一之瀬帆波「……アイム、ジャグラー?」   作:桜霧島

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“If you must play, decide upon three things at the start: the rules of the game,
the stakes, and the quitting time. “




一之瀬帆波「……アイム、ジャグラー?」

 

 

 

 ―――長かった。

 

 この学校に入学してから約半年、いや、この世界に生まれ落ちてから約16年。ようやく辿り着いた―――いや、ようやく始まったと言うべきだろうか。

 俺は生徒会室からグラウンドを見下ろしながら、心の中で独り言つ。

 

 一学期はまるまる下調べと準備期間に費やした。夏休みのクソみたいな特別試験は、考え方を変えれば格好のカモ共の集まりだった。全ての取引は水面下で行っていたが、時折俺に向けられるあの公式チート(綾小路清隆)からの視線だけが気がかりだ。奴に目を付けられることだけは避けなければならないのだ、少なくとも現段階では。

 理想は「誰しも気づいた時には既に終わっている」という状況に持ち込むこと。

 

 この【ようこそ実力至上主義の教室へ】という世界に生まれ落ちてしまった不幸中の幸いなことに、自身のスペックは非常に悪くない。綾小路や坂柳ほど良いとは言えないが、悪くはない。

 外見を含めた身体上のスペック、頭脳スペック、そして前世知識を駆使することにより、この1年の2学期という序盤にして、この俺―――桜木イサナは、生徒会の書記という立場を掴んだのだ。正確には掴まざるを得なかった、と言うべきなのだろうが。

 

「何を考えているんだ?」

「ああ、生徒会長―――いえ、前生徒会長。何でもありませんよ。ただ、身に余る光栄を受け、決意を新たにしていただけです」

「そうか。それよりもわかっているだろうな?」

「もちろんですとも。そのために契約書まで交わしたのです。債務はきっちりと履行しますし、債権は髪の毛一本まで取り立てますよ」

「……まぁ、いい。いずれにしても、あと半年強で俺は卒業する。お前が南雲と水面下で交渉していることも知っている。契約さえ守られればこの高度育成高校生徒会をどのようにするのか、お前が何を為すのかは自由だ」

「南雲副会長―――いえ、南雲会長と俺の関係をご存じでしたか」

「俺を無礼るな」

 

 前生徒会長の堀北学は多少の殺気を孕みつつ、俺を威圧するような視線を投げかけてくる。彼とは俺が生徒会に入るために様々な人間といくつかの取引を行った。その過程においていくつかの副産物や誤算もあったが、総じて良い取引であったと言えよう。

 

「……安心してください。俺はこの学校、いや、この島すべてを楽しませて見せますよ」

「ふん」

 

 前生徒会長は一つ鼻を鳴らすと、踵を返して去っていく。俺はその背中に向かって「今後とも御贔屓に」と声にならない呟きを投げかけ、学校の外へと向かった。

 

 

 

 

 

 この『東京都高度育成高校』が立地する人工島は『けやきモール』をはじめとした様々な商業施設が建設されており、数は少ないがいくつかのアルコールを提供する飲食店―――すなわち居酒屋やスナックといった類の商業施設も存在する。

 

 それらの商業施設が並ぶ一角に、1件のこぢんまりとした空きテナントが存在している。そのテナントは一角の中でもあまり目立たない位置にあったからか、ダーツや地ビールを楽しむアイリッシュパブのようなテナントが撤退した後、空きテナントになっていたのだ。

 

 俺はそのテナントの手入れのされていないドアを無造作に開け放つと、待ち合わせ相手が来ているか否か声をかけてみた。

 

「いるかー?」

「あ、イサナ君!」

 

 快活な声を上げ、長いピンクブロンドの髪をたなびかせて此方を振り返ったのは、俺のクラスの学級委員長こと一之瀬帆波である。

 

「帆波ちゅわぁぁぁぁん!」

「にゃっ!? にゃ、にゃ、にゃ……いきなりにゃにするの!?」

欧米式挨拶(ハグ)

「それはセクハラっていうの!」

 

 抱きつこうとしたところ、両手で押し退けるように振り払われてしまった。未遂に終わったがいい匂いがしたから万事OKである。

 

「ふぇぇぇぇぇ……堀北会長……前会長……怖かったよう……慰めて?」

「慰めないよ! ……今日のキミはオフモードなのね。相変わらずオンオフの境目が分からないよ」

 

 多少呆れた顔を作って彼女は自身の頭に手をやった。

 

「Bクラス躍進の影の立役者であるキミは一体どこに行っちゃったのかしら……」

「全部一之瀬や神崎の手柄にしたから、そんな奴存在しないけど?」

「……それほど目立ちたくないのなら、どうしてあそこまでして生徒会に入ったのかにゃ? 私が言うのもなんだけど、目立つ人種の代名詞みたいなものじゃない、生徒会役員って」

「まぁ、“色々”とあったんだよ」

「その“色々”が此処? こんなところに呼び出して、今日こそはきちんと説明してくれるのよね?」

「まァね」

 

 俺はそう返答すると立てかけてあったパイプ椅子を2つ取り出し、自分の椅子は座る部分に溜まった埃をパンパンと手で払ったのち、彼女へは埃を払いつつハンカチを添えてパイプ椅子を渡してやった。

 

「ほら。すぐそういうことする……」

「まァ、話すと長い。座んなよ」

 

 彼女のよくわからない抗議を聞き流し、俺は座るように促した。彼女は「ありがと」と言いながら俺のハンカチをお尻の下にひき、パイプ椅子に腰かけた。おのれ、俺のハンカチ、後で覚えておれ。

 

 さて、俺の目的を達成するためには、3つ必要なものがあった。

 1つは協力者。これはBクラスに配属された俺にとって一之瀬帆波以外の選択肢は無かった。と言うのも、原作でも描写のあった通り彼女の周りには基本的に人畜無害なイエスマンしか存在していない。唯一有能そうであり、表立って意見を述べることのできるのは神崎だけであるが、腹に一物抱えてそうな奴を味方につけるくらいなら、多少お人好しで隙があっても文・武・コミュ力に定評のある一之瀬が協力者には適していると考えたのだ。可愛いし。

 

 2つめは資金である。元手はあればあるほどに越したことは無い。俺の試算では少なくとも1,500万は必要であった。これはクラス間移動権利には及ばないものの、おいそれと、それも1年生の人間が準備できる金額ではない。

ここで役に立ったのが原作知識だ。一之瀬はBクラスのみんなからクラスの運営資金としてお金を預かることになる。そのためにも彼女を味方につける必要があったのだ。

 読んでいた限り出納監査されていたような気配は無かったし、実際一之瀬もある程度自由に使うことが出来ていたようだったので、俺はこれに目を付けた。クラス運営資金を使っても増やせば問題ないのであるし、直近で必要なのは来年1月2月のアレだけである。5万円/人×40人で月当りの収入は200万弱。7.5カ月で目標達成だ。

 

 最後の1つは立場である。この人工島内である程度自由にできる権利、言い換えれば「大人たち」と交渉することのできる立場、これが欲しかったのである。ヒラ学生が校長や理事長、あるいはこの人工島の管理者と話をすることはまず不可能である。最初は一之瀬にやってもらうことも考えていたが、彼女は俺の計画全てを知らないし、俺は教える気もなかった。ゆえに気は進まなかったが背に腹は代えられぬと、資本金集めも兼ねて堀北生徒会長や南雲副会長と交渉し、この立場を用意してもらったのだ。

 ちなみにその2人と交わした契約は、大まかに言えば「帆波を落とすのに協力すること」「妹を守ってあげること」の2つだ。どっちがどっちの要望なのかは想像に任せる。ちなみに前者はきよぽんの力を借りてでもそのうち反故にさせるつもりだ。

 

「―――で、正直に話してくれるのかな、イサナ君?」

 

 一之瀬は多少怒りというよりは不満の混じった顔で、俺を詰問する。

 

「しゃあない、じゃあ前提から話すよ。この人工島は居酒屋やハイブランドの販売店など、所謂『大人向け』の様々な商業施設もあり、小さいながらも一つの商圏を形成している。PPという独自通貨が浸透しているのがその証左だ」

「それはまあ、そうだね―――もしかして、キミはお店を出したかったの?」

「……有り体に言えば、その通りだ。せっかく前段から話し始めたのに、もう少しもったいぶらせろよ」

 

 俺が拗ねたように口をとがらせると、彼女は先の不満そうな表情を引っ込め、ニヤリと嬉しそうに笑った。

 

「へぇ~。いいんじゃないかな? 忙しいときはあんまり出来ないかもしれないけど、面白そうだから私にも出来ることがあったら手伝うよ!」

「……そうか! そう言ってくれるか!」

「うんうん、大事なクラスメイトが頑張っているんだもの。みんなの委員長は応援するよ! ……で、いったい何のお店をやろうとしているの?」

 

 一之瀬のその問いかけに対し、俺はおもむろに無言で席を立ちあがり、部屋の隅に置いてあった人の背丈ほどの高さの箱の前に歩いて行った。

 

「あ、それ、そのハコ。気になっていたのよね」

「ふっふっふ……! 帆波くぅん、こいつを見てくれたまえ!」

 

 厚手の段ボールで覆われた箱を手で破ると、中から別のハコが姿を現した。

 

「これは……?」

「これこそが、人類の希望! 人類の夢! アイムジャグラーだ!」

 

 

 

「……アイム、ジャグラー?」

 

 






次話で終わります。
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