八
「──ええと、必要なことはこれで全てです。もし体調に異常を感じたらすぐに医療オペレーターを呼んでください。それではアレクシスさん、お大事に」
そう言って医療オペレーターは出て行った。
私の体に巣くう鉱石病はかなり深刻なものであるらしく、いくつもの書類にサインをした後、事細かにこれからの治療やリハビリ日程についての説明を受けた。
前日にケルシー先生から長々と私の保護状況や特異な鉱石病についての説明を受けたばかりで、またかと嫌気がさした。けれどこの隔離が終わると聞けば話は別だ。
すでにソニア達が保護されているのは知っていたのでこれでようやく彼女たちに会えると思うと胸が高鳴った。同時に怖くもあったけれど数少ない友人たちが生きていることの方がはるかにうれしかった。
そんな胸の高鳴りを抑えるように私は手渡された書類に一つずつ目を通していく。
──整形手術や長期治療に関する同意書、ウルサス本国から送付された両親の遺産についての同意書などなど、かろうじて生き残った私にみんなが同意を求めていた。この数か月の間に済ませておけばよかったが治療や簡単なリハビリの後にはどんなこともやる気がなくなる。
この無機質な隔離部屋のベッドに何もかもを投げ出して泥のように眠りたかった。空腹になったら食事がとれるこの環境に心から感謝しながらただ眠って、自分はもうあそこにはいないことを実感したかった。
もしかしたら忘れたかったのかもしれない。ペテルヘイムでの日々やあのサルカズの戦士との戦い、そして曖昧な意識のなか街をさまよい歩いたことを。
けれど眠りにつこうとするとそんな辛いことばかりが沸々と湧いてきて、そのたびにアーツが無意識に行使される。この忌々しい角が怒りや悲しみに呼応して私の周りに小さな殻を形成していくのだ。
まるで私を守るように。周辺のちょっとした炭素や金属片を勝手に集めてくるのだ。
ケルシー先生はそれが特異なのだと言った。
無意識に発動するアーツは攻撃的なものが多い。勝手に燃えたり、勝手に電流が流れたり、けれど私の場合は違う。術者を守ることを第一にしたうえで私が攻撃を意識するとそのリソースを器用に槍などの武器に変換する。ここまで無意識下で勝手がきくアーツはなかなかないらしく、治療が進み実践に近い訓練をするときはデータを取らせてほしい、と言われなんだか誇らしく思った。
あのとき、倉庫で爆発が起こりヴァレリアが死んだ。
おそらくその時にこの額の源石は刺さって鉱石病に罹患したのだろう。と、ケルシー先生は予測した。
初めてそれを聞いたとき思った。
ヴァレリアが私を守ってくれている。あの場所で死んでいった人たちの無念や悲しみが灰や炭になり、私の槍や殻になっていく。
死が、鉱石病が私に力を貸している。
そう思うとこの力も悪くはなかった。
隔離が終わり、部屋の鍵が変えられる。網膜スキャンだった鍵がカードキーに変えられ、部屋のいくつかの設備が外された。
どうやら家具や趣味に関するものも置いていいらしかったが念のため一応申請を、と釘を刺された。ロドス艦内の宿舎でどうやらバーベキューをしたものがいるらしく、後方支援部の人は胃が痛そうだった。
そうしてばたばたとしていると時間はあっという間に過ぎていった。家具の申請に悩んでいると後日の整形手術のための診察の時間になって私は急いで部屋を後にしなければいけなかった。それに今後のリハビリトレーナーとの顔合わせもあったし、ワルファリン先生からはアーツをみせてほしいと熱烈に誘われた。話を聞きつけたケルシー先生に連行されてことは収まったが、ロドス艦内でも特にアーツに長けた人らしく、余裕があるときに指導をうけろとのことだった。
そうやって夜になると彼女たちが面会に来てくれた。
ラーダはグムでナターリアはロサ。ロザリンはリェータでアンナはイースチナだったし、ソニアはズィマーになっていた。
みんなロドスのオペレーターとして働いていて、おいていかれた感じがして少し寂しかった。
けれどそれを感じさせないほどに親しく接してくれた。
グムは焼き立てのクッキーを持ってきてくれて香ばしい匂いが食欲をそそった。
ロザリンははちみつの飲み物を持ってきていて飲んでみると意外にも甘ったるくなくおいしかった。
アンナやナターリアはそれを見て呆れたり笑っていた。
時々、ナターリアは私のことを遠い目で見ていた気がしたけれど、私がそれに気づくとナターリアは曖昧に笑ってみせた。どうした、と聞いてみても『なんでもないわ』と言うばかりで意図はわからない。困惑した私にナターリアは『もう少し時間をちょうだい。あなたに話すのは少し勇気がいるの』と言った。
きっとナターリアには時間が必用なのだろう。時間による忘却ではなく、ただ物事を整理してシンプルな形にする時間が。そう思い、私はそれ以上追及することはなかった。
そうやって私たちは久々の再会を祝った。
夜も更けてきて酔っぱらったロザリンがぐうぐうと眠ってしまうと見かねたアンナやグムが彼女を連れて帰った。残されたはちみつをどうしようか迷ったが少しずつ飲む分にはいいだろうと思って、申請しておいた冷蔵庫を早速活用することになった。
ナターリアは最後に隔離明けのお祝いにあるものをくれた。
それは一本のペーパーナイフだった。多くの書類が送付されてくる私にとってちょうど必要なものだったから『これほしかったんだ!』というとナターリアは少し驚いていた。だが、目の前で大量の封筒を開けていくのを見てナターリアは笑った。ナターリアにしては珍しい声を漏らすような笑い方で目じりに涙がたまり水晶のように輝いて見えた。
ナターリアは一通り笑うと帰っていった。余裕があるように見えたがかすかにやつれているような気がして今度、お返しになにかを贈ろう。そう思った。
最後に残ったのはソニアだった。お祝いの最中も表面上は笑っていたが常に何かに気を取られていて、私と二人きりになってもそれは続いた。
「ソニア」
呼びかけても返事はない。ちびちびとはちみつを飲んでいるだけで視線が合わなかった。
「ソニア!」
そう呼んでみても返事は返ってこない。だから最後の手段にでることにした。
ベッドに腰かけたソニアの隣に行って手を口の手に添えて耳元で叫んだ。
「ソ、二、ア!」
「ああ、もう、なんだよ!」
ようやくソニアはこちらを向き、驚かせた私を軽く蹴った。ズィマーの軽くは結構痛いけれどあの日に戻った気がしてなんとなくうれしく思った。
ソニアはひとしきり蹴った後、口をへの字にしてふてくされる。けれど私は気にせず話しかける。
「さっきから返事がなくてさ、どうしたかとも思ったんだよ」
「別にどうもしねぇよ。ただ疲れただけだ、グムが会いに行こうってうるさいから」
「ソニアらしいな」
「うるせぇ」
ソニアは冗談めかして言った。久しぶりにするそのやり取りが懐かしくて心から笑った。
その様子を見てソニアはどこか呆れているようで『心配して損した』と言った後、端末を操作する。すると私の端末になにか送られたようで私はそれを開く。
『オペレータ申請書類』それが送られたものだった。
「一段落したらでいい。考えてみてくれ」
ソニアはぶっきらぼうにそう言った。
「オペレーターか。ソニアはどうだった? ロドスで働いてみてさ」
「別に、どうってことはない。戦うのは好きだからな」
「そうか。俺はむしろ怖くなった」
私はアーツを展開し、私たちがすっぽり収まるほどのドームを形成する。完全に閉じるのではなく、半分だけでとどめておく。
「あのサルカズの戦士と戦った後、記憶がない。戦って──そのあと街の方へ歩き出したのは覚えているけれどそれ以外をまるで覚えていないんだ。だから心底驚いたよ。ケルシー先生からすべてを聞いたときには」
「そうか」
ズィマーは何でもないかのように言った。けれど目にはある種の感情が宿っていて恐怖なのか驚きなのかはわからなかった。
「無意識にレユニオンや暴走した感染者を殺しまわって、ロドスの人たちも攻撃した。それが鉱石病によるものなのか俺の奥底にある悪意なのか、もうわからない。ただあの時は必死だった。君たちが無事でいれば、それだけでよかったんだ」
「で、戦うことが怖くなったのか」
「いや、そうじゃない。ただ地に足がつかなくて、宙ぶらりんなんだ。今まで守りたいとかそういう思いで俺は戦えた。けれどこれからはそうじゃない。ウルサスに戻れば今度は兵士として生きていくことになる。だが、ウルサスのためにやむなく少数を犠牲にして仕方なかったと自分に言い聞かせたくはない。だって今回のチェルノボーグ事変においてその少数に自分や親が、友人が含まれていたんだから、もうそのためには戦えない」
私ははちみつを少し飲んだ。ふわふわとした感覚が戻ってきて舌がよくまわった。
「ロドスに所属することも怖いんだ。この力を使って誰かを守っているとき、私がまたおかしくなってロドスの人々や罪のない人々を傷つけてしまうかもしれないことが何よりも怖い。恐ろしくて夢に見るんだ」
耳鳴りがした。頭の中が痺れてアーツがひとりでに動き出す。
半分でとどめていた炭素のドームはかすかな音をたてて少しずつ組みあがっていく。隣に座ったソニアごと包み込んでいき、ドームは組みあがった。
「ただそんな悪夢の中で俺は思ってしまう。それでも大切な人たちのために戦いたいと。こんな不安定な力を抱えながら愚かにも思ってしまうんだ」
そういうと私は静かに力を籠めてドームをただの塵に戻していく。意識しないとコントロールできないことをひどく恥ずかしく思った。
けれどソニアは何も言わずただ静かに隣にいてくれた。それが本当に救いだった。
「アタシも悪夢を見る。見たら吐くし、眠れなくなるくらいにはつらい」
ズィマーは淡々と話していく。
「こうして話しているとアタシに奇襲を仕掛けてきた奴らみたいで嫌になる。ただ、アタシはお前がそばにいてくれてよかったと思う。頼りになったし、アタシにはできない貴族との交渉もお前は成し遂げて見せた。お前みたいなやつが頑張るなら、まあ、アタシもやってみてもいい。そのくらいにはお前のことを頼りにしていた」
ソニアは気恥ずかしくなったようで乱雑に頭をかいた。頬は赤くなっていたし、それを指摘したら本気で吹っ飛ばされそうなそんな気がした。
「それにな、まあ、とりあえず生きろよ。そんなに悪いことではないし、たまに気分転換していたらじきに気にならなくなる。それにお前はアタシより強い。あのニアールを吹っ飛ばすところをいつか見せてくれよ」
なんだかおかしかった。
ソニアがこんなにしゃべることもめったにないし、しどろもどろに説得しようとしている貴重な冬将軍の生態を見れた気がした。
だからだろうか。それに対するお礼というか、なにか形にして表したくてソニアにあるものを渡すことにした。
私は袋に入れられたものを取り出す。丁寧に口が閉じられていて少し手間取ったが決して乱雑に扱うことはなく丁寧に取り出した。
「ズィマー、いつか助けてくれたお礼、ほら手を出して」
そうやって差し出された手に私は耳飾りを置いた。
「今度、火傷の後とかが残った右側に整形手術をするんだ。どうせ外さなくちゃいけないし、片方君にあげるよ」
「別にいらねぇよ。大事なもんならお前もっとけって」
「いいんだよ。ソニアが持っている方が見失わなくて済む」
「見失う?」
ソニアは首を傾げた。
「さっきソニアも言っただろう。ソニアが頑張るなら俺も頑張れる。そのためには目印がないとね。無意識でもわかるように」
「はっ、なんだよそれ」
そういって私たちは笑った。なんだかわだかまりがとけた気がして心から笑えたのだ。
ひとしきり笑ったあとソニアは耳飾りをつけてくれた。
そこに感想を求めることはなく、何でもないかのようにソニアと私は話し続けた。ロドスのことや最近読んだミステリのことを話しているとあの日の続きのように感じてしまう。この場にもう一人いないことにひどく喪失感を感じてしまって暗い顔をしていると『聞いてんのかよ』とソニアが言って乱雑に肩を叩いた。隣り合うようにしてベッドに腰かけながら話していたせいか叩くたびに私たちは揺れて、ソニアの赤い一房の髪がふわりと巻き上がる。
傷一つないソニアの耳にシルバーの輝きが加えられ頭上の電灯の光を受けたせいかまばゆいほどにぎらぎらと輝いて見えた。