電灯の光がアスファルトを照らす、夜。私は、無機質に照らされたアスファルトの上を、液晶が光っているタブレットを持って歩いている。
「”……ここか”」
そう言って見上げたビルと、液晶に表示される目的地は一致していた。
私は、大人の責任を果たすために自動ドアの奥に入っていく。電気は付いていない。
先にあるエレベーターに乗り込み、23と書かれたボタンを押す。流れるような動作で閉じると書かれたボタンを押すと、直ぐにエレベーターは仕事を始めた。
ドアが開くと、月明かりに照らされた部屋、その奥で手を組み肘を立て、こちらを見る黒い影がいた。
「ようこそ、先生。ここに来た、ということは私の計画に参加するという意思表示、として受け取って良いのでしょうか?」
「”勝手にしてくれ。私はお前のくだらない話を聞きに来たわけじゃないんだ”」
「前座、起承転結でいう起──詰まる所、『序章』。これらは神聖なものです。特に今は。どうか少しの辛抱を」
「”……はぁ”」
近くにあった椅子を引き、黒服と向かい合うように座る。黒服の目の辺り、白い光がユラユラ揺れている。
「”今は生徒の命が危険なんだ。早くしてくれ”」
「少々頂けませんが──良いでしょう。本題に移ります。この『序章』はもう既に行われました──あのモンスターの行動により」
「”序章……? どういうことだ”」
黒服は「ククク」と笑う。
「様々な形容の仕方があると思いますが──ここは、単純な物を選びましょう」
黒服は、少し貯めた後に言う。
「世界の、崩壊です」
少しの沈黙が訪れる。
自分が先生として、大人としてやるべきことを考える。
「”どうやったら、防げる?”」
黒服は一息付いて言う。
「『序章』は既に訪れました。この時点で、崩壊は始まっています」
「”──チッ”」
思わず、舌打ちをしてしまう──それもそう、覆せないとなったら、あとは指を噛んで見守っているだけの木偶の坊と化す。少なくとも、人は。
「しかし、神秘を持った存在なら覆せる──それが、私の研究成果となります。ただの神秘、では不可能ですが」
「”生徒を、使えって言うのか!?”」
怒鳴っても、相手は動揺を見せない。少なくとも、見える限りでは。黒服が動揺を見せたことは少ないだろう(勿論、これを閲覧している君たちもあまり見た事がないだろう)。
「いえ、その全くの逆──そう、先生。貴方を抜擢します」
「”……私?”」
こちらは動揺を隠せない。私には神秘というものが全くない。今までは確実に。
「クックックッ……。それが私の言う『代償』ですよ、先生」
なるほど、簡単な事だった──人体実験。ゲマトリアの知識があれば、常人に神秘を宿すことも可能なのだろう。
「”私はどうなっても構わないよ。それより、今はアスナのことを聞きたい"」
この時、初めて黒服は動揺したような動きを見せた──目の位置にある白いモヤが揺れ動いただけだが。
「クックックッ……。ありがとうございます、先生。では、アスナさんのことについて話しましょう」
黒服は肘を立てるのをやめた。
「アスナさんがああなってしまったのは、神秘のせいでしょう。彼女の神秘は、奇跡を起こす神秘──ホシノさんをターゲットにするまで、視野に入れていた神秘です。おおっと、睨まないでください、先生。過去の事です──少なくとも、今は」
黒服は話し続ける。私は遮らずに話を聞いている。律儀な犬のように。
「私が、なぜ彼女を研究するのを視野に入れていたと思いますか? そう、私が興味を持ったのは、彼女の『奇跡』を起こす能力です。思い浮かべてみてください、先生。先生が奇跡を起こしたのは、いつ、どんな時でしたか?」
私は考える。
『奇跡』──プレナパテスとの戦いの後、アロナとプラナが起こしてくれた『奇跡』。
「そう、その『奇跡』を引き出せるのです──いついかなる時も。この『奇跡』というのは大変希少で、『神秘』がなければ起こせません。それ以外は、全て『偶然』に過ぎません。例えば、無くしていたペンが
黒服は続ける。
窓の目隠しの奥が白んできている。
「いえ、それらは『偶然』です──おっと、貴方が今まで『奇跡』だと思っていたことを否定するわけではありません。……話を戻しましょう。『奇跡』というのは、例えばビルの屋上から落ちて助かった。例えば銃弾に当たっても擦り傷で済んだ。例えば──大気圏外から落ちて助かった。そういった『偶然』では片付けられないものを指します──あくまで、私の見解ですが」
黒服の話に耳を傾ける。
「そんな『奇跡』を身一つで起こすことが、可能でしょうか?」
無言で応じる。
黒服は続ける。
「つまり──彼女は代償を払ったのです。彼女は首を絞められていた──何分間? それは分かりませんが、確実に言えるのは、長時間に渡っていた、ということです。そこから生還するのは、まさに『奇跡』と呼んでも差し支えないでしょう」
私は席を立つ。聞きたいことは聞いたからだ。
エレベーターに向かって歩き出すと、黒服は喋りかけた。
「おや、先生。もう行かれるのですか?」
「”勿論。もうここにいる必要は無くなったからね”」
「なら、行かれてしまう前に一つ、忠告を」
足を止めて、黒服の方を向く。
「あのモンスターに殺される度、あのモンスターの力は強くなっています。ですから──」
「”それについては大丈夫。もう誰も死なせないから”」
私は確固たる決意を持っている。誰にも壊せないほどの、強い決意を。
そして私は、エレベーターに乗った。
太陽が登り、世界に光が訪れ始めた時。私は電車に乗ってエリドゥへの道を移動していた。理由は勿論、あちらに避難している生徒たちと会って安心させるため。そして、ネルとアスナに会うためだ。アスナは、やはり脳卒中だったらしい。不幸中の幸い、とでも言おうか、手術は成功したらしい。
電車が向こうからやって来た。自動でドアが開き、まだ人がいない車内へと私を
座席に腰掛け、クーラーが効いた心地よい環境に身を委ねる。そうすると、封じ込めていた睡魔が私を包み込んでいく。
抵抗できない私は、そのまま眠りについた。
■
しばらくして、思い出したように目を開けると、要塞都市エリドゥへの乗り換えが出来る駅が次に待っていた。窓からは日光が差している。
列車がゆっくり停車し、ドアを開ける。起きたばかりの目を擦りながら立ち上がり、駅のホームへ足を踏み出す。ホームの気温は列車内より少し高い。
乗り換え先の列車が来るホームに向かう。
少し欠伸をしながら向かう先には、数人(匹ともいう)が電車を待っていた。
暫く(20分ほど)すると、電車がやって来た。先ほどよりも無機質で、ファッション性の低い──それはもう、鉄の塊と思えるほどの──車体だ。
ギギギ、と電車に乗る上であまり聞きたくない音と共にドアが開く。
内部は先ほどの電車と同じく、クーラーが付いており、意外にも座り心地の良い座席があった。人は見かけによらないとは、このことだろうか。
そして列車はギギギという音を出して動き始める。
■
列車が停止した時には、もう既にエリドゥの中だった。
列車はギギギと音を立てて車輪を止める。そしてまたギギギという音を立ててドアを開ける。
無機質な鉄で作られたホームに降り立ち、動くエスカレーターに乗る。
改札を出て地上に立つと、聳え立つビル群があった。こちらのファション性は高いようだ。
朝日に照らされたアスファルトを歩いていくと、次第に病院が見えてくる。特別大きくもなく、小さいわけでもないその建物の中に、ネルたちがいる。そう思うと、自然と歩く速度が上がる。
固く閉ざされた病院のドアの前、改札のような機械にカードを通し、顔認証をパスする。すると、ドアはいとも簡単に開く。
中のロビーには誰も居ない。この緊急事態に、ここで待機している余裕はないのだろう。顔認証とカードもあるので、わざわざ人が受付する必要もない━━なんて素晴らしいシステムなのだろう。
エレベーターで3階に上がり、ネルのいる病室へと足を運ぶ。歩く、というのはなんてことのない行動のはずなのに、今は何故かとても足が重い。
ドアをノックし、部屋に入る。
すると、右目に眼帯をつけた、ネルがいた。
「……ああ、先生か?」
「"……ネル"」
完全に体を部屋の中に入れ、ネルの近くに腰掛ける。
「……こっちの目、もう使うのは無理、らしい」
「"……そうか"」
話したい。
それなのに言葉が、心のなかで
「情けねえ話だよな。約束された勝利の象徴……だぜ? それが目ぇ一個傷つけられただけで日和って……」
「"……ネルは、頑張ったよ。誰も情けないなんて思ってないよ"」
「……ありがとな」
少しの沈黙。
「"私は……ネルに、ネル達に戦わせない。これからは……私が"」
「……」
立ち上がって、ドアまで歩く。
「"……じゃあね"」
「ああ」
ドアを閉じて、アスナの病室に行く。
病室は、ネルの病室より上、5階。
またエレベーターに乗り、上に上がる。
ドアが空き、私はそれに続いて出る。
緊張。それが、今の私に降り掛かっている。
トントントン。
ノックし、ドアを開ける。
「あ! ご主人様!? 良かった、ご主人様だ!」
緊張していた私は、安堵して、安堵して。
そのまま床にへたり込んだ。
「ご主人様!? 大丈夫?」
「"大丈夫。大丈夫……! アスナが、アスナがいてくれて良かった……!"」
アスナの下まで歩いて、抱きつく。大人でも泣くのだ。
「"アスナ……! アスナ……! "」
そう、呟いていた。
ずっと。ずっと。
■
アスナは、後遺症を負っていたらしい。
体の麻痺、ソレがまだあり、うまく体を動かせない、と医学部から聞いたときは驚いた。
アスナの事にも、気づかず泣いていた自分の愚かさにも驚いた。
その後、私は駅にまた向かい、エリドゥの生徒避難場所へ向かっている。何度も認証をパスしないといけない電車に乗って。
電車が止まり、私を外に出す。最寄り駅なので、歩いて十分程で避難場所に着いた。
避難場所のドアには、大きく「立ち入り禁止」と書かれているが、無視してドアノブに手をかけた。
避難場所のドアが開いた瞬間、中で待機している生徒の目がこちらに向いた。
「「「せ……せんせぇ〜!!!」」」
歓喜一色の声の嵐の中を突っ切っていくと、生徒がどんどんと私の周りに集まり始めた。
我先に、と駆け寄ってくる生徒たちの頭を撫でたり、一緒に遊んだり。そんな幸せな時間を過ごしていると、少し遅れて別の避難場所から駆けつけてきたゲーム開発部やヴェリタス、エンジニア部、カリンとアカネ、そしてトキも集まってきた。
「せ、先生! ずっと会いたかったんですよ……!」
最初に駆け寄ってきたのはミドリ。ぎゅうっと抱きしめられたので、よしよししてあげた。
その後、ミドリに続く形でゲーム開発部の皆んなが集まって、身動きが取れなくなる。
アリスの力が強いので少々痛いが、皆んながとても愛おしい。
その後も、次々と集まる生徒の相手をしていると(エンジニア部が発明品を渡してくるので、断れずにもらってしまった。自爆機能は無い、安心安全のBluetooth付きボールペンだ)、もう日は暮れ、夜になっていた。
寂しいし悲しいが、そろそろ別れの時だ。
「「「せんせ〜! また、来てくださいね〜!!」」」
「"うん、絶対!"」
手を振って、避難所から出る。
他の避難場所も全て行き、生徒と遊んだ。
食料、水分、寝床、きちんと全て揃っていたので、もうやることは無いかな、と帰路についた。
帰りの電車では、また熟睡していた。馬鹿みたいに安心して。
こんなに眠れたのは、これで最後だった。
やりたいシーンがたくさんあるからもっと腕欲しい。
カイリキーがドン引きするくらいの量の腕。
あなた方が望むのは?
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ハッピーエンド
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バッドエンド