魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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更新が遅くなってしまい大変申し訳ありません。

リアルで転職した関係で、なかなか執筆の時間が取れずにいましたが、ようやく新環境にも慣れてきましたので執筆を再開いたします。

長らくお待ちいただいた方、本当に申し訳ありませんでした。


第十八話『星光の想い』

 ――新暦75年・機動六課――

 

 

 機動六課隊舎内にある一つの広めの部屋。小さな会議やブリーフィング等多目的に利用されることの多い部屋には、現在機動六課内の主要人物の大半が集結していた。

 部屋の中でモニターの前にあるテーブルには、新人四人と向かい合う様な形でなのは、フェイト、はやての三人が座っており、モニターの横にはシャーリーとリインが、テーブルの周囲には副隊長二人とクラウン、シャマルとザフィーラが立って待機していた。

 今回この場を用意したのはなのはであり、ティアナを除いた新人三人は何故この場に呼ばれたのかも分からず、隊長陣総集合と言う状況にやや緊張した表情を浮かべていた。

 そんな新人達を軽く見渡した後、なのはは一息吐いてから話を始める。

 

「皆、急に集まって貰ってごめんね。今日はフォワードの四人に、私の教導についてと……昔の、失敗談をしようと思って集まってもらったんだ」

「え?」

「なのはさんの……失敗談?」

 

 ゆっくりと話し始めたなのはの言葉を聞き、エリオが首を傾げてスバルが聞き返す。

 その言葉を受けて、なのはは軽く微笑みを浮かべて頷いた後で言葉を続けていく。

 

「うん。まぁ。色々疑問はあると思うけど、一先ず最後まで聞いてね……それじゃあシャーリー、初めてもらえるかな?」

「あ、はい!」

 

 なのはの言葉に返事を返したシャーリーが、モニターの横で何やら操作を始めると、部屋の照明が暗くなり同時にモニターには映像が表示される。

 表示されたのは10歳に満たない様に見える幼いなのはの姿で、それを見た新人四人は何度か映像の少女となのはを交互に見比べる。

 

「まずはやっぱりここから話そうかな……私が、初めて魔法と出会ったきっかけ。皆も知ってると思うけど、私は魔法文明が無い世界出身。そんな私が初めて魔法ってものを知ったのは9歳の頃だった」

 

 どこか昔を懐かしむ様な表情で穏やかに話し始めたはのはの言葉を聞き、新人四人は真剣な表情でモニターに映る幼い日のなのはの姿を見つめる。

 

「当時の私は、自分で言うのもなんだけどどこにでもいるような子だったと思う。自分でも笑っちゃう位運動音痴でさ……毎日学校に行って仲の良い友達とお話しして、家に戻ったら手伝いをしたり遊んだり。そんな毎日を繰り返しながら大人になっていくんだって思ってた」

(う、運動音痴!? なのはさんが!?)

(うっさいスバル! 黙って聞いてなさい!)

 

 なのはが語る昔の自分、当時は運動音痴だったという言葉を聞き、スバルが信じられないと言いたげに念話を飛ばすがティアナはそれを一蹴して話を聞く事に集中する。

 ティアナもまだなのはが何を伝えようとしているかは分からなかったが、真っ直ぐに自分を見つめながら語るその表情と雰囲気から、この話は誰よりも自分に対してのものであると感じていた。

 

「そんな毎日が大きく変わったのは……皆もたぶん名前位は聞いた事があると思うんだけど、無限書庫のユーノ・スクライア司書長、彼と出会ったのが魔法を知るきっかけだった。傷ついた彼の代わりに危険な力を持ったロストロギアを回収する事になったんだ」

「ジュエルシード事件……今はPT事件って呼ばれてる。私の母さん、プレシア・テスタロッサが起こした事件。その事件の中で私となのはは出会って、何度も戦ったんだよ」

 

 なのはの説明に続ける様にフェイトも口を開き、それと同時にモニターの映像もバリアジャケット姿の二人が戦っているものへと変わる。

 

「なのはさんと、フェイトさんが……」

「何度も戦ってた?」

 

 なのはとフェイトの言葉を聞き、エリオとキャロは信じられないと言いたげな表情を浮かべて呟く。

 スバルとティアナも同様の感想だったのか、大きく目を見開いて食い入る様に映像を見つめていた。

 四人にとって、いや誰の目から見てもなのはとフェイトはとても仲の良い親友同士であり、そんな二人がかつては敵同士だったとは信じられない様子だった。

 そんな四人の表情を見て軽く苦笑を浮かべた後、なのははどこかおどけた様子で頭をかきながら言葉を続ける。

 

「フェイトちゃんは本当に強くてね。初めて戦った時なんて、もうボッコボコにやられちゃったよ」

「そんな事言ったら、魔法を覚えて半年も経たずに追いつかれちゃった私の立場がないよ」

 

 普段新人達の前で呼んでいる様な役職付けの呼び方ではなく、友達としての呼び方で話すなのはの言葉を受け、フェイトもどこか楽しそうに笑みを浮かべて言葉を返す。

 少し穏やかな空気が流れた後、なのはは少し間を置いて表情を教導官としてのものに戻してから話を再開する。

 

「……フェイト隊長は色々と複雑な事情があって戦ってたんだけど、私にはそういうのは無くてね。ただ大切な人達、大好きな人達を守りたくて……自分に戦う力があったから戦ってた」

「偶然の出会いで魔法を得て、たまたま魔力が大きかったってだけの……たった9歳の女の子が、僅か数ヶ月で命がけの実戦を繰り返した」

 

 あくまで穏やかに話すなのはの言葉に続き、シャリーがどこか悲しげな表情を浮かべて付け加える。

 そして再び映像が切り替わると、今度は巨大な収束砲を放ってるなのはの映像が映し出される。

 

「収束砲!? こんな、大きな……」

「9歳の……女の子が……」

「ただでさえ、大威力砲撃は体に凄く負担がかかるのに……」

 

 映し出された映像を見て、スバル、エリオ、キャロが驚愕の表情で呟き、ティアナは唖然とした表情で映像を見つめる。

 大人の魔導師ですら体に大きな負荷がかかる為に乱用は出来ない大威力収束砲。それをまだロクに体の出来上がってない9歳の少女が放つと言う事がどういう意味かは、四人もすぐに理解する事が出来た。

 

「その事件だけで済めば良かったが……さほど時を置かず、戦いは続いた」

「今度は、私達……ううん。私が引き起こすきっかけになった闇の書事件」

 

 驚愕している四人に向け、今度はシグナムが口を開いて言葉を発し、それに付け加える様にはやてが口を開いて説明を始める。

 その言葉を受けヴィータ、シャマル、ザフィーラはどこか複雑そうな表情を浮かべ微かに顔を俯かせる。

 

「襲撃事件での撃墜未遂と敗北……今までの相手とは違う、古代ベルカ術式を使う魔導師達に打つ勝つ為になのは隊長が選んだんは、当時はまだ安全性が確保されてなかったカートリッジシステム。それに体への負担を無視して限界値以上の力を無理やり引き出すフルドライブ……エクセリオンモードやった」

「「「「……」」」」

 

 ヴィータとなのはの戦闘、フェイトとシグナムの戦い、そして闇の書より生まれた怪物との決戦……モニターに次々表示される映像に、四人は一言も言葉を発する事が出来ずただ茫然とそれを見続けていた。

 

「なのは隊長は本当に強い子で、誰にも負けない程の魔法の才能があった……だけど、そんな無茶を繰り返して……体に影響が出ない訳がなかったの」

 

 シャマルが悲しげな表情で付け加える様に話し、それを聞いた隊長達はみんな揃って顔を俯かせ、同時にヴィータは悔しそうに唇を噛みしめる。

 少しの間沈黙が流れた後、再びなのははゆっくりと口を開いて言葉を続ける。

 

「私は、どんな無茶をしたっていいと思ってた。守りたい大切な人達が居て、私の力が誰かの助けになるなら、自分の体がどうなったって構わないって……だけど、それは大きな間違いだった」

 

 悲しげな口調でなのはが話し始めると同時に、モニターの映像が切り替わり一人の黒髪の男性が映し出される。

 その映像を見て、ここまで一言も発さずに壁に背を預けていたクラウンの目が微かに揺れたが、それに気づく者はいなかった。

 

「……この人は?」

 

 表示された男性は四人にとってはまったく見覚えのない人物であり、スバルが首を傾げながら聞き返す。

 

「……クオン・エルプス海曹長。入局二年目に私とヴィータ副隊長が所属した部隊で、直属の上官だった人。そして、私にとっては一番初めの生徒……になるかな?」

「なんていうか……全然威厳のねぇ奴でよ。上官の癖に私達に敬語使うわ、なのはに魔法を教わるわ、変わった奴でドが付くお人好しだった」

 

 辛そうな表情で話すなのはの言葉に続き、ヴィータも顔を伏せたままでクオンの人となりを語り始める。

 

「当時、闇の書事件の件で保護観察処分だった私や、若き天才魔導師として色んな視線にさらされてたなのは隊長に、奇異の視線を向けることなく接してくれた。それは本当にありがたくってさ、よく仕事が終わったら三人で話しこんだり、休日に一緒に出かけたりもして……上官だったけど、まるで友達みたいな奴だった」

「……うん。クオンさんと一緒の部隊で過した一年間は本当に楽しくて、それが終わっちゃうが本当に寂しかった」

 

 なのはとヴィータが話す言葉に対し、新人四人は複雑な表情を浮かべて沈黙していた。

 なぜなら先程からクオンの事を語る二人の口調は、全てが過去系であり……その悲しげな表情からは、既にクオンがこの世にはいない人だと言う事が伝わってきていたから。

 

「……事件が起きたのは、その部隊での最後の任務帰り。異世界での調査を終えて帰る途中で、不意に現れた未確認機体との戦闘……」

「いつものなのは隊長なら、きっと何の問題も無く味方を守った上で撃墜しきれる筈だった相手……だけど、本人も気付かない内に溜まっていた疲労、続けてきた無茶が……ほんの少しだけ、なのは隊長の動きを鈍らせた」

 

 唇を噛みしめ絞り出す様に本題を話し始めたなのはの言葉に、フェイトが静かな声で付け加える。

 なのはの目には涙が浮かび、長い沈黙を経た後でその言葉は告げられた。

 

「………………体に違和感を感じて動きが止まった後、私の目に映ったのは……私を庇って、未確認機体に体を貫かれるクオンさんの姿だった」

「「「「!?!?」」」」

 

 その言葉を聞いて新人四人は絶句し、なのはの目からは堪えていた涙が零れ落ちる。

 

「救助隊が到着した時、クオン・エルプス海曹長はなのは隊長を落下の衝撃から庇う様に下敷きになった状態で倒れていたそうや」

 

 はやてが静かに続けた言葉の後で映像は切り替わり、病室のベットで座っているなのはの姿が映し出される。

 泣き腫らし真っ赤になっている目に生気は無く、深い悲しみと後悔が感じられる表情だった。

 

「……私が続けてきた……自分を顧みない無茶の代償を支払ったのは、私じゃなくて……私の守りたかった大切な人だった」

「……」

 

 なのはが流れる涙を拭いて続けた言葉を聞き、ティアナの頭にはつい先日の出来事が蘇っていた。

 自分の行った無茶、そして逸れた魔力弾が向かうスバルの背中。なのはの語った出来事は、ティアナが体験していたかもしれない事態とも言えた。

 そんなティアナの表情を見て、なのはは自分自身を落ち着かせるように深呼吸をした後で、いよいよ自分が教導に込めた想いを語り始める。

 

「フェイト隊長やはやて隊長達に支えられて、何とか立ち直る事が出来た私はその後教導官を目指した。私みたいな思いを他の人がしなくて済む様に、まず何よりも自分自身を守れる力を、誰かが無茶をしなくても皆で元気に帰ってこられる様にって……」

「……なのはさん」

「勿論、全てが全てそんな風に行く訳じゃない。時には大切なものを守る為、命の危険がある様な無茶をしなくちゃいけない事だってある。だけど、これだけは覚えていて欲しいんだ」

 

 茫然とするティアナに視線を向け、なのはは優しい口調で伝えたかった想いを伝える為に口を開く。

 

「自分が持つ力を何のために振るうのか、誰の為に何を思って振るうのか……それを考えずに、ただ無茶をしても望んだ結果は付いてこない。まず何よりも自分の事を信じて自分自身を守ってあげなきゃ、誰かを守ったりする事なんて出来ないんだよ」

「……」

 

 なのはの語った言葉、そして先日クラウンにされた「逃げるための努力」と言う話……それを聞いたティアナは、ようやく自分自身の事を信じていなかった事に気付かされる。

 そして同時に、クラウンの投げかけた強さとは何かという問いに対しても、彼女自身の中で答えが形になりつつあった。

 今ティアナの目の前に居るなのはも、初めから無敵のエースだった訳ではなく、自分と同じ様に苦しみ後悔し、それでも立ち上がり前に向って歩いている。

 自分自身と向き合い、その力を振るう意味をしっかりと考え……それを信念に変える事、それこそがなのはにあってティアナには無い『強さ』だと感じられた。

 そんなティアナの変化を感じ取り、なのはは自分の頭を少しかいて言葉を発する。

 

「……偉そうな事言っちゃったけど……私も今でも不安に思ったりする事はあるよ。本当にこれで良いんだろうかって、今の私を見たらクオンさんはどんな風に思うんだろうかって……クオンさんは、私の事を恨んでるんじゃないかって……」

 

 新人四人にとっては初めて見る、明確な弱さを表に出したなのはの姿。過去の行いを後悔している様に見えるその姿と、目に再び浮かんだ涙を見て空気が微かに重たくなっていく中、更に続けようとしたなのはの言葉を遮る様に口を開く人物が居た。

 

『……くだらないね』

「!?」

 

 ここまで一言も発していなかったクラウンが突然告げたその一言、全員の視線がクラウンに集中し、同時にヴィータが明らかに怒気を含んだ目で一歩近づく。

 

「クラウン……てめぇ、今なんて言った?」

『ああ、勘違いしないでね。別になのは隊長の話がくだらないって言った訳じゃないんだよ……くだらないって言ったのはその後』

「その後?」

『死んだ人間がどう考えるかなんて話すのは、意味も無いし無駄な行為だと思わない? その人が死んだのはその人自身が選んだ事でしょ?』

 

 怒りをあらわにしているヴィータに対し、クラウンはどこか軽い口調のままで言葉を返す。

 しかしその口調はヴィータの怒りを更に増加させる要因となったのか、ヴィータはクラウンの胸倉を掴む。

 

「黙れ! お前にアイツの、クオンの何が分かる……アイツの事を侮辱しようってんなら、ただじゃおかねぇぞ!」

『その人は……幸せだったんじゃないのかな?』

「……え?」

 

 なのはの涙を無駄と切り捨てたクラウンに対し、今にも殴りかかりそうだったヴィータだったが、続けられたクラウンの言葉を聞いて驚愕した表情を浮かべる。

 クラウンはそのまま驚くほど穏やかな声で言葉を続けていく。

 

『だってさ、その人にとってなのは隊長は、命を捨ててでも守りたい程に大切な人だったんでしょ? そして今なのは隊長もその人の事を守りたい大切な人だったって言った。そしてヴィータ副隊長にとってもその人が大切な人だって事は今の態度を見れば分かる』

「……」

『……君達が大切に思うそのクオンって人は、その事で君達を恨む様な人間だったの?』

「「!?」」

 

 続けられたクラウンの言葉を聞き、なのはとヴィータは驚愕の表情を浮かべる。

 胸倉を掴んでいたヴィータの手からも力が消え、そのまま一歩後ずさりながらクラウンの仮面を見つめる。

 

『少なくとも俺がそのクオンって人の立場だったら、自分の死を大切な人達の足枷にして欲しいなんて思わない……恨まれてるかもしれないなんて考える方が、その人の行いに対する侮辱なんじゃないのかい?』

「「!?」」

『なのは隊長は前に言ったよね? 繰り返さない事が何よりの償いなんだって……それ自分で選んだなら、胸を張って歩き続けるべきなんじゃない?』

「……うん。そうだよね。過ぎた事を後悔してばかりいたら、クオンさんに叱られちゃうよね」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、なのはは目に浮かんでいた涙を拭き、先程までより晴れやかな表情を浮かべて答える。

 それを見て一度頷いた後で、クラウンは部屋の出口に向かって歩き出す。

 

『じゃ、俺は仕事もあるしこれで失礼するよ』

 

 あくまで軽い口調で告げて部屋を後にするクラウンだったが、彼が部屋を出て少しすると後追う様に扉が開く音が聞こえ一人の人物が姿を現す。

 

「……上手いものだな」

『何の事?』

 

 部屋から出てきたシグナムの言葉を聞き、クラウンは大げさに首を傾げながら聞き返して歩きだす。

 するとシグナムは微笑みを浮かべた後で、クラウンの隣を歩きながら言葉を返す。

 

「あのままなのは隊長が言葉を続ければ、場の空気が少し重くなっただろう。そうなれば『この後でなのは隊長が誰かと一対一で話す場合』多少なりとも影響が出たかもしれない。だからわざわざ挑発する様な言葉で遮り、最終的になのは隊長が言おうとしていた結論を口にしたんじゃないのか?」

『……半分正解かな?』

「もう半分は?」

『ないしょ♪』

 

 シグナムの言葉に対し、クラウンはおどけた様子で言葉を返す。

 そうシグナムの予想は半分正解だった。確かにクラウンは、後のなのはとティアナの会話の為に場の空気を変えておこうと考えて発言もした。

 もう半分の理由は彼にしか分からない。彼がクオン・エルプスとしてなのはとヴィータに伝えたかった言葉……自分を足枷にしないで欲しいと言う想い。

 それをクラウンと言う今の自分の口を借りて発言した……それがもう半分の理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・訓練スペース付近――

 

 

 全員を集めての話が一段落した後、なのはとティアナは約束通りに二人で話をする為に訓練スペースの付近まで移動してきていた。

 ある程度歩き、訓練スペースと海が見え始めた辺りで二人は並んで座る。

 海から吹く風で揺れる髪を軽く押さえながら穏やかな表情を浮かべるなのはとは対照的に、ティアナは申し訳なさそうに顔を伏せており中々言葉が出ないようだった。

 静かながら重くない沈黙が少し流れた後、ティアナは意を決した様に顔を上げてなのはに向けて口を開く。

 

「なのはさん。あの、その……」

 

 しかしどう切り出していいか迷っている様子で、中々続く言葉は出てこない。

 そんなティアナの様子を見たなのはは、軽く微笑みを浮かべて助け船を出す。

 

「無茶すると大変なことになるんだよって……分かってもらえたかな?」

「……はい。その……すみませんでした!」

 

 なのはが微笑みを浮かべて話しかけてくれた事で、ティアナもいくらか緊張が緩んだのかしっかりとした口調で改めて謝罪と共に頭を下げる。

 前回アグスタで行った謝罪とは違い、今回はティアナ自身がなのはの想いをしっかりと理解した上で、自分の行いが間違っていたという謝罪。その謝罪の言葉を口にするティアナの表情は、申し訳なさそうではあるものの、どこか迷いが吹っ切れた様に晴れやかだった。

 

「うん。じゃあ、分かってもらえた所で……約束してたもう一つのお話、ティアナの才能について話をしよう」

 

 ティアナの謝罪の言葉に笑顔で頷いた後、なのはは約束していた訓練を通して彼女が見たティアナの持つ才能についての話をしていく。

 

「まずティアナは自分の事を凡人だって言ってたけど……それは間違いだからね。ティアナだけじゃなく他の三人もそうなんだけど、まだまだ皆は原石の状態。デコボコだらけで本当の価値も分かり辛いけど、磨いていくうちにどんどん輝く部分が見えてくるって思うんだ」

 

 優しい口調で話すのなのは言葉を、ティアナはしっかりと顔を上げて真剣な表情で聞き入る。

 

「例えばエリオはスピードと荒削りだけど力強い槍術。キャロは優しい支援魔法に強力な召喚魔法。スバルはクロスレンジの爆発力と広範囲への機動力……そんな三人を纏めるティアナは、幻術と射撃で皆を守って、広い視野で全体を見て、知恵と勇気で皆を勝利に導く……そんなチームになれたら、きっとどんな状況でも切り抜けるんだって思う」

 

 そこまで話して一度言葉を止め、なのはは隣に座るティアナの手に自分の手を重ねて優しく言葉を続ける。

 

「私が訓練を見ただけでも、皆の……ティアナの才能はこれだけ見つけられたよ? そしてまだまだ、私もティアナ自身も気付けてない才能だって眠ってるって断言できる。その中でも一番光って見えたのは、やっぱり私も同じ射撃型の魔導師だからかな? 普段の訓練や模擬戦で見てて、ティアナの射撃魔法は本当に強い魔法だって感じた」

「!?」

「だからまずはその一番目に見えてる才能、今使いこなせてる武器をもっともっと確実なものにしてから応用的な事は教えて行こうと思ってたんだけど……成果があまり上がらないみたいに思えて辛かったよね?」

「……うっ……あっ……」

 

 なのはが優しくまっすぐした目で語ってくれる言葉は、なのはがどれだけティアナの事を大切に思い将来を考えた教導を行っていたかを伝えるものであり、それを理解したティアナの目には涙が浮かび始める。

 

「ティアナの中にはいっぱいの才能がある断言できる。だからティアナも、もっと自分の事を信じてあげて欲しいんだ……そうすれば絶対応えてくれるから……ね?」

「はぃ……」

 

 続けられた言葉に涙がこらえ切れなくなり、ティアナは涙を流しながらその言葉に頷く。

 そんなティアナを優しく抱き寄せ、包み込むように抱きしめながら、なのはは更に言葉を続けていく。

 

「改めてごめんね。気付いてあげられなくて……私も、まだまだ先生としては未熟で気の回らないとこもあるかもしれない。だけどいつかティアナ達がそれぞれの道に進む時に、一人でしっかり飛んで行ける……自分だけじゃなく、周りの人も守ってあげられる様にして見せるから……もう少しだけ、私の事を信じてついてきてくれるかな?」

「……はぃ」

「ありがとう。私の駄目な所があったらこれからも教えて、私ももっと頑張るから。ティアナは魔導師として、私は教導官として……一緒に成長していこう」

「……うぅ……ぁっ……」

 

 優しく抱きしめ、ティアナの頭を撫でながら話すなのはの優しさに触れ、ティアナはなのはにしがみ付く様にして泣き始める。

 なのはがどれだけ自分を大切に思ってくれているかが分かった今、その教導に対して不満を持っていた事が申し訳なく、同時にこうして優しく話してくれる事が嬉しくてたまらなかった。

 

「なのはさん……なのはさん……」

「うん?」

「……ごめん……なさぃ……私、わたし……何も知らなくて……本当に、ごめんなさぃ……」

「いいんだよ……これからも、一緒に頑張って行こう」

「……はぃ」

 

 二人の間にあった僅かなすれ違いで生まれた溝は完全に埋まり、泣きじゃくるティアナが落ち着くまでの間、なのはは優しくその涙を受け止め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮前――

 

 

 なのはと話し終えたティアナが寮戻ってくると、寮の前では一人の人物が待っていた。

 

『おかえり。スッキリした顔してるね……無事に答えは見つかったかな?』

「クラウンさん……はい。色々ありがとうございました」

 

 クラウンの問いかけに対して、ティアナはしっかりとした表情で頷く。

 本当の強さ……心のあり方は人それぞれであり、明確な正解の様なものは無いが、少なくともティアナの中ではソレが確かな形になりつつあるようだった。

 その事をティアナの表情から読み取ったクラウンは、満足そうに一度頷いた後で口を開く。

 

『それじゃあ、俺もあの時の答えを教えてあげるよ』

「三人に才能で劣る私が、三人の誰よりも強くなる可能性があるって話ですか?」

『そうそう、君は一芸特化……って言うのは少し言い方が悪いかな? それぞれに明確な得意分野がある機動六課の中では珍しい、万能型の魔導師なんだよ』

「万能型……ですか?」

 

 クラウンが話し始めた事に対して、ティアナは首を傾げながら聞き返す。

 確かにクラウンの言葉通りティアナは射撃寄りの万能型魔導師と言ってよかったが、それが三人よりも強くなる事にどう繋がるかは分からなかった。

 

『例を出して考えてみようか、例えばスバルが一番力を発揮できる距離は?』

「近距離です」

『じゃあ、質問。ティアナはスバルと戦うとしたら……わざわざ近距離で殴り合うかい?』

「!? い、いいえ……距離を出来るだけ取りながら、射撃主体で立ち回ると思います」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナはスバルとの模擬戦を思い浮かべながら答える。

 その答えにクラウンは満足げに頷いた後、指を一本立てて説明を続けていく。

 

『そうだね。射撃魔法の少ないスバルには遠距離で戦うのが最も有効だね。同じ様にエリオも遠距離相手は苦手かな? キャロは逆に懐に入られると困りそうだね……じゃあ、ティアナは? どんな距離で攻めてこられるのが苦手かな?』

「私ですか? 私は……ええっと……」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナは今度はすぐに答えを返す事が出来なかった。

 ティアナは射撃魔法を主体としている為、中距離で戦う事が多いが別に近接戦闘が苦手な訳ではないし、遠距離での戦闘の為の長距離射撃魔法も持っているので、対応できない距離と言うのは無かった。

 そんなティアナの反応はクラウンの予想通りだったようで、そのまま答えを待たずにクラウンは言葉を続けていく。

 

『君に対応できない距離は無いってことは……逆に考えてみれば、君は相手が同じ万能型でなければ『相手の最も苦手な攻め方』で戦う事が出来るって事だよね』

「!?!?」

『もっと言い方と変えてみれば、君には弱点は無いけど、君は大抵の場合は相手の弱点をつける可能性がある……これって凄いと思わない?』

 

 クラウンの言わんとする事の意味が分かったのか、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 確かにクラウンの言葉通りなら、ティアナはよほど圧倒的な力の差がない限り、大半の相手に対して有利に戦闘を行う事が出来ると言う事だった。

 

『勿論いつもそう上手くいくとは限らない。戦う相手だって自分の弱点は百も承知だろうしね。じゃあどうするか……コントロールしてしまえばいい』

「コントロール?」

『そう、自分がどう攻めれば相手はどう動くか……休むことなく考え続ける事。それが戦術っていうものであり、何よりもティアナの才能が生かされる戦い方だと思う』

「……考え続ける事が……私の力……」

『相手の苦手な距離に持って行くのか、それとも相手が『最も油断してくれる』であろう得意な距離に誘いこむのか……それはその時々だけどね』

 

 そこまで話して一旦言葉を止め、クラウンはティアナの方に歩きながらさらに続ける。

 

『とまぁここまでは戦いに臨む心構えと言うか、戦闘のコツみたいなもの……前置きが長くなっちゃったけど、ここからが本題。君が得る事の出来る力について』

「私が得る事の出来る力?」

『スバルにとっての砲撃、エリオにとっての突撃、キャロにとっての竜召喚……となれば、ティアナも欲しくない? 戦局を覆せる切り札ってやつ』

「切り札……」

 

 切り札……確かにそれはスバルやエリオやキャロにあって、ティアナには無いものであり、彼女が渇望していたものでもあった。

 そんなティアナの表情の変化を読み取り、クラウンは明るい口調で言葉を続けていく。

 

『まぁ、口で説明するより見せた方が早いかな……今日は午前中の訓練は無いし、今なら訓練スペースは空いてるかな? ついておいで』

「あ、はい!」

 

 ティアナにとってクラウンは、先日の一件から誰よりも自分の事を分かっている存在だと認識していた。

 そんなクラウンが自分に対し得る事が出来る力と語る切り札。気にならない訳がなく、ティアナは急ぎ足でクラウンの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・訓練スペース――

 

 

 魔力弾が着弾し、煙が立ち上る訓練スペースの中央。そこでティアナは、自身のデバイスを構えたままで大きく目を見開き茫然としていた。

 

「こんな……こんな魔法が……」

 

 クラウンがティアナに対して見せた魔法は、彼女の知識の中には無かった……いや、彼女の常識すらも覆す程の物だった。

 驚愕した表情で呟くティアナの前に着陸し、クラウンはいつもと変わらない声で言葉を発する。

 

『これが、魔力で形作った幻影を出現させるんじゃなく『空間そのものを飲み込む幻術』……大規模幻術魔法だよ』

「大規模幻術魔法……初めて聞きました」

『これは俺のオリジナルだからね。教本とかには載ってないよ……まぁそれは置いといて、どうかなティアナ? 君ならこの魔法をどう戦術に組み込むかな?』

「この魔法を、私が使えたとしたら……」

 

 クラウンの語る言葉に、ティアナは暗雲から差し込む光を見つめる様な表情を浮かべる。

 クラウンが見せた大規模幻術魔法は、もしそれを使いこなす事が出来るなら彼女の戦術の幅が遥かに広がるであろうと確信できるものだった。

 そんなティアナに対し、クラウンは補足する様に注意を促す。

 

『ただ、一つだけ覚えておいて欲しいのは幻術魔法は本当に切り札って側面が強いって事。タネの分かってる手品じゃ誰も驚かないのと一緒で、今初めて見たティアナは驚いたろうけど、仕組みを聞いてしまえば対応策はいくらでも考え付くでしょ?』

「……確かに」

 

 クラウンの言葉通り、先程クラウンが使った大規模幻術魔法にティアナは成す術がなかったが、仕組みを聞いた今なら対処法も考え付いていた。

 タネの分かった手品では誰も驚かないと言うクラウンの言葉をしっかりと心に刻む様に、ティアナは深く頷く。

 

『だから使い所は選ばなきゃいけないし、そんなに何度も使える手ではないけど……もし、君がこの魔法を完全に使いこなして、確かな戦術で運用できたなら……』

「できたなら?」

『その時、その効果が及ぶ範囲においては……君がその戦いを完全に支配できる』

「!? 私が……戦いを支配する」

 

 クラウンの言葉を先程見た魔法……確かな切り札となりえる強力な幻術魔法を見たティアナは、自身の拳を強く握り締めながらクラウンを見つめる。

 そんなティアナの姿を見て、クラウンは聞くまでも無いと思いながらも尋ねる。

 

『さてどうする? この魔法、覚えてみるかな?』

「はい! 是非、教えてください!」

『オッケー……じゃあそうだね、もうすぐ訓練で俺が直接教える機会も来るだろうけど、そこではまず幻術の基礎から教え直そうと思ってるからそれ以外……俺も仕事があるから毎日って訳にはいかないけど、夜間に追加練習って形でどうかな?』

「よろしくお願いします!」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナは間髪入れず力強く返事を返す。

 そんなティアナを見て仮面の下で微笑みながら、クラウンは一度頷いて話を締めくくる。

 

『じゃあ、また時間がある時に訪ねるけど……次の日に影響が出そうな程疲れてるって思ったら、すぐ切り上げるからそのつもりで……後、この魔法を生かすには他も練習しとかないといけないから、なのは隊長の訓練もしっかりとね』

「はい!」

『うん。いい返事だね。それじゃ、そろそろ戻ろうか』

 

 ティアナの力強い返事と迷いのない目を見て嬉しそうに頷いた後、クラウンは軽くティアナの頭に手を置いてからティアナと一緒に訓練スペースを後にする。

 ティアナのこれからの成長に、期待する様な思いを胸に抱きながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・食堂――

 

 

 お昼時で賑わう機動六課の食堂の一角で、ヴァイスは同じテーブルで食事を取っているクラウンに尋ねる。

 

「ティアナの奴、無事悩みは解決したみたいっスね。何かしたんスか?」

 

 ティアナの表情から迷いが消えている事はヴァイスも既に感じ取っている様で、昨夜この件は自分が預かると告げた人物に問いかける。

 早期に解決すると言う言葉通り、僅か一夜でティアナの悩みが解決した事には、確実に目の前の仮面の男が何かをしたのだろうと思っての問いだけだったが、クラウンはどうでもよさげに言葉を返す。

 

『さぁね。結果としてティアナの悩みが解決されたのなら、誰が何をどうしたとかはどうでもいいんじゃない?』

「……そんなもんスか?」

『そんなもんだよ』

 

 肯定とも否定とも取れない様なクラウンの返答に、ヴァイスは少し不服そうな表情を浮かべたが、尋ねた所で目の前の男が素直に答えるとは思えなかった為、諦めたように溜息をつく。

 そんなヴァイスの前で食事を食べ終えたクラウンは、空の容器が乗ったトレーを持って立ち上がり一言だけ付け加える。

 

『まぁ……end justifies the meansって事でね♪』

「はい?」

 

 楽しげな口調で『結果は手段を正当化する』とだけ告げて立ち去るクラウンの後ろ姿を見ながら、ヴァイスは首を傾げながら呟く。

 

「やっぱり……あの人はよく分かんねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・隊舎――

 

 

 賑やかな食堂を出て、静けさを感じる隊舎の廊下を歩きながらクラウンは誰かと通信を行っていた。

 仮面の中の表情も先程まで浮かべていた穏やかなものではなく、どこか鋭さを感じるものへと変化している。

 

『うん。待たせちゃってごめんね……こっちの問題も解決したし、今夜にでもお邪魔するよ……うん。ああいや、そんな長くは無理かな? ちょっとその後で……一人悪夢に溺れてもらう予定だから……それじゃ、また後で』

 

 何やら物騒な言葉を呟きながら通信を終え、クラウンは誰も居ない廊下を足音も無く歩いていく。

 

 

 まだ太陽が高く上っており明るい光に包まれている世界……

 

 

 道化師の舞台の幕が上がるのは、それが沈んでから……

 

 

 世界が夜の闇に包まれてからが……本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、原作とは流れは同じながら内容は大きく変えたティアナのなのはの和解でした。

なのは自身はティアナの行っていた自主錬の内容を知らないので、原作の様にモード2を披露する展開にはなりませんでした。

クラウンは自身の成果という物は望まないようで、結局彼が行った事には誰も気づかないままでした。

そして明確に立ったティアナの強化フラグ……原作よりは確実に強くなる予定です。

ちなみに次回は、完全なオリジナルのお話……クラウンの暗躍です。

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