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2012年11月初旬――
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空が晴れ上がって、外は嘘のような秋日和。
11月に入ってから急に空気が寒くなった。
校庭の木陰に置かれたベンチ。
辺りには人っ子一人も居らず、むしろ校庭にも人の姿はなかった。
しかし"彼"にとっては好都合。寒くなってくるこの季節の変わり目、あらゆるウイルスや感染症……人だらけの校内で昼休みを過ごすより、1人で外にいる方が心地よい。
「…………」
枯葉が生い茂った木々の隙間から空を見上げる。
静かな一人の時間を嗜んでいたその時―――
「……"聖臣"ーー!」
校舎の方から青年が走り向かっていた。
慣れ親しんだ様子で名前を呼ぶ彼は"従兄弟"でもある同級生。
「"元也"ウルサイ……砂埃……」
「はぁ……はぁ……ッ……」
「おい。砂埃――」
「"音羽さん!戻ってくるかもって!!!"」
砂埃を気にしていたその時、古森の発言を耳に入れた瞬間に佐久早の目付きが一瞬で変化した。
"音羽さん、戻ってくるかも"
そのワード達に佐久早は喩えられない興奮に近い何かをふつふつと沸き上がらせる。
「……は?」
「だーかーら!影山音羽さん!」
「……」
「もしかして忘れ…」
「違う。忘れるわけねえだろ。」
忘れるわけが無い。
彼女はひとつ上の先輩でもあり尊敬する人物の一人だった。
「噂って、どこから流れたんだ?」
「"宮侑"情報」
「…………」
「信憑性あるでしょ?」
古森はニヤッと口元に笑みを浮かばせ佐久早の隣へと腰を下ろした。そして彼は携帯画面を佐久早へと見せつけるように目の前へと翳すとそこには宮侑からのメール受信画面。
「((……音羽。))」
どくどくと脈打つ心臓。
底知れない何かが心臓を鷲掴んでいる。
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2010年 11月――
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「ここが――"味の素ナショナルトレーニングセンター"!」
「…………」
"空が晴れ上がって、外は嘘のような秋日和"
大きな施設を見上げるふたりの青年。
「ついに来たよ!聖臣!」
「……ウルサイ」
「ワクワクするなー!」
「…………ハァ……」
井闥山学院 一年
古森元也
佐久早聖臣
"ITACHIYAMA"と背に記された黄色のジャージ。
キラキラと期待に胸を膨らませる古森と反し、猫背気味でマスクを身につけた佐久早。
"未来のバレー界を担う可能性を秘めたプレイヤー"という期待値を込められ、今回から初めて招集されたのであった。
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練習場で今回の参加者の軽い交流会の後、それぞれが荷物を手にして合宿所へと向かう。
「なあ!月バリで見たことあるやつめっちゃいたよな!?」
「…………」
「とくに東北の2人組!牛島若利と影山音羽!未来の日本男バレと女バレを引っ張るって言われてる2人!」
「…………」
興奮冷めやらぬ古森を横に無言で歩き続ける佐久早。それでも古森は止めることなく喋り続ける。これが通常なのだ。
「……えーっと、部屋番号……」
しばらくすると合宿所の受付へとたどり着く。
壁に掲示された部屋リストを見上げ、自分たちが数日間過ごす部屋番号とルームメイトを確認した。
「俺は206……って!!牛島さんと同じ部屋!」
古森はより一層目を輝かせた。
そしてその反面、従兄弟でもあり同じチームメイトでもある佐久早は更に不満げに眉を顰めた。
「……マジかよ。部屋、別……」
「まあまあ!大丈夫でしょ?」
「…………」
潔癖症かつ非常に神経質。
慣れない環境下、そして慣れない人間関係。
全く知らない相手と同室というのは佐久早にとって大きなハプニングだった。
「で、同じ部屋の人は……
稲荷崎高校1年の宮侑くんだって!」
「…………」
「確か中学の頃から選抜されてる関西地区の人だよね?今回の春高にも名前あったし!」
佐久早も彼のことは知っていた。
面識は無いが男バレ界で彼は有名だった。
セッターとして早くに力を見出され、ユース合宿にも中3から招集された事も。
そんな人物と同じ部屋で、同じ練習場で高め合うことが出来る。そんな最高なことは無いだろう。
最高なこと―――
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「どーもどーもハジメマシテー。」
呑気で剽軽な関西弁。差し出される彼の手。
「稲荷崎高校1年宮侑いいます〜。お見知り置きを〜。」
耳に触る嫌な声だ。苦手だ。
軽々しく見える金髪も苦手だ。
「……チッ」
「はぁ!?今舌打ちしよった!?初対面やろ!?」
「……井闥山学院1年。佐久早聖臣。」
「舌打ちに関してガン無視かい!ええ度胸や!!」
8畳の部屋の真ん中に立つふたり。
手を差し出したままの侑と興味無いと言わんばかりに視線を逸らす佐久早。
全くの正反対の性格のふたり。取っ付きにくさのある佐久早を前に侑は一切引かなかった。
「しばらく合宿で同室なんやし仲良くしよなー?ひとまず握手握手♪」
「触るな。」
「ええやん握手くらい!」
「それと絶対俺のベッドに近づくな。俺のものに触るな。」
「なんっっっやねん!!普通に会話出来んのんかい!!」
第一印象は互いに最悪。
侑はムッと悔しそうに手を引っ込めるも"絶対に最終日までには握手してやる"と心に決めて彼と接する事に。
対して佐久早は避けるように過ごす。
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「ナイスキー!」
「レフトー!!!」
「っ!!」
「古森!ナイスレシーブ!!」
初日から早速練習が行われた。
今回から初参加する者もいれば侑や牛島のように何度も参加しているモノもいる。
熱量の高いチームメンバーが揃う舞台。こんなに素晴らしい練習ができるなんて……どれだけ幸せなことだろうか。
「……っ……く!」
佐久早は必死にスパイクを入れる。
しかし相手に取られるたびに苦しそうに唇をかみ締めた。
「ちょお、気張りすぎやて。」
「……っ……」
「も1回!ええとこに上げたるから!落ち着いて打ち込みや!!」
侑はいい所に上げてくれていた。
しかし何故か決まらない。焦りなのか……分からない。
「((……早く終われ))」
汗が額を滑りコートに落ちる。
必死に食らいついているがいつも通りの力がなかなか発揮できていない。
「っ!!」
「……くっ!」
その時、相手側コートから強烈な攻撃。
牛島の強烈スパイク。ブロックに入った佐久早の手に弾くように凄まじいパワーで打ち付けられ、そのまま止めることが出来ず点が入ってしまった。
牛島率いるBチームとの点差は5点も開く。
得点板の点数を見る度に悔しくてたまらなかった。
「牛島くん。相変わらず絶好調ですね。」
「うんうん。フォームにブレもない。チームの動きもよく見れているね。」
それを傍らで見守るのはコーチ群。
全日本ユース担当の雲雀田吹、火焼呼太郎は楽しむようにその光景を目にしていた。
「今回初参加の井闥山の2人は――」
雲雀田の視線の先に映る2人。
リベロの古森元也。
そしてスパイカーの佐久早聖臣。
「古森くんはスパイカーの邪魔をしないリベロ。打ち上げた後の動きが素晴らしいですね。」
「……佐久早くんは……まだ緊張している様子だね。」
監督たちの視線は佐久早へ。
なかなか力が発揮できないともがくような姿。
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「……アイツさ、マジで何考えてるか分かんねえ。」
「あー。井闥山の一年?リベロじゃない方?」
「ウシワカに続く有望スパイカーだろ?」
初日練習後。コートにモップをかけながら語らうメンバー達。
「練習以外はマスクして表情見えねえし。目つき悪いし。……」
「"あんなん"じゃチームとして動けねえし。雲雀田監督も気づくだろ?今回の合宿で見納めかな?」
初日と言えど全く交流しようという気配さえしない佐久早の言動。彼を知らない者たちは"彼は変わっている"と一刀した。クールとか、そういう問題では無い。人を寄せつけないというような"孤独"、"一匹狼"というような印象だった。練習以外では常にマスクをつけている事もあり表情も見えない。関わりを遮断するような立ち振る舞いにチームメイトたちは怪訝そうに彼を見ていたのだった。
コート内を清掃する集団の中、備品整理を行う女子チームの中に陽気な金髪の青年が紛れ込む。
「ちょっと宮くん。君は向こうでしょ?」
「これ以上音羽ちゃん困らさないでよねー?」
女子チーム全員に鬱陶しいと言わんばかりの態度を取られる侑。しかし彼が引く訳がなかった。
「別に今は練習ちゃうし!自由時間やし!俺は俺でやる事終わらしたし!」
いつも通りの返しに呆れ返る一同。
そんな可愛らしい言動は女子チームに笑いを起こさせる。いつもいつも、音羽に引っ付いて回る彼の存在はむしろ癒しの存在になっていた。
「お姉ちゃん♡今日も一緒に夜練しよな?」
「ごめん侑。今日は女子チームで夜な夜なババ抜きするって決めてるんだ。」
「え!?は!?なんでなん!?ここに来てババ抜きて!遊びに来てんとちゃうやろ!」
「分かってないなー侑は。」
"ねー?皆?"
なんて音羽が仲間たちに問いかけると侑に向けてブーイングが沸き起こる。
あらかた整理された後、音羽は備品が入った箱を片手に歩き出す。そしてそれに当たり前のように引っ付く侑。
そして音羽の視線はある方向へ。
1人で体育館の端に立つ佐久早へと向けられた。
「……ねえ侑。あの子って今回から参加してる井闥山の?」
「おん。」
「若利くんに続くスパイカーのひとりだったよね?月バリで見た。……確か"関東のサクサ"?」
「……」
あの牛島と並ぶスパイカーになろうしている存在。
1年にして異名を持つ存在だ。
音羽は不意に横目で侑を見上げた。
その表情は無に近く、明らかになにかの感情を含んでいる様子だ。
「ん?侑?」
「……いや、アイツと今回同室なんやけど……めっちゃ変わってん。変なやつ。」
「それは侑もでしょ?」
「ちゃう!一緒にせんといてや!」
"それ貸しーや!"と音羽から強引に箱を奪うとそそくさと歩き始める。音羽は侑の背を追いかける中、再び佐久早へと一瞬だが視線を向けたのだった。
「((サクサキヨオミ……君。))」
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――翌日
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今日も体育館に響くボールのはじける音、チームメイトたちの声。全員が切磋琢磨し合っていた。
コーチ群の指導の元、繰り広げられる模擬試合。
その最中に体育館に現れたのは音羽だった。
「雲雀田監督。」
「……ん!音羽さん。」
音羽は一礼するとビブスの入った透明のケースを手渡した。
「言われていたビブスです。」
「ありがとう。助かったよ。」
女子チームで使用していたビブス。
他の競技の合宿が被ったことやクリーニングに出されているやらで珍しくビブスが不足しているらしい。
「そっちは今から筋力トレーニングだったかな?」
「はい。」
音羽たちはこれから室内のトレーニングルームで筋力トレーニングだった。今後の日本のスポーツを支えていく若い世代。至れり尽くせりの設備には感謝しかない。
その分、しっかりと実力を上げ結果を出す。音羽はやる気に満ち溢れていた。
ビブスの入ったケースを手渡し直ぐに立ち去ろうとした時。
ふと音羽の視覚と聴覚に衝撃が走る。
牛島の強烈なスパイクだった。
「…………若利くん。すごいですね。」
「ああ。毎日あの調子だよ。」
昔、あのスパイクを顔面で受けたなんて(もちろん今より威力はマシだろうが)考えるだけで恐ろしい。
ボールが床を跳ねる衝撃音と共に男子のユースメンバー達も心做しか驚き混じりの声を上げる。
"すげー"
"あんなの取れる方がヤバい"
"牛島さんカッケーー!"
"ホンマにコワイわー……"
そんな声が飛び交う中、ひとり静かにコート上で汗を流す青年に自然と視線が向けられた。
「井闥山……佐久早君。」
背丈は牛島と同じくらいだろう。
体の線が細い分やけに長身に見えてしまう。
「今回初招集のね。って言わなくても知っているだろう?」
「はい。参加メンバーリストはいつも見てますし。」
初招集をかけられたメンバーはいつもチェックしていた。もちろん男女関係なく。一体どんな"すごい人"が入ってきたのだろうかと、音羽はいつもメンバーを見ていた。
「……佐久早君。手首すごい柔らかい。」
「ははっ!さすが見るところが違うね。」
「パワーっていうよりテクニック?あの手首の柔軟さがあれば色んな打ち分けができそうですね。」
目の前で繰り広げられる男子チームの試合。
なんとか食らいつく佐久早の姿、その中で輝く才能。彼は異様に手首が柔らかいのだ。まるで鞭のようにしなるその柔軟さに音羽は息を呑む。
「テクニックも頭脳も申し分ない。……だが、決定的に欠けているところがあってね。」
「…………」
「その顔だと、何か知ってるのかな?」
「……彼のルームメイトからリークがありまして。」
「宮くんだね?さすが音羽さんの弟分だよ。」
「できた弟分ですよね。本当に。」
侑だ。
侑以外にいるわけが無い。
「あと4日。もしよかったら少し彼に関わって見てほしいな。」
「…………」
「彼の力を引き出せるのは……もしかしたら君かもしれない。"宮くんの時"と同じようにね。」
"それじゃ、頼んだよ"と音羽の背中を叩きその場を離れる雲雀田。音羽は軽く会釈をしてその場から立ち去ったのだった。
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――同日 19時過ぎ
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対面側のコートに転がる無数のボール。
傍らに置かれたボールカゴにひとつもボールが残っていないことに気づく。
「((……疲れた。))」
コートの上で息を切らしながら仰向けに倒れるように転がるのは佐久早の姿。
自分以外誰もいないコート。伸び伸びと心地よく練習ができる空間だった。
「…………はぁ。」
練習場の天井をぼんやりと見つめる。
じっと照明を見ていると不思議な感覚に陥る。
"――もどかしい"
自分の今の気持ち、コンディション。喩えにくい感情が胸に詰め込まれていた。なんとなく"もどかしい"という言葉がしっくりくる。
バレーと本気で向き合ってここまでやってきた。
最初は従兄弟の古森に誘われ何となく始めた。ひたむきに真面目に様々な練習を積み重ねてきた。手を抜くことも苦手で直上トスを1000回やることも苦ではない。
バレーを本気でやる。
それが俺を形成しているひとつでもある。
……だが、もどかしい。
「"佐久早くん?"」
「っ!?」
刹那、ひょっこりと現れる少女の顔。
自分は寝転んでおり、上から見下ろされるように視界に入ってきた瞬間慌てて上半身を起こした。
「ごめんごめん。びっくりさせたね?」
人の良い笑顔。明るい声。無邪気。
それが影山音羽の第一印象。
「みんなが晩御飯食べてる間、人が少ない時間狙って個人練習してるでしょ?」
「……」
「お風呂もいつも一番乗り!」
「…………」
「ちょっと!そんな目で見ないでよ?別にストーカーとかじゃないからね?古森くんから聞いたんだ。」
ジッと怪しむような視線を向け一歩後退する佐久早。明らかな警戒に笑ってしまうほど彼の分かりやすい行動に音羽はクスクスと笑う。
「でも分かるよ。こうやって合宿にいるといつも誰かがいるし。落ち着いてボールと向き合いたい時とか――とにかく、1人になりたい時とか結構私もあるんだよね。」
音羽は転がっていたボールを手に取り静かに見つめた。ボールとただただ静かに向き合う時間。それは瞑想にも近い感覚だった。
「…………嘘だろ。」
「え?」
そんなささやかな柔い空間を裂く彼の声。
「アンタ、"コート上の女神様"だろ。」
「?」
「いっつもアンタの周りには誰かがいる。囲まれて、持て囃されて、楽しそうにしてる。」
「……"持て囃す"って……」
「俺とは正反対だ。孤独を知らない女神様ってコトだよ。」
若干嫌味にも取れる様な言葉の選択と声色。やけに落ち着きを放つ彼の声が静かに練習場に響く。
まるで音羽を知っているように。分かりいっていると言わんばかりに。しかしそれは何故か沈んでおり羨ましさえ感じるような物言いだった。
「へえ。佐久早くんにはそう見えてるんだね?」
「…は?」
「持て囃されて、いつも人に囲まれて……孤独なんて言葉とは無縁で、絵に書いたような女神様――ってそう思う?」
手元にあったボールは容易に向かい側のコートに打ち込まれた。真っ直ぐとコントロールされた音羽のサーブはすべてが美しいと――悔しいがそう思えるほどの力が備わっているのだと佐久早は息をのんだ。
「もちろんチームワークが必要な競技。一匹狼じゃやってられないし私はセッターだし。誰よりもチームを見て、チームを理解しないといけない。」
音羽の瞳が再び佐久早を射る。
「でも、それが全部"イイコト"じゃないよ。」
佐久早も吸い込まれるように音羽の瞳を見据えた。
「孤独も必要。そしてそれが孤高へと繋がる。」
「……孤高?」
「佐久早くんは凄いよ。何よりもその手首。柔軟で唯一無二。若利くんもそこまでの柔軟性は持ってない。」
「見てたのかよ。」
「そりゃもちろん。」
音羽はコートに転がったもうひとつのボールを拾うと佐久早へと投げ渡す。
咄嗟の行動に少し怯むも彼はしっかりと両手でボールを受け止めた。
「その才能をどう活かすか。それはあなた次第でしょ。」
「……」
「孤独な一匹狼のままでいいの?」
「……」
「みんな、あなたを必要としてる。」
佐久早はふと手元のボールに視線を落とした。
「そもそもユース合宿に招集されて、佐久早くんは参加するって決めたからここに居る。」
「……」
「ハナから面倒なら来てないだろうし、何かあるから、何かを求めてるからここに来た。」
音羽は一歩一歩、彼へと近づく。
自分より遥かに背丈の高い彼を見上げると再び視線が交わった。
「孤独と孤高。この違いを理解すれば……きっとあなたは自分自身や他の人との向き合い方が見えてくる。」
「……孤独……孤高……」
"孤独"と"孤高"
一見似た響きだが意味合いや背後にある感情は大きく異なる。
寂しさや繋がれない苦しみ、孤独。
他者に流されず自らの道を歩む、孤高。
大きく違う意味合いだが似て非なるもの。
この違いを理解すれば自分自身や他者との付き合い方がきっと見えてくると――
「それに…さ?」
「……?」
「佐久早くん。"まだ本気出してないよね?"。」
「……っ!!」
こちらをのぞき込む音羽の表情は悪魔的にも見えた、弄ぶような、意地の悪いような、人の心を突き動かすような、妙な雰囲気を纏う彼女の表情、言動。
桃色の唇をした口角が微かに持ち上がる。
佐久早の鼓膜にドクドクと心音が脈打つ。
「……ウザ。」
「ウザくて結構。」
「っ……」
"悔しい"
"なんとなく、彼女の言いたいことが分かってしまった"
"――悔しい!!!"
「おおおぉぉ!!お姉ちゃんおった!!」
刹那、練習場の扉が勢いよく開いたと思えば耳を塞ぎたくなるような大きな声が同時に轟いた。
「なぁああああーーーー!」
「「……」」
現れたのは宮侑。
彼の人差し指は真っ直ぐと音羽と佐久早を指し、大きな足音を立てながら2人に近づく。
「なんっっっで臣くんとおんねん!!」
「なんでってたまたま。」
「おかしいやろ!いっつもこの時間やったらお姉ちゃん練習場おらんやろ?」
「いつもはね?今日は別。」
「臣くん!お姉ちゃんと二人っきりの練習なんか聞いてへんぞ!」
「臣くんって馴れ馴れしいだろ、やめろ。それに勝手に入ってきたのはコイツだ。」
「ンなわけあるかい!そう言うて抜けがけする気やろがい!!」
侑は2人の距離感を気に入らないと言わんばかりに態度に出す。2人に近づいたと思えば間に割り込み佐久早を退けた。相変わらず佐久早の表情は無表情。それを面白くないと侑は考えると"最後の切り札"を切り出した。
「……てか臣くん。知ってんねんで?"音羽お姉ちゃんに会える思て月バリ持ってきてるんの"。」
「…………ちが」
「違わんなあ〜。素直に言うたらええやん?」
コソコソと耳打ちする侑。鬱陶しいと手で退ける佐久早。
「部屋に置いとる鞄。チャック開いとったからチラッと見てん。そしたら月バリ入っとって……」
「……」
「しかもその号が今月のやない過去分のやつ!おかしい思うやん?そしたらそれが音羽お姉ちゃんが特集組まれとる号やったんやて!」
「宮」
侑の名を呼ぶその声に圧がかかった。
ようやく感情を顕にした相手に満足したのか侑はニヤニヤと余裕の笑みを見せた。
「ご丁寧に古森くん教えてくれたで?実は音羽お姉ちゃんに憧れとるって。」
「……((元也……))」
古森の事だ。安易に侑にそれをこぼすことはない。きっと侑が上手くいいように古森と打ち解け、何かをきっかけに聞き出したのだろう。
佐久早は宮侑と同室にした担当者を心底恨んだ。
「でもなあ!俺の方がお姉ちゃんの事すっきやもん!それにお姉ちゃんの事はなんでも分かる!諦めるんやな!」
侑は音羽の肩に腕を絡め引き寄せた。
子供のようにはしゃぐ相手に音羽は呆れ顔を浮かべる。
「誕生日はもちろん!好きな食べ物嫌いな食べ物、ミカサかモルテンか……」
「「…………」」
音羽と佐久早は据わった目を互いに向けながら無言を貫く。
"この子、いつもこんな感じなの"
"……察し"
と言うような感じで目で会話をしていた。
刹那、練習場の扉が再び開く。
「……?音羽に宮、佐久早?」
凛とした低い声。
その音が飛び込んでくると音羽は打って変わって嬉しそうに笑みを零すとその人物の名を呼ぶ。
「"若利くん!"」
現れたのは練習着姿の牛島だった。
「うっわ!最悪や!!若利くんも来たやんけ!!」
「……牛島若利……」
"ラスボス"が現れた!というような様子の男2人。
侑は慌てて音羽から手を離し、佐久早は警戒するようにじっと彼を視界に映す。
音羽は牛島へと駆け寄るとボールを手渡した。
「ちょうど良かった!侑も佐久早くんも居るし!この後女子チームも練習場来る予定なんだけど皆で軽く練習しない?男女混合。」
「悪くないな。」
ボールを受け取り口元に笑みを浮かべる牛島。
2人だけしか滲み出せない雰囲気に侑はムゥと頬を膨らませる。
「っ!!ちょお待てや!俺はお姉ちゃんと練習するつもりやったんやて!」
「……参加する。」
反発する侑を他所に佐久早はボソリと呟く。
想定外の彼の発言に目を丸くする音羽と牛島、そして"ハァ?"と苛立ちさえ感じる侑の表情。
「は?なんで?臣くんはさっさと部屋にもどるやろがい……」
「あ!いたいた!聖臣ーー!」
「また人が来よった!!もうええて!」
佐久早を追い出すまもなく次に現れたのは古森。
まるでお笑いのコントのようにテンポよく茶番劇が繰り広げられ音羽は可笑しそうに笑う。
「一先ずストレッチだ。明日の練習に響かないように念入りにな。」
「わかっとりますうー。……んならお姉ちゃん!俺の背中押して……」
「うん。一緒にやろう。」
「……あのー、宮さんと音羽さんって仲良いですけど付き合ったり……」
「見える!?古森くんにはそう見えるんか!?」
「なわけないでしょ?」
「即答すなや!悲しなる!!」
「おい。ちゃんとやらないなら宮は俺と…」
「やるやる!ちゃんとやりますーー!!」
練習場にこだまする賑やかな声。
そして次々とメンバーたちが集まると更に賑やかになっていく。
日本の未来……バレー界を支えていく少年少女たち。
皆バレーが大好きなのだ。
「佐久早君」
「っ!」
音羽は複数のメンバーの中に埋もれる佐久早の手を引き、彼を見上げた。
「"一緒に!"バレーボールはもっと面白いって!証明しよう!!」
「……一緒に……」
「そう!みんなと!」
人に触れられるのは苦手だ。
しかし今は気にならなかった。
音羽に掴まれた手の体温、心臓の鼓動が早くなる。
自分とは違う太陽のような光を放つ彼女。
俺は本気で、この人となら向き合いたいと思えた瞬間だった。
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「おーい、聖臣?」
「…………」
佐久早はぼうっと自分の手のひらを見つめていた。古森の声に呼び起こされるようにハッと目を見開くと再び冷静に彼と向き合う。
「次の合宿のメンバー表。音羽さんの名前。」
「……メンバー表に?」
「うん。」
どうやら侑が目にしたメンバー表に音羽の名前があったらしい。
「先週、俺らは参加出来なかった合宿あっただろー?その時参加してた侑がその表をたまたま見たらしくて?」
「…………」
「手書きで"影山音羽"ってあったらしいんだ。」
パソコンのソフトを介して作成されたメンバー表。
ずらりと整列された名前一覧。
その端にボールペンで書かれた音羽の名前。
おそらく手書きであることから急遽決まったことなのだろう。きっと音羽と雲雀田の間でなにか大きな動きがあったのだ。
そしてそれに納得出来る出来事もあった。
春高の予選。宮城代表。
その高校は――
「連絡、返してないんでしょ?」
「…………」
「音羽さんに連絡返してないって。……結構前だけど、俺が音羽さんと連絡とったタイミングがあって……」
"臣くんは元気?"
古森とのやり取りの中、そんな言葉が返ってきた時。きっと佐久早は何も連絡をしていないのだろうと彼を知り尽くしている古森は直ぐに理解したらしい。
「"直接会って言ってやるって決めてたんだよ。"」
佐久早はぶっきらぼうにそう答えた。
その言葉に古森はニコッと満面の笑みを零した。
きっと彼女はまた戻ってくる。
バレーは楽しいと、誰よりも口にしていた彼女なら必死にもがいて、死に物狂いでも這い上がってくると佐久早は分かっていた。
"今度は俺が、アンタに羽を授ける番だ"
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