星型に寄せる狂詩曲(ラプソディー)~メモリーズ―秋― 作:飛鳥 螢
「相変わらずちょろい奴だな……」
「ホント、あんたって人の扱いがうまいわよね。陽平だけじゃなく」
やる気満々に階段を駆け上がる春原の後ろ姿を見送りながら、ボソッと漏らした朋也に杏は溜息混じりに呆れて言った。
「?」
朋也が誰の事を言われたのか分からず、怪訝な顔をして杏を見る。
「あの子よ。風子って言ったっけ。さっきもそうだけど、あんたあの子の扱い、すごく慣れてるって感じじゃない」
「別に、俺は普通に訊いただけだぞ」
まあ確かに自分で正直者で嘘が付けないと言ってたから、うまくいけばポロリとヒトデの
それなのに、そう言われるのは何となく不本意だ。
「まぁとにかく、何時相澤達がここに乗り込んで来るかもしれないんだ。その前にここにあるヒトデは全て見つけるぞ」
「分かってるわよ。なんたってこの後に好きな物食べ放題が待ってるんだからね」
「………」
確かに、何でも好きな物を
——春原、負けたら地獄だな……
何も知らない悪友に同情しつつ、朋也は渚と共に三階に向かった。
「ここから探してみるか」
朋也は廊下の突き当り一つ手前の空き教室の戸口に立ち、戸に手を掛ける。
「あ、ちょっと待ってください」
渚がそれを止め、隣の演劇部の部室に使っている教室に入った。
「演劇部の部室なんかに入ってどうするんだ?」
確か風子は空き教室と言っていたのに。だから朋也も演劇部の部屋でなく、一つ手前の使っていない教室から調べる事にしたのだ。
「前にここで見た事があるような気がするんです。その木彫りのヒトデ」
それに応えて渚は部室の後ろの方に積まれてある段ボール箱の辺りを探し、その脇に置かれた机の中を覗き込んだ。
「ありました、朋也くん」
弾んだ声を上げ、渚は机の中から星型の木製彫刻を取り出して朋也にそれを見せる。
「あいつ、ここにも出入りしてたのか……」
一体何時置いて行ったのだろう。
もっともここは他の部と違って、別に取られて困る物もないから扉に鍵は掛けないし、皆が来るのは昼休みと放課後くらいなものだから、自分達の気付かない内にヒトデを隠すことも可能だろうが。
「あの、朋也くん」
手に持つ手彫りの木製ヒトデを見詰め、渚はぽつりと呟くように言う。
「なんだ?」
「わたし、あの風子ちゃんに以前何処かで会った事があるような気がするんです」
「ああ、前に杏のグループ交際だっけ。あれに付き合わされた時、ことみの誕生日プレゼントに何故かUFOキャッチャーで、でっかいぬいぐるみ取ろうって事になって、俺の財布の中身すっからかんにしただろ。そん時風子の奴、いきなりしゃしゃり出て来て、俺の最後の百円で星のぬいぐるみゲットしたんだ」
「ええ、覚えてます」
迷いのない巧みなUFO捌きで、見事に星のぬいぐるみをゲットしていた。
「でも、わたし、これを見ていると、何だかとても懐かしい気持ちになるんです。もっとずっと前にこれを風子ちゃん——ふうちゃんと一緒に見たことがあるような気がして……」
でも、そんな事ある筈ないのに、どうしてそう思ってしまうのか。
何処か頭の中がもやもやとすっきりとしない。思い出しそうで思い出せないもどかしさがあった。
そう言われてみて、朋也も渚が手にする手彫りのヒトデをじっと見た。
そう思った瞬間、風子がこのヒトデの彫刻を彫っている姿が朋也の脳裡を掠めた。何処かの教室で自分と渚と共にヒトデを彫っている。
「っ!?」
——なんだ、今の……?
頭を押さえ、ある筈のない記憶に朋也は愕然とした。
でも、あの場所は——
ばっと窓に駆け寄って外の風景を見やると、朋也は身を翻して部室の外に出た。
「朋也くん!?」
いきなりの朋也の行動に渚は驚き、慌ててその後を追う。
朋也は隣の空き教室に入ると窓の外を確認して、その側にあった机に手を置いた。
——やっぱ、さっきのあの記憶の場所はここだ。
ここで、俺と渚はあいつとヒトデを彫っていた……
「朋也くん。どうしたんですか?」
窓際の机に手をついて深刻な
「なあ渚、前に俺達ここで、風子と一緒にそのヒトデ彫った事あったっけ?」
「え?」
朋也の問いに、渚は虚を突かれたように大きく目を見開いた。
「ここで、このヒトデをですか?」
「ああ」
真剣な面持ちで朋也は頷いた。
おそらくこれはさっき自分の言った事に関係しているのだろう。
そう思い、渚は手に持つ木製のヒトデに視線を落とし、記憶の糸を
——ふうちゃんと、朋也くんとここでこれを……
渚は春のあの校門下の坂で朋也と出会ったあの日から、今に至るまでを何度も思い返してみる。
でも、言われてみてそんな事があったような気がするだけで、やった記憶は渚にはなかった。風子に以前会ったのも、やはりあの集団デートの時だけだった。
「いいえ、そういう事をした憶えはないです」
小さく
「そうだよな。やっぱそんな事ある訳ないよな」
あいつは何時だって突然目の前に現れて、すぐに何処かに行ってしまう。一緒に何かをするヒマなんて何処にもなかった。
——あの記憶も、渚にあんなこと言われて、つい想像してしまっただけだ。
そう思う事で、朋也は自分を納得させた。
「じゃあ渚、さっさと残りのヒトデ探すぞ」
明るく言って、朋也は手を置いた机の中を覗き込む。
そこにぽつねんと、木彫りのヒトデが奥深くに置いてあった。
「あったぞ。しかもこれ……ひょっとして、風子のサイン入りってヤツか?」
「本当ですか?」
他の机の中を探していた渚が寄って来て、それを見る。
木製のヒトデの表面に、サインペンか何かで書いたのだろう。黒い象形文字のようなものが書かれてあった。根性出して無理矢理読もうと思えば、一部分が「風子」と読めなくもない。
「あいつ、すげぇ字下手だな」
「そんな事ないです。サインなんですから。これでいいと思います」
「おまえ、やたらと風子に好意的なのな」
このミミズののたくったような文字の何処がいいのか。
呆れたように朋也が渚を見る。
「風子のこと『ふうちゃん』なんて、やけに親しげに呼ぶし」
朋也は今まで何度も会い、思い出しただけでも胸やけしそうな、かなり悲惨な目にあわされた事もあった。
だが、渚はそんな目に合わなかったとはいえ、今回で二回目でしかないのに、あんな訳の分からない変な下級生の何処がいいのか。
「え、えっと、その、なんとなくその方が『風子ちゃん』って言うより、合っているような気がしたので」
言われて慌てて渚は弁解し、不安そうに朋也を見る。
「あの、変でしょうか?」
「そうだな……」
確かに自分が言ったらキモすぎるが、渚ならその方がむしろしっくりくるような気がする。
「いや、変じゃねぇよ。おまえらしくていいんじゃないか」
ポンッと渚の頭に手を置き、朋也はふっと笑う。
「じゃ、残りも急いで探すか」
「はいっ」
ほっと嬉しそうに渚は
二人で使っていない教室を手分けして探し、腕に抱えきれない程のヒトデを探し出した朋也達は、演劇部部室にあった大袋の中にそれを入れ、春原達と合流した。
生徒玄関で見付けたヒトデと合わせると、かなりの数である。