魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第二十三話『月夜』

――新暦75年・???――

 

 

 静けさを感じる夜道を、一台のトラックが走る。運転席には幻術魔法で容姿を変えたクラウンの姿があり、その視線の端には通信モニターが開いている。

 

『……本当に行くの?』

「……オーリスさんは、反対ですか?」

『確かに、一度回収した医療系ロストロギアに発信機を付け、わざと掴んだルートに流れる様にして場所を割り出すのには成功したわ。今までとは比べ物にならない確率で、当りだとは思う』

「……」

 

 現在クラウンは、機動六課の寝室にダミーを置き抜け出してきている。無論緊急出動がかかる可能性と言うリスクもあるが、そこはオーリスが手回しをすれば何とでもなる。オーリスが危惧しているのはそれ以外の要因……調査の過程で掴んだ一つの情報だった。

 

「……死神、ですか? 二年前からパッタリ噂は途切れてた筈ですが……」

『……10日前、裏でそこそこ名の売れている情報屋が惨殺されたわ。拠点と思わしき廃ビルには30人を越える遺体があって、鋭い刃物の様な切り口で真っ二つにされている遺体もあれば、何かに押しつぶされた様に潰れている遺体もあった。そして極めつきは瓦礫に書かれていた「我が神に捧げます」の血文字……間違いないでしょうね』

「……確かに、このタイミングで二年間の沈黙を破って現れたのなら……楽観視は出来ない状況ですね。とはいえ、今さら引く訳にも行きませんが……」

 

 クラウンとオーリスも白き死神、ツクヨの名は知っている。最重要の危険人物として、誤って接触しない様に慎重に情報を集めた事もあった。しかしツクヨは二年前から急に現れなくなり、裏の世界では死んだのではないかと噂になっていたが……結局デマだったようだ。

 死神の名は有名だが、その戦闘方法は全くと言って良い程謎……戦った人間が全て死んでしまっている為、誰もその本当の力は知らない。更に現場に残った遺体も謎を際立たせる。切り裂かれバラバラの遺体もあれば、あちこちに穴が空いた遺体もあり、更には押し潰された遺体もある。故に武器すら分からない。唯一共通点があるのは、毎回遺体の傍に残される『我が神に捧げます』と言う血文字の存在。これが一体何を意味するかは分からないが、死神の象徴とも言える一文。それが今回見つかったと言う事は、オーリスの言葉通り死神が再び動き出した証拠……

 

『止めても無駄でしょうから、一つだけ約束して頂戴。死神と遭遇したら、戦おうとなんてしない事……絶対に逃げて』

「……絶対とは、約束できない……状況次第、ですね」

『……こんな所で死ぬなんて許さないわよ。絶対に成功させて』

「了解」

 

 あくまでまだ死神がクラウンを狙っているとは言い切れない。しかしタイミング的に考えると、可能性はやはり大きくなってくる。死神の推定戦闘力はオーバーS、クラウンの現戦闘力はA~AA-程……小細工なしにぶつかれば勝てる相手では無い。策を張り巡らせ、罠に誘い込み……ようやく互角と想定できる。

 オーリスとの通信を終えたクラウンは、夜の闇を静かに見つめながら小さく呟いた。

 

「……もし、お前が本当に死神で、俺に死を与えに来たとしても……今はまだ、その刃は受けてやれない。少なくとも、最高評議会を消すまでは……」

 

 虫の知らせ……いや、多くの修羅場をくぐりぬけてきたからこそ働く直感。オーリスもクラウンも、根拠は何も無いながら確信していた……今宵、道化師の前に死を伴う神が現れる事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗く簡素な礼拝堂。管理していた神父が死去し、今は廃教会となっている場所。その通路に両膝をつき、真っ白な少女……ツクヨは祈りを奉げる。彼女の神への想いは尋常では無く、毎日三時間以上は必ず自らの神に祈りを奉げるほど信心深い。

 

「……我が神よ。何故、未だ私の前に現れて下さらないのですか……私の信仰が足りないのでしょうか? 心も体も命も、一刻も早く神に差し出したいと願っているのです。確かに私は二十四年ほどしか時を重ねていない未熟者、未だ我が神にご満足いただける程熟していないのでしょうか? 私はこの18年、我が神の事を想わぬ日はありませんでした。数多の命を奉げました。焼けつくほどの祈りを奉げました。あらゆる場で貴方の事を探し続けました。ああ、会いたい……我が神よ。どうか、私の前に現れて下さい。私に与えて下さい。憤りでも! 軽蔑でも! 嘲笑でも! 殺意でも! 劣情でも! どうか、愚かな我が身に向けて下さい! どんな物でも受け入れます、尽くします、奉げます。私の全てを……なのに、まだ足りないと仰られるのでしょうか? もっと強い供物を奉げるべきですか? もっと賢しい供物を奉げるべきですか? もっと美しい供物を奉げるべきですか? どうか……一言私に命じて下さい。私は貴方の為に動きたい……あ、ああ、そうか、そうなのですね! これは我が神が私に与えた艱難辛苦! 会えぬ苦しみを更なる信仰心へと変えよと、そう言う事なのですね!? それとも……まさか、私は我が神の意向に背いてしまっているのでしょうか? 私は大きく道を間違えてしまっているのでしょうか? ならばそれでもかまいません! どうか、私に大いなる罰を、厳しい叱咤を!? 私が間違っていると言うなら、どうか……私を正して下さい。お導き下さい……我が神よ。私は、いつまでも貴方の僕です。私の全ては貴方に……」

 

 ここがもし廃教会でなければ、周りの人間は即座に逃げ出していただろう。それほどの、誰が見ても異常な狂気を迸らせ、ツクヨは虚空に叫び続ける。

 これは、今回が特別なのではない……いつもの事だ。彼女は毎日、これ程激しい狂気を己の神に奉げ続けている。彼女の行動理由は、良くも悪くも神の為……その一つの理念しかない。それしか感情がないと言うよりは、その感情があまりにも凄まじすぎて、他の感情全てを飲み込んでしまっている。彼女は『壊れた人間』だ。壊れ、狂い、それが混ざり合って破滅したのでは無く、奇な事に確固たる人格を形成してしまった存在。

 ひとしきり狂気を滾らせ、気を取り直す様にツクヨは一度首を振って祈りながら、かつての自分に思いをはせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白き死神ツクヨ……彼女は環境が生んだ怪物……ではない。軋む様に不幸が折り重なり、その残骸からはい出てきた魔物と言う方が正しい。

 彼女は生まれた時にこそ一つの不幸を背負ったが、両親は愛を持ちツクヨを大切に育てた。ツクヨがまだ本当の名前で呼ばれていた頃、彼女はどこにでも居る少女だった。いや、むしろ他の子と比べて幸せな子供だったのかもしれない。明るく笑顔の可愛らしい、美少女と呼んで差し支えない整った容姿、そして裕福な家庭に恵まれていた。

 人生が狂い始めたのは、彼女が6歳の誕生日を迎えた時……管理局から逃走中の次元犯罪者が、彼女の住む家に押し入ってきた。そしてあっさり、あまりにもあっさり、彼女の両親は殺された。まず初めに家族を守ろうとした父親が、次にツクヨを抱きかかえていた母親が、凶刃によりあっさりとこの世を去った。彼女が状況を理解するよりも早く、次元犯罪者達の刃はツクヨに向き、数秒の後彼女も両親の所へ行く筈だった。しかし、間一髪犯罪者を追って来た管理局員が間に合った。いや……間に合ってしまった。

 

 一瞬のうちに両親を失い、心に大きな隙間が出来たツクヨは茫然としていた。そんなツクヨを気遣い現場に来た二人の魔導師は、色々な言葉をかけて元気付けようとした。そして、その内の一人が……口を滑らせる。

 

「君の両親が引き止めてくれたおかげで、この近くに住む多くの人達の命が救われた。あの方達の死は、多くの命を守った尊いものなんだよ」

「おいっ!?」

 

 それは完全な失言だった。大きな槍を持った魔導師が叫び、口を滑らせた魔導師も己の失言に気が付く。しかしもう、遅かった。両親の死を理解していない少女に、今ハッキリと認識させてしまった。両親は他の人の為の犠牲になったと、そんな意味に聞こえる発言をしてしまった。その言葉を受け止めるには、傷の入った少女の心はあまりにも脆い。

 一言、悪意の無いたった一言……それが、ギリギリ形を保っていた少女の心を壊した。

 

「……あは、はは、あはははは……アハ、アハハハハハハハハハハ……」

「ッ!? 大丈夫か! しっかりするんだ!」

「ぜ、ゼスト副隊長、すみません……俺……」

「謝っている暇があったら、すぐに医療班を手配しろ!」

「は、はい!」

 

 この事件をきっかけに、ツクヨは奈落へと加速度的に歩を進めていく事になる。それでもまだ、この時点までなら、ここで引き戻す事が出来ていれば……白き死神は生まれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親の死から半年が経過し、彼女を助けた魔導師の口利きでツクヨは聖王教会に引き取られることになった。そこならば、心に負ってしまった大きな傷を癒すのにちょうどいいだろうと……そしてこれが、彼……ゼスト・グランガイツが今も尚、後悔し続けている選択となってしまった。

 ゼストはツクヨの心の状態を甘く見過ぎていた。表面上元気にしていたのが偽りだと言う事に気付かなかった。一度壊れ歪な形に治った事で、ツクヨの心には巨大な隙間ができた。そして彼女は、その心の隙間を埋める拠り所を探した。

 そして……いつからかツクヨは、大礼拝堂で毎日祈りを奉げる様になる。初めは周囲は何も感じていなかった。魔法の勉強を始めた時も、ただ彼女が聖王教会のシスターを目指すのだと……ツクヨには凄まじい才能があった。歴代でも類を見ないほどの魔法の才能……周囲は天才だと持て囃し、大いに沸いていた。その時はまだ……

 

 異変に初めに気が付いたのは聖王教会の司祭。ある夜、礼拝堂でツクヨが祈りを奉げているのを見かけた。その時は、実に感心なものだと思ったが……翌日も翌々日も、ツクヨはその場所で祈りを奉げていた。そしてすぐに気が付いた……ツクヨが微動だにせず何日も祈り続けている事に……

 それは異様な光景だった。8歳の少女が、一週間に渡り眠る事も食事を取る事も無く、石像の様に固まったまま祈り続ける姿。多くの人間が彼女の祈りを止めさせようと声をかけた。しかし、ツクヨは一切声が聞こえていない様に固まったまま……司祭達は力尽くでもツクヨをその場からどかそうと、決意を込めて近付こうとした時、ツクヨは168時間の祈りから立ち上がる。

 

「……居ない筈がない。私を導いて下さる神が、居ない筈がない……」

 

 うわ言のように呟きながらフラフラと歩くツクヨの姿を見て、司祭達はある絶望的な事実を認識する。ツクヨの心に狂気が宿ってしまった事実を……

 それからツクヨは自分の部屋に閉じこもり、数多の世界の聖書を読みあさり始めた。その姿はもはや恐怖の対象でしかなく、教会の者達はツクヨを避ける様になっていく。一日に一度、食事を行う為だけに出てくるツクヨは、日に日に痩せていき肌も病的に白くなっていたが、誰も狂気の笑みを浮かべる彼女に話しかける事は出来なかった。

 

 ツクヨは必死に探した。己を導いてくれる神を……彼女が全てを奉げるべき存在を……しかし、数多の宗教書を読みあさっても、彼女の求める神は見つからない。ツクヨの求める神は全能ではなく、間違いも犯す。時に優しく、時に厳しく己を導いてくれる存在。しかし、彼女が満足できる神は見つからなかった。

 それもその筈だろう。彼女が本当に求めていたのは、神などでは無い。本人すら気付いていない。神に己の全てを奉げようと倒錯するのも、狂気を感じる程祈りを奉げるのも、全てはそれを埋めるため。そう、彼女が探しているのは……彼女と同じ感情ある存在で、暖かく彼女を包みこんでくれ、彼女の間違いを叱咤してくれる……そう、彼女はずっと両親の存在を己の神に求めていた。

 それが最も不幸な事だった。誰も彼女の心の内には気付かなかった……壊れ歪んでしまったツクヨの行動は、何もかも狂人のそれにしか見えなかったから。誰かが叱咤するべきだった。彼女を間違っていると、こうするべきなんだと叱りつけなかったから……彼女は救われなかった。

 

 そして歪んだ心は、更なる狂気を思考に宿す。ツクヨは己の神に出会いたかった。その為にどうしたらいいのか、必死に思考を巡らせた。神に近付けば、神と会う事ができるかもしれない。では、神に近付くとはどういった行為だろう……そう、多くの人を救う事。ツクヨはそれこそが己の神を探す唯一の方法だと結論を出した。

 しかし、ここで再度前提を見直そう。ツクヨの心は壊れ、歪になってしまっている。そんな滅茶苦茶な心が、人助けとストレートに答えを出す訳が無かった。

 頭に蘇るのは、あの言葉……自分の両親は多くの命を救い、犠牲になった偉大な英雄……つまり、両親二人の死で、周囲の多くの人間を救った……そう、つまり、死とは多くの人間を救う行為。人を殺せば、多くの人を救い神に近付く事が出来る。

 そんな常軌を逸脱した思考を導き出し……生まれ落ちてしまった。狂気の死神が。

 

 ツクヨの時間はあの時、両親が殺された時のまま止まってしまっている。それに気付く事が出来たのは、最終的にゼスト・グランガイツただ一人だった。そして、彼が気付いた時はもう、既に全てがくるってしまった後……

 闇に染まる礼拝堂。バラバラに切り裂かれた聖王像……巨大な錫杖を持ち、瓦礫の上に佇む少女。

 

「ぐっ……うぅ……」

「貴方には恩があります。恩人を殺しては、我が神も喜ばないでしょう」

 

 ツクヨが10歳の時、狂気は凶行に変わる。神へ供物だと言って、庭に動物の死骸を山の様に積み上げ笑うツクヨの姿を見たゼスト。歪んだ歯車は歪んだまま回り始め、それから一月後……ゼストはその凶行を止め、歪んだ心を引きもどそうとして、ツクヨと相対した。

 しかし、ゼストが気付けなかった数年間は……少女を化け物へと変貌させていた。ゼストは、勝てなかった。傷付けたくない相手であった事も原因の一つかもしれないが、10歳と言う若さでありながら……ツクヨは、もはやニアS、或いはオーバーSクラスの実力を有していた。

 膝をつき立ち上がれないゼストに背を向け、ツクヨは夜の闇に消えていく。己の神を探す為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王教会を去ったツクヨは、裏の世界に身を投じ瞬く間に死体の山を積み上げていった。彼女が殺人を犯す理由は三つ。一つ目は神へ捧げる供物として、二つ目は多くの人間を救う善行であると歪んだ解釈をして、三つ目はこれもまた神に捧げる金銭を稼ぐため……

 いつからか呼ばれ始めた白き死神と言う通り名……出会った人間は全て死ぬと噂される始末屋。それがツクヨに対する裏の世界の認識だが、実際には少し違う部分がある。

 ツクヨが13歳になり、裏の世界でも名が売れてきた頃、街を歩いていると声を掛けられた。

 

「あの」

「……はい?」

「これを落とされましたよ」

「コレ……ああ、数珠ですね。それは、態々ありがとうございました」

 

 ツクヨが落した数珠を持って近付いてきた黒髪の男性局員。同じ年ぐらいのその相手が数珠を乗せて差し出してきた手に、ツクヨは少し困った顔をしてから手を動かす。目の前にある筈なのに、数度ツクヨの手は虚空を切り、数秒かけて数珠に触れて受け取る。

 

「……えと」

「ああ、申し訳ありません。生まれつき目が見えませんので……」

「し、失礼しました」

「謝罪は不要です。むしろ、改めて私の方からお礼を……貴方の優しき心に感謝します」

 

 そう、ツクヨは生まれつき盲目である。しかしその分耳や鼻、そして気配察知能力が非常に発達しており、普段は持ち歩いている錫杖の音と魔力、その反響音と流れで物の形を見ている。本来なら数珠を取る事程度では手間取らないが……青年の目の前でいきなり錫杖を動かして音を出すのも気が引けたので、臭いでおおよその位置を探った為数度空を切った。

 

「お~い、クオン! 何してんだ!」

「あ、すみません隊長! それじゃあ、俺はこれで……」

「ええ……貴方の未来に、ささやかな祝福を……」

 

 去っていく黒髪の青年……クオンを見送り、再び歩きだしながら呟く。

 

「……嫌味の無い心地良い雰囲気の方でしたね。ああいった方が増えれば、私の仕事も減るのでしょうね」

 

 ツクヨは無差別に誰でも殺すと思われているが、実際はそうではない。無論クライアントのオーダー次第では致し方ない部分もあるが、例えば先の……クオンをターゲットにと言われたら、彼女は依頼の隙をついてクオンを逃がしたかもしれない。

 

 当事者達は気付かないまま、両者の再会は実に10年以上後になるが……しかし、確実に訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祈りを静かに終え、礼拝堂で白い影が立ちあがる。神を求める気持ちはどんどん強くなり、狂気だけが深くなってしまった悲しき少女。時が止まったかのように、10歳の頃からロクに成長していない体は……彼女の心のあり方を示しているのかもしれない。

 

「さて、参りましょう」

 

 錫杖の音を響かせながら、闇の中を歩く白。壊れて歪み、不気味な笑みしか浮かべ無くなってしまった少女……神は本当に彼女を救うのだろうか? それとも裁くのだろうか……その答えを知るのは、彼女の神だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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