星型に寄せる狂詩曲(ラプソディー)~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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相談事

 長い坂道を登り詰めた先にある私立光坂高等学校の校門の前に、かなりの人数の生徒が(たむろ)っていた。

 土曜日の午後、一般生徒はほぼ帰宅してしまい、残っているのは熱心な部活の生徒くらいである。

 ところが、ここに(つど)う生徒達は別に部活の練習をするわけでもなく、ただそこにいた。独特の緊迫感を(まと)って。

「ねぇ、朋也。あんたこの面々で一体何をするつもりなのよ」

 少し離れた場所でそこに集う一同を見回し、藤林杏は胡散臭そうに眉根を寄せて、今日ここに自分達を誘った男友達の岡崎朋也に訊いた。

 自分と双子の妹の椋、朋也の彼女である古河渚に幼馴染の一ノ瀬ことみ、それにオマケの春原陽平あたりは、何時もつるんでいるからまだいい。

 だが、そこには二年の坂上智代やむさくるしい連中——ユニホームからして、多分ラグビー部員だと思う——が複数。しかもラグビー部の連中と春原は、さっきから睨み合って不穏な空気を撒き散らしているのである。

 今日ここである事をするから、それを手伝ってくれたら好きな物を(おご)ると、朋也に言われて来てみたのだが、どうにもキナ臭さがプンプンとして、つい何か良からぬ事を企んでいるじゃないかと勘繰ってしまう杏だった。

 それに対し、朋也は肩を竦めて素っ気なく言う。

「さぁ、俺にもよく分からん」

「アンタっ、おちょくってんのっ!」

 朋也の言種(いいぐさ)にカチンときた杏は(まなじり)を吊り上げ、殺気立ってがしっと朋也のネクタイを掴んで思いっ切り絞め上げる。

「ぐおっ」

「お、おねぇちゃんっ」

「杏ちゃんっ、朋也くんっ」

「岡崎っ」

 今にも朋也を絞め殺しそうな勢いの杏に驚いて椋や渚達は慌てふためき、智代は朋也から杏を強引に引き剝した。

「朋也くん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 心配する渚に、朋也は絞まったネクタイを緩め、はぁっと息をついて首をさすりながら応え、ふんっとそっぽを向いた杏を見た。

「…——悪いが、ホントに知らねぇんだよ」

 と、溜息混じりに朋也は言った。

 そうとしか答えようが無かった。本当に何も知らないのだ。

「ただ、あいつらの因縁の決着付けんのに、風子って下級生に人手を集めてくれ(・・・・・・・)って言われて、俺はおまえ等に声掛けただけなんだ」

「って事は、もしかしてあたし達、あの陽平の馬鹿の為にここに集まったってワケ?」

 ちらっとガン飛ばし合っている春原とラグビー部員を見やり、杏は物凄く嫌そうな顔をする。

「まぁ、そうなるかな」

 そう曖昧に返事を返し、朋也はふっと遠い目をした。

 

 

 時は一昨日の昼休みまで(さかのぼ)る。

 いつも昼休みは演劇部の部室に行く朋也は、その日は気分を変えて久しぶりに中庭で渚と二人で昼食を取った。

 その後、今日はクラスの用があるのでと行ってしまった彼女と入れ替わりに、やっと登校して来た春原に誘われ、人気のない中庭の奥にある池の傍にやって来た。

 朋也はその手前にある芝生の上に、春原と共に腰を下ろす。

「しっかしおまえ、またハデにやられたな」

 隣に座る春原の顔のあちこちに貼られた絆創膏を見やり、朋也は気遣うというよりむしろ呆れたような声を上げた。

 以前は連日学校の坂下近くに建つ学生寮に住む、春原の部屋に入り浸っていた朋也だったが、たった一人の肉親である父親とうまくいってない彼を見かね、一緒にいるのが辛いなら少し距離を取ってはどうですか。と渚に言われるまま彼女の家に居候するようになってから、悪友の部屋に入り浸る事は殆どなくなっていた。

 その為どういう経緯(いきさつ)で春原がこんな顔をしているのか、朋也にはおおよその見当は付いているものの、はっきりした事は判らなかった。

「くそっ、ラグビー部の奴らめ」

 頬の絆創膏に手を当て、春原は悔しげに悪態をついた。

「こっちが大目に見て、手出ししないでいりゃつけ上がりやがって」

「手出ししないんじゃなくて、できないんだろ、おまえ。超ビビりまくりだもんな」

 やっぱりという表情(かお)をして朋也は、あの寮に住むラグビー部の連中の顔を思い出しながら、春原の見栄を同情のカケラもなくあっさりと粉砕する。

「相手は大勢なんだよっ。僕一人で太刀打ちできるわけないだろっ!」

 冷たい悪友の言葉に春原は思わず大声を上げ、それが傷に響いたのか、イテテッと呻きながら盛大に顔を(しか)める。

「だったら、いい加減アレ聴くの止めたらどうだ」

 朋也がいうアレとは、ラグビー部員との(いさか)いの最大の原因となっている、春原が朝の楽しみにしている目覚めの一曲の事である。

 もっとも春原の場合、それを聴いた後二度寝するのだが、ラグビー部員によって強制的に眠らされる事も少なくはない。今日もこの顔では、おそらくそうだったのだろう。

 とはいえ、この件に関して朋也もラグビー部の連中と同意見だった。

 春原の音楽は、はっきり言って最悪だった。そんなモノが毎日清々しい筈の朝に聞こえてきたら、頭にくるのも無理ないだろう。

「何言ってんだよ、岡崎っ」

 とんでもない事を言う朋也に、春原は驚きの声を上げる。

「僕は朝アレを聴かないと調子出ないんだよ」

「調子も何も、またすぐ寝る癖に」

「子守歌に丁度いいんだよっ」

「……アレで、よく眠れるな」

 信じられないモノでも見るように、朋也は脱色した金髪頭の悪友を見返す。

 春原(いわ)く、アレはヒップホップの最高傑作のイカしたラップと言う事だが、仮にその言い分が正しいとして、ラップを子守歌にして寝むれる神経が理解できなかった。

「あったり前だろ。最高にイカした曲は、心地よく眠れる睡眠薬にだってなるのさ」

「成程、おまえにはアレが坊主の唱えるお経に聞こえるというわけか」

 それなら朋也も納得できる。何しろお経というものは聴いていると、その気が無くても眠くなる。睡眠導入剤のような代物だから。

「お経じゃないっての。アレはヒップホップだよ、すげぇイカしたっ」

「別に、んな事はどうでもいい」

 面倒臭そうに朋也は春原の抗議をあっさりとうっちゃった。

「そろそろ本題に入れよ。人をこんな所に連れて来た」

「あのね……」

 一体誰の所為で話が脱線したと思っているのか。しかも人のお気に入りの曲を(けな)しておいて謝りもしない。

 朋也の相変わらずの偉そうな態度にムッときた春原だったが、これから相談事をしようというのに、機嫌を損ねる訳にはいかない。

 ぐっと拳を握り締めて怒りを押し殺し、引き()った笑みを浮かべて春原は言った。

「だからさ、最近ますますラグビー部の奴等図に乗ってやりたい放題だろ。ここらで一発ガツンとやっておいた方がいいと思うんだよ」

「そ、そうか……」

 ——頬を引き()らせて笑顔で言う事か、それが。思いっ切り不気味だぞ。

 思わず口に出さずにツッコミを入れ、朋也は嫌そうに身を引いた。

「ああ、だから岡崎、何かいい()はないかな?」

「おまえがあの寮、出ればいいだけの話じゃないのか」

 溜息をつき、気のなさそうに朋也が言う。

 朋也達の通うこの高校は町一番の進学校と言われているが、部活にも力を入れていた。その為スポーツ推薦で地方から入学してくる生徒も多い。

 春原もスポ薦で遠方からこの学校に入学し、あの寮に住んでいるのだが、一年の時他の部員との間で問題を起こして在籍していたサッカー部を辞めていた。

「んな金ねぇってのっ」

 そう、部活を辞めても、春原がこの体育会系の生徒が集まる学生寮に身を置き続けているのは、単にそこを出て下宿に移り住むだけの金銭的余裕がないだけの話だった。

 それは無論朋也も知っていたが、この根深い確執は、春原があの曲を聴くのを止めないという以上、圧倒的に数の多いラグビー部の連中をどうにかするより、春原一人が寮を出て行った方が、一番簡単で手っ取り早く確実だった。

 それで何かいい()と言われて、朋也はそれを挙げてみたわけだが、春原は全然気に入らなかったようだ。

 




 毎回(いじ)られている春原を不憫に思い、彼が学生寮内で抱えるトラブルを解決してあげようと書いた筈が、何故こうなった?
 という話です。


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