小鳥遊ホシノのちょっと前向きな同級生   作:電気未

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過去は変えられないし、生きてる間はずっと苦しいけど。
それでもいいじゃないか。歪んだ自分を真っ直ぐに愛する。小鳥遊ホシノにはそう生きてほしいと願っています。


最終話

マツリちゃんが襲撃を予告した翌日の朝。

ベッドから出て顔を洗う。このまま学校に行けばいつものようにみんながいて、変わらない日常があるんじゃないか。

 

そんなわけがないのに、甘い幻想を思い描く。思考を整理したくなった。それならあの場所がいい。きっと誰もいないから。

 

私はユメ先輩の墓前にいた。ここに来ればユメ先輩にどうすればいいか教えてもらえるかも、なんて。昨日の私はそう考えていた。

今は違う。これは私たちがマツリちゃん一人に背負わせた結果だ。だから、私たちが選んで責任を取らなきゃいけない。

例えそれが、どんな形になっても。

 

「行ってきます」 

 

墓石に一礼し、振り返ることなく真っ直ぐに校舎から出る。ここからは、先輩としての務めを果たす。誰に命じられるでもなく、純粋に。

小鳥遊ホシノとして後輩を導こう。

 

 

「アヤネちゃん、いる?」

 

まずは昨日一番ショックを受けていたアヤネちゃんを尋ねてみた。

 

「…はい」

 

多分、昨日帰ったあとすぐに寝てしまったのだろう。制服と髪型

が、ぐちゃぐちゃになったまま玄関から顔を出した。

 

「アヤネちゃんはどうする?」

「私は止めたいです。でも、本当にアビドスのことを思うならマツリ先輩のほうが正しいのかもしれません。…ホシノ先輩は?」

「私は止めるよ。もう誰にも一人で背負わせない、そう決めたから。力を貸して、アヤネちゃん」

 

明かりがないドアの内側に手を伸ばす。

 

「私一人じゃダメダメだからさ。この手を掴んで、安心させてほしいな」

 

一人だと、どうしてもどこか欠けているから。私には君たちが必要なんだ。

 

「ズルいですよ、先輩。そんなこと言われたら、断れないじゃないですか…」

 

手のひらに暖かな体温を感じる。アヤネちゃんは吹っ切れたような顔で笑っていた。

 

 

次はセリカちゃんのところに行こう。あれでけっこう不安定な子だから気がかりだ。

 

「…こんにちは、セリカちゃん」

 

セリカちゃんは鋭い目つきで射撃練習をしていた。

 

「こんにちは、ホシノ先輩」

 

私には目もくれずひたすら的を射抜く。その姿は機械のようだった。

 

「その様子だと、もう覚悟は決めたみたいだね」

「うん。やらなきゃ私たちが滅びるだけだから」

 

抑揚のない声でそう言う。

 

セリカちゃんはきっと怖いんだろう。自分の判断が正しいのか分からないから、無理やりに不安を押し殺す。銃のパーツのように反復動作を繰り返す。そうすることでしか息ができない、そんな息苦しさを私は知っている。

 

そして、そこから解放する方法も。

 

「大丈夫だよ、セリカちゃん」

 

セリカちゃんの背中に優しく抱きつく。不意打ち気味のハグに驚いて、体が緊張しているのが伝わってくる。

 

「はい、そのまま深呼吸してー。吸って、吐いて、吸ってー」

 

深呼吸を促すと、思いの外素直に従ってくれた。ある程度落ち着いてくると、さっきまでピンと立っていたケモミミがペコリと垂れていた。

 

「ホシノ先輩……」

「どうしたの?」

 

優しい口調で言葉を促す。これはマツリちゃんがよく私にやってくれたケアだ。

 

「私、やっぱり正しいとは思えないよ…!マツリ先輩ともう一度会って話したい!」

 

目に一杯の涙を溜めて、今度はセリカちゃんが私に抱きついてきた。

 

「うん、よく言えたね。一緒に、マツリちゃんに話しに行こう」

 

セリカちゃんの頭を撫でながら、ずっとそこにいて離れなかった。

 

 

「うへへ、泣き疲れちゃったか」

 

途中から寝てしまったセリカちゃんを寝室まで送り届けたときには、外が暗くなっていた。残りの二人は精神的に安定してるし、明日で大丈夫だろう。

そう考えていると、スマホの着信音がした。対策委員会のグループチャットに、襲撃の時間と集合場所が送られていた。

 

「明日の23時、ゲヘナの廃工場。遅刻厳禁だよ!」

「遅刻厳禁、ねぇ…」

 

まるで遠足にでも行くようなテンションだ。呆れながら家に帰った。

明日に備えてさっさと寝よう。一通り家事を終わらせベッドに横たわる。今夜も熟睡できそうだ。

 

 

朝、意識を取り戻すとお腹の上に重量を感じる。具体的には、女の子1人分くらいの───。

 

「ん、先輩。なんで来てくれなかったの、私のことも心配するべき」

 

シロコちゃんだったか。

 

「だって、あの場でシロコちゃんだけ毅然としてたじゃん。そりゃあ放置しちゃうよ」 

 

欠伸を隠しながらそう言って笑う。

 

「なんか変わったね、先輩」 

 

どうだろう。変わったというよりは、少しだけ戻ったのかもしれない。まだ恐れを知らなかった、無邪気な子供の頃に。前の私なら、それは恐れるべきことだったけど。

これからの私はいろんなことにぶつかるだろうから。きっと、このくらいで丁度いい。

 

「ところでどうやって侵入したの?」

「窓をぶち破った。起きない先輩が悪い」

 

散乱した窓ガラスには見て見ぬふりをした。今はノノミちゃんの様子を見に行くのが先決だ。

 

 

 

「おはよう、ノノミちゃん」

「おはようございます」 

「おはよう」

 

話がしたいと電話したら、学校がいいとノノミちゃんに言われたので、どうせならと全員を集めた。

そんな中でノノミちゃんが口を開いた。

 

「みなさんは止めるつもりなんですね」

「うん」

「はい!」

「ん」    

「当たり前!」

 

言葉はバラバラだけど、タイミングはバッチリだった。それを見て、ノノミちゃんは安心したように笑った。

 

「よかったです。みんなでマツリ先輩を止めましょう!エイ、エイ、オー!!」

「「「「オー!!!!」」」」

 

この日、アビドスにかつてないほどの強い結束が生まれた。

 

 

 

そして迎えた決戦の日。集合場所には、マツリちゃんが一人きりでアウトドア用の折りたたみ椅子に腰掛けていた。

 

「───は?」

 

私たちの作戦は単純なもので、万魔殿も反トリニティ過激派勢力も、トリニティにたどり着く前に全員倒すというものだった。ここがゲヘナからトリニティへの最速のルートのはずなのに。

 

「結局、私たちのことなんて最初から信じてなかったんだね」

 

思わず奥歯を噛みしめる。みんなから睨まれたマツリちゃんは、ゆったりした動作で椅子から立ち上がった。

 

「それは違うよ。むしろ信じたからこうしたんだ。みんなは人として正しい選択をするって、私はそう信じていたから。」

 

にこやかに笑いながら、マツリちゃんはそう言った。でも、別にこんな事態を予想できなかったわけじゃない。

 

"ここから2km先、十二時方向に万魔殿たちはいる!"

 

私たちには、頼もしい味方がいる。

 

「シャーレの先生か、なるほどね」

 

マツリちゃんの今までのにこやかな笑顔は剥がれ落ち、不敵な笑顔が現れる。その顔から、放っておいたらろくなことにならないと直感する。

 

「みんな、ここは私に任せて先に行って。2分で片付ける」

「ん、任せた」

「ファイトですよ~!」

「すぐに来てね!」

「がんばってください!」

 

私の言葉に従って、続々とみんなはマツリちゃんの横を走り抜けた。後に残ったのは、私とマツリちゃんだけ。

 

「…マツリちゃん、何でこんなことしたの?」

「アビドスの存続のためだよ。前にも話したよね?」

 

それは確かに間違いじゃないんだろう。でも、もっと手段はあったはずだ。

 

「私は他の学園を巻き込んだことについて言ってるんだよ」

「そうだね、どうせならこれも話しておこう。私はね、アビドスをゲヘナ、トリニティよりも力を持つ学校にしたいと思っているんだ」

「その理由は?」 

 

ただの野心ってわけでもないんだろう。何かしら理由があるはずだ。

 

「このキヴォトスに、安寧をもたらすため」

「…多分、これ以上何を言っても無駄なんだろうね」

 

マツリちゃんは黙って首肯した。

 

「じゃ、やろうか」

 

その言葉とともに、椅子が視界を埋めるように投げつけられた。それを撃ち落とし、獲物を視界に捉える──はずだった。

 

「いない…?」

「こっちだよ」

 

背後から声と共に弾丸が飛んできた。上半身を思い切り反らすことで、間一髪それを避ける。

 

「分かっていたけど、一筋縄じゃいかないな」

 

そう言ったマツリちゃんの両手には、異様に銃身とマガジンが長い自動式拳銃が握られていた。

 

「…スナイパー以外も使えたんだね」

「使えないとは言ってないからね」

 

攻撃が再開される。使っているのは多分マグナム弾だ、当たればただじゃ済まない。普通なら距離を置きたくなるところだ。

だけど、私はあえて近接戦闘を選んだ。

 

二丁拳銃から繰り出される攻撃は確かに脅威だ。しかし、私はその全てを躱すことができた。片方を銃のストックで殴りつけて軌道を逸らせば、もう片方は見てから避けられる。

 

次弾装填までの僅かな時間が私のターンだ。散弾を連発する。それを避けようと、マツリちゃんはゴロゴロと転げ回る。その隙にショットガンをリロードした。

 

「マツリちゃん、本気で私に勝てると思っているの?」

 

狩る側と狩られる側は、始まる前から決まっていたのに。

 

 

 

 

「ん、着いた」

 

マツリが指定した場所から2km先、ゲヘナの公道。そこには数百人が屯していた。

 

「万魔殿と反トリニティの人たちで合ってますか〜?」 

「誰だよお前ら、人に身分聞くときは自分から名乗れって教わらなかったか?」

「そうだぜ、毛引きの言うとおりだ!」

 

万魔殿の制服ではない、Tシャツにパーカー、バギーパンツ。一見すると寝巻きのような格好をした、毛引きと呼ばれた灰色の髪の少女は、シロコたちにそう言った。

 

「私たちはアビドス高等学校の者です。みなさんを止めに来ました!」

 

アヤネの名乗りで、集団は大きくざわついた。

 

「おいこれヤバいんじゃね?」

「そんな馬鹿な…」

「ボコれるやつ増えたってことじゃん!ラッキー!」

 

しかし、そのざわつきは一言で静まった。

 

「問題ねぇよ、倒せばいいだけだ。あとオレらのことは反トリとでも呼べ」

 

まさに鶴の一声、毛引きの一言で反トリの面々は闘志を滾らせ、万魔殿は落ち着きを取り戻した。

 

「しゃあ!行くぞお前ら!!」

「敵勢力、向かってきます!」

 

こうして戦いの火蓋は切られた。

 

 

ああ、やっぱりホシノちゃんはすごいな。とびきり強くて、とびきりかっこいい。そんなことを思いながら私は仰向けで地に伏していた。

 

「想定より時間はかかったけど、これで終わりだね」

 

銃口を突きつけながらホシノちゃんはそう宣言する。

 

「うん、早くみんなのところに行ってあげるといいよ」

 

最後に全力でホシノちゃんと戦えて楽しかった。この様子なら、私がいなくてももう大丈夫だろう。

 

「強くなったね、ホシノちゃん」

 

もとから強いけど、今の君はさらに強い。ゆっくりと目を閉じトドメを待つ。

 

「マツリちゃん、今までありがとう。大好きだよ」

 

声は、震えていた。

 

「私も、大好きだよ」

 

その言葉を最後に、私の意識は遠のいた。

 

 

アビドスと反トリたちの戦いは、始めのうちはアビドスが優勢に見えた。

 

「そこ、隙だらけ」

「打ちますよ~」

 

シロコとセリカが引き付け、ノノミが叩く。万魔殿と反トリは連携を取ることもままならず、一方的に倒されていた。

 

「うぅ…(いて)えよぉ…」

「撤退だ!撤退!」

 

万魔殿の構成員たちは早々に戦闘から離脱し、残る敵は反トリだけとなる。形成が変わり始めたのはここからだった。

 

「くそっ…こいつらしぶとい!」

 

何度打ち倒しても起き上がってくる反トリに、セリカはそう叫んだ。

 

「諦めんな!ここでトリニティ潰して、私たちだけの学園建てるんだろ!」

 

反トリの構成員は皆、ゾンビのように何度でも立ち上がる。数で劣るアビドスは、その粘り強さによって追い詰められていた。

 

「このままじゃジリ貧。先生、何か策はある?」

"ホシノが向かってるから、なんとか耐えてほしい"

「そうは言っても…」

 

2kmの全力疾走と合わせて、疲労は限界に達していた。シロコは思わず膝をついてしまう。

 

「ウッ…」

「今だ!やれ!」 

 

セリカとノノミの援護も追い付かず、シロコに銃口が向けられる。もはやここまでと悟り、目を閉じようとしたシロコの視界に、反トリたちがバタバタと倒れ伏していくのが映った。

 

「ホシノ先輩…?」

「遅くなった、ごめんなさい」

 

謝罪の合間にも反トリたちを屠る。長大な機関銃を振るうその圧倒的な実力は、小鳥遊ホシノを連想させた。

 

「ヒナ委員長、万魔殿はすでに逃走したようです」

「分かった、チナツは負傷者の手当てに周って」

 

 

その後、ホシノも到着し反トリは完全に制圧された。マツリは2大学園間に争いを招こうとしたことで、ヴァルキューレにより矯正局に移送されることとなった。

 

 

私たちは、戦闘からの帰り道を歩いていた。

 

「すっごく疲れました~」

「ん、でも止められて良かった」

「マツリ先輩とは話せなかったな…」

「きっと面会できるよ、明日にでも話しに行こう」

「うん、そうだね」

 

マツリちゃんというリーダーが居なくなったアビドスは、ここからどこに向かっていくのか。不安はあるけど、なんとなく大丈夫だと思う。心の傷は癒えないけど、私にはみんながいるから。

必要とされて、必要としているみんながいるから。

 

「みんな、また明日!」

 

私は、笑顔でサヨナラした。

 

 

 

 

 

 

「んー…」

 

目を覚ましたとき、私の両手は手錠に繋がれていた。二つの手錠が、別々に二人のヴァルキューレに繋がっている。

 

「対象が目を覚ました」

「了解、引き続き警戒を」

 

エンジン音と定期的な振動。ここはヴァルキューレの護送車か。

 

「随分厳重な警備だね」

「…黙れ」

 

和ませようとしたら逆に注意されてしまった。

 

「私が寝てからどのくらい経つ?」

「………」

 

もはや何も反応してくれない。寂しいね。

 

「ま、そろそろでしょ」

 

護送車の窓越しに、巡回中と書かれた看板をぶら下げた戦車が見える。キヴォトスでは日常的に見られるものであり、特に驚く要素はないが。

問題は、それがこちらに向かって来ていることだ。

 

「前方に戦車を確認!おいそこの、止まれ!対向車線だぞ!」

 

リーダーらしき人物の呼びかけを無視し、戦車は法定速度ガン無視でこちらに突っ込んでくる。

 

「おい、止まれ!ぶつかる──!!」

 

ハンドルを切るが衝突を免れることはできず、護送車と戦車が衝突した。物理法則に従い、護送車は二転三転し爆発を起こしたところでようやく止まった。

 

戦車のハッチから赤毛の少女が顔を出す。

 

「マツリさん、生きてますかー」

 

声に応えるように後部座席のドアからガンガンと蹴りつける音がする。遂にドアは抵抗をやめて蹴破られ、車内から一人の少女が、二人の少女を引きずって出てきた。

 

「ありがと、イロハちゃん。でもさすがにやり過ぎじゃない?明らかに殺す気だったよね?」

「そんなわけないでしょう。確実にヴァルキューレを無力化できる手段を取ったまでです」

 

ニタニタと笑いながらマツリは言う。

 

「その言い方だとまるで狙って護送車に突撃したみたいだね。イロハちゃんは巡回中、不慮の事故で護送車に衝突して怪我人を保護したんだよ?」

「…はいはい、そうでしたね。とりあえずこれに着替えてさっさと乗ってください。いつ増援が来るか分からないので」

 

そう言いながら、イロハはマツリに万魔殿のコートを渡す。

 

「やったー!前からかっこいいと思ってたんだよね、これ!」

 

マツリは、手錠を袖から出した針金でピッキングし、コートを肩にかけながら戦車に乗り込む。

後に残ったのは燃え尽きたアビドスのジャケットと、護送車の残骸だけだった。




「小鳥遊ホシノのちょっと前向きな同級生」の話はこれで終わりです。流上マツリの物語は続きがあります。
https://syosetu.org/novel/348993/
次回からはマツリ視点で過去話を書こうと思っています。
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