きらきらとしたウルサスの輝き   作:Asterios3000

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 朝、私は叩き起こされた。文字通り、ものすごい力で揺さぶられ情けない声を上げながら目を開ける。

 

 ソニアによるものだった。何事か聞こうとしたが、ソニアはひどく焦っていた。周りを見渡すとラーダとアンナが起きていて、困惑する私に意外にもラーダが教えてくれた。

 

「あのね、ヴィカお姉ちゃんがいなくなってて」

 私はようやくヴィカがいないことに気づいた。

「アイツいつの間にかいなくなってたんだ」ソニアは焦った口調で言った。「こっちの扉からは出てない。アイツ後ろの扉から出たんだ」

 見るとバリケード代わりに置かれた机や椅子が微妙に動かされていてどうやらヴィカはその間を縫うようにして出ていったようだった。その証拠に扉がわずかに開いていてその際に集まった埃が見えた。

 

「アンナ」私はアンナのもとへ向かう。「ヴィカはどこへ行ったと思う。心当たりのある場所は」

 そういってもアンナからは何も反応はなかった。なんどか呼びかけても無反応で私はソニアに向かっていった。

 

「俺が探してくる。ここを頼むよ」

 私は教室を飛び出そうとした時だった。

 

 ダン、と鈍い音が聞こえた。

 

「え、」

 アンナの声がした。そしてラーダは悲鳴をあげて縮こまった。

 私とソニアは驚き振り返るとアンナの視線は教室の窓の外へとむけられていた。

「嘘、ですよね」

 

 アンナは震える声で言った。恐る恐る窓へと近づいていくアンナを追うようにして私は近づいた。ソニアもそれに続こうとしたが、激しく怯えるラーダに手を掴まれそれどころはなかった。

 アンナは窓の外を見る。わずかに下の方を見ていて表情はうかがい知れなかった。

 私もそれにならい視線を向けると、そこには花が咲いていた。

 土を固めただけの中庭に赤黒い花が咲いていてそれがなにか最初はよくわからなかった。

「ヴィカ」

 ようやく私はそれが何かわかった。赤黒い花、それは落下したヴィカだったのだ。

 

 

 

 ソニアに怯えるラーダと茫然とするアンナを任せ、私はヴィカのもとへ向かった。

 血がいまだにあふれ出していた。どくどくとあふれてくる血は少しずつ中庭を侵食していき、私はそれに構わず近づいた。靴が血で濡れてあたりに不快な音を鳴らした。そしてようやくヴィカのもとへたどり着いた。

 

 即死だった。頭から落ちたようであたりには様々なものが飛び散っていてかろうじて彼女の目だけが残っていた。昨日と同じ、透き通った眼だった。

 これ以上できることはなく、私は彼女の体に制服をかけるとその場を後にする。

 だがこの場所を見ることのできるほとんどの窓から視線を感じた。

 どういった視線だろうか。騒ぎを聞きつけた視線なのか、ただの野次馬なのかはわからない。だがヴィカやピョートルを追い込んだ誰かの視線が混じっていると思うと怒りがこみ上げた。

 底知れない怒りとはこのことだと、ようやく理解した。

 

 次に私は彼女が飛び降りたであろう場所を探した。各教室と同じラインから飛び降りたようで三階の教室にいるものへ声をかけたが鍵をしめたまま『知らない』そういうだけだった。

 続いて屋上へと向かった。屋上の扉はカギがかかっていたはずだがそれは壊され、誰でも出入りできるようになっていた。

 

 屋上へ出るといくつかのパイプや室外機に混じって、ぽつんと置かれたものがあった。

 缶詰だった。すでに中身は食べられていて、中はきれいに拭き取られていた。そこには食料の代わりに切り取られたノートが入っていて私は丁寧に折りたたまれたそれを開く。

 

 それはヴィカからアンナへの手紙であり、そこには感謝や勝手に出ていったことへの謝罪が書かれていた。丁寧に書かれていたがスペースが足りなくなったのか最後の方は字が小さくなっていて、少し文字が滲んでいた。

 

 手紙を缶へ戻した後、屋上からあたりを見渡した。

 古くさい校舎が天気のせいでより薄暗く見えた。各教室の窓がわずかに光って見えたがそのうちのいくつかが割られていて何かしらの悲劇があったんだろうと思った。それは東棟も西棟も関係なかった。

 

 見下ろすとヴィカの姿が目に入った。制服がかけれて足以外を目にすることができなかったが、ウルサスの冷気を感じながらただ祈る。安らかな眠りとヴィカがピョートルと再会できることを心から祈った。ウルサスの風がそれに応え一層強く吹いた。校舎の間を通り抜け奇妙な鳴き声をあげるとそのままわずかに残った落ち葉を彼方へと運んでいった。私も同じように彼方へ目をむけると遠くから一層黒い雲がこちらへやってきていてかすかに雷鳴も聞こえた。

 間違いなく嵐が近づいていた。

 

 

 

 屋上を後にした私はまっすぐ教室へ戻った。

 扉を開けるとひどく焦った様子のアンナが飛び込んできた。

「ソニアは! ソニアと会いませんでしたか」

「いいや会っていないが」

 そういうとアンナは私に詰め寄った。

「本当ですか? あなたを手伝ってくると言っていたのですが──」

 アンナはそこで言葉を紡ぐのをやめた。手に持っていた人形を落とし力なく立ち尽くす。

 おそらくこの時私にもアンナの脳裏にも同じものが浮かんでいただろう。

 ──ソニアは貴族のところに行った。ほかならぬ敵討ちのため、みんなの食料のために行ったのだ。

 

 アンナに先ほど拾った缶を渡す。アンナは力なくそれを受け取りじっと私の目を見た。

 いつの間にか教室全員の視線が私を見ていて、じんわりと汗がにじむ。

 遠くから怒号のようなものが聞こえて私は剣を強く握りはあ、と息を吸い込んだ後、

「ソニアを連れ戻してくる。誰が来ても扉を開けるなよ」

 そういって私は走った。目的地は西棟の倉庫、貴族たちの本拠地に向かって。

 

 目的地が近づくにつれて怒号は大きくなり、それが倉庫からしていることは明白だった。

 向かう途中、何人かの貴族が平民を襲っていた。だがそれどころではなく、助けを求める声を横目にひたすらに走った。

 そうして倉庫の正面扉へ向かうとすでに何人かの貴族が地に倒れ伏していて強く殴られたような跡があった。

 ソニアのものだった。

 倒れ伏した者達をよけるようにして歩くと声が聞こえた。ソニアが誰かに向かって怒鳴っている声が聞こえた。倉庫の中から声はしており内容までは聞き取れなかった。だが重いものがばたばたと倒れる音や割れる音、それらの音が連続して聞こえ、私は急いで扉を開けた。

 倉庫の中はめちゃくちゃになっていた。

 ガラスは割れ、備蓄用の薪や木材が倒れ誰のものかわからない血があたりに飛び散っていた。

 一歩、踏み出す。倒れている貴族をどうやら踏んでしまい、うめき声が聞こえた。

「ごめんよ」

 そう言って奥へと進んでいく。秋が終わり、冬が始まろうとしている今、陽ざしは弱く曖昧に倉庫の中を照らしていた。そんな薄暗い倉庫の奥にある食糧庫でソニアと複数の貴族は向かい合っていた。

 

 ソニアはわずかに傷をおっていたものの肩で息をすることなく鋭い目で目の前の貴族たちをにらみつけていた。その先にいる貴族たちは武器こそ手にしていたもののソニアの気迫におびえているのかカタカタと手にされた手斧が鳴った。

 

 ソニアは入口にいる私に気づき冷たい目を私に向ける。

 

「おい、みろよこんなに食料をため込んでやがった」

 視線をむける。大柄な貴族の背後で震えている小柄な男の子がいた。

「こいつら肉付きがよすぎんだよ。あの日からこれだけの時間がたって頬もこけてねぇ」

 

 その言葉通り男は頬もこけておらず手も荒れていない、きわめて健康的だった。

 

 事実、この食糧庫にはまだ保存のきく缶詰もパンもあった。わければほとんどなくなってしまうが数日生きていく分には十分だった。

 

 ふと、足元に転がる一つの缶詰を手にとる。傷ついてどこかから落としたような跡もあり、転がってきた先を見ると袋があった。袋の口からいくつかの缶詰などが見えそのいずれも傷ついたり形がゆがんでいてどうやら奪って手に入れたもののようだった。

 

「ぼ、僕はただ使命を果たせと言ったんだ! 平民は貴族に尽くす義務がある。お前も知ってるだろう!」

「知らねぇよ、そんなもん。お前はみんなが大変な中、使命だとか義務だとか言って分け与えることもせず、奪っていったんだろ!」

「うるさい!」

 

 男は叫んだ。そのあと私の方を見た。見覚えのある顔だった。

 

「な、なあ、君のこと知ってるよ。優秀なんだってね。どうかな、食糧をあげるから僕につかないか。こんな女じゃなくてもっといい女も用意してやる。そうだ、父上に頼んであげるよ僕の下で働けるように。給料もいいし将来も安泰だ。それに──」

 

 言葉は終わることはなかった。私は左の耳飾りを触りながら聞き続けた。実のところ内容はほとんど聞いていないが、考えたいことがあった。

 

 この状況だ。ソニアは激昂し今にも殺しかねない。この男も口はよく回るが状況を打破できるいい落としどころ作るには知恵も足りない。それにさっきの発言だ。三男はただ利用としているだけ、その事実がこの男を許すことをできなくさせている。近くにいた護衛なのか友人なのかわからない貴族ももはや男のことを見捨てているようで一応武器を構えているものの戦う気はないようだった。

 

 どうしようか。

 

 殺して食料を奪うのもいいだろう。対立は激化するがもうどうしようもない。

 殺さずソニアを諫めるか無力化するか何かしてこの場を離れる。間違いなくソニアは抵抗するができないことはない。けれど私たちの食料はほとんどないし、離れるにしてもほかの平民から奪った食料を取り返さなければならない。だから私は一つ、あることを聞くことにした。先ほどから気になっていることだった。

 

「なぁ、君はなんていうんだ」

「え、ああ、うん。僕はねスラヴィクさ」

「スラヴィクか、いい名前だな。いい家の子だと聞いたことがある」

「ああ、そうだろう。僕の家は工場を三つも持っていて、いずれそのうちの一つを引き継ぐんだ」

 私の言葉に安心したのか次第に男は冷静さを取り戻していった。乱れた服装をただし、ネクタイを整える。その間、ソニアは信じられないものでも見るかのような目を私に向けていた。私はそれを気にすることなく淡々と聞いた。

 

「そこで少し気になったんだけれど、聞いてもいいかな」

「ああ、いいとも。なんでも答えるよ」

 

 私は男を指さす。

 

「ボタン、どうしたんだ。君らしくないな」

「ああ、これか。平民に食糧をよこせと絡まれてね。そのときに取れてしまったんだろう」

「階段で、か? 西棟の、一階から二階に続く階段で、君は男と一緒にいた。違うか?」

 

 男は急激に顔色を変えた。青ざめて、足が震えている。

 ソニアも気づいたのか歯をぎりぎりと鳴らす。今にも飛び掛かりそうだった。

 私はポケットからピョートルの持っていたボタンを取り出す。指先で持って男に見せる。

 

「お前のだな。ピョートルが持っていた」

 男は膝まづく。涙をぼろぼろと流していた。

「お前がピョートルを殺したんだ。そしてヴィカも死へい込んだんだ」

「仕方ないだろ」

 

 男は震える声で言った。

 

「だってあいつは約束が違うと言って僕の胸倉をつかんだんだ。どこも寝る場所や食料のことでもめていて仕方がなかったのに、あいつは、あいつは……」

「殺したんだな。お前」

 

 私は剣に手をかける。鞘から刀身がのぞき、男は悲鳴を上げた。護衛の貴族たちは慌てて何か叫んでいた。『助けて』とか『俺は関係ない』そんなことを叫んでいた。

 

 男は逃げようと身をよじらせたが腰が抜けたようでただ膝まづくしかなかった。

 

「お前たちが奪ったもの、あの袋の食料を返してもらう。そしてこのことをロストフ家の──」

 そう言おうとした時だった。男ができる限りの大きな声で叫んだのだ。

「奪ってない! 僕は悪くない。義務なんだ。僕は、僕は、わるくないんだ!」

 私は落ち着かせるため近づこうとする。が、それよりも早く飛び掛かるものがいた。ソニアだった。

 

「てめぇ、ふざけんじゃねぇ!」

 

 そういってソニアは男を殴った。折れた歯がとんで護衛の貴族に当たり悲鳴が上がり貴族たちは逃げ出した。そのせいで棚が倒れ、耳障りな音をたててなにかの大きな缶が倒れた。

 

 本来なら止めるべきだろう。だが私はそれをただ見守っていた。そうするべきだと思ったのだ。

 ソニアは拳を振るい続けた。鈍い音が鳴り続け、男は声も上げられない。けれどヴィカやピョートルが味わった痛みや苦しみに比べれば軽すぎるものだと思った。

 

「お前みたいなのがいるから! お前みたいのがいるから! お前みたいなのが──」

 

 そうして殴っていると男は急に泣き叫んだ。獣のような叫びをあげながら腕を振るった。

 ソニアに向かってそれは振るわれた。だが動きは緩慢でソニアはいとも簡単に避けることができた。だが、それが問題だった。

 

 男は何かを投げつけたのだった。そのなにかはペンシル型の医療用アーツユニットで先端には小さな源石がついている。よく見るものだった。

 それは弧を描き、勢いよく床に打ち付けられると先端が割れわずかに火花が散った。火花は先ほど倒れた大きな缶のそばに落ちる。缶から漏れ出した液体の中に火花は吸い込まれ瞬間、ごう、と音をたてて炎が上がった。

 

 その炎はすでに天井まで達していてあらゆるものを燃やしていった。煙が充満しひどく咳き込む。

 

 私はソニアのもとへ行き急いで連れ出そうとした。

「ソニア!」

 彼女は茫然として炎の方を見ていた。口から血を流しながら男はソニアに向けて叫んだ。

 

「逆らうからこんなことになるんだ平民! 逆らうからさぁ──」

 

 そういって男は笑った。狂気じみた甲高い笑い声だった。私はソニアの肩を叩く。するとソニアは正気を取り戻した。

 私はソニアの手を引き解放された搬入口から脱出する。男のことも手を引き助けようとしたが『触るなぁ、平民!』そう言って手を払いのけその場にとどまった。

 

 炎がすべてを飲み込んでいった。倉庫を包み込み、二階まで炎は達しようとしていた。

 私たちはそれをただ眺めるしかなかった。その間も男の狂気じみた笑いは聞こえ続け、いつしか聞こえなくなった。ソニアの手を引き、教室へと戻る。その道のりは貴族たちの怒号と悲鳴に満ちていた。

『火が、私たちの食料に火が!』『誰か水を』『もう間に合わない、終わりだ……』

 目の前を私たちが目の前を通ろうとも気にするものはいなかった。ただ、ソニアが気がかりだった。

 『アタシが、アタシが──』

 呟き続ける彼女の手を引き続けることしか私にはできなかった。

 

 

 そこから先はよく覚えていない。

 炎の中から抜け出した際の疲労のせいか、凄惨な事件の後だからかはわからない。

 ただひたすらに必死だった。

 茫然とするソニアを連れ帰り、アンナやラーダに事情を話す。燃え上がる倉庫の煙がここからもよく見えて、気づけば何人かの生徒が教室からいなくなっていた。きっと食料を探しに行ったのだろう。燃え残っているものなどあるはずもないのに。

 

 その日の夜、私たちはおびえながら眠ることになった。

 校内の治安が崩壊したのだ。

 まだ食料は倉庫にある。そんな希望をみんな抱いていたようで、それが崩れた。

 西棟からは食料を求めて乗り込んできた貴族が入ってきて目についたものを襲い始めた。

 西棟に近かった教室からは悲鳴があがりそれらは次第に近づいてきた。

 ソニアと私はそれを迎え撃った。人数差がすさまじく互いが傷つく乱戦となったが、戦いに慣れていない貴族相手に勝つことはそれほど難しいことはなかった。ハンマーなどの武器が握られていたが使い慣れていないのか振り方もめちゃくちゃで簡単に無力化できた。

 

 だが厄介だったのがアーツの適性がある者だった。後方から容赦のないアーツが飛んできて剣を抜きそれらを迎撃する。肉薄し、拳を振るってもアーツで防がれることが多く、そこでようやく大きな傷を負った。

 

 それでだろうか。

 

 リミッターが外れ、アーツの壁ごと私は術者を切った。血が壁一面に飛び散り事切れる。その様子を誰も見て互いに容赦のない戦いが始まった。無力化ではなく殺害が目的となった戦いが始まった。

 

 

 打撃音や悲鳴、誰かが死んでいくたびにあがる最期の叫びが止んだのは朝だった。もう倉庫の方から煙が上がることはなくただ真っ黒な灰が時節とんでくるのみになった。私はまだ敵がいると思って剣を抜いたまま立っていたのだけれど、ソニアが声をかけてくれてようやく正気に戻ることができた。

 

 あまりにも私は血に汚れてしまっていて傷ついた体を引きずりながら流し台に向かう。

 その途中にも多くの生徒の体が倒れていてほかの教室は廃墟のようにがらんとしていた。どこを見ても生徒はおらずあたりには互いに争いあった生徒たちの体と空き缶、そして濃厚な血や油の匂いがした。

 

 流し台に着いた私は巻かれた包帯を乱暴に取っていった。血がしみこみすぎて床に落とすたびに嫌な音をたててあんなにきれいな白だったのにラーダに悪いな、なんて思ったりした。

 治療がよかったのか切り傷はもうふさがっていて、右腕やわき腹に火傷の跡が残っていた。きっと顔にも残っていて素顔の私を怖がらないか不安になる。

 蛇口の口先を上に向け腕や足を洗った。体に着いた血が水に溶けて鮮やかな色をした赤が排水溝に吸い込まれていく。そうして見えてきた肌は血こそ出てはいないものの真新しい痣や傷ができており落ち着いた今かすかな痛みを発していた。だが縫合が必要な傷は一つもなくそれに心から安心した。

 

 きっと額の右側から感じる違和感もそのたぐいだろう。何でもない傷の一つなのだ。

 すっかり血を落とした私は教室へ戻る。シャツも汚れていて洗いたかったが代わりになるものはなく、そのまま着ておくことにした。

 帰り道は先ほどよりも険しく感じ、何度か生徒たちの体につまずいた。彼らの体を近くで見ると殴打の跡があり、食糧を求めた戦いで死んだものだということは明らかだった。

 もう貴族も平民も見分けがつかなかった。互いに食料を奪い合い、今はただの哀れな死体に過ぎなかった。

 

 教室へ戻るとそこは静寂で支配されていて力なく座り込むラーダやソニアの手当をするアンナしかおらず、ほかの生徒はあの喧騒の最中、食料やこのイカれた殺し合いから逃れるため出ていったらしかった。がらんとした教室には私たち四人と倒れ伏しているいくつかの死体しかいなかった。

 私は黙ってその死体を運び出す。死体に触れるとラーダが震えた。身を守るためにやったことだということはわかっていたしそれを責める気はない。だが血で濡れた盾替わりの鉄扉を見てなんとなく悲しかった。結局、私たちだけが手を汚すなんてことはできず、侵入させた結果ラーダに手を汚させてしまった。それを思うと心が痛んだ。

 死体を運んでいく。どうやら貴族の子らしく金ボタンが輝いていた。死体はあと二つ、どこまで運ぼうかなんて考えていると声をかけるものがいた。

 

 声をかけた彼女はロザリンと言い死体の処理を手伝ってくれた。服装も私なんかと比べればきれいなものできっとロザリンはこの争いから離れた校庭の隅かなんかで生活していたのだろうと思った。

「どこに運べばいいと思う」

「とりあえず外に運ぼう。スコップとかあるか?」

「わからない。探せばあるかも」

「おっけー、運んだあと探してくるぜ」

 そういってロザリンとともに教室内の死体を運んでいった。校舎の入り口まで運ぶとそこからはロザリンがやってくれてとても助かったのをよく覚えている。いつしかソニアもそれに加わり、掃除がはかどった。

 剣で切った死体は私が処理した。あまりにもグロテスクで彼女たちに任せるには気を揉んだし早く対処しないと伝染病の原因になることは明らかだった。

 バケツに彼らを入れて外に捨てた。それを何度か繰り返すと日が暮れて教室に戻った。もう疲れきっていた。

 

 教室に戻り私は泥のように眠った。夢も何も見ることはなくただ遠くに響く雷鳴を聞きながら眠った。おなかもぐうぐうとなったがあの争いの中、食糧はどこかへ消えてしまったようであえて考えないようにして私は眠った。

 そして何度か扉が開き、振動を感じる。ソニアや先ほどあったロザリンの声がして、これからについて話す彼女らの声が聞こえる。だがそのなかに聞きなれない声があった。どこかで聞いたことはあったけれどここ数日聞くことのなかったその声に私は飛び起きた。

 ナターリアがいた。白く美しい髪はやつれて、服にも少し血がついている。疲れた声でソニアやアンナと話しており起き上がった私に気づくと曖昧な笑みを浮かべながら言った。

 

「ごめんなさい。もうあそこは嫌になったの」

 その言葉にソニアは割り込む。

「アタシが引き入れたんだ。朝、あれを運んでいるときにばったり出会ってな、どうやら貴族たちと別れてしばらくさまよっていた。別にいいだろ、ここにいさせても」

 

 私はソニアの言葉に同意した。憎むべき貴族、そういった考えがふつふつと湧いてきたがソニアもアンナも受け入れていたし、これから生きていくのに彼女の知識は必要だろう、そう思った。

 しばらくそうやって話していた。その間に誰ものおなかがぐうぐうとなったが決まって私たちはそのことに触れなかった。食べるものはもうない。それは誰もが理解していた。

 

 暗い未来しかないことはわかっていた。食べ物もない中、本格的なウルサスの冬を迎えればどうなるかなんてはっきりとしていたし、なにより気がかりだったのがレユニオンだった。

 相変わらずレユニオンは包囲を続けていて、火災の時も私たちが殺しあっているときもただ見つめるだけだった。驚くほど校内の生徒にとって何の意味もなさないこの包囲は何のために行っているのかわからない。底知れない不気味さをみんなが抱えていた。

 

 

 その思いを空は汲み取ったのか真夜中に雨が降った。横殴りに降って窓を伝い滝のように流れた。風も強く割れた窓から勢いよく雨風が吹き込み、校内の血をにじませあたりに広がっていく。

 流しで捨てた血染めの包帯が風に吹かれ舞い上がり、赤い軌跡を空に描く。子供の描いた絵のようにガタガタと規則性のないものだったがいつしか柵を超えて外に運ばれていった。

 ふと不安になってヴァレリアからもらった本に触れようとしたが、しまっていた制服の上着はヴィカにかけてしまっていて、当然彼女の体は校外の、この雨にうたれている。

 けれどそれを惜しいとは思わなかった。花も手向けられなかった彼女にあの本が少しでも救いになれば、ただそれだけを願い、横になる。

 

 

 濡れた髪が額に張り付いて邪魔に思って髪をオールバックのようにかき上げるとそばでひっ、と息をのむ音が聞こえた。

 ふとそちらを向くとソニアがいた。どうやら起こしてしまったようで申し訳なくなった。

 ソニアは近づき、指先で額に触れた。包帯に隠れていた部分をなぞるとくすぐったくて何のつもりだろう。そう思った。

「お前、なんだよこれ」

 困惑に満ちた目が私を見つめる。

「ああ、これね。やっぱり駄目だった」

 そういって起き上がり、額のそれを指でつついた。

「鉱石病。倉庫の爆発のときからかかっていたみたいでね。このまま治療を受けなければまあ、死ぬよ」

「なんだよ。なんで、お前が」

「ソニア」

 私はそういってソニアを見つめた。あの力強い青い目が潤んで暗闇の中でほのかに輝いて見えた。私の目はどう見えているのか考える。この琥珀色の、祖父に似た目が力を失っていいのだけれど、そう思いながら私は口を開く。

「ここを出よう」

 覚悟がその言葉を紡ぎだした。りん、と耳飾りが揺れてなんとなく微笑んで見せると、ソニアは一筋の涙を流しそれがたまらなく美しく思ってこらえきれず声を上げて泣いた。

 泣き声は雨音にかき消され、それが唯一の救いに思えた。

 

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