海洋国家グランバロアの海底で活動しているとあるマスターが海の底から何かを見つけるお話。

海道左近さん原作のInfinite Dendrogramの二次創作です。

設定に捏造が含まれますがどうぞご容赦願います。


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沈んで上がって

 □ グランバロア とある海域

 

 楕円の機体の後方から生えている、ゴムチューブと硬質な金属が合わさった八本のアームをイカのようにくねらせながら、僕の操縦を受けたエンブリオがグランバロアの海を行く。

 

 僕一人で一杯の小さな操縦席の中で、操縦桿をぐっと下へ向けながら、車のようなフットペダルを緩く踏むと僕のエンブリオは下へ下へと進んでいった。

 

 正面の大きなモニターが映している、外の透き通った青の景色が、段々光を失って黒が混ざっていく様子から目を離して、海流とか様々な情報を映し出す小さなモニターを通じてエンブリオの進行に支障がないことを確認した。

 

 「おわっ、【バスターヘッド】じゃん」

 

 危険を察知したサブモニターの情報に従って操縦桿を切ると、今しがた僕のエンブリオがいた空間を尖った頭の魚影が通り過ぎる。

 

 【バスターヘッド・ツナ】という尖った金属の頭を持つマグロみたいな見た目の、高い回遊能力とその頭での突撃が脅威のモンスターだったが、そいつは後にその速度で産んだ海流だけを残して何処かへと突撃していった。

 

 「《光学迷彩》とスキル様様だね」 

 

 その後も【バスターヘッド】だけじゃなく、他にも色んなモンスター達が現れたけれど、どれも僕のエンブリオに備わった光学迷彩によってこちらを見つけられず、スキルによって水の動きも感知できずに何処かへと去っていく。

 

 「順調だねえ……」

 

 心地ついた僕の口から言葉が漏れるが、エンジン音や推進音すら漏らさない機体の中だから何にも問題はない。

 

 順調だなあ……僕の現実と違って……

 

 静かな機体の中で、僕の脳裏にはこの世界に逃げてきたあの時の事が浮かんできていた。

 

 ◇

 

 足の違和感を誤魔化して出場した陸上の大会で、僕はトラックに倒れていた。

 

 周りの才能あるみんなに追いつきたくて、部活どころか家でも必死のトレーニングを続けたその成果は、足の大けがと今後の最低三年くらいの陸上人生の強制休止という結果だった。

 

 運び込まれた病院で、固く食いしばった歯から声が洩れ、目から涙が流れ落ちた。

 

 どうして?

 

 その時の僕の頭にはその言葉しかなかった。

 

 右足の内から走る灼けるような激痛を抑えようと、ベットで足を抱え込んでいるその時、積み重ねた今までとこれからが崩れ去るような音が聞こえた気がして、思わず天を仰いでいたように思う。 

 

 そうやって頭を上げたあの時、病院の窓から見えた涙でかすむ青い空が僕の陸上生活最後の景色だった。

 

 ◇

 

 僕の全てとも言ってよかった部活動の場から離れてしまった僕は途方に暮れていた。

 

 元々人付き合いが上手いとは言えない上に、怪我であまりうまく歩けない姿は周りのクラスメイト達に余計な気を使わせて、なんだか哀れまれているようで、なんとなく距離を空けてしまっていたし。

 

 心配してくれる元部活の友達はいたけれど、彼らも部という接点が減れば付き合いも自然に薄れて、疎遠になってしまった。

 

 クラスで邪険にされるわけでもなくいじめも無かったけれど、僕というものをクラスメイトがどう扱うか、ずーっと保留されているような宙ぶらりんの距離感はちょっと辛かった。

 

 だけど1番辛かったのは、一人の時間。

 

 トレーニングに当てていた時はあんなに短かったあの時間が、帰って学校の課題を終えても、身支度を済ませてもまだまだ長く残っている。

 

 その長い時間のなかで、いまだ僅かに残る足の痛みが、僕に部活を忘れさせてくれず、早めに寝床に入っても、ただただ後悔が募って眠れない。

 

 忘れたい、どこかへ逃げ出したい、何も考えたくない。

 

 だから僕はこの世界(Infinite Dendrogram)にやってきた。

 

 足に痛みはなく、自分を知る者はだれもおらず、現実の事なんて何も考えなくていい。

 

 僕にとっては本当に夢のような世界だった。

 

 その世界の中で、僕が所属国家を海洋国家グランバロアに選んだのは、なんとなく地上を走り回る気になれなくて、海にでも行こうと考えたからだ。

 

 向こうの事から離れたことがしたい。

 

 そんな逃げの心を読みこんだ、僕に与えられたエンブリオ(僕の分身)は【境界潜 コウモリ】という名前と一人乗り潜水艦という形を得て孵化した。

 

 コウモリ、昔話において鳥の世界からも、獣の世界からも追われて洞窟に逃げることになった半端モノ。

 

 いるべき現実から逃げた僕にはピッタリな名前だと、僕は今でも思っている。

 

 ◇

 

 

 そんな昔の事をつい考えてしまいながら、僕は操縦席に備えられた大モニターに目を向ける。

 

 光が届かないから使えないカメラの映像から切り替えた、《振動探知》のスキルで得た情報から算出した、ワイヤーフレームのような映像はここら辺の海域の海底にもう間もなく着くことを僕に知らせていた。

 

 

 こちらでの僕はグランバロアの冒険船団に所属している【深海操縦士】だ。

 

 かの有名なグランバロアの超級率いる乙女たちには敵わずとも、結構な深さまで沈みこむことが出来る僕のエンブリオの能力と、深海において乗り物の操縦と機体性能ににバフがかかるこのジョブを活かして、僕は船団付近の調査員として働いている。

 

 掃討したはずのこの海域の海底に、船団の脅威となるモンスターは眠っていないか。

 未発掘の遺跡は存在しているか。

 鉱物や海産資源など有用なものはここにあるか。

 

 そんな調査を行うのが僕の仕事の一つだ。

 

 ……まあ、大方は外れの事が多いけれど。

 

 サブジョブとして取得した【測量士】のスキルをモニターの映像と合わせて作ったこの機体周囲のマップには、目立つようなものは映らない。

 

 せいぜいどこかから流れてきた、船団で対処が比較的簡単なモンスターと、数種の海藻くらいなものだ。

  

 「こんなもんだよね」

 

 ふうっと息を吐くと、僕は操縦桿を強く握り直し。

 

 一言、あるスキルを宣言した。

 

 「《世渡り上手》地底潜」

 

 コウモリが機体に張っている《光学迷彩》のその下で、スキルの光がコウモリを覆ったことを確認した僕はペダルをゆっくりと踏んで、今よりもさらに下へと機体を傾けた。

 

 レーダーマップが映し出した海底の砂がコウモリの真正面へと迫ってくる。

 

 そして機体の先端が砂へと触れたその時、マップの視界すら真っ黒に染まり、モニターの光以外僕には何も見えなくなった。

 

 コウモリのスキル《世渡り上手》はこの海底へと来るとき常時張っているスキルであり、これがあると水圧や海流を無視してその中へと潜り込める。

 

 地底潜はそのスキルの効果を地底にも対応させて、抵抗なくそこへ潜り込めるスキルなのだ。

 

 ……《世渡り上手》なんて皮肉な名前のスキルだなあと、いつも思う。

 

 現実世界で、うまくやれていないのに。

 

 触手の内一本だけを海底から出して、周囲のマップを機体に記録させながら、僕はコウモリを進める。

 

 適当に30分程周って今日の調査を終わってもいいくらいの情報を得ると、僕は、操縦桿から手を離し、顔を覆って座席の後ろへ身を反らした。

 

 「……どうしよう」

 

 思わず口から言葉が零れる。

 

 現実から離れ、逃げ出して、向こうの事を考えなくてもいい時間を僕は得て、現実とはかけ離れた海底とその下(居場所)へ赴く力を僕は得た。

 

 得た力でジョブに就き、調査の仕事もできるようになった。

 

 けどこの後僕はどうしよう。

 

 逃げて逃げて逃げた先、理想の筈の場所で僕は目的を失っていた。

 

 何をしても、何になったとしてもこの世界は僕を受け入れてくれると、チュートリアルで出会ったネコは言っていたけれど。

 

 思い出さないために色々進めてきたこのゲームが一段落ついてしまった今、現実と同じ……いや、三倍は長いこの時間を持て余してしまって、結果的に昔のことを思い出す事が増えてしまっていた。

 

 

 そうやってけっこうな時間、意識が現実の方に向かっていたのだが。

 

 「!!? なに!?」

 

 いきなり機体内部に警告音が鳴り、軽い衝撃がコウモリの機体を揺らす。

 

 ぼーっとしてた時に、思わずコウモリを進めてしまってたみたいだ。

 

 「ええと、ダメージは……よかった、なんにもないや」

 

 幸い大した速度で進んでいなかったこともあってか、モニターにコウモリのエラーとか損壊の表示が無かった事にほっと胸を撫でおろしながら、僕は周囲マップを取り出して見た。

 

 ぶつかった相手から攻撃が来ないならモンスターではなさそうだから、砂地に大岩でも埋まってたのだろうかと思ったけれど、その考えは、マップが表した海底に突き出した柱状の物体に否定された。

 

 「これは、マスト?」

 

グランバロア船団で飽きるほど見たそれが、海底からニョッキリ生えている。

 

 レーダーマップで見た限りだけれど、その柱の上の方に帆けたみたいな棒っぽいものがついてるし、布の切れ端らしきものが残ってるようだから間違ってないと思う。

 

 その大きさからメインのマストだとするならば、そこから少し離れた場所にいる僕がぶつかったのは……

 

 「船……なのかな……?」

 

 結構な大型船だ。

 

 試しにコウモリのアームで船体と思しき部分を突いてみると、コウモリのセンサーはそこから金属と思しき反響音を感知した。

 

 金属製なら古い船じゃないのかなと思ったけど、最近うちの船団で沈んだ船の話なんて聞いてない。

 そんなことがあれば、船団で情報が出回るし、それ専用の調査依頼だって来るはずだ。

 

 つまり他の国の船か……昔の時代にあった船。 

 

 「僕、とんでもない物を見つけちゃった?」

 

 思わず口から出た言葉に言葉を返してくれる人は、当たり前だけどこの場所(海の底)にはいなかった。

 

 

 

 「と、とりあえず帰って報告しよ」

 

 サブモニターの一つに取り付けているコンソールに位置情報とか、この船の様子とかを記録した後、僕はこれを船団に持ち帰るために、コウモリを地面から出して、船団がいるだろう方向へと移動を開始した。

 

 「ええと、船団の人に顔出して……位置情報纏めて……」

 

 帰ってからどうするか考えを纏めながら、僕は機体を上へと向けて沈没船から離れようとした。

 

 

 

 その瞬間、僕の体は上からの圧力によって、操縦席の下へと押し付けられた。

 

 

 「!!???!?」

 

 咄嗟の事だったから言葉も出せない中、伏した僕の耳には、さっきとは比べ物にならないくらいの大きさの警告音が鳴り響き、上からの力になんとか抗って僅かに上げた視界には、点滅する赤や黄色など、とりどりの色で機体の異常を知らせるサブモニターの輝きと、レーダーマップからカメラに切り替わった大モニターの様子が映っていた。

 

 今までの黒の世界から、瞬く間に輝く青い世界へとモニターの景色が変わっていく。

 

 そして、一層輝く青い世界を突き抜けて、僕のエンブリオが大きな水音を立て、僕にかかっていた圧力が突然無くなったその時僕は見た。

 

 海上で、僕の機体が立てた筈の波にも揺れないで、海上に八本のアームで立つ鬼のペイントのホバークラフトと。

 

 

 「おっしゃー!! 今日の稼ぎゲットだぜー!!」

 

 そのホバークラフトの運転席らしき場所ではしゃぐアロハシャツの男の人と。

 

 「今日の酒代になりますかねぇ!? ……ん? あれ鑑定できない……?」

 

 こちらを見ながら首を傾げるなぜかスーツ姿の男の人。

 

 ええと……だれ?

 

 突然の事で動けない僕に、スーツ姿の男の人が ()()()()()()()近づいてくる。

 

 「もしかしてマスターさんですかね……?」

 

 少し震えた声でこちらに声をかけてきたその人は格好も行動も明らかに怪しいし、今の僕の状態もこの人たちのせいなんだろうけど。

 

 あんまりにも情けない顔をするものだから、ぼくもなんかボーっとする頭で。

 

 『はい……マスターです……?』

 

 と間抜けな返事を返してしまっていた。




 上級職【深海操縦士】

 操縦士系統の上級職、通常の機体へのバフスキルの他、乗っている機体に水圧耐性を付けるスキルを持つ。

 通常の操縦士に比べて効果が発揮される場所が限定的な分、バフの効果が強め。

 【境界潜 コウモリ】

 一人乗り潜水艦。
 海流、水圧無視、レーダーマップ作製、周囲環境の振動把握、光学迷彩など多機能のスキルを持つ、海中や地中移動に秀でたエンブリオ。
 

 いろいろスキルを積み込んでいる分、機体のステータスはあまり高くなく、戦闘には向いていない。

 周囲の圧や地上からのあれこれから逃げるというマスターの逃避の心から生まれたエンブリオ。

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