魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第五話『業火の離合』

 ――新暦71年・ミッドチルダ・首都クラナガン――

 

 

 ミッドチルダの首都……高層ビルの立ち並ぶクラナガンの道路を、一台の黒塗りの車が走っていた。

 明らかに一般人が乗る様なものではないその高級車の中には、顎ひげを蓄えた小太りの中年男性と、長い金髪と真っ赤なドレスが特徴的な美女が腕を組みながら座っていた。

 そのまま車は高級そうなホテルの前に止まり、二人は車から降りてそのホテルの中へと入っていく。

 その二人の後ろ姿を見送りながら、管理局制服を着た中年男性の部下らしき運転手が「またか……」と言いたげに呆れた表情を浮かべる。

 

 中年男性は管理局内でもそれなりに力を持った存在であり、また同時に黒い噂と女遊びの絶えない困った人物でもあった。

 数日ごとに連れ添う女性を着物の様に取り換え、毎夜ホテルに入るその姿は運転手として付き合わされる部下には溜息ものだった。

 直属の部下である彼の目から見ても中年男性はロクな人間では無かったが、横領等の黒い噂を囁かれながらも権力者としての地位は保っており、一介の局員である彼が文句を言える訳もなかった。

 また明日の朝に迎えに来なければならない事に頭を抱えつつも、彼は車に戻りホテルの前から移動する。

 

 

 

 

 高級ホテルの最上階にある広いスイートルームには、中年男性と美女の姿があった。

 美女は胸元の大きく開いた赤いドレスを誘う様に動かしながら妖艶に微笑み、それを見た中年男性は口元を笑みへと変える。

 少ししてドアがノックされ、ワインの入ったカートを押してホテルの従業員が入ってくる。

 中年男性が従業員にチップを渡すのを見ながら、美女はそのワインのボトルをカートから取り、慣れた手つきでコルクを空ける。

 そして従業員が退出するのを見送りながら、深い笑みを浮かべてグラスに注がれた真っ赤なワインを中年男性の前に差し出す。

 その様子……美女の誘う様な表情を見て、中年男性は下卑た笑みを浮かべながら自分の口元を指差す。

 すると美女はそれを了承する様に頷き、ワインを口に含んで微笑みながら中年男性の腰に手を回して顔を近づけていく。

 二人の唇が重ねられ、口移しでワインを喉に通していく中年男性。

 中年男性が臀部に回した手を撫でまわす様に動かすのを感じながら、美女は再びワインを口に含んでそれを口移しで中年男性に飲ませていく。

 むせる様な鼻をくすぐる甘い香水の香り、本来ならそのまま中年男性は年齢からは考えられぬほど盛んに事を楽しんだ……筈だった。

 しかし美女の臀部に回されていた中年男性の手は次第に勢いを無くし、下品な笑みを浮かべていた表情は何処か虚ろになり始める。

 少しして中年男性の瞼がゆっくりと下がり始め、目は焦点を失い夢でも見ている様に揺らぐ。

 美女が手を引き、中年男性がそれに導かれるままにベットにたどり着いた時には、中年男性の体は力を失い。引かれる力に抵抗すらしないまま、うつ伏せの状態で倒れこむ様にベットへ体を沈める。

 

 中年男性が完全に意識を手放すのを見届け、美女は深く微笑みながらワイングラスをベット脇のテーブルに置き、中年男性の体を弄って懐から携帯端末を抜き取る。

 そしてどこからか取り出した複数の機械を携帯端末に接続し、まるで人が変わったかのような表情でそれを操作し始める。

 しばらくそのまま表示されたモニターを眺めつづけた後、美女は取り付けていた機械を取り外し、携帯端末をベットで眠る中年男性の元に無造作に投げる。

 すると同時に美女の姿がノイズの走る映像の様に歪み、その姿がホテルの制服を着た従業員の男性へと変わる。

 男性はそのままワインが乗っていたカートを掴み、それを押して部屋の出口の方に向かって歩いていく。

 ドアを前にした所で、ふと男性は何かを思い出したように自分の首元を触り、ベットにうつ伏せで倒れた中年男性の方を振り返って不気味に笑う。

 

「目覚めたときには悪事を暴かれ、貴方の平穏な生活は終わる。明日からは、転落人生の始まり……まぁ、最後位はせめて良い夢を~」

 

 何処か芝居がかった様な口調で独り言を呟き、男性は何事もなかったかのようにドアを開けて部屋から去っていく。

 男性が去り静かになった部屋には、自分に起こった事すら理解できないままで、安らかに眠り続ける中年男性の姿だけが残った。

 翌日、男性の言葉は現実に変わり……横領等の情報が漏れ、今の地位も生活も全てを失う事を知らずに眠るその姿は、何処か無垢な少年を想わせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇と静けさに包まれたその道路に、一人の従業員の男性が現れる。

 ホテルの裏口から出てきたその男性が、裏口のドアを閉めると同時に……その姿はノイズが走る様にぶれ、不気味な片腕の道化師が姿を現す。

 夜の闇に溶け込む様な黒く長いロングコート、顔を覆う様に取り付けられた笑みを浮かべる仮面。

 道化師はまるでそこが自分の居場所だとでも言う様に、より暗く闇に包まれた路地に向って歩を進めていく。

 歩きながら首輪の様なチョーカーを触り、小さく呟くように言葉を発する。

 

「転送術式……とりあえずA-4地点」

≪了解しました≫

 

 仮面の中から籠った様な若い青年の声が零れ、同時に青年の胸元から機械的な女性の声が応える。

 すると道化師の足元に緑色の魔法陣が浮かび、光と共にその姿が消え失せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・公園――

 

 

 昼は多くの人で賑わう憩いの場である緑豊かな広い公園……今は静けさが支配し、夜の闇に染まった誰も居ないその公園を道化師が悠然と歩いていた。

 時折周囲を探る様に首を動かし、目当てだった水道を発見した道化師は、一直線にその水道へ向かう。

 そして仮面を少しずらし、現れた口元に水を含んで何度かうがいを行う。

 

「……アイツ、口臭っ!」

 

 忌々しげな声で呟きながらうがいを繰り返し、しばらくして落ち着いた道化師は再び遊歩道を歩きながら呟く。

 

「ハニートラップは展開が早くて良いけど、精神的なダメージがキツイ……他の手段、考えようかなぁ」

≪マスターのラブシーン。バッチリ高画質で撮影しておきました!≫

 

 肩を落としながら歩く道化師に向って、胸元から彼の相棒が心底楽しげに言葉を発する。

 

「……何、してんのお前? なんで、人の黒歴史を記録してるわけ?」

≪単なる趣味ですが?≫

「……どんどん悪い意味で人間っぽくなってるみたいで、嬉しい限りだよ……」

≪光栄です≫

「褒めてない!」

 

 以前より高性能になった影響か、どんどん人間の様になりつつある相棒に向って、道化師は疲れた様に溜息をつく。

 

「……まぁ、いいや。すぐ削除しろ」

≪いくらマスターの願いとは言え、聞けない事も……≫

「そうだな。AIデータごと抹消した方が手っ取り早いよな」

≪じょ、冗談に決まってるじゃないですか! 私が、マスターを困らせる様な事をする訳がありませんとも!≫

 

 相棒とくだらない会話を交わしながら、道化師は再び人気のない公園を歩き始める。

 そんな道化師の胸元で、彼の相棒は切り替える様に尋ねる。

 

≪お宝は発見できましたか?≫

「いや、横領や横流し……何かと悪さはやってたみたいだけど『奴等』との繋がりは無かった。はずれだ」

 

 相棒の質問を聞いた道化師は、先程ロックを破ってコピーした中年男性の端末情報について話す。

 そのまましばらく相棒と差し障りの無い会話を続けながら歩き、数分ほど経過した辺りで足を止める。

 

≪追っ手は、ついてないみたいですね≫

「……だな。念のためにC-14、D-8、B-6を経由してから戻る」

≪了解。転送術式展開します≫

 

 相棒の言葉にミッドチルダの東西南北の区画を割り当てた、彼等にしか分からない座標ポイントを指示。再び道化師の姿は緑色の光に包まれて消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アジト――

 

 

 広大なミッドチルダの一画……拠点として利用している元研究所に戻ってきた道化師は、端末を取り出して通信を行う。

 夜遅い時間にもかかわらず数度のコールで通信は繋がり、モニターには彼の仲間であるオーリスの姿が映る。

 

『お疲れ様、クラウン。どうだった?』

「残念ながらはずれだったよ。データはいつもの方法で送っとくから、確認しといて」

『分かったわ。じゃあ、明日そちらに行くから……詳しい報告はその時に』

 

 クラウンと呼ばれた道化師とオーリスは、最低限の確認だけを行って通信を終了させる。

 そしてクラウンは仮面を外し、広さの割に家具の少ない自室のソファーに疲れを癒す様に座る。

 セミロングに揃えた明るい金髪を触り『今の顔』を疲れた様な表情に変えて溜息をつく。

 彼がクオン・エルプスからクラウンへと名前を変えて早三年半。現在の彼はあちこちの黒い噂を探って世界を飛び回りながら、潜入と調査を繰り返していた。

 以前はまだ幼さが残っていた表情も、今はどこか影を秘めた大人のものへと変わりつつある。

 そのままクラウンはベットには移動せず、疲れた体をソファーに沈めてゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日――

 

 

 翌朝……出勤前に大きなビニール袋を持って、オーリスはクラウンの元を訪ねた。

 

「おはよう……随分疲れた顔をしてるわね」

「おはようございます。まぁ、一仕事終えたばかりですからね」

 

 迎えてくれたクラウンの顔を見て、オーリスは軽くため息をついてから簡素なソファーに座る。

 クラウンもそれを見て、対面のソファーに座りながら言葉を発する。

 

「データはちゃんと届いてました?」

「ええ……仮面を付けて無い時は、相変わらずその話し方なのね」

「まぁ、追々慣れていきますよ」

 

 敬語で話すクラウンの言葉を聞き、オーリスは軽く微笑みながら言葉を返す。

 クラウンは仮面の有無……任務中かプライベートかで口調を使い分けていた。

 本人はまだ慣れてないからだと口にしてたが、実際の所はそうしないと昔の自分を忘れてしまいそうだったからだった。

 以前とは顔も変わり、名前も変わったクラウンにとって、話し方だけは以前の自分を思い返す事の出来る唯一のものだった。

 オーリスもそれは知っているのか、それ以上は何も聞かずにクラウンから報告を受けていく。

 しばらくして大まかな報告を受け終わり、オーリスは溜息をつきながら言葉を発する。

 

「まぁ、分かってはいたけど……そう簡単に尻尾は掴めないわね」

「地道に調べていくしかなさそうですね。とりあえず、次のターゲットの所には明後日には潜伏します」

「……いくらなんでも急ぎ過ぎじゃないかしら? ここのところロクに休んで無いんでしょ?」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、オーリスは心配そうな表情で言葉を発する。

 オーリスの言葉通り、クラウンはこの三年半という期間の間、非常に忙しく各地を飛び回っていた。

 ターゲットとなる相手が見つかればその場に向かい、情報を集めている間は自己鍛錬に費やす。ロクに睡眠すら取ってないように思えた。

 本人にも自覚はあるのか、クラウンはオーリスの言葉を聞いて少し困った様な表情を浮かべる。

 

「……それは……」

「気持ちは分からないでもないけど、焦っても良いことなんてないわよ? 休む事も仕事の内だと思いなさい」

「……はい」

 

 真剣に自分を心配してくれているオーリスに対しては、クラウンも頭が上がらない様で……告げられた言葉に、少し沈黙してから頷く。

 それを見たオーリスは満足そうに微笑み、持ってきていた大きなビニール袋をクラウンに差し出す。

 

「よし、そうときまれば……はい、これ!」

「なんですか? これ?」

「外出用の私服よ。貴方任務以外ではロクに外にも出てないでしょ? たまには街にでも出て羽を伸ばしてきなさい」

「……」

 

 オーリスから差し出された服の入ったビニール袋を受け取り、クラウンは再び困った様な表情を浮かべる。

 確かにオーリスの言葉通り、クラウンは任務以外で外に出る事は『あまり』無く。任務用の服と部屋着以外の衣服も持っていなかった。

 しかしやはり、休むという事には気が引けるのか……クラウンは困った様な表情のままでビニール袋を眺める。

 

「さっきも言ったけど、休む事も仕事の内よ! どうせここにいたんじゃ、訓練ばっかりで休まないんだし……ちゃんと外出する事!」

「……了解です」

 

 自分の考えを見透かす様に強い口調で告げられたオーリスの言葉を聞き、クラウンは悪戯がばれた子供の様に苦笑しながら頷く。

 

「よろしい。じゃあ、さっそく着てみてくれる? たぶんサイズは大丈夫だと思うけど……」

「わかりました。じゃあ、着替えてきますね」

 

 オーリスの言葉に頷き、クラウンは奥にある寝室として利用している部屋に移動する。

 そして少しして……何故か先程より困った顔を浮かべ、オーリスの元に重い足取りで戻ってきた。

 

「あ、あの……オーリスさん?」

「サイズはピッタリみたいね」

「い、いやサイズじゃなく……こ、これは一体……」

 

 戻ってきたクラウンの姿は、ドクロマークの入ったTシャツに黒い革のジャケット。やたらツヤがある黒いジーンズと、一昔前の不良の様な格好だった。

 

「え? だから、貴方の服だけど?」

「いや、その、これを選んだ基準は?」

「カッコイイじゃない!」

「……」

 

 満面の笑顔で答えるオーリスの言葉を聞き、クラウンは絶句した様に口を開く。

 

「うんうん。とても良く似合ってて、素敵よ」

「は、はぁ……(バリアジャケットのデザイン見てから薄々思ってたけど……オーリスさんのセンスって……)」

 

 満足そうに頷くオーリスを見て、クラウンは反論を諦めてがっくりと肩を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーリスが仕事に向かうのを見送った後、クラウンはアジトの中を出口とは別の方向に進んでいた。

 そのまま厳重に閉ざされた扉を幾つかくぐり、元々研究所として使われていたこのアジトの一番奥に当る部屋の前までやってくる。

 そして扉の前で訪問を知らせるチャイムを鳴らし、ドアのロックが解除されるのを確認してからその部屋に入る。

 

「おはようございます。クイントさん」

「クラウン! 帰ってきてたのね。おはよう」

 

 広い部屋の中には料理をしていたのだろう、エプロンを身に付け長い紫の髪を邪魔にならないように後ろで束ねたクイントの姿があり、クラウンの姿を見たクイントは明るい笑顔を浮かべて挨拶を返す。

 クイントはレジアスに保護される事になってから、ここでクラウンと共に生活していた。

 と言っても建物自体が広い元研究所であり、クイントの立場上かなり厳重に匿われている為、一緒に暮らしているというよりは近くに住んでいるという方が正しかった。

 広い室内には生活に必要なものが一通り揃えられており、部屋から出なくとも十分に暮らせるようになっていた。

 

「ええ、昨夜遅くに……顔を出すのが遅れて申し訳ないです」

「そうなんだ……どうだった仕事は? やっぱり大変だった? 疲れて無い?」

「あ、えと……」

 

 クイントはクラウンの返答を待たずに次々審問を重ね、クラウンは困った様に苦笑する。

 そことふとクイントはクラウンの着ている服がいつもと違う事に気付き、その妙な格好に一瞬怪訝そうな表情になって尋ねる。

 

「あれ? ……その格好は?」

「あ、あはは……その、色々事情がありまして」

 

 その表情から大体の感想は読み取り、そしてクラウンは自分も同意見な事を感じながら頭をかく。

 そして気を取り直す様に表情を切り替え、クイントに向って微笑みながら尋ねる。

 

「クイントさんの方はお変わりないみたいですね。今回は少し長く空けてしまいましたし、何か足りないものがあったりしますか?」

「ううん。食糧なんかもまだまだ余裕はあるし、大丈夫よ。ただ、ちょっと運動不足ではあるかな」

 

 クイントはクラウンの言葉に笑顔で答えながら、自分の二の腕を軽く触って苦笑する。

 クイントは外出する事が出来ず、クラウンは任務で空けがちな事もあり、生活用品等は基本的にオーリスが補充を行っている。

 マメなオーリスの事なのでクラウンも心配はしていなかったが、一応念の為に毎回確認するのが恒例だった。

 

「不自由な生活をさせてしまって申し訳ないです」

「気にしないで、事情は理解してるから。それに私が寂しくないように、クラウンが気を使ってよく顔を出してくれるからね」

 

 今までも何度もあったやり取り、クイントが今こうして外出も出来ない生活をしている事に、クラウンは少なからず責任を感じていた。

 しかしクイントはクラウンを恨んでなどいないどころか、命を救ってくれた事に深く感謝していた。

 

「貴方が優しいのは知ってるけど、なんでも自分のせいだと思っちゃ駄目だよ?」

「……はい」

「あ、そうだ。折角なんだし、一緒にご飯食べましょ」

「そうですね。では、ご馳走になります」

 

 まるで姉の様に優しく言い聞かせるクイントの言葉を聞き、クラウンは強張っていた顔を少し緩めて頷く。

 口では今思いついた様に言っていたクイントだが、クラウンが入室してきた時から作る料理の量はちゃんと増やしていた。

 

 

 

 料理を挟んで席につき、時折雑談を交わしながら朝食を取るクイントとクラウン。

 

「いつもながら、器用に食べるわね」

 

 右腕一本で器用に食事をするクラウンを見ながら、クイントは口元に微笑みを浮かべて言葉を発する。

 

「流石にもう三年半経ちますし、慣れましたよ。片腕にも、この『箸』ってやつにも」

「ふふふ、ごめんね。私の旦那がそういう料理が好きで、私のレパートリーもそっちに偏っちゃってるからね」

 

 クイントの作る料理の多くは、和食と呼ばれるミッドチルダでは珍しいものだった。

 スプーンやフォークではなく、箸で食べるその料理に初めは戸惑ったクラウンだったが、今ではすっかり慣れて違和感無く食べられるようになっていた。

 クイントとそんな雑談を交わしながら、ふとクラウンはクイントの方を向いて微笑みながら言葉を発する。

 

「あ、そうそう。実はこれから街に出てくるんですが……なにか、買ってきましょうか?」

「そうねぇ……あっ、あれが良いかな。何て言ったっけ? あの、丸いチョコレートの中に色々入ってるやつ!」

「チョコポット……でしたっけ?」

「そう、それ! 普通の食糧には困って無いけど、お菓子とかはあまり食べる機会が無いからね」

 

 コロコロと表情を変えて話すクイントを見て、クラウンも穏やかに微笑みながら話す。

 行っている任務の性質上、人の悪意と言うものに非常によく触れるクラウンにとって、オーリスやクイントとの会話は一種の清涼剤のようなものだった。

 実際オーリスが指摘した様に、クラウンは精神的にかなり疲労していた。今日外出前にクイントの元を訪れたのも、それを自覚していたが故だったかもしれない。

 

「わかりました……また西区にも寄って、ご家族の様子も見てきますね」

「……ごめんね。貴方も疲れてるのに……」

「いえ、構いませんよ。と言うよりも、もっと頼んでくれていいです。連れて行って会わせる事は出来ませんが、様子を見るぐらいならいつでも行ってきますので」

 

 クラウンの言葉を聞き、クイントは一瞬さみしそうな表情を浮かべて俯く。

 外出できないクイントの代わりに、クラウンは時折ナカジマ家の様子を見に西区に足を運んでおり、それが任務以外での数少ない外出の目的だった。

 

「ありがとう……それじゃあ、クラウンが怪しい人に見られない程度にまたお願いしちゃうわね」

「10歳前後の女の子を監視するストーカーですか?」

「ふふふ、しかも父親も監視する感じの……」

「そんなので捕まったら、もう精神的に立ち直れませんね」

 

 楽しげに笑いながら言葉を交わした後、クイントは真剣な……母親の表情になって言葉を発する。

 

「あの人の事もそうだけど……ギンガとスバルも、何ていうかこう……一直線な所があって、何かと心配なのよ」

「ああ……きっと母親に似たんでしょうね」

 

 しみじみと語るクイントの言葉を聞き、クラウンは頭に浮かぶクイントの姿を想い浮かべながら苦笑する。

 しかし本人には自覚が無い様で、その言葉を聞いたクイントはキョトンとした表情で首を傾げる。

 

「え?」

「いえ、なんでも……そろそろ、出かけます」

 

 それ以上は藪蛇だと感じたクラウンは、空になった食器に箸を置きながら言葉を発する。

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「あ、後片付けは私がやるから、置いておいて」

 

 クイントの言葉に頷いて立ち上がりドアの前まで歩いてから、クラウンは振り返ってクイントに言葉を発する。

 

「そうそう、また明日近接戦闘をご教授いただいても良いですか?」

「ええ、勿論。私なんかじゃ、教えられることも少ないと思うけど……」

「ご謙遜を……貴女の戦闘技術が一流なのは、普段叩き潰されてる俺が良く知ってますよ」

「た、叩き潰すって……」

 

 クラウンの発した言葉を聞き、クイントは不満そうな表情をするが……否定できる要素が思いつかなかったので苦笑する。

 クイントは時折クラウンの訓練に付き合っており、片腕だけになってしまったクラウンの近接戦闘の師と言って良い存在だった。

 片腕に大鎌と言う特殊なクラウンの戦闘スタイル。その近接戦闘が今ではまともな形になっているのは、彼女の功績が何より大きかった。

 元々クイントもやや特殊な格闘術『シューティングアーツ』の使い手であり、培った経験を生かして片腕でも違和感なく戦える戦闘技法を考案した。

 

「ともあれ、またよろしくお願いします。それでは、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい……気を付けてね」

 

 微笑みながらドアを開け部屋から去っていくクラウンを、クイントも笑顔で軽く手を振って見送る。

 一般的とは言えない共同生活を送る二人。しかしその関係は、どこか家族のそれに近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クイントの部屋から出口へ向かって廊下を歩きながら、クラウンは改めて自分の姿を見て溜息をつく。

 ただでさえ目立ちそうな服装の上に、彼は戦闘等の邪魔になるという理由で義手も付けておらず、中身の入っていない左側の袖と……何とも視線を集めそうな様相だった。

 

「にしても、やっぱりこの格好は……」

≪大丈夫です。とても良くお似合いですよ。どこからどう見ても、街のチンピラにしか見えません!≫

 

 そんなクラウンに向って、胸元にあるネックレス型のデバイス。彼の相棒であるロキが楽しそうな口調で話しかけてくる。

 

「何一つ嬉しくない褒め言葉をありがとう」

≪お褒めに預かり、光栄です≫

「……」

 

 いつも通りのロキの様子を見て、クラウンは大きくため息をつきながら疲れた表情を浮かべる。

 

「昔はもっと機械的な性格だったのに……なんで、こうなっちゃったかな?」

≪おそらくですが……私は元々高度処理が出来るAIでは無かったにも拘らず、人格データを維持したまま外部からバージョンアップした影響かと≫

「人間的になったと喜ぶべきか、性格が悪くなったと嘆くべきか……俺が疲れてる原因の一端は、お前にある様な気がしてきたよ」

 

 以前は量産型のデバイスらしく、融通のきかない硬い性格で口数も少なかったロキだが……高度処理が出来るまでにバージョンアップした影響か、性格は非常に人間味をおびていた。

 言葉にはどこか感情が籠り、交わす言葉も時折からかう様なものが混ざる様になってきていた。

 

≪マスター……お疲れなのは承知していますが、他者に責任転換をしてしまうのは荒んでいる証拠です。先ずは自分が悪いという自覚を持って、改善していきましょう≫

「……」

 

 さらり非難の言葉を流すロキを、クラウンはジト目で睨みつける。

 

≪さあ、今日はどこに行きましょうか?≫

「とりあえず、新しいデバイス買いたいからデバイスショップかな?」

≪ご、ごめんなさい! それだけは!!≫

 

 呆れた様に話すクラウンだが、その言葉はどこか優しい声色だった。

 ロキのクラウンに対するからかう様な言葉は、精神的に疲れがちの彼の気を紛らわせるためのものである事を、クラウンはちゃんと気が付いていた。

 魔導師とデバイス。交わす言葉はどこか悪友じみたものでありながら、同じ道を歩くその絆はとても強いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ西部・エルセア地方――

 

 

 ミッドチルダの西部の市街地。平日の昼でも多くの人々が行きかう中、クラウンはオープンテラスの席でコーヒーを飲みながら人の流れをぼんやりと見て呟く。

 

「まぁ、街に出たからと言って……遊ぼうって気分になるわけでもないよなぁ……」

≪真っ先にクイントさんの家族の様子を見に行ってる辺り、どうしようもないですね≫

「留守とは思わなかったな。確かギンガさんも今日は陸士訓練校が休みの筈だし、スバルさんと一緒に家にいるかと思ったんだけど……」

≪その発言は、紛う事無きストーカーですよね≫

 

 携帯端末のモニターを起動して、そこに表示されたデータを眺めながら呟くクラウンに、ロキが呆れた様な突っ込みを入れる。

 街に出てから数時間……クラウンは早くもやる事が無くなっていた。

 と言うのも彼は、昔から休日を過ごすのが得意では無かった。

 局の施設で育ち、10歳になった頃には早くも局員として社会に出た。真面目な性格だった事と、これと言って趣味も無かった為に以前も休日は訓練などに費やしていた。

 ここ三年半は特にそれが顕著で、ひたすら任務と訓練の繰り返し……急にこうして街に出てきても、なにをどうして良いか分からなかった。

 唯一出かける前から決定していた目的、クイントの家族の様子を見るというのも留守だった為に空振りに終わり、現在はカフェでコーヒーを飲みながら考え込んでいた。

 

「ゲンヤさんは仕事中。流石に陸士部隊隊舎まで見に行くのはリスクが高いか……まぁ、夜には帰ってくるだろうし後でまた様子を見に行くとして……何をするかなぁ?」

≪とりあえず……私服買ったらどうですか? このままだと、毎回それ着る事になりますよ≫

「そうしよう……」

 

 これと言ってする事も思い浮かばなかったクラウンは、ロキの提案に頷きオープンテラスを出て服屋に向かう。

 

 しかしそれも大した時間はかからず、30分足らずでクラウンは再び手持無沙汰になってしまった。

 買った服を魔法でロキに収納し、困った様に頭をかきながら街をぼんやりと歩き……結局何もする事が思い浮かばなかったので、あまり興味の無い雑誌を適当に買ってカフェに戻り時間をつぶす事にする。

 再びオープンテラスの席に座り、買った雑誌をパラパラとめくるクラウン。

 

「なんか無理にアレコレしようと考えると、逆に疲れるもんだよな」

≪マスターは本当に休むのが下手ですね。趣味の一つ位作ったらどうですか?≫

「……そうだな」

 

 雑誌を眺めながら時折街行く人々に視線を向けながら、クラウンはロキの提案に何処か他人事のように答える。

 自分が今身を置いている場所、選んだ道に後悔は無かった。ただこうして平穏の中に身を置くと、それがどこか遠いものに感じるのは、クラウンが精神的に疲れ切っている証拠とも言えた。

 結局そのままクラウンは平穏に混ざる事を拒む様に、遠い目で時間をつぶし続けた。

 

 辺りが夕暮れに染まり始めると、クラウンは数時間座っていた席から立ち上がって歩き始める。

 途中で花屋に寄り、小さな花束を買ってからエルセア地方の外れにある墓地へと向かう。

 それは彼が一方的にした約束……夕暮れの墓地で、今ではクラウン以外墓参りに訪れる者が居ない。一人の女性の名前が刻まれた墓に花を供え、数分間祈るように目を閉じた後で再びクイントの家族の様子を見る為に彼女の家に向って歩き出す。

 墓地を出ようとした所で、クラウンの携帯端末が通信を知らせる音を鳴らす。

 

「どうかしました?」

 

 モニターを起動して尋ねるクラウンの前に、オーリスの焦った様な姿が映し出された。

 

『休んでいる所、ごめんなさい。ちょっと厄介な事が起きてね』

「厄介な事?」

 

 オーリスの言葉を聞き、クラウンはすぐに表情を真剣なものに戻して聞き返す。

 先程までの覇気が無い様子を考えると、皮肉ながら彼はやはり仕事をしている時が一番元気みたいだった。

 

『北部にある臨海第8空港で、大規模な火災が発生したわ』

「空港火災!?」

 

 オーリスの告げた言葉に、クラウンは驚いた様な表情に変わる。

 

『現地の部隊が救助活動に当っているのだけど、どうも難航しているみたいでね……行けるかしら?』

「勿論行けますが……」

『言いたい事はあるだろうけど、今はとりあえず現地での人命救助を優先して……くれぐれも、見つからないようにね』

「了解です」

 

 今までもクラウンはこうした緊急災害に対し、オーリスの要請で参加した事があった。

 理由は単純で、出動要請等の手続きに時間がかかる増援部隊よりも、場合によってはクラウンの方が迅速に人命救助を行う事が出来るからだ。

 クラウンは通信を終えて周囲を見渡し、人目が無いのを確認してからデバイスを展開。仮面を付けた黒いバリアジャケットの姿に変わる。

 

「第8臨海空港が近いのは……」

≪A-13ポイントです。転送術式展開します≫

 

 一瞬でクラウンの考えを察したロキが転送術式を展開し、緑色の光と共にクラウンの姿は墓地から消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・臨海第8空港付近――

 

 

 臨海空港から近く、人目につきにくい裏路地に姿を現したクラウンは遠目に空港を見て呟く。

 

「物凄い規模だな。あれ空港全体に及んでるんじゃないか?」

 

 巨大な空港を丸ごと包むかのような大きな炎を見て呟いた後、クラウンは空中に浮遊しながら魔法陣を展開させる。

 

「ともかく、急いで向かうか……インビシブル」

≪インビシブル≫

 

 クラウンは正規局員ではない為、こうした災害救助の際も姿を隠して行う必要がある。特にこの手の火災現場だと、下手をすれば犯人に疑われかねない。

 オプティックハイドを改良した魔法……インビシブル。継続して魔力を消費しなければならないという欠点はあるものの、オプティックハイドよりも継続時間が長く術者の激しい動きにも強い魔法。

 それを唱えたクラウンの姿は空中で見えなくなり、そのままクラウンは燃え盛る炎を目印に空港へと向かう。

 

 

 

 空港に到着すると、周囲には火災規模に比べ明らかに少ない……一部隊か、多くて二部隊程度の局員の姿が見えた。

 

(いくらなんでも少なすぎるんじゃ……地上本部はなにやってんだか……)

(また出動要請がどうのこうので到着が遅れているんですかね? とりあえず、生体反応探知開始します)

 

 あまりに少ない人数を見てクラウンが念話で呟くと、ロキも同意する様に念話を返して要救助者の探索を開始する。

 クラウンはその言葉に頷いた後、火の手が遠い安全な地点の座標を転送術式に記憶させてから、燃え盛る空港に向かって突入する。

 

 

 

 爆発でもあったのかと思える様な崩壊した通路を奥へと進み、早々と三名の要救助者を発見したクラウンはその周囲に障壁を展開する。

 三人の要救助者は突然出現した障壁に驚くが、それが周囲の熱を遮っているのを理解すると、何処か安心したような表情を浮かべる。

 そして三人の足元に順々に転送術式を展開し、空港の外へ三人を転送する。

 

(正直この方法は、効率悪すぎるよな?)

(仕方ないですよ。この炎の現場で、そんな仮面付けた片腕の男が現れてみてください。阿鼻叫喚ですよ)

 

 要救助者を一人一人転送魔法で送るのは魔力の消費が非常に厳しいが、以前似た様な現場で姿を現し要救助者の子供に泣き叫ばれた事もあった。

 泣くだけならまだいいが、混乱して逃げ回られでもしたら危険すぎる。その為クラウンは姿を消したままで転送魔法という、魔力消費が大きく非効率的な手段で救助を行っていた。

 

(まぁ、他にも救助してる局員は居るだろうし……魔力が切れる前に救助活動が終わる事を祈るよ)

(ですね……あ、次はかなり奥です。エントランスらしき広いスペースに一名)

(了解)

 

 ロキの言葉を聞き、クラウンは再び姿を隠したままで飛行。生体反応のある地点に向かって移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生体反応のあった地点の付近まで来た辺りで、突如ロキがクラウンに念話を飛ばす。

 

(待って下さい! 生体反応が、二つに増えました!)

(……増えた?)

 

 ロキの念話を聞き、クラウンは一旦空中で停止してから聞き返す。

 

(一方は非常に大きな魔力反応。魔導師かと思われますが……どうしますか?)

(救助に当ってる魔導師か? この地点まで来るのは早すぎる気がするけど……念のために、確認はしておこう)

 

 クラウンは現地の救助隊との鉢合わせを避ける為、出来るだけ奥の方……中々救助隊の手が回らない地点を中心に行動していた。

 他の要救助者を救助しながら、既にこの地点まで来ているという事は相当優秀な魔導師だと想像出来た。

 クラウンは一旦地面に着陸し、通路の影からエントランスの方を覗き込む。

 覗き込んだクラウンの視線の先、一人は周囲の瓦礫と炎に隠れて姿が見えなかったが、もう一人は見覚えのある少女だった。

 

(……うん? あれは……)

(スバルさん!?)

 

 床に座り込んでいた青髪の少女は、クラウンが何度か様子を見に行った事のあるクイントの娘……スバルだった。

 スバルが空港火災に巻き込まれていた事に驚いたクラウンだが、直後に聞こえてきた声は更に彼の心を大きく揺さぶった。

 

「良かった。間に合って……助けに来たよ」

(!?!?)

 

 その声は、彼が知っているものよりもいくらか大人びてはいたが……聞き間違える筈の無い人物の声だった。

 そしてその声が聞こえた直後。視線の先、スバルの前に白いバリアジャケットに身を包んだ長い茶髪のツインテールの女性が降り立つ。

 

「よく頑張ったね。偉いよ」

 

 スバルの頬に手を当て、優しい声をかける女性。

 

(ま、まま、マスター……あ、あれって……)

(なのは……さん……)

 

 以前よりは随分背も高く、顔も大人っぽくなってはいたが見間違える筈もないその姿。彼が心から憧れ、家族の様に大切に思った人物……高町なのはの姿がそこにあった。

 局員に復帰したというのはクラウンも噂を聞いて知ってはいたが、直接その目で姿を見るのは事件後初めてだった。

 まさかこんな場所で遭遇するとは夢にも思っていなかったクラウンは、ただ茫然となのはの姿を見続けていた。

 

「もう大丈夫だからね。安全な場所まで、一直線だから!」

 

 そんなクラウンの視線には気付かないまま、なのはは優しく告げて立ち上がり、スバルの周囲に障壁を展開してから杖を天井に向けて構える。

 足元に桃色の魔法陣が展開すると同時に、彼女のデバイスであるレイジングハートが砲撃の準備に入る。

 

≪ファイアリングロック、解除します≫

「一撃で、地上まで抜くよ!」

 

 なのはは力強く言葉を発し、天井を睨むように見る。

 

(一撃で!? そんな、何層あると……)

(いや、あの人なら……)

 

 なのはの言葉を聞いて驚愕するロキに、クラウンは確信したように言葉を返す。

 そしてレイジングハートに二発のカートリッジがロードされ、なのはがそれを構えると先端に凄まじい魔力が収束し始める。

 

「ディバイーン! バスター!!」

 

 なのはの声と共に杖の先端から巨大な桃色の閃光……クラウンが……クオン・エルプスが憧れた。今も記憶に強く残る。いや、それ以上に力強く美しい収束砲が放たれ、何層もある空港の天井を軽々と貫通する。

 そしてスバルを抱え、貫通した天井から空へ飛び上がるなのはの姿を、クラウンは顔に付けていた仮面を外して見送る。

 

≪……よろしいのですか? たとえあの人がマスターに気付かなくても、言葉を交わす事ぐらいは出来るんですよ?≫

 

 いつの間にか仮面を外して姿を現し、想い焦がれる様な視線を空に向け続けるクラウンに、ロキは念話では無く音声で尋ねる。

 

「いいんだ……元気な姿が見れただけでも、十分すぎるよ」

 

 そんなロキの言葉に優しげな笑みを浮かべて答え、クラウンはゆっくりとなのはの飛んでいった方向に背を向ける様に真逆の通路を見る。

 頭に浮かぶのは、以前なのはが笑顔で語っていた言葉。

 

「……(なのはさん。貴女は今も変わらず、その力を誰かの為に使っているんですね)」

 

 心から嬉しそうな笑みを浮かべた後、クラウンは再び手に持った仮面を自分の顔に被せる。

 

≪マスター……あの……≫

「後悔なんてしてないよ。なのはさんにはなのはさんの、俺には俺の……自分で選んだ道がある」

 

 そのままクラウンはなのはの飛んでいった方向に背を向けたままで歩きだす。

 

「さあ、他にも要救助者は居る。急いで救助しよう……見つからないようにね」

≪……はい≫

 

 別々の道を進んだなのはとクラウン、いずれその道が交わる時が来るのかもしれないが……少なくとも、今はまだその時では無かった。

 心に浮かんだ喜びの感情、なのはと言葉を交わしたいという願い。その全てを仮面で覆い隠し、燃え盛る炎に向って道化師の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新暦0071年4月29日……ミッドチルダ臨海第8空港において発生した大規模火災は、駆け付けた航空魔導師達の尽力もあり解決した。

 利用者、職員共に多数の負傷者を出し、空港施設のほぼ全てが焼失する記録的な大事故であるにもかかわらず、死者は一人も存在しなかった。

 そんな奇跡とも言える鎮火救出劇において、現場に居合わせた三人の魔導師の活躍は報道されず、一部の関係者達の記憶のみに残った。

 ……そして、姿を見せる事無く要救助者を救った仮面の魔導師の存在は、その場に居合わせた誰一人として知る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アジト――

 

 

 複数の要救助者を助け、航空魔導師部隊が到着したのを確認してから、クラウンは火災の現場からアジトへと戻ってきていた。

 そして仮面は付けたままで携帯端末を取り出し、オーリスに通信を入れる。

 

『お疲れ様。どうだった?』

「問題無いよ。とりあえず航空魔導師の本隊が到着したのを確認してから戻って来たけど……いくらなんでも遅すぎない? 出動承認の取り方、見直した方が良い気がするよ」

 

 クラウンは仮面を付けたままで、呆れた様な口調で言葉を発する。

 実際今回の大規模火災で活躍したのは、災害救助部隊と付近に拠点を置く陸士部隊。それに現場にたまたま居合わせた高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやての三名。

 救援要請を受けた航空魔導師が到着する頃には、要救助者は殆ど全て救助し終えていた。

 

『……まったくね。この手の緊急事件に対し、航空魔導師部隊の本隊が現場に到着するまで1時間弱。あまりに遅すぎる対応よね』

「組織が大きくなると、その分小回りが利かなくなるか……大変なもんだね」

『ともかく、ありがとう。折角の休息だったのに台無しにしてごめんなさいね。疲れてるでしょうから、次の潜伏先へ向かうのは数日ずらして……』

「いや、予定通り明後日に向かうよ」

 

 心配する様に話すオーリスの言葉を遮り、クラウンは力強さを感じる声で告げる。

 

『で、でも……』

「大丈夫、元気なら貰ったから……大切な友人にね」

 

 どこか誇らしげなクラウンの声、その表情は仮面で隠れていて分からなかったが、オーリスを安心させるだけの元気は感じられた。

 その言葉を聞き、オーリスは少し沈黙した後で微笑んで言葉を発する。

 

『そう……じゃあ、またよろしく頼むわね』

「了解」

 

 通信を切ってからクラウンは、疲れを感じさせない足取りでクイントの部屋へ向かう。

 買ってきたお土産を渡し、今日あった出来事を報告する為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日――

 

 ――ミッドチルダ北部・ホテル――

 

 

 夜通しの鎮火作業と、その後の事後処理を終えたなのは、フェイト、はやての三人は並んでベットに寝転んでいた。

 元々なのはとフェイトは、この北部に拠点を置く部隊で指揮官研修をしていたはやての元に遊びに来ていて、偶々発生した災害救助に参加していた。

 その為三人は事後処理が一段落した後で一緒に借りていたホテルに戻り、そのまま一部屋に集まって疲れた体を休ませながら先の事故の事を話していた。

 そんな三人の耳に、はやてが付けたテレビの音が聞こえてくる。

 

『はい、こちら現場です。火災は現在鎮火していますが、煙は未だ立ち上がっている状態です。現在は、時空管理局の局員によって、危険の調査と原因の究明が進められています』

 

 テレビのモニターにはレポーターの姿が映り、その背後にはなのは達が鎮火救助を行った空港が映し出されていた。

 

『幸いにも、『迅速に出動した本局航空魔導師隊』の活躍もあり、民間人に死者は出ておりません』

「うぁ~、やっぱりな~」

 

 レポーターの報道を聞き、はやては呆れた様な声をあげてベット倒れ込む。

 

「うん?」

 

 はやての声を聞いたフェイトが、眠たそうな目をしながら顔をあげて首を傾げると、それを見たはやてが言葉を続ける。

 

「実際に働いたんは災害担当と、初動の陸士部隊と、なのはちゃんとフェイトちゃんやんか」

「まぁ、民間の人達が無事だったんだし」

「……」

 

 1時間以上到着が遅れた航空魔導師隊が中心になって対応したかのような報道に、心底呆れた様な声をあげるはやてに対し、フェイトは苦笑しながらなだめるような言葉を発する。

 しかしなのはは、特に反応する事も無くぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。

 

「なのはちゃん?」

「え? あ、うん。なに?」

 

 はやてがその様子を見て首を傾げながら尋ねると、なのはは慌てて返事を返す。

 

「疲れてる?」

「あ、えと……そうじゃなくて」

 

 心配そうに尋ねるフェイトの言葉を聞き、なのはは何度か自分の中で言葉を探す様に首を傾げた後で口を開く。

 

「なんか……懐かしい感じがして」

「懐かしい? なにが?」

「んー。いや、ごめん。よく分かんない」

「「?」」

 

 なのは自身どうやらよく分かっていない様で、その言葉を聞いたフェイトとはやても揃って首を傾げる。

 なのはは昨晩空港で鎮火救助作業を行ってから、自分でもよく分からない不思議な感情が心にあった。

 表現するなら懐かしいという気持ちが一番近いが、それが何に対してなのかは心当たりが無かった。

 そんなよく分からない気持ちを振り払う様に、なのはは気を取り直してはやての方を向く。

 

「それで、はやてちゃんの話の続きは?」

「え、あ、うん」

 

 なのはに促され、はやては少し考える様な表情を浮かべた後で意を決する様に口を開く。

 

「……私、自分の部隊を持ちたいんよ。今回みたいな災害救助は勿論。犯罪対策も、発見されたロストロギアの対策も、なんにつけミッドチルダ地上の管理局部隊は行動が遅すぎる」

 

 組織が大きくなれば、それだけ小回りも利かなくなる。クラウンがオーリスに対して呟いたのと同じような感想を、はやてもまた感じていた。

 ただ管理局に身を置いていないクラウンとは違い、管理局に所属しているはやては内部からそれを変えようと考えていた。

 

「少数精鋭のエキスパート部隊。それで成果をあげてったら、上の方も少しは変わるかもしれへん」

 

 はやては正直、現在の管理局上層部をあまりよくは思っていなかった。動きが遅く体面を重視するような体制を、何とか変えたいと考え続けていた。

 そして思いついたのが小回りの効く動きの速い部隊を作る事。事件を迅速に解決してその有効性を示す事で、上層部に現状を見直すように働きかける。

 その根底にあるのは三年半前にあった上層部の発表……今自分が考えている手段が最善とは思えなかったが、それでも何かしなければ何も変わらない。

 はやての親友、今目の前にいるなのはが味わった様な悲しみも繰り返されるかもしれない……まだ上層部に意見する程の地位も権力も無いはやてにとっては、現状思いつく上層部を変える手段はそれだけだった。

 

「そ、それでな……私がもし、そんな部隊を作る事になったら……フェイトちゃん、なのはちゃん、協力してくれへんかな?」

「「ん?」」

 

 はやての言葉を聞いたなのはとフェイトは、キョトンとした様な表情を浮かべて顔を見合わせる。

 それを見たはやては、少し慌てた様子で言葉を付け足す。

 

「も、もちろん! 二人の都合とか、進路とかあるんは分かるんやけど……あのでも、その……」

 

 遠慮した様子でどんどん声が小さくなるはやてを見て、なのはとフェイトは優しく微笑みながら言葉を発する。

 

「何、水臭い事言ってるの? はやてちゃん」

「小学三年生からの付き合いじゃない」

「え?」

 

 なのはとフェイトが優しい笑顔で告げた言葉を聞き、はやては少し驚いた様な表情を浮かべる。

 

「それに、そんな楽しそうな部隊に誘ってくれなかったら逆に怒るよ。ね? フェイトちゃん」

「うん!」

「……おおきに……ありがとうな……なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 なのはとフェイトの言葉を聞き、はやては感極まった様に目に涙を浮かべる。

 

 

 この三人の会話、はやての決意が……

 

 

 何の運命の悪戯か、裏表に別れた二人。いや、三人の道を……

 

 

 謀らずも再び一つに重ねる事になるとは……

 

 

 今はまだ、誰一人として想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で前回より三年半ほど経過したクラウンのお話でした。

タイトルの離合は、車の免許を持っている方ならご存知かと思いますが、狭い道で車がすれ違う事ですね。

今回クラウンの使った魔法、インビシブルは……オプティックハイドのパワーアップ版みたいな感じです。
魔力消費が大きくなった代わりに、持続時間が大幅に強化されています。外部からの衝撃に弱いのは変わりません。

幻術魔法は本編でも数が少ないので、クラウンが使う魔法はオリジナルのものが多くなっていくかと思います。

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