魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第十五話『それぞれの思惑』

 

 ――新暦75年・陸士108部隊・隊舎――

 

 

 ミッドチルダ西部に拠点を置く陸上警備隊……スバルの父、ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務める陸士108部隊の部隊長室では、ゲンヤとはやてが向かい合う様な形で座っていた。

 はやては以前この部隊で指揮官研修をしていた時期もあり、ゲンヤの事は指揮官としての師匠と尊敬している。

 その為こうしてはやてがゲンヤの元を訪れている事自体は珍しい訳ではないが、二人の間に流れる空気は穏やかながらどこか緊張感があった。

 

「新部隊。なかなか調子良いみたいじゃねぇか」

「そうですね……今の所は」

 

 机に置かれたお茶を一口飲みながら、穏やかな口調で話すゲンヤの言葉を聞き、はやては僅かに苦笑を浮かべながら言葉を返す。

 その様子を見たゲンヤは少し沈黙した後、話の本題を切り出す。

 

「そんで、今日はどうした? まさか暇で古巣の様子を見に来たってわけでもねぇだろう?」

「えへへ……実は、ちょっとお願いしたい事がありまして」

「……お願いねぇ」

 

 苦笑を強くしながら言葉を返すはやてを見て、ゲンヤは何かを考える様な表情になる。

 はやての言い回しや表情、来訪したタイミングを考えると、お願いは彼女の部隊である機動六課絡みの事である事は予想できた。

 しかし部隊として依頼してくるのではなく、わざわざ個人でゲンヤの元を訪れてのお願いというからには、あまり表だって依頼はしにくい……あるいは、秘密裏に調べてほしい事である可能性が高かった。

 そんなゲンヤの表情を見て、はやては少し間を空けてからお願いについて話し始める。

 

「お願いしたいんは……密輸物のルート調査なんです」

「お前の所で扱っているロストロギアか?」

「はい。それが通る可能性が高いルートがいくつかありまして……」

「……まぁ、うちの捜査部を使ってもらうのはかまわねぇし、密輸捜査は本業っちゃあ、本業だ。頼まれねぇことはないんだが……」

 

 はやてが口にしたお願いを聞き、ゲンヤは怪訝そうな表情で言葉を返す。

 108部隊は地上警備隊の一部隊であり、密輸調査も専門として行う事が多くはあるが、それでも本局の専門部隊の方が調査能力では上の筈だった。

 そしてやはりわざわざ来訪して依頼する内容ではない事を考えると、何らかの思惑があるのが感じ取れた。

 

「八神よ……他の機動部隊や本局調査部でなくて、わざわざうちに依頼するのは、何か理由があるのか?」

「密輸ルート自体の調査は、そっちにも依頼してるんですが……地上の事はやっぱり地上部隊の方がよく知ってますから」

「……まぁ、筋は通ってるな。いいだろう、引き受けた」

「ありがとうございます」

 

 探る様なゲンヤの質問に対し、はやては微笑みを浮かべて言葉を返す。

 その言葉を聞いてまだ疑問は残るものの、はやてが隠している以上無理に聞きだす事も無いと考え、ゲンヤは軽くため息をついてその依頼を了承する。

 ゲンヤは調査担当にスバルの姉であり、はやてとも面識があるギンガを割り当てる事を告げ、それを聞いたはやては機動六課側の調査担当はフェイトが務める事を伝える。

 そのまま少し調査内容について話をした後、詳しくは担当者とはやてが話をするという事になり、はやてはゲンヤが用意してくれた会議室に向かおうと立ち上がる。

 

「……八神」

「はい?」

「悪いが、ちょっと調査対象ルートをいくつか見せてくれねぇか?」

「……かまいませんが?」

 

 立ち上がったはやてをゲンヤが真剣な表情で呼びとめ、その言葉を聞いたはやては首を傾げながら端末を起動してゲンヤの方に向ける。

 そこに表示された密輸ルートのいくつかを真剣な表情で眺めた後、ゲンヤはまるで独り言のように呟く。

 

「……ヤツも関わってきそうだな」

「ヤツ?」

 

 ゲンヤが呟いた言葉と神妙な表情を見て、はやても少し表情を硬くして聞き返す。

 その言葉を聞いたゲンヤは、端末から視線を外してお茶を一口飲み、少し間を空けてから口を開く。

 

「……お前も、聞いた事はあるだろ? ここ数年で、密輸や横領に関わっている局員が次々失脚してるって話を……」

「……ええ、新型のコンピューターウィルスによる情報漏れとかって言われてましたね」

 

 ゲンヤの言葉を聞いたはやては、思い出す様な表情で言葉を返す。

 ここ数年で黒い噂があった複数人の高官が失脚していると言うのは、はやても耳にしている情報ではあり、事実彼女が機動六課を作ろうとした際にも、反対派の高官数名が失脚していた。

 査察等が動いたと言う話は聞かない為、ウィルスによって情報が漏れたという説が局内では有力だった筈だが、ゲンヤはそれに対し何かの心当たりがある様だった。

 

「……実はな、ここ数年密輸ルートの調査中に、密輸品が消え去ったりする事があってな……」

「独自に密輸ルートを探ってる誰かが、居るって事ですか?」

「分からねぇが……少なくとも本局並の調査能力を持ってねぇと、うちの調査を先回りなんて出来ねぇ筈だ」

「……」

 

 ゲンヤの言葉を聞き、はやても真剣な表情でその話に聞き入る。

 ゲンヤが言わんとしている事は、はやても理解出来ていた。密輸品が先回りして回収され、それに関わっていた可能性のある高官が失脚している。

 それはつまり何者かが独自に密輸ルートを探っていると言う事で、ゲンヤが情報を掴んでいないと言う事は局の正規部隊ではないと言う事だった。

 

「……目的も人数も不明だが……正直、とんでもねぇヤツだ。影は見え隠れしてるんだが、痕跡は欠片も残しやがらねぇ」

「その何者かが、今回のルート調査にも絡んでくるって事ですか?」

「……可能性は高いな。まぁ、お前さんの方でも十分注意してくれ」

「……分かりました」

 

 暗躍する謎の存在。ゲンヤ達正規の調査部隊から隠れる様に行動をとっていると言う事は、管理局関係者とは考え辛い相手……ゲンヤの説明を聞いたはやては、真剣な表情でその忠告に頷く。

 

 まさかその人物が、自分の部隊に所属しているとは夢にも思わずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮――

 

 

 女性隊員に比べ男性隊員がやや少ない機動六課の寮、クラウンは自身に割り当てられた一室で明日に迫ったアグスタオークション潜入への準備を行っていた。

 基本的に機動六課の寮は隊員二人で一部屋という風に割り当てられるのだが、追加隊員であるクラウンの部屋に同居人は居ない。

 というのもクラウンの出向が決まるまでに機動六課における寮の部屋割り当ては完了しており、しかも丁度ピッタリ二人一部屋で収まっていた。

 その為クラウンには個室が割り当てられたのだが、色々と隠し事の多い彼にとっては一人部屋になれたのは幸運と言えた。

 クラウンが端末に表示されたホテルの見取り図を、全て記憶する様に真剣な目で見つめていると、端末に通信を知らせる音が鳴る。

 表示された名前を見てクラウンは一瞬驚いた様な表情を浮かべ、珍しい人物との通信画面を開く。

 

「やあ、久しぶりだね」

「お久しぶりです。レゾンさん」

 

 セミロングの黒髪を首の後ろで一つに纏めた男性が表示され、男性は人の良さそうな笑みを浮かべて口を開く。

 その姿を見たクラウンも、微かに微笑みを浮かべて丁重に頭を下げて挨拶を返す。

 レゾン・バルケッタ……先端技術医療センターに勤める科学者で、天才的な頭脳を持ちながら成果の上がらないレアスキル研究を専門しており、学界から変人扱いされている人物。

 左腕とリンカーコアの48%を失ったクラウンから、幻術魔法にレアスキルという二つの力を見つけ出してくれ、オーリスとレジアスを除けばクラウンの素性を知っている唯一の存在。

 医師免許も所持しており、立場上局の医療施設にかかりにくいクラウンの治療等も請け負ってくれている……クラウンにとっては恩人と言える人だった。

 

「珍しいですね。貴方が通信してくるなんて……」

 

 レゾンはクラウンの事情をよく理解しており、不用意な接触や通信を行う事は殆どない。

 そんな相手が珍しく直接通信を行ってきた事に、クラウンは首を傾げながら怪訝そうに呟く。

 その反応は予想出来ていたのか、レゾンは苦笑しながら通信の目的を口にする。

 

「ははは、忙しい所申し訳ないね。手早く用件をっと言いたいところなんだが……近い内に一度会えないかな?」

「……重要なお話しみたいですね」

 

 苦笑していた顔を途中で真剣なものに変え、暗に通信では詳細を話せないと告げるレゾンを見て、クラウンも表情を緊迫したものにして呟く。

 

「ああ……実は君に、折り入って頼みたい事があってね」

「……日程はどうしますか?」

「君の都合に合わせるよ。前日までに連絡してくれれば大丈夫だ」

「分かりました」

 

 表情は真剣ながらも穏やかな口調で告げるレゾンの意図は、クラウンにも読み取れないものではあったが、そこには何らかの強い意志が見え隠れしていた。

 レゾンに対して多大な恩があるクラウンは、深く追求することなく了承して通信を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヘリ・内部――

 

 

 一夜明けた翌日。機動六課は新たな任務に就く為に、新人四人を乗せてヘリで現場まで移動を行っていた。

 ヘリ内部のモニターには紫髪のウェーブがかったセミロングヘアーと鋭い目が特徴的な男性が表示され、部隊長であるはやてがその人物についての説明を行う。

 

「フェイト隊長の調査で、これまで謎やったガジェットの製作者及びレリックの収集者である可能性の高い人物が浮かびあがってきた。現状ではこの男……広域指名手配されている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティが事件に関わってる可能性が高いとして、今後の調査を行っていく予定や」

「こっちの調査は、主に私が進めていくんだけど……皆も一応頭に入れておいてね」

 

 撃破したガジェットを調査して分かった新情報を説明するはやての言葉に、フェイトが補足する様に言葉を付け加え、その言葉を聞いた新人四人は元気よく返事を返す。

 現時点で最も有力な容疑者であるスカリエッティの画像を、全員しっかりと頭に焼き付ける様に見つめる。

 そして少し間を置いてから、リインがモニターに近付いて新人四人の方を向きながら言葉を発する。

 

「では、改めて今日の任務の確認をしますね」

 

 リインが言葉を発すると共に、モニターに表示されていた映像が切り替わり、今回の目的地であるホテルアグスタの映像が表示される。

 なのはもモニターの前まで移動し、表示されているホテルの映像を指差しながら説明に加わる。

 

「骨董美術品オークションの会場となるホテルの警護と、参加者の人員警護。それが今回のお仕事だよ」

「取引許可の出ているロストロギアも出品されるみたいで、それをレリックと誤認したガジェットが出現するかもしれないって事で、私達に声がかかったです」

 

 あくまでガジェットが現れると確定してわけではないという言葉を聞き、新人四人は少し緊張を緩めて頷く。

 それを見たフェイトは、微笑みを浮かべながら言葉を付け加える。

 

「この手の大型オークションは、密輸の隠れ蓑になったりする事もあるし……密輸品にレリックがある可能性がない訳じゃないから、色々と油断は禁物だよ」

「「「「はい!」」」」

 

 注意を促すフェイトの言葉を聞き、新人四人は気を引き締める様な表情で返事を返す。

 そのしっかりした返事に満足そうに頷いた後、なのはは現地に先行しているメンバーをモニターに表示させる。

 

「現場には昨夜から、副隊長二人とシャマル先生、ザフィーラが張ってくれてる。合流した後は、スターズとライトニングに分かれて、それぞれの副隊長の指示に従って警護を行う形になるから」

「……あの、クラウンさんは?」

 

 なのはの説明に頷いた後、ティアナが表示されている名前の中にクラウンが居ない事に気が付いて尋ねる。

 クラウンは先行してるメンバーには名前が無く、現在ヘリに乗ってる訳でもない。

 ティアナの言葉を聞いて他の三人もそれに気付いたのか、不思議そうな表情を浮かべていると、それを見たリインが明るい様子で言葉を発する。

 

「クラウンは、今日は休暇ですよ」

「きゅ、休暇?」

 

 リインの言葉を聞いて、スバルが少々驚いた様な表情で聞き返す。

 他の三人も口にこそ出さなかったが、前線メンバーだけでなくシャマルやザフィーラも出動しているにも拘らず、クラウンが休みを取っていると言うのには驚いている様子だった。

 そんな四人の表情から考えている事を読みとり、はやてが軽く手を振って言葉を発する。

 

「あ~一応言っておくけど、休暇申請をもろうたんはこの任務が来るより前で、クラウン自身はこの任務が来た時に休暇を取り下げてくれても良いって言ってくれてたんよ。けど今回は絶対にガジェットが現れるって訳でもないし、折角もろうてた申請を無下にも出来んかったから、緊急回線だけ入れて予定通り休暇を取ってもろうたんよ」

「見た目は、アレだけど……クラウン仕事には真面目だからね」

 

 あくまでクラウンが任務を嫌がったりした訳ではないというはやての説明となのはの言葉を聞き、四人もそこまで考えていた訳ではないが、どこかバツの悪そうな表情を浮かべる。

 そんな四人に飛んで近付きながら、リインは苦笑を浮かべて言葉を発する。

 

「ちなみに……友人の結婚式だそうです」

「え?」

「結婚……式?」

 

 リインの言葉を聞いて四人は一斉に驚愕した表情で顔を上げ、スバルとティアナが信じられないと言った表情で呟く。

 四人の頭にはそんな場に居れば明らかに浮きそうな、不気味な仮面を付けたクラウンの姿が浮かんでおり、その表情を見たフェイトも苦笑しながら言葉を発する。

 

「……ちなみに、朝普通に仮面付けて出かけていったよ」

「服装はスーツだったんですけどね」

 

 フェイトとリインの言葉を聞き、四人の頭には黒いスーツに仮面を付けたクラウンの姿が思い浮かび、唖然としたような表情を浮かべる。

 

「……あんな仮面付けて、結婚式とか出ていいんですか?」

「さ、さぁ……まぁ、クラウンの行動に逐一突っ込んでたらキリないしな」

 

 引きつった笑みを浮かべながら尋ねるスバルに、はやても苦笑しながら言葉を返す。

 他の面々も突っ込みたい部分は多々あったが、はやての言う通りクラウンの行動をいちいち気にしていたら身が持たないと考え、苦笑を浮かべたままで話題を終わらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル・アグスタ――

 

 

 任務の現場となるホテルに到着し、新人四人はそれぞれの副隊長の元へ指示を受ける為に向かい、内部に入って会場内の人員警護を行うなのは、フェイト、はやての三人は、ドレスに身を包んで受付に向かう。

 受付を済ませて会場となる巨大なホールに到着し、三人はそれぞれでホテル内部の防犯設備の確認を行う。

 流石に大きなホテルでのオークションだけあって警備は非常に厳重であり、一般的なトラブルにはしっかりと対応できるだけの設備もあった。

 特に防火シャッターは大規模火災にも対応できるように分厚く、ガジェットでもそう簡単には破れないであろう強度が確認でき、外は他の前線メンバーが守る事も考えればほぼ万全の体制と言えた。

 一先ず会場内までガジェットが進行してくるような事態は防げそうであり、なのは達は少し安心した様な表情を浮かべて会場で集合する為に歩き出す。

 

 なのはとはやての二人と合流する為に歩いていたフェイトは、ゆっくりとした足取りで廊下を進みながら自身のデバイスであるバルディッシュに声をかける。

 

「オークション開始まで、どれぐらい?」

≪3時間27分です≫

 

 フェイトの問いかけに対し、バルディッシュは簡潔に言葉を返す。

 その返事に頷いてフェイトが歩いていると、前方からはホテルの警備員らしき男性が歩いてくるのが見えた。

 大きなホテルだけあって対応が行きとどいているのか、警備員はフェイトの姿を確認すると、道を譲り深く頭を下げる。

 警備員の丁重な対応にフェイトも会釈を返し、そのまま会場に向かって足を進めていく。

 フェイトが通り過ぎて数秒待ってから頭をあげ、警備員はそのままフェイトとは逆方向に向かって歩き出す。

 ホテル内の見回りを行っているらしい警備員は、時折周囲に視線を動かしながら歩き、胸元に居る相棒に念話を飛ばす。

 

(一番可能性が高いのは地下なんだけど、今そっちを調査するのは厳しいね)

(そうですね。そちらは機動六課が見回っていましたしね)

 

 警備員に姿を変えたクラウンの言葉を聞き、ロキも現時点では地下の捜索は止めておいた方が良いと告げる。

 クラウンは今日のオークションを隠れ蓑に行われるであろう、密輸品の裏オークションを探る為にこの場に居た。

 彼が手に入れた情報では、裏オークションが行われるのは夜ではあるが、荷物自体は朝の内に運び込まれているらしく、夜までに密輸品を発見して回収する為に警備員に扮してホテルを捜索していた。

 ただクラウンにとって誤算だったのは、機動六課が早い段階……前日の夜から副隊長二人を警備に向かわせた事。当初クラウンの予定としては、地下駐車場に車で到着してそこから調査するつもりではあったのだが、地下を警備していたシグナムを見て断念していた。

 その後も外部からの出入りがある地下駐車場は特に厳重に見回りが行われており、そこを探りたいクラウンにとっては厄介な状況だった。

 

(地下駐車場に配置されている警備員は、出入りの監視が主で動き回ってると不自然だし……シャマルさんが居るとなると、下手に魔法を使えば探知される危険もある)

(不謹慎ではありますが、ガジェットが現れてくれれば多少は動きやすいんですがね)

(……確かにね)

 

 ガジェットが現れて戦闘が始まれば、地下を見回ってるメンバーも外に移動し、シャマルや管制の目もそちらに向く。

 そうなればクラウンはそれに乗じて地下に潜り込めるのだが、それをあてにする事は不謹慎に思えた。

 

(まぁ、ガジェットありきで考えても仕方ないさ……とりあえずは上の方から順に探して行って、地下は隙を見て捜索する事にしよう)

(そうですね。可能性が高いと言うだけで、地下にあると決まった訳でもないですからね)

 

 密輸品のロストロギアは、当然ながら違法品であり……そう簡単には発見できない様に、探知を阻害するケース等に入れられて厳重に保管されている事が多い。

 ロキは比較的探索能力に優れたデバイスではあるが、探知阻害の上から位置を特定するにはそれなりに近付かなければならない。

 クラウンは軽く自分の頭をかきながら、上の階から足で調査していく方針を固め、警備員と言う変装上エレベーターではなく非常階段を利用して上階に上がっていった。

 

(ところで、マスター。その警備員の『本物』はどこへ?)

(なんか『たまたま』旅行券が当って、『たまたま』今日がその旅行の日程で、『たまたま』休みが取れて、『たまたま』家族全員分使える旅行券で、『たまたま』家族の都合も合ったらしくて、家族揃って管理外世界に旅行へ行ってるよ……運が良かったな~)

(……貴方はペテン師だ)

(知ってる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの玄関前では、ティアナが一人見回りを行いながら考え込んでいた。

 

「……(六課の戦力は、無敵を通り越して明らかに異常だ)」

 

 彼女が機動六課に所属して二カ月近くが経ち、最初は厳しい訓練について行くのに必死で考える余裕がなかったが、最近は訓練に慣れてきたせいかティアナはたびたび焦る様に悩んでいた。

 悩みの原因にあるのは、触れ合う機会の多い機動六課前線メンバー達の事。通常の部隊であれば分隊長でもAランクかAAが当り前にもかかわらず、隊長格全員がオーバーSランクという機動六課は凄まじい戦力を所持していた。

 今までそのクラスの魔導師を目にする機会が殆どなかった彼女にとって、訓練の場等でみるなのはやフェイトの力は圧倒的なものに感じられていた。

 それでもまだなのはやフェイトはティアナとは年齢もキャリアも違うので、差があるのは当然という考え方も出来たのだが、それ以外の隊員も大きな才能を感じる者たちばかりだった。

 

「……(前線から管制官まで未来のエリートばかり)

 

 ティアナと同じく新人フォワードで括られている三人にしても、ティアナから見れば才能の塊のように見えた。

 大きな潜在魔力と高い身体能力を持ち、長い付き合いだからこそ誰よりもその才能を感じ取れるスバル。

 僅か10歳……ティアナよりも6歳年下で彼女と同じBランクを習得し、雷の魔力変換資質を持つエリオ。

 レアスキル呼んで過言ではない程希少な、召喚魔法の適性を持ち強力な竜を使役するキャロ。

 それぞれハッキリと分かる才能を有していて、それを生かして強くなっており、比べれば比べる程ティアナは自身を惨めに感じていた。

 特にそれは最近顕著になっていて、そのせいかティアナは強い焦りを感じ始めていた。

 他の三人の様な『才能』と言う力が自分には無く、なのはの指導を受けて成長している三人において行かれているようにさえ思っていた。

 

「……(結局、うちの部隊で凡人は私だけ……クラウンさんは、どうなんだろう?)」

 

 周囲に感じる劣等感から卑屈な結論で締めくくろうとしたティアナは、ふと頭に仮面を付けた上官の姿を思い浮かべる。

 クラウンは年齢もキャリアも前線メンバーでは一番上だが、魔導師ランクは新人達より一つ上のAランク。他の隊長や副隊長とは大きく離れたランク。

 戦闘能力こそ不明だが、地球の任務で見た幻術魔法からその高い技術は伺える……しかし、それでもなのは達の様な『圧倒的な力』は感じない人物だった。

 周囲を隊長陣という才能ある者達に囲まれているという点では、どちらかと言えば自分に近い存在。

 

「……(クラウンさんも、こんな風に考えたりする事はあるんだろうか?)」

 

 部隊内に一人ぼっちになってしまっているかのような疎外感を感じていたティアナは、思い付いた自分と近い立場に居る人物の事を考えようとしたが……心境が全く読めないクラウンの事を想像しても、何も分からないままだった。

 そこまで考えた所で、ティアナは自分がクラウンも同じと思う事で安心しようとしている事に気が付き、自分の甘えた考えを否定する様に首を横に振る。

 

「……(周りが、どうだろうと関係ない! 私は……立ち止まる訳にはいかないんだ)」

 

 他人の力をあてにする訳にはいかない。胸の内にある劣等感を誰にも知られたくない。

 そう考えたティアナは、自分自身を鼓舞する様に決意を固める。

 

「……(証明するんだ。私の力を、私だってこの部隊でやっていける力があるんだって……)」

 

 それが劣等感を感じている自分から逃げる為の、間違った決意である事には気付かないまま……ティアナは心に生まれる焦りから目を逸らして歩き始める。

 自分に厳しい性格をしてる彼女だからこその間違った考え、他者の才能に劣等感を感じる事がないなのは達では気付けないであろう僅かな歪み。

 残念な事に、機動六課で唯一それに気づける可能性がある存在は……今、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル近辺・森――

 

 

 アグスタの周囲に位置する深い森……静寂に包まれるその場所から、ローブに身を包んだ二人の人物が遠くホテルを見つめていた。

 片や180cmを越えようかと言う大柄な男性と、片や140cmに満たないであろう小柄な少女。

 しばしホテルを見つめていると、短い茶髪の男性が少女に話しかける。

 

「……あそこには、お前の探し物は無い筈じゃないのか?」

「……」

 

 男性の発した言葉を聞き、長い紫髪の少女は無言で何かを伝える様な表情を男性に向ける。

 二人の視線がしばし重なり、男性は少女の考えに気付いた様子で呟く。

 

「何か、気になる事があるのか?」

「……うん」

 

 改めて尋ねた男性の言葉を聞き、少女は静かに頷いて肯定する。

 すると二人の元に小さな銀色の羽虫が近付いてきて、虫は少女の前で体を奇妙に動かす。

 普通に見えれば意味が分からない動きであったが、少女にはその虫が何を伝えようとしているかが読み取れるらしく、数度虫の動きに頷いて言葉を発する。

 

「……あの人……ドクターのおもちゃが、近付いてきてるって」

「……」

 

 少女が口にしたドクターと言う単語で、それが誰を指した言葉か理解した男性は、その表情を嫌悪する様なものに変える。

 男性がドクターと言う人物を嫌っている事を知っている少女は、それ以上は何も言わず視線をホテルの方へと戻し、男性もそれに続く様にホテルを見る。

 そんな二人の視線の先に広がる森からは、先程までは聞こえなかった音が聞こえ始め、チラホラとホテルに向かうガジェットの姿が見えていた。

 二人は戦闘に参加する気は無い様で、進軍するガジェットを遠目に眺め続ける。

 間もなく警備側もガジェットの接近を察知し、戦闘が始まろうと言うタイミングで、少女の元に通信が入る。

 

『ごきげんよう。騎士ゼスト、ルーテシア』

「ごきげんよう」

「……何の用だ」

 

 画面に表示された紫髪の男性……ルーテシアと呼ばれた少女がドクターと呼称していたスカリエッティは、不気味な笑顔で二人の名を呼ぶ。

 ルーテシアはその言葉に挨拶を返すが、ゼストと呼ばれた男性は不快そうな表情でスカリエッティを睨みつける。

 

『冷たいねぇ……ホテルの近くに居るんだろ? あそこにレリックは無いみたいなんだが、興味がある骨董があってね。協力してくれると助かるんだが……』

「断る。レリックが絡まぬ限り、互いに不可侵の筈だ」

 

 スカリエッティが告げた言葉を聞き、ゼストは嫌悪の表情を浮かべたままで冷たく返す。

 その言葉を聞いたスカリエッティは、特に表情を変える事は無く言葉を発する。

 

『確かに、君達と私の関係は対等。拒否する権利は当然あるが……ルーテシアはどうだい?』

「……いいよ」

『優しいね。ありがとう……今度是非、お礼をさせてくれ。私の欲しい物のデータを送っておくよ』

「……うん」

 

 ゼストと違いルーテシアはスカリエッティを嫌悪してはいない様子で、個人的なその頼みを了承する。

 スカリエッティから彼女のデバイスであるアスクレピオスにデータが届いたのを確認し、ルーテシアはローブを脱いでゼストに預ける。

 そして足元に紫色の魔法陣を出現させ、静かに両手を広げて魔法を行使する。

 

「我は乞う。小さき者、羽ばたく者、言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚インゼクトツーク」

 

 ルーテシアの詠唱が完成すると、銀色の羽虫が周囲に多数現れ、彼女の言葉に応える様に整列する。

 その様子を見て少し頬笑みを浮かべたルーテシアは、手を軽く動かして虫達に指示を出す。

 

「ミッション・オブジェクトコントロール……気を付けて、行ってらっしゃい」

 

 その手の動きと言葉を受け、虫達は広がる様に飛び立ち、主であるルーテシアの命令を果たす為に戦場へ向かう。

 飛んでいく虫達を静かに見送った後、ルーテシアは右掌に黒い水晶の様な物体を出現させ、それを愛おしそうに撫でながら口を開く。

 

「ガリュー……アナタは、ドクターの欲しがってる物を手に入れてきて……頑張ってね」

 

 静かに話すルーテシアの言葉を受け、黒い水晶はそれに応える様に強く光を放ち、一筋の黒い閃光となってホテルへ向かう。

 

 都市部から離れ、森に囲まれたホテルを舞台に……複数の思惑が混じった戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳でホテルアグスタ編が始まると同時に、新キャラ……いや三話辺りから登場していましたが、クラウンの適性検査をした科学者の名前が判明しました。

鋭い方なら名前を見てお気づきかもしれませんが、原作メンバーのある人物に深い関わりのあるキャラクターで、出番はそれほど多くはならないですが、ある目的を持って動いていく事になります。

そしてクラウンはまさかの休暇……地球に行く前に願い出ていたのは、この休暇の申請でした。
少なくともアグスタ編では、機動六課とは完全に別の思惑で動く予定です。

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