影山姉弟   作:鈴夢

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新しい風

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2012年2月――

――白鳥沢学園高校

 

 

"合格発表日"

 

 

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白鳥沢学園の豪華な門構えの先には人集り。

中央に設置された掲示板には無数の数字が羅列されていたのだった。

 

自身の手元の紙に印字されている数字。

掲示板に同じ数字がある者は嬉しそうに声を上げ、家族や友人たちと熱い抱擁を見せていた。

 

その集団の中に"影山姉弟"の姿があった。

 

「姉ちゃん。」

「うん。」

 

ふるふると手元をふるわせる飛雄。

"122"と記された紙と掲示板を見合わせる音羽。

 

「番号無い。」

「……ドンマイ、飛雄。」

 

正に"サクラチル"瞬間だった。

音羽は固まる飛雄の肩を優しく叩く。しかし飛雄は微動だにせず掲示板をじっと見据えていた。

 

「飛雄。」

「…………」

 

この結果が分かっていた――訳では無い。

だが何となく"こうなってしまうのでは"と音羽は何となく感じていた。

筆記試験の日の夜、飛雄が白目を向いて帰ってきた時。"……やっぱりダメだったか"なんて本人の前では絶対に言わなかったが明らかに手応えがなかったと言わんばかりの様子だった。

 

ここ数ヶ月間、付きっきりで勉強は教えてきたつもりだ。しかし気が付けばバレーの事ばかり。それが可愛い一面でもあるのだがこの結果を前にもっと厳しくしていれば……なんて後悔もしていた。

 

「ほら、帰ろうよ?」

「……っス…」

「県立もあるんだし。ね?大丈夫だよ。」

「……県内一の……強豪校……落ちた……」

「飛雄」

「落ちた…………おち――」

 

ダメだ。今の飛雄に何を言っても聞き入れることはないだろう。

 

音羽は飛雄の背中を優しく撫で、励ますようにその場を後にしたのだった。

 

 

 

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"ねえ飛雄。烏野高校に"あの監督"が戻ってくるとか――"

 

 

 

 

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――2012年4月 中旬

 

 

 

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「ふーん、ふふふーん。」

 

音羽の鼻歌が自室に響く。

目の前の机には課題の数々。そして何も記されていない進路希望調査の紙も置かれていた。

 

少し休憩にとバレーボールを天井に向け両手で何度も跳ね返す。柔らかい手首がボールをキレイに支え、スプリングするように整ったフォームで跳ね上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?"大地"……?」

 

そんなリラックス中の今。机の片すみに置かれていた携帯電話が着信音を鳴らす。そして背面のちいさなスペースには"大地"と表示され、音羽はバレーボールを背後のベッドに投げ込むとすぐに携帯を手に取った。

 

「なんだろ、こんな時間に。」

 

壁掛け時計は夜10時を指していた。

澤村はどちらかというときちんとしている人で電話をかけようものなら"今から電話いいか?"なんて一言メールが来るほどだ。

 

そんな時、音羽はパッと閃いたように目を見開くとすぐに応答ボタンを押し込んだ。

 

 

 

「もしもーし大地?どうした…」

『"どうした"って…お前なあ。』

 

"ハァーー"なんて盛大なため息が聞こえてきそうな雰囲気だ。きっと言いたいことは"飛雄"の事だろう。

 

『まさか音羽の弟が烏野に入学したなんて聞いてないぞ?白鳥沢じゃなかったのか?』

「あれ?言わなかったっけ?白鳥沢は落ちてそれで元々受けてた県立の烏野に入学したんだよね。」

『聞いた覚えはないぞ?……いや…本当にビックリしたよ。入部届けに"影山飛雄"って書いてたもんだから。』

 

煩雑に入部届けに書き記された"影山飛雄"の名前。それを目にした時、大地は大きく目を見開き微かに手をふるわせたのを覚えている。

 

まさか音羽の……あの弟が烏野のバレーボール部に――

 

 

 

「で?でっ!?どうだった?私に似て生意気でしょ?それで可愛いでしょ?」

『負けず劣らずだな。…ていうか何でそんなに楽しそうなんだ。』

 

澤村の脳内で今日の放課後の出来事が脳内再生されていた。部活が始まる前に既に体育館に居たのは2人の1年生。音羽と似た雰囲気の青年。そしてオレンジの髪色をした小さな背丈の青年。

 

2人はまともに話を聞き入れず、主将である自分の指示を完全に無視したと思えば教頭の偽りの髪の毛をバレーボールで吹き飛ばした問題児……

 

 

「ま、大地もさすがだね?入部初日に"入部届け突き返す"なんて。しかも土曜日の試合に負けたら飛雄にはセッターはさせないんでしょ?」

『詳しいなー。全部聞いたんだな。』

「うん。飛雄から全部ね?私と大地が繋がってるのは何となく知ってたみたいだけど身内の問題だからって私はなにも関与しないからね?」

 

烏野の臙脂色のジャージ姿のまま、暗くなってきた頃に帰ってきた飛雄。

先に帰宅していた音羽を目の前に弟はこう言った。

 

"姉ちゃん!烏野の主将と知り合いだろ!何とかしてくれ!"――なんて。

 

弟だからと、身内だからと、愛しているからといって一切助けるつもりなどなかった。

それは烏野の主将が澤村だという圧倒的信頼。澤村の選択は間違っていないと思っているし、どんな結果になろうと飛雄にとってプラスの効果があると音羽は考えていたのだった。

 

「でも勿体ないな〜。飛雄は即戦力だしバレーのセンスは並外れてる。とくにセッターとしての才能は私以上かも。」

『"それだけじゃダメなんだよ"。……そんな事、お前がいちばん分かってるだろ?』

「愚問だったね?」

 

才能はあっても一匹狼では意味が無い。

それが司令塔でもありチームを引っ張っていくのがセッターの役目だ。

 

 

『チームで動けないやつは烏野には要らない。』

「さすが主将。さすが大地。」

『当たり前だろ。バレーボールは繋いでなんぼ。チームでいかに動けるかが鍵だろ?』

 

その通りだ。

ボールを床に落とせば終わり。それがバレーボール。

 

繋ぐためにチームがある。チームがあるからこそ繋がるボール。

 

改めて澤村に突きつけられた言葉に音羽は小さく微笑んだ。そして部屋の壁に飾られている一枚の写真に視線を向ける。

 

「……大地ってさ。普段は温厚で優しいのに"そういう事"になると途端に変わるよね?」

『ん?』

「本気でキレると誰よりも怖い。私はそれを一番理解してるし、実際めちゃくちゃ怖かったから分かるんだよ。」

『………?』

「覚えてない?……ほら!中2の時!私が顔腫らした時の事――」

 

澤村は音羽の言葉にハッと目を見開いた。

"そういえばそんな事があった"なんて。

 

 

 

 

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学校からの帰り道。

最寄りのバス停にて、バスから降車する音羽とたまたま遭遇する澤村。

 

 

「――ん?音羽!!部活帰り……って"その顔"……!」

 

澤村はかなり驚いた様子で自転車を押しながら音羽に駆け寄った。

 

「あ、大地。今帰り?」

 

対し何食わぬ顔で"よっ"と手を挙げる音羽。そんなラフな反応を見せる音羽に澤村は慌てた様子だった。

 

 

「どうしたんだよその顔!…ガーゼ当てても分かるぞ?顔の腫れが……」

「へへへ。実は練習試合でやらかしちゃって。でも大したことないよ?鼻血がなかなか止まらなくて大変だったけど骨折とかしてなかったし!」

 

練習試合で何がどうなったらそんな事になるのだと澤村は盛大なため息を吐く。

 

「……バレーの練習試合でどうなったらそんな顔になるんだよ。」

 

「えっと……恥ずかしい話――

"顔面で思いっきり相手のアタック受けちゃって"」

 

後頭部に片手を添え呑気に笑う音羽。

しかし澤村の顔から笑みは一切浮かばない。

 

 

「……お前、まさか"また"……」

「え?」

「今まで何度も言ってきたよな。また前のめりになって突っ込んだんだろ?」

「"また"って、そん」

「前も同じようなことがあったの覚えてるよな?小学校の時、クラブチームの仲間を置いて前のめりになって片腕脱臼しただろ。」

 

澤村は容易に予想が着いた。

バレーの試合でここまでの怪我を負うのはよっぽどの事で、恐らくは"自分が自分が"と前のめりになったのが原因だと。

 

「でも……"私が取った方が絶対に上がる"し……」

 

音羽は不意にそう口にした。

すると澤村との間に妙な間が生まれる。

 

「"私が取った方が?"」

「……えっと……」

 

地雷を踏んでしまった。音羽は即座に言葉を詰まらせる。澤村が怒る言葉ナンバーワンだった。

チームを顧みず自己犠牲を払う。仲間を信じず、過信し無闇矢鱈に行動する浅はかさ。

 

「チームメイトが飛び出してきたのを……わざわざお前が止めて、挙句の果てにその顔。」

「なっ、なんで分かったの……」

 

澤村は超能力者か何かなのか?と疑いの目と同時に何となく彼に恐怖を抱く。全く笑ってないし呆れを通り越した感情を含んだ声色。音羽は誰よりも分かっていた。ガチギレ寸前の澤村の様子に。

 

「べつにバレーしてたら同じようなことあるでしょ?顔でとっても問題ないし!ボールは落としてない!」

「そういう事じゃないだろ!仮にもお前は女子だ!顔に傷が残るような怪我をしたら元も子も……ッ」

 

澤村は言ってはいけない言葉を口にしてしまったと後から気づいてしまった。

 

音羽が嫌いな言葉ナンバーワン。

男女の差、そのような言葉が大嫌いだった、

 

「……"女子"だからって関係ないでしょ。」

「……ッ……」

「言っとくけど!男女混合の対"白鳥沢"との試合!勝ったからね!男子は相変わらず負けてたけど男女混合で勝ったんだから!」

「あのな!俺はそういうことを言いたいんじゃ」

「もういい!大地のわからず屋!過保護!おじさん!」

「おっ、おじさんって!それは違うだろ!」

「うるさい!ついてこないで!」

「送る!」

「勘弁してよ!せっかく北川第一の男子メンバー達から逃げてきたんだから!」

 

1人にして!と叫び散らす音羽を横目に必死についていく澤村。ヒョイっと音羽の荷物を自転車のカゴに乗せてしまえばこちらのもの。いつの間にか大きく体格の差がある事に気づいた音羽は為す術なく澤村に家まで送ってもらった記憶――

 

 

 

 

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『……そんなこともあったな。』

「あの時の大地の顔、めちゃくちゃ怖かったの覚えてるよ。笑ってるような、無表情みたいな、キレてるような……」

『そりゃあ怒るだろ!』

 

音羽はチームとして活躍出来る才能があった。しかし思春期真っ只中の"あの頃"はやけに強気だった。

チームのためなら自分を犠牲にする。得点が入るなら、そのチャンスが訪れた時は何がなんでも這いつくばってでも身を投げ出す。

 

それが例え"最強スパイカー 牛島若利"のサーブだろうと。

 

「まあ……あの頃の私は少しだけ自分勝手だったけど……多分あれがきっかけで改心したんだよね。」

『改心?』

「また大地にこわ〜い顔で叱られるって」

『はははっ』

「笑い事じゃないし。」

 

出来れば澤村を二度と怒らせたくない。

いつも真っ直ぐで温厚で誰よりも頼れる人物。

 

そして同時に……"悲しませたくなかった"

 

「((……顔じゃなくて……結局左脚やっちゃったけど。))」

 

事故の日のこと。澤村が必死になって救護してくれた時の事を忘れない。誰よりも落ち着いていて、冷静に的確に指示を出していた澤村を――

 

「((ずっと震えてた手。私を安心させようとずっと手を握ってくれていたあの大きな手が……))」

 

"酷く震えていた"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まっ!とにかく!飛雄の事よろしくね?」

『よろしくって言ったって後はあいつ次第だ。』

「まあまあ!そこは私の弟だから!期待してくださいな。」

『音羽の弟だからって容赦しないからな?』

「分かってるよ。手は抜かなくていいからね?」

『……ああ。』

 

 

2人はお互いに微笑みあっていた。

それは力強く、信頼に溢れ、優しさを含んだ穏やかなものだった。

 

 

 

 

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――翌日 午後17時頃

 

 

 

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地面に転がる複数のバレーボール。

音羽の姿はそんな自宅の庭にあった。

 

ちなみに着用していたトレーニング用の黒いTシャツには"セッター魂"の文字――

 

 

「……ふー…………休憩……」

 

庭の端に置かれた車椅子に腰をかけスポーツドリンクで喉を潤す。オレンジ色の空が美しく広がり"少し日が長くなったなあ"なんて呑気なことを考えている。

 

「((……調整してもらった義足。今回のはめちゃくちゃ相性いい気がする。……少し休憩したら次は走って――))」

 

ぼんやりと空を見上げていたその時、慌ただしい足音と元気な少年らしき声が音羽の耳に飛び込んだ。

 

「"すっげーー!影山の家デカイ!"」

「あんまり騒ぐなよ。今日は家に誰もいないって言っても近所迷惑――」

 

明るい青年の声と弟のクールな声。

玄関を通らずダイレクトに家の庭に入ってきたのだが。

 

 

「――なっ!ねっ、ねえちゃ……"姉貴"。」

 

居ないはずの音羽の姿を目にした飛雄。目を大きく見開き慌てた様子を見せるが何故か途端にクールキャラへと変化する。しかも何故か"姉ちゃん"ではなく"姉貴"呼び。

 

「おかえり飛雄。……と、君は?はじめましてだよね?」

「ち、ち、ちっ!ちわっす!!烏野高校1年の"日向翔陽"です!」

「へえ〜!飛雄のお友達?飛雄やるじゃん!入学早々早速友達……」

 

「ちっ!ちげぇよ!!友達じゃねえ!」

「ガーーーーーン」

 

オレンジ色の髪の毛をした少年は飛雄の言葉に落胆を見せる。初対面で何も彼のことはもちろん分からないが明らかに飛雄とは対称的なキャラクターに音羽はクスリと笑みをこぼす。

 

「つーか!ねえ…、あね…姉貴!!何でいるんだよ!今日は父さんたちと病院行く日だろ?」

「ぶーー!残念!病院は明日になったの。それで2人は別の用事があって外に出てるんだよ。」

「…………」

「何よその顔。別にいいでしょ?お姉ちゃんがいても。」

 

飛雄の絶対的存在は姉の音羽。

生意気に姉貴と言おうがどんな言葉を放とうが姉は容赦なく言葉を返してくるし今の今まで論破され続けている。口喧嘩で姉にはまず敵わない。

 

 

「で?君たちは土曜日の試合のために練習ってことであってる?」

「はい!!そうじゃないと影山がセッター出来ないんで!正直俺はあんまり関係ないんですけど!」

「なっ!なんだよその言い方!」

 

土曜日の試合で勝てないと飛雄はセッターとして烏野バレー部に所属することはできない。その条件で主将の沢村に釘を打たれている。

対して日向はとくに入部を拒否されているものでは無いが"チームとして"影山と戦う必要がある。

 

かつての敵同士がコート内での仲間に。

2人は試されていたのだ。

 

「ほら、庭使って?」

「良いんですか!?」

「良いも何も当たり前でしょ?弟とその友達のピンチを放っておけないからね。――ね?飛雄。」

 

"ね?"とクスクスと笑うように飛雄の方へと視線を向ける。

 

「練習、見ててもいい?」

「……え」

「見せてみてよ。飛雄と日向君のチームプレイ。チームメイトを目指すための練習とやらを。」

「……ッ……」

 

飛雄は妙に体と心が固くなる。

無意識にゴクリと息を飲み込んだ。

 

いつもの事なのに、練習を見られるのは慣れっこなのに。何故かいつも以上に緊張する。

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

「――日向ボケェ!!ヘタクソ!!」

「ぐぅぅぅうううう!」

「((……まあ、……確かにレシーブが下手すぎるのは……飛雄の言う通り……ほぼ初心者……))」

 

ふたりが練習を始めて約20分ほど。

しかも永遠にレシーブの練習だ。どうやら日向はレシーブが苦手らしい。そして飛雄は何故か頑なに彼にトスを上げなかった。

 

「((飛雄の事だから"トスはお前には上げてやらねぇ……"的な?多分だけどそのレベルに匹敵するまでトスなんて上げず、日向君にはレシーブやらせるとしか思ってないのか…))」

 

3対3のゲーム。

どうやら飛雄と日向のチームには2年の田中が加わるらしいし(澤村情報)。攻撃は明らかに田中のほうが上だ。自分ももし飛雄と同じ立場なら日向には守りに徹してもらうだろう。

コントロールする飛雄、守る日向、攻める田中――

 

「((……でも"それじゃダメなんだ"。それじゃ大地は飛雄をセッターとしては認めない。))」

 

"互いをチームメイトと自覚するまで"

その言葉は簡単そうで実は重く難しい。

 

澤村らしい発言と意図にあらためて音羽は面白そうに口角を持ち上げた。

 

 

「……日向君、ちょっと。」

「あ……はい!!」

 

一旦キリのいいタイミングで音羽は日向を手招く。額から汗を流し、息を切らしたまま日向は駆け寄った。

 

 

「レシーブ、苦手だよね?」

「うっっ…………まあ……そうです。」

「ふふっ、大丈夫大丈夫!横から見てて……日向くんは腰の位置がこれくらい――」

 

音羽は立ったままこの数十分間2人を観察していた。本人が気づいていない癖や良いところまで。それを的確に細かく指摘していく。

 

「飛雄との距離は常に一定だし、とにかく落下地点をしっかり予測すること。」

「……予測」

「そう。今はとにかく飛雄のボールを拾うのに手一杯。向かってくる場所というより落下する地点を意識してみて?試合になるとまた相手の助走とかブロッカーの…」

「…………???」

 

ほとんどの人が簡単に理解できる内容。しかし今の日向は完全にテンパっていた。恐らくそうなってしまったのは今の環境もあるのかもしれない。出会って2日の飛雄との関係(しかも扱いは雑)やなれない場所での練習。残り数日という焦り……そういったものに焦っていると余計にパンクするのは当たり前だった。

 

「((多分この子はアレだ。論理的に話すとパンクするタイプ?――だったら……))」

 

"コホン"とわざとらしく咳払いを見せると音羽は人差し指を立てて日向に言い放つ。

 

「ヒューン!って落ちてくるところの"ン"の所!ヒューーーー……"ン"!」

「あ!そーいうことか!なるほど!!」

「「((分かったんかい))」」

 

満足気に目を輝かせる日向。対して呆気にとられる影山姉弟。

 

 

「よーーーっし!影山!打ってくれ!」

 

そして意気揚々と再び庭の真ん中へと戻る日向。たじろぐことなく飛雄の強烈アタックを何度も受けては修正していく。音羽のアドバイスを愚直に、真面目に飲み込んでは自分のものへとしていく。

 

「そう!もっと踵浮かせて!」

「おーーっす!!」

「右肘!たまに伸び切ってないよ?」

「あざーーーす!!!」

 

「飛雄。もう少し強めに。」

「……っス」

「レフト苦手そうだから、なるべくそっち方向に。」

「…………す」

 

その後も音羽の指導は続く。

飛雄はその間に入ることも出来ず、ただただ音羽の洞察力と日向への始動力に息を飲んでいた。

 

「((こんなに厄介なクセのある初心者相手に……すげえ。やっぱ姉ちゃんすげえ……))」

 

悔しいと思ってしまった。

暴言さえ出ず、淡々と相手の癖を見極めて的確に伝える。時には褒めて士気をあげさせる。

 

 

「((これが……無名の高校を1年で全国に立たせた……高校女子バレーNO.1セッター……))」

 

音羽の優しく微笑む、キラキラとした美しい眼差し。

 

「(("女神"の異名――))」

 

自分とは大違いだ。

独裁者と言われた"王様"の異名とは違う。

 

「((姉ちゃんは…………やっぱりっ……))」

 

刹那、音羽は小さく息をつくと庭の端へと移動する。

 

どうやら疲労が溜まってきたらしい。学校から帰ってきて1人で自主練をし、そこから飛雄と日向を見ていた音羽。数時間立ちっぱなし。徐々にに脚への負担が大きくなっていた。

 

「……ちょっとお姉ちゃん疲れちゃって。後は2人で頑張ってね?」

 

車椅子に乗ると2人に笑みを向ける音羽。

 

「ちょっ……あね……姉ちゃん!大丈夫かよ!」

「大丈夫大丈夫。ほら、時間もったいないし続けてなよ?」

「せめて家ん中まで押して…」

「だから大丈夫だよ?――日向くん!頑張ってね!」

 

明らかに顔色を変えて動揺する飛雄。あっけらかんとした様子だがどこか疲れた様子の音羽。

 

「……うあっ……!はい!!あざス!!」

 

そしてここで日向は気づく。

端に置かれていた車椅子の存在。庭に入ってくるまでにスロープになっていた場所があったこと。なんとなく音羽の動きがぎこちない瞬間があったことを。

 

「((……脚?))」

 

音羽は丈長のトレーニングパンツを履いていた。両脚は覆われていて全く分からないが……

 

「((怪我してんのか?影山のねーちゃん……))」

 

 

姉を見送る飛雄の後ろ姿を見据える日向。

その背中が何となく寂しそうだったこと、暗い空気を纏っていること。

 

その事に気づいた日向は影山に何も聞くことが出来なかった。

 

 

 

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「じゃーな影山!明日寝坊すんなよ!」

「しねーよ。お前こそ遅れんなよ?」

 

19時手前、2人は休憩することなく練習し続けた。数時間だけだったが成長を感じた貴重な時間だった。2人はそれをしっかりと実感していた。

 

 

「そういえば影山のねーちゃんは?お礼言えてないし。」

「別に気にしなくていい。今部屋で横になってるし、俺が代わりに伝えとく。」

「お……おう!」

 

あまり多くは語らない影山。

しかし日向は気になっていた。

 

 

「……あのさ、影山。ひとつ聞いていい?」

「あ?何だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……影山のねーちゃん……あの……脚って……」

 

言葉を詰まらせながら日向は問いかけた。聞いてもいいのか悪いのかグレーゾーンなのは分かっていた。しかしここまで指導してくれた音羽の存在を気にかけないのも日向は腑に落ちなかった。

 

「…………」

「いや!ごめん!!少し気になってて……なのにめちゃくちゃ上手いし!……ちょっと聞いてみただ」

「"事故で左脚切った"んだよ。だから義足と車椅子生活だ。」

 

淡々と口にした言葉に日向は目を見開いた。

骨折とかそういうレベルじゃない。脚を切ったというワードがやけに心拍音を高鳴らせる。

 

「でっ……でもまだバレーやってるんだよな!?すげーーー!!!」

「…………」

「しかもジャージの背中に"サイカ"って書いてたし!めちゃくちゃエリート。なんならお前が落ちた白鳥沢より頭良い……」

 

 

 

 

 

 

「俺のせいなんだ」

 

 

日向の明るい声を割くような低い声だった。

低くて暗い、そんな声。

 

「え?」

「…………ほら、さっさと帰れ。また明日な。」

 

影山は玄関から離れ家へと入る。

その背中を目にした日向。それは先程の後ろ姿よりももっと暗くて恐ろしいものだった。

 

 

 

 

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