星型に寄せる狂詩曲(ラプソディー)~メモリーズ―秋―   作:飛鳥 螢

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下級生の少女

 身を乗り出し、春原が憤然と朋也に詰め寄る。

「岡崎っ、もっと真面目に考えてくれよっ!」

「と言ってもなぁ、俺には関係ない事だし………ん?」

 ずいっと迫る春原の顔のアップに堪え兼ね、物凄く嫌そうに朋也が顔を背けた先の地面に何か落ちていた。

 何やら星の形をした木製の物体のようである。

 ——さっきまで、あんなのあそこに無かったよな……

「おい、岡崎っ、聞いてんのかよっ!」

「ああ、おまえこれ何だと思う?」

 気になってその妙な物体を拾い上げ、朋也は噛み付く春原にそれを見せる。

「え?」

 眉根を寄せ、思わず春原はまじまじとそれを見た。

「……手裏剣…かな?」

「いや、違うような気がするぞ」

 なんだっけ、何処かで見たことがあるような気がするんだが……

 朋也がそれをひっくり返して裏を見ると、そこに文字が書かれてあった。

「なんだ?」

「なになに?」

 二人はその文面に目を通してみた。

『塩水が十分中に浸み込むまで漬けた後、撫でながら「風子」とお呼び下さい』

「って、何これ?」

「さあ?」

 意味が分からず、二人は首を捻った。

「あ、ひょっとして、この通りにやれば何か出て来るのかな?」

「……やめといた方がいいぞ」

 何となく嫌な予感がして朋也は止めた。

 が、面白そうな事なら何でもいい春原は、「まぁいいから」と朋也の手からそれを取ると、キョロキョロと辺りを見回して傍にあった小さな池に目を留める。

「塩水じゃないけど、まぁいいか」

 と、その星型の物体を池の中に放り込む。

「いい加減だな」

 呆れて朋也はそれを指差した。

「ま、どうでもいいが、浮いてるぞ」

 確かあれには『十分中に浸みこむまで漬けろ』と書いてあった筈だが。

 しかし、よく考えてみれば木である。水に浮くのは当たり前だった。

「別にいいじゃん」

 気にする風もなく、春原は何故か自分の腕時計を見た。

「これで十分待つと」

「………」

 ——「十分」の意味が違う。

 朋也はそう思ったが、律儀に時間を計る春原に一々言うのも面倒で黙っていた。

 他にもツッコミどころはあるし、第一最初からやり方が間違っているのに今更である。

 それにこんなんで本当に何か出て来るのか、多少興味もあった。

 何もする事もなく、ぷかぷかと水に浮かぶ星型の彫刻をぼんやり眺めて待つこと十分。

 春原は池に浮かぶ木彫りの彫刻を取り上げた。

「なっにが出て来るのかなぁっと」

 弾んだ声を上げ、濡れた彫刻の表面を撫でながら、そこに書かれてあった文字を言う。

「風子っ」

 途端にボンっと破裂音と共に白煙が湧き上がる。

「っ!?」

 ぎょっとして思わず二人は仰け反った。

 そして、白煙が消えた後、朋也達の前に一人の少女が立っていた。

 それは長い黒髪を後ろで緩くリボンで結んだ、ちんまりとした背の低い子で、制服の校章の色から一年と判る。ただ分からないのは何故頭にパーティーなんかで被るカラフルな三角帽子を付けているかだ。

 二人が呆然としていると、その下級生は手にした例の星型の彫刻を掲げ、胸を張って高らかに名乗った。

「風子、参上っ!」

「……誰、この子?」

「俺が知るかよ」

 そう返したものの、朋也は何度がこの珍妙な下級生に会った事がある。

 毎回いきなり現れて意味不明な言動を取った後、何処かに消えるよく分からない少女だ。

 朋也が知っているのはそれくらいだった。だからそんな者の説明を求められても無理である。

「って、待てよ。おまえ今確か『風子』って言ったよな」

「はい」

 朋也の問いに、こくりと下級生の少女が頷く。

「じゃあ、コレやって出て来たのって、この子ってこと!?」

 あんないい加減なやり方でこの少女が召喚されたとでも思ったのか、手に持つ星型の彫刻と目の前に立つ下級生を交互に見やり、春原は驚きの声を上げた。

 ——んなワケねぇだろ。

 現実的な朋也は呆れて心の中でツッコミを入れ、顎で春原が手にしている彫刻を示して少女に訊く。

「つー事は、これ書いたのはおまえか?」

「そうです。風子が書きました」

「どういうつもりだ?」

 わざわざ出て来るのに、ご丁寧に白煙まで()いて。

「岡崎さんがお困りのようでしたので。今度は風子が岡崎さんを助ける番です」

 その言葉に、朋也は思いっ切り眉根を寄せる。

「今度はって、俺おまえに何かした憶えはないぞ」

 ひょっとして、今まで突然湧いて出て来たのも、俺を助けるつもりだったのか?

 一度たりとも役にたった(ためし)はないが。

「つか、別に俺困ってないし」

「でも、あの髪の色のヘンな人に脅されてました」

 怪訝な表情(かお)をする朋也に、ビシッと風子は春原を指差した。

 それに納得して朋也が頷く。

「まぁ、確かに」

「脅してないよっ、相談してただけだよっ!」

 声を荒げて風子に訂正を入れると、春原は朋也をキッと睨んだ。

「岡崎っ、おまえも納得すんなよっ」

「いや、実際関係ないのに、案出せって強要されてたし」

「僕達親友だろっ。困ってる友達助けるのは当然だろっ!」

 淡々と事実を言う朋也に目を剥き、春原は心外そうにムキになって訴える。

 ——親友?

 思いもよらないその言葉に眉を(ひそ)め、朋也は心に思った事を正直に口にした。

「俺は、おまえと一瞬たりともそんな寒々しい関係になった覚えはないが」

「そんなっ」

 驚愕に目を見開き、春原はよろりとよろけて朋也に(すが)りつく。

「それじゃ、今まで二人で過ごしたこの二年半の目眩(めくるめ)く日々は何だったんだよ。僕等はお互いを必要とし、同じ部屋で夜遅くまで共に過ごして、何時も何をやるのも一緒だったじゃないか」

「変な誤解を招くような言い方するな」

 自分に縋る春原を邪険に振り払い、嫌そうな表情(かお)をして朋也は言葉を返す。

「大体、俺は別におまえを必要としてねぇし、おまえにはヒマ潰しに付き合ってただけだから」

「アナタ、無茶苦茶冷たいですねっ」

「まあまあ、髪の色のヘンな人」

 とことん冷淡な朋也を涙ながらに非難する春原を宥め、風子は言い(さと)すように慰めの言葉を掛ける。

「思い違いはよくある事です。むしろ真実が明らかになり、今までの思い込みが間違いだったと判ったのですから、とても良い事だと思います」

「良かないよっ」

 全然慰めになってないどころか、バッサリとやられた心の傷口に塩と山葵と唐辛子を塗りたくられ、春原はいきり立って怒鳴った。

「大体おまえ呼び出したの僕だぞっ。なんで岡崎助けるんだよっ。こういう場合、呼び出した奴の言うこと聞くもんでしょっ、普通。

 それと髪の色のヘンな人言うなっ」

「一々細かい事を気にする人ですね。最悪です」

「まったくだ」

 盛大にこれ見よがしの溜息をついて言う風子に、朋也が相槌を打つ。

 魔法のランプじゃあるまいし、マジでこの下級生を自分が呼び出したと思っているあたりが特に救いようが無い。

「最悪なのはこっちだよっ」

 どうして見ず知らずの下級生にここまで言われなきゃならないのか。しかも、岡崎も面白がって全然話にならないし。

「もういいよ。おまえらもうどっか行けよ。どうせ僕は孤独なロンリーウルフさ」

 すっかりいじけ、春原はしゃがみこんでブチブチと芝生を千切り出す。

 ——春原、孤独とロンリー、意味被ってるぞ。

 相変わらず横文字に弱い春原に声に出さずにツッコミを入れながら、朋也は流石にちょっとやり過ぎたかと思いだした。

「まぁ要するに、寮のラグビー部の連中が、おまえに手出しできないようにすればいい訳だろ」

「…——何か、いい()でもあるのかよ」

「もちろんです」

 芝生を千切る手を止め、チラッとこちらを見てぼそりと訊く春原に、朋也が答えるより先に何故か風子が胸を叩いて大威張りで言った。

「ロリコンウルフさんには、この風子が取って置きの()を特別に出血大サービスして差し上げます」

 ——出血大サービスって、バーゲンか何かする気か?

 風子に胡乱な目を向け、朋也は春原を指差した。

「こいつ『ロリコン』じゃなくて『ロンリー』な。まぁ俺は、こいつがロリコンでも別に構わねぇけど」

「構えよっ」

 バッと立ち上がって朋也に文句を言い、春原は風子をジロリと見る。

「つか、さっきから失礼なコトばっか言うよね、この子」

 ——今頃気付いたのか……

 さっきと言うより最初からなのに、今更だろ。

 そう内心で明也がツッコむ横で、風子は真顔で言い返す。

「それは気付きませんでした。風子はとても正直者なので、嘘が言えないものですから」

「——絶対ケンカ売ってるよね、この子」

「まぁ待て、春原」

 朋也は頬をひくつかせて拳を握り締める悪友の肩を叩く。

「こいつ根が正直なだけで、悪気があって言ってる訳じゃなさそうだし、ラグビー部の奴等を何とかしてくれるって言うんだ。どんな()か一応聞くだけ聞いてみたらどうだ」

「まぁ、岡崎がそう言うんなら……」

 朋也の言い方になんかすごく引っかかりを覚えたが、取り敢えず拳を引っ込めて春原は風子に体を返す。

「で、あいつ等やっつける()ってどんなのなの?」

「それにはまず、ヒトデ(・・・)を集めてください」

「人手?」

「そうです。ヒトデです」

 風子は手に持つ星型の彫刻を、ずいっと二人の前に突き出して大きく頷く。

 それをまじまじと見やり、朋也と春原は互いに顔を見合わせた。

 

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