きらきらとしたウルサスの輝き   作:Asterios3000

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二 

二 

 

「まだ、穴をあけるのはやめておいた方がいいわ。軍に入るのなら凍傷になるからやめろ、と言われるだろうし、もっと大人になってからでも遅くはないもの」

 

 母の化粧台の前に私はいた。

 ルカの耳飾りをどうしてもつけたかった私は母に相談することにした。その日の夕食に父はいなかったから人目をはばからず聞くことができた。

 

 母は嬉しそうな声で「後で部屋においで」なんて言って見せた。あとから聞いてわかったのだが、母は年頃になっても飾り気のない私を心配していたらしく、よく使用人に聞いていたらしかった。『彼女はいるのかしら? 気になっていそうな子は? おしゃれとかに興味はもっていないのかしら?』

 

 そんなことを周りに聞いていたのを知ると妙に恥ずかしくなった。最近なんだか使用人の目が優しかったのはそのせいだったのだろうか。

 

「これは女物だけれど、派手過ぎなくていいものね。ルカの奥様のものよね。きっといい趣味をなさっていたのよ」

 

 確かにその通りだった。変な装飾もなく、シルバーの輝きがわずかに耳にかかった髪からわずかに見えて、つけるといい気分になった。じん、とした痺れるような感覚とともに背筋がピンと伸びた。

 

「もし学校につけていくならばれないよう、髪に隠れるようにつけなさい」

「母さんは怒らないの? こういうの嫌いなイメージだったんだけれど」

 

 そういうと母はやんちゃな目をして言った。

 

「誰もがこういうことを一度はするものよ。スリルが、たまんないのよね」

 

 母のそういうところが私は好きだった。憎めない、いい母親だった。

 

 

 翌朝、父は帰ってきた。

 強い酒の匂いを漂わせていて昨日は結構な量を飲まされたことがよくわかった。

 父は朝食の席に着くと、冷たい水を何杯も飲んだ。そうしてようやく体が言うことを聞くようになったのか、つらつらと奥底にたまったものを吐き出すように話しだした。

 

「昨日は散々だったよ、あの三代目に付き合わされてな。ロストフ様があのパーティを一足早く抜け出したのもうなづける」

 

「そう、困ったものね。毎回じゃない? ほらこの前だって広場で急に叫んだりして。あの時も酔ってらしたのでしょう」

「そうだな──」父はテーブルに寝そべった。行儀が悪い、と母が怒ったが父は気にも留めなかった。

「あのパーティでロストフ様が言っておられたのだが、やっぱり新貴族は教育に力を入れていくらしい」

「そうなの」

「そうだ、産業の発展には欠かせない。その波をチェルノボーグから起こしていくのだとずいぶん力が入っておられた。旧貴族を怒らせて変なことにならないといいのだが──」

 

 そういうと父はごつんと音をたてて額をテーブルに押し付けた。よほどまいっているようだった。それは明白で、母も何も言わず使用人に『濡れたタオルをお願い』と頼んでいた。

「ロストフの娘さんも第四高校で生徒会長になっていたようだし、貴族の子たちもそれに続くのだろうな。この情勢不安で教育費に苦しむ家庭も少なくないというのに、あぁ、どうするかね」

「父さん」

 

 私の呼びかけに父は顔を上げた。疲れた顔が目にはいったが、それはすぐ濡れタオルに隠された。

 

「どうした。学校で何かあったか。今難しい時期だからな、何か言われるかもしれないが本当に──」

「最近、なんかおかしくない? ほかのところでは暴動とかストライキも起こっているんでしょ? こっちは大丈夫なの? ルカももういないし、頼りになる守衛も……」

「ああ、それなんだがな」

 

 父は私の言葉の遮るように言った。

 

「近々、うちもロストフ様の下につこうと思う。それにほら、この前不祥事で潰れた家があっただろう。その枠にどうか、と話があったんだ」

 

 なんでもないことのように出た言葉は母からも私からも言葉を奪った。貴族? ロストフの下? 疑問符が頭の中を埋め尽くす。父はこういうきらいがあった。緊張感を感じるべき時に感じないというか、妙に肝が据わっているところがあって無意識に意表をつく癖がある。

 

 母は何度か目をぱちくりとさせた後「本当なの?、それって」と半分聞こえないぐらいの声をあげる。

 

「ああ、本当だ。大反乱で産まれた新貴族と旧貴族の区別のためにも退役軍人への支援はいい材料なのだろうな。今の情勢不安も戦争によって得た利益を戦争で使い、それでも貴族からの搾取されや身勝手な行動によって苦しめられている。一部地域では貴族狩りなんてことが起こっているらしい」

「大丈夫なの、そんななか貴族になるって」

「大丈夫さ」父はきっぱりと言った。「この街で支援してきた人は数知れないほどいる。イメージも悪くないし、他家が情勢不安を理由に平民を解雇している中、我々は支援を続けている。守衛も今度新しく来てもらうし、大丈夫さ。ロストフ様も助けてくださる。昨日だって言われたんだぞ。

 

『あなたはチェルノボーグの柱だ。もしあなたがいなければ工場はここまで稼働しておらず、今日までの発展はなかった』こんな感じにな」

 

 おどけた様子で話す父のことを私はじっと見つめていた。母もまた不安がぬぐえないのか心配そうな目で見つめていた。そんな中私は声を発した。

 

「それは、うちが貴族になれば、平民への差別はなくなるの?」

 

 その言葉に父は少しばかり体を震わせたあと

「いずれな。大丈夫、うまくいくさ」

 大丈夫、大丈夫。壊れたおもちゃのように繰り返す父を横目に見ながら私は学校へ向かった。

 

 貴族か。

 教室へ入った僕は適当な席へ座り、そんなことばかりを考えていた。

 貴族──産まれた時からこの言葉にはあまりいいイメージはない。どちらかというと触れれば何かよくないことが起こるような呪いのアイテムのようなイメージを持っていた。

 そのしがらみに父も母も苦しんだこともあったし、私もまたそういったことに巻き込まれたことがあった。

 

 ここペテルヘイムはいくら貴族が少ないとはいえ、隔たりや差別は存在していたし、異質な立場である私を変な目で見る者は少なくはなかった。

 そのせいか話しかけられる機会は本当に少なかったし、いつだったかとある貴族の三男が私に命令したこともあったけれど数日後、簡単な謝罪とともにその三男は命令することも話しかけることもなくなった。

 きっと、親から聞いたのだろう。関係が悪くなれば急な欠員が出たときに紹介してもらえないだの、支援を受けた平民から恨まれるだの、そういったことを。

 

 私は考える。

 この現状が貴族になれば変わるのだろうか。

 ルカのような人を助けられる貴族になればもっといい状況を生み出せるのか。

 腫物のような扱いはなくなり、貴族の子たちの輪に入って豊かな人間関係を築いていけるのだろうか。

 

 そういったことを考えていると隣に誰かが座った。

 珍しいこともあるな、なんて思っていると、見覚えのあるシルエットが目に入った。

 耳のあたりにリボンをつけた女の子だった。以前、いじめられているのを助けた──どちらかというと間に入って仲裁したが正しいがそれ以来よく話しかけてくれた。

 おはよう。簡単な挨拶を交わすと彼女は一冊の本を手渡した。

 

「この前のお礼です」

 

 手渡された本は丁寧にブックカバーがかけれてていてかすかな濃い青に染められた革に花の装飾がされた立派なものだった。

 

「別にいいのに。それに高かったろう」

「いいえ、この前のこと──もちろん嫌なことをされたことは伏せましたけれど、助けてくれた、ってお母さんに話したらぜひお礼をってはりきっちゃったんです」

「そうか、なら遠慮なくもらっておくよ。ありがとう」

 

 彼女の家はたしか本屋だったか。もらった本も読まれた形跡のない新しいものだったからわざわざ気を使ってくれたのだろう。

 そうしていると教室の扉が開き、教師が入ってきた。チャイムも同時になり一限目の授業が始まろうとしていた。

 本は小さな文庫本であったため、制服の内側にあるポケットへ入れた。あいにく鞄は無駄に大きい歴史の教科書でいっぱいだった。

 

 

 

 白き雪原の上で一人の男が立っている。

 それと相対するように私は立っていた。

 曖昧なシルエットの男は右手に剣を持ちもう片方の腕は何かに切り落とされたのか肩から先がなくなっていた。

 男との間にはそれほど距離は空いておらず、少し走ってしまえばすぐに詰めることのできる距離だった。そのせいか男が剣を構えるところがよく見えた。

 洗練された、きれいな動きだった。そして見慣れたものだった。

 ルカ──朝日の中に消えていった戦士はいつかのように私に振りかぶった。

 剣を交えるたびに金属の甲高い音が鳴り、力では男の方が上回る。

 ──アーツだ、アーツを使え。そういっているような気がした。

 けれど私はアーツを使わなかった。遠慮やためらいによるものではない。ただ今なら剣だけで勝てる気がした。

 一歩、また一歩と足を踏み出すたびに私は脱力と緊張を繰り返す。ちかちかと頭の中で黒い閃光が明滅して息が切れ、そのたびに心臓が高鳴り自然と口角が上がっていった。

 荒い息をするたびにのどが鋭い痛みを発し、それは私にある予感をもたらした。

 ──勝てる。

 その予感通り男は押されていった。速度を増していく切りあいに男は次第に置いていかれていき、腕が痺れ、瞬間大きな隙を見せた。

 万全の力をこめることができず乱暴に振られた剣をはらうように私は力を込めた。ぎいん、と鉄を打ったような音が響き、男の剣は彼方へととんでいった。

 男は全身から力が抜け、膝まづく。黒塗りの顔がこちらを見つめ、表情はうかがいしれなかった。

 

 お前の負けだ。

 

 そう言おうとした時だった。男の背が割れたのは。

 蝶のようにも蛾のようにも見えた。まるでさなぎから羽化しようとしているかのように黒い男からはるかにそれをしのぐほどの大きさの何かが出てきた。

 はじめに出てきたのは槍だった。切っ先が鋭くとがり、常人のものとは違いはるかに大きかった。

 次には手が出てきて、腕が、胴が、足が、最後に形成されたのは頭だった。両側に巨大な角があるサルカズ特有の頭をしていた。

 大きな体躯だった。二メートル、いやそれ以上あるかもしれない。

 巨大な男は右手に槍を持ち、左手には大盾を持っていた。その男はこちらを見つけ、きわめて自然な動作で構えて見せた。私を敵だと認識したのだろう。体中に力がこめられ、大気が震えるのを感じる。──アーツを。そう思った時だった。

 男の姿が一瞬消えた。気づけば私の左に気配を感じ視線をそちらにやるが、盾で視界が遮られ、振るわれた槍のコースもわからないまま私は貫かれ──反射で膝があがり何かにぶつかった。

 

 大きな音が教室中に響いた。冷や汗をかいた不快な体を起こし、周囲を見てみるとみんなくすくすと笑っていて、リボンの子だけが『大丈夫』と声をかけてくれた。

「おい」

 教師の声がした。歴史教師のものだった。おかしい、確か歴史の授業はもっと後のはず。

 そう思い壁に掛けられた時計を見ると時刻は昼前で、とっくに四限目の最中だった。

「すいません先生。いつのまにか──」

「言い訳はいい。昼休み、職員室へ。すぐに終わるからすぐに来るんだ。いいな」

 はい。のどが痛みかすれた返事になってしまったが歴史教師は満足したようで授業に戻った。

 背後からいっそう陰気な笑い声が聞こえた。

 

 

「珍しいな、お前が寝るなんて。体調でも悪かったのか」

 歴史教師は分け隔てなく接するここウルサスでは珍しいタイプだった。

 彼の実家はそこそこ有名な家で、そこの四男だった。家督を引き継ぐ立場でもないし好きなことをやっていい、そういわれてここに赴任したただの歴史好きな男だった。

「すみません、いつのまにか眠っていて私自身驚いているんです」

「俺もね、珍しいなーなんて思ったんだよ。真面目に授業受けるタイプの君が一限目から寝てるっていうんで教師の間でも話題に上がっていたぞ」

 その通りだった。目に悪そうな白色の光で満たされた職員室中から視線を感じて、なんだか気まづかった。歴史教師もそれに気づいたのか『少し外で話そう』そう言ってくれた。

 

「このあたりでいいだろう。妙な野次馬もいないしね」

 

 彼は人気のない空き教室へ連れてきてくれた。中には使っていない机やいすが置かれていて、そのうちのいくつかは埃も積もっておらずかなりきれいな状態だった。

 私たちは無事な椅子に腰かけ話しはじめた。

 

「それで、なんかあったの?」

「いいえ、私自身本当にこんなこと初めてで、正直驚いていますよ。まさか熟睡するなんて」

 

 彼は大きな声で笑った。少し声を出しすぎたと思ったのか手で口を押さえ、くすくすと笑った。

 

「そうだろうね。君、まじめだもん。変な噂が流れているのは知っているけれど先生たちみんな言っているよ。ちゃんとした子だって。だから余計に今回のことが目立っちゃったんだ。先生たちも悪気はないんだよ」

「ええ、分かりました。申し訳ありません」

「いいんだよ、謝らなくて。最近ほら、いろいろあるし疲れとかたまってたんだよ」

 

 そういうと彼は手に持っていた書類に何かを書き込んだ。すらすらとなれた手つきで書き込まれそれを彼は私に見せてくれた。

 出席簿だった。私の名前のところに何か書き込まれていてよく見ると、出席の欄に射線が引かれ、備考欄に早退と書き込まれていた。

 

「今日、早退にしとくからあとは好きにしていいよ。帰ってもいいし、保健室で寝ててもいい。理由は体調不良にしておくし、ご両親への連絡もしない」

「でも」

「でもじゃなくてね。君、本当に顔色悪いし、最近ストレスとか家のことでこういうの多いんだよ。だから君だけが、ってわけじゃない。わかった?」

 

 私は彼の言葉にうなずくしかなかった。ここまでしてくれたのなら従った方がいいだろう。

 君の鞄を持ってくるよう頼んどくからここで待っといてね、なんて言葉を最後に彼は教室を後にした。

 なんだか悪いことしたな。そう思った私は内ポケットから朝、もらった本を取り出した。

 今はこうするしかない。そう言い聞かせ、真新しい紙の感触を楽しみながら読書に励むことにした。

 

 教室の扉が叩かれるまでそう時間はかからなかった。ほんの数ページしか読んでおらず、たった時間はほんの数分だった。

 けれど不可解なことがある。明らかに扉を叩く音が大きく強いのだ。

 ドンドンと体の芯に響くような音で、明らかに扉を殴っているようなそんな音だった。

 そうやって開けるのをためらっていると、

 

『さっさと開けろよ! いるんだろ! おい!』

 

 ついには少女の怒鳴り声が聞こえてきたものだから慌てて席を立ち恐る恐る扉を開けた。

 扉を開けると朝のリボンの子と一房の髪を赤く染めている絵にかいたような『不良少女』が立っていた。リボンの子の手には私の鞄があり、彼女は苦笑を浮かべこう言った。

 

「これ頼まれたやつね。あと、少し入ってもいい? 誤解があるの」

 

 断る理由はなかった。

 彼女の背後から不良少女の鋭い視線が私に向けられていて断れなかった、が正しいのかもしれないが。

 

 

 

「なんだよ、そういうことなら早めにいえよな」

 

 不良少女は吐き捨てるようにそういった後、手に持ったパンを一口かじる。

 不良少女、名前はソニアというらしかった。身長は約一六五センチほどだろうか。

 

 線も細く比較的小柄なタイプ。そう思ってか弱い女の子と侮るのは危険だろう。そう、ウルサス人である以上見た目よりもずっとタフで力も強いことはよく知っていた。それに彼女──ソニアの異名はよく知っていた。

 

 ──冬将軍。チェルノボーグ各地に点在する学生自治団を次々に潰していったソニアの異名は多くの者が恐怖と畏怖、そして憧れを抱いていることはここペテルヘイムでは常識中の常識だった。そんな彼女とこうしてかかわることになるとは想像もしていなかったのだ。

 

「ええと、私もね、言ったんだよ」困ったように彼女は言った。「けれどまた私がいじめられて、その上パシリにされているんじゃないかと心配してこうして来てくれたの」

 以前にも助けられたことがあるようだった。あの冬将軍がこうして人助けをするタイプだとは知らなかったし、ルカからあまり力を見せびらかすなと言われていたこともあって、自治団と争う機会など今までなかったのだ。

 そうして奇妙な昼食は始まった。私とリボンの子、そして冬将軍。体の芯から込みあがる抑えきれない興奮がかすかに手を震わせる。

 

 寝物語の英雄が帰ってきた。そんな気がしたのだ。

 

 

 

 リボンの子はどうやら私が冬将軍を恐れていると思ったのか昼食の話題は以前、彼女が助けられた時のものになった。冬将軍がいかに勇敢で優しいのか、それを伝えたいようだった。

 

「すごかったんだよ冬将軍。体格もずっといい男の子たちを何人も、片っ端から吹っ飛ばして行ったの! ほらこんな風に」

 

 そういって彼女は何度か拳を振るってみせた。なれないことをしているせいかずいぶんと非力に見えたが武器もなしによくやるなぁ、なんてことを思っているとソニアは、

 

「別にいいよ、そんなことを馬鹿みたいに言わなくてもさ。その時ちょうどむしゃくしゃしてたし、別にいいことをしようと思ったわけじゃない」

 

 ソニアはまたパンを一かじりする。意外にもソニアの一口は小さくて、冬将軍という粗暴で大柄なイメージとはなんだかかけ離れていて少しおかしかった。

 そんな風にソニアをじろじろと見ていると

 

「なんだよ、さっきから。なんかついてるか」

 

 と、いぶかしげな視線をおくられてしまった。目じりにしわが出来て一見にらんでいるように見えたが先ほどのような鋭さはなく、単純に疑問に思っただけのようだった。

 ごめん、ごめん。

 そう軽く謝ると、ソニアはかすかに鼻を鳴らしパンをまた一かじりした。

 

 

 いつしか教室の空気は穏やかで心地よいものになっていった。

 冬将軍という異名とは裏腹にソニアは結構人当たりがいいし、言葉遣いこそ乱暴であるものの話の通じるいいやつだ。きっとソニアに部下や仲間がいるのであれば信頼を寄せられるいいリーダーになる。そんな予感がした。

 

 次第に私たちは打ち解けていき、ここにいる全員読書が趣味であることがわかった。

 

 ソニアは週刊誌からファッション雑誌にミステリと雑食タイプであり、リボンの子は王朝ものの恋愛小説や意外にもホラーが好きなことがあった。

 かくいう私も雑食タイプではあるのだけれど、その中でも歴史小説や古典を好んでいた。私が産まれた時よりも前の、教科書に大きく載っているような動乱の時代の人々が何を想ったのか。そういったことを考えるとわくわくが止まらないたちだった。

 

「そういえば朝、私が渡した本読んでくれた?」

 

 ふとリボンの彼女はそんなことを言った。

 

「まだ数ページだけれどね。カバーの手触りがよくて読むのが楽しみになったよ」

「へへ、ありがと。お母さんが昔そういう仕事やっていたらしくて得意なんだよね。仲がいい人に良く渡しているみたいだし、お願いして作ってもらっちゃった」 

「あー、あの革細工のか。それならアタシももらったぞ。アタシのは赤くて花の模様が入ってたな。きれいだった」

 

 対してリボンの君は不満げにいった。

 

「でも冬将軍あんまり使ってくれてないじゃん」

「いいんだよ。外じゃ本読むよりかけんかになることが多いし、家で読むときようにとっといてるんだよ」

 

 ほんとかなぁ、というリボンの彼女の声にソニアは鼻で笑って見せた。

 

「それよかいいのか。こんなにのんびり食っててよ。結構時間たってるぜ」

「えっ、うそ!」

 

 空き教室に置かれた古い時計を見る。針の位置は全く変わっておらず、壊れていることは明白だった。すると教室中に十分前の予鈴が鳴って午後の授業が近いことを知らせていた。

 

「私、先生から頼まれてたんだった。まずいなぁ」

 

 そういって急いで荷物をまとめる。カチャカチャと音がなって無造作に弁当箱や布巾などが鞄の中に詰め込まれていった。

 

「なんだ? あの歴史教師にまたなんか頼まれたのか?」

「うん、次の授業の先生が使うものが倉庫にあるから持って行ってくれって」

「面倒くせぇなぁ」

 

 ソニアはそういって立ち上がろうとした。

 

「いや、俺が行くよ。鞄も持ってきてもらったし、それだけ済ませたら今日のところは帰るよ」

「ありがとね」

 

 いいさ、軽くそういって私は立ち上がった。体中が満腹感に包まれなんだかふわふわとしていた。寝不足だったのかもしれない。

 私はリボンの彼女へ付き添い倉庫へ向かうことにした。ソニアはひと眠りするのか空き教室の椅子を集め、簡単なベッドを作っていた。

「またな」

 そういうとソニアは軽く手を振った。充実した時間だったな、なんて思いながら私たちは教室を後にした。

 

 教室を出ると午後の授業に向かう人々で少しばかり騒がしかった。せわしなく廊下を歩くコツコツとした足音になんだか急かされている気がした。

 倉庫はここから少し離れたところにある。各階にそれぞれ物品をしまう倉庫があるのだが、彼女が頼まれたのは点在する倉庫の中でも大きな一階にある倉庫だった。

 その倉庫は大きな搬入口が取り付けられ、ときたまそこから食料や緊急用の機材などが運び込まれているのを見たことがある。天災などの被害に見舞われたときに備え、各都市に分散して少なくとも三日、それだけ生きられる物資や医療用器具などを備蓄義務があり、ここペテルヘイム高校もその一つだった。

 

 

 私は彼女とともに階段を下りる。一階はすっかり人がおらず、ほとんどの生徒は授業へ向かったらしかった。ときせつ外から足音や何かが叫ぶような声がしたがまたデモか、そう思い気にも留めなかった。

 

「あれ、なんだろうね」

 

 彼女は不思議そうに見ていた。ちょうど廊下の窓から門のあたりが見えた。

 白いコートを羽織った者たちが何やら詰め寄っており、顔はフードで隠されているせいかよく見えない。そんな集団に守衛の人たちが毅然と対応していてたいへんだなぁ、なんて思った。

 

「デモとか」

「そうかな。なんかあの人たち、怖いよ」

 

 彼女はおびえていた。私も妙な緊張がはしり、私たちの歩みは自然と早くなった。

 気づけば倉庫へとついていた。

 普通の倉庫とは違う大きく重厚な扉であり、金庫のような見た目だった。

 彼女は歴史教師から渡されたカギをポケットから取り出す。不思議な形状をした歪な鍵だった。

「あのね」彼女はつぶやくように言った。「今日はありがとね。一緒にご飯も食べてくれたし、話せてよかったよ」

「それは俺もだ。久しぶりに昼食を話しながらとったよ」

 

 ガチャリ。彼女が鍵をまわすとそんな音がして静かな廊下によく響いた。

 それがなんだか気まずくなって私は口を開く。

 

「それにうわさの冬将軍もいいやつだったしね」

 

 少し笑いながら言うと彼女も気さくな笑みを浮かべた。きれいな笑顔だった。

 

「そうなんだよね、冬将軍いい人なんだよ。言葉遣いとかちょっと乱暴なところがあるけれど、結構人のことをよく見ているし、上司にほしいタイプ? っていうのかな。頼りになるよね」

 私は確かに、と軽く返した。

 扉が思ったよりも重かったのか彼女は一度鞄を床に置き、両手で扉の取ってに手をかける。私も急いでそれを手伝う。

 

 するとガラガラと重たい音をたてながら扉は開いた。

 空気がよどんでいて重たい雰囲気が倉庫内に広がっていた。なんだか変に埃っぽかったし、ここに食糧庫が併設されていると思うと少し心配になった。

 

「たしか、倉庫の奥に袋があるって言ってた」

 

 彼女はそういうと中へ中へと進む。私もそれに続いた。

 倉庫内はきちんとした照明があり、隅から隅まで見通すことができた。背の高い棚には授業で使うチョークから修繕用の木材まで保管されていてここには何もかもあるかのような感じがした。

 一歩、また一歩と進んでいくたびに埃っぽさが増した。

 彼女も私も何度か咳をして、口の周りを袖で覆う。

 

「多分あれだよ」

 

 彼女はそういって奥の方へ駆けて行った。キラキラとした埃が舞った。

 ──いや、これは本当に埃なのだろうか。

 埃にしてはキラキラとしすぎていたし、なんだか自ら光を発しているような気がしてしばらく手のひらを受け皿のようにしてみる。すると流れを失った粒子が手のひらのくぼんだ所にたまっていき──

 

「ねぇ、これって」

 

 彼女の声の方を向く。彼女はズタ袋の口の方をもってこちらに向けていた。

 袋の中には機械が入っていた。静かな駆動音が聞こえそれはなんだろうと目を凝らしてみると、すぐに正体がわかった。

 

「離れろ! それは──」

 

 もう遅かった。すでにそれはかちりと音を発していて、瞬間私たちをまばゆい光が包み込む。

 ──源石爆弾。

 新聞か何かで見たそれが爆発する瞬間を見届けるとともに私は意識を手放した。

 

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