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――2012年7月21日
東京都 都内某所 リハビリ施設――
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燦々と照り付ける太陽の光。
季節は一気に巡り、気づけば夏。
青春が更に光り輝く美しい季節。
茹だるような暑さも吹き飛ばすほど、少年少女たちの日々は眩しいものだった。
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「――ありがとうございました!」
音羽が通うスポーツリハビリテーション施設のエントランスで職員たちに頭を下げるのは影山音羽。応えるように職員たちも笑みをこぼし、彼女に向けて手を振った。
いつもであれば両親、もしくはどちらかがこの場にいるはずだ。しかし見るからに今は"ひとり"。
車椅子に座り、慣れた手つきでタイヤを動かす。
――"さて、迎えはどうなるか"
音羽は車椅子を操作し、施設の外へと向かう。
「"オジョーさん"」
扉を出ると出迎えたのは―――
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――2日前の午後20時過ぎ
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施設に併設された全室個室の宿泊所。
夕食も食べ終え寛いでいたところにとある青年から着信が入った。
『"んなあ音羽お姉ちゃん。夏休みこっち来たりせんの?"』
気怠げな関西弁。
彼と電話をするのは日課―――少年こと"宮侑"といつものように近況を報告しあっていた。
「関西方面には行かないかな。というか"明日から合宿"で早速埼玉にいくんだ。東京からだから近いけどね。」
『合宿?埼玉?……ってことは他の高校のヤツらとやるん
?』
「そうそう。」
『ほーん。おもろそうやな?ちなみにどこの学校が集まるん?』
侑の問いかけに音羽"うーん"と天井を見上げ参加校を脳裏にうかべた。
「えっと……音駒、梟谷、森然、生川、烏野」
『ん?ネコマ?フクローダニ……はっ!?』
「たまたま東京来てるし。通わせてもらってる技師さんの所とかリハビリも兼ねて…」
『ちょお待てや!!どゆことやねん!』
「え?ん?どういう…」
侑が声を荒あげる理由が全く理解できない音羽。電話口から更に大きな声が盛れると音羽は反射的に耳元を離した。
『女子バレないとこやろがい!!しかもそのメンツ!確か梟谷グループとかやろ!?聞いたことあるで!』
彼の言葉を聞いた後の0.01秒。音羽は直ぐに理解した。
「あ!そういうことね!」
きっと侑が言いたいことは"男だらけの合宿に何故女が参加するのか"ということだろう。
『いやいやいや!そういうことって!意味わからん!』
「音駒高校の猫又監督が前々から誘ってくれてて。断ってたんだけど音駒の主将も梟谷の主将とも何かと繋がりがあって……参加しろ参加しろってうるさいもんで……」
『はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?』
「それに!烏野もいるから弟もいるし!お姉ちゃんとしては参加するしかないなあ〜って」
呑気に微笑む音羽とは対象的に更に声をはりあげ手を震わせる侑。自分がもし近くにいたら容赦なく止めに行っていた。関西と関東の距離をここまで悔やんだのは初めてかもしれない。
『ぜっっっっったいアカン!!男しかおらんやろ!』
「女子マネいっぱいいるよ?」
『そーいうとやない!!プレイヤーは音羽お姉ちゃんだけやろ!?どうせ一緒に練習とかになるやろ!?』
「一応その枠もあるけど。私も練習しないとヤバいし。」
『嫌や!!絶対嫌や!』
「嫌って言われても……」
"余計なことを言うんじゃなかった"と今更後悔する音羽。適当に東京の女子校の名前でもあげて誤魔化せばよかったと心底数分前の自分を恨んだ。
侑はこうなるとかなり面倒だ。多分四六時中メッセージが来るだろうし、返さなかったら追いメールが来る。そして夜は着信音が鳴り止まないだろう。
『俺は許さへんからな!』
「と言われても。」
『ぜーーったいアカン!!どさくさに紛れてお姉ちゃんに近づく輩が絶対おる!』
「ただのバレーの合宿…」
『嫌や!!ホンマに嫌やーー!!!』
『――"クソツム!!さっきからじゃかしいわ!!殺すぞ!ボケェ!!"』
刹那、電話口からもう1人の青年の声。宮治が現れる。
『邪魔すんなクソサム!!今お姉ちゃんと電話してんねん!』
『なら尚更や!貸せ!お前ばっかりずるいんじゃァ!』
『嫌や!絶対渡さん!取れるもんなら取ってみい!!』
2人が揉め合う音声がしばらく流れ続ける。
音羽は唖然と目を点にした。
「……じゃあねーふたりとも…」
音羽はそっとボタンを押すと通話を終わらせる。
多分あれは決着はつかない。最終的にツインズの母親の怒号で締めくくられるのは目に見えていた。
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――時は戻り
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エントランスで向かい合う2人。
久しぶりの再会にお互い笑みを浮かべる。
「どーも。オジョーさん。」
「久しぶり。クロ君。」
音駒の赤いジャージを纏い学生鞄を手に持つ黒尾鉄朗。相変わらず髪の毛はツンツンと跳ねており、あれが寝癖なんて……と音羽はいつも不思議だった。
「はい。車椅子押しますよ〜。膝に乗せてる重そうな鞄も渡しなさい。」
「ありがとう。本当に迎えに来てくれたんだね。」
「当たり前。その約束で合宿に参加してもらうんだから。」
「至れり尽くせり申し訳ないな〜。…あ、クロ君の鞄貸して?膝に乗せるよ?」
「ならお言葉に甘えて。俺の荷物はバスに乗っけてるし、これだけだからな。」
音羽の重量感のある大きなボストンバッグを軽々と肩にかける黒尾。そして代わりに音羽は黒尾のスクールバッグを受け取るとしっかり膝の上で守るように抱きしめた。
「音駒のみんなは?」
「そろそろ森然に向かう準備してる頃だな。時間的に音駒に着いた頃にちょうど出発。予定通り。」
「本当だったらクロ君も皆とバス移動準備中なのに…ごめんね。」
「だーかーら!謝んなっての!音羽は何も悪くないでしょーが」
"コツン"と軽く頭部に落ちる黒尾の人差し指。
思わぬ彼の攻撃にクスッと笑みを零すと黒尾もつられるように微笑んだ。
「……それに。」
「?」
最寄り駅前の信号に差し掛かったその時、赤色に変化するシグナル。横断歩道の前で止まる2人。
「"こうやって音羽サンを独り占めできるなんてなかなかないでショ?"」
車椅子のハンドルを握ったままこちらの顔を覗き込む黒尾をじっと音羽は見つめた。
普通の女の子ならこの一言に頬を赤らめているかもしれない。しかし音羽は別だ。トキメキはない。なんとなく"幼馴染"の顔が浮かぶと眉を顰め怪しむように彼を見上げる。
……既視感。
「なんか"胡散臭い"。」
「よく言われマス。」
「クロ君"も"女の子に囲まれるタイプでしょ?」
「"も"って何?音羽の近くにそういうヤツいるの?」
「………んー…」
音羽の脳裏に浮かぶ胡散臭い人物。
及川と侑。
あの顔であの表情で、さらっと女性の心をわしづかむ"セリフ"。既視感しかない。
「……うん。それっぽいのがいるからめちゃくちゃ分かる……」
「ハハッ!なんだよそれ。」
ケタケタと笑う黒尾。同時に信号が青になり横断歩道を渡っていく。
音駒高校へ向かうまでの道のり。ここから電車で20分ほどの距離だ。それまでの僅かなふたりの時間。
「((……クロ君って本当に私と同い歳?って思うくらい大人なんだよな……))」
なるべく日陰の道を歩いてくれるところ。
段差が少ないところをあえて選んでくれたり。
重い荷物を肩に抱えてるのに安定した車椅子操作をしてくれている。
言わなくても、伝えなくても
彼は人の気持ちを敏感に感じ取れる人。
聡明で沈着冷静。だけど策略家。
まだ数回しか直接会ったことは無いがその短期間でも分かるほどの人物だった。
「音羽。髪伸びた?」
「ん?……あー、そうかも。」
駅構内のエレベーターに乗り込む。
内部の鏡に写り込み、鏡越しに目が合うと黒尾は音羽の髪の毛をサラサラと撫でた。
鎖骨下辺りまで伸びた黒髪は艶を放つ。
「バレーしてる女子って短髪が多いけど才華はあんまりいないよな?」
「うん。リベロの後輩だけショートなんだけどあとはみんな髪は長いかな?お団子にしてるかポニーテールにしてるか……監督もそういうことは何も言ってこないんだよね。」
目的階へとたどり着くエレベーター。
サラサラと靡く髪の毛に音羽も指を通す。
「昔は短かったけど……私は長い方が好きなんだ。」
女子バレーの面々はショートヘアのイメージが強い。
誰も語ることはないが現実として、"髪が短い方がバレーに真剣に取り組んでいる""本気でやっている"とアピールできる……なんてイメージがついているかもしれない。
女にとって髪の毛は命――というような言葉も聞いたことがあるだろう。要するにおしゃれもせずに一心不乱バレーに打ち込む、という風習に近い。高校球児が皆んな坊主頭という例もある。
なんとなくイメージとして植え付けられている考え。
"ただそれだけなのだ"
「ま、その代わり言われるのは"学業成績"ってワケね?」
"だろ?"と黒尾は付け足すと音羽はパッと振り向き彼を見上げた。
「そうそう。ある程度学年順位のボーダーラインが決められてて。順位が一気に5位以上下がったりすると部活参加できなくなったり。赤点なんて取ったりしたらどうなることやら。」
「おっそろしいねぇ秀才が通う学校は。」
「でも勉強さえちゃんとしてれば後は基本的に自由。私にとっては楽園だよ?勉強好きだし。」
「正に文武両道ってやつネ。」
「そういうこと。」
「コワ。」
常人からしてみれば苦痛にも感じるだろう。しかし当の本人である音羽はなんともないらしい。
「……ホームあついね。」
「なんか飲むもんある?」
「うん。鞄の中に水筒あるんだ。」
そんなこんなで会話をしているとたどり着くホーム。
郊外ということや時間帯からして人は少ない。ほぼ貸切のような空間だった。
「俺も貰っていい?」
「どうぞ。」
冷たいスポーツドリンクが入った水筒を手渡す音羽。お互いに躊躇することなく同じのみ口に口をつける。黒尾はふと横目でそんな彼女を見るも"何も気にしていない"音羽に少しだけつまらなさそうにする。
「ていうか私の話ばかりじゃなくてクロ君の話もしてよ?」
「……ん、……え?俺の?」
「うん。」
水筒の飲み口から口を離し鞄へと戻す黒尾。
そして再び鞄を肩にかけ直すと車椅子の車輪のロックをかけ、彼は音羽の斜め前に立つ。
「別に何も無いですよ?」
「私だってクロ君を独り占めできてるんだから。今しか話せないこととか、何かない?」
「((……音羽は天然なのか…言葉選びが上手いんだか。))」
意図して言葉を発す黒尾とは違い無意識にそれらしい言葉を簡単に口にする音羽。
ニコニコと笑う姿も、端麗な容姿も……男ならコロッと好きになってしまうだろう。
きっと彼女に翻弄された男はわんさかいる。そんな姉を持つ弟の気持ちも何となくわかる気がした。
「例えば……ほら!好きな子いるとか!恋バナ恋バナ!」
「恋バナぁああ!?」
「え?そんなに驚く?」
「……なんつーかこのタイミングで?」
「このタイミングとは?」
「…いや、何も気にしなくていいデス。」
「?」
本当に天然だ。
多分この場にいるのが黒尾ではなく"山本猛虎"だとしたら……顔を真っ赤にして発狂しているだろう。
「……いませんけど。」
「えー、意外。」
「そんな音羽は好きなやつとかいんの?」
「いない。」
「即答」
「ふふっ。ていうかそうやってまた私の話に戻すつもり?」
また自分の話にシフトするのはごめんだ。
黒尾の事も知りたいと、音羽は興味津々だった。
「……」
黒尾は視線を音羽から逸らすと反対側のホームへと視線を向けた。そしてどこか"心ここに在らず"というような形容し難い表情を浮かべた。
生暖かい夏の空気がふたりの間を通り抜けていく。風が黒尾の癖のある黒髪を揺らした時、ゆっくりと彼は口を開いた。
「……この前さ」
「うん」
彼の視線は再び音羽へ。
「"久しぶりに姉貴に会ったんだ。"」
深く隠された感情が時々きらきらとひらめくような目をしていた。
「お姉さんはいくつ上なの?」
「2つ上。」
「へえ。ということは私と飛雄と同じだね?それに初めて知った。」
「あんまり話しませんからね。身内のことは。」
黒尾の家族について。音羽は一切触れてきたことは無かった。きょうだいがいるのか、一人っ子なのか、あまりそんなことも考えたことはない。
しかし何となく察した。彼の声色や表情でなんとなく悟った。
"身内のことはあまり話さない"
その言葉に含まれた感情は深いものだと理解した。
「クロ君のお姉さんかー……何となく想像できるかも。」
「例えば?」
「知的で聡明。絶対美人さん。」
「当たってる。…他は?」
「うーん……」
音羽は腕を組み考える仕草を見せた。
なんとなく脳裏に黒尾の姉を創り上げていく。
「――"弟の事を溺愛してる。"」
「…………」
「どう?当たり?」
得意げに音羽はそう答えた。
対して黒尾は表情を変えることなくじっと音羽を見つめたままだ。
「世間一般的には分からないけど……弟って可愛くてたまらないんだよね。」
「……」
「私も飛雄の事大好きだし。どんなに憎まれ口叩かれても嫌なことされたとしても一生嫌いになれない自信があるなあ。」
黒尾の脳裏に笑みを浮かべる姉の姿が浮かんだ。何となくそれを音羽に照らし合わせると妙に胸が高鳴った。知的で優しく微笑むような、たまにふざけて小馬鹿にしてくる姉の姿も……愛してやまない姉の姿が重なってしまう。
「姉貴とは"
「……うん…」
「一緒に過ごした時間は短かったけど……これで良かったって―――」
黒尾が言葉を終えるとホームにアナウンスが流れた。それはふたりの間を遮るように大きな音で流れるとまるで現実に引き戻されるような妙な感覚に陥った。
「…クロく」
「お!やっと来ましたねー?」
間を割くように現れる車両。
車椅子対応の扉が開くと黒尾は慣れた手つきで車両へと入る。
冷房が効いた車内は快適だった。
汗がサッと引いていく感覚と同時に音羽の髪に指が通る感覚が走る。
「影山クンが羨ましいわ。」
髪を撫で頭部に触れる大きな手。
慈しむような表情を浮かべたと思えば直ぐにいたずらっ子のように"ニシシ"と歯を見せるといつものように笑う。
「よし!これに乗ればもう着いたようなもんだ!みんなも待ってるだろうし楽しみですねー?」
「うん。楽しみだよ?」
音羽ははじめて目の前の彼のことを怖いと思ってしまった。決して悪い意味では無い。この無邪気な、大人のような微笑みの裏側に黒い何かを飼っているように見えた。
それは彼の人間性を司るひとつに過ぎないのかもしれない。みんなから慕われ、どんなときも冷静で的確な判断ができるような人物。
そんな彼が"私にしか見せない顔がある"
彼の姉になったような気分だった。
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――都立音駒高校
専用駐車用にて――
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「ハーイ、全員集合ーー!!」
黒尾が声を上げると赤ジャージを纏った集団が1箇所に集まる。
その傍らには監督の猫又、コーチの直井の姿もあった。
「皆様ご存知の影山音羽サン!」
黒尾の紹介とともに音羽は車椅子から立ち上がると頭を下げた。
「貴重な合宿に参加させていただけるなんて光栄です。短い期間ではありますがよろしくお願いいたします。」
「夜久さん、あの人が例の?」
「そ。影山音羽。烏野のセッター覚えてるだろ?あいつのお姉ちゃんね?」
「おー!似てますね!!」
「そりゃ姉弟だからな?」
夜久衛輔の隣に立つ超高身長の青年"灰羽リエーフ"
この前の梟谷グループの合宿の際に初めて出会った烏野の正セッターの姉。何度か部員の会話の中では"オトハ"というワードは耳にしていた。
頭が良くてバレーのセンスもある。前は日本代表の強化選手としても活躍していたことも知っていた。
そして"片脚が無いことも"
軽く挨拶を終え、いよいよ森然高校へと向かう。
「研磨ァ!音羽の鞄頼むわー」
「ん。」
「ありがとう研磨くん。」
ボストンバッグを受け取る孤爪。相変わらず表情は無に近いが快く対応する彼に音羽は自然と笑顔を向ける。
「やっくん。車椅子畳むから音羽支えてやって?」
「そりゃいくらでも♪」
「支えるなら俺がやりますよ!俺の方が大きいし!」
「おいリエーフ!バカにしただろ!」
「ごめんなさーーい!」
今日初めましてのリエーフ。どうやら彼はとことん空気が読めないらしいがそんな所が可愛げがあって良いらしい。黒尾から何度かリエーフの事は聞いていたが実際会うとかなり大きい。飛雄からも前回の合宿後"音駒に新しく巨人が増えてた"と聞かされていた。190は容易にあるだろう。
そんなこんなで夜久に手を差しのべられると拒否することはできず。音羽は素直に頼ると"監督とコーチにちゃんと挨拶したいんだ"と伝え、夜久と共に2人の元へと向かった。
「猫又監督。直井コーチ。本日からよろしくお願いいたします。」
「うん。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
2人に深々と頭を下げる。
今回の合宿参加提案は猫又監督が居たからこそ参加出来た。わざわざお金をかけてリハビリで東京に来てるならそのまま合宿に参加してみては?というありがたい言葉だった。
「音羽さーーーん!俺の隣空けてますからねーー!」
そんな時、バスの車窓から山本の大きな声が轟いた。音羽は反射的にバスの方向へと向き直ると大きくてを振るう山本の姿が目に入る。
そして同時に音駒の部員たちのブーイング。
「虎、ウルサイ。」
「山本。音羽さんは前の席って言っただろ?」
「そうですよ!海さんのいうとおり!だから猛虎さんの隣には俺が座りますね!」
「やめろ!来んな!デカイから暑苦しいんだよ!」
「失礼しまーーす!」
「だから寄るなって!犬岡の隣にいけ!!」
賑やかな面々。
それぞれが音羽を歓迎し、和やかな空気が広がっていた。
監督だけでは無い。
接点の少ない音駒高校男子バレーボール部の全員のおかげもあり自分はここに参加できている。
バレーが繋げてくれた縁。全てに感謝だった。
「……みんなウルサイ。」
研磨はタオルを顔に被せ既に疲れを見せていた。
でも、"愉しい"と思う瞬間でもあった。
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――森然高校到着 1時間後
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音駒高校のバスに乗り無事に到着の後。
合宿場として世話になる森然高校の面々に挨拶をし、後に梟谷の女子マネージャー達と寝室として利用する教室の準備へと入った。
数日間使用する教室や食堂、浴場、そして体育館―――
「…………」
ネットを張ったり、ボールを用意したりと忙しい部員たち。自分もビブスの準備をしながら広い体育館を見回していた。
今更ながら不思議な感覚だった。
脚を失ったあの日からは考えられない光景だろう。
「((……私、脚が無いんだよね……今更……))」
なんとなくあの時のことが脳裏に浮かんだ。
弟の背を引っ張りあげ、自分が突っ込んでいく時の感覚。跳ね上がる胴体、スローモーションに動く世界。
「――音羽。」
「ん?何?クロ君。」
背後から黒尾の声が飛び込む。
彼はニヤッといつものように笑うと外を指さし答える。
「きましたよ。カラスの皆さんが。」
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「なあ!なあ!スカイツリーどこ!?」
「え…スカイツリー?」
「わっ!あれってもしかして東京タワー!?」
「あれは普通の鉄塔だね……」
日向の溌剌とした声が響き渡った。
対し孤爪は彼の発言に呆れるような様子で返答していた。
「日向元気だなー?」
「バスの中でぐっすり寝てたもんな」
菅原と東峰はそんな日向を前に朗らかな笑みを見せた。
烏野高校の部員たちは宮城から東京までバス移動。しかも深夜から行動していたということもあり若干の疲れの色を見せていた。
「なんなの?宮城には鉄塔ないの?あの会話デジャブるんだけど?」
「東京にある鉄塔はだいたい東京タワーに見えるんだよ地方人には。」
黒尾は面白おかしく澤村の横で豪快に笑った。前回も合宿の時に鉄塔を見ては興奮していた事を思い出す。
「前回とは違う高校でやるんだな?」
「夏合宿はいつも森然でやるみたい。涼しいんだ、ここ。……虫がすごいけど。」
自然豊かで気持ちがいい気候。
夏合宿をやるにはうってつけの場所だが孤爪が嫌そうに腕に着地した蚊を振り払う。
「日向ーー!身長伸びたかー!!」
「…リエーフうるさい。」
次から次へと現れる音駒高校の部員たち。
長い階段を飛び降りながら現れたのは灰羽リエーフ。"再会してそうそう失礼だなー!"なんて和やかな雰囲気に。
それぞれが仲睦まじく会話をする中、澤村と飛雄だけ誰かを探すように当たりを見回していた。
しかし目的の人物はこの場にいなかった。
「なあ黒尾。音羽は?」
「"音羽"なら体育館前に。ほら、階段も多いし。本人は降りるって言ったけど危ないですからねー。上で待っときなさいと忠告しておきました。」
駐車場から高台にある校舎を繋ぐ階段。その先を指さす黒尾はニコニコと笑みをこぼしていた。しかしその反面、何故か澤村は生真面目な表情をしており指をさされた方面へ静かに視線を向けていた。
「…………」
「ん?サームラさん?」
自分の行先に現れる幼なじみの存在。
相変わらずの行動力には圧巻させられる。
そして――隣の男は音羽の事を呼び捨てで呼んでいた。自分より遥かに出会って日も浅いのに……なんて。
もくもくと湧き上がる嫉妬心。
黒尾はいい人だ。そんな相手にそんな気持ちを滾らせるのは間違いだとは分かっている。しかしどこかもどかしい。
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「「"おっとはさーーーーん!!!"」」
「こんにちは。田中くんに西谷くん。」
体育館内に響くのはお馴染み烏野高校2年、田中龍之介&西谷夕コンビ。今にも飛びかかりそうな雰囲気だが同じく2年の縁下に襟首を掴まれ、まるで飼い犬のようだ。
「音羽。挨拶終わったら直ぐに私たちも準備手伝うわね。…あと、影山くんから聞いてると思うけど新しいマネージャーの谷地仁花ちゃん。前回の合宿から参加してるんだけど何かあったら助けてあげてね。」
「はっ、はっ、はっ!!初めまして!!!かっ、影山くんのお姉様と伺っておりますっ!」
「……なんか私も恐縮です……」
床につきそうなくらいの深い深いお辞儀をする可愛らしい少女とそれを見守る清水。対象的なマネージャー2人組に音羽は思わず笑みをこぼす。
賑やかに集う音羽と烏野の面々たち。
トレーニングウェアを纏い"普通に二本足で立つ"音羽の姿に彼女をよく知る3年生トリオは驚きを隠せなかった。
「音羽ちゃん…本当に来てる。」
「さすがの行動力。ね?大地?」
「…………」
「大地?」
「どしたー?」
言葉を発さず真っ直ぐと彼女を見つめる澤村。東峰と菅原。その心情は2人でさえ読み取れなかった。
立腹と、喜悦と、心配の合併したような。何だか落ち着かない顔付きだ。
「影山のねーちゃん!ちわっス!」
「日向くん、久しぶりだね!」
「おっス、姉ちゃ……姉貴!!」
「飛雄も数日ぶりだね。」
「こーんなところにも来てるなんて随分余裕なんですね?さすが秀才。出来の悪い弟とは大違…」
「ちょっ!ツッキー!やめときなって!」
「月島くんも山口くんもいつも弟がお世話になってます。合宿期間中もよろしくね?」
日向と飛雄はともかく、月島と山口とは最初の出会いから良い関係では無いがなんとなく音羽は弟の同級生の子達の子はある程度理解していた。
いつも憎たらしい台詞を口にする月島も、その隣にいる山口も"バレー"が好きなことは全く同じだ。可愛い弟のようなものだった。
そしてその後に遅れて入ってきたのは烏野高校バレー部顧問の武田一鉄。コーチの烏養繋心。広々とした体育館を見渡すと同時に楽しそうに過ごす部員たちが目に入った。
「……先生。あの子が"例の影山の"?」
「はい。……あ!烏養くんは影山くんのお姉さんに直接会うのは初めてでしたね!」
「ああ。試合映像で見たことはあったけどよ。」
義足の選手
コート上の女神様
"羽を失った女神様"
部員たちからその存在について耳には入っていたが実際に目の前で会うのは初めてのことだ。影山飛雄の姉。ウシワカと並ぶ元ユース選手。高校女子バレーナンバーワンセッター。傍らに付きまとう異名の数々。
「((大腿切断っていう絶望的状況……そこから"あそこまで"復活を遂げた……言い方は悪いが"とんでもないバケモン"ってとこだな。))」
烏養はゴクリと息を飲んだ。
今回の合宿で彼女のプレイを間近で見ることが出来るかもしれない。それはきっと烏野が進化するための大きな起爆剤にもなりかねないと期待していたのだった。
体育館の端で語らう烏野一同と音羽。
そしてその軍勢にぞろぞろと姿を現すのは"ネコ"達。
「ハイハーイ!この合宿中、音羽サンは音駒所属になりマス。扱いには気をつけてよー?ホラホラ、距離ちかいですよー?」
音羽の背後からのっそりと現れたのは主将の黒尾鉄朗。どこか誇らしげなその姿に音駒の部員たちも口角を持ち上げた。
「はあぁああああぁぁぁ!?ンだとゴラァ!」
「……龍よ。これが音駒の力です。」
手を合わせ仏のように穏やかに表情を緩ませた山本が田中の目の前へ。
どこか既視感のあるその行動に田中は額に筋を浮かばせた。
「その菩薩顔やめろ!ていうか俺の真似すんじゃねー!」
「別にいーだろうが!烏野は女子マネ2人居るし!綺麗系と可愛い系!俺らは居ねぇんだよ!」
「あのー、招待してくれたのは音駒の猫又監督で……それに才華の監督とも繋がりもあって私の練習も込みで受け持つって言ってくださってるし。できることはしっかり手伝うつもりだよ。」
揉めるふたりの間に入る音羽。
実に賑やかでいいのだがそもそも自分は音駒との繋がりと縁で参加ができることになった事実。
自分の練習も有るが今回は主に音駒高校のためにもなにか出来ればと考えていたのだった。
「――音羽」
刹那、烏野の集団の中から一際真面目な声が響く。
呼びかけたのは澤村だった。
音羽は不思議そうに小首を傾げる。
「あんまり無理ないようにしなさいね。」
「うん……?」
「よーし!それじゃあ全員準備!宿泊所の教室に荷物置いたら着替えて集合!」
澤村の号令で全員が動き始める。
「……大地?」
いつもならもっと声をかけてくれるはずだった。"無理しないよーに!"とあの大きな手で頭を強引に撫でることも十八番だ。
「音羽ー?」
「…………」
澤村の背中を静かに見据える音羽。
それを見つめる黒尾。
――青い春が廻る
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