幸か不幸か、異曲同幸。 作:マキアン
呪詛犯罪者。
霊的能力の負の作用が一つ、呪詛を用いて悪事を働く者。もしくは単に無辜の者からすらも呪詛を吐かれるような邪悪な犯罪者。
そんな呪詛犯罪者の一人である男。
たった一つの名前すら悪行がために忘却した、単に蟋蟀と呼ばれる呪詛犯罪者の男。
彼は今顔を真っ青に染め、冷たいアスファルトの感触を尻に受けながら、目の前でニヤニヤとした笑みを浮かべる中年の痩せぎす男を見上げていた。
その内心で世界に向けた呪詛を吐き続けながら。
「ンンン、困ったなぁ」
飄々とした雰囲気の男が、それに相応しい胡散臭い言の葉を吐く。
「困っちゃうよねえ。こんな幸福があったら、どこかで不幸があるかもしれない。ん〜、怖い怖い」
その悲嘆するような言葉とは裏腹に、声音には隠しようもない喜色が乗っていた。
少なくとも、蟋蟀にとってはそう聞こえた。
「いやぁね。今日は朝から縁起が好くて、エンギがイイなんて言ってたらさ」
一人、話を始めた男をよそに蟋蟀はこの場を切り抜ける方法を考える。冷静な頭で生き残る術を算出していく。
この男は裏社会ではかなり名の知れた呪詛犯罪者の一人だ。
界隈ではその顔と所業、そして彼の"商売"については知れ渡っているが、その反面、それ以外の情報はほとんど出回っていない。当然、この男の戦闘能力も全くの未知数。
「まさかまさかだよ。きみ、なかなか好い身体してるじゃあないか。見るに、被呪耐性はかなりありそうだ。霊体強度も申し分ない。これは思わぬ巡り合わせ、掘り出し物だ」
髭をさすりながら、男は場の雰囲気に似つかわしくないほど明るい声で今日の幸運を語る。
何を言っているのかはわからない。
しかし、噂では男はとんでもない人格破綻者だと言う。
つまりこの男に捕まったが最後、どのような末路を辿るのかは考えも及ばない。この世界で生きる上で最も恐ろしいことだ。
……よし。逃げる算段はついた。
フラッシュバンを使用後、呪榴弾を地面に放り、それを加護防壁で囲む。この建物は六階層からなる何の変哲もない駐車場だ。材質はただのコンクリート。呪榴弾の爆発は防壁によって塞がれ、地面にすべての威力が流れる。それで、この階層は崩落する。
そうしてできた隙に逃げる。取れる手段はこれしかない。
何としても逃げなければ。そう決意を固めて、
「───生かしておくには勿体無い」
ぞぶり。
動き出そうとした蟋蟀の心臓を、突如として第三者の剛腕が防弾チョッキの上から貫いた。
鮮血。呪われた男のものとは思えないほどに真っ赤で健康的な血がアスファルトに飛び散ってシミとなる。
「な、ぁ、ぇ……?」
ずるりと腕が身体から引き抜かれる。元の色がわからないほどにそれは血で赤く染まっていた。力が抜けた身体が地面に転がった。
死んだ。間違いなく自分は死んだ。
それが直感的にわかった。他人事のように理解できてしまった。
冷たい感触は背にした無機質な床か、それとも内から命が溢れ出ていく感覚か。もう止めようがない。
「ッ……!?」
せめて、自らを殺した野郎の顔を拝まなければ。呪ってやらなければ。
そう思い、残った力を振り絞って顔を向けた蟋蟀は、その悍ましい正体にヒュッと声にならぬ悲鳴をあげた。
それがまるで感動して衝撃を受けているかのように映ったのか、男は嬉しそうに再三口を開く。
「ぼくの作る縁起はどうだい? 高く売れそうだろう?」
男にとって、
たまたま商品の試験のために夜の街に繰り出していた男は、手頃な呪詛犯罪者か祓魔師を探して歩き、その末に次の商品になりそうな身体を見つけたのだ。
困ったという他あるまい。鴨がネギを背負って歩いてきたのだ。困るほどに僥倖だ。
「なぁ、アオコ。その腕はいいだろう。きっと、みんながきみを高く買ってくれるさ」
『■■……!』
アオコ。
そのペットネームを付けられた存在は、正に異形と言うべき姿をしていた。
青白い女性の身体に、物々しい黒のヘッドギア。何より目を引いたのはその取ってつけたような右腕。鬼、そう呼ばれる界異の腕だ。
まるでホラー映画かゾンビシューティングゲームに出てきそうなボスキャラのごとき容貌のそれは、しかし現実に誰かを素材に使って作られた悍ましい産物だ。
人造界異、もしくは人造縁起。
男は骸からそれを作り出し、生計を立てていた。
「ああ、心配しなくていい。きみも【ウーンド・マユズミ】のブランドに恥じない
もうすでに事切れた蟋蟀の遺骸を、絶望と恐怖に染まった死に顔を一瞥して。
呪詛犯罪者の男───黛亮平はアオコにそれを担ぐように指示を出すと、踵を返してその場を去っていった。
◆
東京都S区の分譲マンション、その一室。
部屋の主である男、黛亮平は仕立ての良いスーツにくしゃりとシワをつけるようにだらしない姿勢でソファに寝転がりながら、今か今かとその時を待っていた。
「ん〜。きっかり6000万、入金確認っと」
自らの口座への入金を確認すると、端末の電源を落とした亮平は無造作にジャケットのポケットにそれを突っ込んでから伸びをひとつ。
そして、にんまりと笑みを浮かべた。
「今回はかなり出費を抑えたからね。純利益はざっと5000万と少し。ンンン、なかなかいいじゃないか」
口座の金はこの後下ろすとして、すべて幽金属に変えておかなければ。現世の通貨や貴金属は信用できない。
総資産はざっとどれくらいか。このマンションを買ってから、不労所得もあるにはあるが、それだけでは目標額には全然届かなそうだな。まだまだ商品を売らなければ。
ああ、そう言えば
ふふふ。今日はとても気分がいい。
頭の中で矢継ぎ早に予定とやるべきことを羅列しながら、黛は笑みを深める。
「さて、と」
黛は上機嫌に髭をさすりながら、ソファの後ろで佇む存在に目を向けた。
時刻は夜。街に繰り出すには良い時間だ。
「行こうか、コオロギ。きみの価値を見せてくれ」
『■』
応えるように、コオロギと呼ばれた異形の縁起は録音された断末魔のような声を上げた。