影山姉弟   作:鈴夢

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王様と女神様

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2012年4月――

 

 

 

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「―――んッ!!!」

 

 

日は落ち、薄闇に包まれていく。

人気のない公園で制服姿の少女がバレーボールを片手にトレーニングに勤しんでいた。

 

ボールを地面にリバウンドさせ頭上に高く投げる。

そしてしっかりと右脚を軸に踏み込み飛び上がる。

 

壁に打ち込まれる鋭いボール。

パッと見"殺人サーブ"そのものだが少女は納得がいかない。

 

 

「……ふー……」

 

 

じんわりと背中に感じる汗。

傍らのベンチに置いていたタオルで額を拭いスポーツドリンクを口に含んだ。

 

「((まだまだ……しっかり両脚で地面を蹴って……踏ん張りが足りない!…はやくあの時の最高到達点に――))」

 

影山音羽。

彼女は橙色に染まる空を見上げ心音を落ち着かせるように瞼を閉じた。

 

 

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――2日前

 

 

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「音羽先輩!」

「ッ――!」

 

「ライト!」

「オーケー!!」

 

体育館に響く声の数々。

真ん中のネットを境に睨み合う2つのチーム。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

汗が額から頬を沿って顎から滴り落ちる。

久しぶりの熱い感覚に興奮している音羽の姿。

 

同時に義足がガクガクと震えていた。

興奮なのか脚の痛みなのか自分でも分からない。

 

"ただ楽しくてたまらない"

 

 

「……やばいよ、あと1点で才華のマッチポイント。」

「っ……」

 

音羽の率いるチームの反対側に立つ少女達の表情に焦りが見え始めた。その傍らでは監督も同じく息を飲む。

 

まさに絶望的状況。

才華(相手)の力に全員が圧倒されていたのだった。

 

 

「……"あの人が戻ってきた"だけでこんなにチームって変わるの?」

「……はぁ……はぁ……ッ……ダメですよ先輩。今は集中です……」

 

 

左隣のセッターの発言に惑わされないようにと必死に集中力を高める。6番のビブスを纏った高身長の少女――新山女子高校2年、天内叶歌は唇を噛み締めた。

 

 

「((やっぱり強い。……セッターが影山さんってだけでこんなにチームが変わるなんて。))」

 

言わずもがな新山女子高校バレー部は宮城県内で最強と言われている。春高出場は当たり前。インハイの各予選もストレート勝ちが当たり前。

 

――しかし、その"当たり前"が打ち砕けようとしている。

 

 

天内の視線の先に立つ影山音羽。

自分より10cm以上も身長が低いにも関わらずバネがある選手。コートを制す洞察力、チームを引っ張る力、魅力。

 

 

「((それに――"ほぼ片脚なのに。"))」

 

視線は足元へと移動する。

無機質な左脚。自分のものでは無い左脚。

しかし彼女は立っている。飛んでいる。走っている。

 

「((……一体……この期間中にどんな努力を重ねてきたんだろうか。))」

 

あの事故の後、音羽は一切練習試合には現れなかった。そのせいかチームは弱っていた。何度か練習試合を重ねてきたが"影山音羽がいた時の勢いは皆無"。

 

宮城の女子バレーを制していた新山女子。

そこに"ぽっと"浮上してきたのが才華女子。

偏差値が高くあの白鳥沢と並ぶほどの進学校だと言うのは知っていた。県立だが部活動に精力的で一部の部が強いこともある程度は知っていた。

 

だが"バレー部"が強いというイメージもなければ結果も無かった。

 

 

 

「――叶歌!来るよ!」

「は、はい!」

 

鳴り響くホイッスルと共に才華側のサーブが炸裂。

 

必死に食らいつく仲間たち。

拾って、繋いで、最後に打ち込む。

 

両者一歩も引かない大接戦だった――

 

 

 

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「「「ありがとうございましたーー!」」」

 

 

予定時刻よりも大幅に試合は長引いた。

疲労に塗れていた選手たち。しかしどこか清々しく、両者ともに笑顔で互いを称えあった。

 

結果は才華の勝利。

しかし点差は大きく開かず、ほとんど引き分けの様な状況だった。

 

だからこそ互いに高め合い、次の試合を楽しみにしてると言わんばかりに喜びあっていた。

 

 

『クールダウン後、簡単にミーティングしてバスで帰るぞー。』

 

「「はい!」」

 

才華の監督が指示を出すと各々が体育館内でクールダウンに入る。今日は新山の体育館での練習試合。何度も手合せをしている仲ということもあり両校の生徒たちは仲睦まじげに会話を交わしていた。

 

 

 

「音羽ちゃん久しぶり。」

「元気そうでよかった。体調大丈夫?」

「なにか手伝う?」

 

「久しぶり!体調は大丈夫だしなんら問題ないよ?」

 

新山の3年達が音羽へと近づき声をかける。

さっきまで睨み合っていたとは思えないほどの仲の良さに音羽の人柄が現れているようだった。

 

天内は2年ということもありなかなか声をかけられない。クールダウンが終わってしまえば帰ってしまう。

そんなモヤモヤを抱きながらも隙を狙おうとじっと音羽の様子を伺ってた。

 

 

 

 

「……あの!影山さん!」

 

話していた3年が離れた瞬間。

天内はタオルで汗を拭いながら音羽の側へと駆け寄った。

 

立ったまま向かい合う2人。

身長差が10cm以上あると天内が若干見下ろす感じになることに本人が何故か恥ずかしそうな様子を見せる。

しかし音羽はそんなことを気にすることなく天内を見上げた。

 

「…えっと、確か天内……さん?だよね?」

「はい!お久しぶりです!天内叶歌です!」

「1年生の時ぶりだよね?……あ!そういえば!この前の月バリで特集組まれてたよね?"新山女子次期エース!女王!"なんて!」

「そんな恐れ多いです!音羽さんこそ過去の月バリに"高校ナンバーワンセッター!コート上の女神"って――」

 

 

和やかな会話。

しかしふと天内は自身が口にした言葉に過ちを感じた。

"過去"――そう。過去。

今目の前にいるのはあの女神。しかし不慮の事故で脚を失い巷では"羽を失った女神"と言われていることをしっていた。皮肉だったかもしれないと、自分が口にした事を胸中で自分自身で非難した。

 

 

「そういえばまた身長伸びた?かっこいい!羨ましい!」

「へへっ……そんな……。」

「超絶アタック。腕もげるかと思ったよ。」

 

音羽は変わらず笑みをこぼし天内の言葉を遮るように話題を変える。純粋で優しい天内だと音羽は理解していた。決して悪気は無いのだと。

 

「……影山さんに会えて嬉しいです。まさか今日練習試合に来るって知らなかったので――」

 

現れた時は驚いた。

それは自分だけでは無い。

体育館に現れた時、全員が彼女に視線を奪われたのだから。

 

 

 

「あの…聞いてもいいですか?」

「何?」

「……その、脚……」

「ん?……あー、この状態で練習試合するの初めてだもんね?」

 

音羽は義足を指でツンツンと弾く。

まじまじと見るのも、聞くことも失礼かもしれない、そんなこと百も承知だ。

しかし気になって仕方なかった。

事故からどうやってここまで動けるようになったのか。大腿切断の選手などバレー界では異例なのだから。

 

 

「まだ上手く扱いきれてないけど何とか義足で飛べるようになったんだよね。」

「……痛みとかないんですか?」

「痛み?まあそうだなあ…常に違和感と痛みはあるけど大したことないよ?慣れてきたし。」

「すごい。……調整とか、そういうのって自分で?」

「調整は技師さんにやってもらってるよ。簡単なメンテナンス程度でしか触れないかな?」

「………」

 

本物の義足。

明らかに自分の脚より動かしにくいのは素人目でも分かること。それを難なく自分の足のように扱うなど……有り得ない。

 

 

「って、色々聞いてごめんなさい。」

「そんな事気にしないよ?大丈夫大丈夫。」

 

音羽の笑顔は変わらない。

普通こんなに聞かれると不快にも思うかもしれないのに彼女は変わらず優しい。

 

――刹那、才華の監督が集合を呼びかける。

音羽はそれに反応するとタオルを肩にかけ、立ち去る前に天内を真っ直ぐと見上げ妖しげに口角を持ち上げた。

 

 

「インハイ。絶対負けないよ。」

「ッ……」

 

威圧的な声色、口調。

吸い込まれるような切れ長の瞳は女神と言うより狩人のようだ。人の心の中に入ってくるような目つき。しかしきれいだった。濁りのない瞳は素通しのガラスのように澄みきる。

 

 

 

 

「……はい。私も負けません!」

 

天内の言葉にニッと口元に笑みを浮かべる音羽。

そして彼女は去っていった。

綺麗な黒髪を揺らしながら。しっかりと両脚を地面に着いて歩く。

 

 

 

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「影山。」

「……ッ……はい!」

 

新山女子との練習試合の後。

音羽は監督へと呼ばれ体育館の端で向かい合う。

 

 

「6月のインハイ予選。」

「…………」

 

覚悟を決めるような音羽の視線。

監督は変わらず真剣に彼女を見下ろす。

 

 

「お前を"正セッター"で出そうと思う。」

「ッ……!」

 

監督は傍らの箱から衣類を取り出した。

黒地に白いラインが入った才華のユニフォーム。

 

番号は"1番"

 

「ぁ……ッ……」

 

音羽はそれを受け取り思わず声を漏らした。

ユニフォーム特有の手触り。久しぶりの感覚に手を震わせる。

 

 

「ただし条件がある。」

「はい。」

「自己管理の徹底。自分の体と向き合う。」

「はい。」

「少しでも無理をしたり、向き合うことをやめたらコートには出さない。」

「はい。」

「そして――」

 

険しい監督の表情は未だ変化せず鋭い視線も変わらない。

 

「最高到達点。以前の292センチを超えて見せろ。」

「ッはい!」

 

音羽も動じることなく応えた。

同時に心臓がバクバクとうるさいほどに響く。

 

手にした光、希望。

そして新たに立ち塞がる最高到達点という壁に興奮をおぼえる。

 

「厳しいことを言っているかもしれん。だが、才華の悲願全国制覇達成するために。影山が本当に飛ぶのを諦めないためにも――監督として俺は指導し続ける。」

 

 

 

「私はこの脚で、皆でコートに立つって決めたんです。――寧ろ、感謝しかありません!」

 

 

 

 

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時は戻り――

 

 

 

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壁に打ち付けたボールは手元へと返る。

両手で強く抱きしめ、小さく息を吐いた。

 

 

「((後輩たち、卒業した先輩たち。私が脚を失っても私を主将に選んでくれた。))」

 

 

「((1番のユニフォームを着て……絶対にコートに立ってみせる。そして――全国制覇のために!!))」

 

 

音羽は再び頭上へとボールを投げる。

真っ直ぐ伸びるフォーム、両脚。

そして右手を振りかぶると目の前への壁へと――

 

 

 

 

 

 

しかし、そのボールは壁ではなく人の手へ。

 

 

「おっ、すっげー強烈〜!」

「ナイスキャッチ〜」

 

目の前に現れる2人の男。片割れの男の手に先程のボール。パッと見ガラの悪い印象を受ける。

恐らくは大学生あたりだろうか。

 

 

「"おねえさーん"」

「"こんにちは〜"」

 

音羽が愛用しているミカサのバレーボール。

それをバスケットボールのようにリバウンドさせながら近づく2人組の男。

音羽はあまり表情には出さないが内心ムッと苛立ちを感じていた。

 

 

「あの、ボール返してもらえませんか?」

「お!かわいー!当たりだべ?」

「ボール」

 

無表情で音羽は手を伸ばす。

しかしボールを返してくれる気配は無い。

 

「しかも秀才で有名な才華じゃん。可愛くて頭いーんだ?」

「ボール、返してくれますか?」

「1人で練習寂しくない?俺らもバレーやろうかな。」

「……ボール。」

 

ダメだ、全く話が通じない。

さっさとボールさえ返してくれれば無視して公園から立ち去るのに。どうやら一筋縄ではいかない。

 

 

ヘラヘラと笑う男たち。

全身を舐めまわすように見た一人の男がふと足元に視線を下ろした時首を傾げた。

 

「―――ん?」

 

スカートから伸びる不自然な左脚。

膝あたりまでは黒いサポーターのようなものが巻かれ、膝下からは無機質な銀色が覗く。

 

機械的な"ソレ"。

詳しくなくてもソレが何なのか大体の人間は予測がつく。

 

 

「この子。なんか変だと思ったら脚見てみ?」

「……お、ホントだ。あれだよな?"ギソク"ってやつ?」

「キミ脚ないんだ?」

「へえー。生で初めて見たわー」

 

2人の視線が一気に音羽に突き刺さる。

その視線から感情は読み取れないが良い気配はしない。

 

何となくこの場に居続けることを危ないと察した音羽。強引に両手を伸ばし男たちからボールを返してもらうと再び声を出す。

 

「あの。何度も言ってますけどボール返して貰えませんか?」

「いやだ。」

「返してください。」

「いーやーだー。」

「…………」

 

 

さすがに我慢ならない。

音羽の冷静沈着な表情が一気に怒りへと変化していく。

 

それはまさに弟と瓜二つ。

機嫌を損ねたような、苦虫を噛み潰したように眉を顰め感情を剥き出しにした。

 

 

「わっ!怒った顔もかわいーべ?」

「ごめんって!可愛い子には意地悪したくなるんだっての。」

 

刹那、顔を見合わせる男2人。

こくりと合図を出すように頷くとついに男の手が音羽へと伸びた。

 

「ねえ?俺たちと少し遊ばない?車あるんだけどカラオケとかどう?」

「奢るし!」

「……ちょっ、触らないでください。」

 

「腕ほっせえー。なのにさっきのボールの威力ヤバすぎだろ。」

「髪の毛サラサラ〜」

「やめてください!」

 

容赦なく伸びる大きな手に気味悪さと恐怖を感じる。

そして一人の男が放った台詞にゾッと背筋をこおらせた。

 

 

「((待って……さっき車って……))」

 

視線をずらすと道の脇に黒い"バン"が停車していることに気がついた。エンジンがかかったその車内には恐らくまだ別の男たちか居るに違いない。

 

"逃げなければ"

最悪なことに周辺に人の姿は無い。

このままでは危険だ。

 

 

「あのっ!結構です!」

「ボールいいのー?」

「ッ……結構です!」

「ははっ!さっきまで威勢よかったのにびびってやんのー!」

 

さすがに2人の男を相手に簡単に逃げることは出来なかった。肩を捕まれ腕を引かれ、必死に抵抗しようとも片脚はほぼ使い物にならない。

 

 

「……"あーカズキ?当たりだった。車のドア開けてくんね?"」

 

片割れの男は携帯を片手に指示を出す。

かなりまずい状況だ。

 

「ちょっ!離してください!」

「暴れないでねー?」

「ッ助け……ンん!?」

「めっちゃ抵抗するじゃん!……片脚使えないのに、あんまり無理しない方がいいんじゃないかな?」

 

甘ったるい香水の匂い、口元を押さえる大きな手。

 

 

 

「((どうしようッ……手で口塞がれて声が――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ……いってええええええ!!」

 

 

突如口元を押えていた男が痛みを訴えた。

微かに鼓膜に飛び込んだ音は"バコンッ"というような鈍い音。幾度となく聞いたことのある音。鈍器ではなく柔らかいものが強烈な力によって打ち込まれる音。

 

 

 

"バレーボールが強烈な力で打ち込まれる音"

 

 

 

「クソっ!何だよ!!いってぇ!!」

「……ボール?」

 

 

足元に転がるミカサのバレーボール。

しかし音羽のものでは無い。

使い込まれ若干色あせたそのボールの持ち主――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"はーい!そこまでー!"」

 

更に重なる聞きなれた音。

それは戦友でもあり親友でもある男の声――

 

 

「さっすが"岩ちゃん"の強烈アタック!俺も何回も後頭部に受けて死にかけてるんだよね〜」

「お前にぶち当てるやつより何倍も威力強めだぞ。」

「もう1発当てるか?次は隣のヤツ」

「顔面いっちゃう?」

 

 

続けて聞こえる友人たちの声。

解放された音羽は直ぐに体勢を整え背後に立つ4人組に視線を向けた。

 

「……徹、一君……松川君に花巻君……」

 

青葉城西のジャージ姿の4人組。

揃いも揃って高身長。高校生ながらも威圧的な空気を纏っていた。

 

 

「で……デカ……」

「た、ただのクソガキじゃねーか。ビビんなって。」

 

相手は高校生。

しかし何故か恐ろしい。

 

ニコニコと人の良い笑みを浮かべる青年。

鋭い目つきで静かに睨みつける青年。

大人びた見た目で余裕そうに嗤う青年。

小馬鹿にするように口角を持ち上げる青年。

 

青葉城西高校3年

及川、岩泉、松川、花巻

 

4人は二人の男から視線を外さなかった。

 

 

「お兄さんたち、何してるんですか〜?」

「「…………」」

「そいつ。俺らのツレなんですけど。」

「「…………」」

「乱暴はやめて貰えませんか?」

「「…………」」

「寧ろ俺たちと遊んでくれますか?」

「「…………」」

 

 

ダンマリと口を閉ざす男。しかし未だに余裕が見える。恐らく傍らの車だろう。仲間達がいるのは間違いない。

 

「…はっ……お子様たちは気にしなくていいべー」

「この子と今から遊びに行くだけだから。な?」

 

男は再び音羽の腕を掴む。

しかし音羽は抵抗することなく、寧ろ冷静な表情で様子を伺っていた。

 

多分この人たちが現れたから大丈夫だ。

……哀れな2人の男。目の前の4人組がどれだけ恐ろしいか分かっていない。

 

 

「……クソ野郎」

「いーわーちゃん。落ち着いて?」

 

岩泉が額に筋を浮かべたその時、及川はポケットから携帯電話を取り出すとニンマリと満面の笑みをうかべた。

 

 

「まっつん!車のナンバーおさえてるよね?」

「うん。勿論。」

「マッキー。中の奴らの写真撮れた?」

「撮れてる。ハッキリな?」

 

そして及川が握っていた携帯電話で目の前の男たちの写真をしっかりと撮影した。

音羽の腕を掴むガラの悪い2人の男。顔もハッキリと撮影できている。

 

満足気に携帯電話を再びポケットへとしまうと及川は肩にかけていた鞄を地面に落とし、男たちへと詰め寄る。

 

 

「――その子から直ぐに手を離してもらっていいですか?」

「あぁん?なんだクソガキ……」

 

及川に掴みかかろうとした一人の男。

しかしそれを阻止する岩泉の大きな手。

 

 

「クソガキかどうか……試すか?」

 

「ヒィっ!!!」

 

男の手首に加わるとんでもない力。

下手をすれば骨が折れるのでは無いかと思うほどに徐々に力が強くなれば男は怯えた様子で手を引っ込めた。

 

 

「ちょっと岩ちゃん!そんなに怖い顔しない!」

「及川。お前こそさっきからキレてんじゃねーのかよ。」

「へへっ。バレた?」

 

ギラりと苛立ちを含んだ及川の瞳。

顔は笑っているのに"キレている"。

 

そんな及川を筆頭に背後では3人が鋭い目つきで再び威嚇した。圧倒的威圧感。強者。

 

"勝てるはずがない"

 

 

 

 

「……チッ……行くぞ」

「ちょっ!待てよお前!!」

 

男たちは悔しそうにその場から立ち去る。

そしてあっという間に車に乗り込むと黒のバンは急発進し姿を消したのだった。

 

 

 

 

静まり返る公園。

残された5人。

 

 

「及川、どーする?警察呼ぶか?」

「いや大丈夫かな。今ここで大事になるとそれはそれで音ちゃんも嫌だろうし。」

「一応車のナンバーとアイツらの写真だけ届けるか」

「ん。それがいいね。」

 

テンポのいい及川と岩泉の会話。

その2人を横目に松川と花巻は音羽へと駆け寄る。

 

 

「音羽ちゃん怪我は無い?」

「うん。大丈夫だよ松川君。」

「…あ。右脚の膝擦り切れてる。ちょっと触るよ?俺のハンカチで悪いけど。」

「花巻君……ごめんなさい。綺麗なハンカチなのに……」

 

紳士的な対応に音羽は申し訳なさを感じていた。

そして同時に"大切なものが奪われた"ことを思い出すと音羽は目を見開き声を上げる。

 

 

「ああ!!ボール持ってかれた!」

「「「「そこ!?」」」」

 

あまりにも呑気な台詞に4人は呆れ顔で声を揃えた。

 

 

「あのねえ音ちゃん!自分の状況分かってんの!?」

「そうだぞ音羽!ボール気にしてる場合じゃねえだろ!」

 

「おバカさんなの!?秀才のくせに!そういう所は本っ当に弟と同じじゃんか!」

「相変わらずお前は危機管理能力が無いんだよ!アホ!」

 

「しかもこんな所で1人で練習って!しかも制服!ミニスカート!何でジャージじゃないの!?」

「この公園、前も不審者が出たって騒ぎになったんだからな!人がいねぇ時点で察しろ!バカ!」

 

 

「ちょっ!一気に2人で食ってかかって来ないでよ!」

 

及川と岩泉からの猛攻撃に頭を抱える音羽。しかし言い返せる材料はない。彼らが言うことは間違っていないのだから。

 

 

「まーまー。及川、岩泉。落ち着けって。」

「……ん?義足のパーツ?金具みたいなのが取れてんだけど……」

 

「え?花巻君、どれ……」

 

花巻は地面に転がっていたネジのような形状のパーツを拾い上げる。特徴的な形状でただの部品では無いことに気づく。

 

音羽はパーツを受け取ると手のひらでコロコロと転がしてみた。そして足元へと視線を下ろす。

 

 

「最悪……せっかく調整してもらったばっかりなのに。」

 

おそらく男たちに強引に腕を引かれた時、必死に脚で踏ん張った反動で外れたのだろう。

自分も少しパニックになっていた。無我夢中で脚を庇うことなく必死だった。

パーツが外れただけ。少し足を擦りむいただけ。

 

これだけで済んだのは運が良かった。

 

「とにかく音羽ちゃんが無事でよかった。」

「たまたま"珍道中"寄って、少し遠回りして帰るかってなって、本当に偶然通りかかったんだよな。」

 

松川と花巻の丁寧な処置で膝の血は綺麗に拭き取られ気づけば絆創膏まで貼られていた。

ホッと胸を撫で下ろす5人。落ち着きを取り戻した空気。

 

そこでようやく及川は音羽に問いかけた。

 

 

「音ちゃん。なんでこんな所に居たの?」

「……」

「家と反対方向だし。」

「今日は部活が休みだったから"こっちの方"の大きい本屋さんに寄るって決めてて。で、その帰りにこの公園通りかかったんだけど人もいないし練習するのにいいかなーって。」

「家は?広い庭があるのに?」

「いても立ってもいられなくて。……どうしても直ぐに練習したくて。」

 

 

秀才なんだかアホなのか。

バレーのことになると前が見えなくなるのは弟の飛雄とそっくりだ。自分の身よりバレーボールを心配するとこ。しかし体は本音を物語っていた。

男たちに連れていかれそうになった時、無意識に両脚で必死にもがいた。怖かっただろう、恐ろしかっただろう。

 

よかった。大切な音ちゃんが……本当に無事でよかった。

 

 

 

 

 

「……送るよ。」

 

 

及川はそれ以上詰め寄ることなく静かに口にした。ため息混じりの呆れた声。音羽は直ぐに及川の心情を悟った。

こういう時は"わりと怒っている時"だ。

気に食わない時、呆れてそれ以上何も言えずただただ無言でムッとしているような感じ。

 

地面に落ちた自身のカバンを肩にかけ、続けて傍らのベンチに置かれた音羽の荷物を手に取る。

 

「音羽、歩けるか?」

「支えが必要だったら遠慮なく言ってね。」

「及川ー。俺も音羽ちゃんの荷物持つよ。」

 

手を差し伸べる大きな背中たち。

大事に至らなかったのは彼らのおかげだ。

 

しかしこんな時も音羽の脳裏には1人の人物の姿が浮かぶ。

 

 

「……あの。……徹、一君、松川君、花巻君……」

 

「……」

「なんだ?」

「なーに?」

「ん?」

 

立ち止まる5人。

音羽は松川に支えられながら微かに俯いていた。

 

そしてゆっくりと顔を持ち上げ、4人に目を向ける。

 

 

「さっきのこと。

"飛雄には絶対言わないで"……」

 

 

 

 

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日は暮れ、徐々に夜が訪れる。

星のない薄明るい夜だった。

 

 

 

 

 

 

"影山"の表札。

5人の姿は音羽の自宅に。

 

 

「――あら?みんな揃って……って、音羽!?」

 

出迎えてくれたのは母親だった。

そして娘の様子がなんとなくおかしい事に気づくと慌てた様子で近づく。さすが母親だ。

 

 

「お母さん……ごめん、遅くなって。」

 

申し訳なさそうに頭を下げる音羽。

するとそんな重い空気を遮るように及川達が明るい声を放つ。

 

 

「音ちゃんママこんばんは!」

「「「こんばんは。」」」

 

見慣れた友人たちの姿にホッと胸を撫で下ろす音羽の母親。そして及川から荷物を受け取ると何度もお礼を口にしていた。

 

 

「遅いから心配してたんだけど……まさか及川君達と一緒にいたなんて。」

「すみません。連絡入れたら良かったんですけど。音ちゃん"転んじゃった"みたいで。たまたま青城の近くの公園に居るって僕に連絡くれたんです。」

「そうだったのね?娘がご迷惑をおかけしました。皆ありがとう。」

 

本来であれば音羽が危険な目にあったことを言うべきなのだろう。しかしそれを望んでいない音羽。及川はあえて大事にしないようにとそれを隠す。

本当に何かあれば音羽から口にするだろう。自分たちは高校三年生だ。善し悪しを自分で理解して必要であれば自分で選択して伝えればいい。その権利は音羽にあると及川は考えていた。

 

 

 

 

「ところで……飛雄"君"は?」

「飛雄ならまだ帰って来れないって連絡があったの。今週大事な試合があるみたいでここ最近ずっと帰りが遅いのよね。」

「そうですか。」

 

及川はにこやかな表情を崩さないまま飛雄について問いかけた。まだ帰っていない、どうやら会うことはできないらしい。

直接会って話したいことがあるのに、と。

そんなことを密かに考えている及川の横顔を岩泉はハッキリと見ていた。

 

 

 

 

 

「――あ!みんなご飯食べていく?」

 

母親はせっかくだからと両手を叩き提案する。

音羽のためにここまでわざわざ来てくれたのだ。親としては何か礼をしたいのだろう。

 

 

「え!いいんですか?お邪魔しま」

「俺たちさっきラーメン食ってきたんで!大丈夫です!」

「お言葉に甘えたいところですがまた今度。」

「今日は音羽ちゃんを送る目的だけなので。」

 

乗り気の及川にスマートにかわす3人。

 

「えー!!せっかくなら音ちゃんママのご飯食べて……」

「おいクソ川。」

「じょ!冗談だって!怒んないでよ岩ちゃん!……また今度お邪魔させてくださーい!」

 

岩泉は容赦なく及川の首根っこを掴み強く引っ張る。

見慣れた光景に母親は可笑しそうにしていた。

 

「…………」

 

その傍らで再び音羽は頭を下げる。

4人は音羽の姿を前に騒ぎ立てる声を打ち消した。

 

 

「みんな、ありがとう。」

 

大切な友人たち。

及川と岩泉は幼なじみのような関係で馴染みがあるが松川と花巻は高校からの友人だ。

しかしこんなにも助けてくれている。4人の優しさに、心強さに感謝の気持ちが溢れ出る。

 

 

「ん。じゃーね。」

「おー!またな音羽。」

「脚、お大事に。」

「ハンカチはまた今度返してくれたらいいから!」

 

4人は会釈するとその場から立ち去っていく。

音羽は姿が見えなくなるまでその背中を追い続けたのだった。

 

 

 

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「…………」

 

岩泉達を置いていくように足早に先を歩く及川。

3人はその背中から及川の気持ちを読み取っていた。

 

 

「……クソ川。」

「ま、分からんでもないな。」

「音羽ちゃんはいつ何時でも弟中心だからな。」

 

わかっている事だ。

及川の気持ちも音羽の気持ちも。

しかしそれ以上に及川は胸の中を曇らせていた。

 

 

弟中心、ブラコン、

何があっても弟を守る音羽の姿勢や態度。

 

別に自分が苛立つことは無いはずなのに。

 

理解できないと言わんばかりに及川は眉を顰める。

 

 

 

「……おいクソ川。お前がイライラしても意味ねーだろーが。」

「…………」

 

岩泉は背後から及川の肩を掴む。その場に立ち止まる4人。

 

 

「音羽がもともとあーいう性格なのは分かってんだろ。」

「…………」

「おい!無視す――」

 

 

 

 

「ッチワッス!!」

 

 

刹那、向かいから一人の少年の声が響き渡った。

相手の姿を見た時、及川は形容し難い複雑な表情で少年を見据えた。

 

 

「…………」

「お、おう!影山!」

「久しぶりー。」

「今帰り?遅くまで練習してんだな。」

 

 

影山飛雄。制服の学ラン姿で深々と頭を下げる。

 

そして及川を除く3人は同じことを考えていた。

まさかこのタイミングで現れるなんて、と。

 

 

「及川さんに岩泉さん、松川さんも花巻さんも……なんでこんな所に?」

 

自宅近く。この4人は全くもって縁もゆかりも無い場所だ。あるとするならば姉である音羽と関係があるか。

 

 

 

「……音ちゃんを送ったんだよ。」

「え?姉ちゃん?」

「…………」

「送ったって……まさか姉ちゃんに何かあったんスか?」

 

何となく不穏な空気を感じた飛雄。

何かあったのではないかと心配そうに表情を曇らせると及川は一歩踏み出し、真っ直ぐと飛雄を見つめた。

 

 

「……音ちゃん。知らない"おと"」

 

知らない男たちに誘拐されそうになった――

そう口にしようとしたが岩泉が封じるように及川の腕を引き苦笑いを浮かべながら飛雄に向けて言葉を放つ。

 

 

 

「音羽、"転んだんだ"。」

 

岩泉の咄嗟のカバーに安堵する松川と花巻。

しかし及川は不服そうだった。

 

「え?姉ちゃんが!?」

「ああ。でも大丈夫だった。たまたま俺らが通りかかったからな。」

 

「ちょっとコケ方が良くなかったみたいで。膝とか擦りむいてたけど大した怪我はしてないよ。」

「そうそう!」

 

松川と花巻も続けてフォローに入る。

更に及川の機嫌は悪くなるばかりだった。

 

 

「そう…ですか。」

 

飛雄はふと及川へと視線を向ける。

その眼光は鋭く、明らかになにか重い感情を自分にぶつけられていると分かっていたがあえて飛雄自身もそれ以上口にはしなかった。

 

 

「姉がお世話になりました!心配なので早く帰ります!」

「おーよ!またなー。」

 

再び深々と頭を下げると直ぐにその場から走り去る飛雄。

及川は両手拳を強く握り、その背中を悔しそうに見送った。

 

 

「ちょ!なんで邪魔すんのさ!岩ちゃん!」

「音羽が言うなって言ったんだ。そこはお前も汲んでやれよ。」

「……ッ……」

 

ムッと頬を膨らませ飛雄とは逆側の道を歩き進める及川。呆れた様子で3人はそれを追いかける。

 

 

 

「……ほんっとに……ムカつく姉弟(きょうだい)……」

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「お母さん、本当にごめん。」

「別にいいのよ。膝以外怪我はしてないのよね?」

「うん。大丈夫。松川君が絆創膏貼ってくれて……あ!花巻君がハンカチ貸してくれて……」

 

自宅のソファで脚の具合を母親に見て貰っている中、ドタドタと忙しない足音が玄関から聞こえてきた。

 

 

「姉ちゃん!!」

 

勢いよくリビングの扉が開くと息を切らした飛雄が姿を現す。顔を赤く染め、休む間もなく走って帰ってきたのが伝わってきた。

 

「あ!おかえり飛雄。」

「転んだって!及川さん達とさっきすれ違って…」

「大したことないよ。義足やっちゃったけど…」

 

義足のパーツを見せつける音羽。

案外ケロッとしていた姉の姿にホッと胸を撫で下ろすとなんとも言えない心配そうな表情を浮かべる。

 

 

「なーに?飛雄がそんな顔する必要ないでしょ?」

「……うん。」

 

向かい合う2人。

するとその時、リビングに置かれた電話機が鳴り響くと"ちょっと出てくるわね"と母親はその場を離れる。

 

 

「今日は練習どうだった?あと3日後に試合迫ってるけど日向くんとは仲良くやれてる?」

「……んまあ、それなりに。」

「それなりぃー?」

「下手くそに合わせるのが大変で疲れた!」

「またそうやって!上から目線でものを言わない!烏野のセッターやりたいんでしょ?そんなんじゃ大地は認め――」

 

 

 

 

 

 

 

「……音羽。」

 

 

姉弟の言い合いに突如割り込む母親。

電話機の受話器を手にしたままじっとこちらに視線を向けられていた。

 

 

「ん?何?お母さん。」

「母さん?」

 

些か呆気にとられる母の表情。

そこには期待と希望、微かに喜びをも感じる。

 

 

 

「"雲雀田さんから電話よ。"」

 

 

その人物の名を耳にした時、音羽は大きく目を見開き直ぐにソファから立ち上がった――

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

――翌日 夕方

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「――しっかりボールを追え!ド下手くそ!!」

「うっ!!」

 

学校の校庭の端のスペースでボールを打ち合う飛雄と日向。段々と日が暮れ辺りは暗くなり始めていた頃。

 

 

「ほら!いくぞ!」

「おう!!」

 

2人は毎日練習を続けていた。

まだ試合に勝てるような技術を、息のあったプレイができているとは見えないが進歩はしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ!」

「…………」

 

 

日向が飛雄からのボールを打ち上げようとした時、それは頭上で何者かの手によって阻止された。

小柄な日向の遥か上に差し出された大きな手。その手は容易にボールを奪う。

 

 

「…"うわー、本当に外でやってる"。」

 

ボールを奪った青年の声は人を小馬鹿にするような低音。

 

飛雄ははっきりとその人物の姿を捉えると鋭い目つきで睨みつけた。

 

 

「君らが初日から問題起こしたっていう1年?」

「ゲッ!Tシャツ?寒っ!」

 

月色のくせっ毛とパッツン前髪とショートヘア、黒縁メガネ、やたらと身長が高い青年。そして隣で笑みを浮かべるのはそばかすと三白眼が特徴の青年。

2人は同じ烏野の学ランを纏っていた。

 

 

「うっ、でっ……デカっ!」

 

日向も思わず声を上げてしまうほどに身長も高くガタイも良い。得意げに意地悪そうに見下ろすその青年に日向はムッと頬を膨らませた。

 

「返せよ!」

「小学生は帰宅の時間じゃないの?」

「ううう……誰なんだお前ら!」

 

皮肉めいた台詞に余計に怒りを見せる日向。

しかしその反面、飛雄は落ち着いた様子で2人に声をかける。

 

 

「入部予定の他の1年か?」

 

"初日から問題を起こした"というワードを知っているということはバレー部の関係者に違いない。

 

「……お前、身長は?」

 

飛雄は日向をよそに高身長の男に問いかける。

体格もよく身長がとにかく高い。飛雄も圧倒されるような出で立ちだった。

 

「"ツッキー"は188センチあるんだぜ?もうすぐ190だ。」

「……なんでお前が自慢すんの?"山口"」

「あ、ごめんツッキー。」

 

飛雄の問に応えたのはツッキーこと月島の隣に立つ山口。どうやら2人はそれなりの仲らしい。

会話から2人の関係性を容易に理解できた。

 

 

そして沈黙の後、月島は飛雄をじっと見据える。

日向も山口もそっちのけで月島の瞳には飛雄しか映っていない様子だった。

 

 

「あんたは北川第一の影山だろ?そんなエリート、なんで烏野にいんのさ。」

「あ?」

 

喧嘩腰の台詞に飛雄は思わず苛立ちの声を上げる。

その様子を面白がるように月島はさらに畳み掛ける。

 

 

「君でショ?"お姉さん事故に巻き込んだの"」

「……は?」

「"王様。"」

 

飛雄の顔色が一気に青ざめる。

姉というワードと王様というワード。

傍らの日向はなんの事だ?というような様子だ。

 

 

「……お前、何言っ」

「噂だよ。ただの噂。……中総体の決勝の日の大事故。被害にあったのは当時高校一年の女子高生。拡散された画像に映ってたのは"名門 才華女子"の制服。救急車に運び込まれてた時、担架が血で真っ赤で……」

 

 

 

「うるせえぇ!!」

 

 

飛雄は反射的に声を荒あげる。

 

 

 

「こっわ。さすが王様。」

「ッ……」

「王様に脚を奪われた哀れな女神様。」

 

畳み掛ける月島の前に日向が立ち塞がる。

 

「おい!なんかよくわかんねえけど…それ以上影山のこと言うなよ!」

「あ?まだいたの?小さくて見えなかった。」

「ムキーーーーー!!!!」

 

何を言っても折れない月島。

むしろ余計に腹立たしさは強まっていく。

 

 

「土曜日、試合の相手は俺たちなんだけど――手抜いてあげようか?」

 

月島は一歩、また一歩、

2人へと詰め寄っていく。

 

 

 

「ね?王さ―――」

 

 

 

 

 

「"手なんて抜かなくていいよ?"」

 

「「!?」」

 

 

月島と山口の背後から飛び込む女の声。

それはクスクスと面白がるような、艶やかな声だった。

 

その声に飛雄と日向はハッキリと聞き覚えがある。

 

 

「っ!((誰……っ))」

「((さっきまで何も気配がしなかったのに……))」

 

月島と山口は驚いた様子で背後へと振り向く。

 

 

 

 

「寧ろぶっ潰すぐらいの勢いでやらないと?試合でしょ?」

 

 

月島に負けず劣らず次から次へと毒を吐きそうな唇。そして才華女子の制服を纏う"影山音羽"の姿。

 

 

 

「なっ、……ね、姉貴!」

「ごめんね?びっくりさせちゃった?」

「ていうか何でいるんだよ!」

「メール送ったんだけどやっぱり見てないよね?」

 

音羽は呆れた様子で鞄から携帯を取り出す。

 

「今日、お母さんに車で学校に送って貰ったんだけど家の鍵持って出るの忘れちゃったって。……ほら、お父さんもお母さんも今日帰り遅いって昨日言ってたでしょ?」

 

"だから唯一家の鍵を持ってる弟に頼ろうと思ったの"と付け加えると音羽は人の良さそうな笑みを浮かべた。

 

「影山の姉ちゃん!チワッス!!」

「飛雄の相手してくれてありがとうね?日向君。」

 

「おい!相手してやってんのは俺だからな!」

「何言ってんの?負けたらセッターできないのに。」

「んぐっっ……」

 

 

「「……」」

 

和やかな空間に一変する場。

月島と山口はポツンと立ち尽くしたまま音羽へ視線を向ける。

 

 

「ねえツッキー……あの人って…」

「…影山音羽……さん。……デショ。」

 

宮城でバレーをしている学生ならば誰しもが知っているだろう。高校女子バレーナンバーワンセッター。女神の異名を持つプレイヤー。

 

突然現れたその存在に2人は緊張していた。

そして同時に恐怖さえも感じる。

 

 

 

 

 

「あ、君たちも驚かせてごめんね?」

 

「いえ、別に驚いてはない、です。……多分。」

「……山口。」

 

読めない笑顔。

何を考えているか分からない音羽の様子。

 

すると音羽はニッと口角を上げると月島へと向き直る。背丈は遥かに高いが謎に音羽から威圧感を感じた。思わず月島は一歩後退する。

 

「うちの可愛い"王子様"。あんまり舐めてたら痛い目見るよ〜?」

 

「……っ……」

 

 

人の心を冷え冷えとさせる嘲笑。

笑っているのに、声色も明るいのに、心の奥底を抉り出されるような違和感。

 

耐えられず顔を背けたその時、校舎の方から複数の人影が月島の瞳に映ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「なっ!なななななっ!!音羽さん!?」

「あれ?音羽?」

「田中くん、大地、お疲れ様。」

 

部活を終え、制服に着替えた烏野男子バレー部員の姿。

 

「音羽ちゃん、久しぶりだね!」

「こんばんは!」

「孝支君も縁下君も久しぶり!」

 

他にも木下や成田達も現れワイワイと声を上げる部員たち。その光景に飛雄を含めた新1年達は静かにその様子を伺うのだった。

 

 

「脚の調子はどう?何かあまりにも普通すぎて違和感ないけど?」

「ふふ。よく言われる。随分馴染んできて調子いいんだ。」

「よかったー!」

 

「音羽さん……まじ眩しいっす!でも俺には潔子さんが……」

「相変わらずだね?田中君」

 

それぞれが久しぶりの再会に喜びを見せる。

しかし他のコアメンバーの姿が無いと気づいた音羽はふと大地の耳元で問いかけた。

 

「……ねえ、東峰君と西谷君は?」

「あー…まあ色々あってだな。」

「……色々……」

 

それ以上聞かないでおこう。音羽は聞きたい気持ちを押さえつつ再び皆との会話に戻る。

 

 

 

 

 

 

「……影山の姉ちゃん。先輩たちと知り合い?」

「ああ。俺は関わりは無いけど主将の澤村さんとは昔から同じクラブチームに居たんだ。」

 

だからあんなにも仲がいいのかと日向は納得した。

音羽と澤村だけ若干他の先輩たちより距離感が近い、そんな気がしたのだ。

 

「女神とか……なんかよく分かんないけど……有名人?」

「この場で姉ちゃんの事知らねぇの、多分お前だけだぞ。」

「え!?マジで!?」

「お前"月刊バリボー"とか読まねえのかよ。」

「……あんまり……」

 

後頭部に手を添え誤魔化すように笑う日向。

するとその様子に呆れた表情を浮かべた月島が口を開く。

 

 

「影山音羽。全日本のユースに選抜され"てた"選手だよ。」

「え!?全日本って……」

「女子バレー日本代表選手の卵。……ていうかそんなことも知らないの?」

「ジャパン!?!?」

 

"影山の姉ちゃんはそんなすごい人だったのか"と言わんばかりに驚愕を受ける。しかし日向はふと音羽の足元に目を向けた。

 

この前初めて会った時。スカートではなくパンツを履いていて気づかなかったが左脚が普通じゃなかった。

義足というものだろう。そんなことを考えていた時、先程の月島の言葉に行き着く。

 

事故

脚を奪われた女神様

 

「…………」

 

隣の飛雄へと視線を向ける。

なんとなく全ての会話や様子が点と点――線で繋がる。

 

 

姉と弟の間に何かがある。

そしてそれは安易に聞けない。

日向は微かに唇を噛み締めると再び隣の飛雄をじっと見上げた。

 

 

 

 

「影山!!」

「っ……!お前な!急にでかい声出す…」

「絶対!土曜日勝つぞ!」

「んな事言われなくても分かってる!ていうか俺がいる限り勝てる!」

 

 

 

「ま、手加減しなくていいって君のお姉さんに言われたし、本気で潰しにかかってあげるね?」

「頑張ろうね!ツッキー!」

 

 

「潰せるもんなら潰してみろ!ボケェ!」

「捻り潰してあげるよ。」

 

 

「ちょ!影山!落ち着けって!」

「ツッキー!俺達も練習頑張ろうね!」

 

 

新生1年。

傍らで揉め合う姿に烏野のメンバー達と音羽はくすくすと笑い合う。

 

 

 

「……やっぱり姉弟(きょうだい)だな。」

「血は争えないね〜」

 

「ちょっと?大地も孝支君もどういう意味?」

 

負けず嫌い、どこか強気の姿はやはり姉弟だ。

音羽こそ落ち着いているものの根本は変わらない。

 

 

 

 

「((ま、私たちは血の繋がった姉弟だからね。))」

 

 

 

 

 

 

 

「((――何があっても私は飛雄の味方だよ。))」

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

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