魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~ 作:燐禰
――新暦75年・ミッドチルダ・アジト――
日が昇るよりも早い時間、本日から機動六課に出向する事になるクラウンは、身支度を終えた後でソファーに座り複数の資料を真剣な目で眺めていた。
≪朝早くから、何をされてるんですか?≫
まるで手元の資料を全て記憶するかの様に真剣なクラウンを見て、ロキが不思議そうに尋ねる。
クラウンの手元にある資料に記載されているのは、今日から出向する機動六課の数名の隊員の家族情報。
ロキの質問に対し、クラウンは視線を資料に向けたままで簡潔に言葉を返す。
「……早く部隊に馴染む為の準備かな。まぁ、あんまり多くの相手に使える手じゃないけどね」
≪……また、何か企んでるんですね?≫
「人聞きの悪い……あくまで備えだよ」
やや呆れた様な様子で話すロキの言葉を聞き、クラウンは口元を僅かに緩めながら言葉を返す。
潜入等はクラウンにとっては専門分野であり、当然ながら潜入先で手早く交流を深められるような手段も多く心得ている。
実際にクラウンは、既に機動六課に出向するに当り、幾つかの布石は打ち終えていた。
「まぁ、これが実を結ぶかどうかは出向してみてからかな」
≪……本日は、午前中が部隊内施設を案内するオリエンテーションでしたね≫
「もう既に稼働してる24時間勤務の部隊に出向する訳だから、部隊員集めて紹介って訳にはいかないさ。部隊内を案内しながら、あちこちに挨拶回りって形かな」
ロキの告げた言葉を聞き、クラウンは資料に視線を向けたままで答える。
本日からクラウンは機動六課に所属する事になるが、前線部隊に紹介されるのは午後からの予定になっていた。
前線は早朝から訓練を行っており、隊員を集めて紹介するなら昼食後のタイミングが一番良い。その為、午前中は施設案内という形で管制等に挨拶をして回り、午後から前線に紹介されて詳細な仕事の説明を受ける。
≪オリエンテーションは、誰が案内してくれるんでしょうね≫
「9割ぐらいの確率で、リインさん」
≪……え?≫
ぼんやりと溢した発言に対し、確信に満ちた返答をするクラウン。その言葉を聞いたロキは、不思議そうな声をあげる。
そんなロキに対し、クラウンは資料に向けていた視線を一度外して口を開く。
「たぶん本人が立候補してくれる筈だよ。一応そうさせる為に、この前の挨拶の時にも下準備はしたしね」
≪……どういう事ですか?≫
「俺がごくごく普通の局員だったなら、手の空いてる隊員に案内させればいい。だけど俺はあの外見と性格。初対面の人間を向かわせるとややこしい事になりそう……って感じにはやてさんは、俺の案内係を決める際に悩む。そしてその場にリインさんが居たとしたら、間違いなく自分が案内をするって言ってくれると思う」
≪そ、その心は!?≫
ゆっくりと話すクラウンの説明を聞き、ロキはその先が気になりクラウンを急かす。
その言葉を聞いたクラウンは、苦笑しながら説明を続けていく。
「まずは性格。人見知りをあまりせず、面倒見が良い。次に『俺を一度、案内した経験がある』って所が後押しして、立候補してくれる筈だよ」
≪……以前訓練風景が見たいって、リインさんに案内してもらったのは……この展開を作る為ですか?≫
「そういう事。別にどこでもよかったんだよ……俺を一度でも案内した事があるって形にさえ持っていければね。まぁ、そこでシグナムさんと会えたのは思わぬ収穫だったけど……」
クラウンの言葉を聞き、ロキは一週間前の部隊訪問での出来事を思い返す。
自分から訓練風景を見たいと申し出ておきながら、少し眺めただけで切り上げたあの行動も彼の計算の内だった。
そこまで話した後で、クラウンは楽しそうに笑いながら人差し指を立てて言葉を続ける。
「じゃあ、一つ問題。なんで俺は、リインさんに案内役になってほしかったでしょうか?」
≪……素直な良い人だからですか?≫
「まぁ、それもあるね。リインさんとは初対面だったけど、明るくて話しやすい子だし、性格的には好きなタイプだよ……まぁ、だからこそ、利用するのは罪悪感があるけどね」
≪利用?≫
クラウン自身が語った様に、彼にとって一週間前の挨拶での最大の収穫は、リインと知り合えた事だった。
しかしそれは人格的に好感があるからという訳では無く、今後彼が機動六課で行動していく上で、仲良くしておく事がそのまま利点に繋がるからだった。
「機動六課みたいな身内が多く存在する部隊で、余所者の俺が手っ取り早く馴染む方法は……その身内の誰かと仲良くしている所を見せるのが一番なんだよ。リインさんと仲良くなって、楽しげな感じで各施設を回れば……それだけで、俺にとっては今後の利点になる」
≪……本当に、マスターは悪い人ですね≫
「……自覚してるよ」
ロキが冗談を言う様に発した言葉を聞き、クラウンはどこか自虐的な笑みを浮かべる。
そのまましばらく遠い目で虚空を見つめた後、真剣な表情になって言葉を締めくくる。
「……綺麗な手段ばっかり使う程の余裕はないよ。機動六課には、はやてさんが居る……油断したり躊躇したら、俺の正体もバレるかもしれない」
≪貴方がそれで良いのであれば、私は付いて行くだけですよ≫
「ありがと……出向の時間が近付いたら教えてくれ」
≪了解です≫
クラウンはロキとの話を終え、再び手元の資料に視線を戻す。
ロキは下手にクラウンを慰める様な事は言わない……その言葉が一番主を傷つける事になると知っているから。
クラウンの行動を一番批判しているのは、他ならぬクラウン自身。彼は自分のやっている事を正しい事だとは思っていない。むしろ、常に間違っていると考えている様にも見えた。
罪悪感に苛まれ、自分を卑下しながら、それでも彼は望んで暗闇を歩き続ける。
だからこそロキは主に辛辣な言葉を投げかける。非難する為では無く、それこそがクラウンの一番望んでいる言葉だから。
そんな言葉でしか主の負担を軽くする事が出来ない事を、歯痒く感じながらも……いつかクラウンが、自分にその苦しみを共に背負えと命じてくれる事を願いながら……
――機動六課・隊舎――
集合時間の五分前、一週間ぶりに機動六課の隊舎前にやってきたクラウンを迎えたのは、彼が予想した通りの人物だった。
「あ、クラウン! こっちですよ~」
『やあ、リイン。一週間ぶりだね……今日のオリエンテーションの案内って、もしかしてリイン?』
笑顔で手を振るリインに近付き、クラウンは軽く手をあげて挨拶を交わす。
「そうですよ。ビックリしました?」
『うん。驚いたよ……でもリインが案内してくれるのは嬉しいね。初勤務の緊張も和らぐよ』
「えへへ、喜んでもらえたなら良かったです。クラウンも、緊張とかするんですね」
もうクラウンの外見に関しては完全に慣れた様で、リインは明るい笑顔で言葉を発する。
そんなリインに対し、クラウンはやや大げさな動きで右手を仮面に添えて言葉を返す。
『もう緊張しまくりだよ。昨日なんて八時間しか寝られなかったしね』
「……十分だと思います」
一週間前と変わらない様子のクラウンを見て、リインはどこか楽しげに苦笑しながら言葉を返す。
元々リインがあまり人見知りをしない性格というのもあるが、クラウンも明るい性格である為、二人の間での会話は途切れることなく続く。
しばらくそのまま雑談をした後、頃合いを見てクラウンがリインの方を向いて敬礼をする。
『ではでは、改めて……クラウン一等空尉。本日付けで遺失物管理部・機動六課に合流します!』
「はい! 改めて、これからよろしくですよ」
クラウンの敬礼を見て、リインも小さな体で敬礼をしながら言葉を返す。
『じゃあ、最初は八神部隊長に出向の挨拶からかな?』
「あ、それなんですけど……部隊長は午前中ちょっと手が離せないらしくて、オリエンテーションが終わってから来て欲しいそうです」
『了解。じゃあ、午前中が終わって前線へ紹介してもらう前に尋ねる感じかな?』
「はい。オリエンテーション後、部隊長に挨拶してもらって、昼食を取った後で前線への紹介になります」
クラウンの質問に対し、リインは微笑みながら今日の予定を説明する。
その説明にクラウンが頷いたのを確認した後で、満面の笑みを浮かべて隊舎の方に手を向ける。
「では、さっそく行きましょうか」
『うん……案内よろしくお願いします! リンフォースⅡ部隊長補佐』
「了解です!」
芝居がかった様に真面目な声を出すクラウンに対し、リインも笑顔で敬礼をしながら答える。
そして二人は隊舎に入り、楽しげに雑談を続けながら各施設へ向かっていく。
先ずは高所にある施設から順に紹介していくという事で、クラウンはリインに連れられて、隊舎の屋上にあるヘリポートへとやってくる。
リインが事前に話を通しておいてくれたのか、ヘリポートでは輸送ヘリと共にパイロットスーツを着た男性が二人を待つように立っていた。
茶色の短髪の男性……機動六課のヘリパイロットであるヴァイス・グランセニックは、ヘリの隣に直立して二人を待っていたが……その姿がはっきりと見え始めると、表情に戸惑いが現れる。
視線は明らかにリインの後ろに続くクラウンに向けられており、どんな反応をして良いか分からないと言った様子だった。
「ヴァイス陸曹! お待たせしました」
「……」
すぐ近くまで来たリインが笑顔で話しかけるが、ヴァイスはクラウンを見つめたままで茫然としていた。
しかし少しして我に返り、慌てた様子でクラウンに敬礼をする。
「ヴぁ、ヴァイス・グランセニック陸曹長であります!」
事前にクラウンの階級は聞いていた為、下官に当る自分が先に挨拶をするのが礼儀と考え、ヴァイスは敬礼したままで挨拶をする。
その挨拶を聞き、クラウンも右手で敬礼をし、ヴァイスに比べてやや軽い口調で言葉を返す。
『クラウン一等空尉です……えと、ヴァイスって呼んでいいかな?』
「はい。大丈夫です」
『じゃ、改めてよろしくヴァイス。俺の事も気軽に、クラウンって呼んでね。勿論口調も話しやすいので良いからさ』
「りょ、了解しました」
挨拶を交わしクラウンが敬礼を解くのを確認してから、ヴァイスも手を降ろす……しかし視線は仮面に釘付けなままで、引きつった様な笑みを浮かべながら言葉を発する。
「あ、あのクラウンさん……は、随分と、その、個性的な方っスね」
『ふふふ、ファッションにはちょっと五月蠅いよ』
「ファッションて言うか、仮面の事だと思うです」
何を話していいか分からないと言いたげに恐る恐る言葉を発するヴァイスに対し、クラウンは顎に手を当ててどこか誇らしげな口調で言葉を返す。
それを見ていたリインが、やや呆れた様な表情でクラウンに尋ねると、クラウンは懐に右手を入れてカラフルな仮面を五枚取り出す。
『今日は、五パターン用意してきたよ!』
「お、おぉ! 仮面が一杯ですよ!」
「……(普通に話してる……あれ? 俺の反応がおかしいのか?)」
クラウンが取り出した五種類の仮面を見て、楽しげな様子で話すリイン。ヴァイスはその光景を見て、茫然としたまま立ちつくしていた。
そんなヴァイスを軽く横目に見た後、クラウンは置いてあるヘリに視線を向けて言葉を発する。
『お、これって……JF704式じゃない?』
「……ご存じなんスか?」
クラウンが口にしたヘリの名称を聞き、ヴァイスは混乱から立ち直って尋ねる。
『現時点で最速の大型輸送ヘリだよね。配備されてる所がまだ少なくて、実物見るのは初めてだけど……かなり速そうだね』
「飛行速度もさることながら、輸送可能重量もかなりのもんですよ」
『メインローターは四枚組……機動性も高そうだね』
「……ホント良くご存じっスね! ええ、このサイズでかなり小回りも効きますよ」
スラスラと語るクラウンに言葉を聞き、ヴァイスもいつの間にか熱が入った口調で話し始めていた。
そのまましばらくヘリについての雑談を続けた後、クラウンは少し間を置いてから言葉を発する。
『……ちょっと不謹慎かもしれないけど、乗る時が楽しみだね』
「しっかり、前線の皆さんを現場まで送り届けますよ!」
『頼もしいね。期待してるよ』
「任せて下せえ(……見た目には驚いたけど、随分話しやすい人だな)」
実際の所、クラウンはさしてヘリに興味がある訳ではなく。事前に六課に配備されている機体のデータを頭に入れていただけだった。
勿論その目的は、手早く隊員と打ち解ける為……それはヴァイスに対して効果的に働き、ヴァイスの口調からはいつの間にか固さが取れ、表情も明るいものへと変わっていた。
ヘリポートから始まり、管制ルーム、医務室、食堂等一通りの施設を回り終わり、クラウンはリインと共に部隊長室に向かう廊下を歩いていた。
各所での挨拶において、やはりクラウンの外見に初めは驚く人が多かったが、リインが気兼ねなく話している事が追い風となり、最終的にはある程度会話は出来るようになっていた。
しかしクラウンは最初に出会ったヴァイスを除き、意図的に打ち解けた会話が出来る様には話を持って行かなかった。
あちこちへの潜入を行い、話術に長けているクラウンにとっては……ある程度まで全隊員と打ち解けるのは、さほど難しい事では無かったが、あくまで彼の機動六課での勤務は今日が初日。そこであまり多くの人と親しくなっては逆に違和感が出てしまう。
その為クラウンはヴァイス以外とはあまり多く会話をする事無く、形式的な挨拶のみにとどめていた。
『……(前線メンバーとはある程度親しくなった方が良いのを考えると、初日ならこんなものかな)』
「クラウン? 何か考え事ですか?」
自分の思惑通りに展開が進んでいるのを考え、今後の行動を思案していたクラウンに、リインが隣をフワフワと飛びながら声をかける。
『うん? ああ、部隊長に挨拶した後のお昼の事なんだけどさ……』
リインの質問に対し、クラウンは顎に手を当てて大げさに考えていると言いたげな動きをする。
そのまま少し沈黙した後で、隣で首を傾げているリインに明るく言葉を発する。
『食堂はもう案内してもらったけど、リインさえ良かったら、お昼一緒に食べない?』
「勿論良いですよ!」
首を傾げていたリインは、クラウンの言葉を聞いて明るい笑顔で頷く。
そんなリインを見ながら、仮面の下で口元に笑みを浮かべるクラウンに、ロキが念話で話しかける。
(……また何か企んでますね)
(運次第だけど、上手くいけば午後が楽になるかなって……)
はやてに対しては一週間前に既に面識があった事もあって、挨拶は滞りなく終わり、約束通りクラウンとリインは二人で食堂へ来ていた。
さりげなく全体から目につきやすい位置に座ったクラウンに対し、リインは特に疑問を抱く事無くサイズがサイズなので、同じテーブルの上に座る。
そのまま昼食を取り始めるが、すぐにリインはクラウンの様子を疑問に思って口を開く。
「仮面付けたままで、どうやって食べるんですか?」
『……ふふふ、見くびってもらっちゃ困るよ』
尤もなリインの疑問に対して、クラウンは楽しげに答えた後……恐ろしいほど器用に仮面の隙間から食事を口に運んでいく。
「お、おぉ……な、何がどうなってるかよく分からないですけど、なんか凄いです!」
仮面を付けたままで食事をするクラウンを見て、リインは深くは考えず感動した様な視線を送る。
少しそのままクラウンが食事を取るのを眺めた後、リインは自分用に小さく盛り付けられた料理を食べ始める。
『あ、そういえばさ……リインって、ユニゾンデバイスだったりするの?』
「そうですよー。はや……八神部隊長のユニゾンデバイスです」
魔導師達が使うデバイスには様々な種類があり、リインはその中でも特に希少なユニゾンデバイスであった。
元々は古代ベルカで生まれたとされるそのデバイスは、あらゆる面において他のデバイスには無い独自の機能が備わっている。
独立しての魔法行使に始まり、人間と変わらない程の感情と思考能力。そしてその性能は主と融合することで最大限に発揮される。
マルチタスクと呼ばれる並行処理を使わずに複数の魔法を同時行使出来たり、術者が行使した魔法にユニゾンデバイスが魔力を上乗せする事により、その威力や精度を倍加する事も出来る。
他のデバイスとは一線を隔す極めて高性能なデバイスだが、その反面融合適性と呼ばれる資質が必要で、適性のある者でもユニゾンデバイスとの相性次第で、融合事故と呼ばれる現象が起こる可能性も高い。
その為現在では使用者は殆ど存在せず、クラウンも実際に目にしたのはリインが初めてだった。
小柄な外見から想像して尋ねたのだが、肯定された事にはクラウン自身も少々驚いていた。
『へぇ……噂には聞いてたけど、実際に会ったのは初めてだよ』
「……やっぱり、変でしょうか?」
他人とは違う自分の体に多少なりともコンプレックスがあるのか、リインはやや不安そうな顔で聞き返す。
しかしクラウンは、特に気にした様子も無く即答する。
『別に変じゃないよ。むしろユニゾンデバイスで、管理局の階級も持ってて、魔導師ランクまで習得してるんでしょ?』
「え? あ、はい」
表情は仮面で見えなかったが、さも当前の様な口調で話すクラウンの言葉を聞いて、リインは少々驚いた様な表情で頷く。
そんなリインの掌では大きすぎる程小さな頭に、クラウンは人差し指を乗せて軽く撫でる。
『リインは凄いね。尊敬しちゃうよ』
「そ、そうですか?」
『うんうん。それに……変って言うなら、俺の方じゃない?』
「……あはは、それはそうかもしれないです」
冗談めいたクラウンの言葉を聞いて、リインは再び明るい笑顔に戻る。
表情が戻ったのを確認したクラウンが手を引くと、リインはしばし考える様に沈黙した後、満面の笑みを浮かべて言葉を発する。
「……クラウンが、良い人でよかったです」
『……』
その言葉を聞いて、クラウンが仮面の下で辛そうな表情を浮かべた事には気付かず、リインは笑顔のままで食事を再開する。
クラウンも仮面の下の表情を表に出す事は無く、そのままリインと雑談を交えながら食事を続けた。
二人が食事をしている食堂……その入り口では、数名の人物が茫然とした表情で立ちつくしていた。
「……アレ、何だ?」
「さ、さぁ?」
唖然とした表情でヴィータが告げた言葉に、なのはが呟くように答える。
その後方ではフェイトと新人フォワードの四人が、一言も発さないままで食堂中央に鎮座する仮面の男を見つめていた。
彼女達は午前中の訓練を終え、昼食を取る為に食堂に来たのだが……食堂に入って真っ先目に付いたのは、クラウンの姿だった。
どんな風にリアクションを取って良いか分からないままで立ちつくす七人の元に、少し遅れてシグナムがやってくる。
「……なぜ、入り口で立ち止まってるんだ?」
「シグナム……いや、なんか変なのが……」
シグナムの言葉に反応し、ヴィータが表情を引きつらせながら食堂の中央に視線を送る。
その動きを見て、シグナムも食堂中央を覗き込み、少しして納得した様に頷く。
「……ああ、クラウンに驚いていたのか」
「クラ……ウン? え、じゃ、じゃあ、あの人が?」
「今日から来るって言う、前線の人?」
シグナムの発した名前を聞き、フェイトとなのはが驚愕した様な表情で聞き返す。
「そうだ……リインも一緒か、仲が良いなあの二人は」
「うん? ああ、ホントだ……よく見たらリインも一緒に居やがる」
クラウンのあまりのインパクトで同席者までは意識が向いていなかったようで、シグナムの言葉を聞いてヴィータも同じ席に座るリインの姿を見つける。
内容までは聞こえないが何かを話しているようで、リインは満面の笑顔で楽しげにしていた。
「まぁ、見た目は奇妙だが悪い奴ではない。話して見ると、存外話しやすかったぞ」
「へぇ……」
リインの姿を見ていくらか驚きから戻ってきた七人に対し、シグナムが軽く微笑みながら説明し、ヴィータが少し驚きの残る顔で呟く。
その展開は、クラウンにとって想定していた中で最高のものだった。
そもそもクラウンが食堂でわざと目立つ中央の席に着いたのは、自分をより多くの人間の目に晒す為……そして叶うならば、午前訓練を終えたフォワード陣に一度見られておきたかった。
そしてその場にシグナムが居合わせれば、以前の訪問の際に自分と話している為、ある程度の説明は入れてくれるだろうと想定していた。
前線と昼食の時間が合うかどうか、現段階で教導に参加していないシグナムがその場に居合わせるか否か、不確定な部分が多く。そうなれば運が良い程度に考えて取ったリインとの昼食だったが、偶然はクラウンに味方した。
「午後の訓練が開始する前に紹介がある筈だ」
シグナムがそう締めくくり、七人もある程度納得した表情でそれぞれ食事を取る為に動きだす。
昼食を終えたクラウンとリインは、前線メンバーへの紹介の為に隊舎の一室に来ていた。
隊長・副隊長・新人フォワードの計八人が一列に並び、それに向い合う形でクラウンとリインが立つ。
『本日付けで、機動六課・ライトニング分隊へ配属となりましたクラウン一等空尉です。コールサインはライトニング05。階級とかは気にせず、気軽にクラウンって呼んでもらえたら嬉しいです。まだまだ不慣れで足を引っ張るかもしれないけど、早く馴染める様に頑張るので、これからよろしくお願いします』
「クラウンは幻術魔法を専門に使う魔導師さんで、任務ではライトニング分隊として行動しますが、教導では主にスターズ分隊を教えてもらう予定です」
クラウンの挨拶の言葉に続ける様に、リインが軽く補足を入れて紹介する。
シグナムを除く前線メンバー達は、まずその甲高い声に驚き、そして見た目からは想像できない丁重な挨拶に再び驚いていた。
そしてリインの説明が一段落した後、八人もそれぞれ順に自己紹介を行い顔見せの挨拶は終了となった。
挨拶を終えた後、まずはライトニング分隊としての仕事を説明する為にフェイトとシグナムが残り、なのはとヴィータは新人フォワード四人を連れて午後の訓練に向かった。
リインも自分の仕事に戻る為にその場で別れ、室内にはフェイト、シグナム、クラウンの三人だけが残る。
「あ、そ、それでは……改めて、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
『よろしくお願いします。フェイト隊長』
「あ、えと、話しやすい口調で大丈夫。ら、楽にして下さい」
『了解』
いくら一度見ているとは言っても、やはり直接目の前で会話するのは戸惑う様で、フェイトはやや緊張した様子で話す。
そんなフェイトを見て、クラウンは考える様に顎に手を当てた後、明るい声で言葉を発する。
『……ハラオウンって言うと……もしかして、クロノ・ハラオウン提督のご家族だったり?』
「え!? あ、はい。義兄です……知ってるんですか?」
『直接会った事は無いんだけど、以前次元航行部隊に所属してた時があって、その時にクロノ提督の艦と合同任務に出た事があるよ……第189観測指定世界で、そこそこ大きな任務だったんだけど……』
「あ、聞いたことあります。確か危険性ロストロギアの回収任務ですよね」
クラウンの口から出た義兄の名前を聞き、フェイトは少し驚いた様な表情を浮かべて会話をする。
『そうそう。そこで旗艦が大きなダメージを受けて、クロノ提督の艦が代わりに隊列の前に出たんだけど……あれは見事だったね。若いのに的確で冷静な対処、素晴らしかったよ』
「へぇ……そんな凄い事を……」
『クロノ提督が居たからこそ、あの任務は成功したみたいなもんだったよ……あっと、ごめんね。話が逸れちゃって……』
「いえいえ、それじゃあ、仕事の説明をしますね」
先程まで固かった筈のフェイトの表情を緩んだのを見て、クラウンは話を元に戻す。
クラウンの言葉を聞き、フェイトは明るい微笑みを浮かべた後、ライトニング分隊としての仕事を説明し始める。
説明される仕事の内容に頷いたり返事を返すクラウンに、ロキが感心した様な声で念話を送る。
(……朝の資料は、この為だったんですね)
(フェイトさんみたいなタイプは、本人を褒めたりするより、身内の話題を出した方が打ち解けやすいんだよ)
勿論クラウンはクロノと同じ任務などに行った事は無い。クロノの経歴を調べ、出来る限り新しく大規模な任務を記憶していただけ。
それを態々思い出す様に間を空け、尤もらしく語ることで信じ込ませる……詐欺師の様な話術だった。
仕事の説明は数十分ほどで終わり、話し終えたフェイトは軽く息を吐いて言葉を発する。
「……何か質問はありますか?」
『うーんと……今日、この後はどうすればいいのかな?』
「今日、すぐにやってもらう仕事は無い。午後は部隊内を自由に回ってもらって大丈夫だ。午前中のオリエンテーションでは挨拶だけで、あまり会話も出来ていないだろうから、隊員達と親睦を深めてきてくれ」
フェイトの言葉を聞いてクラウンが発した質問に、シグナムが軽く微笑みながら言葉を返す。
『了解。じゃあ、通信コードを転送しておくから、仕事があれば呼んでね』
「はい。それじゃあ、改めてこれからよろしくお願いします」
『こちらこそ、これからよろしく』
微笑みながら話すフェイトの言葉に、明るい声で答えた後、クラウンは丁重に頭を下げてから退室する。
その姿を見送り、フェイトは隣に立っていたシグナムに話しかける。
「シグナムの言った通りでしたね」
「うん?」
「見た目より、ずっと話しやすい人でした」
フェイト達と別れたクラウンは、寄り道をする事無く訓練スペースに向かい。新人フォワードの訓練を眺めているなのはとヴィータの元に近付く。
『見学しても良いですか? なのは隊長、ヴィータ副隊長』
「あ、クラウンさん。ええ、勿論……後、敬語じゃ無くていいですよ? 私の方が年下ですし」
話しかけられて振り返ったなのはは、クラウンに対し微笑みながら言葉を発し、隣にいたヴィータもそれに同意する様に頷く。
その言葉を聞いて、クラウンは少し考えた後で明るく言葉を返す。
『じゃあ、お互い敬語は無しって事でどうかな?』
「わかりま……ううん。分かった」
「ああ、あたしもその方が話しやすい」
シグナムからの説明やリインの態度を見て、ある程度クラウンの人となりを察していた二人は、特に抵抗する事無くクラウンの提案を了承する。
そのままクラウンはなのはの隣に立ち、訓練スペースを走り回る新人フォワード達に視線を向ける。
『俺が教える予定のティアナって子は……ああ、あの子だね』
「あ、クラウン……その事なんだけど……」
『うん?』
新人たちの中にティアナの姿を見つけて言葉を発するクラウンに、なのははやや申し訳なさそうな表情で話しかける。
「その、しばらくは基礎訓練に専念させたいから……クラウンに参加してもらうのは、ある程度基礎が固まってからにしたいんだけど……」
『了解。基礎は大事だからね』
しばらくは教導に参加しないでほしいという旨を、やや遠慮気味に伝えるなのはに対し、クラウンは特に気にした様子も無く答える。
『ああ、でも、何か手伝える事があったら何時でも言ってね。教導官資格は持ってないけど、部下を指導した経験はあるし、少しは役に立てるかも?』
「うん。ありがとう……その時は、よろしくね」
なのはの教導方針を尊重すると語るクラウンの言葉を聞き、なのははホッと安心した様な表情で微笑む。
「ところで、クラウン?」
『うん?』
なのはとクラウンの話を聞いていたヴィータは、それが一段落したのを見計らって言葉を発する。
「幻術魔導師って、どんな事が出来るんだ?」
「あ、それは私も興味あるかも」
やはり幻術専門の魔導師というのは珍しいらしく、ヴィータの言葉を聞いてなのはも興味深そうな言葉を発する。
二人の言葉を聞いたクラウンは少し考え、足元に小さな魔法陣を浮かべる。
するとクラウンの姿がノイズが走る様にぶれ、二人に増える。
『どんなと言われても……』
『困るんだけど?』
「おぉっ!?」
「え、えぇ!?」
二人に増えたクラウンが、顔を見合わせて会話するのを見て、なのはとヴィータは驚愕の表情を浮かべる。
「フェイクシルエット? いや、こんなスピードで展開……それに喋ってるし」
「……どっちが、本物か全く見分けがつかねぇ……」
なのはの頭にはティアナが使う幻術魔法が浮かぶが、ティアナのフェイクシルエットは言葉を発する事は出来ない上に、高レベルの魔導師である二人ならばじっくりと見ればある程度は違和感を感じ取る事が出来る。
その為ティアナが実戦で使う際には、作り出したシルエットを遠隔操作で動かし、違和感を悟られにくくしているのだが……クラウンの作り出した幻影は、二人がどれ程注意して見ても判別できなかった。
『どっちが本物?』
『本物は……』
恐ろしく高度な幻影に二人が感心していると、目の前の二人のクラウンは顔を見合わせながら話す。
すると突然、なのはとヴィータの後方から声が聞こえてきた。
『こっちが本物だけど?』
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
完全に目の前にいる二人のクラウンに集中していたなのはとヴィータは、後方から聞こえてきたクラウンの声に驚愕する。
慌てて二人が振り返ると、そこには三人目……もとい本物のクラウンがいつの間にか回り込んでいて、彼が指を弾くとさっきまで話していた二体の幻影が消える。
『とまぁ、この場で出来るパフォーマンスは、こんなところかな?』
「ぜ、全然気付かなかった……」
なのはもヴィータも歴戦の勇士であり、一週間前のシグナムがそうだったように、完璧に後ろを取られたのは驚きだった。
驚きで目を見開いたままの二人に対し、クラウンは軽く手を横に振りながら言葉を続ける。
『これ以外の幻術魔法……特に大規模幻術魔法なんかは、魔力もかなり消費するから、機会があれば実戦で見せるよ』
「……成程、おもしれぇな」
楽しげに話すクラウンの言葉を聞き、ヴィータもニヤリと笑いながら言葉を返す。
そして再び訓練風景を眺め始めたクラウンを横目に、なのははヴィータに念話を飛ばす。
(ヴィータちゃん、印象は?)
(……どうにも読めねぇ、妙な奴だが……シグナムの言う通り、悪い奴じゃねえと思う)
クラウンに対する印象を訪ねるなのはの念話に、ヴィータは少し言葉を選ぶようにゆっくりと答える。
(いや、というか……悪い奴には思えないっていうか……よく分からねぇが、なんかホッとするんだよな……)
(……奇遇だね。私もそんな感じ……何か変な所は一杯なのに、あんまり気にならないっていうか……なんだろうね? これ)
なのはとヴィータは、クラウンに対し不思議な印象を抱いていた。
初め見た時は驚いた筈だったが、何故か少し話すとそれは気にならなくなっていた。疑問に思う部分は沢山ある筈なのに、それを追求する気にならない。
本人達にも理由は分からなかったが、何故か漠然と……クラウンは悪い人物では無く、信用に足る存在なのだと認識し始めていた。
答えの出ないその感情に戸惑いながらも、二人の胸中にはこれから先への期待とも言える思いが生まれていた。
なんだか書いてる内に、どんどんリインの事が好きになっていってる感じがします……リイン可愛いよ。
そしてロキも、内面的にはマスター大好きっ子です……あんま表には出さないですが……
それはさておき、ようやくクラウンは機動六課に合流しました。
クラウンは非常に徹底しています……やり口が殆ど詐欺師ですね。
新人フォワード達との絡みはまだですが、なのはやヴィータとは言葉を交わしましたね。
以前なのはが空港火災で懐かしさを感じたように、やはり二人はクラウンに対して奇妙な印象を抱いているようです。
それが果たして答えに繋がるかどうかは……今後の行動次第ですね。
次回はファーストアラート……の筈、きっと、たぶん……