魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第十九話『蠢く闇』

――新暦75年・ミッドチルダ中央区画――

 

 薄暗い夜の闇、人の心を映すかのような漆黒の中姿を変えた道化師は歩く。特徴的な腕は幻術で隠され、人ごみに紛れる儚きその姿は、彼の生き方そのものを露わしているようにさえ感じられる。

 道化師……クラウンは中央区画の中でも一際大きな建物、ミッドチルダ医療技術の根底を担う最先端医療センターへとたどり着く。しかしその正面の大きな入り口は無視し、薄闇に隠れた脇道を通り眩い明るさに彩られた正面玄関とは真逆の裏口へとたどり着く。

 本来ならそこは関係者以外が立ち入る様にはなっておらず、小さな扉は厳重に施錠されている筈だったが、クラウンが扉に手をかけると、彼の来訪を待ち望んでいたかのように音もなく小さな扉が開く。扉をくぐる頃にはクラウンの姿は消えており、彼はそのまま通い慣れた様子で廊下を歩き一つの部屋に入る。部屋の中には所狭しと様々な機械が置かれ、その中央には黒く長い髪を首の後ろで纏めた男性が椅子に腰かけていた。

 

「……遅くなりました」

「いや、態々呼び立ててしまって済まなかったね。さ、座ってくれ」

 

 男の名はレゾン・バルケッタ……かつて魔導師として戦う術を失ったクラウンから、幻術魔法とレアスキルを見出した恩人であり、オーリス、レジアスを除きクラウンの正体がクオン・エルプスである事を知る唯一の人物。片腕を失ったクラウンの主治医も務めている人物である。

 

「研究はどうですか? レゾンさん」

「いやはや、やはり中々難しいものだよレアスキルというやつはね。安定した成果なんて全く上がってくれやしない……しかし、私はやはり人の可能性と言うものを感じられるこの仕事が好きだよ」

「相変わらずみたいですね」

 

 レゾン・バルケッタはレアスキル研究の第一人者であり、確たるメカニズムも解明されていないレアスキルばかりを研究しており。かつての管理局研究室長という地位を手放し、成果の上がらない研究にばかり没頭する彼は研究者の間では変わり者と称されていた。

 

「君は、以前より目つきが穏やかになっているね。良い傾向だ」

「……雑談はこの辺にしておきましょうか」

「……そうだね」

 

 レゾンは普段クラウンを呼び出す事は無い。いや、正確には今まで一度も彼の方からクラウンに連絡を取る事は無かった。彼はクラウンの立場や事情をしっかりと理解しており、それ故にクラウンの方から要請が無い限り関わろうとはしていなかった。

 しかし今回はレゾンの方から連絡を取っており、クラウンにはその理由に心当たりがあった。いや、意図的にある情報がレゾンに漏れない様に気を使っていた筈だったが、優秀なレゾンはどこからかその情報を手に入れてしまったのだろう。

 

「単刀直入に言う。君の調査している件に、私も関わらせてくれないか?」

「……」

 

 真剣に告げるレゾンの言葉を受け、クラウンはしばし顔を伏せて考える。レゾンが何を思ってその言葉を告げたのか、何の情報を求めているのか……それは理解できたが、仮にも一般人であるレゾンを関わらせるべきか否か、クラウンは静かに思考を巡らせる。

 

「……『奴』と貴方は、何の関係もない。公式的には、そうじゃないですか?」

「……ああ、そうかもしれないね。しかし、やはり無視なんて出来ないさ……彼は私だ。私には彼を止める義務がある」

「もし俺が断ったら?」

「その時はしょうがないさ、私一人で勝手に調査をさせてもらう事にするよ」

「……」

 

 再び沈黙が訪れる。クラウンは静かに視線を動かし、レゾンの『黒く染めている髪の毛』の根元、微かに見える『紫色の髪』を見つめる。

 どれだけの時間が経っただろうか? 一分……或いは数十分かもしれない。長く重い沈黙を経て、クラウンは静かに目を開き、レゾンに向け凄まじい殺気を飛ばす。一般人ではおおよそ晒される機会の無い切り裂く様な殺気を受けながらも、レゾンはただ静かにクラウンの目を見つめていた。

 

「……覚悟はあると、そう受け取って良いんですね」

「ああ」

 

 正直な所クラウンはこの件にレゾンを関わらせるつもりは無かった。たとえ結末がどうなったとしても、レゾンが傷つく事は分かり切っていたからだ。

 しかしレゾンの決意は簡単に覆せるようなものでは無く、クラウンがここで断ったとしても本当に彼は一人で調査を進めてしまうだろう。少なくとも現時点で公式には発表されていない情報を手に入れており、そう考えるとむしろ一人で放置しておくのは危険であり、むしろ目の届く範囲に置いておいた方が得策だ。

 そう結論付けたクラウンは、大きなため息と共に最後の確認をして、レゾンがそれに頷くのを見た後で再び口を開く。

 

「分かりました。俺の得ている情報は全て渡しましょう。そして、今後の調査への参加も認めます。ただし、どの件にどう関わらせるかは、俺が決めます。それを守って頂けなければ、貴方を拘束して事件に片が付くまで幽閉します……いいですね?」

「ああ、分かった。君の指示に従う」

「では、近くデータは例の方法で送ります。では、あまり長居する訳にも行きませんので、俺はこれで……」

 

 静かに警告と共に告げた後で、クラウンは立ち上がりレゾンの返答を待たずに部屋の扉に向かう。扉が開きクラウンが再び姿を消す直前、レゾンはその背中を見つめながら呟く。

 

「これは協力者としてではなく、主治医としての言葉だが……あまり一人で、何もかも抱え込まない方がいい。人間はそんな多くのものを抱えられるようには、出来てはいないのだから……」

「……これが俺の選んだ道です。俺はロクな死に方はしないと思います。いつか無残な死が訪れるでしょうが……俺はその一瞬まで、俺であり続ける。それが俺の戦いです」

「……何故君は、そんなにも強く居られるんだい?」

「……俺は……100人じゃなく『101人』を救いたいんですよ」

 

 それだけ告げて消えるクラウンの姿を、レゾンはただ静かに見つめていた。クラウンの生き様に名声は付いてこない。クラウンはあらゆる意味で裏側の人間だ。彼はきっと多くの人間を救うだろうが、救われた人間はそれに気付かない。

 そしてそれと同時に多くの人間を破滅させるだろう。彼が相手どるのは悪人と呼ばれる者達なのかもしれない……しかしそれを潰す為あらゆる手段を取る彼を、善と呼ぶ事は……出来ない。

 

 故に彼の手には罪しか残らない。まるで彼自身がそれを望んでいるかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局地上本部の正面口から、一人の強面の男性局員が姿を現す。身に纏う服と深く皺が入った顔からは、彼が高い地位に存在する人間であることがうかがえた。しかしその表情は苦虫を噛み潰したかのように歪み、傍目から見ても分かる程に不機嫌な様子だ。それもそうだろう。彼は先日大きな失敗を犯してしまったから……

 彼もまた始まりは正義感に燃え、管理局の門を叩いた筈だった。しかし彼は今、その地位を利用して違法ロストロギアの密輸を行う悪人へと成り下がってしまった。

 魔が差した……言葉にすればたった一言。これで彼の人生は大きく変わってしまった。人間とは元来欲望を持つ生き物であり、一度味わってしまった甘みは強い誘惑へと変わる。一度だけ、もう一度だけ、これで最後に……回を重ねる毎に罪悪感は薄れ、感覚は麻痺していく。

 初めてそれを犯したのは、本当に出来心からだった。遺失物管理部に属していた彼……当時は今ほどの地位もなく裕福とは言えなかった。任務の最中一人で手に入れた違法ロストロギア、娘が生まれたばかりで金周りが厳しく妻に苦労を強いている家庭……悪魔が囁いた。

 罪悪感に苛まれながら彼が違法ロストロギアを裏のオークションにかけると、彼の予想を遥かに上回る大金が転がり込んできた。そこから彼は変わってしまった。横領、書類偽装、密輸……様々な悪事に手を染めた。金と地位はある程度連動した物だ。地位があれば金が手に入るし、金があれば地位を手に入れる手助けとなる。汚れた金で今の地位まで上り詰めた男は、まるで全てが自分の思い通りに回っているとさえ錯覚した。

 しかし表の出続けるコインは存在しない。大きなオークションに流す予定だった違法ロストロギア、それが先日全て奪われたと言う報告を受けた。様々な手を尽くして捜索したが、結局それを見つける事が出来なかった。このままでは取引先の信用を失う事になるだけでなく、違法ロストロギアに自分が関わっている事がばれてしまうかもしれない。

 人間は失う事を恐れる生き物だ。また同時に弱さを怒りで覆い隠す生き物でもある。未来に暗雲が立ち込めた男は、言い様の無い苛立ちを抱えながら過ごしていた。

 

「本日はどうされますか?」

「真っ直ぐ家に向かってくれ」

「かしこまりました」

 

 専属の運転手に簡潔に告げ、広い車内の席に座りこむ。眉間には皺が寄り、苛立ちは自然と足を動かす。

 

「旦那様。お疲れの様でしたら、冷蔵庫の中に飲み物と軽食を用意しております。よろしければお召し上がりください」

「……ああ、そうだな」

 

 男の苛立ちは運転手にも伝わったらしく、気遣う様な言葉が聞こえてきた。男はその言葉に頷き、車内に取り付けられた小型の冷蔵庫を開く。

 中には酒につまみと今男が求めている物があり、準備の良い運転手の行動に満足そうに頷く。そしてワインを取り出し、それを飲みながら口を開く。

 

「お前は、ワシに仕えて何年になる?」

「4年でございます」

「そうか……気がきく様になってきたな、昇給も考えてやる」

「勿体ないお言葉です」

 

 雇われている側と言う立場を弁えた物言いに、少しだけ苛立ちが退いた男は普段より早いペースでワインを飲み始める。

 変化が表れ始めたのは、10分ほど経った辺りだった。男の頭が微かに揺れ、瞼が徐々に落ちてくる。

 

「むぅ……」

「やはり疲れがたまっているのでしょうね。どうぞ、そのままお休みください。ご自宅に到着いたしましたらお声掛け致します」

「ああ……頼む……」

 

 その言葉と共に座席には深く体重がかかり、男の意識はまどろみに沈んでいく……運転手が浮かべた笑みには気付かないままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が目を覚ますと、そこは暗闇の中だった。1m先も見えない程の暗闇の中、男の体は椅子に縛り付けられており動く事が出来ない。

 街中ではありえない程の静寂と、微かに感じる肌寒さ、酔いで赤くなっていた男の顔はどんどん青い色へと変わっていく。

 

「何だこれは! おい、誰かいないのか!!」

 

 自分が何処に居るのか分からない。何故こんな事になっているのか分からない。しかしこの状況は決して自分には良い方向には働かない。それを本能で理解しているのか、男は縛られた体を必死に動かすが、椅子は地面に固定されている様でピクリとも動かない。

 

『おや? ようやくお目覚めみたいだね』

「な、なんだお前は! どこに居る!!」

 

 闇の中に不気味に響く、男とも女ともとれない不気味な声。声はするが姿は見えず、その状況は男の恐怖を一層駆り立てる。

 

『自己紹介は必要ないよ。今後会う事もないだろうしね』

「何が目的だ……か、金か? 金ならいくらでも……」

 

 先程まで威勢が良かった男も、響く『今後会う事もない』という言葉を受けて怯えの混じった物へと変わる。金で解決できるのであれば、金さえ渡せばこの相手が自分を解放するのであれば、それで構わないと感じた。

 言い様の無い不安、まるで死神に鎌を突きつけられているかのような焦燥感。それは感情の欠片すら無い声によって増加していく。

 

『密輸で稼いだ汚いお金なんていらないよ』

「なっ、何故それを! ……そうか、貴様がアグスタで!」

『元気がいいね……立場分かってる?』

「ッ!?」

 

 少しトーンの落ちた声を聞き、男の背筋に寒気が走る。今の言葉には、大人しく従わなければ殺すとそういう意味合いが含まれていたからだ。

 男は動く事が出来ない。その気になれば簡単に殺されてしまう……今この場の決定権は、全て声の相手が握っている。

 

「な、何が望みだ……」

『君の取引相手の情報……全部欲しいな』

「なっ!? 馬鹿な! そんな事言える訳が!」

 

 声の主が要求してきたのは、男が想像すらしていなかったものだった。密輸の取引相手の情報……それは、危機的状況にあってさえ、男が口にする事を躊躇うものだった。

 何故そんなものを欲しがるのかは分からないが、重要なのは密輸の取引相手と言う事は、全員犯罪者であると言う事だ。裏の世界において信用と言うものは何よりも得難く重いものであり、それを裏切った相手には情けなど与えられない。話せば、間違いなく男は殺されてしまう。

 

『あ、そうなの? それは残念……まぁ君にも事情があるだろうし、しょうがないね』

「あ、ああ、他のものならいくらでも……」

 

 正直こんなにあっさりと納得してくれるとは思っていなかった。しかしそれは男にとって都合の良い誤算。これで彼の身の安全は……

 

『話してくれれば、今日は生きていられたのにね』

「……え?」

『ご飯の時間だよ~』

「ま、待ってくれ! 一体何を!」

 

 そう、それはあまりにもあっさり告げられた。まるでいらなくなったものを捨てるかのように、哀れみも慈悲もなく……

 その言葉と共に男の後ろで何かが開く音が聞こえ、獣の唸り声が聞こえてきた。

 小さな複数の足音、歯を鳴らす耳障りな音、涎が地面に落ちる水滴、それらがあまりにも大きく鮮明に聞こえてきた。

 

「な、なんだ!? 何なんだ!!」

『うちのワンちゃんがさ、皆お腹ペコペコなんだよ……食いでのありそうな中年太りで良かったよ』

「なっ……あ、あぁ!? お、狼!?」

 

 無慈悲に告げられる言葉と共に、それは男の周囲に姿を現した。闇の中でもハッキリと分かる銀色の毛、赤く怪しく光る山の様な目……それらは次第に男の周囲を回り始め、狼の群れがハッキリと視認出来た瞬間、男の顔は恐怖一色に染まる。

 言葉通りお腹をすかせている様に、鋭利な牙の隙間から涎を垂らし、少しずつ輪を狭めてくる死の塊。

 

「わ、ワシを誰だと思っている! こ、こんな事をして、ただでは……」

『……甘えんなよ』

「ひ、ひぃ!?」

『お前がこの場で生き残れる手段なんて一つしかないんだよ。下らない台詞をのたまう暇があったら、お祈りでもしてな』

「あ、あぁ……」

 

 怒気を含んだ冷徹な言葉。男に与えられた選択肢はたったの二つ。全てを話し報復に怯えるか、今この場で死ぬか……

 恐怖は男の思考を侵食し、中年の男は体中から体液を流しながら頭を振る。

 しかし無情にも現実は男の思考を待ってはくれなかった。一匹の狼が男の左手に喰らいつく。直後に皮膚を破られ肉を割く鋭い痛み。

 

「ぎやあぁぁぁぁぁ!?」

 

 そしてその叫び声が合図になったのか、狼達は一斉に男に喰らいつく。体中を襲う痛み、頭が壊れてしまいそうな恐怖……男が口に出来たのは、男が口にでいるのはこの言葉だけだった。

 

「言う!! 全て話す!! だから、やめてくれぇぇぇぇ!?」

『待て!』

 

 男が叫び声を上げるとほぼ同時に、制止の声が響き狼達の動きが止まる。そして一匹、また一匹と男から離れていく。

 

「……はぁ……はぁ……」

『さ、それじゃあ楽しいおしゃべりタイムと行こうか……嘘は考えない方がいい。君が嘘付いたかどうかじゃなくて、俺が嘘だと判断したら……ディナータイムだ』

「……は、はい」

 

 男は全てを話した。死の恐怖に塗りつぶされ、洗いざらい……いや、聞かれてもいない事まで全てを話しつくす。

 体中の痛みに耐えながら十分程話し続け、男は持ちうる限りの情報を提供し終わった。

 

『……ありがとう。良い情報もらえたよ』

「そ、それじゃあ……」

『皆、食べていいよ』

「……え? ま、待ってくれ! ワシは嘘など付いていない、本当に全部!」

『うん。だから、ありがとう。ほらワンちゃん達もお腹空いてるし、ずっとお預けじゃかわいそうだからね』

「は、話が違……」

『違わないよ? 今日はちゃんと生かしてあげた。でも、後5秒で明日だからね』

「……そ、そんな……や、やめろ! くるな! うぁ……あぁぁぁぁぁ!?」

 

 暗闇の中、凄まじい悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……様……旦那様!」

「やめろ、やめてくれ……っ!?」

「だ、大丈夫ですか旦那様」

 

 体が揺り動かされ、男はハッとした様に目を開ける。目の前には見慣れた運転手の顔があり、慌てて周囲を見渡すと、そこは彼の車の中だった。

 

「こ、ここは……」

「ご自宅ですよ? 道が混んでいたので普段より30分ほど長くなりましたが……」

「……わ、ワシは眠っていたのか?」

「ええ、よくお休みでしたよ。ただ時折うなされていたようですが、大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

 不思議そうに首を傾げる運転手を見て、男は自分の左腕を見るが……そこには傷一つない見慣れた自分の手があった。

 男はホッと息を吐く。先程見たアレは夢だったのだと……よくよく考えてみれば、車の中に居た筈なのに変な場所にいたり、局を出てから1時間程度では森になどたどり着けないのに狼が居たり、夢だと判断する材料は沢山ある。そもそもまだ今は22時、明日になどなってはいない。

 

「よほどお疲れなのでしょうね。今日はゆっくりお休みください。また明日、いつもの時間に迎えに参ります」

「ああ……すまんな」

「お疲れ様です」

 

 深く頭を下げて自分を見送る運転手に背を向け、男は自分の家の扉を開く。確かに体が走りまわった様に気だるい。相当疲れているのだろうと……

 男を見送った後、運転手は車に戻り出発する。男の家から十分に離れた後、運転手は静かに口を開く。

 

「……ようやく、当りみたいだな」

≪ええ、医療系ロストロギアばかりを大金で買う存在。保身に熱心な連中らしいですね≫

「ああ、まだ場所は掴めてないが……方法はある」

≪密輸ルートと照らし合わせ、検索を開始します≫

 

 運転手……クラウンの言葉を受け、胸元のロキが数度点滅し必要な情報を検索する。クラウンの口元には笑みが浮かんでおり、今回の情報が彼にとって良いものであった事を示していた。

 

≪そう言えば、あの男は破滅させなくて良いのですか?≫

「……そうしたいとこだけど、今そうすると相手が警戒する恐れがある。発言は記録してあるし、密輸の証拠も掴んでる。この件が片付いたら、地獄に落ちてもらうさ」

≪了解です≫

「ようやく、尻尾を見つけたぞ……最高評議会」

 

 宿敵である管理局を裏から操る最高評議会。今日ようやく掴んだ手がかり、クラウンはその目に強い闘志を浮かべで夜の闇を睨みつける。

 

≪それらしい密輸品のルートを発見……ですが、これは厄介ですよ≫

「……どういう事だ?」

≪担当は……陸士108部隊≫

「……ゲンヤさんの部隊か……成程、そりゃ確かに厄介だ。出来れば、ギンガさんと一戦交える様な展開は遠慮したいんだけどね」

≪ですが……≫

「ゲンヤさんは俺の存在を薄々感じてるからね。一筋縄じゃいかないな」

 

 クラウンの頭にある今後の展開の為には、今ゲンヤの部隊が関わっているロストロギアがどうしても必要だった。それを手に入れられなければ、今後いつチャンスが巡ってくるか分からない。

 しかし108部隊は厄介だ。ゲンヤはクラウンの存在を微かに感じており、それはギンガとラットの二名にも伝わっている。警戒している相手を出し抜くのは困難であり、勘ではあるがクラウンは108部隊と鉢合わせすると感じていた。

 クラウンは少し考える様に顎に手を当てた後、端末を開いて通信を行う。

 

『……貴方が私にメールでは無く通信とは、珍しいわね』

「有力な情報が手に入った……手を貸してくれ、ドゥーエ」

『……分かったわ。詳細はいつもの場所で』

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中で通信用のモニターだけが浮かびあがり、その空間の支配者達は静かに言葉を交わす。

 

『何者かは知らぬが、鬱陶しいネズミが居る様だな』

『局員……ではあるまいな。糸を引くのは局員かもしれぬが、動いているのは裏の人間だろう』

『やれやれ、手段を選ばぬ相手ほど厄介な存在はないな』

 

 三つのモニターで会話を行うのは、この時空管理局……いや数多の管理世界を裏で統べる存在。クラウンの狙う敵……最高評議会。そして彼等は三脳と表現するのが適切な存在。狂気に辿り着いてしまったかつての英雄。

 彼等が長く、あまりにも長く世界を操る立場に居られたのは、その臆病とも取れる慎重さ故だ。その鋭敏とも言える危機管理能力は、クラウンの正体までは辿り着かないものの、その存在の影は感じ取っていた。

 

『手段を選ばぬのは、何も敵だけではあるまい』

『ああ、裏の人間を始末するには、こちらも裏の人間を使うのが効果的だ』

『聞こえているな? お前の出番だ』

 

 三脳の言葉を受け、モニターが並ぶ部屋のなかで白い影が立ち上がる。薄暗い中でさえハッキリ白と分かるその姿は、ある世界に置いて死装束と呼ばれる服を纏った白髪の少女。小柄な体には不釣合なほど巨大な錫杖を手に持ち、閉じられた瞳と能面の様な表情は感情を読み取らせない。

 

「……やれやれ、私としてはこのまま何も無く給与だけ頂けるのが一番でしたが、そうもいかない様ですね」

『当然だ。何の為に高い金を払っていると思っているのだ』

「ふむ、まぁ報酬分の働きは致します」

『期待しているぞ』

 

 チャリンと鈴の音の様な音を響かせる錫杖を動かし、死に誘う衣装を纏った少女は動き始める。

 

「私が奪う命もまた平和の為の尊き犠牲……祈りましょう。まだ見ぬ、消えゆく命に……」

『その通り』

『『『全ては清浄なる世界の為に!』』』

「……私が動くのはお金の為ですがね……」

 

 闇で蠢く道化師を狙い、今白き死神は動きだした……

 




リハビリ①

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