「とうとうきたのか!」
ダンスホールの中心にいた男は女から手を離しこちらに駆けてくる。
ふと、男の腰にサーベルが刺さっているのが見えてしまった。
「っっ…………」
危機感を覚え入ったドアを探すが後ろを見ても入ったはずの小さなドアはない。
高さ二メートル大きな両開きのドアがあるだけである。
横を見る。
無駄に豪華な装飾のある壁しかない。
斜め上を見る、左右両方に窓はあるが高さもある為、そこに行くのは不可能だろう。
逃げるなら…………
後ろのドアしかない!!
「っっ!」
大急ぎで後ろを振り返りドアを潜る。
道は左右に分かれている。
右の道は電灯に照らされた明るい道、
左の道は電灯の消え掛かった暗い道。
暗い道を選ぶ、
そちらの方が自身が移動した痕跡を残さないだろうと咄嗟に考えてのことである。
ドン!!!
男がドアを蹴り開ける音が聞こえる。
「どこだ!どこに逃げたッ」
幸い男は反対の明るい道に進んだようでどんどん声が遠のいていく。
「…………なんなんだ……」とホッとひと息つく間もなく
「ばぁ!!!」
と後ろから楽しそうな小女の声が聞こえた。
「ッッッ!!!」
振り返る。
年齢は十五ほどだろうか。
生きていればわたしの娘と同じくらいの年齢である。
身長百五十センチほどのお姫様のような赤いドレスを着た金髪碧眼の少女がクスクスと笑いながらこちらを見ている。
「キミっ…………」
と少女に怒鳴りつけようとするも自身が追われていることを思い出し口を閉じる。
ドクンドクンドクンと
心臓はかつてないほど拍動を繰り返している。
驚かされたこともそうだが、
消えたカンノ、未知の場所、謎の男、消えた出口、謎の少女、考えることが多くあり頭が纏まらない。
「ねぇねぇ、おじさんどうしたの?」
「なんでこんなところにいるの?」
「新しい人はここ何十年も来てなかったのに」
畳み掛けるように少女はこちらに疑問を投げかけてくる。
「こっちが聞きたいことばかりだ、
なんでこんなところに居るのか」
「ここはどこなのか、あのサーベルの男は誰なのか」
分からないことしかないと呟くように
少女は少し考えるように、んーと右の人差し指を口元に持っていくと合点が言ったように手をポンと叩き
「そうなんだね!おじさんは新しいヒトなんだね」
「大きいおじさんに連れられてきたんでしょ?」
大きいおじさん……
現状自分の記憶に合致する人物はカンノしかいない。
「その大きいおじさんって目が暗くて身長の大きい声の渋い人……?」
私は少女に尋ねる。
「わかんないや」
んー?と首を傾げながら少女はそう言った。
「それで、おじさんここがどこって言ってたっけ?」
「んとね!ここはよくわかんない」
ごめんねと言うように舌をてへと出して少女は言う。
「わたしも前に来てからずぅぅぅとここにいるから」
「それでね、たまに新しいヒトが入ってくるの」
「だから、おじさんはその新しいヒトなのかなぁって」
少女は畳み掛けるようにそう話す。
「…………」
状況をみるに、私をここに入れたのはカンノなのだろうか……
目的は?どうやって?やはり分からないことだらけである。
今考えても先に進まないことを考えてもしょうがない。
さらに私はいまサーベルを持った男に追われている
ハッとした、そうだ私は追われていた。
「そうだ!あいつは誰なんだ!?、あのサーベルを持った男は!!」
私は少女の肩を掴みそう叫ぶ。
「お、おじさん。い、痛いって、や、やめてよ……」
少女は整ったその顔を歪めながら痛そうに言う。
私は我に帰った。
「す、すまない……冷静ではなかった。許してほしい…………」
決して自分よりも歳下の娘と同じ年齢の少女にやるようなことではない。悪いことをしたと思う。
それに、現状私よりこの状況を知っている友好的な人物に対してやることではなかったと後悔もした。
私の罪悪感、後悔を感じたのか少女はいいことを思いついたとばかりに笑みを浮かべる。
「えぇ〜?許しいてほしいの?ならわたしのお願い聞いてくれるよね?」
否とは言えない、罪悪感もある。
私は情報を得なくてはいけない、
ここについて知らなければいけない。
「わ、わかった、本当にすまない
それで、……お願いとはなんなのだろうか?」
「多分だけどおじさんはいまからこの家を歩き回るでしょ?
わたしついていくから、色んなお話をして欲しいの」
「たった、それだけ……簡単でしょ?」
あどけない笑顔で少女はそう言った。
悪意はなさそうである。
現状分からないことだらけであるから
ついてきてもらえるのであればありがたい。
そのくらいであれば……と、
「あぁ、そのくらいであればこちらからお願いしたいくらいだ」
私は快諾する。
「やった!じゃあとりあえずアンドリューから逃げないとね」
「この家ホールを中心にした作りになってるから
階段使わなきゃ道は全部繋がってるの、
そろそろこっちにくると思うんだ〜!」
実際先ほどは反対に言ったため聞こえなくなった男の足音、声も小さくはあるが聞こえてきていた。
会話の流れからしてサーベルの男のことだろう
「わ、わかった、どっちにいけばいい?」
少女はこっち!足音は立てないでねと私の手を引いて階段に向かう。
――――――――――――――――――――――――
階段を登り二階に行くととまた左右に伸びた道。
部屋の扉がずらっと並んでいる。
少女に連れられ、その中の一部屋に入った。
「んーと、ここならしばらく大丈夫かな?」
と少女は小声でそう言う。
「聞いてもいいかな、アンドリューって……」
「アンドリュー?あの剣持った男の人だよー」
「最初はわたしにも優しかったんだけど、時間が経つにつれて変になっちゃったの……」
どうしてなんだろうね?と不思議そうに少女は話す。
「そうか、あの男はアンドリューと言うのか」
「何故私を襲おうとするんだ…?」
「それはわかんないや、多分何か理由はあると思うんだけど……」
「さてさて、そんなことはいいからおじさんのこと聞かせてっ!」
笑顔で少女はそう言った。
私は今までの状況を説明することにした。
――――――――――――――――――――――
「んー、わたしが聞きたかったのはそう言う話じゃないんだけど……」
「ここにくるより前の話!」
「外にはがっこー?とかこんびに?とか色々あるんでしょ?」
なぜ?と言う疑問を私は浮かべつつも、
小さな唯一の情報提供者の願いを叶えることにした。
「そう…だな、私が学校に行っていたのはかなり前だから君の望む情報を話せるかどうか……」
「いいの!わたしはがっこうがなんのためにあって、そこでなにをしてたのか、そう言うことが知りたいんだから」
そうか、この少女は学校に行ったことがないのか
それはとても寂しいことのように思う。
本来であれば学校に行き友達を作り勉学に励んでいたのかもしれない。
しかし、なんらかの理由で
この家で閉じ込められ、ずっと暮らし続けてきたのだろうか。
私は話すことにした。
学校の目的、授業を受けたこと、行事という催しがあったこと、仲のいい友達がいたこと、その友達と喧嘩をして仲直りをしたこと、変な先生がいたこと。
些細なこと、私にとっては小さなくだらないそんな思い出を少女に聞かせた。
少女はキラキラとした目で私の話を聞いていた。
それで、それで!とどんどん先を促していく。
学校の話が終わると少女は
「いいなぁ、わたしもいつか学校行ってみたいな……」
「おじさん、わたしでも友だちってできるかな?」
やはり、この家から出たことがないのだろう。
「あぁ、できるとも。
君はこんなにも優しいんだ」
「わたしね、ずっとここから出たことなかったの
外に何があるかは新しいヒトが入るたびに話してくれたりするんだけど……」
「それでも出たことないからわかんなくて」
私は娘と年齢の近いこの少女を助けたくなった。
娘も妻ももういない、事故にあったからだ。
本来であればこの少女のように元気にしていたはずなのだ。
代償行為……なのだろう、もういない娘の代わりに
このおかしな状況から少女を助ける。
それは、1人残された私の責務のように思える。
「大丈夫、君は外に出れるよ。
私に任せなさい。」
なんの根拠もない、ここがどこかもどうやって出れるかもわからない、でもこの少女を外に出してあげたいそんな感情を抱いた。
少女はパッと満面の笑みを咲かせる。
「ほんと……?ありがとう!!」
私は微笑ましくなり少女の頭を撫でようと手を伸ばした瞬間…………
床からサーベルが飛び出した。
その後先ほどまで私たちがいた場所に、
一度、二度三度とサーベルが突き出てくる。
私は慌てて少女を抱えて後ずさる。
「静かにッ」
少女の口を押さえてそう言った。
「声が聞こえる……上だな?待っていろ
ここから出るためにお前を……」
アンドリューはそう言い残し歩いて行った。
アンドリューはこの部屋に向かってくるのだろう。
「危なかった。
大丈夫かい?」
私は少女を抱き抱えたまま問いかける。
「あ、ありがとう、おじさん」
少女は頬を赤く染め恥ずかしそうにそう言った。
「す、すまない
緊急事態なのでつい抱えてしまった」
「こんなことをしてる場合じゃない、早くこの部屋から離れないと」
少女は自分の頬をパンパンと両手で叩き、
「おじさん、大丈夫、
ほんとはわたしだけの秘密なんだけどこの部屋隠れた道があるの」
「隠れた道……?」
「わたしが昔この家から出ようと探検してる時に見つけたんだけどいろんなところに繋がってる道」
「アンドリューにバレずに別の部屋行けると思う」
「そうか!それは助かる。
じゃあ急ごう、早く行かなければ」
でも……と少女は口籠るように
「でも、その道
罠があったりして危ないんだよ。それでもおじさんいく……?」
罠……?家に罠がある?
だがしかし、このまま外に出てもすでにこちらに向かってきているアンドリューと鉢合わせる可能性が高い。
であるなら多少危険でも隠し通路を使ったほうがいいだろう。
「あぁ、行こう。
このまま外に出ては彼に見つかってしまうからね」
恐怖で震える身体を理性で抑え込み、
少しでも少女を安心させようと私はそう言った。
「じゃあ……こっち、」
少女は扉とは反対本棚の中にある一冊の本を引いた。
するとゴゴゴゴゴという小さな音と共に本棚が動き出す。
20秒ほどで人が通れる隙間になっただろうか。
「本を戻すと1分くらいかな、そのくらいでまた閉じるから」本を戻したら急いで入ってねと伝えるように少女は言った。
私は少女に言われた通り、本を棚に戻し
すぐさま本棚の横にできた隙間に飛び込んだ。
――――――――――――――――――――――――
本棚の奥は真っ暗で何も見えない。
少女がえっと確かここにと手探りで何かを探している。
「あ、あった!」
少女が電源をみつけたようでボタンを押すと
道沿いについていた電灯が点灯しだす。
そこに現れたのは
レンガで囲われた二×二メートルの隠し通路だった。
「これは……すごいね
私もちょっとワクワクしてきた」
少年時代の空想を思い出し私はこんな状況なのに心が躍っていた。
「でしょ?なんか探検みたいで楽しいよね!」
少女はやはり楽しそうに話す。
「あ、でも足元は気をつけてね
たまに、踏んづけたら横から矢が飛んできたり落とし穴になったりするし……」
少女がそう言った直後だった。
ガコンという音と共に私の足元が凹んだ。
「おじさん危ない!」
少女がそう叫びこちらに突っ込んでくる。
「うっ」
鳩尾に少女の頭が入って私は一歩後ずさった。
私が先ほどまでいた位置をみると、
ちょうどあのまま立っていたら頭があった位置だろうか、そこに横から槍が出てきていた。
背筋が凍った。あのままだったら私は……
改めて再認識した、ここは私のいたところとは違う。
遊び気分でいてはいけないと。
「危なかったね、おじさん
『うっ』って言ってたけど……大丈夫……?」
「あぁ……ありがとう、
少し胸が痛むが、
君にはまた助けられた……」
「気にしないで〜、私も伝えるのは遅れてごめんなさい」本当に申し訳なさそうに少女は言った。
「じゃあ、しっかり足元をみなかった私も悪かった
伝えるのが遅れた君も悪かった
喧嘩両成敗、どっちも悪かったからお互いにごめんなさいしようか」
少女はポカンとして口を開けると急に笑い出した。
「あはははは!
そうだね、じゃあどっちもダメだったから
二人ともごめんなさいしないとだね」
「足元をよく見てなくてごめんなさい」
「早く伝えなくてごめんなさい」
二人の距離が近かったため誤ると同時に下げた頭がぶつかり合った。
「いたっ」
頭を上げ、目が合うとまた、二人して笑い出した。
「あははははは!」
10分ほど笑い合っていただろうか
「あ〜、もう、こんなに笑ったの初めて」
と少女はまだ笑いながら言った。
「あぁ、私もこんなに笑ったのは久しぶりだよ」
私は久しぶりに明るい気持ちになれた。
家族が事故で亡くなってからと言うもの私は本心から笑えることはなかったからだ。
やはり、この少女と娘を重ね合わせているのであろう。
少しの申し訳なさを感じつつ、それでいいのだろうとも思う。
一人であったらアンドリューに二度目に襲われた時
諦めて死んでいただろうから。
家族はおらず一人で暮らす、そんな日々に飽き飽きしていた。
家のどこを見ても妻、娘との思い出が蘇る。
ただただ、辛かったのだ。
「あなた、〇〇とちょっと買い物行ってくるわね」
「おとーさん!おかーさんと買い物行ってくるね〜」
ふとよぎる、あの二人とした最後の会話。
思わず涙がこぼれる。
「おじさん……どうしたの?
どこか痛いの……?」
「あぁ、いや
そうじゃないよ、ただあんまりにもおかしいからさ
笑いすぎて涙が出ちゃったんだ」と平静を装って誤魔化す。
この少女には笑っていてほしい。
娘の代替行為だとしても曇った表情よりは笑っていてほしいのだ。
――――――――――――――――――――――――
「……しっ、静かに」
少女の前に手を出して止まるようジェスチャーをする。
足音と何かを硬いものを引きずる音が聞こえる。
ここは少女の秘密通路ではなかったか?
なぜ足音が聞こえる?
私たち以外ここにいると言うのか……?
「あぁ、やっとみつけた
こんなところにいたのか」
その声に振り返るとそこには目を血走らせ、サーベルを引きずっていたアンドリューの姿が。
「こんなところがあったなんてな、
長く、ながくながくながくながく
ほんとうに長く住んでたのに知らなかったよ」
一歩こちらに歩く。
「あぁ、でも
これでやっと終わる
俺はここから出れるんだ」
また一歩近づいてくる。
「だからさ、そこの男、
お前……俺のために死んでくれ」
サーベルを構え飛び込んでくる。
「走れ!」
私は少女にそう伝え先に行かせる。
「もうちょっとで出口あるから!急いでおじさん!!」
私は息を切らしながら走り少女についていく。
「おらぁ!!」
アンドリューがサーベルを突き出し私の右腕に掠る。
一瞬焼けるような痛みが右腕に走るがそのまま走り続ける。
「ここ!この穴に飛び込んで!」
と言いながら少女は先に飛び込んだ。
足元に大穴が空いている。
直径一メートルほどだろうか。
前に道は続いているがどこにいくかは分からず、
後ろからは襲いくるアンドリュー、
なら、少女を信じて飛び込むしかない。
意を決して目を瞑り大穴に駆ける。
「ッッ」
私が穴に落ちると同時に穴があった場所は閉ざされる。これも罠の一つだったのかもしれない。
だが、それのおかげで助かった。
なんとも言えない気分である。
「あぁ?どこ行った?
この先か……?
ちげぇな、サーベルに血がついてる
この先の道には血の後がねぇ」
私はそんな声を聞きながら穴の底に落ちていった。