魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第四話『決意の仮面』

 ――新暦67年・ミッドチルダ・森林地帯――

 

 

 オーリスより渡された情報を頼りに、ミッドチルダ都市外部に広がる広大な森林地帯の上空まで辿り着いたクオンが、初めに目撃したのは遠方に上がる煙だった。

 その煙を目印にして更に近付くと、クオンは突如顔を歪めて呟く。

 

「……肉の焼ける臭い?」

 

 鼻を突くキツイ臭いを感じながら、煙が上っている地点に降下したクオンは、そこに広がる光景に目を大きく見開き絶句する。

 

「……なん……だ……これ?」

 

 茫然と呟くクオンの視界に広がっていたのは、あちこちに転がる人……いや、かつて人だった肉片だった。

 周囲には異臭が立ち込め、地面にはおびただしい程の血と壊れた機械の残骸らしきものが転がっていた。

 

「……まだ戦闘があってから、それほど経っていない」

 

 こみ上げる不快感を噛み殺す様に、クオンは忌々しげな表情で周囲を見渡す。

 壊れた機械の中にはまだ火花を散らしている物もあり、ここで行われた戦闘から多くの時間が経過してない事を示していた。

 そして周囲を見渡すクオンの視界に続けて映ったのは、まだある程度原形を残している……決して忘れる事が出来ない機械の残骸。

 

「これは、まさか……あの時の……」

 

 見覚えのある特徴的なフォルム……そこにあったのは、間違いなくあの雪の世界でクオンを貫いたものと同型の自立機械だった。

 その姿を見たクオンの頭には様々な憶測がよぎったが、今現在それを考えている場合では無いのを思い出し、慌てて周囲を見渡す。

 一隊丸々と言うには少ない人数の死体。様々な方向に散っている機体の歩行跡らしき物。

 それを確認したクオンは、現在もどこかで戦闘が継続されていると判断し、移動をしようとした瞬間。自分の体を庇うように右手のデバイスを構える。

 それは仮にも武装局員として五年戦った経験から、自分に迫りくる危機を感じ取っての行動。

 同じく彼と五年戦い続けた相棒もその動きに応え、即座に障壁を自動発動させる。

 直後に金属のぶつかる様な音と共に、クオンの体に凄まじい衝撃が走る。

 

「がっ!?」

 

 巨大なトラックに衝突されたかの様な、凄まじい衝撃を押さえる事が出来ず、弾き飛ばされる様に地面を跳ねて転がるクオン。

 そして、先程までクオンが立っていた位置には、一人の人物が入れ替わる様に着地する。

 

「……生き残りか……クアットロめ、適当な仕事を」

「っぅ……(なんだコイツ? 魔導師?)」

 

 痛みを堪えて立ち上がるクオンの視線の先には、短い紫色の髪と金色の目。ボディラインを強調する様なスーツが特徴的な女性が悠然と立っていた。

 

「誰だ、お前は!」

「……片腕の魔導師、私の初撃を防いだのは見事。だが、だらだら問答を交わす気はない」

 

 叫ぶクオンの言葉を、紫髪の女性……トーレは淡々と流し、静かに冷徹な言葉を告げる。

 

「すぐに、殺してやる」

「!?!?」

 

 トーレから放たれる凄まじい殺気を感じ取ったクオンは、即座にバックステップをしながら地面に数発の魔力弾を撃ち込み、大量の土煙を巻き上げる。

 視界を遮る様に広がった土煙を見て、トーレは特に気にした様子もなくクラウチングスタートを行う様な姿勢になる。

 

「目くらましか? 無駄な事を……」

 

 そして小さく呟き、レーダーの役割も果たす自分の目を土煙の方に向ける。

 目に映る視界が別の色に切り替わると同時に、背を向けて逃走している人影を補足……そのままトーレは静かに呟きながら大地を蹴る。

 

「IS発動。ライドインパルス!」

 

 IS……機械と人間が融合した戦闘機人と言う特殊な存在である彼女が持つ、先天性固有技能。

 超高速機動を可能にする自身のそれを発動したトーレは、まさに閃光と呼ぶにふさわしい速度で加速。数百メートルはあるであろう距離を一瞬で縮め、その腕に作り出したエネルギー翼で人影の首を切りつける。

 視認速度を遥かに超えた高速の斬撃により、対象は絶命の声をあげる間もなく胴から首が離れ、地面に落下する。

 トーレは転がった首を興味無く横目に映し、その首から血が地面に流れ落ちるよりも早くその場から飛び去る。

 

「この分だと、他にも生き残りがいるかもしれんな……まったく!」

 

 トーレは一人の人物……排除対象をいたぶって楽しむ悪い癖がある妹の顔を思い浮かべ、舌打ちをしながら去っていった。

 ……自身が跳ね飛ばした首が、数秒後に消えた事に気付かないまま……

 

 

 

 

 

 

 

トーレが去った後、一本の木がノイズが走る様にぶれてクオンへと姿を変える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 クオンは額に大量の汗をかき、跳ねる心臓を落ち着かせるように胸に手を当てる。

 

≪ギリギリでしたが、切り抜けましたね。二度しか使えないレアスキルを、使用してしまったのは痛いですが……≫

「……一撃受けただけで分かる。アイツは……今の俺が、何とか出来る様な相手じゃない」

 

 クオンは見えなくなった右目に軽く手を当てた後、額の汗を拭いながらロキに答える。

 先程のトーレとの遭遇。一瞬で感じた圧倒的な実力差と、僅かな躊躇いすらない殺気……それを思い返し、背筋が寒くなるのを感じながらも、クオンは懸命に体の震えを止める。

 

「あんなのが居るとなると……見つかる訳にはいかないな……オプティックハイド」

≪オプティックハイド≫

 

 クオンの足元に一瞬魔法陣が浮かぶと、発動した魔法によりその姿が消える。

 切り札であるレアスキルを一度使用。二度目に使用して視力を失えば、まともに歩く事も出来なくなってしまう以上、ここから先は敵と遭遇する訳にはいかなかった。

 クオンは自身の姿を隠し、物音を立てぬように慎重に移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林地帯の一画……総数二十以上は存在しようかと言う程の自立機械の前には、二人の女性の姿があった。

 一人は木を背にし、血まみれの体必死に立たせている長い紫髪の女性……ゼスト隊に所属するクイント・ナカジマ。

 もう一人はクイントを取り囲むように並んだ自立機械の前に立ち、楽しそうな笑みを浮かべる茶髪を左右に纏めたメガネの女性……戦闘機人の一人、クアットロ。

 

「あらあら~もう鬼ごっこは終わりですか~?」

「……くぅ……」

 

 心底楽しそうに笑うクアットロに対し、クイントはまともに言葉を返す程の力も残っていなかった。

 特秘任務で訪れたプラントらしき施設で、大量の未確認機体に襲われて部隊員は散り散りになり、彼女と共に戦っていた親友とも戦いの最中で逸れてしまった。

 その後も懸命に自立機械を迎撃しながら部隊員を探していたが、自分以外の隊員は死亡したと目の前のクアットロから告げられ、その後はまるでいたぶる様に追い立てられながらも一人で戦い続けた。

 しかしそれも既に限界……傷だらけの体は既に言う事を聞かず、もはや打つ手はなかった。

 

「さ~て、それじゃあ……最後まで頑張った貴女は、特別派手に殺してあげま~す」

 

 残酷な笑みを浮かべたクアットロが、間延びした声と共に自立機械の後ろに移動して手をあげる。すると彼女の考えを感じ取る様に、周囲を取り囲んでいた二十機以上の自立機械が攻撃の体勢になる。

 そしてクアットロが挙げた手を振り下ろすのと同時に、コア部分から一斉に最大出力のレーザーが放たれ、クイントとクアットロ……二人の視界が光で埋め尽くされ、大地を揺るがす程の巨大な爆発が起こる。

 

 爆発によって上空に上る大量の煙を、クアットロが楽しそうに眺めていると……すぐ後方にトーレが現れる。

 

「今の爆発は?」

「あら? トーレ姉様……いえいえ~最後の締めに、大きな花火をあげただけですわ~」

 

 苛立ったような口調で尋ねるトーレの言葉に、クアットロは煙が晴れ初め……現れた巨大なクレーターを満足げに眺める。

 

「あらあら、可哀想に……跡形も残ってませんわね~」

「まったくお前は……いつもお遊びが過ぎるぞ! ……こんな爆発を起こした以上、早く撤収しなければならんな」

「あら? ここのプラントは?」

「破棄するらしい。ドクターが言うには、ここは単なる『餌』らしいからな。チンク達も既に戻っている……私達も急ぐぞ」

「りょうか~い」

 

 トーレの言葉を聞いたクアットロは、間延びした返事を返した後、周囲に控えていた自立機械を伴ってその場を立ち去る。

 道中生き残りが居た事についてトーレからお叱りを受けながらも、今日の戦闘は楽しんだ様で満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーレとクアットロが去っていくのを見ながら、クイントは混乱していた。

 自分は確かに死ぬはずだった……レーザーを回避する余力なんて存在しなかった。

 しかし自身の体を光が飲み込む直前、体の横から強い衝撃を感じ、今は何者かに後ろから口を押さえられて抱えられていた。

 反射的に抵抗しかけたが、離れた場所から聞こえてきたトーレとクアットロの会話で冷静になり、今も去っていく彼女達を茫然と遠目に眺めていた。

 そして完全にトーレとクアットロの姿が見えなくなると同時に、頭の上から小さな声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい……今の、俺じゃあ……アイツ等には、歯が立たない……」

 

 小さく懺悔する様な言葉と共に、クイントの頬にはその声の主が流したであろう涙が落ちる。

 その言葉と涙……今自分を抱えている人物が味方である事を理解し、限界を超えて疲弊していたクイントは安心すると共に眠る様に気を失う。

 

 そんなクイントを右手で抱きかかえ、幻術魔法で姿を隠しながら……クオンは、止まる事無く涙を流し続けていた。

 クオンはトーレと遭遇してから、三度生きている人間を発見できていた。しかし、その手が届いたのはクイントにだけ……他は、目の前で命が消えるのを見ているしかなかった。

 今の自分では自立機械一機にだって勝つ事は出来ない。それを自覚していたからこそ、クオンは目の前で命の火を消される人達を見捨てた。

 一人目に発見した人物は、接触することで他者にも効果を及ぼす隠蔽幻術魔法……オプティックハイドの状態で助けようと手を伸ばしたが、その手が届くよりも先にクオンの目の前で体を自立機械の刃で両断された。

 二人目に発見した人物は、複数の自立機械に取り囲まれていて手が出せず……その体がレーザーで貫かれるのを見ている事しか出来なかった。

 手の届く命を、一つでも救う為に……血が出る程に唇を噛み、張り裂ける様な心の痛みと無力感に耐え、涙を流しながら消えゆく命を前にして身を隠し続けた。

 そして届かなかった手は、最後の最後……三人目の生存者であるクイントまで届いた。

 クオンにとって幸いだったのは、クアットロの遊び心。派手に殺す為に距離を取り、自身の視界を埋め尽くすほどのレーザーと、飛行音を隠してくれるほどの爆発。そして距離を取るだけの時間を与えてくれた土煙のおかげでクイントの命を救う事が出来た。

 しかしクイントを救う事が出来たとしても……彼の心には、無力な自分への怒りしか残らなかった。

 お世話になった恩人の親友も……見つける事すら、叶わなかった。

 

 そのままトーレ達の姿が見えなくなった後も念のためにしばらく身を隠したままで、クオンは周囲に転がる死体をその目に刻みつけた。

 現実から目を逸してしまわないように……この光景を、消えた命を、決して忘れないように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央地区――

 

 

 ミッドチルダの中央区画にある一軒の大きな家……そこの応接室では、俺とオーリスさん。そして、レジアス少将が向かい合う形で席に付いていた。

 レジアス少将とは初めての対面だが、挨拶を交わしたり助けてもらったお礼を口にする様な空気では無く、俺達は三人とも一言も話さないまま俯いていた。

 既にこの状態になって十数分は経過していたが、誰一人口は開かぬまま重い沈黙が部屋を支配していた。

 

 俯く俺の頭に浮かぶのは、今までは無縁だった地獄と言えるような光景。

 一隊丸々の壊滅……一体何人の人間が死んだ? 十人? 二十人? それとも、もっと沢山?

 かつて管理局に武装局員として所属していたと言っても、大きな事件と関わりが無かった俺はあれほどの死を目の当たりにするのは初めてだった。

 周囲に充満する血と焼けた肉の臭い。あちこちに赤い染みを作る誰のものとも分からない肉片……そして、目の前で消えていく命。

 ……どうすることも、出来なかった。

 初めに見つけた生存者は間に合わず目の前で縦に体を両断された。二人目に見つけた生存者は、複数の機体に囲まれ手出しする事すらできなかった。

 三人目は、何とか命が消える前に手が届いたが……それが、隊の最後の生き残りだった。

 

「……すみません……俺の、力が足りないばかりに……施設らしき場所には、近付く事すら出来ませんでした」

 

 悔しさが蘇ると共に、俺の口からは懺悔の言葉が零れ落ちた。

 俺が到着した時には、時間的にはまだ複数の生存者が居た筈だった……だけど、俺は姿を隠しながらコソコソ慎重に動き回る事しか出来なかった。

 レジアス少将の親友であるゼストさんに至っては、それらしい姿を確認する事すら出来なかった。

 俺にアイツ等と戦うだけの力があり、遠回りをせずに迅速に動けていたら……死なずに済んだ命はもっとあった筈なのに……

 

「……君に責任はない。むしろ一人の命を救ってくれただけでも、感謝してもしきれない。責任があるというのなら、気付く事が遅れたワシにこそ全ての責任がある」

 

 俺が溢した言葉を聞き、レジアス少将が慰める様に言葉を発する。

 しかしその言葉に力はなく、普段は威厳溢れるであろうその姿には深い悲しみが見て取れた。

 

「クオン……貴方は本当によくやってくれたわ。まだロクに戦う事も出来ない様な体だったのに……ありがとう」

「……」

 

 弱々しく告げられる優しい言葉が、今は心に突き刺さった。

 俺は自分の無力さに唇を噛み、手を握りしめながら呟くように言葉を発する。

 

「……これは、最高評議会の仕業なんでしょうか?」

「確たる証拠はないが……おそらく。いうならば、奴等からワシへの警告といったところか……」

 

 俺の絞り出すような言葉を聞き、レジアス少将は重い声で答える。

 そしてまた少しの沈黙が流れた後、オーリスさんが一つの疑問を口にする。

 

「……父さん。クイントさんは、どうなるの?」

 

 俺が助ける事が出来たたった一人の人間、クイント・ナカジマさん。今は治療を受けて眠っているが、そう遠くない内に目を覚ますだろう。

 

「……クオン君が目撃したという謎の女性二人に、最近になって確認され始めた未確認機。特秘任務がゼスト隊を始末するためのものだったとしたら……彼女を家族の元に帰すのは、危険すぎる」

「秘密を知ってしまったから……狙われると?」

「そうだな。少なくとも事が片付くまでは……他のゼスト隊の面々と同様に死亡したとするしかないだろう」

 

 レジアス少将とオーリスさんの会話を聞き、俺は再び顔を伏せる。

 ……あの人も、俺と同じような事になるのか……いや、戻れば巻き込んでしまう家族が存在する分、俺よりもっと悪い。

 それを理解すると同時に、俺の心には悔しさと怒りが沸いてくる。

 噛みしめた歯から音が鳴るのが聞こえ、強く握り締めた手は振り下ろす先を探す様に震える。

 

「……オーリスさん。これが……平和の犠牲ってやつなんですか?」

「連中にとっては、きっとそうでしょうね。歪んでしまった過剰なまでの平和維持思想。それは時に、酷く理不尽なものなのよ」

 

 俺の言葉を聞き、オーリスさんは悲しそうな表情で話す。

 その言葉は、他にもこれと似た様な事が存在していると語っている様だった。

 それを聞いた俺は、ゆっくりと座っていたソファーから立ち上がる。

 

「クオン?」

「……俺、今までどこか夢見心地でした。管理局の闇、最高評議会、そんな言葉を聞いてもいまいちピンとこなくて……戦うって事の意味も、ロクに理解してなかった」

 

 ゆっくりと絞り出す様に言葉を発しながら、俺の頭には今日見た地獄の光景が蘇っていた。

 初めから仕組まれていた特秘任務、何も知らないままで戦った多くの人達。一人一人が色々な志や夢を持っていた筈なのに、理不尽な理由で消えてしまった命。

 

「でも、今日ハッキリ認識しました……戦わなくちゃ、いけない……あんな惨劇の上に成り立つ平和が、あっていいわけが無い!」

 

 無力だった自分を後悔する様に叫び、深い怒りと共に心に決意を宿す。

 そんな俺の言葉を聞き、少し沈黙した後でレジアス少将はゆっくりと口を開く。

 

「……ああ、その通りだ。こんなことで、未来ある命が消えていい筈がない。戦わなくてはいけないが、ワシには前線で戦う力は無い。叶うのなら、どうか……君の力を貸してほしい」

「……はい」

 

 強い口調で語り、俺に向って頭を下げるレジアス少将を見て、俺はハッキリと自分の意思を込めて頷く。

 

「あら、父さん? 私も忘れてもらっちゃ困るわ……言っておくけど、途中で降りたりはしないわよ」

「ああ、お前は昔からワシ以上に頑固だからな。改めて、二人共……ワシに力を貸してくれ」

 

 レジアス少将の言葉に、俺とオーリスさんは同時に頷く。

 今までは、自分で戦う事を選びながらどこか漠然としていた。敵のあまりの大きさに想像がつかず、どこかオーリスさんの決意につられる形だった。

 だけど今、俺の心にはハッキリと戦う理由と戦う決意が生まれた。

 

「オーリスさん」

「うん?」

「……用意してもらいたいものがあります」

 

 もうあんな惨劇を繰り返さない為にも……戦おう。全てを捨ててでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ西部・エルセア地方――

 

 

 エルセア地方の一画、夕暮れに染まるポートフォール・メモリアルガーデン。

 多くの死者の魂が眠るその場所には、四人の人物と開けられた穴に入った一つの棺が存在していた。

 棺のある穴の前には三人の人物が並び、残った一人……牧師服に身を包んだ男性が、祈りの言葉を奉げる。

 

「うぅ……母さん……」

 

 続く祈りの言葉を聞きながら、俯いたままで止まる事無く涙を流す短い青い髪の少女……スバル・ナカジマ。

 そんなスバルの手を握り、悲しみに染まった表情を俯かせる母と同じ紫のロングヘアーをしたスバルの姉……ギンガ・ナカジマ。

 そして二人の隣に立ち、棺の小窓に映る妻の顔を見つめ続ける白い髪の壮年の男性……ゲンヤ・ナカジマ。

 今三人の目の前には、安らかに目を閉じて眠るクイントの棺が存在していた。

 牧師の告げる祈りの言葉が終わるのを聞きながら、三人は深い悲しみと共に俯く。

 

「それでは、埋葬いたします……ご家族の手で、行いますか?」

「……ああ」

 

 三人に一礼しながら告げられた牧師の言葉を聞き、ゲンヤは静かに頷いた後でスコップを手に取り、墓地に開かれた穴……クイントの棺の上にゆっくりと、別れを惜しむ様に土をかけ始める。

 少ししてギンガが……さらにしばらくしてスバルがその作業に加わり、三人は大切な家族との最後の別れを行う。

 

 しばらくして棺は完全に土の中に消え、その上に墓標が置かれると共に埋葬は終了した。

 牧師は墓標に向って短く祈りの言葉を告げ、三人に深く一礼をしてからその場を去っていく。

 残された三人はそのまましばしの時間……完全に日が沈むまでの間、墓の前に立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が完全に沈み、三人が墓地を去ってしばらくの時間が立った後……クイントの墓標の前には、先程祈りの言葉を奉げた牧師の姿があった。

 牧師は慎重に周囲を確認し、足元に緑色の魔法陣を展開。それが強い輝きを放つと同時に、牧師の横には数時間前に埋葬した筈のクイントの棺が現れた。

 

≪やってる事は完全に墓荒らしですね≫

「……いくら身寄りのない死体だって言っても、別人の名前のままで埋めておくわけにもいかないだろ?」

 

 牧師が胸元から聞こえる声に答えながら右手の指を弾くと、棺の小窓に映っていたクイントの姿が歪み別人……本来の姿に戻る。

 そして続ける様に牧師は魔力で浮遊させたスコップを動かし、クイントの墓標の下の土を違和感が無いように補強していく。

 

「このままじゃあまりにも申し訳ないし、この人は俺が責任を持って本来の名前で埋葬するよ」

 

 独り言のように告げた後、牧師は棺を浮遊させて移動……予め、その棺に眠る本来の人物の為に用意していた場所まで運んでいく。

 しばらく歩き、広い墓地の端に開いた大きな穴に棺を入れると同時に、牧師の姿がノイズの様に揺らぎクオンのものへと変わる。

 

「本来なら貴女は、身元不明遺体と一緒に纏めて埋葬される筈だったんだけど……こんな事に利用してごめんなさい」

 

 穴に入った棺の小窓に映る身寄りのない女性に向って、クオンは申し訳なさそうに顔を俯かせながら話しかける。

 

「罪滅ぼしと言う訳でもないし、許してくれとも言いませんが……貴女の名前は忘れませんし、お墓参りにも必ず来ます」

 

 死してなおその体を利用してしまった事に罪悪感を感じながら、クオンは聖書を右手に持ち心を込めて祈りの言葉を奉げる。

 しばらくして祈りの言葉を終えたクオンは、今度は魔力で浮遊させるのではなく片腕しかない自分の手でスコップを持ち、ぎこちない動きでゆっくりと棺に土をかけていく。

 魔力を使わず片腕で行う作業は困難を極め、完全に棺を埋め終えるまで数十分の時間を要した。

 額に汗を流しながらも土をかけ終え、クオンはまたも片腕で必死に墓標を動かしてその上に置く。

 

「願わくばどうか、安らかに……また、来ます」

 

 墓標に刻まれた身寄りのない……今は自分しか祈る者が居ない名前に向けて、深く祈りをささげてからクオンは墓地を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 今は使われてない施設、元々は研究所だった建物の中にある無駄に広い部屋に戻ってくると……俺の事を待っていたのか、室内にはオーリスさんの姿があった。

 

「おかえり。どうだった?」

「……正直辛かったですね。何度も家族の顔を見て、口を滑らしかけました」

 

 俺の助けた女性……クイントさんについては、死亡扱いにして保護。俺と似たような状況になる事が決定した。

 ただクイントさんが俺の場合と違ったのは、彼女には家族が居るという事……その為俺が姿を変えて牧師に扮し、同じくゼスト隊に所属していた身寄りのない女性の遺体を使って偽の葬儀を行った。

 レジアス少将が事情を説明し、本人も納得してくれたこととはいえ……悲しみに打ちひしがれるクイントさんの家族を騙すのはとても辛く、何度も本当の事を言ってしまいそうになった。

 

「……クイントさんは?」

「まだ傷が癒えてないからね。今は眠っているわ」

 

 俺の質問に答えた後、オーリスさんは手に持っていた紙袋を探り、そこから取り出した物を俺の方に差し出してくる。

 

「後これ、頼まれてたものだけど……仮面って、そういうので良いのかしら?」

 

 オーリスさんが差し出してくれたのは、不気味な笑い顔の……サーカスのピエロが付けている様な仮面。俺がオーリスさんに、用意してほしいと頼んだものだった。

 

「はい……それと、俺がこれから名乗る名前も、決めました」

「……何て名乗るの?」

「クラウン」

「クラウン……道化師? なにも、そこまで自分の事を卑下しなくても……」

 

 俺が告げたこれから名乗る新しい名前を聞き、オーリスさんは少し悲しそうな表情で言葉を返してくる。

 俺はその言葉に対し、僅かに微笑みながら自分の考えを口にする。

 

 

「いえ、これは……覚悟です」

「覚悟?」

「俺、今までは正直甘えた考えがありました。オーリスさんは全て最初に言ってくれたのに、ちゃんと認識してませんでした。いつかは、あの頃に……幸せだった場所に帰れるんじゃないかって……」

 

 そう、俺は今まで心のどこかで甘えていた。自分で戦う事を選んだ筈だったのに、その意味をちゃんと理解なんてしていなかった。いや、理解しようとしていなかった。

 全てを捨てるなんて全然出来て無くて、未練から来る希望みたいなものが心のどこかにあった。

 いつかはあの頃に……幸せだったあの場所に戻れるんじゃないかと……自分の置かれた状況を、どこか夢物語の様に考えていた。

 でも今はハッキリと分かった。俺が選んだ道はオーリスさんが初めに語ってくれた通り、決して優しいものなんかじゃない。

 

「正直言って、オーリスさんみたいな強い戦う理由。戦う事に対する決意は、今までの俺には無かったです」

「……じゃあ、今は?」

 

 真剣な表情で尋ねてくるオーリスさんの言葉に、俺は受け取った仮面に視線を落としながら言葉を発する。

 

「……これから自分がする事も、今日俺が行った事も……正当化する気はありません。俺はこれから自分が戦うとしている相手と同じ、犯罪者にだって……喜んでなります」

 

 一言一言に決意を込め、俺は手に持った仮面を見つめながら言葉を発する。

 

「犯罪者を倒す為に犯罪者になる。そんな道化の様な人生を生きていく覚悟は決めました。もう、あんな惨劇は繰り返させない……全てを捨て、甘えた心と弱い自分を仮面で覆い隠して……戦い続けます。たとえもう二度とあの幸せな頃に戻れなくても……自分の意思で」

「そう……分かったわ。じゃあ、貴方の新しい身分証と戸籍IDは近い内に用意するわね。勿論偽装で……」

 

 俺の言葉を静かに聞いて居たオーリスさんは、目を閉じてから一度頷き、そして明るい笑顔を浮かべて言葉を発する。

 

「それで私も、公文書偽装の立派な犯罪者ね」

「……オーリスさん?」

「貴方一人に罪を負わせるなんて、初めから考えて無いわ。私には貴方の様に最前線で戦う力は無い。だけど、サポートする事は出来る。忘れないで、貴方と私は共犯よ……もし貴方が犯罪者として捕まったら、私も一緒に捕まる」

「……」

 

 微笑みを浮かべながらも強い決意があるオーリスさんの言葉を、俺は黙ったままで静かに聞き続ける。

 

「だから、一緒に戦いましょ? 『クラウン』」

「……はい!」

 

 オーリスさんの言葉にハッキリと頷き、俺は手に持っていた仮面を自分の顔に被せる。

 

 

 ――この日を境に、俺の人生は再び大きく変わった。

 

 

 ――顔を変え、名前を変え、心に残る幸せな思い出に背を向ける。

 

 

 ――これから歩いていく道の先に、光が当る場所が無くとも後悔はしない。

 

 

 ――選んだのではなく、今度は自分の意思で踏み込んだ。

 

 

 ――今まで立っていた場所から離れ、闇に包まれた場所で道化として生きていく事を……

 

 

 ――最後まで……戦い続ける為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明確な姿が見えない犯罪者を倒すため、自分も同じ犯罪者となる。

それが矛盾している事は自覚しながらも、クオンはクラウンと名前を変え、日の当たらない場所で戦う事を決意しました。

自分が目の当たりにした地獄を、繰り返さないために……

これにて導入編は終わり、次回から時間が流れ本編に近づいていきます。

ただ、クイントの生存等、原作とは違う部分も多い為、流れはあちこち変わってくると思います。

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