星型に寄せる狂詩曲(ラプソディー)~メモリーズ―秋― 作:飛鳥 螢
「偉いわよ、ボタンっ」
ヒトデを受け取り、杏はボタンの頭を撫でて褒めた。
思った以上の戦力である。これなら見落としてばかりで全然役に立ってない春原などよりよっぽどいい。
「あ、お姉ちゃん、岡崎くん」
何か見つけたのか、辺りを見渡していた椋が不意に声を上げる。
「なに、椋」
「あそこ、あの木の上」
椋が指差した先、ここより少し離れた校舎の建物沿いに植えられた木の、緑の葉の隙間から何やら肌色っぽい物体が見える。
「あれって、もしかしてヒトデ?」
「風子の奴、木の上まで隠したのかよ」
よりによって、なんつートコに隠すんだ。
呆れて朋也はぼやいたが、ラグビー部の奴等に見付けられたら事である。さっさと回収するに限る。
そう朋也が思った矢先、キョロキョロしながら歩いて来たラグビー部員の梶沼がそれを見つけ、木に走り寄った。幹に足を掛け、よじ登り出す。
「マズいっ」
「椋が見つけたヒトデ、渡すもんですかっ」
一体何処から取り出したのか、杏は分厚い大英和辞典を手に持つと片足を振り上げ、勢いのある豪快な投球フォームでそれを梶沼目掛けて投げ付ける。
木をよじ登っていた梶沼には避けようもない。
「ぐわっ」
大英和辞典が見事に背中のど真ん中にぶち当たり、梶沼はドテッと背中から地面に落ちた。
——うわぁ、容赦ねぇ……
非情なまでの杏の攻撃に、日頃理不尽に杏に分厚い辞書を投げ付けられている朋也と春原は、思わず痛そうに顔を
「今よっ、陽平っ!」
「あ、ああ」
言われて慌てて木に駆け寄ると、春原は下で背中を押さえて呻く梶沼を
足場のない幹を、両手足を使って器用に枝までよじ登ると、そこに引っかかっていた木彫りのヒトデを取り、下で待ち構えていた杏に放る。
「椋、取ったわよ」
「あ、ありがとう、お姉ちゃん」
木の下にうずくまる梶沼にすまなそうな視線を向け、椋は意気揚々とヒトデを見せる姉に礼を言った。
そこへ、するすると木から降りて来た春原が、むすっと文句を言う。
「取ったの、僕なんですけど」
「あ、あの、春原くんも有難うございます」
ビクっと肩を震わせ、慌てて椋は春原にもお礼の言葉を口にする。
「椋、そんな奴に礼なんか言う必要なんてないわ」
地面に落ちている大英和辞典を拾い、杏がじろりと春原を睨む。
「手伝ってやってるのはあたし達の方なんだから、陽平がむしろあたし達に礼を言うべきでしょ」
「ぷひっ、ぷひっ」
ボタンがそれに応えるように鼻を鳴らす。その頭の上には星型の彫刻が乗っかっていた。皆が木の上のヒトデに気を取られている内に、また別の奴を見つけたらしい。
「すごいわ、ボタン。その調子でどんどん見つけるのよ」
「ぷひっ」
「ちょい待てや、おまえ等っ」
ボタンを
「それ見つけたの俺やでっ。それになんなんやこいつ!?」
杏が手に持つ木彫りの彫刻の所有権を主張すると、その足許にいる縦縞模様の茶色い小動物を指差して朋也を睨んだ。
「女子が多いからって俺等の参加人数減らせた癖に、そんなんヒトデ探しに使って卑怯やろっ」
「何言ってんのよっ」
すかさず杏が朋也を押し退けて前に出、ずいっと梶沼に詰め寄ってぴしゃりと言う。
「これは椋が先に見つけたのよ。それをあんたが横取りしようとしたんでしょっ」
「な、何を——」
「それに、ボタンはあたしのペットよ。
——随分毛深い手足だな……
思わず朋也はそう思ったものの、賢明にも口には出さなかった。
そして、そんな言い訳で梶沼が納得する筈もなかった。
「そんな屁理屈通用すると思って——」
「あんた達、何騒いでいるの?」
三時までの暇潰しに校庭を猫と共に散歩していた美佐枝が、杏と梶沼の言い合いを聞きつけてやって来た。
「あ、美佐枝さん、こいつ等卑怯なんやっ」
杏の迫力にビビっていた梶沼が、天の助けとばかり訴える。
「何が卑怯よっ」
「だってそうやろ、ペット使ってヒトデ探そうやなんて——」
「ちょっとやめなさい、あんた達」
事情を説明してもらわなければ、こちらとしても対処のしようがないというのに、また言い合いを始めた二人を、うんざりしたように美佐枝は止めた。
そこへ、他のラグビー部員も何事かとぞろぞろとやって来る。
全員集まったところで、美佐枝はこの場の責任者として朋也に事情説明を要求した。
「岡崎、一体何があったの?」
「実は——」と言いかけた朋也は、とことこと旧校舎の建物の陰から出て来たパーティー用のカラフルな三角帽子を被った下級生を見つけ、丁度いいと声を掛けた。
「おい、風子」
「岡崎さん、何ですか?」
呼ばれて風子は、まだヒトデヒートの最中なのに、ヒトデを探さずに集まっている一同を不審そうに見ながら朋也の許に来る。
「ちょっとお前に訊きたい事があるんだ」
途端に風子はバッと手に持つヒトデで口をガードし、決然と言い放つ。
「風子はもう、二度と岡崎さんの甘い言葉に騙されないですっ」
「人聞きの悪い事言うなっ。普通に訊いてるだけだろっ!」
思わず朋也は言い返したが、その主張に美佐枝やラグビー部員だけでなく、杏達も賛成しかねる
「とにかく、おまえに確認しておきたい事があるんだ」
全員に
「さっき木に引っかかっていたヒトデを見つけたんだが、おまえどうやってあんな所にヒトデを置いたんだ? その恰好で木によじ登ったらタイツとか破けて大変だろ。木登りするにも手足だって短いし」
「岡崎さん、ナイスバディの風子に対して思いっ切り失礼です」
ぷうっと頬を膨らませ、風子は明也を睨んで文句を言う。
——その幼児体型の何処がナイスバディなんだよ……
呆れた
「それに、風子は大人のレディなので、木登りなんて野蛮な真似はしないです」
「じゃあ、どうやってヒトデを木の上に置いたんだ?」
「校舎の窓から木に向かって投げたに決まってます」
「って事は、まだ木の上にたくさんあるって事か?」
「もちろんです。…——って、またしても岡崎さんに
「口説いてねぇって」
胸を張って断言した後でハッとし、頭を抱えて苦悩する風子にげんなりして言い返すと、朋也は美佐枝に向き直った。
「聞いての通り、こいつは木の上にかなりのヒトデをばら撒いている。だが、俺達の中で木に登れるのは春原だけだ」
「岡崎、あんたは? 木登りくらいできるでしょ?」
スカートを履いている女の子達はともかく。
「いや、肩をダメにしちまって、腕が肩から上に挙がらないんだ」
「え、そうなの?」
美佐枝は意外そうに目を
朋也は寮生ではないが、美佐枝は一年の時から寮に住む春原の部屋に入り浸っている彼とは、寮生と同じくらい付き合いが長かった。でも、朋也が肩を痛めているとは全然気付かなかったのだ。
「ああ、だから木に登れない俺達の方が、校庭のヒトデ探しは圧倒的に不利だ。それでそのハンデを埋める為に杏のペットを参加させた処で、それを見た梶沼からクレームが出たってわけだ」
「だってそうやろ。人間より動物の方が鼻はいいんや」
どことなく非難めいた朋也の口調に、梶沼がすかさず反論する。
「ほら警察犬とか、ちょっとした臭いでも嗅ぎつけて隠れた犯人見つけたりするやろ。こういう探しもんは人間より動物の方が断然有利やないか」
「ボタンは警察犬じゃないわ、ウリンコよ。犬並みに鼻がいいわけないじゃない」
——いや、バイク通学するような遠方の家から、おまえの微かな残り香を辿ってここまで来るボタンは、十分警察犬並みに鼻はいいと思うぞ。
腰に手を当てて小馬鹿にして梶沼に言い返す杏に、朋也は口に出さずに思いっ切りツッコミを入れる。
ボタンを知る他の面々も思いは朋也と同じらしく、微妙な表情をしながらも口を挟むことはせず、黙ってそのまま杏に対応させた。