ワタシを助けたのは、無精髭ぐらいしか特徴のないごく普通の男だった。中肉中背で一見して強そうには思えない。現在の少々くたびれた様子からは社畜サラリーマンという言葉が想起されるが、髭を剃って髪型を変え背筋を伸ばすだけで若手実業家に、スーツを着崩してアクセサリーを纏えばホストにもなれそうだ。
彼――名はジョニー=テレマンといった――はワタシが喋れないからか、それとも元々そうするつもりで居たのか、一方的に喋り倒した。ここがどこかから始まり、どうして彼がワタシを発見したのか、助けようと思ったのかから、別に知りたくもなかったワタシのいた組織のことやこの街周辺の勢力図、念についてのあれこれ、彼の生い立ちから彼の能力まで。
能力に関しては、そんなに簡単に話していいものなのかと疑問に思い、制約か誓約として必要なのかと考えたが、彼の能力はオーラを炎のように変化させるという変化系としてごく普通のもので、制約をつけて威力を上げることを考えるなら、情報を話すというのは不適当だ。よって彼はただ単にお喋りで、――なぜ念能力者でありながら、フリーの便利屋なんてやっているのかという疑問が氷解した――これ以上の域に行けない人物なのだろう。
実は凄腕の潜入捜査官で、そういう設定である可能性を頭の片隅に置きながら、どちらにしても余り親密になるべきじゃないとワタシは思った。
いくつか今後の提案のようなものもあったが、首を振る暇すらなく次々と今後のことを決めていく。たとえばワタシの身のふりだとか、寝床だとか念の鍛錬方針だとか。ワタシが遮ろうと手をかざして待ったをかけたが、彼は『言われなくてもわかっている』と清々しいほど勝手に解釈して話を進めた。それはもうこれ以上にないほどの人の話を聞かない人っぷりであった。
そしてあれよあれよという間に、ワタシはインディゴ=テレマンとして、殺し家業から足を洗い、念の制御を勉強した上で、ゆくゆくは学校にいくことになった。
突っ込みどころが多い――というか一つ一つ全てに対して突っ込みたい。
まず名前は髪の色からとったそうだが、ワタシの髪色は藍色というよりは紫黒色か鉄紺が近い。まぁそれはジャポン文化があっても、この世界にそのまま存在するかどうかわからないし良しとしよう。ただどうしてもヨークシン編で旅団狩りに集まった殺し屋がコードネームを決めようとしていたくだりを思い出してしまう。
次。ワタシが所属していた子供暗殺者養成施設は、流星街から戸籍と名前のない幼児を買い取って行っていたらしく、ワタシは戸籍やデータベースに情報がないので正式に養子には出来ないが、偽造書類などを使って実質養子と変らない扱いにするとのこと。パパと呼べとのたまった。無理だ。
次。ワタシはあそこで、ピアス男の念攻撃で木っ端微塵に弾け飛んだことになった。念に関しては彼が教えてくれるらしいが、それ以外は家事育児が出来る女性の家庭教師を雇ってくれるそうだ。恋人が居ればその役目を担って欲しかったらしいが、二ヶ月前に別れたそうだ。そんな情報いらない。
ゆくゆくは学校に編入させるつもりらしい。年相応のコミュニティに所属させるのは人格形成にとって愛の次に重要なのだとか。しかし喋れない状況で普通の学校に通うのは難しくないだろうか。そもそも精神年齢だけ急速に成長してしまったため、人格形成の段階はすんでいるのだが。
ジョニー=テレマンは打算など感じさせない笑顔でワタシの父親になると言った。これは非常に願ってもないことである。光源氏計画じゃないだろうな。そうじゃなければパパとは呼べないし呼ばないが、父親であると認識してやらんこともない。
場合によってはこの部屋から逃げ出すことも考えていただけに、ホッとしたというのが正直な感想である。これで差し迫った問題は解決した。後は念をできる限り鍛えて原作で起こる事件に巻き込まれても死なないように力をつけることと、あとは一応除念師に見てもらうことぐらいか。
原作開始は十年後とやや期間に余裕があるし、生き急ぐ必要はない。除念師に関しては運良く依頼できたら程度でいいだろう。ワタシが得たこの知識が何らかの念能力による攻撃、あるいは操作だった場合を考えてなのだが、正しく暇を持て余した神々の遊びのようなことに目的を探したところで――。
ワタシはジョニーが光源氏計画を考えているとすれば、唯一理論的に納得できる犯人であることに気がついて愕然とした。《不特定の人物の歴史を、指定した人物に植え付ける念能力》ならどうだろう。ロリコンだけれど幼稚な子供の相手をしたくないとか最低な考えだが、それならワタシの今の現状に説明がつく。なぜ漫画としてこの世界を知覚していたオタク男なのかは置いておくことになるが、ワタシを何の見返りもなく手厚く保護する理由だとか、わざわざ説明する必要のない自身の念能力を説明したこととか。
疑心暗鬼が過ぎる気がしないでもないが、念は正直万能過ぎる。警戒してし過ぎることはない。現状効果が現れていないだけで、後々身体を乗っ取られるなんて可能性もあり得るのだ。思ったよりも除念師急募だった。
そんなことを考えていたせいか、どうやら顔色が悪くなっていたらしい。ジョニーは体調が悪いのだろうと勝手に解釈したのか、続きは明日と打ち切って眠るようにと布団を被せられた。続きも何も殆どの重要な案件は聞いたし、勝手に決められたので、すでに知識として知っていた念のいろはをただ聞き流していたのだが、明日も続くのか。
とりあえずいかにして除念師に見てもらうか考えつつ、ワタシは瞼を閉じるのだった。