PERFECT BLUE【完結済】   作:yoshiko

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今さらですが、このシリーズには、
脳無・個性に関する独自解釈、原作に無い事件名・法律名・組織名を含みます。


♯6『解析』

 探りを入れる意味合いもあって、それからの毎日には調査の合間にセントラルへの見舞いが追加されることになった。早朝と深夜という露骨に面会時間外のタイミングではあったが、公安委員会と連携した調査報告のためという名目で病院には融通を効かせてもらった形だ。

 初めて見舞いに行った日。挿管された彼女はベッドに横たわったまま動けないでいたが意識はハッキリしているようだった。地下研究施設の監視室でモニター越しに町とそこで暮らす人々を夜通し見つめていた、あの細い背中を思い出す。あの時、煙草を挟んでいたのは右手だった。

 躊躇なく病院着に覆われた左腕の袖を捲る。目を凝らしてみれば小さいが確かに針で刺したような痕があった。ここに来る前に公安委員会経由で病院の記録は確認した。曰く、倒れた時の彼女は心肺機能および神経に重大な障害が生じるほど脳機能が過活性化していたと。どこかで聞いたようなあまりにも出来すぎた話だ。

 やっぱりかと内心で納得しながらその細腕を掴んだ俺を彼女が緩慢に微笑みながら見つめ返している。

 間違いなく個性強化薬の副作用。警察庁で解剖が行われた日、強化薬という発明を惜しんだ彼女へ自分が返した言葉を思い出す。もしも副作用を回避しながら薬のメリットだけを享受しようと言うのなら。薬の使用者の方を機械に繋ぐぐらいしか方法は無いだろう、と。その時の呆気に取られたかのような彼女の表情にようやく得心がいった。彼女の語った薬のメリットだけを享受する方法とはこの状況を意味していたのだ。

 気になることは二つ。一つは、彼女は薬を使って自分のどんな個性をブーストさせたのか。まだ推測の域を出ないもののこっちはほとんど確信を得ている。必要なのは答え合わせだけだから彼女の回復を待って確認するだけだ。

 もう一つは、致死性の個性強化薬を使用していながら彼女が死を回避出来た方法は何かということ。その方法こそが彼女たちの計画の鍵を握っているように思われた。

 

 初日の面会は言葉を交わすことも無く終え、挿管が外れるには更に二週間ほど待たねばならなかった。その間も病室に顔だけは出し続けた。毎朝病室にマイクロチップ型の盗聴器を埋め込んだ剛翼を仕込み、深夜の訪問で回収する。本来ならば自分で直接病室内の会話内容も確認したかったが、脳無の調査は我が国のやんごとなきお方直々の希望でもあり、厚生省と協力するためのお題目でもある。もちろん社会的な急務でもあり、室内の盗聴は塚内警部と公安委員会のメンバーに託していた。

 この毎日の見舞いと仕込みは彼女に接触を図る人物を確認する意図もあり、それは功を制して三人の人物が病室に出入りしているのを確認出来た。とはいえ流石に国家権力、俺の個性をよく理解している。盗聴を危惧してか会話内容自体は当たり障りのないものだった。

 病室にやってきたのは声を聞く限り三人。一人は彼女の直属の上司にあたる厚生大臣。もう一人は副室長。そして最後が突然室内に現れた謎の男。最後の男は病室の扉を開けた物音どころか足音すらもなく突然現れたという。そして何らかの日取りらしいナンバーだけを彼女に告げるとそのまま消えた。現在は塚内警部を中心に男の足取りと正体を捜索すると共に、音を消す個性、瞬間移動する個性など、類推される個性を持つ省庁の人物がいないか並行して調査を行なっている。

 挿管が外れた彼女には毎日の見舞いを利用して探りを入れていたことを流石に気付かれていた。ベッドに座れる状態にまで回復した彼女は、何か分かった事はあるのかと尋ねては意地が悪そうに微笑むばかりだ。

「手足はどうですか」

「この調子ならリハビリを続けて一ヶ月後くらいには回復するだろうって。今はまだ杖が欲しいけどゆっくりとなら歩けるよ。問題は手だね。頑張ってるんだけど結構震えるから、これじゃ満足にキーも叩けないし煙草も吸えない」

「院内禁煙ですよ」

「そこなんだよ。喫煙所まで歩かないといけないんだ。死活問題」

「好きですねー、ほんと」

 脳が過活性化状態に陥った彼女はセントラルによる懸命な治療もあって、脳機能に不可逆の深刻なダメージを負う前に回復した。それは医師曰くあらかじめ過活性化を抑えるための何らかの対抗策を事前に施していなければ起こり得ない類の奇跡らしい。

 それでも彼女の片手と片足には一時的な麻痺が残ってしまい、現在はリハビリに勤しんでいるところだった。こんなことになっても相変わらず喫煙を所望する彼女に呆れながら、見舞いの品にと持ってきた林檎を剥いていつものように軽口を交わし合う。白い病室に反射して光る果物ナイフの刃を林檎に沿わせるとくるくると回して皮を剥いていく。その様を彼女が童心に還った子供のように目を光らせて見つめていた。

「すごい。こんなのテレビの中だけかと思ってた」

「慣れたら簡単ですよ。ていうかこの後大変なのはあなたですから」

「私が?」

 剥き終えた林檎を手早く切り分けると一緒に買ってきていた紙皿に載せてやる。それをサイドチェストに置くと、手のひらでどうぞとにこやかにジェスチャーした。

「………そうきたか」

「フォークなんて洒落たもんないですよ。手、動かさないとリハビリになんないでしょ」

 私この後もリハビリあるのに、なんてボヤきながらそれでも彼女は皿の上に乗せられた林檎に手を伸ばす。節が目立つ骨張って細い指が傍目に見ても明らかなほど震えていた。やはり記録で見るより薬の代償は大きいようだ。

 つまむというよりほとんど抱えるようにしてなんとか持ち上げた林檎を口に運ぼうとしたところで、とうとう指の間から果実がベッドの上へと転がり落ちる。その様を見ながら彼女が悪態を吐くように呻いた。

「もう知らない。私は頑張った」

「なにを拗ねてんですか。子供じゃあるまいし」

「あのねー、リハビリってすっごくしんどいんだ。ヒーローやってたら分かるだろうに」

「分かってるから甘やかさないんでしょ。ほら」

 グローブを外して転がった林檎を手にする。一応病院のベッドの上に転がったわけで、誓って別の紙皿に除けてしまおうと思っただけだったのだ。

 林檎を摘んだ俺の手を、相変わらず震えっぱなしの彼女の手が不意に上から包み込む。そうして俺の手ごと懸命に林檎を自らの口元に運ぼうとするから、なにか、付き合ってやらないといけないような気がして。彼女の気に障らないような、それでいて手助けになる程度に力を込めてされるがままにされている。

 俺の指の股に滑らされたのは骨が絡みついてくるような、不健康で痩せ細った青白い女の指だった。厚みも太さもまるで違う指の一本一本が折り重なったまま彼女の口元に連れ去られていくのを眺めながら、一個の違う人間同士なのだなとそんな当たり前のことを考える。やがて辿り着いた果実が震えながら彼女の薄い唇を濡らす。

 そっと開けられた小さな口の奥、ちらと覗いた白い歯が瑞々しい音を立て果実を削り取っていった。滴り落ちた水気が俺たちの指を濡らしている。御簾のように落ちた長い髪のその奥に、時折蛇のような赤い舌がちらついていた。それは側からみれば、どこにも行けない女に手ずから給餌するような倒錯した光景で。たった数分にも満たない出来事ではあったが、余りにも生々しさを伴う行為だった。

「………ひとつ確認しますけど。これまで関係もった奴、全員ろくでもなかったでしょ?」

「急に踏み込んでくるね。ちゃんと全部食べたのに」

「いや。このひと、今までよく無事だったなって思いまして」

 自他の境界線が溶けるような感覚。それは疾しい思惑を持つ人間、あるいは他者に受容される体験を渇望する人間にとって酷く魅力的に写るだろう。時に暴力的なまでの欲求を誘発するほど。

 彼女はしらを切るような落ち着きぶった顔で語った。

「破滅的青春を送ってきたと言って欲しい」

「やっぱそうじゃないですか」

「人は同じ人間を物のように扱うことが出来るんだって、その暴力性を確かめてやりたい時期があったんだ。何を言い訳にしたところで人間にはそういうものが備わってるんだって。そしたら相応の人間が集まってきた。それだけだよ」

 今は落ち着いてる、と付け加える彼女に返すべき言葉は持っていなかった。少なくとも今のこの落ち着き払った様子と、あのモニタールームで町を眺めていた後ろ姿はとてもじゃないが繋がらなかった。

 なぜそんなものを再確認したがったのか。なぜ破滅的な生き方をしてきたのか。それは彼女という人と、その人が関わる計画を深く理解するためには必要なピースなのだろうが、今は計画の何たるかを知る方が先決だと判断した。

「じゃ、そろそろしましょうか、答え合わせ。俺の仮説も聞いてくれますよね」

 初日から自分の調査結果を仮説と称して俺に聞かせた彼女への小さな意趣返し。彼女は問いかけを聞き届けるといつもの調子に戻って悠然とヘッドボードに背を預け、先を促した。

「あなたは個性強化薬を使った。手足の麻痺はその副作用だ。先日の個性事故の対処のためにあなたは薬の使用に踏み切ったんだ。ではそこまでして強化したあなたの個性とは何なのか」

 あの事故の対処にあたり、塚内は厚生省から事故者の個性詳細が通達されてきたといった。管轄市役所に事故者の子供の個性登録届は提出されておらず、両親も我が子の個性は発現していなかったと証言している。裏付けのため少年が出生した病院のカルテも入手した。何をどう調べても、この世で事故者となった子供の個性を知り得るものは誰一人存在し得ない。そのはずだった。

「考えられるあなたの個性は『相手の個性を識別する』能力だ。あなたが倒れた場所はモニター室でしたね。であれば発動条件は相手を視認することなんじゃないですか。本来は直接見なければ発動し得ない。だからあなたは個性強化薬を使用した。監視カメラの映像越しにでも個性を識別出来るまで、自身の脳を過活性化させた」

 彼女は意地悪く目を細めたままだ。

「強化薬はどこから入手したのか?公安委員会が俺という監視をつけている状況下で、あなた方が闇市場と取引するなんて危険な橋を渡るとは思えない。押収した薬物を警察庁が横流しした痕跡もなかった。であれば強化薬はどこかで調達したのではなく、厚生省で製造されたものだと考えれば、入手経路が掴めなかったことにも筋が通る」

 手がかりは解剖に立ち会った日にあった。これまで警察庁からの依頼で彼女たちが解剖していたのは、通常では執刀が困難なほど変貌した遺体ばかり。その遺体はおよそ全てが個性強化薬を服用していた。

 塚内は厚生省への警戒から、彼女たちに強化薬のサンプルを明け渡さないよう指示していたという。だが遺体には薬物が人体に及ぼした影響が克明に残されているのだ。もし。遺体に残された痕跡から、使用された個性強化薬を正確に再現することが可能だったのなら。

「しかしここで問題が残る。あなたが致死性の強化薬を服用していながら生還したという事実だ。となれば、厚生省は強化薬のデメリットに対して、何らかの対応策を持っている事になる」

 実際、俺はもう知っている。強化薬とは個性の強化・発動のため脳の全領域をいっぺんに機能させてしまうものであり、その結果として肉体の生命維持活動さえも行われなくなり、死に至るのだと。他でもない彼女自身が語ったことだ。

 強化薬を死因とする遺体の解剖依頼という、薬物の作用を調べられる絶好の機会に恵まれてきた以上、翻って彼女たち厚生省が薬への対策を練るのはそう難しいものではなかったはず。解毒薬の類か、あるいは強化薬の効果と拮抗・相殺するような代物なのか、現時点では不明だ。分かるのは、厚生省にとっても強化薬の致死性を克服するという事はかなりの困難を伴うものだったという事実のみ。

「強化薬への対応策には欠陥がある。厚生省は薬のデメリットを完全に克服するには至らなかった。そうでなければ、あなたがこんな体になった事の説明がつかない」

 その不完全性は、目の前で病室のベッドに座っている女性の姿こそが示していた。まだ満足に動かない彼女の片手を握る。その細い指先は微かに震えただけで、俺の手を振り払うことさえ出来はしない。

「なんとなしに言ったことですが、俺の指摘は的を射ていたわけだ。強化薬のメリットだけを享受しようと言うのなら、使用者を生命維持装置にでも繋がないといけない。あなたがそうなったように」

 かつて解剖を終えた彼女と言葉を交わした時の事だ。強化薬の存在を惜しいと言ったあの日の彼女は、俺の言葉に不自然な反応を示した。それが隠していた事実へ思いがけず踏み込まれたからなのだと、今では理解出来る。

「わざわざデメリットへの備えまで独自に準備している以上、あなた方の計画に強化薬は何らかの形で関係していると考えられる。だけどここまでの状況から、たとえ対策を施したとしても、強化薬を服用すれば医療設備による生命維持が必須であることも明らかだ。そうまでする事が、あなた達の言うシステムには必要なんですか」

 脳無という存在に刻まれた、彼女たちには到達し得なかった何らかの技術の実在。そこの理解については残念ながら彼女たち厚生省の研究者たちに分があるのが実情だ。であればどうするか。脳無という存在を差し引いたうえで、現時点で推測出来る全てをもって彼女を揺さぶる。

 睨み合うように互いを見つめあう。彼女は入院生活で更に荒れた唇が飾る口元に薄い微笑みをたたえたまま。出方を見ようと口を噤んではみたものの、一向に口火を切らない彼女にホークスは最後にある仮説を語り始めた。

「以前あなたは、自分たちのことを普通ではいられなくなった者なんだと言った。あなたはたちは皆、なんらかの事件の関係者なんじゃないんですか」

 厚生省公安課の職員に関する身辺調査は現在も進められている。

 だが公安委員会から独立した全くの別組織。実態としては大臣の私設組織であることも伴って、最初からいつかは公安と敵対することも予測していたのだろう。情報は巧妙に偽装され、現在まで成果を得られないでいる。公安委員会を追放されたその日から厚生大臣は周到に準備を重ねてきたのだろう。だがそれは彼らを警戒していた公安委員会も同じことだ。両者は牽制し合い、情報が秘匿された状況であってもこれまでの調査結果を繋ぎ合わせれば仮説を立てることが出来る。

 彼女たちを繋ぐものが最初は個性事故なんじゃないかと疑った。個性事故で子供を亡くしたという大臣の経歴を再調査するなかで新たに判明した事実があったからだ。副室長の男。彼も子供を亡くしていた。それも大臣の妻子が亡くなったとされる爆発事故、その犠牲者の一人として記録されていたのだ。

 だが問題はそこからだった。肝心の彼女と他の公安課員と個性事故はどう調査しても繋がる気配が無い。であれば大臣と副室長の二人にのみ個性事故という共通点があり、他のメンバーにはまた別の要因があって繋がっていると見た方が自然だ。

「やっぱり凄いな。キミみたいなのが政治家や経済人なんかじゃなくヒーローをやってるって?キミの管轄する町、一度見てみたいよ」

 聞き届けた彼女の顔からは毒気の強さを思わせるあの意地の悪い笑みが消えていた。どこかさっぱりとして見える表情で感心したように嘆息すると、穏やかささえ滲む口調で語りだした。

「順番に答えていくよ。まず私の個性はおおよそキミの推測通り。私の個性は『解析』だ。相手の個性を知るだけの個性。本来は対象を直接目で見なければならず、能力がまだ発現していない小児児童の個性を解析することは出来ない。だけどそれは実証実験により薬物でかなりキツめにブーストさせれば可能だと証明された。同様に対象を映像越しに見ても『解析』は可能だった」

「ラグドールの個性に似ていますね」

「山岳救助主体のヒーローだっけ。AFO(オールフォーワン)に個性を奪われたと聞いたよ。残念だ」

「そうは言いますがあなたの個性だって十分強力だ。それこそヒーローとしては」

「私がヒーローになるって?そうしたらキミと肩を並べていたこともあったのかな」

 おかしそうに笑うその仕草が『もしも』を語る子供のようで。そういえば今日の彼女はやけに童心に帰っているような気がする。これが地下の研究施設で煙草の煙をくゆらせていた後ろ姿から地続きの素顔ということなのか。今はまだ計りかねていた。

「次に強化薬について。これは正確には少し違う。私たちは市場に出回る個性強化薬と同じものを製造したわけじゃない。強化薬をベースにした新たな薬剤を作ることに成功している。だからその先のキミの推測も事実とは少し異なっている。真には迫っているけどね。そして、最後だけれど………」

 そこで彼女は口籠もり、俺から目を逸らした。出会ってから数週間。地下施設での出会いから初めてのことだ。ここから先の一挙一動を、その動揺を見逃すまいと目を凝らす。普段なら思い思いに言葉が飛び出すその口が言葉を選ぶように重く動かされていく。

「昔、とてもショックなことがあって、毎日をぼんやりと過ごしてた。だけどある朝気がついたんだ。この社会には人が同じ人間を物のように扱える暴力性が存在していて、今普通に暮らしている人々はまだその暴力に晒されていないだけなんだって」

 細められた目に気付いたのか、ようやく俺と視線を合わせた彼女は苦笑するように笑った。

「この社会を壊してやろうとは思わなかったよ。例えようもないほど凄惨な暴力の存在があったとしてもそこは私が愛した社会だ。だけど両親に連れられて街を行く見知らぬ子供たちを見ながらこうも思った。かつて私は、この子だった。そしてこの子は、いつか私になるかもしれない。そう思った時そんなのは絶対におかしいと思った。そして自分に出来ることにも気付いてしまったから、私は今ここにいる」

 問題の核心から敢えて遠巻きにするような要領を得ない話。そう断じてしまえれば良かったものを、この口ぶりこそが彼女が後に何を語ろうとしているのか。彼女に提示した仮説は間違っていなかったという予感が急速に膨れ上がっていく。

「キミの考えている通りだよ。私は敵役(ヴィラン)被害者遺族だ。なんてことはない。この個性社会ではありふれた、よくある話さ」

 彼女はこうも語った。

「私がこんなことになったのは事件のせいだとか、そういう恨み言を言いたいわけじゃないんだ。捕まった敵役(ヴィラン)に思うところが無いわけじゃないんだけどね。ただ、私という人間の自己と言うべきものにその出来事は深く関わりすぎてしまっていて。私にとってそれはもう原点と呼ぶべきものなんだ」

 病室に沈黙が落ちる。彼女にとっての原点がどんな出来事だったのかは分からない。だがそれが目の前にいるこの女性(ひと)に、理想へ向けて走り出させるほど重い何かだったのだという事実だけがある。

 この時俺は内心で一つある予感を抱いた。それはいつか遠くない未来、彼女との決定的な対立が定まった時、おそらくはどんな静止の言葉もこの女性ひとは聞き入れはしないという予感だった。事切れるその瞬間まで足を止めることはないだろう。

「咄嗟の対処でちょっと尻尾を見せただけでこれだよ。なんて恐ろしいやつ」

「そのためにあなたに張り付いてたわけですから。だけどその割りに肝心のことはさっぱりだ」

 沈黙を打ち破るように戯けて見せた彼女が「そうでもないよ」と、どこまでも穏やかに続けた。

「私たちの協力者から連絡が来た。一週間後、私の退院を待って、脳無共同研究の結果報告会を行うことになったよ。うちの上司はその場を借りて、私たちが計画するシステムについてキミたちに公表するつもりだ」

 世間話でもするような自然さで俺たちの間にするりと落とされた内容に、悪寒が一気に背中を駆け巡る。緊張感が急速に引き上がっているのを気取られないよう、息を呑んだ。彼女は絵画を思わせる微笑みでこう言った。

「キミの知りたいことはそこで全て分かるよ」

 すべて。

 頭の中で言葉が響いている。侮っていた。彼女たちはこのまま全て煙に巻いて、計画にあるシステムとやらの稼働まで逃げ切るつもりだとばかり考えていた。ここまで表立って事を進めて来たということは、彼女達の目指すシステムには何かもっと大きな計画がある。その一環として大胆に動く事が必要な段階にまで事態は進展しているのではないか。

 公安委員会に監視の目を向けられている以上、これは彼女たちにとって賭けの部分も大きいはず。それは俺たちにとって相手の喉笛に噛み付く隙ともなる。

 ここからだ。おそらくは、全てここからが勝負になる。

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