影山姉弟   作:鈴夢

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猫と烏と姉弟と

 

 

 

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――森然高校 体育館

 

 

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昼食を終えた後、再び体育館に響き渡る音の数々。

 

 

「…っ!木兎さん!!」

「ヘイヘイヘイヘーーーイ!!俺によこせ!!」

 

「うあっ!ゴメンっ!!!」

「日向ボケェ!!下手くそ!!」

 

2面のコートで繰り広げられる練習試合。

午前よりも部員たちの熱気は更に高まっていた。

 

 

――と同時に"この季節"。

森然は涼しい場所ではあるが限度がある。試合ひとつを終えるといつも以上に体力を削がれてしまう。

 

つい先程試合を終えた音駒。

惜しくも森然に1点差で敗北。

 

そしてこの合宿でのルール。敗北したチームはフライング1周という過酷な罰が待っていた。

 

 

 

「……あ゛ーーー!!ゲーム後のフライングやっべえ…かなり来るわー!…」

「………も……ムリ。」

「研磨さん!?生きてますか!?!?」

 

体育館の片隅で倒れる音駒のメンバーたち。もう限界だと言わんばかりに各々はタオルを片手に座り込む(尚、1名瀕死状態)。

 

「……み…水…」

「研磨あぁぁぁぁ!」

「黒尾さん落ち着いてくださいって!」

 

まるで魂が抜けていく様子の孤爪に黒尾は必死に肩を揺さぶる。その傍らで山本が慌てた様子で声をかけていた。

 

夜久や海も先程の接戦にかなりの体力を消耗した。2人の傍らにはメンバー全員のスクイズボトルが入っていたカゴ。中にドリンクは入っているが午前中からの使い回しのもの――ああ、こんな時こそ冷えたドリンクで喉を潤したい…

 

 

「――"みんなー!遅くなってごめん!新しいドリンクとタオル"」

 

"その声"を聞いた瞬間、全員の目の色がキラキラと光を放つ色彩へと変化した。

 

カゴに入っていたのは全員分の替えのスクイズボトル。肩に背負われたトートバッグの中には真新しいタオルが入っていたのだった。

 

死にかけていたメンバー全員。まるで砂漠の中でオアシスを見つけた時のような爽快感と多幸感に包まれる。

 

 

「うっ、…ほ゛ん゛も゛の゛の゛女神様……っ」

「山本くん泣かないで…それ以上体から水分出したらダメだよ。」

 

「音羽ちゃんありがとう。助かるよ。」

「どういたしまして。…海くん左脚冷やした方がいいかも。さっき"つった"って?配り終わったら処置手伝うから座っててね。」

 

「んんっ!?このドリンク美味い!午前に用意してくれたのと違うよね?…レモン?…それに甘さも市販と違うって言うか…」

「夜久くんよく気づいたね?さっき直井コーチと買い出しの時にレモンとはちみつも買ってもらったんだ。」

 

「…美味しい……それに冷たくて最高…」

「特製配合のドリンクですから!にしても犬岡くんそんなに飲んで大丈夫?お腹壊すよ……」

 

テキパキと動く音羽。ドリンクを作るだけでなくメンバーひとりひとりに必要なものもコミュニケーションを交わしながら行っていく。"これもやってくれたら助かるのに――"というような事を言わずとも実施できるのは音羽自身も同じバレープレイヤーでもあるからだろう。

 

「海くん痛くない?」

「うん。大丈夫。ていうか蒸しタオルまで持ってきてくれたんだ。」

「足のつりは温めないとだからね。…ここ、伸ばせる?」

 

海の左脹脛に蒸しタオルをあてながら軽くマッサージを施す。これも自身が脚を失ったからこそ学んだことだった。

 

「((…さすが。抜かりないね〜オジョーさん。))」

 

自分が主将として率いるチームのために行動を起こす音羽の存在。マネージャーがいないからこそ分かる大きな存在感に黒尾は喩えられない感情を抱いていた。

かといって彼女はマネージャー業を必死にこなしてる訳では無い。午前中も体育館の傍らで個人練習をこなしたり、体幹を鍛えるための筋トレ。時には梟谷の女子マネに引っ張られては木兎のしょぼくれモードを何とかしてくれと言われ"よっ!猛禽類〜"と茶目っ気のある姿を見せることもあった。

 

手の空いた各校のコーチに声をかけたり、屋外で練習していたベンチメンバーの様子を見に行ったり。

 

彼女の強みは"そういうところ"だった。

 

 

「おっ、音羽さんっ!俺も胸が痛いっス!!」

「山本くんは大丈夫そうだね?」

 

「ていうか音羽さんってすごいッスね!ドリンクとかもいつもだったら自分たちで準備してるし……前夜久さんが作ってくれた時なんて味は薄いし温いしで大不評でしたよね!?やっぱりマネージャーの存在って大き……」

「リエーーフ!!ぶっ飛ばす!!」

 

あっという間にチームの疲労感が吹き飛ぶ。先程まで疲れ果てていた暗くて重い空気はどこにもなかった。

 

メンバーに囲まれる音羽。

その輪の中に再び黒尾が入り込む。

 

「マジ助かる。てか悪いな?ここまでやってもらうなんて。」

「大したことないよ。私も他のチームの試合見れたりとか教えて貰えることも多いし。むしろ感謝。」

「一生アタマ上がんねえーわ。女神サン。」

 

黒尾の大きな手が音羽の頭を覆うように被さった。くしゃくしゃと撫でられると自然に笑顔が浮かび上がる。

 

それを横目に孤爪も小さく口元に笑みを零した。影山音羽という人物に出会って約1年足らず。最初は興味すら湧かず"ただのすごい人"としか思わなかった。雑誌でも特集が組まれて、バレーの才能に恵まれて、容姿も整っていて――ただただすごい人。それだけだった。

 

だが彼女と自分が関わる度、彼女と関わる仲間たちを前にその存在の大きさに圧倒される。"すごい人"というは変わりない。喩えられないほどに形容できないほどに、それほどに大きな存在だった。

 

 

「……ッ…!」

 

孤爪が立ち上がろうとしたその時、左足に嫌な痛みが走ると表情を歪ませた。その異変に気づいたのは黒尾だった。

 

「ん?どしたー?研磨…」

 

明らかに様子がおかしい。壁伝いに立ち上がったものの左脚を庇う仕草を見せた。

 

 

「………ごめん。足やったかも。」

「え?マジ?」

「うん。…多分…さっきリエーフが突っ込んできた時…咄嗟に左脚で庇ったからだと思う。」

 

「研磨さん!!ごめんなさい!!」

 

ドスドスと大きな足音を立てながら孤爪へと食らいつくように走り込むリエーフ。"ちょっ…コワイ"と孤爪は近づく巨体を前に両手をわざとらしく掲げて見せた。

その様子から見るとそこまて大きな怪我では無さそうだ。しかしすぐに次の試合に…とはいかないだろう。

 

 

「大丈夫?…パッと見腫れたりはしてないけど念の為先生達にも見てもらう?」

「そこまでしなくて大丈夫だと思う。冷やして少し安静にして様子見るよ。」

「…研磨くんがそう言うならいいけど…」

 

その後、孤爪はリエーフに支えられながら念の為監督とコーチに報告へと向かった。軽い捻挫程度で大事には至らなかったが今日1日安静にする必要があるだろうと判断が下った。

 

しばらくの休息をとり再び息を整える音駒のメンバー達。すっかりと汗も引き、各々がコンディションを整えたその時。体育館の片隅に置かれたホワイトボードの試合表を前に考え込む様子を見せた。

 

 

「俺らの次の練習相手は……烏野だな。」

 

開始時間とともに組まれた表。そこには"音駒対烏野"と記されており開始まで15分をきっていた。

 

その情報を伝えるべく、黒尾は音駒の仲間たちの元へと戻る。

 

「――16時から烏野と試合。もともと梟谷との予定だったけどさっきの試合が伸びた関係で変更デス。」

 

対角線側の体育館の端に集まるは烏野のメンバー達。同じく休息を取っている様子で次の試合に向けて何やら話し合いをしている様子も確認できた。

 

 

「んで、うちの正セッターはもちろん怪我今日は出られない。ローテを組み直さないとな。」

 

音駒監督と直井コーチを傍らに黒尾がチームを引っ張っていく。急遽のメンバー変えに動揺もあるかもしれないがチームはより一層士気を強めていた。

 

 

「…ごめん。皆。」

「別に謝ることないだろ?ゆっくり休め!」

 

「そうですよ研磨さん!夜久さんの言う通りです!」

「…………」

 

ベンチに腰をかけジト目でリエーフを見据える孤爪。相変わらずのリエーフの能天気ぶりにメンバー達はくすくすと笑う。

 

 

「黒尾。セッターはどうする?」

「んー……」

 

海の声掛けに黒尾は顎に手を添えて悩む仕草を見せた。

ベンチを囲むように全員が立ち、視線は一気に黒尾へと向けられる。

 

「((時間的に烏野とは今日最後の対戦。…ここまで2勝2敗。負けたくねーわ……))」

 

ぐるぐると考えを巡らせていた時、ふと黒尾の視線の先に音羽の姿が目に入った。

 

 

「…………」

 

アリーナの壁面に取り付けられたクライミングウォール。そこで手と足の筋力自主トレーニングに励む音羽。

つい先程まで音駒のマネージャーとして動いていた人物とは全くの別人に見えた。

汗を流し、顔を赤く火照らせながら、歯を食いしばりながら自身の体を鍛える。黒尾はその姿を目の前に"彼女は生粋のアスリート"なのだと改めて実感させられた。

 

「((…影山…音羽))」

 

黒尾の心臓が強く脈打つ。

 

 

「((――バレーに愛された…女神様――))」

 

高鳴る心音。

それは本能的な興奮に近い。

 

 

 

 

 

「……猫又監督。」

 

 

彼の瞳が光る。

その眼光は鋭いものでその場にいる仲間たちはつられるように目を光らせた。

 

 

 

 

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「音羽。」

 

 

滴り落ちる汗を拭っていたその時。

背後から黒尾の声が飛び込んだ。

 

「ん?クロ君?」

「自主トレ中悪い。」

「ううん大丈夫。どうしたの?何かやる事ある?ドリンクの補充…」

「違いますよ。…ちょっとコッチ来てもらってもいい?」

「もちろんいいけど」

 

座っていた音羽の手を取る黒尾。それを掴んで立ち上がる音羽。慣れた手つきで傍らに置いていた義足を装着すると結われた髪の毛を揺らしながら黒尾の後ろを着いて歩く。

 

その先に見えるのは赤いジャージの集団。

パイプ椅子に座る監督とコーチを囲う音駒のメンバー。その輪の中に黒尾と音羽が入る。

 

「えっと…クロ君?」

 

読み取れない空気に音羽は不思議でたまらないと言わんばかりの表情だった。

 

ニコニコといつもの様に微笑む猫又。その隣では嬉しそうに口角を持ち上げる直井。

何やらメンバーたちの表情も嬉しそうに笑っているような雰囲気だ。それぞれがニヤッと頬を緩ませている。

 

「音羽。」

「な、なんでしょうか?」

 

黒尾の真剣で落ち着いた声。

そしてこちらを見下ろす彼に何を言われるのかとドキッと肩を揺らした。

 

 

「"研磨の代わりにセッターやってみません?"」

「…え?私が?」

 

突然の言葉に驚きを隠せなかった。

そして同時に彼らがやけにニヤついている理由もすぐに理解する。

 

「そ。んで次の試合烏野となんだけど。どうです?」

「…………」

 

確かにこの合宿で彼らと練習できることは分かっていた。しかしそれは個人練習や打ち込み、基礎練習。

全国レベルの男子バレーボール部のチームに入って全国レベルの男子バレーボール部を相手に対戦するということは全くもって予想外のこと。

 

もともと男女混合には慣れていたが自分以外全員男。ネットの高さも違えば全てが違う。

 

――だがこれは貴重な練習だ。

相手は全員力の差も体格の差もある男子。

飛んでくるボールも飛ばすボールも自分の領域を全て超えたもの。

 

"脚を失った自分の力をどこまで生かせる…?"

 

 

 

 

 

 

 

「…やる……」

 

声が震える

 

「ん?」

「やる!やります!!」

 

それほどに楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

「"私を音駒のセッターに入れてください!"」

 

 

音羽の元気な返答に全員が笑みをこぼした。期待や楽しさ、ワクワクしてたまらないと言わんばかりの熱気だ。

 

 

 

「決まりだな?」

「護りの音駒の指揮官!頼んだ!」

 

海と夜久の強い眼差し。

 

「おっ、おっっ!ぉぉ俺に!音羽さんのトス!!いくらでもあげてください!!」

「猛虎さんよりオレにください!!」

 

山本とリエーフの期待。

 

「…まさか自分たちのチームにいる音羽さん見れるなんて。」

「高校女子バレーナンバーワンセッターが音駒にいたら」

「どんな化学反応が起こるんだろうな。」

 

他メンバーたちも興味津々だった。

1年控セッター手白でさえ"ポジションを奪われたという考えの前に彼女の指揮を見たい"という気持ちが先行していたのだった。

 

 

「うっし!!じゃあやりますか!!」

 

黒尾の気合いの籠った言葉と共に士気を高めるメンバー達。各々が準備へと入る中、音羽の視線の先に映るのは孤爪。

 

そ監督の隣に座る孤爪が音羽を静かに手招きするのだった。

 

 

「音羽さん。」

「研磨くん。」

 

 

「よろしくね。」

「うん。頑張る。」

 

落ち着いたふたりの会話。

すると最後に孤爪はとある台詞を付け加える。

 

「ここでは音羽さんは"背骨で、脳で、心臓だからね"」

「………」

「音駒の…脳だから。」

 

意味深な言葉だった。

薄く浅く笑う彼の表情は妖艶で、音羽に取り憑く。

 

 

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烏野対音駒

練習試合開始5分前――

 

 

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「おおーー!音駒に女神参戦!」

 

元気で溌溂とした声の主は梟谷学院のエース、木兎光太郎。先程練習試合を終え、体育館の片隅で休息を取っていた時、反対側のコートで行われる次の試合に興味津々だった。

 

「しかも相手烏野じゃーーん!なっ!な!!赤葦!!5番のビブス!音羽音羽!!」

「…なんで音羽さんが…」

 

同じく隣で休息をとっていたのは梟谷の正セッター赤葦京治。木兎が指さす先の人物に視線を向けると悩ましそうに眉をひそめた。

 

「おっかねえなあ〜。」

「にしても慣れてる感じですね?」

「体格も身長も並外れた男の中。普通ならビビるだろーけど……」

 

コートでアップをし始めるスタメン7人。

黒尾、海、夜久、山本、福永、灰羽――影山音羽

音羽は軽くストレッチをした後にそれぞれに声をかけ何やら相談している様子だった。

 

緊張している様子もない。むしろこの場に慣れすぎている。自分よりも遥かに高身長の相手にも怯むことなければ堂々としていた。

 

ふと赤葦の視線が音羽の足元へと向く。

スポーツ用の特殊な義足。義足と言うより自らの脚と同化しているようなスムーズな動きだ。

ここに来るまで一体どんなトレーニングを積み重ねてきたのか――

 

 

「――大腿切断による死亡率は約15%。寝たきりになる人も殆ど。退院後のリハビリにおいて安定して歩くだけでも数年かかると言われてます。」

「さすが詳しいな〜あかーし!」

「調べたんですよ。気になったので。」

 

彼女と初めて出会った時の衝撃を忘れることが出来ない。音駒高校での練習試合中に現れた彼女。あの頃はまだ義足に慣れておらずぎこちなかった。だがあの時でさえたまたま飛んできた木兎のエラーボールを拾い上げたのだ。

 

"有り得ない"

 

 

「本当に"人間にあそこまでの回復が可能なのか"」

「音羽は実は…人間じゃねえ…とか?」

「なわけないでしょう。」

 

少なくとも彼女は宇宙人でもなんでもない。自分たちと同じ普通の人間だ。

 

「歩くため、動くための力源は人間の力しかありません。義足には動力が無い。要するにモーターがないんです。」

 

赤葦の難しい言葉の数々に目を丸くしながら静かに頷くだけの木兎。何となく言いたいことは理解している様子だ。

 

「それをあの人は1年足らずの短期間で自分のものにした。…異常ですよ。」

 

筋力も並外れたセンスも彼女が生まれ持った才能。そしてそれ以上に努力したであろう彼女の意地。

きっと幾度となく挫折しそうになったこともあるだろう。あの笑顔の裏でもしかすると誰にも見せない涙があったかもしれない。

 

計り知れない影山音羽のバックグラウンド。

木兎はポカンと口を開けていたがはっと我に返ると視線を音羽へと戻した。

 

「音羽を動かす原動力……」

 

バレーボールに触れる音羽。

楽しくて仕方ないとうち震える彼女の瞳と体の動き。

 

 

「きっと音羽さんにとって"バレーそのものが原動力"なんです。モーターなんです。」

 

 

彼女を取り囲む仲間たち。

男女、異性であっても年齢の違いも何も関係はない。

 

 

「そして人の縁に恵まれた。音羽さんの人柄と努力。その熱量が人を動かした。いい技師に巡り会えたことも、リハビリ施設も――彼女が引き寄せたんです。」

「………」

 

赤葦はフッと口元を緩ませる。

 

 

「本当に…"異名通りの人"ですよ。」

 

 

 

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「「「よろしくお願いしまーーーーす!!」」」

 

 

烏野 対 音駒

 

彼らの強い声が体育館内に轟いた。

 

 

「……」

「おーい!音羽!」

「え?」

 

じっとネットを見上げていた音羽の腕を引く黒尾。

そして円陣の中へと引き込む。そして右手でお互いの肩を掴み左手を突き出し強く拳を握った。

何度か目にしたことのある音駒の儀式的なもの。音羽も初めてながらに彼らの動きを真似ると黒尾が声を上げた。

 

 

「──俺達は血液だ 滞り無く流れろ 酸素を回せ "脳"が 正常に働くために。 」

 

一気に緊張感が走る。心做しか全員の表情も大きく変化していた。

そして音羽の脳内に先程の孤爪の台詞が再生された。

 

"ここでは音羽さんは背骨で、脳で、心臓だからね"

 

 

滞りなく流れろ――止まらずにボールを繋げ

 

酸素はボール…脳は"自分"だ

 

何となく自己解釈をする音羽。

その言葉の意味たちにごくりと息を飲む。

 

 

 

「頼みますよー…音羽。」

 

黒尾の大きな手のひらが音羽の背を押す。

そしてそれに応えるように音羽は黒尾の拳に自身の拳をコツンとぶつけたのだった。

 

「任せて。」

 

音羽は艶やかな笑う。

それは孤爪を思わせるような妖艶じみたものだった。

 

 

 

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「時間的に今日最後の試合だ!絶対に勝つぞ!!」

 

対面側のコートでは烏野のスタメン――澤村、東峰、田中、西谷、月島、日向、飛雄の姿が揃う。

互いに奮起し合うと声を轟かせる。

そしてポジションに着くと各々が対面コートへと視線を向けた。

 

 

「…ま、まじで音羽ちゃんが居る…どうしよう、俺が打ったボールが音羽ちゃんの顔に当たったりしたら…」

「気にするなよ旭。少なくともあいつは白鳥沢の牛島のサーブを顔面で受け止めたことがあるから大丈夫だ。」

「え!?アウトだろそれ!!」

 

 

「所詮女子だし力も大したことないでしょ。潰しちゃおう。」

「いや月島。あんまり音羽さんの力を見くびらない方がいいぜー?」

 

 

「よっしゃああああ!!影山のねーちゃんと戦える!」

「…………」

 

 

ネット越しに重なる瞳と瞳。

音羽と飛雄、2人は真っ直ぐとお互いを見つめあった。

 

 

「((……ここに来て姉ちゃんと……))」

「((まさか飛雄と対決するなんて……))」

 

言葉を交わすことも無くお互いを見据え合うだけ。

 

そしてそれを割くようなホイッスル音が響くと試合が始まる――

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

 

「――ックロ君!」

「はいよおおおおおお!!」

 

開始早々長いラリーが続く。

それを制したのは音駒だった。

 

「ッ!!」

 

澤村の真横に落ちるボール。

それは的確な位置を捉えていた。

 

 

「っしゃあ!!先制点!!!」

「ナイスキー!クロ君!」

「音羽もナイストス!ドンピシャだったわ。」

 

さすがに直ぐにこのチームに慣れるのは困難だ。ネットの高さ、チームーメンバーの最高到達点も女子とは全く違う。ボールを上げる高さの調整や個人個人のちょっとした癖――ありとあらゆる事に適応していかなければならない。

 

 

「…っ!ごめん!拾えない!」

「大丈夫!背中は俺が守るよ!」

 

音羽が日向からのスパイクに反応出来ず、しかしそれをリベロの夜久が必死に繋ぐ。

 

バレーは繋ぐもの。決してひとりでは無い。

 

今、自分は音駒の脳だ。

彼らが回す酸素に、血液に、上手く乗っていけばいい。

 

 

 

「…音羽!!」

「っ!」

 

黒尾からトスが飛んでくる。

音羽はしっかりと地面を蹴り飛ばし一気に跳ね上がる。

 

「………うっ!」

「ざんねーん。」

 

容赦のない月島のブロック。

跳ね返されたボールは音駒側のコート上に悲しげに落下した。

 

彼はネット越しから音羽を小馬鹿にするようにニヤニヤと笑みを浮かべながら言葉を吐いた。

 

「あれ?どうしたんですか?」

「………」

「そんな顔で威嚇されても…ていうかやっぱり姉弟(きょうだい)そっくりですね?悔しがる時の顔。」

「………」

「弟と同じく暴言吐いたりしないんですか?…あーでも女神様ですもんね……独裁者の王様とは違いますよネー…」

「………」

 

音羽は遥かに背丈の高い彼を見上げる。

その表情は飛雄と全く同じものだった。

 

 

 

「…お…おい。まじでやめろ…」

「え?何?」

 

飛雄は挑発をやめない月島の肩を引くとコソコソと耳元で話し込む。

 

「そうだぞ月島!影山のねーちゃん!キレたらヤバいって……」

 

続けて日向も耳打ちをする。

"そんな大したことないでしょ"なんて呟くも飛雄や日向だけでなく澤村や東峰、田中。控えている菅原達も"ヤバい"というような空気を漂わせ始めた。

 

 

「あの…なんか空気が…」

「…女神様を怒らせると大変なことになるのよ。」

「え?」

 

烏野のコートの空気の変化に谷地が直ぐに気づく。そして清水は分かっているかのように小さくほくそ笑んだ。

 

 

 

「烏養くん…」

「女神様を怒らせちまったな?」

「えっ!?」

「ここからが本番だ。本気になった負けず嫌いの女神様がどんな動きを見せるか――」

 

烏養はニッと挑戦的な表情を浮かべると音羽をまっすぐと見据えた。

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「くっ!」

「大地さん!」

 

音駒側からの猛烈なサーブを受ける澤村。それを繋ぐ西谷。

 

「旭さん!」

「おう!!」

 

西谷から東峰へ――強烈なスパイクが音駒のコートへ。

 

 

「オーライ!」

 

「海くん!」

 

「っ!」

 

夜久から音羽、そして海へと繋がれ――

 

 

「俺がとる!影山!」

 

「日向!」

 

「任せろーー!!」

 

田中、飛雄、日向――

 

長いラリーで繋がるボールは日向の綺麗なストレートで決まるか…

 

 

 

 

 

「音羽!」

「うん!」

 

「「せーーの!!」」

 

ど真ん中に立ち塞がる2つの壁。黒尾と音羽。

 

「うおっ!!」

 

日向の放ったボールは音羽の左指先と黒尾の右手に上手くガードされ烏野側のコートに叩き落とされた。所謂ドシャット。

体格の差がある2人が完璧な壁は作れない。しかし上手く手指を使って完璧に阻止したのだった。

 

 

「…はぁ、はぁ……」

「音羽ちゃん、大丈夫!?」

「…海、くん……大丈夫……」

 

額を滑る汗。

ひどく疲れているはずなのに楽しくてたまらなかった。

 

得点板に表示される数字。

17と24

言わずもがなマッチポイントは音駒だった。

 

 

「……マジかよ。」

 

飛雄がボソリと呟いた。

圧倒的センスと適応力。姉のずば抜けた精神力にも驚くばかりだった。

 

 

「影山の姉ちゃんすっげーーー!さっきから向いてる方と逆方向にトスしたり!すげーー!」

「日向ボケェ!!関心してる場合じゃねえだろーが!!」

 

「大地。なかなか手強いね音羽ちゃん。ネットの高さもいつもと違うはずなのに完璧に上げてる。」

「…音羽だからな。男子に混じってプレーするのもあいつは元々慣れてる。」

 

「音羽さんすっげぇぇぇ!!惚れるーー!!」

「……ただのバケモノじゃないですか。」

「月島アアア!バケモノじゃねえ!!訂正しろ!訂正!!」

 

あと1点。

それを取られれば負け確定。

 

 

「……すごい。」

「…ああ。」

 

武田と烏養も息を飲んでいた。ここまでセッターの入れ替えはもちろん無い。必死にボールに食らいつく義足の少女はいい意味で月島の例えの通り"バケモノ"なのかもしれない。

 

「((ここまでで影山音羽のエラーはゼロ。完璧なトス、フォロー……それについていく音駒の適応力。))」

 

烏養はギラギラと眼光を光らせ彼女をじっと見つめた。

 

「((……いいや、違う。適応してるのは音駒のメンバーじゃない。))」

 

黒尾をはじめ全員が混乱すら見せない。チームの核を担うセッター、正セッターである孤爪が不在にもかかわらずいつも通り、いつも以上に力を発揮していた。

 

「((プレースタイルもよくよく見ると孤爪と同じ。…一種の憑依…もしくはドッペルゲンガー的な何か。この短時間で影山音羽は孤爪研磨に成った。))」

 

烏養はゾッと全身を震わせた。

女神と言われる彼女の異名の裏側。強いて言うなら恐ろしい戦女神――

 

 

「女神――"エニューオー"」

「…ん?えにゅ…えにゅー?」

「音羽さんの異名。コート上の女神様。名付けたのは誰か分かりませんが異名が的を得ているなと…」

 

武田は眼鏡をクイッとかけ直す仕草を見せる。

 

「勝利の女神、守護の女神。女神は美しいイメージばかりですが神話では様々な女神が存在します。」

「お、おう。」

「…殺戮と戦闘。秩序、不法。美しさの裏に隠れた才能を持つ影山音羽という人物――」

 

武田は両手を強く握り締める。

そして息をのみこんだ。口の中が乾き気味になっている。興奮して体温が上がったからだろう。

 

「脚を失ってもなお立ち続ける力を持つ…才能と華を持つ女神。」

 

 

 

┈┈

 

 

 

「…ッ……」

 

影山は両肩を上下させ荒れる呼吸を必死に整えていた。姉が相手だからだろうか。興奮しているせいかいつもより体に力が入ってしまう。そして自分は間違いなく音駒に、音羽に――いつも以上に翻弄されてしまった。

 

 

そしていよいよマッチポイント。

ここで終われば試合終了。

楽しい時間は終わりを告げる。

 

飛雄は深呼吸した。

目の前に立つ姉と目がハッキリと合う。

 

 

「((姉ちゃんなら…誰にあげる?))」

 

ホイッスルの音が時を止めるかのように空間を割いた。

 

飛雄の視界には姉しか映っていない。

 

 

「((……1番?それとも安定の2番…

デカイ11番か!?…))」

 

音駒側のコートに入るバレーボール。

それは落ちることなく繋がり音羽の元へ。

 

飛雄は必死に動きを予測する。

音羽の動き方、視線、視界に入るありとあらゆる音羽の情報を必死に整理する。

 

 

 

 

 

 

 

「((――いや違う!……多分姉ちゃんは得意の"ツー"で来る!及川さんと同じでこういう局面で人を惑わす――))」

 

飛雄は得意げに口元に笑みを浮かべた。

予想通り音羽は打ち上げられたボールを見上げ高く跳ね上がる。

 

そして姿勢は相手コートに打ち込む形に。右腕を高く上げまっすぐとフォームを整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――"が"

 

 

 

「…灰羽君!!」

 

繋がれたボールを打ち込むことなく音羽はリエーフに向けてセット。

 

「うっお!?俺ですか!?」

 

戸惑いを見せるもリエーフは必死に食らいつく。

 

その動きに戸惑うのはもちろんリエーフだけではなかった。

 

「((打つと思ったらフェイクセット!?しかも打点高い!!センターは日向!あの高さで打たれたら確実に――))」

 

完璧なフェイクセット。

繋がれたボールを更に繋ぐ。

 

 

 

「うおらゃあああああああ!!!」

 

最高到達点に上がったボールはピッタリとリエーフの掌に。そして読み通りがら空きのセンターに打ち込まれればとんでもない威力で床を跳ね返したのだった。

 

 

「「「ッ!!!」」」

 

声にならない驚きをそれぞれが喉に閉じこめる。

そして試合終了のホイッスルが鳴り響けば"女神様"は生気に満ち満ち溢れた清々しい表情を浮かべたのだった。

 

 

┈┈┈

 

 

 

「……って!いきなりフェイクからのリエーフ使いますぅ!?」

「ビックリしたっすよ!打つと思ったらトス上げてきて!いきなり俺目掛けて飛ばしてきましたから!!」

「明らかにツーだったでしょーが!!騙されてちょっとムカつくんですけど!!」

 

 

試合終了後。コートの上で試合の反省を含め休息する面々。

その隣では烏野も体を休めており穏やかな空気が漂う。

 

音羽は水分補給を終えタオルで汗を拭き取る。そして近くでストレッチをていた日向に聞こえるように面白そうに話し始めた。

 

「烏野側のど真ん中。壁が低めだから綺麗に入るかなと思って。」

「ぎくっっ!!」

「日向くんもまさかあのタイミングでセンターに来ると思わなかったでしょ?」

 

してやったと言わんばかりの音羽の様子に"ぐぬぬぬっ"と悔しさを滲ませる日向。

 

 

「なんか…大王様と研磨を混ぜたような動きだったな!」

「………」

 

今度は日向が近くでストレッチする飛雄に声をかけた。しかし飛雄はこちらにむくことも無く1人静かに体を伸ばす。

 

 

「ねえ……飛雄?」

「なっ、なんだよ!」

「最後"ツー"で来ると思ったでしょ?」

 

音羽は飛雄に目掛けて声を上げた。

 

「"ツー打ちます"、"最後に決めるのが姉ちゃんの十八番"……見え見えの烏野のセッターの視線に直ぐに気づいたよ。」

「ぐっ!」

 

まさにその通りだった。

あの局面であの技。いつもならそうするはずなのに違う動きを見せた姉に悔しそうに唇を噛み締める。

 

 

 

「日向ボケェ!!」

「なんで俺!?」

 

「ふふふふっ、」

 

 

 

今日という楽しい時間が過ぎてゆく。

 

 

 

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