星型に寄せる狂詩曲(ラプソディー)~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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記憶の欠片

「風子っ」

 新校舎の角を曲がり、旧校舎との間にある中庭を、木彫りのヒトデを抱えてとことこ歩く少女に追いついた朋也は、大声でその名を呼んだ。

「あ、岡崎さん。それに渚さんも」

「え?」

 振り返った風子が目を丸めて言った言葉に驚き、朋也が後ろを振り返ると、よろけるように中庭に走り込んで来た渚の姿があった。

「渚っ」

 身を翻し、朋也は倒れ込みそうな渚の体を支える。

「大丈夫か、渚?」

「は、はい。ありがとうです」

 胸を押さえ、渚は何とか荒い呼吸を整えて朋也に微笑む。

「待ってろって言っただろ」

「はい。でも朋也くんがふうちゃんを追って行ったので」

 ——渚さん……

 自分を「風子ちゃん」ではなく、「ふうちゃん」と呼ぶ渚に一瞬びっくりした表情(かお)をした風子は、にこっと嬉しそうに笑った。

「どうしたんですか? お二人とも」

「おまえに訊きたい事があるんだ」

「ヒトデヒートはもう終わりました。風子が岡崎さんに教える事は何もないです」

 条件反射的に朋也の言葉に身構えた風子は、警戒して言い返す。

「いや、俺が訊きたいのはおまえの持つ、その彫り損じた跡の付いたヒトデについてだ」

「このヒトデですか?」

 手に持つヒトデに視線を落としてから、風子は怪訝そうに朋也を見る。

「おまえ、それ大好きな人達に彫ってもらったって言ってたよな」

「はい」

「それって、その——」

 と、そこまで言いかけて朋也は口籠った。気恥ずかしくてその先の言葉が出てこない。

 だが、これだけは確認しなければならなかった。

 恥ずかしい気持ちを抑え、朋也は意を決して口を開いた。

「それ彫った奴って、俺達じゃないのか?」

「え?」

 朋也の問いかけに、風子が大きく目を見開く。

 そこへ畳みかけるように、朋也は言葉を継いだ。

「変な話だが、記憶があるんだ。俺と渚の二人でそれを彫った。ある筈のない記憶が」

 それはさっき、風子がそのヒトデの()われを口にした時、不意に脳裡に浮かんだものだった。

 

 あの旧校舎の演劇部部室の隣の空き教室で、渚と風子の三人で朋也は彫刻刀を手に、ヒトデを彫っていた。(うら)らかな春の日の放課後の事だ。

『あっ……』

『どうした、古河?』

 不意に上げた渚の声に、朋也は彫る手を止めて斜め前に座る渚を見た。

『あ、いえ、その、ここの部分がうまく彫れなくて……』

 恥ずかしそうに、渚は彫っているヒトデを明也に見せる。

 確かに、星型の中で特に角度が難しい部分を何度も彫り損じ、表面にミミズがのたくったような彫り跡が付いていた。

『どれ、貸してみろよ』

 朋也は自分の彫りかけのヒトデを脇に置き、渚のヒトデを手に取ると、その部分に彫刻刀の刃をあてた。

 ——が、

『くっ…、なんだこれ、やけに堅いな』

 思うように彫れず、朋也は彫刻刀を持つ手にぐっと力を込める。

 じょりっ。

 どうも力を入れ過ぎたらしく、勢いよく滑った刃は深々と溝を作りながら、ヒトデの表面を横断した。

『岡崎さん、最悪です』

 すかさず風子が文句を言う。

『仕方ねぇだろ。この木なんか妙に堅いんだから』

 むっとして言い返した朋也は、すまなそうに渚に言う。

『古河、この木はやめといた方がいい。別のヤツで彫り直せよ』

『はい、岡崎さん』

 折角ここまで彫ったのだが、渚は明也の言葉に従い、名残惜しそうにそれを脇に置くと、別の木片を手に取った。

 それを風子が、これ見よがしに溜息をついて言う。

『岡崎さん、自分の不器用を木の所為にするんですか。最悪です』

『両手絆創膏だらけにしているおまえに言われたかねぇよっ』

 肩を(いか)らせて朋也が言い返す。

 そんな二人を、渚は嬉しそうに微笑んで見ていた。

 いつも繰り返されてきたような、そんな穏やかな情景が——

 

「なぁ、どうなんだ? それ彫ったの俺達じゃないのか?」 

 茫然として答えない風子に、再度朋也が訊く。

「あ、そ……」

 ハッと我に返り、思わず何か言いかけた風子は、言葉を呑み込んでふっと淋しそうに微笑んだ。

「それは、今はまだ知らなくていいことです」

「でもわたし達知りたいんです。どうしてこんな記憶があるのか」

 悟り切ったように言う風子に、渚が必死で訴える。

「もし、ふうちゃんの事忘れてしまっているのなら、思い出したいんです。わたし達とふうちゃんがどんな風だったかを。そうしなければ、わたし達ふうちゃんに申し訳ないですから」

「渚さん……」

 もう忘れてしまっている筈なのに、記憶なんて残っている筈ないのに。何時だってこの人達はそうだった。こんな中途半端な存在の風子を受け入れ、皆が風子の記憶を失っていく中、ずっと一緒だと。忘れたくないと風子の傍に居続けてくれた。夢の最後のあの瞬間まで——

「ある筈のない記憶なら、それは気の所為です。だってこれを彫ってくれた人達は、もう風子の想い出の中にしかいないんですから」

 何時も傍で風子を見守ってくれた温かで優しい、風子の大好きな人達は……

 だから、二人が風子の事を思い出してくれたのは嬉しい。でもそれを切っ掛けに全ての記憶を取り戻してショックを受ける姿は見たくなかった。今も大好きだから尚更に。

「それに渚さんならともかく、風子が岡崎さんの事大好きだなんて、自惚(うぬぼ)れもいいとこです。第一岡崎さんに、こんな可愛いヒトデが彫れる訳ないです」

 ビシッと朋也を指差し、嘘で固めた憎まれ口を叩く。

「大体ヒトデを彫る岡崎さんなんて、想像しただけでも不気味です。いえ、ズバリそれは、ヒトデに対する冒涜以外の何物でもありません」

「たかがヒトデ彫るだけで、何でそこまで言われなきゃならねぇんだ」

「たかがとはなんですかっ」

 あんまりな言われように思わず言い返してきた朋也に、憤然と風子は抗議する。

「ヒトデを侮辱するなんて、最悪ですっ」

「最悪なのはおまえの方だっ」

「と、朋也くん、ふうちゃん、少し落ち着いてください」

 いきなり口ゲンカし出した二人に、渚が慌てふためいて(なだ)めようとする声に、フンっと二人は互いにそっぽを向いた。

「気分が悪いので、風子はこれで失礼します」

「ああ、勝手にしろ」

 顔を背けたまま朋也は言い捨てる。

 風子はぺこりと渚に頭を下げると、身を翻して中庭の奥の方に駆けて行った。

 




 朋也達の失われた記憶のエピソードは、原作であるCLANNADのゲーム及びアニメのモノに基づいています。
 ざっくり言うと、三年前までこの学校の教師だった大好きな姉の結婚式に、この学校の生徒達も参加して祝って欲しいと考えた風子が、自分で彫った手作りのヒトデを生徒達に配ってお願いしていたのを朋也と渚が手伝ったのです。その時渚は風子の事を「ふうちゃん」と呼んでいました。
 けれど、風子が実はそこに存在しない人物(本人は病院で意識不明中)であった為に、一度認識されても暫くすると生徒達の記憶から忘れ去られ、その事実を知り忘れたくないと願った朋也と渚も、最後にはその記憶を失ってしまうというものです。
 ただ、記憶を失っても朋也と渚が幸村先生に、この学校で風子の姉の結婚式をしたいと相談した事実だけは残り、後日風子の姉はこの学校で生徒達に祝福されて結婚式を挙げました。
 皆が記憶を失って全てが無かった事になっても、風子の願いは叶ったという事です。
 風子が朋也に今度は自分が助ける番と言ったのは、自分を最後まで手伝ってくれた事に由来します。
 もっと詳しく知りたい人は、原作のゲームかアニメを探して見てください。

 このメモリーズの春と夏の「桜の花さく頃に」と「夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)」にもそれについて触れている箇所がありますので、興味のある方は読んでみてください。
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