑える。パクとソーヤーは先に行け。殺すなよ」
パクノダに続いて左の階段を一足飛びで上る。メイドから屋敷の構造を覗き見たパクノダに先導を任せ、できる限り気配を拾う。不意打ちは避けたい。いつの間にかパクノダはリボルバー拳銃を構えている。なるほど。あれは別に具現化した拳銃というわけではないのか。
パクノダが両開きの大きな扉に豪快な蹴りを放つ。タイトスカートでよく出来るなそんなこと。どうやらここが書斎らしい。部屋の隅にメイドが二人。ワタシ達の姿を見て大人しく両手を挙げる。一人足りない。ルールを理解していて2番を閉じ込めているか、或いはこの先に潜んでいるのか。
メイド二人は――おそらく三十代程に見える方がメイド長だろう――殆ど念が感じられない。わずかに漏れ出しているものは一般人のそれで、顕在量に負荷がかかっているからなのか“絶”といって良いレベルのオーラ量だ。二人は捨て置いても大丈夫。ワタシとパクノダの意見は一致し次の部屋へ。
ホールと言ってもいいようなガランと広い部屋。腰まである展示ケースがそこかしこに並び、それらは古くさい装飾品を納めている。中央奥に巨大な金庫があった。直径2mありそうな巨大な丸扉は、いかにも金庫らしく重たく分厚いことが推測される。当然閉まっている。
その扉を背にして一人の壮年の男が立っている。使用人という装いではない。くすんだ水色の作業着を着て頭にタオルを巻いている。おそらく庭師だろう。ところが庭師というには不似合いなものを左手に持っている。
日本刀。右足を前に出し左手は鯉口、右手は柄に添えられている。見紛う事なき居合いスタイルである。ここは一歩も通さないとでも言いたげに鋭い目付きでこちらを観察している。オーラを見る限り能力者というわけではなさそうだ。それがわかったからか、パクノダは無造作に発砲した。
「キエェー!」
奇声を上げながら男は鯉口を切る。右肩に向かった弾丸を日本刀が確かに両断した。二つに分れた弾が背後の金庫に当たり甲高い音を上げて更に跳ねる。能力者ではないがこんな孤島で庭師をやっていていいレベルではない達人だ。一瞬で刃は鞘に戻されている。能力者ではないが純粋な居合い術ではノブナガと良い勝負か、それ以上なのではと思ってしまう。
牽制を入れつつパクノダが放つ銃弾を次々と切り落としていく。そのたびに鳥が首を絞められたような奇声が上がる。よく見ると刀身にオーラが込められているのがわかった。能力者でないなら余程の名刀か、それと知らずに念を使っているのか。どちらにしろワタシのチェーンが切断されたりでもすれば、非常に面倒かつ今後の予定に響く。パクノダと左右に分れてコレクションルームを駆ける。
銃声は6回目。リロードの時間を稼ぐために前に出る。刀は刃が立っているのなら切れない物などあんまりないが、それ以外の方向からの力にはすこぶる弱い。居合いは早さに特化しているが、その最速の居合抜きが使えるのは術者の視界内が精々。刀が鞘の中に収まっている間と刀を戻すまでは斬撃としての威力は格段に落ちる。振らせなければこちらの勝ち、空振りさせればこちらの勝ちだ。
ワタシは適当に展示ケースに切りつけてガラス片を撒き散らす。間合いは詰めさせない。流れるような足捌き飛来物を避けるように前に来る。踏み込みなどの予備動作もない移動をこなすあたりやはり達人だ。剣線まで曲げられるようなら分が悪い。
後ろに跳ねる。追ってくる。全力全開でチェーンソーに念を注ぎ込む。負荷が掛かっているのなら負荷以上のオーラを。エンジン音と男の奇声が重なる。突きだしたチェーンソーの刃を避けるように身体を捻り状態を反らしながらの居合抜きだ。やはり速いし反応されている。起点となる右腕を狙った突きだが身体を反らすことで間合いを手前に移したのだ。
刃が立っていなければ効果がないのはこちらも同じ。床を蹴って飛び上がりワタシも体勢を変えることでチェーンソーの向きを強引に変える。突きだしたチェーンソーのエンジン部分を起点に引き戻しながら振り抜く。下に潜り込んで抜かれようとしていた上向きの刀に横から回転する刃が接触する。刀の厚さは極端に厚くても1cmだ。オーラを纏っていたとしても高速回転する刃が一瞬の接触でそれを無にし叩き折る。
男の悲鳴が上がった。チェーンソーの軌道上には男の左足があり、それもザックリといっていたからだ。両断とまでは行かなかったが、太ももは大きく引き裂かれ、おそらく動脈を切ったのだろう大量の出血が見られる。
無効化した。放っておいて死なれるのは不味いが何よりも金庫の解体が優先事項である。パクノダに処置を丸投げし、巨大な金庫に向かう。大きな丸扉は下手をすると90cmの刃では貫通しないかも知れないが、なにもわざわざそこを狙う必要はない。鍵の掛かった扉を破るときに壊す場所は、鍵と蝶番の二カ所だ。それは当然金庫でも変わらない。
かなり強固な合金で補強されていたが、念で防御されていなければどうとでもなる。火花が散って金属の擦れる音がかなり喧しかったが、しばらくするとぼとりといった。切断面は摩擦熱で緋色になっている。こちらのガイドバーも同様で、慌ててそちらも念で防御する。幸い変形などはしていなかったが、この分だと駆動部の至る所にガタがきているかも知れない。そもそも刃だけを念で覆って動かすのは構造的には可能だが、初めてしたようなものである。念前提の作りなのだ。いきなり爆発するなんてこともあり得る。
そんなこんなで多少作業効率が落ちたりもしたが、無事巨大金庫を開けることに成功した。コレクション以外の証書だとか宝石、貴金属、なんたら王朝以外の美術品などもあり、内部はかなりごちゃごちゃしていたが、その中央に一際大事そうにケースに入れられた王冠があった。
儀式用のモノなのだろう何年前の物か知らないが、当時考えられるだけの贅沢を持って装飾されたそれは、常人が被れば首を痛めそうなほど重く見えた。案の定どす黒いオーラが湧き上がっている。
「未練_がましい」
売れば一体いくらになるのか考えながらワタシは王冠を叩き切った。