影山姉弟   作:鈴夢

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第3体育館

 

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――7月24日

梟谷グループ合宿in森然高校

――2日目 夜

 

 

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昼間の暑さとはうってかわり涼しい風が体育館に流れ始める時間帯。各校それぞれが片付けや自主練に励む。

 

第2体育館の隅で音駒高校のビブスなどの備品を片付けていた音羽。その時背後から複数の声が飛び込む。

 

「音羽ちゃん。ドリンクの片付けは私たちでやっといたよ?」

「あと手伝うことない?」

 

梟谷高校の女子マネージャー3年

白福、雀田。

"大丈夫?"と優しい声をかけられると音羽も自然と笑みを見せた。

 

「ありがとう2人とも。後は大丈夫そう。」

「ならよかった!」

「この後練習するんだっけ?」

 

「うん。少しだけ自主練したくて。」

「分かった。なら先にご飯食べてるね?」

「練習もほどほどに!何かあったら連絡入れてよー?」

 

"こっちの荷物も運んでおくね?"と気の利く言動に音羽は救われていた。

 

梟谷のマネージャーと関わるのは今回が初めてのこと。最初は完全初対面であることと自分は彼女たちとは違い あくまでも"選手"側のポジション。

当初ほんの少しだけ心配していた"男子"達との関係性。マネージャーとは違う立ち位置で男子たちとも関わりが深くなる音羽のポジション。もしかしたら彼女たちと距離を取られてしまうのでは?と懸念があったが全くもって心配は要らなかった。

 

梟谷の女子マネージャー達の元々の明るい空気感。そして何より音羽の人間性によって"そんな"事は全く起こらなかった。

 

「((……あとはこのビブスをまとめるだけ。残りは音駒の皆が片付けてくれてたし、このまま外で自主練……))」

 

整頓されたビブスをまとめていたその時。

キュッキュッと体育館の床を歩く特有な音が近づいてきた。

 

「音羽、お疲れ様。」

「お疲れ様ですっっっっ!!」

 

現れたのは烏野の女子マネージャー2人組。

清水と谷地だった。

 

「潔子ちゃん。仁花ちゃんもお疲れ様。」

 

音羽はゆっくりと壁伝いに立ち上がり2人に向き直る。

 

 

「片付け終わった?」

「うん。ビブスをまとめたらお終い。」

「さっき影山くんから聞いたんだけど まだ残るの?」

「そのつもり。体が暖かいうちにもう少し練習しておきたくて。」

 

「…あの、影山君が心配してました。"姉ちゃん無理しすぎ"だって。」

「大袈裟だよ?無理なんてしてないし、心配されるほどじゃないよ?」

 

まさか弟がそんな心配をしているなんて。寧ろそれをマネージャーに呟いていたことに驚きだ。

 

音羽はふと烏野高校のメンバーたちに視線を向けた。離れた反対側のコートで何やら打ち合わせをしている模様。澤村を中心に全員が取り囲む様子。その中で真面目に真っ直ぐと背筋を伸ばして話を聞いている飛雄の姿に音羽は微かに笑みを見せた。

 

そしてその様子を清水はじっと見つめると微かに安心していた。どうやら心配は無さそうだ。きっとここで練習のことを咎めるのはお門違いであると。

 

「それじゃ私たちは食堂行くね?それと お風呂入る時間がだいたい分かったら教えて?私も合わせるから。」

「ありがとう 潔子ちゃん。ごめんね……」

「謝ることないでしょ?私も仁花ちゃんとやること出来るし。」

 

「私も影山君のトスの練習に付き合うことになったので!第1体育館にいるので何かあったら呼んでください!!」

「仁花ちゃんもありがとう。」

「ううっっ!!((笑顔がッ……))」

 

頼れる同級生の清水。そして飛雄と同級生の谷地。2人の存在がとても大きく感じる。

 

「練習頑張ってね、音羽。」

「うん。ありがとう。」

 

そして2人は立ち去っていく。

音羽はそれを見送りバレーボールを片手に体育館の外へと向かうのだった。

 

 

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「ッ……」

 

体育館の外。

左手には傾斜のある坂道。

日中、試合に敗北した高校が坂道ダッシュをしている所謂罰ゲーム的な坂。

その傍らで体育館から漏れる光を頼りに自主練をする音羽の姿があった。

 

「((……前よりバテなくなってきてる。腕も足も調子いい!))」

 

過酷な夏合宿。もちろん"彼ら"よりかはメニューは軽い。坂道ダッシュも無ければフライング一周も無い。

しかしこの環境が、周りの人間が音羽の力を変えていた。

 

「((木兎君に教えてもらった力の使い方も……クロ君に教えてもらった飛び方も――))」

 

彼らの姿が脳裏に浮かぶ。それは木兎や黒尾だけではない。

 

孤爪の分析に長けた動き。

広い視野でメンバーの力を引き出す赤葦。

まだ未熟ながらも必死に食らいつくリエーフの姿も。

 

そして弟が属する烏野のチーム。

未完成の攻撃を何度も必死に繰り出そうとする各々の姿も――

 

驚異的な力を持つ彼らに"引っ張られる何か"

 

 

 

 

 

 

 

「――"うわっ。まだ練習してるとかヤバすぎデショ"。」

 

気持ちよくボールを打ち上げたその時。

背後から小生意気な青年の声が飛び込んだ。

それは明らかに自分に向けられているものだと直ぐに察知する。

 

 

「さっすが。ストイック影山姉弟。」

 

音羽の背後に長身の青年。

余裕そうに口元に嫌味ったらしい笑みを向けていた。

 

「これはこれは月島くんじゃないですか?もう練習は終わり?」

「はい。」

「まだ大地達は残ってるんじゃない?いいの?」

「はい。」

「…………」

 

淡々とした返答。

弟の同級生で過去には自分たち姉弟に毒を吐いた。

羨ましいほどに長い手足、高身長。見下ろされる度に"その長身は恵まれすぎている"なんて音羽は考えていた。

 

いつも人を小馬鹿にするような態度。

 

しかし今は何だか違う。

 

"内に秘めた何かを覆い隠すような"

何とか無理やり自分を強く見せようとしたような。

 

「((さっき烏野の山口君が走り抜けて行ったけど))」

 

ほんの数分前。山口がとんでもないスピードで駆け抜けていくのを目の当たりにしていた音羽。

 

「((多分何かあったな))」

 

音羽は体ごと月島に向き直る。

そしてじっと彼の顔を見つめた。

 

瞳に籠った強い感情。月島から感じる空気を敏感に察知したのだった。

 

そしてそれは見事に的中する。

 

 

「……純粋に聞いてもいいですか。」

 

急にしおらしく態度を変える月島。僅かに声色や表情が柔く変化する。

 

「え……?何?」

 

音羽はバレーボールを両手で抱きしめ不思議そうに彼を見上げ直した。

 

 

「"どうしてそんなに必死にやるんですか?"」

「……」

「バレーはたかが部活で 将来履歴書に"学生時代部活を頑張りました"って書けるくらいの価値じゃないんですか?」

 

彼の台詞に音羽は無言で見据え続ける。

すると今度は痺れを切らしたように更に鋭い言葉が飛び込む。

 

「"片脚でコートに立つなんて無謀"」

「……」

「"見てて痛々しい"」

「……」

「そんなことを言われ続てるのに何で続けられるんですか。」

 

何度も聞いたことのある言葉。

事故で脚を失っでも尚 バレーボールを続ける自分に幾度となく浴びせられてきた言葉の数々。

今更そんなことを目の前で言われても音羽は顔色ひとつ変えることは無い。しかし無意識にバレーボールを抱きしめる腕に力がこもっていた。

 

「脚を失ってもバレーを続ける原動力ってなんなんですか。」

 

月島は不思議でたまらなかった。

自分が吐き続ける言葉に何ひとつ狼狽えない彼女に。

 

「弟の事、何も思わないんですか。」

「……」

「アナタが足掻くほど弟は苦しむんじゃないんですか。」

「……へぇ。飛雄の事考えてるんだ?」

「それはちょっと違います。」

 

月島の瞳が真っ直ぐ音羽へと突き刺さる。

 

「僕にも兄貴がいるんです。アナタと同じようなカンジの。」

 

月島の兄 "月島明光"

歳は6つ上。弟の蛍がバレーボールを始めるきっかけを与えてくれた存在でもある。

明るく快活な性格で努力家。中学時代はチームのエースであると同時に主将を任されるなど高い実力を持ち、蛍の憧れそのものの存在だった。

 

兄弟仲は良好だった。蛍は兄によく懐き、明光も年の離れた弟にバレーを教えるなどよくかわいがっていた。

 

しかしそれは兄が中学を卒業し、当時強豪といわれていた烏野に入学後に大きく変わる。

 

スタメンにも選ばれず、落ちぶれていく様。

しかしそれを兄は隠し、必死に取り繕う。

弟に隠し続けられる――そんな訳がなかった。

 

月島はその時の兄の姿を思い浮かべる。

真っ暗闇の自室で絶望に陥る兄の姿。それを扉の隙間から見据える自分。

 

"兄弟だからこそ分かる。弟の苦しみ。"

無意識に自分の兄を音羽と重ねていた。

 

「必死になって、死ぬ気で頑張っても報われない。そんなものに縋って何が楽しいんですか?」

 

1度挫いても兄は立ち上がった。何が楽しいんだ?

月島にとって不思議でたまらなかった。

 

 

「うーん……必死ではあるけど縋ってるつもりはないよ?それに報われないだなんて……私は今両脚で地に足をつけてる。あくまでもまだ通過点に過ぎない。」

「…ッ…」

 

曇りのない凛とした音羽の返答に月島は息を飲む。

 

「脚を失ったのは不運だった。それが私の運命だった。ただそれだけ。」

「"弟のせいで事故をしたのに?"」

「ふふ。ほんっとうに言い方がキツいよね?月島君。」

 

初対面の時もそうだが月島は容赦がない。

それほど彼は本気で自分にぶつかっている。

 

「弟の立場として兄の姿を見た時、たしかに当時は月島君も苦しかったと思うよ。私も飛雄のことを考えたら何となく理解はできる。"自分のせい"だって思ってるかもしれない。私は決して飛雄のせいだとかそんなこと思ったことないけど。」

 

幾度となく目にしてきた。飛雄がなんとも形容し難い絶望に陥ったような無の表情で自分を見つめる瞳を。

さすがの音羽でもその姿から弟の気持ちは汲み取っていた。

 

「でも、それで全部を投げ出して諦めるのは違うと思う。……少なくとも、私の弟はそんなこと望んでなかったと思う。」

 

脚を失った絶望。そのまま堕ちていく様を弟は望んでいないはずだ。

そして何より"自分が一番望んでいないことだ"。

 

「月島君は?必死になっても報われないお兄さんの姿を見て、何かを諦めていくお兄さんを見てどう思うの?」

「……どう思う……って」

「また奮起して立ち上がるお兄さんの姿を見て、諦めていたものにまた食いつく姿を見て………月島君の中で苦しいってだけの感情だけが浮かぶ?」

「ッ……」

 

真っ直ぐと向けられる音羽の瞳はまるでカウンター攻撃のようだった。まるで心の奥底を押し広げてくるような。気味の悪い感覚だ。

 

「そんなこと無いはずだよ?ま、殆どが負の感情かもしれないけど……ほんの数パーセントでも、ほんの少しでも"希望"を感じない?」

 

音羽の顔に色彩が戻り始める。

 

「人が立ち上がる姿を――全部が全部否定的に捉えるなんてそんなこと無いはずだよ。」

 

生意気で嫌味ったらしく言葉を吐く月島も人間だ。

兄を不憫だと思う心もあったとしてもそれが全てでは無いはずだ。

 

「ましてや"血の繋がり"がある。私と飛雄、月島君とお兄さんには同じ血が流れてるんだから。」

 

"きょうだい"だからこそ通じ合う何か。

 

「"気が済むまで本気でやれる場所にいたい"――そう思うきょうだいを本気でバカにできないでしょ?」

 

「――なっ……」

 

既視感のある台詞に月島は目を見開く。

兄もそんなことを口にして笑っていた。

 

 

「私はバレーボールが好き。……弟も……そんな私の姿を見て前を向いて歩いてくれるって考えてる。」

 

音羽は抱いていたバレーボールを月島へと押し付けた。

 

「ただそれだけなんだよ。月島君。」

 

ブレのないしっかりとした言葉の数々に圧倒された。

言い返してやりたいこともあるはずなのに言葉が出てこない。押し付けられたバレーボールを両手で掴み、月島は唇をかみ締めた。

 

「((……って言っても、多分全部納得なんかしないと思う。――"そんな時は"))」

 

音羽は咄嗟に何かを閃く。

そして月島の腕を掴むと強引に引き付け無理やり歩き出す。

 

「……えっ、なっ!?」

「ちょっと来て?」

「ちょっ!離してください!」

「あ!もしもし?クロ君」

「ッ……」

 

音羽は月島の腕を引き、空いた片手で携帯電話を開くと黒尾に電話をかけはじめた。月島は必死に抵抗するが義足の相手に無闇矢鱈に腕を振り払うことは出来ない。下手をして怪我をさせたら"王様"に何を言われるか分からない。

 

 

「第3体育館いるよね?……うん。わかった。」

 

"今から行くね?"と話したあとに携帯電話を閉じる音羽。そして月島に不穏な笑みを向け目的地へと強引に連れていくのだった。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

第3体育館の扉を勢いよく開く音羽。

同時に3人の視線がこちらに向けられる。

 

 

「おや?」

「おやおや?」

「おやおやおや?」

 

赤葦、木兎、黒尾。

音羽が月島の腕を引いているというカオスな場面。主将2人組がニヤニヤと笑みを向けると音羽も面白おかしく笑を零していた。

 

「これはこれは妙な組み合わせですねー?」

「メガネ君って音羽と仲いーんだなー!?」

「((いや、どっからどう見ても不仲でしょう。))」

 

呑気な主将2人に呆れる赤葦。

接点のない2人がこの場所に来ること自体異例だ。

 

「自主練中ごめんね?彼が聞きたいことがあるって。私の意見だけじゃなくてみんなの意見も教えて欲しいな。」

「……」

「きっと私より、もっと具体的な答えをくれるはずだよ。」

 

音羽はボソリと月島に耳打ちをする。

そして月島の腕から手を離すとボールを受け取り、彼の背中を押したのだった。

 

 

「お!」

「なにかねー?」

「聞きたいこと……ですか?」

 

3人はゆっくりと音羽と月島へと歩み寄った。

その空気感に月島は緊張を走らせる。

 

「…………」

「何?怖気付いちゃった?」

「ッ…べつに…」

 

音羽のちょっとした挑発にムッと口元をとがらせる。なんとなく飛雄に似ている顔立ちが余計に月島をかき乱す。

 

「言ってみろよ?何を教えて欲しいんだ?」

「ヘイヘイ!!なんでもどーーーんと来い!」

「((木兎さん。真面目に応えてあげてくださいね。))」

 

"言ってみろ"と言わんばかりの空気感に月島はゆっくりと落ち着きを見せる。

なかなかない機会だ。東京の強豪校を相手に、隣には"あの女神様"もいる。またとないタイミングかもしれない。

 

「……ありがとうございます。」

 

律儀に礼を述べる。音羽はそんな彼の姿勢に安心の色を見せた。

 

 

「――梟谷も音駒も才華も、そこそこの強豪ですよね?」

 

まさかの発言に赤葦を除く3人がギョッと目を見開く。

 

「またそんな言い方……」

「くっ!」

「まあね」

「……((そこそこ……))」

 

月島は音羽達の反応に顔色ひとつ変えず冷静に言葉を続ける。

 

「全国への出場はできたとしても優勝は難しいですよね?」

 

「なんだって〜?」

「不可能じゃねえだろ!」

「まあまあ聞きましょうよ。仮定の話でしょ?」

 

「「イイ……」」

 

木兎は半ばキレ気味に返すがそれを抑える赤葦。木兎と黒尾は我慢するように堪えていた。

 

「僕は純粋に疑問なんですが……どうしてそんなに必死にやるんですか?さっき音羽さんにも聞きましたが……バレーはたかが部活で将来履歴書に"学生時代部活を頑張りました"って書けるくらいの価値じゃないんですか?」

 

音羽に問いかけた内容と同じもの。

今度は同性でもあり違う感覚を持つ木兎たちに問いかける。

 

 

「たかが部活って……」

 

すかさず木兎が反応を見せた。

 

 

「何か人の名前みたいだな?」

「おお!タダノブカツ君か!」

「2人とも何言ってるの?"タカガブカツ"でしょ?」

 

音羽は主将2人に容赦なくツッコミを入れる。

"いや、そこなのか?"と思わず返したくなるような先輩たちの会話に赤葦と月島は目を丸くさせた。

 

「だああ そうか!」

「人名になんねえ……惜しかったあ クソ!」

 

「……つっこんだほうがいいですか?」

「いいよ キリがないから。」

「赤葦君の言う通り。」

 

木兎の天然発言が幸をなした。

重苦しかった空気が一瞬にして払われる。

 

 

「あ! メガネ君さ!」

「月島です。」

「月島くんさーーー!」

 

 

木兎は1歩1歩 月島へと歩み寄る。

反射的に音羽は黒尾と隣に移動すると月島の表情が見える位置へと立つ。

 

 

「バレーボール 楽しい?」

「………いや、とくには。」

「それはさ、下手くそだからじゃない?」

「うっ」

 

図星を突かれる月島は後退る。

木兎に言われたからこそ深く突き刺さるものがあるらしい。

 

言うなれば彼は生粋のバレー馬鹿だ。多分彼からバレーボールを奪ったとして抜け殻のようになってしまうのは容易に想像できる。コート上ではしゃぐ彼の姿に音羽は木兎に不思議と惹かれるものがあった。

 

「……ストレート、だね。」

「木兎さんはああいう人ですから。」

 

掠れないストレート発言に音羽は苦笑いを浮かべた。隣ではいつもと変わらないと言わんばかりの赤葦が無表情のまま呟く。

 

そして木兎は月島へ更に言葉を返す。

 

「俺は3年で全国にも行ってるし。音羽なんて全日本ユースに選ばれた選手だ。お前より上手い、断然上手い!」

「言われなくても分かってます。」

 

月島は一瞬だけ音羽に視線を向けた。言わずもがな月島は彼女の強さを理解していた。ただただ脚を失っても猪突猛進にバレーボールと向き合う異常さだけは理解できないが。

 

初日の音駒との練習試合。孤爪の代わりに音羽が音駒のセッターポジションに立った時の事。

一つ一つの動作が恐ろしい程に的確だった。自分よりも遥かに体格も小さい。周りのメンバーたちも大きい人たちばかりなのに何故か音羽の存在はそれよりも大きく感じていた。豪速球を相手に怯むことなく飛び上がる瞬間も。義足で立ち向かう難しさも。まるで全て関係ないと言わんばかりの行動と反応。

センスと才能。磨き上げてきた体の使い方。

時には苦しそうに表情を歪めることもあったが"いつも楽しそう"だったのだ。

 

きっとあれが強さの要因だ。

 

 

「でも、バレーが楽しいと思うようになったのは最近だ。」

「え?木兎君そうなの?」

「おう!」

 

グルグルと脳内で考えをめぐらせていた月島。すると目の前で木兎が意外なことを口にし、音羽が即反応を見せた。

 

「ストレート打ちが試合で使い物になるようになってから。もともと得意だったクロス打ちをブロックにガンガン止められて……クッソ悔しくてストレート練習しまくった!」

 

木兎を阻むブロックの壁。

今考えると想像すらできないが木兎は何度も折れかけそうになったらしい。

 

「んで、次の大会で同じブロック相手に全く触らせずに撃ち抜いたった。」

 

立ちはだかっていた壁。

それを突き抜く自分のアタック。

 

「その1本で"俺の時代キター"くらいの気分だったねえー!フハハハハハッ!!ハハハハハッ!!」

 

体育館に木兎の明るく元気な笑い声だけが響いた。

木兎の背後で笑みをこぼす音羽達。月島はその光景を目の前に真剣で神妙な面持ちを浮かべていた。

 

「――その瞬間が"あるかないか"だ」

「ッ……」

「将来がどうだとか、次の試合で勝てるかどうかとか……一先ずどうでもいい。目の前のやつぶっ潰すことと自分の力が120パーセント発揮された時の快感がすべて!」

「あ……」

「まあそれはあくまでも俺の話だし、誰にだってそれが当てはまるわけじゃねえだろうよ。お前の言う"たかが部活"ってのも俺は分かんねえけど間違ってはいないと思う。」

 

木兎も木兎なりに月島の思う"たかが部活"というものを理解しようとはしていた。分からないが間違ってはいないと理解はできる。彼のことを全否定することはなく先輩としての考えを、思いやりを口にしていた。

 

そして再び木兎の顔つきが真剣なものに変化する。

 

「ただ もしもその瞬間が来たら――」

 

木兎は月島にさらに近づき、肩に手を添え力強く答えた。

 

 

「それがお前がバレーにハマる瞬間だ!」

 

バレーにハマる瞬間。

そのワードにゴクリ吐息を飲んだ。

 

「……ふふっ」

「木兎らしいな」

「…………」

 

木兎の背後で口元を綻ばせる3人。月島はそんな4人を目の前に心の内に秘めていた核に熱を帯びていくような不思議な感覚を滾らせていた。

その感覚が具体的に何なのかは分からない。しかし突き動かされるような熱に興奮さえ感じる。

 

「((……その瞬間……、ハマる瞬間……))」

 

――脚を失っても尚、なぜコートに立ち続けるのか。

影山音羽はなぜバレーボールと向き合い続けているのか。何をきっかけに?彼女を変えたものは一体?

 

彼女が女神と呼ばれ続ける理由は――

 

 

 

「はいっ!質問答えたからブロック跳んでね?」

「ええっ!?」

「はいはい 急いで急いで」

「あっ、ちょっ、あの……」

 

木兎と黒尾に体を押されコートへと連れられていく月島。

 

その陽気な光景を音羽と赤葦は微かに笑いながら見つめていた。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

――さらに次の日の夜

第3体育館にて――

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「月島君!」

「はいっ!」

 

体育館に響く音羽と月島の声。

 

「もっと飛べる?」

「……もっと?」

「うん。飛ぶ瞬間にもう少しここに力溜めてみて。バネみたいに、しっかり踏ん張って」

「はい。」

「それと!手はもっとこうして!傘だよ!傘!」

「一気に色々言わないでください。あなたの弟みたいになんでも直ぐに対応できる訳じゃないんで。」

「…………遠回しに飛雄の事褒めてる?」

「違います。バレーしかできないバカだって遠回しに言ってるんです。」

「ツンデレだよね。月島君って。」

「なっっ!!違いますけど!?」

 

ケタケタと笑う音羽。顔を赤く染めながらムッと口を尖らせる月島。

当初は最悪な関係性だったが変化していく。

バレーボールを心の底から愛する音羽に月島は自然と彼女に対して敬意を感じ始めていたのだった。

 

月島との2人の練習。

そして暫くすると第3体育館に仲間たちが集まって来る?

 

 

 

「音羽さん!お疲れっス!」

「んんんっ!?ツッキーと2人で何してんの?」

 

リエーフ、黒尾。

 

「ヘイヘイヘーーーーイ!!俺も混ぜろ!!」

「木兎さん。あんまり無茶しないでくださいね。」

 

木兎、赤葦

 

「月島!?それに影山のねーちゃん!チワッス!」

 

日向。

 

 

何も言わずとも集まり始める面々に音羽は自然と笑顔を見せた。

 

 

「ていうか月島!!影山のねーちゃんと秘密の特訓ずりーぞ!!」

「……ウルサイ」

「今日の練習の時!チラチラ影山のねーちゃんのこと見てたの知ってるからな!!」

「なっ!何言っ」

 

「おやおやおや???ツッキーったら恥ずかしがり屋なんですかねぇ?」

「黒尾さんも何言ってるんですか。」

 

「そういえば今日の朝、食堂で食器下げてあげてましたよね?月島が音羽さんの荷物を運んであげてたり。」

「……あの、赤葦さん。なんでこのタイミングでそういうこと言うんですか。」

 

「やっさしいじゃん!!さすがツッキー!!」

「…………もうやめてください。」

 

月島も口が悪いだけで決して悪い人間では無い。昨晩、あんな話をしてから無意識に音羽に目がいくのは自然な事だった。月島にとっては全て"ついで"という行動だが傍から見れば意識しているのでは?と騒がれるのも当然だった。

 

男子たちが盛り上がる一方。音羽は考える素振りをみせ 暫くすると閃いたように声を上げた。

 

 

「いち、にー、さん…………あ!ちょうど3対3できるね?」

「「「え?」」」

 

ポンッと手のひらに拳をぶつける音羽。

メンバーたちは目を点にして音羽へと視線を向けた。

 

「皆さんにお願いがあります。月島君を入れて3対3をお願いしまーす。」

「……何言ってるんですか。」

「私とずっと練習してもつまらないだろうし、せっかくだからやってみようよ?」

 

音羽の提案に月島以外は乗り気だった。

日向に至っては喜びを体全身で表すようにその場で何度も跳ね上がる。

 

「……今日は疲れたので。これで失礼しま……」

「月島君ってミドルブロッカーだよね?」

「それが何なんですか。」

 

立ち去ろうとする月島に音羽はわざとらしく声をかける。

 

「にしてはブロック下手だなーって。」

「なっ!!!」

「レシーブも苦手なの知ってるよ?」

「ッーーー!」

 

「「〜〜〜〜!!!!」」

 

容赦のない音羽の悪魔的な台詞にメンバーたちは必死に笑いを堪える。

"あの月島"に引くことなくそんなことを口走れるのはきっと影山音羽だけだろう。

 

「なっ!?下手っ……」

「え?上手いって思ってるの?」

 

飛雄よりも遥かに性格は悪そうだ。単純に音羽は頭も良い。それもあってか余計に挑発が上手かった。

 

というより"その気にさせるのが上手い"のかもしれない。

 

 

 

「せっかくタッパもあるのに。生かせられてない。」

 

音羽は持っていたバレーボールを月島へと投げた。

 

「私のほうが上手いと思うよ?ブロック。」

 

ニヤッと怪しげに笑う姿は弟と瓜二つ。

月島を余計に苛立たせ、やる気にさせる不思議なもの。

 

 

「ははっ……そこまで言うなら見せてあげますよ?」

 

バレーボールをしっかりと握りしめ音羽を上から見下ろすようにわざとらしく笑顔を見せる。

そして1人でコートに向かうその背中にメンバーたちはヒソヒソと呟き始めた。

 

 

「すっげー!あのツッキーがやる気になったな!」

「さすが。その気にさせるのが上手いですね。音羽さん。」

 

「黒尾さん!俺達もやってやりましょーよ!」

「うーっし!いっちょやってやりますかー?」

 

「俺にも指導お願いします!!」

 

 

今宵も第3体育館に

ボールの弾ける音が響き渡る。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「ッ……!サム!非常事態や!」

「なんやねん。うっさいわ。」

 

ドタドタと部屋に飛び込んで来たのは侑。

治は夏休みの課題を机に広げ、呆れ顔で侑を見上げた。

 

「お姉ちゃんから連絡が返ってこん!!」

「合宿って言いよったやろがい。お前に返す時間なんかないんやろ。」

「ンなわけへん!!今までも返信ひとつ、絵文字だけでも返信来よった!!」

「お前がしつこすぎるから愛想つかれたんやろ。ドンマイ。」

「そんなこと言わんといてや!グサッときよる!!」

 

治の隣に座り込む侑。

携帯電話を握りしめたままフルフルと手を震わせていた。

 

「どないしよ……お姉ちゃんに付きまとう"やな男"がおったら!」

「…………」

「サム!なんでもええから安心さしてくれる言葉を俺にくれ…」

 

刹那、机に置いていた治の携帯から通知音が鳴り響く。治は携帯電話を開くと落ち着いたままの様子で侑に画面を見せつけた。

 

 

「あ、お姉ちゃんから返信きたわ。」

「はぁぁぁあ!?なんっっでサムごときに返事が来んねん!!」

「ごときとは失礼なやっちゃな。俺はちゃんと空気読んでんねん。お姉ちゃんの邪魔せんよーに紳士的なメール送ってんねん。」

「ぅぁぁぁぁぁぁ!!負けた!サムに負けた!

 

 

――電話しよ。」

 

 

「そーいうところや、アホツム。」

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

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