隔離ドアをカードキーで開き、収容室の扉を開く。
事前の資料にお粗末と言っても良い位にはほとんど管理情報が記載されていないからか、これから相対する幻想体に対して確かな緊張感を感じ、冷や汗が額から垂れ、頬を伝う。
収容室に入った私が最初に目にしたのは緑色の果実、形状からして石榴なのだろうか。
そしてヘビのようにうねる枝のような何かだった。
一見すると果実の生った樹木の様にも見えたのだが通常の樹木とは明らかに違う点が複数存在する。果実が一つしか生っておらず、そして枝がヘビのようにうねる1本の枝以外存在しないという点だ。
地面から生えてきている樹木は果実の為に存在するかのように、玉座のような形で果実を受け入れている。まるでその果実をこの世で一番大切なものだと言うかのように。
緑の果実は恐らくまだ熟れていないのだろうが、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
_____あぁ...とても良い香りだ...
「______!? ...今俺は何を...?」
一瞬その香りにつられて足を踏み出しそうになるが、その果実が私を飲み込む幻覚を見て、思わず足を止める。
そうしていると漂ってた匂いは消え去り、果実に対する欲求は忽ち消え去った。
「...今俺を飲み込むために魅了したな?」
幻想体「未熟な罪の実」は何も言わない、何も意思を示さない、ただひたすらそこに存在するだけ。
だがそれが、私には肯定の意思を示しているかのように見えた。
自分を律するような、ある程度の”自制”力を持っていない職員がこの幻想体に近づいたら誘惑の後に飲み込まれるのだろう。
その時になってその職員は初めて気づくのだ。甘い誘惑には裏があると。
幸い私はその誘惑に打ち勝つことができたようだ。
直ちに本来の業務、洞察作業に移る。
大気環境の分析をした後収容室の壁に備えてあるパネルで収容室証明強度調節を行い
先ほどの魅了行動のパターン分析を纏め、多面的な生物分析を進め、
私が行った行動にどのような反応をするのか、環境認知モデルの分析を行う。
「...イ゛ッ...フゥ...」
初めての作業だったからなのか途中途中で何度かもたつき、そのたびに肉体と精神が浸食されるかのような感覚を味わった。
肉体的な痛みでも精神的な痛みでもなく、じわじわと内部から浸食されるような痛みで的確に体力を奪ってゆく。
そうして最後の作業、床の汚染中和作業、簡単に言えば床の掃除を行う。あの幻想体のそばによるのはできるだけ避けたいがやらなければ作業が完了しない。
絶対に魅了されてたまるものかと硬い意思で心を固め、幻想体の周辺の土残りや樹木周辺にはらはらと落ちている落ちた葉を集め、廃棄するために袋に詰めた。
研修で習った通りの作業内容を行っている内に、作業は完了した。
だが、じわじわと浸食される感覚に体力もすっかり奪われ、倦怠感が全身に残っている。
作業を完了し、収容室を出ようとする直前、後方から声が聞こえてくる。
『あら残念、お前の抱える甘い肉と罪、腐る前に是非味わいたいのに。』
…..何も聞かなかったことにして、収容室を後にした。
収容室を出て廊下を歩いていく、途中で事務員と何度かすれ違う、一度や二度、挨拶されたような気がしたが、あの時収容室で言われたことが耳に残り、すべて空返事で返してしまう。
そうして歩いているうちにメインルームへと戻ってきた。
まだ、エミリアは居るのだろうか。
そう思って扉を開いた私の目に入ったのは
「あ、カイル君おかえり~。戻ってきたってことは、そっちの作業は終わったの?」
ココアを片手に事務員と話すエミリアの姿だった。
その姿を見た瞬間、安心からか力が抜け、膝から地面にへたり込む
「え?大丈夫!?
なんかバケモノでも見てきたみたいな表情だけど...手、貸す?」
心配そうに近寄って手を伸ばしてくるエミリアの手を掴むと同時に、この場所がメインルームであること、事務員やエージェントが居ることを思い出して、羞恥心が込み上げ赤面しながら体を起こす。
どうやらエミリアの話によると、私が収容室に向かった後、エミリアにも作業指示が届いたらしい。ZAYINクラスである程度の管理情報が解析された後の幻想体だったからか新人育成も兼ねてランクⅠエージェントである彼女が割り当てられたとのことだった。
「元々幻想体も動物みたいなもんなんじゃ...って思ってたけど今回の件でなんとなく分かった気がするよ幻想体は動物みたいに生易しいもんじゃないってことがね。」
どうやら私の忠告を受けて一定距離には近づかないようにしていたようで、そのおかげか幻想体の機嫌が悪化し、致命的な攻撃を喰らう前に何とか収容室を脱出できたらしい。
「君の忠告をマトモに聞いててよかった。じゃなきゃ今頃私はあの幻想体のせいで死体のまま収容室に転がってることになりそうだったし。」
エミリアのスーツは、フロントカットの部分がわずかにではあるが切れていた。
切り口を見る限り、かなり鋭いもので切られているようで、もしこれが人の体を切り裂いていたらと考えると...想像したくはない。
「そうか...それならよかった。そのココアはどこで飲めるんだ?」
「このココア?えっとあそこのフードコートで______」
そうやって会話しているとスピーカーから先ほどのように若干歪められた肉声が再度私たちに向かって語りかけられる。
”職員カイル、F-03-120の作業指示を行う。管理資料を受け取った後、速やかに収容室に向かい、”本能作業”を行うように。”
…戻って直ぐだぞ?まだ傷も言えていないのに正気か?と一瞬思う
だが管理人の命令だ。従わない場合第二種規則違反となり罰則が下る。
最初から、拒否権なんてものは無いのだ。
「また同じ幻想体に作業指示が来たみたいだ。」
「えっもう?私の時よりもずっとペース早くない?」
確かにそう思った。だが、管理人視点では観測が進んでいない幻想体の管理情報を埋めてしまいたいのだろう。
「管理人からしてみたら時間が惜しいんだろうな。それこそ、一つの幻想体に複数の職員をあてがう余裕がない程に。行ってくるよ。」
「う、うん...行ってらっしゃ~い...。」
心配そうに見送るエミリアを尻目に収容室へと向かう、あの幻想体と何度も相対することになるとは...憂鬱だ。
”職員カイル、F-03-120-XXの作業指示を行う。
管理資料を受け取った後、速やかに収容室に向かい、”洞察作業”を行うように。”
”職員カイル、F-03-120-XXの作業指示を行う。”洞察作業”を行うように。”
まて、流石に多い_______
”職員カイル、F-03-120-XXへ”洞察作業”を行うように。”
少しは休む暇を_______
”職員カイル、F-03-120-TEへ”洞察作業”を行うように。”
”職員カイル、F-03-120-TEへ”本能作業”を行うように。”
”職員カイル、F-03-120-TEへ”愛着___________________________
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「うぐ...」
何回収容室とメインルームを行き来したことだろう。再生リアクターでも治す事のできない肉体と精神の疲労によって、業務が終了する頃にはメインルームの椅子に体を預けていた。
「うへへ...うへ...」
エミリアも何度も作業を行ったのか、テーブルに突っ伏して、うへうへとどこかで聞いたようなうわ言を呟いている。
結局、瀕死状態の私たちを発見したのは、終業後に会社から出てこないことを心配したメイソンだった。
管理人め...
回復する暇すら与えずに管理情報がまだ不明な幻想体相手に連続作業...
管理情報を開放しきっていない幻想体を育成要因として利用...
あれっ...もしかしてこいつ...
未熟な罪の実は植物系アブノマです。
もう一度言います、植物系アブノマです!!!!