魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第三話『無くした力、新たな刃』

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央区画・病院――

 

 

 ミッドチルダにある病院……友人であるなのはが入院している病室を訪れたヴィータは、ドアの前で何度か深呼吸をする。

 あの事件から二ヶ月近くの時間が経過したが、なのはは怪我がそれほどでもないにも拘らず、未だ入院したままだった。

 親しい友人を失った事、そして上層部の非道な発表……それはなのはの心を大きく傷つけた。

 なのはも若いながら既に大きな事件を二つも経験していたが、その事件は大変ではあったものの彼女の仲間は無事に生き残っていた。

 戦いの最中、親しい人を目の前で失った事……それは、11歳の少女が受け止めるにはあまりにも重い現実であった。

 実際目覚めたばかりの頃は、錯乱して鎮静剤を注射される事も多く。誰の目からも彼女の精神的ダメージはとてつもなく大きく見えた。

 それでも彼女の家族や親友、今まで知り合った多くの人達の懸命な支えがあり、今では徐々に立ち直り始めていた。

 そんな立ち直りかけのなのはに、余計な心配はかけない様にヴィータはしっかり笑顔を作ってからドアを開ける。

 

「よう、なのは。見舞いに来たぜ……調子はどうだ?」

「あっ、ヴィータちゃん。うん。元気だよ……ただちょっと、体が重い感じかな?」

 

 病室に入って来たヴィータを見て、なのはは取り戻し始めた明るい笑顔を向けて答える。

 しかし、自分の体を動かす仕草はまだ大げさで、目元はほんのり赤く染まっていた。

 ヴィータはそれに気付かない振りをしたままベットに近付き、お見舞いの果物を置きながら近くの椅子に座る。

 

「まぁ、二ヶ月近くロクに動いてないからな。無理もねぇよ」

「うん……ブランク、結構きついかも? 現場復帰までにしっかり取り戻さないと」

「……復帰、決まったのか?」

 

 苦笑と共に発せられたなのはの言葉を聞き、ヴィータは少し悲しそうな顔を浮かべて聞き返す。

 なのはの言う復帰とは、当然ながら管理局の仕事……魔導師として、再び戦う事を意味していた。

 

「そんな顔しないで、ヴィータちゃん。大丈夫……まだ、完全に立ち直れたわけじゃないけど、今のままじゃいけない事は分かってるから」

「……なのは」

 

 自分を心配するヴィータに対し、なのはは取り戻しつつある明るい笑顔を浮かべながら言葉を発する。

 

「泣いてばっかりいたら、きっとクオンさんにも怒られちゃうよ『後ろを向いて後悔するよりも、前を向いて進んでいく。貴女は、そういう人でしょ?』って感じにね」

「……ははは、確かに言いそうだな」

 

 たとえそれが空元気だとしても、ヴィータは立ち上がろうとしているなのはを止める事は出来なかった。

 だからこそ彼女は強く……自分の心に誓った。

 目の前にいる大切な友人が、再び空に上がるなら……二度と墜とさせはしないと、今度こそ守って見せると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 ベットから降りて軽くジャンプする様に動かす。何度か足を折り曲げたり、右腕をぐるぐると回したりして自分の体を確認する。

 あまり良いとは言えない目覚めを迎えてから一月経ち。リハビリのかいもあって、まだ違和感は感じながらも体は順調に動くようになってきていた。

 そのまましばらく体操する様に体を解していると、部屋のドアが開き制服姿のオーリスさんが入ってくる。

 

「調子はどう?」

「概ね良好ですが……まだ時々、左肩が痛みますね」

 

 軽く微笑みを浮かべて尋ねてきたオーリスさんの質問に、包帯が巻かれたままの左肩を触りながら答える。

 

「幻痛は流石に簡単には消えないでしょうね。どうしても辛いようなら、医者に相談してみるといいわ」

 

 幻痛……正確には幻肢痛と言うらしいが、四肢を失ったりした場合脳がその部分を『存在しない』と認識できずに起こる痛みらしく、本来存在しない筈の部分が酷く痛む症状。

 個人によって差が大きいらしく、俺の場合は左肩……以前左腕が付いていた部分から、存在しない肘辺りまでが痺れる様に痛む事がある。

 実際痺れると言うよりは、電流でも流されている様な痛みな上に痛み止めや麻酔も効かず、いつ起こるかも分からないと言うとんでもなく厄介なものだった。

 基本的には月日の経過と共に緩和されていくらしく、今は我慢するしかないみたいだった。

 オーリスさんの言葉に頷いた後、俺は思い出したように自分の顔を触りながら言葉を発する。

 

「……ああそれと、やっぱりまだ『この顔』も違和感がありますね」

「それはいい加減慣れなさい。これから行動していくのに、以前と同じ顔と言う訳にもいかないでしょ?」

 

 俺の顔は以前とは違う顔に変わっている。正しくは、整形手術によって違う顔に変えられていた。

 実際オーリスさんの言う通り、以前のままの顔では色々と問題もある為慣れるしかないのだが……やはり鏡を見た時など、未だに違和感を感じる事が多い。

 昨今の整形技術と言うのは凄いもので、おそらく以前の知り合いが見ても誰も俺とは気付かないだろう。

 

「それにしても……整い過ぎじゃないですか? どこぞの俳優みたいで落ち着かないんですが……」

「あら? 不細工な顔よりは、カッコイイ方がいいと思うけど?」

「それは……まぁ、確かに」

「ともかく早く慣れる事ね。他にもしなければならない事は多いのよ。新しい名前も考えないといけないし、喋り方も変えた方が良いわね」

 

 確かにオーリスさんの言う通り、俺がやらなければならない事は非常に多い。

 体を万全にするのは勿論、戦う事に関しても知らなければならない事は多い。その上、まだこの体になってから魔法は一度も使っていない。どれほどまでに力が落ちているのかを確認して、どうすれば魔導師として戦えるのかも考える必要がある。

 俺がそんな事を考えていると、オーリスさんはふと思い出したようにポケットから一枚の写真を取り出し、俺の方に差し出してくる。

 

「そうそう。これを渡しておかないと……」

「これは……俺の写真?」

 

 オーリスさんが差し出してきた写真には、顔を変える前の俺の姿が写っていた。

 それを受け取り、意味が分からずに首を傾げる俺に対し、オーリスさんは優しげな微笑みを浮かべて話す。

 

「大事に持っておくのよ。それが無いと、元の顔に戻りたい時に困るでしょ?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 元の顔に戻れる日が来るのかどうか、正直まだよく分からない……俺が戦う事を決めた管理局の闇と言う存在も、未だ漠然とした認識しか出来ていない。

 だけど、きっとこの言葉は俺の事を想っての言葉……今は、いつかそんな日が来るかもしれないと言う風に考えておこう。

 

「あ、それと……医者がそろそろ本格的に動いても大丈夫だろうって、近い内に魔法を使ってみましょうか?」

「そうですね。実際自分が今どれだけ戦えるのか分からないですし、ありがたいです」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は少々不安を感じる気持ちを隠しながら微笑む。

 実際どれほど力が落ちてるのだろうか? リンカーコアの5割近くが破損、左腕も無くなった……そもそも、まともに魔法を使う事が出来るのかどうかも怪しい。

 オーリスさんは、そんな俺を元気付ける様に明るい声で端末を取り出しながら言葉を発する。

 

「じゃあ、近い内に訓練のできる場所と『簡易デバイス』を用意しておくわね」

「……あの、俺が以前使っていたデバイスは……」

 

 オーリスさんの言葉の中にあった『簡易デバイス』と言う言葉を聞き、俺は今まで不安で聞けなかった事を尋ねる。

 簡易デバイスは、最低限の機能だけを搭載した練習用のデバイス。当然ながら、まがりなりにも武装局員だった俺が使っていたものではない。

 以前俺が使っていたデバイスは、次元航行部隊の本隊や武装隊のエース級が持つような高級品では無かったが、五年間使い続けた相棒だった。

 

「貴方が使っていたデバイスは、酷く破損……いえ、殆ど粉々の状態で回収されたわ。残念だけど、修理する事は難しいでしょうね」

「……そうですか」

 

 覚悟はしていたが、実際に聞くと落ち込みを隠しきれない。

 インテリジェントデバイスと呼ぶほど高度なAIでは無かったが、愛着のあった相棒ともう会えないのは辛い。

 しかしそんな俺の考えを察したように、オーリスさんは微笑みながら言葉を続ける。

 

「ただ……コアのAI部分は何とか無事だったから、新しく作り直すデバイスにそのまま流用しようかと思ってるんだけど……構わないかしら?」

「本当ですか!? ぜ、是非お願いします!」

 

 沈んでいた気持ちが一瞬で吹き飛び、俺は慌ててオーリスさんに言葉を返す。

 

「了解よ……でも、左腕が無い分のサポートなんかも考えると……先ずは、今の貴方の状態を確認してからね。

「はい!」

「それから、正式に依頼して……貴方専用の物に作り変える。まぁ、任せておいて! 武装隊のエースが持っててもおかしくない位の物を用意してあげるわ」

「……は? い、いえ、何もそんな高級な物は……」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は慌てながら言葉を返す。

 デバイスは……ハッキリ言って高級品だ。量産型の物であればそうでもないが、個人の専用デバイス。完全なオーダーメイト品なんて、一部の実力者ぐらいしか手に出来ない。

 そんな俺の焦りを完全に無視したまま、オーリスさんは更に驚愕する案を告げる。

 

「カートリッジシステムがあれば、魔力不足もいくらか補助できるでしょうしね」

「カートリッジシステム!? い、いやでも……お、俺、あんまりお金持ってませんよ?」

 

 カートリッジシステムは、最近急激に研究の進んできた技術で、今は滅んだベルカと言う世界で使われていたものらしい。

 予め魔力を込めておいたカートリッジをロードすることで、本来の術者が持つ魔力以上の魔法を行使したり、巨大な魔法の発動時間を短縮したりする事が出来る。

 近代ベルカ式という、滅んだベルカの魔法とミッドチルダの魔法を組み合わせた形式の発展により、最近ではミッド式の魔法への応用も研究されているとは聞いた事がある。

 実際なのはさんが使用していたデバイスも、ミッド式のデバイスにカートリッジを組み込んだものだった。

 しかし、そんな物は最新鋭技術の塊。もっと普及が進めば安価になっていくだろうが、今はとんでもない高級品。

なのはさんの持っていたデバイスだって、一本で武装隊一個小隊分のデバイスが作れる程のとんでもない一品だった。

 俺は現在死亡扱いで局員では無い。と言う事はデバイスが支給される訳でもなく、個人でお金を払わないといけない。

 しかし、以前特に大きな活躍をしていた訳でもない。ごくごく平凡な局員だった俺に、そんな高級品を買うお金がある訳が無い。

 そんな俺に対して、オーリスさんはさも当然と言いたげに信じられない言葉を返してくる。

 

「ああ、お金なら私が持つから安心して。こう見えても結構個人資産は沢山あるのよ?」

「い、いや……流石に、それは……」

「そこを節約して、やられでもしたら意味が無いでしょ? 大丈夫。任せておいて!」

「……は、はい」

 

 明るい笑顔で話すオーリスさんの言葉に、押し切られる様な形で頷く。

 ……本当に俺は、何から何までこの人のお世話になりっぱなしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 

 中央にターゲットが浮いているだけの何もない広い空間……俺は杖型のデバイスを構え、ゆっくりと先端に魔力を収束させていく。

 しばらくして杖の先端に緑色の魔力球が出来上がり、俺は足に力を込めて術式を発動させる。

 

「……ぐぅっ――ッ!?」

 

 杖の先端から収束砲が放たれるのとほぼ同時に、俺の体には重たい反動がかかり、そのまま押さえきる事が出来ずに弾き飛ばされる。

 放出されたままだった魔力が地面に当り、その衝撃でピンボールの様に何度か跳ねながら転がり、最終的にうつ伏せで落下。叩きつけられた全身に激しい痛みが走る。

 

「大丈夫!?」

「……な、なんとか……」

 

 離れた場所でそれを見て居たオーリスさんが、慌てた様子で駆けよってくる。

 俺はデバイスを地面に立てて体を支えながら、起き上がって言葉を返す。

 

「まさか……左腕が無いのが、ここまで大変だとは……」

「筋力の低下もあるんでしょうけど……完全に反動を支えられてないわね」

 

 体も順調に回復してきて、事件後初めて魔法を試してみたのだが……結果は、予想よりもはるかに酷かった。

 簡単な射撃魔法や、飛行魔法は以前と変わらず使用する事が出来たが、かつて俺が最も得意とした砲撃魔法は全くと言っていい程使えなくなってしまっていた。

 何度試しても片腕では砲撃の際に杖がぶれる事を押さえる事が出来す、放出する魔力に弄ばれる様に弾き飛ばされてしまい。魔力量の低下に関しても、以前と同じ規模の砲撃を放とうと思えば、発動までにかかる時間は三倍以上。

 

「私は魔導師じゃないから、詳しい事は分からないけど……砲撃魔法を使うのは、難しいじゃないかしら?」

「確かにそうですが……片手では近接戦闘も難しいですし、俺は他の魔法はからきしで……」

 

 オーリスさんの言葉に答えながら、その場に座り込んで顔を俯かせて考える。

 砲撃魔法は、オーリスさんの言葉通り……もう、まともに撃てないと思った方が良い。

 でも、だとしたらどうする? 他の魔法で戦うしかないのか?

 だけど俺は、砲撃魔法以外は殆ど使えない特化型の魔導師だった。勿論他の魔法が全く使えないと言う訳ではないが、得意だった砲撃魔法に変わるものがあるかと言われれば……思い浮かばない。

 近接戦闘用の魔法は……駄目だ。元々俺は、身体強化等ではベルカ式に劣り、遠・中距離向きのミッド式の魔導師。格闘戦が苦手だったと言う訳ではないが、人より優れていた訳でもない。

 しかも今は、左腕が無くなってしまっている。近接戦闘をするには、ハンデが大きすぎる。

 ならばやはり遠距離戦闘用の魔法……だけど、一番得意だった砲撃魔法はまともに撃てない。射撃魔法は簡単な物なら使えるが、中距離型の射撃魔導師として戦うには魔力が足りない。

 魔力消費も少なく一撃の威力も高い収束砲では無く、単なる射撃魔法で戦う事になれば、必然的に手数か精密性が必要になってくる。

 リンカーコアが破損し、魔力量が著しく下がっている俺には手数で押す戦法は不可能。となると精密性の高い射撃位しか手段はないが……あまり得意な分野では無い。

 その上、精密性の高い誘導弾は総じて威力が低いものが多い。基本的に精密射撃型の魔導師は後方支援や指揮官となる場合が多く、自身の火力不足を仲間で補う為に問題はない。

 しかし俺の場合はその補う仲間が居ない。そうなると相当高度な誘導弾でなければ、ロクに戦う事は出来ないだろう。

 

 早くもぶち当たってしまった壁に対し、俺はこれと言った解決方が思い浮かばないまま俯き続ける。

 オーリスさんは、そんな俺をしばらく眺めた後……少し遠慮気味に口を開く。

 

「……これは、あくまで仮説。もしかしたらという程度なんだけど……貴方の悩みを、解決する糸口になるかもしれない事があるわ」

「……え?」

「覚えてる? 貴方が目覚めた時に話した事。本来貴方は、生存できるような容体じゃ無かった」

「はい。覚えてます。搬送されるまでは左腕があったと言うやつですよね?」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は以前の事を思い出す様に答える。

 リハビリや整形などやる事が沢山あった為、うやむやになったままだった件で……ある意味一番謎な部分ではあるが、それが今のこの状況と関係しているのだろうか?

 

「そう、貴方は奇跡なんて言葉では納得できない様な状態で生存した。その事について、私なりにだけど仮説を立てているの」

「仮説……ですか?」

「ええ、私は貴方の生存の要因は『レアスキル』によるものなんじゃないかと思っているわ」

「レアスキル!? い、いやでも俺にそんな力は……」

 

 オーリスさんが真剣な表情で話す言葉に、俺は驚愕して立ち上がりながら言葉を返す。

 レアスキル……極一部の人間だけが持つ、他に類を見ない希少な技能。保持者は例外無く重宝され、その個人情報も特秘扱いにされる。

 しかし俺はそんなものを持っていた覚えはない。

 

「私は魔法についての知識は貴方以下でしょうから、確実とは言えないのだけれど……そうでなければ説明が付かない程の事なのよ」

「……」

「だから、どうかしら? 一度、魔法研究の専門家に意見を聞いてみるってのは……仮にレアスキルが存在しなかったとしても、今の貴方の状態に何らかのアドバイスが貰えるかもしれないわ」

「……つまり、魔法適性の検査を受け直すと言う事ですか?」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は納得する様に頷く。

 専門家に見せると言う言い方をすれば少し大げさだが、つまりオーリスさんの言いたい事は魔法適性検査を受け直してみろと言う事らしい。

 魔法適性検査は、魔法の才能があるものが受ける検査で……自身の飛行適性や向いている術式など、魔導師にとっての一つの指針となる検査だ。

 魔法を習得する前に受けるものという先入観があり、今までその考えは浮かばなかったが……確かに、オーリスさんの言う通り良い方法かもしれない。

 少なくとも今のまま考え込んでも、解決法は見つかりそうにない。

 

「そうね。信頼できる研究者が知り合いに居るから、事情をある程度説明して頼んでみるわ」

「……分かりました。是非、お願いします」

 

 オーリスさんの言葉に頷きながら、俺は何もない自分の左腕を見る。

 早くこの左腕のハンデがあってもどうにかできるように、手段を見つけないといけない……けど、搬送されるまでは左腕が存在していて、それが俺のレアスキルと言うならどんなものなんだろうか?

 そんな事を考えながらぼんやり本来左腕がある場所を眺めていると、俺の目には自分の左腕の幻覚が見え始める。

 今までも何度か見えた……と言うかこれは不味い。無くなった部分の幻覚が見えるのは、幻痛の予兆だ。

 数十秒後に訪れるであろう痛みを想像し、憂鬱な気分を感じながら考える。

 この幻の腕が本物だったら、どんなに良かった事か……リンカーコアが傷ついていても、左腕さえあればまだ何とか戦いようもあったのに……

 そんな考えを頭に浮かべながら、訪れるであろう幻痛に身構えていると……突如、驚愕した様な声が聞こえてくる。

 

「く、クオン!? あ、貴方……そ、その左腕……」

「え?」

 

 声の聞こえる方に振り向くと、大きく目を見開きながら俺の方を指差しているオーリスさんの姿があった。

 オーリスさんにもこの幻覚が見えるのかな? いや、待て……そんな訳が無い。

 これはあくまで俺の頭が失った左腕を認識できずに起こっている幻覚で、他の人に見える訳が無い。

 そう思いながら無意識に自分の右手で、左腕を触ると……右手には人の肌の感触が伝わってくる。

 

「……は?」

 

 触れた? なんだこれ、一体どうなってるんだ?

 頭が混乱し始めるのを感じながらも、左腕を動かしてみると……動く。

 そのまま地面に置いてあった簡易デバイスを『左手』で拾い上げ、大きく目を見開きながらオーリスさんの方を向く。

 

「も、持てた?」

「今、一体何をしたの? 突然左腕が現れた様に見えたんだけど……」

「い、いや、俺にも何がなんだか……」

「あっ!?」

「えっ!?」

 

 突然現実の物になった左腕に、俺もオーリスさんも茫然としていると……突然俺の左腕が消えて無くなり、持っていた簡易デバイスが地面に落下する。

 

「つぅっ!?」

「クオン!」

 

 直後にやって来た凄まじい痛み、何度か経験した幻痛に左肩を押さえてうずくまる。

 何かを考える余裕が無い痛みがしばらく続き、それが引き始めると……俺は妙な違和感に気付く。

 

「あ、あれ?」

「どうかしたの?」

 

 心配そうに俺を覗き込むオーリスさんを見て、俺は自分の右目を一度押さえ……勘違いでは無い事を確認してから、言葉を返す。

 

「右目が……見えない」

「えぇ!?」

 

 まるで目の前に黒い膜が出来た様に、俺の右目は暗闇に包まれてしまっていた。

 その言葉を聞いたオーリスさんは、慌てた様子で立ち上がりながら言葉を発する。

 

「医者を呼んでくるわ! 貴方は、そのまま動かずじっとしていて!」

「は、はい」

 

 そう告げて部屋から飛び出していくオーリスさんを、俺は見えなくなった右目を押さえながら見送った。

 

 

 

 

 

 オーリスさんが連れて来てくれた医者による診断結果は『異常無し』。どこかが傷ついている訳でもなく、正常に見える筈だと言われた。

 最終的な結果を言えば、俺の右目に視力は戻った……丸一日ほど経った後に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――ミッドチルダ・先端技術医療センター――

 

 

 俺は現在、オーリスさんの紹介でミッドチルダ中央区画にある先端技術医療センターにやって来ていた。

 勿論訪問の目的は魔力適性の検査、局の施設に居た時は管理局本部で受けたが……流石に今はそうもいかないらしい。

 受付で紹介状を差し出すとやけに広い部屋に通され、待っていた白衣の男性と挨拶を交わす。

 その後促されて椅子に座ると、事前にオーリスさんがある程度の情報は伝えてくれているらしく、男性は手元にモニターを表示させて言葉を発する。

 

「さて、詳細は検査を終えてからになるが、先ず先に私の見解を説明させて貰おうと思う」

「はい」

「事前に貰った情報を見る限り、やはり君は何らかのレアスキルに覚醒してるとみて間違いないだろう」

「やっぱりそうなんですか? でも、俺今までそんな特殊な力が使えた事は無かったんですが……」

 

 モニターを確認しながら、真剣な表情で話す男性の言葉にやや戸惑いながら聞き返す。

 すると男性は顔を上げ、僅かに微笑みながら言葉を続ける。

 

「レアスキルは基本的に後天的なもので、生まれながらに覚醒している人はごく少数だよ。そしてそれが、何らかの外的要因により目覚める事はよくあるよ。おっと、レアスキル自体が珍しいので『よくある』と言う表現は少し違うかもしれないね」

「……は、はぁ……」

「これはあくまで私の自論だが、レアスキルと言うのは本来多くの人が持っているものなんじゃないかと思う。ただそれに目覚める事が出来る人が少ないというだけでね……君の場合は、事故によるリンカーコアの破損。生命の危機に瀕したことで、眠っていた力が覚醒し命を繋ぎとめた。と考えるのが一番説明が付く」

 

 流石にそういった分野を研究している人だけあって、男性は詳しく分かりやすい説明をしてくれる。

 俺はそれに何度か頷いて答えながら、特に口は挟まず男性の言葉を待つ。

 

「君は魔導師経験者みたいだし、通常の適性検査だけじゃなくもっと詳細な……実際に様々な系統の魔法を使用してもらって検査しようと思う。そしてその結果から、君のレアスキルを検証していこう」

「はい。よろしくお願いします」

 

 男性の言葉を聞き、俺は頷いてから頭を下げる。

 オーリスさんが信用に値する人だと判断して、俺の正体や経歴も全て伝えているみたいだ。ならば俺が余計な口を挟む事は無い。

 オーリスさんの事は信頼しているし、何よりも今はこれから魔導師を続けていく上での武器が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な検査を終えて、室内で結果を待つ。

 色々な魔法を使用してみると言っても、使用するのはどれも基礎的な魔法ばかりだった上、適性が無く発動できなかったものもあるので自分ではどうなのかよく分からない。

 時折浮かぶ悪い考えを押し込めながら待っていると、部屋のドアが開きバインダーを持った男性が入ってくる。

 

「長時間の検査お疲れ様。疲れていないかい?」

「いえ、大丈夫です」

「ふむ、流石は魔導師経験者といったところかな」

「……」

「それよりも結果が気になるという顔をしているね。じゃあ、さっそく検査結果を教えようか」

「は、はい。よろしくお願いします。

 

 俺の様子を見て察してくれたようで、男性は苦笑しながらバインダーに視線を落とし、俺は少し申し訳なく感じながら頷く。

 

「先ず殆どの適性は、君の自己申告通り……収束系魔法に適性が偏ってる感じだった。ただ……ある一つの系統に、君の申告には無かったほどの高い適性が見られた」

「……高い適性!? そ、それは一体……」

「幻術魔法だね。収束系魔法を遥かに上回る程の異常に高い適性が出ていたよ」

「幻術魔法!?」

 

 男性の言葉に驚愕して聞き返す。確かに俺は以前も幻術魔法の適性があり、ごくごく簡単な魔法は使えた。

 しかし得意なんて呼ぶにはほど遠く、二種類ほどの基礎的なものが発動できたというだけだった。

 それに収束魔法を遥かに上回る程の適性があるというのは、まさに寝耳に水だった。

 

「信じられないという顔をしているね。気持ちは分かるが、これは間違いない事だ。おそらくその原因の一つは、リンカーコアの破損だろう」

「リンカーコアの破損?」

「ああ……君のリンカーコアは中々凄まじいよ。少なくとも私が今まで目にした中では、最も破損した状態で機能している。48%の破損だ……適性が変化しても可笑しくはない」

「……なるほど」

 

 正直良くは分からなかったが、専門家がそういうのならそういうものなのだろうと、頷きながら返事を返す。

 男性はそのまま真剣な表情でバインダーを眺め、俺の方を向いて言葉を続ける。

 

「それともう一つ……これは確定ではないが、これだけ高い数値。君のレアスキルは、幻術魔法に近いものなのかもしれない。つまり、それが覚醒したことで幻術魔法への適性が高くなった……たしか、それらしい現象は無くなった左腕が一時的に再生したんだったかな?」

「はい。急に現れて……少し時間が経つと、また元通りに」

「それだけでは断定できないか……なにか、その現象が起こる前に予兆の様なものは無かったかい? 体に違和感があったとか……」

 

 男性の言葉を聞き、俺は先日あった出来事を思い返してみる。

 

「そういえば、無くなった腕の幻覚が見えた覚えがあります。そうしたらそれが他の人にも見えて……」

「幻覚か……幻術魔法への高い適性、即死の筈の重傷での生存、突如現れた失った左腕……」

 

 俺の言葉を聞いた男性は、顎に手を当ててブツブツと何かを考える様に呟く。

 そしてしばらくして呟きは止まり、その目が大きく見開かれる。

 

「まさか……そういうことか? 確かにそれなら、全ての現象に説明が付く」

「あ、あの……」

「ああ、すまないがもう一度検査室に行こう! 試してもらいたい事がある!」

「は、はい」

 

 ハッとした表情で立ち上がり、そのままどこか嬉しそうな興奮したような声で話す男性に連れられ、俺は再び検査室の方へ移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査室で幾つかの検査をした俺は、男性に手を引かれながら部屋の出口に向かう。

 

「そのまま真っ直ぐ。あ、そこ段差あるから気を付けて」

「はい。お手数をかけて申し訳ない」

 

 何も見えない暗闇で聞こえる男性の声だけを頼りに、慎重に歩を進めていく。

 男性の言う通りにしてみた結果、俺はレアスキルらしき力を発動する事が出来た。そして今現在、俺は両目の視力を失っていた。

 

「片目に付き一回で計二回。君の証言通りなら、回復するのは丸一日後……詳細を調べるには数日かかりそうだね。その間ここに滞在してもらう事になると思うけど、問題無いかい?」

「えと、オーリスさんに連絡を入れないと……」

「ああ、そちらは私の方から連絡しておくよ」

 

 どうも俺のレアスキルは反動があるタイプらしく、一度使用することで片目の視力を一時的に失うようだった。

 まだ狙って使えたのは二回だけではあったが、その効果はその名にふさわしい摩訶不思議なものだった。

 

「……でも、本当に驚きました。あんな事が出来るなんて……」

「ふふ、いやはや本当にレアスキルと言うのは特異なものだ。こうした現象に立ち会えるからこそ、この研究はやめられないね」

 

 未だ自分の力を何処か信じられない様に話す俺の言葉に、楽しそうに笑う男性の声が返ってくる。

 幻術魔法……そしてこのレアスキル。

 少しだけだが、今後魔導師とてして戦っていく為の道が見え始めた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 

 泊まり込みでの検証を一通り終えた俺は、広い部屋でバインダーを持った男性と向かい合って座っていた。

 

「それじゃあ、今日までの検証で判明した君のレアスキルについて、私独自の見解も混ぜながら説明するよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 男性の言葉を聞き、俺は少し姿勢を正して聞く態勢になる。

 今日までの検証で、俺もある程度は自分の力に関して理解する事が出来たが、まだまだ漠然としている部分もある。

 やはりそこは専門家らしく、目の前にいる男性の方が深く理解している様だった。

 

「君のレアスキルは『幻覚を現実に変える』力。現実にしたものは一度の発動に付き30秒程度で消えて無くなる。そして君は一度使用すれば片目の、二度使用すれば両目の視力を24時間失う事になる……ここまでは、君も分かっているね」

「はい」

「発動の条件は君が見ている幻覚である事。つまり、両目の視力を失えば発動する事は出来ず、二度発動すれば24時間のインターバルを置かなければ再使用できない。君に見えてさえいれば幻覚の種類は問わない。幻覚魔法で作り出した幻影でも、他人が発動したものでも可能」

 

 丁寧に一つ一つ俺のレアスキルの特徴を説明していく男性の言葉を聞き、俺は黙って何度か頷きながら聞く事に集中する。

 

「……そして、強力な能力であるだけに制限はかなり多いね。まず、機械等の幻覚を現実にするには、君が内部の構造を完全に把握しておく必要がある。そうでない場合に能力を使用しても、外見が同じハリボテが出来上がるだけ。幻覚のテレビを現実にするなら、その内部の機械部品まで完全に君が記憶しておく必要がある」

「……なるほど」

「そして次に、生物は種類や大小を問わず現実にする事は出来ない。これは心の有無が関係しているのか分からないが、まぁそういうものであり不可能と認識した方が良いね。ただし、自分の体だけはあらゆる面で例外みたいだ」

 

 男性の言う通り、このレアスキルを使って生物を現実にする事は出来なかった。機械の場合は内部を知らなくても外見だけなら現実に出来たので、単純に生物は現実に出来ないのだろう。

 ただし自分だけは別で、左腕は勿論。見えていない筈のリンカーコアでさえも、レアスキルによって一時的に完全な機能を取り戻す事も出来た。

 

「おそらくこれが、君が生存していた理由だろう。つまり君は件の落下事故の際、このレアスキルに覚醒。無意識の内に自分の体の失われた部分をこの力で補っていたと推測される。となると、搬送の時間を考えれば……もっと長時間発動できる筈なんだがね?」

「そうなんですか?」

「うん。いくらなんでも計1分の使用時間では搬送に間に合わない。両目合わせて数十分程度は出来る筈なんだが……これは今後、君がレアスキルを磨いていくことで伸びていくかもしれないね」

 

 首を傾げる俺に微笑みながら答える男性。

 つまり、俺はまだこのレアスキルを使いこなせてはいないって事か……幻覚を一時的に現実に変える力。確かにこれを使いこなす事が出来れば、今のパワーダウンした状態でも戦う事が出来るかもしれない。

 そう思うと俺の手には自然と力が入り、自分の右手を握りしめる。

 

「とまぁ、私の見解はこんなところかな」

「ありがとうございました! おかげで、何となく進む道が見えてきた気がします」

「うん。それは良かった……君が今後、この類まれな力をどう使うかまで聞く気はない。ゲイズさんからも、詮索しないようにと言われているしね。ただ……専門家として、一言だけ忠告させて欲しい」

 

 お礼を言う俺に対し、男性は微笑みながら言葉を発した後で、真剣な表情に変わって俺の方を見る。

 俺もその真剣な票素に高揚していた気持ちを押さえ、姿勢を正して再び聞く態勢になる。

 

「レアスキルは確かに強力な力だが、万能なものではない。君の力は特にそう、切り札としての側面が強い。だからこそ、得た力に驕らないでほしい。君自身の力を高める事こそが、この力を使いこなす一番の近道だからね」

「……はい。肝に命じます」

「よろしい。では、君の検査結果とレアスキルの資料は私が責任を持って処分する。そして私自身他言は決してしないと、科学者としての誇りに誓おう……短い期間ではあったが、有意義で楽しい時間だったよ。君がこれからどうするのかは知らないが、後悔の無いよう頑張りたまえ」

「はい! 本当に色々お世話になりました」

 

 男性の言葉を聞き、俺は座っていた席から立ち上がって深く頭を下げる。

 戦い続けると決めた中、少しずつだけど見え始めた光明……それを過信することなく、模索し続けよう。そう、お世話になった目の前の男性と、自分の心に深く刻みつけてから、俺は数日滞在した医療センターを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数週間後――

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 先端技術医療センターで自分の新しい魔法適性と、レアスキルについて知った俺は以前より遥かに熱意を持って訓練に取りかかっていた。

 主な内容はやはり幻術魔法。実際あの男性に言われた通り、俺の幻術魔法への適性はかなり高くなっているらしく。以前まででは発動できなかったであろう規模の幻術魔法も発動する事が出来る様になっていた。

 とはいえ、幻術魔法はそもそも使い手が少なく。あまり研究の進んでいない魔法なので、資料もろくに無い。

 なので、基礎的なものを習得した後はほぼ独学と言った感じで訓練を行っていた。

 そんな中で、幻術魔法の参考になりそうな資料などをかき集めてくれ、訓練用のスペースまで確保してくれたオーリスさんには本当に頭が上がらない。

 レアスキルに関しては、訓練を積むのは少々難しく、あまり数はこなしていなかった。

 一度使用すれば片目の視力を丸一日失ってしまうと言う反動は中々きつく、片方の視力が無くなるだけでも遠近感などが狂って訓練を継続するのが難しい。

 両目とも使用してしまった場合には、24時間はロクに歩く事も出来なくなってしまう……目を開けなくても移動できたりする様な訓練もした方が良いのかもしれない。

 そのまましばらく訓練を続けていると、部屋のドアが開きオーリスさんが入ってくる。

 

「おはよう。今日も頑張ってるみたいね」

「おはようございます」

 

 微笑みながら俺の方に近付いてきたオーリスさんに、俺も頭を下げて挨拶を返す。

 

「今日は、良い知らせがあるわよ」

「……良い知らせ、ですか?」

 

 満面の笑みで話すオーリスさんの言葉を聞き、俺は首を傾げながら聞き返す。

 すると、オーリスさんはポケットからデバイスコアらしきものを取り出して、俺の方に差し出してくる。

 

「貴方のデバイス、ようやく完成したわよ」

「……これが……俺の、デバイス?」

 

 オーリスさんからデバイスコアを受け取り、俺はやや不安げな声で尋ねる。

 元々俺が使っていたデバイスとは明らかに違う代物。コアクリスタルだけを見ても、量産型の支給品とは形状が違う。

 明らかにオーダーメイドで造られたであろうそれを、俺は若干遠慮気味に眺める。

 

「AIの人格データなんかは、以前貴方が使っていた物を流用して、性能だけをグレードアップしてあるわ……さあ、認証をしてみて」

「あ、はい……マスター認証、クオン・エルプス」

 

 オーリスさんの言葉に従い、俺はやや戸惑いながら言葉と共に手に持ったデバイスに魔力を込める。

 すると少ししてデバイスコアに光が灯り、懐かしい女性AIの声が聞こえてくる。

 

≪認証完了。お久しぶりですマスター。お顔が変わっていますが、私の事は覚えていらっしゃいますか?≫

「ああ、勿論だよ。イ――そういえば、名前は同じままでいいのかな?」

 

 デバイスの名前を呼ぼうとして、ふと気が付く。俺は顔を変え、後に別の名前を名乗る事になるのだが……デバイスは元の名前のままでいいのだろうか?

 そんな俺の考えを察したように、手に持ったデバイスコアが点滅して言葉を発する。

 

≪フレーム等が新しくなると同時に、オーリス様より『ロキ』と言う名前を頂いています≫

「ロキ?」

 

 デバイスが告げた自分の名称を聞き、俺はその聞き慣れない単語に首を傾げる。

 するとオーリスさんが軽く指をあげて、微笑みながら説明をしてくれる。

 

「別世界にある空想上の物語に登場する神様の名前よ」

「へぇ……良い神様なんですか?」

「いいえ、すこぶる悪い奴だけど?」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 どこか誇らしげに、さも当然と言わんばかりに告げるオーリスさんの言葉を聞き、俺は軽く額に汗を流しながら頷く。

 

≪ともあれ、また改めてよろしくお願いします。マスター≫

「うん。こちらこそよろしく……あの時はごめんな。壊しちゃって」

≪お気になさらず。それでマスターの命が守られるなら、安いものです≫

 

 ロキに以前の戦いの事を謝罪するが、ロキはどこか穏やかに感じる音声で気にするなと告げてくれた。

 気のせいか、以前よりも感情のこもった声に聞こえるが……それも性能が上がったということの証明だろうか?

 そんな俺とロキの会話を眺めていたオーリスさんが、ふと思い出したように手を叩いて言葉を発する。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。近い内に父さんを紹介しようと思うんだけど、大丈夫かしら?」

「あ、はい。そう言えばまだレジアス少将にはお会いしてませんでしたね。俺も、お礼が言いたかったので……」

 

 オーリスさん達に助けられてから二ヶ月。眠っていた期間も合わせれば三ヶ月が経過していたが、俺はまだレジアス少将と会った事はなかった。

 当然の事ながら、多忙な人なのでしょうがないと思ってはいたが……流石にいい加減、助けてもらったお礼を言わなければならないだろう。

 

「父さんも会いたがってはいたんだけど、最近は特に忙しいみたいでね」

 

 溜息を付きながら話すオーリスさんの言葉を聞き、俺の頭にはふとある事が浮かんだ。

 今まではどこか……俺自身それを避けたい気持ちもあり聞いていなかった内容だが、いい加減にはっきりと知らなければならない事があった。

 

「……あの、オーリスさん?」

「うん?」

「以前言ってた管理局の闇……レジアス少将が戦っている。戦おうとしている相手は、具体的にどんな存在なんですか? 俺、その辺がまだあやふやで……」

 

 レジアス少将は俺でも知っている程の有名人……海曹長程度だった俺では想像も出来ない程の力を持った人だ。そんなレジアス少将が戦っている相手……それは、相応に巨大な存在じゃなないのだろうか?

 そう考えると、今まで聞けずにいたが……レジアス少将へのお礼の様に、これから先避けて通れるものではない。

 戦闘に関してもある程度先が見え、頼りになる相棒も返ってきた……だからこそ、知っておきたかった。自分がこれから戦うであろう相手が、どれほど巨大なのかを……

 そんな俺の言葉を聞いたオーリスさんは、表情をとても深刻そうなものに変え、顎に手を当ててしばし考える。

 

「……そう……ね。いい加減、貴方にもちゃんと話しておかないと駄目よね」

 

 そうまるで、自分に言い聞かせる様に呟いた後、オーリスさんは真剣な表情で俺の目を見つめる。

 

「貴方は……最高評議会って言葉を、聞いた事がある?」

「ええ、耳に挟むぐらいは……ってまさか、実在するんですか!?」

 

 オーリスさんから告げられた言葉を聞き、俺は驚きを隠せずに大きな声を出す。

 最高評議会……旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立の立役者となったとも言われている三人の英雄。

 その三人が管理局設立後に一線を退き組織したとされるもので、時空管理局を裏から操っている……という何処にでもある都市伝説の様な存在で、正直実在するなんて夢にも思っていなかった。

 だけど、今のオーリスさんの表情にこの重い空気……冗談で言っている様には聞こえない。

 

「一部の上層部しか知らない事だけど、最高評議会は存在するわ。メンバーは貴方も知ってると思う旧暦の英雄……組織の目的は、次元世界の平和の維持」

「ま、待って下さい! その人達って……物凄い昔の人達なんじゃ……」

 

 管理局が設立されたのは新暦になってからだが、旧暦時代に活躍した三人の英雄の話は歴史の授業で習った事がある。

 質量兵器が禁止された新暦1年よりもはるか前、三人の英雄が活躍していたのは150年近く前の話だった。

 当時現役だった三人が、仮に30歳……いや20代だったとしても、信じられない内容だった。

 

「驚くのも無理はないけど、これは事実よ……旧暦の英雄は一線から退いた後も、肉体を捨て次元世界の平和を見守り続けようとした。ただ、長い年月が彼等を歪めてしまったのか、それとも元々そういう思考があったのかは分からないけど……近年、多くの黒い噂が囁かれる様になってきた」

「……黒い、噂?」

「ええ、過剰なまでの平和維持。平和の犠牲と称しての人体実験や惨劇……その裏には、最高評議会の影が見え隠れし始めた。発覚してないものまで上げると、キリが無い程にね」

 

 真剣な表情で告げるオーリスさんの言葉に、俺はただ茫然と口を開く事しか出来なかった。

 ただどこか、その言葉に納得し始めてしまっている自分も居た。

 確かに最高評議会が実在して、それがオーリスさんの言う管理局の闇の一部だとしたら……レジアス少将程の人が苦戦しているのも頷けた。

 

「父さんも数年前からその噂の元を探っているみたいなんだけど、流石と言うかなんというか……これと言った証拠は何一つ掴めないみたい。表向きは平和を謳っていて、信奉者も多い巨大な存在……安々とどうにかできる相手ではないわ」

「……」

「だけど、貴方は知ってる? 非人道的な人体実験で生み出された被害者達。平和のための犠牲と称され、ロクな抵抗が出来ないままに虐殺される命。それに対するあまりにも遅い管理局の対応……この黒い噂を、放置しておく事は出来ない。誰かが、戦わなくてはいけないの」

 

 オーリスさんの言葉に、俺は何の言葉も返す事が出来なかった。

 告げられた話は想像よりも遥かに大きく、今までの俺の常識からは程遠いものだった。

 茫然としている俺の姿を見たオーリスさんは、真剣な顔から優しげな笑みに変わり言葉を発する。

 

「……だけど、貴方にまで強制するつもりはないわ。貴方が戦うと言ってくれた事は嬉しかったけど、相手は全貌すら分からない程の存在。降りたくなったらいつでも降りてくれていいわよ……その為に、元の貴方の写真を渡したんだからね」

「……オーリスさん」

 

 なんだろう? 何か言わなければならない筈なのに、頭がついていかない。優しげなオーリスさんの笑顔が酷く儚くて、とても遠い様に感じられた。

 

 俺が何も言葉を発する事が出来ず、茫然としたまま立ちつくしていると……突然オーリスさんの端末が音を鳴らし始める。

 

「通信だわ。ちょっと、ごめんなさい」

 

 オーリスさんはそう言って微笑み、俺に背を向けて通信をし始める……が、途中でその様子が明らかに変わった。

 

「う、うそ……ゼスト隊が、なんでそんな!?」

 

 ゼスト隊? 確か、レジアス少将の親友が隊長を務める部隊と聞いた様な覚えがあるが、何かあったんだろうか?

 ただならぬ気配に体を動かすと、青ざめているオーリスさんの横顔が見えた。

 そのまま通信が終わるまで待って、モニターが消えると同時にオーリスさんの元に駆け寄る。

 

「何かあったんですか?」

「ぜ、ゼストさんが、と、特秘任務、こ、このままじゃ」

 

 オーリスさんは今までに見た事が無い程狼狽していて、口から零れる言葉も途切れ途切れでよく分からない。

 俺はオーリスさんの肩に手を置き、出来るだけ優しい声で語りかける。

 

「落ち着いて、詳しく説明してください」

「……ゼストさんの部隊に……父さんも知らない特秘任務が与えられた形跡があって、連絡も取れないって……」

「なっ!? まさか、最高評議会が?」

 

 オーリスさんから以前聞いた話だと、ゼストさんの指揮する部隊はレジアス少将の直轄の筈……そのレジアス少将すら知らない特秘命令は誰が出せる?

 今までなら分からなかったかもしれないが、先程の話を聞いた今、その候補は最高評議会しかないように思えた。

 オーリスさんは言った。レジアス少将は最高評議会の噂を探っていると……もし本当に最高評議会がオーリスさんの語った様な事をしているのなら、レジアス少将は奴等にとって邪魔な存在だろう。

 だけど、地位も人望も強いレジアス少将に直接何かをするのは難しい……だから、親友のゼストさんを……

 

「どうしよう、このままじゃ……ゼストさんが……」

 

 レジアス少将の親友と言うからには、オーリスさんもよく知った人物なのだろう。オーリスさんの目には涙が浮かんでいた。

 そんなオーリスさんの肩を強く掴み、俺は迷うことなく叫ぶような声で告げる。

 

「場所はどこですか! 俺が、行きます!」

「だ、だめよ……貴方は、まだ戦える様な……」

「それでもっ! これが本当に最高評議会の仕組んだ事なら、局の援軍は間に合わない!」

「ッ!?」

 

 弱々しく首を振るオーリスさんに、早口で告げて立ち上がる。

 今まで沢山お世話になったオーリスさんが、これほどまで狼狽しているのを放っておく事など出来なかった。

 まだろくに戦えないとしても、じっとしている事なんて出来る訳が無かった。

 

「場所は!!」

「せ、正確な場所は分からないけど……予想地点を送るわ」

 

 オーリスさんの言葉に頷き、ロキにデータが転送されるのを確認してから走り出す。

 

「クオン! 無茶は、しないで……」

「はい!」

 

 後ろから聞こえた心配そうな声に、振り返らないままで答えて出口に向かって全力で走る。

 出口に向かう廊下を走りながら、手に持ったロキに強い口調で言葉を発する。

 

「急ぐぞ! ロキ!」

≪はい! あの様子を見るに、事は一刻を争います≫

 

 そのまま建物の出口から出ると同時に、ロキを強く握り締める。

 

≪Standby, ready≫

「セットアップ!」

 

 ロキに魔力を注ぎ、俺の視界が一瞬強い光りに包まれる。

 バリアジャケットに身を包み、展開したロキを握った俺は、そのまま全力で空に飛びあがる。

 俺の右手には展開した大鎌型のデバイスが握られ、その黒い色に合わせる様な漆黒のバリアジャケットが目に映った。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 以前まで俺が来ていた武装隊のバリアジャケットでは無く、黒を基調とした長いロングコートが印象的なバリアジャケット……それに、驚くほど軽い大鎌型のデバイス。

 連想されるイメージは、まんま死神のそれだった。

 

≪形状とバリアジャケットのデザインは、オーリスさんです≫

「……文句言っていいかな? オーリスさんは、物凄い恩人だけど……流石にこれは、文句言っていいかな?」

 

 全速力で飛行を続けながらも、自分のあまりの格好に唖然とする。

 

≪見た目はあれですが……フレームの素材も含め、最新鋭の技術が余す事無く使われています≫

「そう言えば、大きさの割にやけに軽いな……」

≪片腕のマスターでも戦いやすいようにと、小型の魔力放出式の推進システム用の噴出口がいたるところにあります。制御は私が行いますので、不便に感じる事はないでしょう。湾曲した形状の方が、多方向に対応しやすいそうです≫

 

 説明を受けるとそれっぽく聞こえてくるのだが、やはりどこか恥ずかしさは感じる。しかし、今はそんな事を言ってる場合でもない。

 

 

 頼む……間に合ってくれ……

 

 

 願いを込める様に強くロキを握りしめながら、俺は可能な限りの最速で現場に向かって飛ぶ。

 

 

 これから目にする、地獄の光景を想像すらできないままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クオンは最も得意とした砲撃魔法を失い、代わりに幻術魔法とレアスキルを得ました。

攻撃力のある魔法はほぼ失いましたが、応用幅は広くなった感じですね。

そして導入編も、残す所次回でラスト……その後は、アニメ本編の時間軸に近付いていきます。

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