魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第二話『三つの未来』

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央区画・病院――

 

 

 白を基調とした清潔感の漂う病室には、ベットで眠るなのはの周りには三人の少女の姿があった。

 一人は長い金髪を白いリボンで左右に纏め、やや赤みの強い目を不安げに揺らすフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 もう一人は黒みのある茶色の髪を襟足よりやや下辺りで揃え、青みのかかった瞳を辛そうに俯かせる八神はやて。

 最後の一人は、普段の勝ち気な様子がなりを潜め、目元を自身の髪の様に赤く腫らしているヴィータ。

 異世界での任務からの帰還中に起こった襲撃。その際に怪我を負ったなのはは、現在まで数日眠り続けていた。

 なのはが墜ちたという信じられない凶報を聞いたフェイトとはやては、他の全てを投げ出してなのはの元に駆けつけたが、その日の内になのはが目を覚ます事は無かった。

 その後は、はやての家族であるシグナム、シャマル、ザフィーラの三人と交代で眠り続けるなのはの傍についていた。

 彼女達だけではなく、なのはの家族は勿論。忙しい立場ながら本局のユーノ・スクライア司書やクロノ・ハラオウン執務官。はては次元航行部隊の提督を務めるリンディ・ハラオウンなども、仕事の合間になのはの様子を見に来ていた。

 

 

 

 どれぐらいの時間が経ったのか、病室にいる三人が一言も言葉を交わさないまま時計の長針が幾度か回り、彼女達の待ち人の目が微かに動いた。

 

「……ここ……は?」

 

 ぼんやりと、まだ夢見心地の様に呟くなのはの姿を見て、三人は止まっていた時が動き出した様にベットの周囲に集まる。

 

「なのは!? よかった……気が付いたんだね」

「私、先生呼んでくる!」

 

 安堵したような表情を浮かべたフェイトがなのはに話しかけ、はやてが慌てて担当医を呼びに行く。

 しかし、ヴィータは……なのはの目覚めに嬉しそうな表情を浮かべたものの、その後すぐに複雑そうな表情で俯いた。

 

「……私は……えと、確か……」

 

 まだ意識がはっきりしていないのか、なのはは今の自分の置かれた状況を思い出す様に呟く。

 

「……任務の帰りに……襲撃があって……それで――ッ!?」

 

 そこまでぼんやりと呟いた辺りで、なのはの目は大きく開かれ……頭の中には一つの光景が浮かびあがる。

 未確認機体との激しい戦闘中、突如自分の体に起こった不調。そして、振り返ろうとした視線の先で……自分を庇って刃に貫かれる青年の姿。

 そこまで頭に浮かび、なのはは弾かれた様に上半身を起こす。

 

「つぅっ!?」

「「なのは!?」」

 

 急なその動きに、数日眠っていた体がついていけずに痛みが走り、なのはは苦痛の表情を浮かべフェイトとヴィータが慌てて傍に駆け寄る。

 

「クオンさん! クオンさんは!?」

 

 なのはは駆けよって来た二人に対し、必死の形相で叫ぶように尋ねる……が、その言葉を聞いたフェイトとヴィータの顔は暗い色に染まる。

 

「……フェイトちゃん? ヴィータちゃん?」

 

 その二人の表情に、とてつもなく嫌な予感を感じたなのはは、瞳を大きく揺らしながら尋ねる。

 

「……クオンは……」

 

 何かの言葉を絞り出そうと動くヴィータの口元。しかし、悔しそうに噛まれた唇から続く言葉は出てこない。

 

「搬送されて、二日ぐらいは生死の境を彷徨ってたんだけど……」

 

 言葉の続かないヴィータの代わりに話そうとしたフェイトも、最後まで言葉を続ける事は出来ず、暗い表情で俯く。

 しかし、なのはが残酷な真実を理解するには……直接的な言葉を言わずとも、その様子だけで十分だった。

 

「う……そ……クオンさんが……死ん……だ?」

 

 まるで他人事の様に実感の湧かない、感情の欠片もない乾いた声が漏れた後、なのはの体は不自然な程に震えだす。

 瞳孔が完全に開かれた目は虚空を見据え、震える両手を自分の顔に当てる。

 

「わた、私の、せいで……あ、あぁ……」

 

 うわごとの様に呟く言葉が段々と大きくなり、見開かれたままで揺れる瞳からは涙が流れだす。

 

「ああああぁぁぁぁぁ!!」

「なのは!?」

 

 そしてその声が尋常ならざる叫び声に変わった瞬間、フェイトはなのはの体を抑える様に抱きしめるが、なのははどこから出るのか分からない程の力で激しく体を暴れさせる。

 

「私の! 私のせいで!! クオンさんが!!」

「落ち着いてなのは!!」

「どないしたんや!?」

「はやて! なのはが!」

 

 完全に錯乱した様子で暴れるなのはをフェイトが必死に抑え、ヴィータは病室に駆け込んできたはやてに涙交じりの声をあげる。

 

「先生!」

「……いかん、完全に錯乱してる。おいっ、鎮静剤を!」

 

 はやてに続いて入って来た医者は、なのはの様子を見て慌てて看護婦に指示を出し、数人でなのはを抑えて鎮静剤を注射する。

 そのまま少しの間、なのはは悲痛な叫びをあげていたが……しばらくすると鎮静剤が効いてきたのか、少しずつ声が小さくなり、瞳を閉じて眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査に気を使って一度病室を出たフェイト、はやて、ヴィータの三人は、そのまま少し広いロビーまで移動してそこにあったテーブルの席に座る。

 三人ともなのはの様子にショックを受けた様で、言葉は出てこずに全員俯いたままで時間が経過していく。

 そしてなのはの病室の方向から先程の医者が歩いてくるのを見て、はやてがその医者の元に向い言葉を幾度か交わした後でフェイトとヴィータの元に戻ってくる。

 

「なのはちゃん……体の方は大丈夫みたいや。後遺症とかも無いだろうって……ただ、また目が覚めた時に錯乱するかもしれんて」

「……そう」

 

 はやてが医者から聞いた話をそのまま伝え、フェイトは辛そうな表情で俯く。

 なのはが目覚めたのは嬉しい事ではあるが、責任感の強い彼女がクオンの死を受け止められるかどうか心配だった。

 いや、むしろ……フェイトとはやての二人もクオンの死は受け入れられてはいなかった。彼女達もなのはを通じクオンとは少なからず交流を持っていて、人当りの良い性格に好印象を持っていた。

 そんな相手が突然「死亡した」と告げられ、詳細は分からないが複雑な手続きで遺体を見る事も叶っていない現状……そしてそれを理解するよりも先に、彼女達より遥かに取り乱し涙を流した人物が居た事もあり、未だ実感が湧かずにいた。

 

「……あたしのせいだ……あたしが、もっと早くアイツ等の援護に向ってたら……」

 

 はやての説明を聞いた後、ヴィータは俯いたまま小さな声で、ここ数日幾度となく繰り返した言葉を呟き始める。

 腫れあがった目には再び涙が浮かび、強く握りしめられた拳からは強い後悔と自責の念が伝わってきていた。

 

「あたしが、なのはの不調に気が付いてれば……こんなことには……」

「ヴィータ。自分を責めたらあかん……ヴィータのせいなんかやないから!」

 

 小さな肩を震わせるヴィータを抱き寄せ、はやてはここ数日で何度も繰り返した言葉を伝える。

 目の前でなのはとクオンが墜ちる姿を目の当たりにしたヴィータは、とても強い責任を感じていた。

 自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと早く駆けつけていれば、自分がなのはの状態を軽視しなかったら……そんな風に自分の事を責め続けていた。

 三人の間に再び重い沈黙が流れ、少し間を開けてからはやては無理やり明るい声で言葉を発する。

 

「さっ、病室に戻ろうか? なのはちゃんが目覚めた時、一人やったら寂しいやろうしな……こんな時やからこそ、私らは無理してでも明るくせんと駄目や……私らが、なのはちゃんの事支えてあげんとな」

「……うん」

「……ああ」

 

 はやての言葉と作り笑いを見て、フェイトとヴィータもその気持ちを察し、静かに頷いて席を立つ。

 そのまま三人で病室に向かおうとした所で、同じく病室の方に向かう知り合いを見つけた。

 

「……リンディさん?」

「……なんだろう、凄く険しい顔してるけど……」

 

 俯き加減で歩く女性は、彼女達が良く知る人物……次元航行部隊の提督であり、フェイトの義母であるリンディ・ハラオウンだったが、その表情は普段の彼女からは想像できない程険しく、唇は悔しそうに噛みしめられていた。

 

「リンディさん!」

「えっ!? ああ、皆……なのはさんは?」

 

 はやてに声をかけられハッとした様子で顔をあげたリンディは、穏やかな笑みを『作って』三人に尋ねる。

 はやてが先程医者から聞いた話と、なのはの状態を簡潔に説明すると、リンディは心配そうな表情で溜息をついて口を開く。

 

「……そう、無理もないでしょうね。あれだけ親しくしてた上官を失ったんだから……でも、体が無事なのは良かったわ。精神的な面は、周りにいる私達がしっかり支えてあげましょう」

「はい。それで、その……」

「リン……母さんは、何かあったの? なんだか深刻そうな顔をしてたけど」

 

 リンディの言葉に頷いた後で、三人は先程のリンディの様子が気にかかり、最近彼女の養子になったフェイトがまだ少しぎこちない呼び名で尋ねる。

 するとリンディは再び顔を伏せ……しばらく何かを考える様に複雑な表情を浮かべた後で口を開く。

 

「今日、管理局上層部から通達があったわ。クオン・エイプス海曹長は――」

 

 躊躇いがちに、苦虫を噛み潰す様な表情で告げられた言葉を聞き……三人は大きく目を見開く。

 リンディの口から語られた言葉は、三人がまともに受け止められるような内容では無かった。

 聞いた言葉が理解できないという感じで、茫然と立ち尽くすフェイトとはやての横で……ヴィータの瞳が、とてつもない怒りに染まっていく。

 

「……んだよ……なんだよそれ!!」

 

 ヴィータはここが病院であるのも忘れ、力の限り叫び声をあげる。冷静でなどいられなかった。今リンディの口から告げられた言葉は、なのはを守った大切な友人の尊厳を粉々にするものだった。

 

「アイツはっ! アイツは、なのはの事を守ったんだぞ!! なのに……なんでそんな事になるんだよ!!」

「落ち着き、ヴィータ! リンディさんを責めてもどうにもならんやろ!」

 

 今にもリンディに掴みかかりそうだったヴィータを、はやてが肩を掴んで止める。

 

「ヴィータさんの言う通り。私もこんな事はふざけてると思うけど……それが上の決定、もう覆せないわ」

 

 ヴィータの様子を見ながらも、リンディはあくまで冷静な口調で告げる。しかしその表情は悔しさに染まっていて、その姿は彼女がその決定を覆そうと戦って……どうにもならなかった事を明示していた。

 

「クオンさん……明るくて、優しくて、良い人だったよ……なのに、どうして……」

「死人に口無し……政治的判断ってやつですか?」

 

 フェイトは今にも泣き出しそうな表情で呟き、はやては口調こそ冷静だったが、その表情は納得できないと言いたげに険しかった。

 

「上層部の総意か、一部が強行したのかは分からないけど……それが決定した事だけは確かよ」

 

 その言葉を聞いて黙り俯いたままで辛そうな顔をする三人を見た後、リンディはなのはの病室の方を向きながら言葉を続ける。

 

「……私は、先になのはさんの病室に行ってるわ」

「その事、なのはちゃんには……」

「しばらくは伏せておくつもりよ。今はとても受け止められないでしょうから……いつかは話さないといけないけれど……ごめんなさい。私は、何も出来なかった」

 

 はやての言葉に辛そうな表情で謝罪した後、リンディはなのはの病室に向って歩いていき、廊下には俯いたままの三人が残った。

 

「いつか話すって……こんな事……なのはに、何て説明すりゃぁ良いんだよ……」

「分からんけど……リンディさんの顔、見たやろ? きっと必死に抗議してくれたんやと思う。それでも、どうにもならんかったんや……私達が騒いだところで、覆すことなんてできん」

 

 ヴィータは俯いたまま血が出る程に拳を握りしめながら呟き、それを見たはやては悔しそうな表情のままで言葉を返す。

 

「……これが、時空管理局の……偉い人のやり方なの?」

「たぶん一部のお偉いさんが押し通したんやと思うけど、考えてもどうにもならんよ……病室にもどろ? なのはちゃんについておいてあげんと……ほんの少しでも、苦しみを和らげてあげな」

 

 涙を流すヴィータとフェイトの姿を見て、はやても悔しさで泣きたい気持ちを必死に抑え込み、二人の肩に手を置いて優しい口調で言葉を発する。

 

 クオンの死。そしてそれについて上層部から告げられた決定はなのはのみならず、その周囲にも大きく暗い影を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ・???――

 

 

 目を開くと、ぼんやりとした灯りと見知らぬ天井が視界に入った。

 

「……ここは――ぐっ!?」

 

 そのまま無意識に体を起こそうとすると、全身に痛みが走る。まるで自分の体が岩にでもなった様な感覚がして、思う様に体が動かない。

 何とか痛みに耐えながら、首から上だけを動かして周囲を見る。

 どこか薄暗い印象を受ける広い部屋、そしてベットの脇に置かれた機械が目に映った所で体に奇妙な違和感を感じる。

 岩の様だった体には段々と感覚が戻ってきていたが、左腕だけ麻痺でもしているかの様に感覚が無かった。

 バキバキと関節が鳴るのを感じながら、必死に右腕を動かして左腕がある筈の場所を探るが……そこには、何も無かった。

 そのまま少しずつ腕を肩の方に動かすと、包帯が巻かれ腕の付いていない左肩に手が当った。

 

「なんだこれ……左腕が……ない?」

 

 そう口に出し、頭で実感した時……一気に意識が覚醒し、脳内に記憶がフラッシュバックしてくる。

 任務帰還中の襲撃と激しい戦闘。迫る刃を前にして動きの止まるなのはさん。それを庇って刃に体を貫かれる自分の姿。

 

「そうだ……俺は――あぐっ!?」

 

 意識を失う前の、自分が左腕を失った経緯を思い出した瞬間。左肩に痺れる様な痛みが走る。

 

「ぐぁっ……ぅっ……」

 

 今まで経験した事が無い不思議な痛みに、俺はロクに動かない体で悶える。

 しかし肩の痛みから逃げようともがけば、今度はやけに硬い体が関節の鳴る音と共に痛みを伝えてくる。

 

 しばらくのたうち回っていくらか痛みが引き、ほんの少し冷静になった俺は硬い体を少し上げて周囲を見渡す。

 

「どこだ? ここ?」

 

 思わず口を付いて出た言葉はそれだった。

 俺の居る部屋には、何も無かった。壁と扉と俺が寝ているベット、そしてその周囲にある医療器具以外何もない……広いくせに何故か閉鎖感を感じる部屋。

 病院……とは思えなかった。あまりに広すぎる。それこそ、俺が寝ているのと同じベットが、後10ほどあっても良いと思えるほどに……

 

「なんだ……何が、どうなってるんだ?」

 

 言い様の無い不安が心に沸いてくる。目が覚めたら見知らぬ場所にいて、治療は施されているのに病院っぽくはなくて……自分の身に何が起こっているのか分からない。

 そんな不安で頭が埋め尽くされそうになっていると、突如部屋のドアが開く。

 ドアを開いて部屋に入って来たのは、管理局の制服……陸士の制服に身を包んだ茶色のショートヘアで、メガネをかけた女性。

俺と同じか少し上ぐらいの年齢に見える女性は、俺の姿を見ると穏やかに微笑んで言葉を発する。

 

「ようやくお目覚めみたいね。よかったわ」

「……貴女は?」

 

 優しげに微笑む女性の顔と着ている管理局の制服を見て、いくらか不安が消えた俺は呟くように尋ねる。

 すると女性は、俺の寝ているベットの方に近付き俺の体を軽く眺めてから言葉を返してくる。

 

「自己紹介は後でしましょう。先ずは貴方の体……意識ははっきりしてる? 自分が誰かは分かるかしら?」

「はい……ただ、上手く体が動かなくて……」

 

 あくまでも俺を安心させるように微笑んだままの女性の言葉に、俺は素直に頷いて自分の状態を伝える。

 

「無理もないわ。貴方は一ヶ月以上眠っていたんだから……」

「一ヶ月!? つぅっ!?」

「ああ、駄目よ。まだ激しく動いちゃ」

 

 女性の告げた言葉に驚愕して体を起こそうとすると、再び痛みが走って表情が歪む。

 それを見た女性は、俺の体を押さえながら穏やかな口調でたしなめる。

 

「そうね……説明しなきゃいけない事も沢山あるけど、先ずは貴方の質問に答えましょうか……今の状況について、何か知りたい事はあるかしら?」

 

 穏やかな口調で続ける女性の言葉を聞き、いくらか落ち着いた俺の頭に真っ先に浮かんだのは一人の少女の事だった。

 

「あの、一緒に墜ちた子は……なのはさんは?」

「ふふ、この状況で自分の体の事より先にそれを聞くなんて……貴方は、随分お人好しみたいね」

 

 俺の言葉を聞いた女性は明るい笑顔を浮かべた後、端末を取り出し画面を表示してから言葉を発する。

 

「安心して、貴方が守った高町なのは一等空士は無事よ。三日程意識が戻らなかったみたいだけど、それはむしろ溜まった疲労が原因。あの件での怪我はあまり深くないみたいで、後遺症も残らないそうよ」

「そうですか……よかった」

 

 なのはさんが無事だと聞き、俺は安堵の言葉を漏らす……よかった。無事だったんだ。本当に、良かった。

 

「ただ……」

「え?」

 

 そんな俺の耳に、少し深刻そうなものに変わった女性の声が響いてくる。

 

「貴方の事で、かなりショックを受けたみたいで……当初は一時錯乱状態だったみたい。尤も今は周りの友人達の支えもあって、少しずつ立ち直ってきているみたいだけどね」

「そ、そうなんですか……」

 

 無理もないかもしれない。先程の女性の言葉通りなら、俺は一ヶ月以上意識不明の重体だったんだ。あの優しいなのはさんの事だ、きっと責任を感じてたりしたんだろうな。

 

「まぁ、その反対に……貴方の状態は中々凄まじかったわよ」

 

 女性は俺の方を見て少し申し訳なさそうに俯いた様に見えたが、すぐに顔をあげて真剣な表情のままで言葉を続ける。

 確かに左腕は無くなったものの、こうして生きている事が不思議な位だ……いや、実際よく生きてたな俺。体を貫かれて、あの高度から落下までしたのに……

 

「貴方の容体に関しては、医者の一人がノイローゼになったわ」

「……は?」

 

 続けて放たれた女性の言葉を聞き、俺は意味が理解できずに間抜けな声で聞き返す。

 すると女性は、しばらく考える様な表情を浮かべた後、静かに重い口調で話し始めた。

 

「……本来なら、今こうして生きている筈が無いのよ」

「え? で、でも、現にこうして……」

「貴方、自分が何処を貫かれたか分かってる?」

「え?」

 

 女性の言わんとする事が分からない俺に対し、女性は寝ている俺の胸元……みぞおちの辺りに指を置き、その指を左肩の方に滑らせる。

 

「リンカーコアから左肩にかけて完全に貫通。その上、怪我を負ったのは異世界で、搬送までに時間がかかる……奇跡的に内臓の全てを避けて刃が刺さったとしても、出血多量で死ぬ程の傷。しかも貴方は、心臓も肺もばっちり貫かれてたのよ?」

「はぁ? え、えぇ?」

 

 女性の言っている事が理解できなかった。心臓を貫かれてた? 搬送に時間がかかったのに出血多量で死んでいない?

 戸惑う俺に対し、女性は真剣な表情のままで更に信じられない言葉を続ける。

 

「実は貴方の左腕が無くなっているのもそれが原因なのよ。今の医療技術なら、腕が千切れていたってその腕さえあれば接合は容易の筈なのよ」

「そ、それは……爆発に巻き込まれたりしたので、発見できなかっただけじゃ?」

「いいえ……貴方と同じ部隊の隊員、そして搬送に関わった救護班はこう証言していたわ『搬送されるまで、貴方の左腕は確かに存在していた』ってね」

「なっ!? そ、そんなわけないです!」

 

 女性の言葉に俺は頭が完全に混乱するのを感じながら、それでも必死に言葉を返す。

 今現実に俺の左腕は無くなっている。それが、搬送されるまで存在してて、搬送されたら消えて無くなりました何て言われても……信じられる訳が無い。

 

「これに関しては複数の人間が証言しているし、貴方の治療を担当した医師も容体を見て『出血が少なすぎるし、どうやって生存していたのか分からない』って頭を抱えたらしいわ」

「え? えぇ? ちょ、ちょっと待って下さい! 全然、頭が追いつかない」

「……気持ちは分かるわ。この件に関しては、後で落ちついてからじっくり話し合いましょう。私もいくつか仮説を立ててるから」

「……は、はい」

 

 完全に混乱してしまった俺に対し、女性は無くなった左腕を探す様に置いてある俺の右手を取り、安心させるように微笑みながら言葉を発する。

 そのまましばらく無言の時間が流れ、いくらか落ち着きを取り戻した俺は女性の方に首を動かして尋ねる。

 

「貴女は……誰なんですか? どうしてこんな?」

 

 目の前の女性が良い人である事は、立ち振る舞いや今までの会話で感じ取れた。しかし誰なのかは、依然分からないまま……服装を見る限り地上部隊の人とは思うのだが、そんな人が海の俺に事情説明をしている事に違和感を感じる。

 

「あ、そうね……そろそろ自己紹介をしておきましょうか? 私は、オーリス・ゲイズ。見て分かる通り地上本部の局員よ」

「クオン・エルプスです……その、ゲイズさん?」

「呼び名はファーストネームの方でいいわよ」

「では、オーリスさん。何故地上本部の貴方が……海の俺に事情説明を?」

 

 どこかで聞いた様な覚えがある名前だったが、今はそれよりも疑問の方が強く。俺はオーリスさんに尋ねる。

 

「……そうね。こういう事を遠回しに言うのは趣味じゃないから、単刀直入に言うわね……貴方は、公式上では先の事件の二日後に死亡した事になっているの」

「……は? え、えと……一体、何を……」

「聞きたい事はあるでしょうけど、先ずは話を最後まで聞いて」

「は、はい」

 

 オーリスさんの口から出たとんでもない言葉に思わず起き上がろうとするが、強く告げられたオーリスさんの言葉に従って頭を枕に戻す。

 オーリスさんはそのまま、深刻な表情で冷静に……衝撃的な内容を続ける。

 

「クオン・エルプス海曹長は、部隊任務の帰還中に起こった戦闘において、部隊長の指示を無視して単独行動を取り、救援に来た高町なのは一等空士を巻き込んで撃墜……これが、管理局上層部が発表した内容よ」

「……い、一体……なにを……言ってるんですか? 俺が、命令無視をしてなのはさんを巻き込んだ? 俺はっ!」

「分かっているわ!」

「ッ!?」

 

 あまりにもふざけた内容を聞き、軽く錯乱気味に叫びかけた俺の言葉を遮り、オーリスさんが少し大きな声を発する。

 

「貴方がそんな事をしてないのは分かってる。だけど、これが管理局上層部の公式発表なの」

「……なんで……そんな……」

 

 言葉が上手く出てこなかった。意味が分からない……いや、意味は分かるが理解が出来ない。

 俺はこうして生きているのに死んでいる事にされていて、しかも事実無根の罪まで付随……理解なんて出来るわけがない。

 

「……もし仮に、貴方が庇ったのがただの一般局員だったら、こんな形にはならなかった。でも、貴方が庇って一緒に墜ちたのは……上層部から将来管理局を担う逸材として期待されている天才魔導師。正当な判断をするのなら、本来は体調管理が不十分であり上官を巻き込んだ高町一等空士が処罰を受ける」

 

 オーリスさんが静かに語る言葉、それだけでもう何を言おうとしているかは分かった。

 告げられる言葉が予想できる内容……聞きたくない真実。俺はただ茫然としたまま、続くオーリスさんの言葉……処刑執行の様なその言葉を待っていた。

 

「稀有な才能を持った彼女の経歴を、凡百の魔導師如きの為に傷つける訳にはいかないと……そういう判断よ」

「……は……ははは……」

 

 何故か口元からは乾いた笑い声が零れた。意識した訳じゃない。頭は破裂しそうなほど混乱していて、信じたくないのに思考は現実を認識し始める。

 そして……全て理解してしまった。俺となのはさんでは人間としての価値が違うと……管理局の上層部は判断したという事だ。

 

「……俺は、身寄りのない孤児で……しかも、局の施設育ち……隠蔽工作は楽……元々、性格に問題があった……とでも書類を変えれば……簡単に切り捨てられるって……そういうことですか?」

「残念だけど……そうよ。実際に貴方の経歴書は既に改竄されているわ。命令違反の常習犯にね」

 

 頭をハンマーで殴られた様な気分だった。混乱しきった頭には、色々な思考が渦巻く。

異常なほど早く頭が回転し、今までの人生で経験した事が無い程早く膨大な思考を生み出すが……どれ一つとして言葉にならない。

 

「……それが……上層部の……やり方なんですか……」

 

 ようやく絞り出した言葉はそれだった。何がどうなっているのか、これからどうなっていくのか欠片も理解できない。あまりにも理不尽な事実に、押し潰されそうだった。

 しかしそんな暗く沈んだ俺の耳に、暗雲を切り裂く様な凛とした声が響く。

 

「勘違いしないで、確かにそう言うふざけた考えを主張した連中はいたわ。でも、それが全てじゃない……いやむしろ、初めは上層部の大半は貴方の側についていたわ」

「……え?」

「私の父もそうだった。そんな行為は、貴方の人としての尊厳を無視したものだって反対した」

「……」

 

 思考が闇に閉ざされそうだった俺は、僅かな光……オーリスさんを、助けを求める様に見続ける。

 

「一番初めに行われた話し合いでは、殆どの上層部が貴方側についてその一部の提案を一蹴した……でもその結果を受けて、一部の奴等はとんでもない事をしでかそうとした……それが、今貴方がここにいる理由に繋がるの」

「……とんでもない事?」

 

 未だ混乱の中にいる俺は、オーリスさんの言葉に対しオウムの様に聞き返す。

 するとオーリスさんは、嫌悪感を表情に出して忌々しげに言葉を続ける。

 

「強行派の一部は、生死の境……意識不明だった貴方を、秘密裏に抹殺しようと画策し始めた」

「なっ!?」

「……そうすれば奴等は『死んだ人間より、未来ある存在を重視すべきだ』なんてふざけた言葉を、意気揚々と語って自分達の意見を押し通せる」

 

 続けざまに放たれるとんでもない言葉。オーリスさんは嫌悪感を隠すことなく表情に出したままで、説明を続けていく。

 

「本当にふざけた考えだわ。自分達の意見を押し通す為に、一人の命を奪おうだなんて……その動きに気付いた私の父が、病院に手を回して貴方を死亡扱いにした。そして、気付かれない様に貴方をこの場に移した。それが、今貴方がこの場にいる理由よ」

「そ、その……お父さんって言うのは……」

 

 話の途中ではあったが、その上層部の人間……俺の事を庇って命まで助けてくれた人物の事が知りたくて、話の腰を折って尋ねる。

 

「レジアス・ゲイズと言うんだけど、知ってるかしら?」

「レジアス少将!?」

 

 オーリスさんの口から告げられた名前を聞いて驚愕する。

 レジアス少将……地上本部に籍を置き、部下の信頼も厚く、間もなく中将への昇進も囁かれている地上部隊の中心人物。海に所属している俺でさえ知ってる程の有名人だ。

 そんな有名人が、俺の味方をして助けてくれた……それを理解すると、ほんの少しだけだが心が軽くなった様な気がした。

 そんな俺の表情の変化を感じ取ったのか、オーリスさんは少し微笑んだ後で、申し訳さなそうに頭を下げて言葉を続ける。

 

「ごめんなさい。どうしても、迅速に事を運ぶ為には、貴方を死亡扱いにするしか無くて……貴方が傷つく事は分かっていたんだけど……」

 

 この人は本当に、良い人なんだと思う。初対面の俺を本気で心配してくれて……伝えにくい事も、隠さずに話してくれた。

 

「……その、ありがとうございます。まだ正直、冷静にはなれませんが……オーリスさんと、レジアス少将の行動は嬉しいです」

「……うん。でも、結局貴方は死亡という事になって、貴方の味方をしていた人達も勢いを維持できなくなったの……それで最終的に押し切られる形で、さっき言った様な公式発表が行われたわ」

 

 まだ現実を受け止める事は出来ない……でも、味方が居てくれたと言うのはとても安心できる事実だった。

 俺は少しだけ微笑みを浮かべた後、独り言のように小さな声で尋ねる。

 

「俺は、これから……どうなるんでしょうか?」

 

 今は受け止められない現実でも、いつかはそうしなければならない。そうなった時、公式で死亡扱い……仮にそれが覆っても、待っているのは命令無視をして天才魔導師を巻き込んだという非難。

 身寄りもなく、魔導師以外の生き方も知らない。そんな自分が、これからどうなっていくのか、どうしていけば良いのか、不安でしょうがなかった。

 今頼れるのは、縋れるのは、隣にいる同じ年ぐらいの女性だけ……そう思うと、自然と俺の口はそんな言葉を紡いでいた。

 

「私は今の貴方に、三つの選択肢を用意してあげられるけど……聞く覚悟はあるかしら?」

「……はい」

 

 俺の言葉を聞いたオーリスさんは、優しげに微笑みながら言葉を返してくる。

 その提示される選択肢は、きっとロクなものではないだろう。オーリスさんの微笑みが、無理やり作ったものだったとしても……俺を安心させようと気遣ってくれているのが嬉しかった。

 だから俺は、静かに頷く。

 覚悟が出来ていた訳ではないが、既に十分ダメージは受けている。ロクなものでないのなら、今の内に……ほんの僅かでも、心が穏やかな内に聞いておきたかった。

 

「一つ目は……全てを忘れて、どこか別の世界で新しい人生を生きる事」

 

 まるで子守歌でも歌うような優しい声で、オーリスさんは俺の前に一つ目の未来を提示する。

 

「管理世界でもいいし、管理外世界でもいい……出来る限り貴方の希望は叶えるし、何不自由なく生活できるように援助も怠らないわ」

「……え?」

 

 続けられた内容は俺の想像を裏切り、本当に優しいものだった。

 何不自由なく生活できるように援助してくれる? 赤の他人の俺に?

 

「勿論、絢爛豪華な生活とまではいかないけど……働かなくても十分に生活できるだけのお金は用意するわよ?」

「な、なんで……そこまで?」

 

 嘘を言っているようには見えなかった。本当にこの人は、俺がその選択肢を選べば……それこそ死ぬまで、何不自由なく生活できるように助けてくれるのだろう。

 身寄りもない俺にとっては、この上なくありがたい申し出だが……何故そこまでしてくれるのか分からなかった。

 

「……性格、かしらね? 私は、一度関わっちゃうと途中で投げ出したり出来ないのよ。父さんには、頑固な性格だ。なんてよく言われるけどね」

 

 まるで俺を助けるのは当然の事だとでも言う様に、僅かな苦笑と共に放たれる優しい言葉。

 その笑顔は眩しくて、とても温かいものだった……すぐにでも、甘えてしまいたいぐらいに……

 それから少し間を置き、オーリスさんは再び口を開いて二つ目の未来を提示する。

 

「二つ目は……元居た場所。貴方の友達の元に帰る事」

「……へ?」

 

 どこか期待し始めていた俺の耳に飛び込んできた二つ目の選択肢は、これもまた驚く程に優しいものだった。

 

「死亡扱いを撤回して、高町一等……いえ、なのはさんの元に戻る。あの子は例の公式発表の時も、友達と一緒に喉が裂ける程に叫んでいたわ『巻きこんだのは自分だ。貴方は何も悪くない』って……残念ながらいくら声を張り上げようとも、周りには優しい彼女が貴方を庇っている様にしか映らなかったみたいだけど」

「なのはさん達が……そんな事を……」

 

 オーリスさんから告げられた言葉を聞き、俺の心はとても温かいものに包まれる。たとえそれで周囲の認識が変わらなくても、なのはさん達が俺の為に訴えてくれた事は涙が出そうな程嬉しかった。

 

「だからきっと、彼女は貴方の生存を心から喜んでくれるわ。そして、周りの非難からも全力で守ってくれると思う。勿論私も、可能な限り貴方への非難が少なくなるように力は尽くすわ」

 

 確かにオーリスさんの言う通りだ。なのはさんも、ヴィータさんも、フェイトさんやはやてさんも、きっと俺の事を守ってくれる。俺に対する非難や、それを決定した上層部とも戦ってくれる。

 そんな事を考えた俺の耳に、続けたオーリスさんの言葉が聞こえてくる。

 

「だけど……最初に言った通り、貴方の体が負った傷は深い。リンカーコアの五割近くが機能停止して、魔力は以前の半分程まで落ちている。それに左腕も失ってしまった……魔導師として、再び戦うのは困難だと思う」

「……」

 

 オーリスさんの言葉を聞いて、情けない事に俺の頭には甘えた考えが浮かぶ。

 確かに今の俺は、再び魔導師として戦う事は困難かもしれない。でも、なのはさん達は……きっとそれでも構わないと言ってくれると思う。

 そして俺が以前の様に魔導師として戦おうとすれば、全力で手助けをして守ってくれるだろう。

 たとえ足手まといだったとしても、文字通り命をかけて守ってくれるだろう……だけど、それでいいのか?

 俺が魔導師を辞めれば、きっとなのはさんは深い責任を感じる。だけど俺が魔導師を続ければ、なのはさんはきっとあの時以上の無茶をしてでも俺を守ろうとする。

 どちらを選んでも、俺の存在自体がなのはさんの事を縛りつける鎖になってしまう……そんな状況に、耐えられるのか?

 

「……すぐに答えを出す必要はないと思うわよ」

「……はい」

 

 そんな俺の葛藤を読みとったのか、オーリスさんは腕の無い左肩に手を置きながら優しく微笑む。

 そして俺が頷くのを確認してから、最後の未来を語り始めた。

 

「そして最後、三つ目は……全てを捨てて、幸せな生活に背を向けてでも、戦い続ける事」

「戦う?」

 

 俺が聞き返すと、オーリスさんは優しげだった表情を真剣なものに変えて言葉を発する。

 

「コインに裏と表がある様に、どんな組織にも光と闇はあるわ。それは管理局も例外じゃない。いや、むしろ光の部分が大きければ大きい程、そこに隠された闇は巨大なものよ。貴方もその一端を、今まさに目の当たりにしたはずよ」

「……」

「もちろん全てがそうじゃない。むしろ平和を愛し、人々を守ろうとしている局員が大多数よ。だけど、高い所に居る人間の一部が歪んでしまえば、多くの人達が知らず知らずにそれに加担させられてしまう」

 

 オーリスさんの真剣な言葉の意味は、俺も身を持って体感していた。

 一部の人間がふざけた考えを押し通した事により、俺は今や管理局全体の爪弾き者だとも言えた。

 

「私の父さんは、そういった連中を『管理局の膿』と呼んでいた。そしてそれを綺麗にしてから、次の世代に引き継ぐ事こそが自分の務めだと、今も管理局の闇の部分と戦い続けているわ。私もその考えに共感して、父さんをサポートする為に管理局に入った」

「……立派な方なんですね」

「ええ、自慢の父さんよ」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、素直に感心した。

 自分の信念を持って、巨大な闇と戦うレジアス少将はとても立派な人なんだろう。それは誇らしげなオーリスさんの笑顔からも伝わってくる。

 俺は、どうなんだろう? 管理局の闇の部分なんて考えた事も無かった。違法行為を犯している局員が居たりすると言う噂を聞いて嫌悪感を感じた事はあっても、それをどうにかしようなんて思った事は無かった。

 自分には関係ない事だと建前を並べて、聞かない振りをしていたのかもしれない。

 

「つまり三つ目の選択肢は、その管理局の闇と戦うって事ですか?」

「ええ……だけど、この選択肢はお勧めしないわ」

「……え?」

「高い立場にいる人間は、それだけ大きな権力……力を持っている。正攻法で戦うのは難しいでしょう。それこそこの選択肢は、貴方に犯罪者となってくれって頼む様なものだからね」

 

 俺の問いかけに、オーリスさんは自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を返してくる。

 

「例え全ての闇を払っても、光がある限りまた新しい闇は生まれる。そんな終わりのない戦いな上に、たとえどんなに苦しんで勝利を収めても賞賛を浴びることなんてない。努力が報われる事はないでしょうね……だから、お勧めはしないわ。これは正直、単に仲間が欲しい私のワガママみたいなものだからね」

「……オーリスさん」

 

 儚げな表情で笑うオーリスさんの表情を見て、自分と歳もそう変わらないであろうこの女性が、今までどんな戦いを続けてきたのかを垣間見た気がした。

 それと同時に、やけに自分がちっぽけな様な……何とも惨めな気持ちも感じた。

 だけど、じゃあ俺も一緒に戦います。なんて即答できる訳もなく……俺はただ黙って、枕に頭を預ける。

 

「……ごめんなさい。オーリスさん……すぐには、どれかを選ぶ事は出来ません。少し、考える時間を下さい」

 

 オーリスさんが提示してくれた三つの未来。言うならば『逃げるか』『守られるか』『戦うか』。

 どれを選んでいいのか、自分がこれからどうしたいのか……今はまだ、よく分からなかった。

 そんな俺の様子を見て、オーリスさんは優しく微笑んだ後で言葉を発する。

 

「うん。満足いくまで考えていいから……逃げる事も、守られる事も、何も恥ずかしい事なんかじゃないからね。貴方自身が納得できるまで、何日でも考えていいわ。ただ……一つだけ、覚えておいてほしいの」

「……え?」

「貴方がどの選択肢を選んだとしても、私は……貴方の味方だからね」

 

 ……その言葉はとても優しく、そして今の俺にとって何よりも嬉しいものだった。

 

「まぁ、どれを選ぶにしても……先ずは体を動かせるようにならないとね。明日からリハビリが出来る様に、手配しておくわ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしなくていいわよ。さっ、今日は長話で疲れたでしょ? 病み上がりなんだし、今はしっかり休みなさい」

「……はい」

 

 話を切り替える様に明るい声で告げ、オーリスさんは俺に何かあった時の為の形態端末を差し出し、周囲にある機械について軽く説明してから部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーリスさんが部屋から去った後、説明を受けた通りに電気を消して、真っ暗な部屋で天井を見つめながら考える。

 考えるのは勿論、オーリスさんが提示してくれた三つの選択肢……これからの俺の、三通りの未来について……

 

 『逃げる』選択肢を選べば、その先に待っているのは平穏な日々だろう。以前俺が身を置いて居た様な、大きな出来事もない平凡な毎日。

 全てを忘れて、辛い事を考えずに生きる人生は……幸せなのかもしれない。でも、果して俺は忘れる事が出来るだろうか? 

 なのはさんの事を、ヴィータさんの事を、オーリスさんの事を……全て忘れて、自分の事だけを考えられるだろうか?

 

 『守られる』選択肢を選べば、望んだあの日々に戻れるかもしれない。なのはさんが居てヴィータさんが居て、騒がしくも楽しい毎日が再び手に入る。

 だけどそれは、俺という枷をなのはさん達に付けた上に成り立つもの……果して、本当の意味で俺が望んだような……なのはさんとヴィータさんと、三人和気あいあいと友達の様な関係に戻れるのだろうか?

 責任を感じるなのはさん達から目を逸らし、守られ続ける事に俺は耐えられるのだろうか?

 

 『戦う』選択肢を選べば、その先に何が待っているのか正直良く分からない。管理局の闇という漠然とした存在と戦い続ける未来。

 管理局程巨大な光がある組織なら、その闇もまた途方もなく大きなものなのだろう。果して戦ったとしても、打ち勝つ事が出来るのか……そもそも、ゴールの様なものは存在しないのかもしれない。

 そしてそれを選べば、きっともう二度とあの場所……なのはさん達の元には戻れない。なのはさんに、ヴィータさんに、自分の幸せに背を向けて……それでも俺は、剣を持って戦い続ける事が出来るのだろうか?

 

 

 頭に浮かぶのは一人の少女の姿……自分の力を誰かの役に立てたいと語る明るい笑顔。

 

 

 続くように浮かぶのは、まだ耳に残る女性の言葉……関わったものを途中で投げ出せないと告げる優しい言葉。

 

 

 思えば……初めから、答えは出ていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、オーリスさんは再び部屋にやって来た。携帯端末に表示されていた時間は朝早く、おそらく出勤前に立ち寄ってくれたのだろう。

 

「どう? 昨日はちゃんと眠れた?」

「はい。お陰さまで、ぐっすり眠れました」

 

 優しげな笑顔で話すオーリスさんの言葉に、俺も微笑みながら言葉を返す。

 

「それは良かったわ……発見されない為とは言え、隔離病棟なんかじゃ寝辛いかと心配したわ」

「……隔離病棟だったんですか? ここ……」

「あら? 言って無かったかしら?」

「……初耳です」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、ようやく自分の居る部屋がどういう場所かを知る事が出来た。

 窓も無かったり、ドアまでの距離がやたらあったり妙だと思っていたが……成程、隔離病棟か……

 

「ま、まぁ、ともかく……今日から、リハビリも……」

「オーリスさん」

「うん? なにかしら?」

「俺、決めました……これから、どうするか」

 

 オーリスさんの言葉を遮り、俺ははっきりとした口調で言葉を発する。

 その言葉を聞いたオーリスさんは、一瞬沈黙した後で穏やかに微笑みながら尋ねてくる。

 

「……そう、それで……貴方は、これからどうするの?」

「……戦います。何処まで出来るか分かりませんが、管理局の闇ってやつと戦おうと思います」

 

 真剣な表情で告げた俺の言葉を聞き、オーリスさんは驚いた様な表情を浮かべる。

 

「本当に、いいの? 言った通り、報われない……幸せな未来なんて、きっと得る事は出来ないわよ?」

 

 俺の意思を確認する様に、オーリスさんは真剣な表情で尋ねてくる。

 そんなオーリスさんの目を見て、俺は軽く微笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「……俺も、オーリスさんと一緒みたいです」

「私と?」

「はい……知ってしまった事を、忘れてしまう事は出来ないし……関わってしまった事から、途中で逃げ出す事も出来ないみたいです」

 

 俺の言葉を聞き、オーリスさんは一瞬キョトンとした目をした後……先程までの大人っぽい表情では無く、年相応の無邪気な笑顔を浮かべながら言葉を返してくる。

 

「それはまた……貴方も、随分難儀で損な性格をしているのね」

「……みたいです」

 

 どこか嬉しそうな笑顔で笑うオーリスさんにつられ、俺も笑顔を浮かべ病室に笑い声が響く。

 

 

 ――正直……未練が無いと言えば嘘になる。

 

 

 ――平穏な生活や、心に浮かぶ友人達への想いは未だ強いままだ。

 

 

 ――だけど、それでも……迷いながらではあっても、俺は自分自身で選んだ。

 

 

 ――全てを捨てて、日の当る場所……幸せな未来に背を向けても……

 

 

 ――自分自身の力で、戦い続ける事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではあれですが、この作品においてオーリス・レジアスは良い人です。

というか、恐らくオーリスの出番が一番多くなるかと予想されます。

ちなみにクオンのリンカーコアの破損具合は、原作のなのはを遥かに超える50%近くが使用不可。魔力量もAA⇒B程まで低下している感じですね。

後なのははクオンがいた部隊所属中に、二等空士⇒一等空士に昇進しております。

導入編は残り……2話位の予定になっていて、その後は徐々にアニメ本編に近付いていく感じですね。



知り合った人や、知ってしまった事実を忘れて『逃げる』ことはできず、

責任という枷を強いたまま、大切な人達に『守られる』事もできない。

そしてクオンは『戦う』事を選びました。まだオーリスやレジアスのように強い意志がある訳ではなく、迷いながらではありましたが……

今後、なのはやヴィータとの接触は避けられないでしょうが……その際、彼は何を思ってどう行動することになるのやら……

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