魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第二十二話『最後の選択肢』

――新暦75年・機動六課――

 

 

 空を茜色に染めていた恒星が落ち、空に二つの月が上がる。隊舎からの淡い光りを眺め、空に輝く星に視線を移しながらクラウンは静かな道を歩く。季節はもう夏が近くなってきていたが、海に面した機動六課には少し肌寒い風が吹く。クラウンは数度視線を動かしながら歩を進め、ふと目の前に人影を見つけた。

 

『……なのは隊長?』

「え? あ、クラウン。どうしたのこんな時間に?」

『俺は見回りだよ。こんな時間にってのは、むしろ俺の台詞なんだけどね』

 

 訓練スペースの前に立っているなのはの手元には、微かに闇を照らす光があり、彼女が何らかの作業を行っていたのはすぐに分かった。そしてなのはの性格を考え、22時近くの時間に訓練スペースに居る理由は一つだけしか思い浮かばなかった。

 

『こんな時間まで、教導のお仕事?』

「そんな感じかな……皆思った以上に成長が早いから、それに合わせて少し調整しようかなって」

『少し、って時間には思えないけどね』

「あはは……つい熱中しちゃって」

 

 なのはの勤務時間はとうに終わっており、現在は自由待機中のはずだが、当り前の様に数時間も教導の仕事を行っているのは、なのはらしいと言えばらしかった。

 

『……あんまり根を詰め過ぎちゃ駄目だよ。ティアナに無茶するなって言っておいて、なのは隊長が無茶してたら仕方がないでしょ?』

「うっ……仰る通りです」

 

 確かにクラウンの言う通り、少し前に新人フォワード達に無茶をするなと話をしたばかり。なのは本人にとっては別に無茶でも何でもなくいつも通りの事なのだが、他人から見たらそう見えるのは当然と言える。

 

『なのは隊長は、もう少し周りを頼った方が良いね。戦闘だけじゃなくて、私生活でもね』

「……そうだね。良く言われちゃうよ。前のめりになり過ぎだって……自分じゃ分かんないもんだね」

『少し手を抜く事も覚えたほうがいいかもね』

「あはは、返す言葉も無いです」

 

 クラウンが告げた言葉に、なのははわざとらしい敬語を使いながら苦笑する。おどけた姿を見せるのは、なのはにとっての信頼の証でもある。エースオブエースという管理局に響き渡る通称を持ち、数多の期待に晒される彼女が弱味を見せる事は殆どない。それを見せるのは仲のいい相手、なのはにとって仕事仲間ではなく、友人と思っている相手に対してだけ。つまり、クラウンはいつの間にか、なのはからそこまで大きな信頼を得ていると言う事だった。

 

『なんだか、機嫌いいね?』

「そうかな? そうかもしれないね……ねぇ、クラウンは今時間とかあるかな?」

『当直で待機してるだけだから、自主的に見回りする位は暇だよ』

「そっか、じゃあ、少しお話しない?」

『え? それって物理的なやつ?』

「違うよ!!」

 

 クラウンとしては何故ここまで信頼を得たのか分からなかった。無論同じ前線メンバーとして、それなりに仲良くはしていたと思う。しかしここまで好意的な感情を向けられる程、クラウンはなのはとの距離を詰めた覚えは無かった。この変化は少なくともここ最近に大きな出来事があったのだろうが、まったく心当たりは無い。なのはと共に訓練スペースの前に座りながら、珍しくクラウンの心には答えの出ない疑問があった。

 実はなのはが以前より大きな信頼をクラウンに向ける様になった原因は、ティアナの件を話した際にクラウンが口にした言葉にあった。クラウンとしてはあくまで自分を足かせにしないでほしいと、遠回しに告げただけのつもりったが……あの言葉でなのはの心はかなり楽になった。クオンに恨まれているかもしれないと思っていたなのはにとって、あの言葉は本当に心に響くものだった。

 

「そう言えば、前から聞きたかったんだけど……クラウンってどうして魔導師になったの? あ、いや、もし答えたくないなら答えなくて良いんだけど……」

『魔導師になった理由か……正直そんなに珍しいものでも無いよ。俺は、管理局の施設育ちなんだ。たぶん、エリオと同じかな?』

「……」

 

 以前地球でヴィータに対して語ったのと同じ内容。これはクラウンではなく、クオン・エルプスの過去。同じ部隊に居た時にも話した事は無く、クオン自身人に話す程面白い話でも無いと今まで他人に告げた事は無い話。

 

『可も無く不可も無くって感じだったかな。特別思い入れがある訳でもないけど、ドラマみたいに虐待とか受けてたわけでもない。本当に特別な出来事なんてない平凡な日々だったね。で、管理局の施設に居る孤児は、全員魔法適性の検査を受ける決まりで、俺にはリンカーコアがあったから魔導師になった感じだね』

「それは、強制なの?」

『ああ、違うよ。あくまで管理局は志願制だから、無理やり入れられたりなんてのはあり得ないね。自分の意思で選んだんだよ。管理局はその辺しっかりしてるから、他の職を目指しても色々サポートしてくれるし、俺も施設を出てから数年は支援金貰って一人暮らししてたし、管理局には感謝してるよ』

「成程」

 

 管理局は志願制であり、犯罪者に対しても選ぶ権利を与える。希望しない者を無理やり働かせる事は無いが、希望する者には手厚いサポートを行う。だからこそ、ここまで巨大な組織に成長する事が出来たとも言える。無論一枚岩と言うにはあまりにも巨大な為、良い者ばかりとは言えないが……

 

『これでも、結構才能はあったんだよ……辺境部隊に何年もいたけどね。自分から希望して……』

「自分から?」

『……うん。俺には覚悟がなかったんだ……』

 

 そう、クオンは魔導師として優秀な部類と言えた。若くしてA+ランク……一般部隊で部隊長を務められる技量を持ち、人当たりの良い性格から部下や上司の信頼も厚かった。それはかつてなのはとヴィータを期間限定とはいえ任された事から伺える。

 無論9歳で最高位魔導師に匹敵するなのはに比べれば霞むが、まぎれも無くクオンも天才と呼ばれる人間だった。本来なら武装隊員として活躍していて可笑しくない筈だが、クオンは自ら希望して辺境部隊に所属していた。

 

『……初めは武装隊に居たんだ。だけど配属されて半年位の時、次元犯罪者と戦った。かなり強い魔導師でね。正直その当時の俺より強かった。必死だった……初めて明確に感じる死の恐怖に晒され、俺は……非殺傷設定を解除して、その犯罪者を殺した』

「ッ!?」

『なのは隊長も知ってると思うけど、武装隊員は有事の際に自己判断で非殺傷設定を解除することが認められている。相手は次元犯罪者……俺が罪に問われる事は無かったし、むしろ周りからは賞賛された。でも、俺は喜べなかった。生温かい血の感触、力を無くし地面に叩きつけられ飛び散る死の光景……怖かった』

「……」

 

 次元犯罪者を殺した事のある武装隊員は、実はかなりの数が存在する。むしろある程度の相手……殺人やそれに匹敵する罪を犯した犯罪者相手には、むしろ殺傷設定を推奨すらされる。あくまで管理局員や一般人の命が最優先であり、危険な犯罪者の命を奪う事は罪にはならない。

 しかしそれはあくまで局の定めの話、実際はクラウンが語った事と同じ体験をして、魔導師を辞めた人間も大勢いる。管理する世界が多いからこそ、それだけ犯罪者と対峙する機会も増える。なのはやフェイト程の戦闘力があれば、危険な犯罪者を非殺傷設定で捕らえるのは容易だろう。しかし下級、中級魔導師にとって、次元犯罪者との戦闘は、正に殺すか殺されるかのレベルで危険なものと言える。

 

『……俺には、無かったんだ……危険な犯罪者を殺す覚悟も……自分の力を信じて、最後まで非殺傷設定で戦い抜く覚悟も……だから戦闘の殆どない辺境部隊に逃げた』

「……でも、今はここに……戦闘機会の多い場に戻って来たんだよね? 覚悟が出来たって事なのかな?」

『……うん。出来たよ。最後まで非殺傷設定で戦い抜く覚悟がね』

「……そっか」

 

 勿論この部分は嘘をついた。クオンがクラウンとして決めた覚悟とは、守るべき物の為、時に自分の手を染める覚悟。クラウンは8年間裏の世界で生きてきた。当然次元犯罪者と戦う機会もあったが、まだクラウンとなってから人を殺めた事は無い。彼が戦った犯罪者は全てオーリスが手配した軌道拘束所へと留置されている。

 それだけを聞けばクラウンは8年間無敗とも取れるが、そもそもクラウンは相手を欺く幻術魔導師であり、戦闘に持ち込む事自体が少ない。彼が8年間で明確に対峙して戦闘を行ったのはたったの5回であり、しかも相手は全て彼より格下だった。

 そしてそこにクラウンは一つの懸念を抱いている。もし自分より遥か格上の力を持った魔導師と遭遇した時、暗殺しか勝つ手段がない程の相手だった場合……本当に自分は、その相手を殺す事が出来るのだろうかと……

 

「それで、良いと思う」

『え?』

 

 重い思考に向かっていたクラウンに、なのはの穏やかな声が聞こえてくる。

 

「……人の命って重いものだよ。犯罪者でもね。だから私は、殺す覚悟ってのを否定はしないけど……尊敬は出来ないかな? 敵も味方も……どちらの命も守る。そんな殺さない覚悟の方が、私はずっと立派だと思う」

『……』

「だからクラウンは凄いと思うよ。凄く難しい道を頑張って歩いてる……私は、クラウンの事尊敬するよ」

『……ありがとう』

 

 クラウン……いや、クオンに覚悟、再び武装隊に戻ろうと言う気持ちをくれたのは、本人は知らないだろうがなのはだった。自分より遥かに幼い少女が、真っ直ぐ前を向き多くの人を守ろうとしている姿を見て、彼は再び戦場へ戻ろうとした。結果としてクオンは表舞台から消える事になったが、その後に決意を固められたのはなのはが自分を変えてくれたからだと思っている。

 

「……私は……最初は嬉しかった」

『……うん?』

「私は凄く運動音痴でさ、勉強も得意な教科はあったけど特別出来るってわけでも無く、これと言った趣味や特技がある訳でも無かった。自分には何の才能も無いんじゃないかって、そんな事を考えた事もある」

『……』

 

 静かな声で語り始める言葉。声は穏やかに感じるがどこか寂しげで、聞き様によっては懺悔の様にさえ聞こえる。夜空に輝く星を見つめながら、なのははクラウンにある一つの感情を吐露する。

 

「……アリサちゃんもすずかちゃんも凄い子達で、私だけ置いてかれるんじゃないかて不安がいつもあった。だから、ユーノくんと出会って、魔法が使えるようになって……初めは凄く嬉しかった。まるで自分が特別な存在になれたみたいで、これが私の才能なんだって舞い上がった」

『……地球には魔法技術は無いからね。そう思うのも無理は無いよ』

「……うん。でも戦いが続く中で、自分は多くの人の命を守ってる。物凄く大きな責任の中に居るんだって気が付いた。舞い上がってた自分を戒めて、信念をもって前に進んで行こうと思った」

 

 そこまで話し、なのはは一度下を向く。そして数秒たってから再び顔を上げ、恐らく本題であろう言葉を口にする。

 

「いつからだったんだろうね……たぶん管理局に入った瞬間からかな? 皮肉な事だよね。勘違いだって思ってたのに、私は周りにとっても特別だったなんてさ。天才魔導師……未来のエース……エースオブエース……いつからだろう? 初めて会う人が、よく知らない人達が『高町なのは』じゃなく、勝手に作り上げた『理想の天才魔導師』を見てくるようになったのは……」

『……噂がひとり歩きして、いつの間にかなのは隊長自身より、大きくなっちゃったんだね』

「……うん。私は世間が思ってるほど無敵のエースなんかじゃない。戦いはいつだって怖いし、どうしたら良いのかいつも迷ってる。だけど、それを親しい人以外には見せられなくなっちゃった……私の背中を見る沢山の人が居て、弱音なんて吐けなかったなぁ~」

『……そっか。でも、何でそんな話を俺に?』

 

 それは本当に重大な話だろう。いや、勿論クラウンにとってなのはは、怪物などでは無く一人の女性。悩む事もくじける事もあるだろう。しかしそれを自分に話す理由が分からなかった。フェイトやはやて……親友達ならともかく、出会って数ヶ月しか経っていない自分にそんな弱味を打ち明ける理由がない筈だ。最初に感じたのと同じ、何故こんなにも信頼を向けられているのかという疑問。今隣に居るのはクラウンであって、クオンでは無い筈なのに……

 

「……地球で話した時に、クラウンがクオンさんに似てるって思った理由が分かったから。クラウンは私の事を天才魔導師として見てないよね? ただの一人の女の子として、当り前の様に心配してくれる。クオンさんもそうだった……私に憧れたって言ってくれたけど、一歩引いたり壁を作ったりしなくて、本当に友達みたいに話しかけてくれた」

『……』

「だから、かな? 大事な仲間として……知っておいてほしかったのかも」

 

 今のクラウンの仮面に隠された表情は何と表現すればいいのか、瞳は大きく揺れ今まで誰にも見せた事がない程動揺していた。真っ直ぐ告げられる信頼の言葉、向けられる明るい笑顔。8年前にすぐ傍にあった何よりも眩しく、暖かな瞳……

 まるでそれが自然な事の様に、クラウンの手は動き仮面を外す。

 

「……なのは……さん……俺は……本当は……生き……」

「そうだ! 折角だからもう一つ聞いても良いかな?」

「ッ!?」

「あ、ごめん。今何か言いかけてたよね?」

「……ううん。何でもないよ。それで質問って?」

 

 それはまるで喜劇の様なタイミングだった。道化の生き様を笑う様に、その小さな声は届けたい相手には届かなかった。或いは今、ほんの数秒……なのはが口を開くのが遅かったら、もう少しだけクラウンの声が大きかったのなら……8年という時を経て、二人が再会する舞台があったのかもしれない。

 それは、本当に……最後のチャンスだった。クラウンという道化師が、クオン・エルプスに戻ることのできる最後の……選択肢だったのかもしれない……

 

「これももしかしたら聞いちゃいけないのかもしれないけど、クラウンの左腕……地球で話した時、大切なものを守った結果だって言ってたよね」

「……うん」

「それって、相手は友達とかだったのかな?」

「そうだね。大事な、凄く大事な人だったよ」

 

 仮面は外したまま、穏やかな笑みを浮かべてなのはに答える。その脳裏には、かつて目の前の女性と赤毛の少女と過ごした日々が思い浮かぶ。

 あの一年間は彼にとって最も幸せな思い出と言える。あれ程笑顔で過せた日々は他にない。そう簡単に言い切れるほど、彼の過ごしてきた人生は幸福でも不幸でも無かった。

 

「凄く才能のある立派な人だった。心から尊敬したし、生まれて初めて自分の命より大切な存在だって思った。だから、考えるまでも無く体が動いたんだ。この人が無事なら、また笑顔で歩いて行ってくれるなら、それで良いって思ったんだよ」

「……その人とは?」

「……しばらく会わなかった。俺が希望して別部隊に異動して会わなくなった」

「なんで?」

 

 クラウンは微かに嘘を交え、自分の過去を話していく。本来ならあり得ない。彼は偽り欺く道化師であり、その外殻は嘘で塗り固められている。クラウンは嘘をつく事に躊躇いは無い。事実自分の正体を悟らせぬように、機動六課においても巧みに嘘をつき続けている。

 しかし彼も人間だ。クラウンには世界に三人だけ、嘘をつきたくない、嘘をつく事が辛い相手が存在する。一人は目の前に居る、命をかけて守ろうとした相手……高町なのは。二人目は迷うことなく親友だと口にする事ができる……八神ヴィータ。かつてヴィータに以前会った事があるかと問いかけられ、その時に嘘をついた時は胸が貫かれる様に痛かった。そして最後の一人は、暗闇の中で道を指し示してくれた生涯忘れ得ぬ大恩があり、彼にとって8年を共に過ごしたパートナー……オーリス・ゲイズ。その三人は、彼にとって特別な存在。自分の命より大切な三人。

 だからこそ、クラウンはその三人には嘘を出来るだけつきたくない。自分が不利になるとしても、可能な限り偽りたくは無かった。

 

「……その人は凄く優しいからね。俺が戻れば心から、喜んでくれた。片腕を失った俺を、全力で守ってくれたと思う。だからこそ、俺はその人には会えなかった……守られるだけの自分を許す事が出来なかった。だから、片腕でもしっかり戦える様になるまでは、守られるだけじゃなくて守れる様になるまでは……会わなかった」

「って事は……今は、会ってるの?」

「……この前、結婚式に出てきたよ」

「あっ! そっか、あの時に休暇を取ったのは……」

「まぁ、そう言う事だね」

 

 最後に心に走る痛みを無視しながら嘘をつき、クラウンは話を締めくくる。なのはも何らかの空気を察したのかそれ以上は何も言わず、少しの間沈黙が流れる。

 しばし夜空の星を眺めた後、クラウンは仮面を付けて立ち上がる。

 

『……じゃ、俺は見回りに戻るよ。なのは隊長も根を詰め過ぎない様にね』

「うん。ありがとう、クラウン。おやすみ」

『お休み』

≪あの、クラウンさん≫

 

 なのはと言葉を交わしてその場を立ち去ろうとしたクラウンに、レイジングハートが声をかける。クラウンも意外な相手の言葉を受け、不思議そうに首を傾げる。

 

『どうしたの?』

≪貴方も、少しお疲れの様に見えます。多くの仕事を請け負っているのですから、どうか無理はなさらぬように……ご自愛下さい≫

『……ありがとう。レイジングハート』

 

 レイジングハートの言葉に、穏やかにお礼の言葉を告げた後、クラウンはなのはに背を向けて歩いていく。まるで闇に向かって歩く様なクラウンの後姿。それを見えなくなるまで見送った後、なのはは静かな声で呟く。

 

「……なんでだろ? 性格とか全然違うのに、なんでクラウンが時々クオンさんと重なるんだろう? やっぱり……似てるのかな?」

≪……(いえ、似ているのでは無い。彼の魔力反応は、あまりにも一致する部分が多すぎる。まず、間違いは無いでしょう。しかし、私がそれをマスターに告げる訳にはいかない。8年の時を経て現れたあの方は……きっと並々ならぬ覚悟を持って、マスターの前に立っているのでしょう)≫

「さて、片付けしないとね」

≪……(貴方の覚悟を、私が踏みにじる訳にはいかない。私は貴方の正体について、誰にも語りません。私に出来るのは、ただ貴方の無事を祈るだけ。貴方はマスターだけでなく、私にとってもかけがえの無い友です。だからこそ、どうかご無事で……クオンさん)≫

 

 かつての光景が蘇る。メンテナンスルームに居るレイジングハートを訪ね。まるで人間と話す様に言葉をかけてくれた、優しく笑う男性の姿。

 

≪……(友……デバイスの私が、奇妙な事を考えますね。マスターや友人方と接するうちに、私も人間に近い感情を持つ様になったのやもしれませんね。どうか、貴方が望む未来を掴み取れますように……)≫

「レイジングハート?」

≪いえ、なんでもありません。さあ、データの纏めをしましょう≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い道を、クラウンは物想いにふける様に歩く。一つだけ響く足音は、彼の進む未来を表現するかのようだった。

 彼は、最後の選択肢に背を向けた。全てを捨て、逃げる事を選ばなかった。

 

『……色々難しいもんだよね。ロキ』

≪……≫

『……ロキ?』

 

 同意を求める様にデバイスに声をかけるクラウンだが、いつもはすぐに応えるロキは珍しく沈黙していた。滅多に見ない相棒の様子に首を傾げていると、押し殺す様な声が聞こえてきた。

 

≪……あの、腐れデバイス……私のマスターに色目使いやがって……≫

『……は?』

 

 怒りを堪える様な声に、まるでどす黒いオーラが見えそうな雰囲気。ロキが呟いた言葉に、クラウンは驚愕した後で仮面を外しながら話しかける。

 

「お、お前、一体何を……」

≪……何とか、何とか……秘密裏に始末する方法は無いものか……いや、でもあの売女デバイスはなのはさんの……ぐぬぬ、泣き寝入りするしかないんですか……≫

「あ、あの、ロキ……あ、いや、ロキさん? 物凄く物騒な言葉が聞こえるのですが……」

 

 あまりに変貌した相棒の姿を見て、クラウンは戸惑いながら……いや、怯えながら話しかける。

 

≪マスターもマスターです! 私というものがありながら、浮気するなんて!≫

「……初めて知ったよ。他のデバイスと話す事を浮気って呼ぶなんて……というか、なのはさんと話してた部分は何も言わないのに、なんで……」

≪人間は別にどうだっていいんですよ! 問題は、デバイスですデバイス! まさか、マスター……私を捨てて新しい(デバイス)に走る気じゃ……≫

「ほ、本当に何を……」

 

 今クラウンは、珍しく戸惑っていた。というのも、彼とロキは8年来……高性能デバイスになる前も含めれば、10年以上の付き合いだ。普段からクラウンとロキは憎まれ口を叩きあう仲で、クラウンとしても自分のデバイスとはそれなりに仲良くできていると思っていた。

 そう、それなりにである。嫌われてはいないと思っていたが、まさか自分のデバイスがここまで倒錯的な愛情を持っているとは、想像すらしていなかった。

 

≪マスターは、私を捨てるんですか!? やっぱり、もっと賢いデバイスが良いんですか!!≫

「い、嫌、俺のデバイスはお前だけだから、ちょっと落ち着け……」

≪ほ、本当に!? 嘘じゃないですよね! 私だけがデバイスなんですよね!≫

「も、勿論だ。生涯お前以外のデバイスを使うつもりはないから、だから落ち着いて……」

≪ッ!?≫

 

 クラウンとしては何とか暴走しているロキを止めようと、必死に告げた言葉だったが……どうやら、それは正解だったようで、あれほど騒いでいたロキの言葉が止まる。

 一先ずロキが落ち着いてくれ、クラウンはホッと胸を撫で下ろしながら、今後の取り扱いに注意しようと心に誓った。

 

≪……生涯、私だけ……マスターが、私に……プロポーズ……≫

「ふぁっ!?」

≪仕方ないですね。それならレイジングハートさんの愚行も許しましょう。(デバイス)として寛大な心を持たなければなりませんからね≫

「いや、ちょっと、待って。お願い、10分くらい時間を下さい」

 

 訂正しなければならない。クラウンは発する言葉を致命的に間違えた。いつの間にか先程の言葉を受け、ロキの脳内ではデバイスとしての妻は自分であると認識されたらしい。

 クラウンは真剣に頭を抱えた。裏の世界で生きてきた中でも、これ程まで困惑した事は無いだろう。皮肉なものか、彼の人生において最大のダメージを与えたのは……まさかの身内だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初にクラウンの正体に気がついたのは、レイジングハートでした。
ちなみに、デバイス以外で後一人、最終決戦までに気付く相手がいます。

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