ーー12月26日、ホープフルステークス当日の控室にて
「嗚呼……これは由々しき事態だよ、トレーナー君!」
メイクデビューとは異なり、通常の時間通りに控室に居座るテイエムオペラオーの口からとんでもない発言が飛び出した。
「…ッ!?どうしたんだ!!どこか体に不調でもあるのか!?」
ステータスを確認する限り、数値故障率ともに何も問題がない。むしろ普段より上昇しているようにも思える。
ーー…まさかステータスを信用しすぎたツケが回ってきたか!?いや、無いとは思っていたがメンタル面の問題もあるかもしれない、何はともあれ本人の口から確認しなければ…くそっ、俺が不甲斐ないせいで…。
「ーーレースに向けて昂る心、ボクの中の激情が膨れ上がり、今にも溢れ出してしまいそうなんだ!」
……
「どうしたんだいそんなに呆けて。おっと、もしかして見惚れてしまったかい?わかるよ、ボクも先程まで鏡の前で立ち尽くしてしまったからね……。」
確かに今日のテイエムオペラオーは勝負服に身を包んでおり、彼女を心配するトレーナーという立場でなければ思わず魅了されてしまうような佇まいである。
「…あぁ、少し見惚れてしまったよ。煌めく金飾り、風に靡くマント、どれをとっても君の中の覇王を際立たせるよ」
「はーっはっはっは!わかっているじゃないかトレーナー君!この衣装に身を包んだボクはもはや完璧!すべてを魅了する完全無欠の世紀末覇王なのさ!!はっはっはっはっはっは!!
ーーだから、信じて待つといい、心配性の
そう言ってテイエムオペラオーはぱちりと目配せをとばした。心配とは、ある意味不信の顕れであり、トレーナーはそれを担当ウマ娘に見せてはいけないものである。俺はテイエムオペラオーに見透かされてしまった己を恥じた。
「…ゴール前で待ってるぞ。」
自分への不信より、オペラオーへの信頼すべきだと俺は笑ってそう言い彼女を見送った。
…俺は、彼女にふさわしい存在なのだろうか。
ーーー
《今年のレースも残りあと少しとなりました。1年を締めくくるG1レースのひとつ、ホープフルステークス!バ場状態は良、今年は12人立てで行われます。》
《来年のクラシック級を担う12人のウマ娘たち、これからのレースが楽しみですね》
《ジュニア級王者の栄冠を手にするのはいったいどのウマ娘なのか!それではパドックの様子を伺っていきましょう!》
《1番イージーキープ、11番人気です》
《これまでのレースではあまり結果を残せませんでしたが、やる気十分に見えます。好走に期待したいですね。》
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《4番アドマイヤベガ!2番人気です。》
《先日のエリカ賞では素晴らしい走りを見せてくれました。1番人気こそ譲りましたが調子は上々、少し緊張しているようにも見えますが今回も強い走りが期待できます》
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《7番、テイエムオペラオー!堂々の1番人気です!》
《メイクデビューを大差で勝利したウマ娘ですね。直近のレース記録こそありませんが飛び抜けた能力を持ったウマ娘であることは間違いないでしょう。G1の舞台でも圧巻の走りを見せて欲しいですね。》
「はーっはっはっは!ボクのファンよ、そして未来のファンたちよ!この覇王の舞台へようこそ!そしてその目に焼き付けたまえ!!世紀末覇王伝説序章『覇王戴冠のプロローグ』を!」
ワアアアアアアアアアアアア!!!
《おおっとここでテイエムオペラオー!大胆な宣戦布告だぁ!》
《掛かってしまっているかもしれません、一息つけると良いのですが》
《8番はマチカネキンノホシーーーーー
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「オペラオーさぁん…すごいですぅ…。わ、私も、私もぉ……む、無理ですぅぅぅぅ!」
「…別に真似する必要はないんじゃない?」
中山レース場関係者席。デジたんを拾いに行った場所にはメイショウドトウと女トレーナーがいた。彼女の名前は田安トレーナー、見ての通りメイショウドトウをスカウトしたトレーナーで言ってしまえば中堅トレーナーである。どうやら今回のレースにはメイショウドトウ以外の担当が出走しているらしい。
「あら、新人君じゃない。いつもドトウちゃんの併走を手伝ってくれてありがとうね。」
「お久しぶりです先輩。併走トレーニングはお互い様ですよ、いつも助かってます。」
研修時代に田安トレーナーには良くしてもらっており、メイショウドトウの面倒を診ていたこともあって割と仲が良い。今でも顔を合わすことはないが、たまにメイショウドトウが許可を貰って来てはみんなで併走トレーニングを行っている。
「…いつものようにゴール前で観戦するの?若いって良いわね。」
「はは、約束しちゃったんで。それでは、お先です。」
「…ドトウちゃんもいってらっしゃい、友達なんでしょ?」
「…!と、トレーナーさぁん!待ってくださいぃぃ!」
「…トレーナーはワタシでしょうに。」
《間もなくゲートインが完了します。中山芝2000ホープフルステークス、勝利の栄光は誰が手にするのでしょうか!》
《収まりまして体制完了しました》
ガコン
《スタートしました!揃いましてきれいなスタートとなりました!》
《先行争いはまず外目をついてゼンノスピリット、その次エンソクワダツミ、内を回っては一番人気テイエムオペラオー、その外をついたゼンノスピリット、前二人の先行争いによって2バ身のリードとなりました!》
《熾烈な先行争いですね、最後までスタミナが持つのか心配です。》
先頭2人が競り合い、テイエムオペラオーはその後ろで待機している。先行策のスタートダッシュとしては理想的で、ペースコントロールや抜け出しが最もやりやすい位置取りをキープしている。
(自分に自信があるからこその位置取り、余裕をもって前に付きながらも経済コースを走れる。レース展開が彼女に味方したな。)
「ひょわあぁっ!流石はオペラオーさん!持ち前の威圧感によって前を掛からせて、自分に有利な展開を作りましたね!エンソクワダツミちゃんは割と引っ込み思案なウマ娘ちゃんでーー(略)」
「す、すごいですオペラオーさぁん!」
「…マジで?」
嘘か真かは覇王のみぞ知る。
《3番手にはユアアウェイク、内からイージーキープ、5番手争いはエンソクワダツミ、その後ろは2バ身ほど離れてマチカネキンノホシが追走しています、中団の後ろに2番人気アドマイヤベガが控えています。》
《エンソクワダツミ、先行争いを止めて後ろに控えました。これが吉と出るか凶と出るかはレースの展開次第ですね。》
注意すべきアドマイヤベガは後方4番手から5番手。彼女の得意とする追い込みの直線一気を狙っての作戦だろう、真後ろに付いて風よけにすることで体力も温存できる。かのベテラントレーナーに師事するだけあって、強い走りをする娘だ。
ふと、パドックにいたときに盗み見たアドマイヤベガのステータスを思い出す。
(選抜レースの時からスピードを重視したトレーニングをしていたのが功を奏したのか、スピードは一回りほどオペラオーが上回って逆転している。後はパワーが少しだけアドマイヤベガの方が高くそれ以外は同等か少し上程度だった。)
単純に考えれば、勝てる。
しかし自分を信じきれない心の弱さか、握る拳は少し震えていた。
《各ウマ娘12コーナー中間に入って第2コーナーカーブに向かいますが、ゼンノスピリット先頭で2バ身くらいのリード、2番手にはユアアウェイク少し離れてテイエムオペラオー、4番手にはイージーキープ、5番手には2バ身ほど離れていますが外からエンソクワダツミ、内からマチカネキンノホシが追走そしてピタリと後ろにアドマイヤベガ。後方からはオーツカダークネスが迫っています》
《ゆったりとした流れになりましたね、先頭のゼンノスピリットは脚をためているようです。これは波乱の予感がしますね。》
1000メートルの通過タイムは平均に比べると遅めのタイム。確かにスローペースで脚をためたウマ娘たちがラストスパートで爆発、わりと波乱の可能性があるのかもしれない。
《やや縦長の展開が続きまして、各ウマ娘第3コーナーのカーブに差し掛かりました。先頭にはゼンノスピリット、リードは半バ身となりました。2番手にはユアアウェイクその外テイエムオペラオーが追走。前3人にわずかに離され手イージーキープら3人固まって外からアドマイヤベガが追走。そして1バ身差2人並んでマチカネキンノホシ、そして中を突くオーツカダークネス、勝負は第4コーナーへ持ち越されました!》
《これは大混戦になりそうです、各ウマ娘の位置取りに注目したいところです。》
ここからが本番、あと一分もせず決着がつくだろう。
ごくり、と自分の喉が鳴る音がする。
勝ってくれ。テイエムオペラオー。
ーーー
(完璧なレース展開、完璧な位置取り、そして完璧なボク!ーーここだっ!)
《各ウマ娘第4コーナーを回りますーーここでテイエムオペラオー前を交わして先頭へ躍り出たっ!残り400メートルを通過しました!各ウマ娘一団となって最終直線へと向かいますがテイエムオペラオーは一歩リードっ!中山の直線は短いぞ!後ろの娘達は間に合うのか!》
交わすのは、一瞬。
先頭2人はすでに後方、鮮やかな一閃を以て先頭へと躍り出る。
「はーっはっはっは!世界よ!これがボクの覇王の走りだ!」
美しく、そして冷酷に、後続を突き放す。
《粘るゼンノスピリット!しかしその差は開いて1バ身差でテイエムオペラオー先頭!これは決まったか!》
(こうも早く圧倒的な覇王を見せつけてしまうとはね、困ったものだ……ん?)
ーーレース場に突然夜の帳が下りる。
(…異常気象?いや、今の天気は晴れだと認識しているし、太陽もボクを照らしてくれている。…なるほどボクは『これ』を魂で認識している!!そしてその元凶は…!)
《外からアドマイヤベガだ!!!バ場の真ん中を突いてアドマイヤベガが上がって来る!驚異的な末脚でテイエムオペラオーに追いすがる!》
(アヤベさん!やはり歌劇には試練がつきものだ!『これ』が何なのかはわからないがやはり最初にボクの前に立ち塞がるのは君だったようだね!)
ひしひしと感じる背後からの重圧。しかし心地よく感じる自分がいる。
《残り200を切りました!先頭は依然テイエムオペラオー、しかしその差は僅か!アドマイヤベガ上がってくる、先頭まで半バ身、アドマイヤベガ伸びる!アドマイヤベガ伸びる!》
『…勝つ、勝たないと。あの子の分まで。それが私の…』
アドマイヤベガが、横に並ぶ。
(…君が何を背負っているかは知らないが、ボクは世紀末覇王だっ!世界中のファンが
《並んだ!アドマイヤベガ並んだ!3番手争いはマチカネキンノホシ!先頭はアドマイヤベガ、テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、テイエムオペラオーまだ伸びる!》
『…あの子のために、私は…私を…』
(いい走りだったよ、アヤベさん。しかし、君の抱える『何か』より、ボクのファンたちの期待、ボクのボクに対する期待、そしてトレーナー君の願いの方が少し重かったようだね。)
そしてーー
《アドマイヤベガ苦しいか!先頭はテイエムオペラオー!テイエムオペラオー、頭一つ分の差をつけてゴールイン!!!》
ーーレースが終わった。
『あぁ……』
(…再戦を待っているよ、アヤベさん。次は君自身の想いも乗せて来るといい。)
《1着はデッドヒートを制しテイエムオペラオー!!宣言通りホープフルステークス戴冠!!!2着はアドマイヤベガ!3着はマチカネキンノホシ!》
《両者共にジュニア級とは思えない素晴らしいレースでした。来年の三冠路線の主役はこのウマ娘たちで決まりと言ってもいいでしょう。》
「ーー刮目せよ!ボクが、ボクこそが、覇王だ!!」
ーワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…
1着 7番 テイエムオペラオー
2着 4番 アドマイヤベガ アタマ
3着 8番 マチカネキンノホシ 2 3/4
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・
・
ーーー
時は過ぎ、車内。今回は前回の経験を活かして、トレセン学園御用達のタクシードライバーの運転のもと帰宅している。
「はーーーっはっはっは!聞いていたかトレーナー君!ボクがゴールした瞬間の歓声を!ボクを称える声を!ゴールを通過するときの一瞬の静寂からの爆発的な大っ歓っ声!まさにラダメスの凱旋が始まったかのようだったよ!はーっはっはっは!!」
「オペラオーさぁん…その話は12回目ですよぉ…。」
「ドトウ、確かに君は同じ内容を何度も聞いているように感じているかもしれない。しかしっ!ボクは常に進化し続けている!つまり君たちはその瞬間限りのボクを感じることができるというわけさ!」
「ファッ!?流石はオペラオーさん、デジたん一生の不覚!ぐぬぬデジカメは今日のレースを撮ってメモリーがもう…どうして替えのメモリーを持ってないのですか!?あたしの脳みそのポン菓子!おたんこにんじん!か、かくなる上はデジたんメモリーに焼き付けるしか…」
「はーっはっはっは!さて、もう一度今日の物語を語り合おうじゃないか!」
「…ふえぇ〜〜っ!?」
「…ドトウ、今日くらいは許してやってくれないか。」
ちなみにドトウのトレーナーはもう一人の担当と話をするためにドトウを押し付けて帰っていった。
「あっいえいえ…G1勝利ですし、わ、私も負けないように頑張らないと。」
「そういえばだがトレーナー君!レース中にアヤベさんが夜を呼び寄せていたが、あれはなんなんだい?」
テイエムオペラオーの口から突然飛び出したファンタジックな発言、だがしかし俺たちトレーナーにとっては一つだけ心当たりのあるものがある。
「……帰ってから2人きりのときに伝えよう。守秘義務というやつなんだ。」
ーー領域、というものがある。一流のウマ娘がレースをしたときに見せる集団幻覚。一説にはウマソウルの共鳴によって発現される勝ちパターンの具現化。それを習得しようとした故障したウマ娘は数知れず、オペラオー以外の2人にはまだ早い。
「はっはっは!ならば話を変えよう!ボクの次の舞台について!」
…ついにこの話をする時が来たか。
「…ああ、もちろんクラシック三冠の一冠目。皐月賞には出走する。」
テイエムオペラオーは皐月賞を勝っている。故に、必ず勝たなければならない。
「当然だとも!クラシック三冠は覇王たるボクの手にこそふさわしい!…どうやらそれだけじゃないようだねトレーナー君。」
ああ、それだけじゃない。
「…これは、俺のわがままだから、もし嫌だったら無視してもらっていい。」
「はっはっは!君のわがままだろうとなんだろうと、君とボクはあの日同じ目標を定めあった!答えは1つしかないじゃないか!」
ポンと胸を叩くテイエムオペラオー。こんなにも俺を信頼してくれている彼女に
「…OP戦、皐月賞の2週間前に行われる、伏竜ステークス。」
「その伏竜ステークスで勝ってくれないか?…理由は、申し訳ないが、君が皐月賞を勝ってから話したい。どこまでも自分勝手ですまないが、頼む。」
伏竜ステークスは海外のとあるレースへのステップレースとして指定されている。だが、その道を歩むことはかのMCローテも目じゃない程に過酷で、オペラオーを思うなら絶対に選択しない。伝えることすら憚られる。
けれど馬鹿なことに俺は彼女にユメを賭けてしまおうとしている。
「…くくく、はーっはっはっは!何を言うかと思ったら、よもやレースとは!もちろんいいさ!中1週だろうとなんだろうとこの覇王に不可能はない!」
「…あ、あのぉ…伏竜ステークスってダート戦だったとデジたん記憶しているのですが…」
あぁ、その通り。中山レース場ダート1800メートル右回り。テイエムオペラオーにとって未知の領域。だが、アグネスデジタルとのトレーニングによって予想外に伸びたダート適性はC。CもあればOP戦はステータス次第だが余裕である。
「…たとえどこであろうとこのボクの輝きは隠せないさ!任せてくれたまえよトレーナー君!」
笑顔で了承するオペラオー。その太陽のような笑みは俺の心に陰を落とした。
今世では何かを成したい、『特別』になりたいという俺の下賎な欲望のためにテイエムオペラオーを利用する。彼女のキャリアを傷つけてしまいかねない提案を平気でしてしまえる
己を最低だと思った。
しかし吐いた言葉は飲み込めない。
今宵、彼女の運命は決定的にレールから外れた。
テイエムオペラオー、伏竜ステークス出走。
へへ、バレてないバレてない…
キャラの解釈違い等は何らかの方法で具体的に指定していただけると私のウマ娘ライフがはかどります。