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――7月27日 21時過ぎ
主将会議――
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食堂に集まる各校の主将たち。
シンと静まり返った広い空間。
長机の端に向かい合う形でそれぞれが鋭い視線で睨み合っていた。
「――今日も絶対勝つ」
猫の如く、キリッと目尻を上げ警戒する黒尾。
「ヘイヘイヘーーーイ……俺だって負けねえぜ?」
日中の練習の疲れを一切感じさせない。炯々と瞳を光らせる木兎。
「「((…………))」」
本気で向き合う2人に半ば呆れの色を見せるのは森然高校バレー部主将の小鹿野と生川高校バレー部主将の強羅だった。
「…………」
そして真剣に"手札"を見つめる烏野高校バレー部主将――澤村大地。
5人それぞれが向かい合う。
ゴクリと息を飲むような緊張感が走る妙な空気。
バレーの試合とは大きく違う雰囲気だ。
――そんな、見慣れないような見慣れているような空気に冷めた視線を向けるのは才華女子高等学校バレー部主将 影山音羽だった。
「あのー……"こんなこと毎晩やってたの"?」
強豪校の各主将が聞いて呆れた。
まさか"トランプ"を片手に本気のゲームをしているのだから。
「かーーーーっ!!分かってないですネー!?才華の主将さんは!!!」
「だって主将会議っていうから……てっきりちゃんとした」
「ちゃんとやってる事もやってる!…多分!!……あー、ほら!練習試合の成績の……得点のやつとか!…各校のメンバーの……調子とかさァ!」
「木兎君、かなり曖昧だけど?」
音羽を挟むように椅子に座る黒尾と木兎。
両側から勢いよく耳に飛び込む声のボリュームに思わず耳を塞ぎたくなる。
「木兎、お前は喋るな。」
「小鹿野の言う通りだ。」
「小鹿野も強羅も俺の扱い酷っ!!」
音羽の対面側、澤村を挟むように座るのは小鹿野と強羅。2人とも慣れた様子で木兎をあしらう。
「まーまー…皆落ち着いて……」
宥めるように一際落ち着いた声のトーンで話すのは澤村だった。音羽の真ん前に座る彼はいつも通り、誰よりも落ち着いていて優しい空気を纏う。
「…………」
音羽は手札を顔の前に掲げると隙間からこっそりと澤村を見つめていた。もちろん目は合わないし、澤村自体もこちらを気にしているようには見えない。
この合宿が始まって5日が経った。
ついに明日が最終日。明日の今頃は帰りの新幹線の中だろう。
あっという間の期間。その中で音羽はたくさんの良い経験をしてきた。
険悪だった月島との関係性も少しはマシになった。
今まで接点の少なかった赤葦と連絡先を交換するほど仲良くなった。
何故かリエーフに追いかけ回されるようになったし、同じく日向にも前よりも懐かれている気がする。
各校の面々との繋がり。それが音羽を更に強く進化させる。
――だが、なぜか澤村とは妙な距離ができてしまっていた。
お互い避けている訳でもない。普通に会話もしてきた。一昨日の夕方、義足の調子が悪く 上手く立ち上がれなった時も遠くから駆けては手を差し伸べてくれた。
「((……でも……なんか変なんだよね。))」
音羽はムウっと口を尖らせる。もどかしい変な距離感に胸がモヤモヤとくすんでいた。
テーブルに両肘をつき目元から下をトランプで隠す音羽。澤村とは目が合わない――
「つーか音羽!やっと来てくれたな?初日から声掛けてたのに全然来てくれないですし?」
モヤモヤと胸中を曇らせていた時、左隣に座る黒尾が嬉しそうに声を弾ませ背中をポンッとやんわりと叩いてきた。
「いや、だって主将会議って言ったって私はみんなに混ざる事じゃないと思ってたし。……さすがに最終日前夜は来ようって決めてただけ。」
毎日決められた時間。各主将が食堂に集まって次の日の練習試合の組み合わせや段取りを決めていた。(その中にババ抜きも込)
音羽は初日から声をかけられていたが正直自分はこの場所に参加するほどの立場では無い、恐縮だと考えていた。
しかしさすがに毎日声をかけられると参加しない訳にもいかない。ならば最終日前夜だけでもと考えたのだ。
「それに 赤葦くんにもお願いされたの。"木兎さんが音羽さんを何度主将会議に誘っても来てくれないってずっと文句を言ってる"って。私が主将会議に参加しなくて最終日にもしょぼくれモードに入ったら困るって。」
「なっっっ!あかーしがそんな事言ってたのか!?」
しまいには今日の昼過ぎに赤葦にもお願いされたのだ。鬱陶しいくらいに木兎が文句を言うものだからと。赤葦はチームのことを考えて先輩である音羽に頭を下げてきたのだ。
さすがに赤葦からもお願いされるとなると……放っておくことはできない。
「ま!明日のメニューは監督が既に練ってるって聞いてるし。今日は実質ババ抜き大会だけって事デスヨ。」
「なあなあ!罰ゲームどーする?1発芸とか!?」
「木兎、あんまり無茶苦茶なの考えるなよ?どうせ負けるのお前なんだから。」
「もう負けねえ!!顔にも態度にも出さないからな!」
「無理無理。」
ちょっとした小競り合い繰り広げる木兎と黒尾。
そして向かいでは強羅と澤村が互いのチームメンバーのことを話し合っていた。
音羽は右斜め前に座る小鹿野と目が合う。すると思い出したように音羽は口を開いた。
「そういえば小鹿野君。千鹿野君が前のユース合宿から選抜されたんでしょ?」
「ああ。ていうか何で知ってるんだ?」
「ユース合宿に中学から選抜されてる男バレの後輩がいてね?新しい子が入るといつも教えてくれるの。」
「……なんか怖いな、そいつ。」
「ふふっ。私の可愛い弟分がいるんだけど……宮侑って言ってね――」
音羽は健気に嬉しそうに笑った。
この場に同性はいないが自分と同じくバレーを愛す仲間たちがいる。それだけで嬉しかった。自然と笑顔が零れるのは当然の事だった。
ババ抜き開始の直前、それぞれが談笑する中。音羽の真ん前に座る澤村が不意に自分に声をかけた。
「音羽、体調は?」
「え?特に何もないけど?大丈夫だよ?」
「…………」
「大地?」
咄嗟のことに音羽は驚きを隠せなかった。優しくて聞きなれた声で名前を呼ばれると無意識に肩が跳ねる。それはいつもと違う距離間が生み出した不思議な感覚だった。
「何も無いなら心配ないな?」
「?……うん?」
曇りのないいつもの優しい笑顔。
しかし音羽の頭には無数の"?"が交差する。
「((……もう、なんなの大地……))」
今まで澤村とは喧嘩のひとつやふたつは経験してきた。しかしハッキリと喧嘩だとわかるものとそうでないものとでは話が違う。理解できない距離感。音羽は全く分からなった。
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――45分後
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音羽と木兎が向かい合う。
無表情を貫く音羽とふるふると手を震わせながら必死に取り繕う木兎。
「…………」
「……さっ、さあ来い!!選べ!!」
音羽の手札は1枚。
木兎には2枚。
「どっちかなーー」
「うっ……ぐ……」
「((目が左に泳いでる……ということは右のカードがババ……))」
音羽は木兎を見破りババでは無いハートのエースのカードを狙う。右手親指と人差し指でしっかりとカードを引き抜こうとするも木兎のとんでもない指圧によって引き抜けない。
「ちょっ!渡してよ!」
「やめろ!そのカードは持っていくな!」
「私はこのカードを選んだんだけど?離してくれる?」
「ぐぬぬぬぬぬっ!」
「ほらほら。また罰ゲーム楽しみにしてるからさ。」
「ヤメロォぉぉぉぉぉぉ!!」
木兎の悲鳴が食堂に響き渡る。
その光景を他の主将ズが面白可笑しそうに見守る。
「木兎ー。往生際が悪いぞー。」
黒尾がひょっこりと顔をのぞかせ木兎を弄る。どんなに頑張っても負けは確定なのに頑なに認めない木兎。下手をすればこのまま明日にかけて しょぼくれモード発動が濃厚かもしれない。赤葦が顔を真っ青にして倒れないか心配だ。
しかし勝負は勝負。音羽も誰よりも負けず嫌いだ。意地でもカードを奪おうと隙を見つけて一気にカードを抜き取る。
「うっ、なっ!!あっ!」
「はい。アガり〜!ハートのエース!!」
「なぁぁぁぁぁぁあ!!また俺の負けぇぇ!」
手にしていたジョーカーを机に勢い良く置くと両手で顔を覆い隠し悲鳴を上げる木兎。
「「((本当に心理戦に弱いし直ぐに顔に出るな……。))」」
小鹿野と強羅は呆れ顔で木兎を静かに見据えた。木兎の表情や挙動があからさますぎて全くもってゲームにならない。一度ババが木兎に渡ったら永遠に手元から離れないのだから。
「音羽が隣だったのが運の尽きでしたね〜?」
「孤爪並に分析能力高いだろうし。」
「木兎はなんでもかんでも直ぐに顔に出るからな〜?」
「ははっ。音羽は勘も良いしババ抜きにおいても最強だな?」
黒尾達の言葉に続くように澤村も音羽を褒め称える。いつもと変わらない笑顔――以下同文
結局このババ抜き大会の中でも澤村との距離は縮まらないまま終わりそうだ。
「うーーっし!!今日はもう一戦……」
黒尾がジャージの袖を腕まくりして"最後の一戦"と意気込もうとした時。
「――"失礼します。"」
食堂の出入口の引き戸が開く音ともに聞きなれた女子生徒の声が飛び込む。
「「「ん?」」」
一気に全員の視線が声の主の元へ。
現れたのは――
「潔子ちゃん!」
烏野高校男子バレー部 マネージャー
"清水潔子"
後は寝るだけだと言わんばかりの夜間着姿。ツヤツヤと艶を放つ黒髪が妖艶ささえ感じさせる。
「もう会議は終わった……みたいね?」
「清水?どうしてここに?」
澤村は椅子から腰を持ち上げ問いかけた。対し清水は笑顔を向ける。
「"音羽を迎えに来たの"。あと少しで消灯時間だし。食堂から教室まで遠いし廊下も暗いし。それに女子マネージャーの階は男子禁制でしょ?主将といえど誰も近づけないから。」
清水はゆっくりとした足取りて主将ズの元へ近づく。そして音羽の座る椅子の背もたれに手を添えると音羽へと優しい笑みを向けるのだった。
「ふふっ。ありがとう潔子ちゃん。」
「どういたしまして。女子マネージャーのみんなも待ってるし、早く行こう?」
清水の手に支えられゆっくりと立ち上がる。
「女子たちはこれから恋バナですかー?」
「しーーっ!そういうのは男子には言えません、秘密でーす。」
茶化すように黒尾が呟く。
「へぇーー!いーなぁ!恋バナ!!面白そう!!」
「木兎くんはなんでもかんでも"楽しいとか面白い"に変換できるの、ある意味天才だね?」
女子マネージャー達の恋バナなんて辛辣に決まっているのに それさえも想像しないまま"ただ面白そう"だと変換できる天然さには脱帽だ。
「それじゃあみんな、また明日ね!主将会議お誘いありがとうございました!おやすみなさい!」
「うぃーーっす。夜更かしすんなよー?」
「音羽おやすみーーー!烏野マネも!!」
「また明日な。」
「気をつけて戻れよー?」
「おやすみ。」
黒尾、木兎、小鹿野、強羅――そして澤村。
それぞれ立ち上がると食堂外まで向かい彼女たちを見送る。
「……うー寒い。今日はいつもより冷えるね?上着持ってくればよかった。」
音羽は両手で体を抱きしめるように身震いした。
昼間とは大きく違い気温が一気に下がっていた。それは夜が更けるほどに寒さを感じる。
「私のジャージ使って?」
「そんなダメだよ?大丈夫大丈夫!潔子ちゃん風邪引いちゃ――」
清水が烏野排球部と背にか書かれた黒ジャージを脱ぐ仕草を見せたその時。突如音羽の体に一回り以上大きな上着が覆い被さる。
「…えっ」
清水は目の前で起こった出来事に思わず声を上げる。
続けて主将たちもその光景に目を丸くさせた。
「……」
「おおっ!?」
「((さすが烏野主将))」
「((誰もが憧れる幼なじみポジション……ってやつか))」
無言で静かにその光景を見つめる黒尾。豆鉄砲を食らったような様子の木兎。しみじみと両腕を組む小鹿野と強羅。
「えっと……大地?」
音羽は背後に立つ澤村を見上げた。何故かいつもより大きく見える彼の姿にじんわりと胸が熱くなる。
「…ほら。俺の羽織ってけ。」
「え」
「え、じゃない。お前こそ風邪引くわけにはいかないだろ?」
「でも……」
「でも、じゃない!いいから素直に羽織っていきなさいよ!」
澤村の大きなサイズの黒ジャージ。微かに香る洗剤の匂いと覚えのある澤村の匂い。すっぽりと体を覆う大きなサイズ感はアンバランスだが寒さは感じなくなっていた。
「あ、アリガト……」
「…………」
「明日洗って返すから!」
「別に明日もそのまま使ってくれたらいい。替えもあるし、合宿が終わってから影山経由で返してくれても問題ない。」
優しい澤村の言動。
昔から変わらない気の利く行動、音羽の様子を見過ごさない視線。それには誰も間に入れない特別な距離があった。
「そんじゃ!2人ともおやすみ!」
照れ隠しのようにポーカーフェイスを向ける澤村。
その場を立ち去ろうと踵を返す彼を"清水が見逃すわけが無かった"
「澤村」
「ギクッ」
背を向ける澤村の肩に掴みかかる清水。その声色は少し怒っているような真面目な声だった。
そして耳元で澤村にしか聞こえない声の音量で呟く。
「……音羽。気にしてると思うよ。」
「…………」
「ちゃんと話してあげないと。悔いが残る合宿になるよ?」
「っ……」
"忠告はしたからね"と言い残すと清水は何食わぬ顔で音羽の元へと戻る。
「潔子ちゃん?」
「ほら、早く行こう?みんな待ってる。」
清水は音羽の肩を支え その場から立ち去る。
そして残された男たちにみょうな空気感が取り残された。
「……いいな、幼なじみ」
「うんうん」
小鹿野と強羅は羨ましそうに呟く。
「なに!?幼なじみって!」
「澤村と音羽ちゃん。あの2人って昔からの幼なじみらしいな?」
「え!?そーなの!?確かに仲いーなーって思ってたけど!」
木兎が過剰に反応を見せ 澤村へと詰め寄る。"音羽と昔からの知り合いって事は昔から音羽のバレーを見てきたのか!"なんて全くもって恋愛観ゼロの主観に呆れてしまうほどだ。
「あ……ま、まあ。そういう仲だな。」
「昔からって……じゃあこーーんなにちっさい時から音羽のバレー間近で見てきたのか!?」
「まあ……」
「えーーー!ずりーー!羨ましい!!俺もオサナナジミっての欲しい!」
幼子のようにはしゃぐ木兎。
すると今度はそんな彼にも迎えが現れる。
「――"木兎さん。消灯時間来ますよ"。」
「おっ!!あかーし!!!」
「みなさん。木兎さんがお世話になりました。」
梟谷のセッター 赤葦京治
まるで保護者のような佇まいは見慣れてしまった。
「なあ!あかーし!教室までどっちが早いか勝負しよーぜ!!」
「しませんよ、何時だと思ってるんですか。もう寝ようとしている人もいるでしょう。」
「いいじゃーーーん!赤葦たまにはノってきて!」
「ちょっ、…本当にやめ――」
赤葦の制しも虚しく木兎は勢いよくその場から走り去る。
そしてそんな赤葦を可哀想だと思う小鹿野と強羅も追いかける。
ポツンと残された澤村と黒尾。
未だに音羽が去っていった方向に視線を向けたままの澤村の背中を黒尾はじっと見つめる。
「……ふーーん……」
音羽に対して特別な思いを抱く澤村。
それを見透かす黒尾。
形容し難いその感情に青い春はさらに更けていく。
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――時は遡り 同日の昼休憩時
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「はい。お弁当のゴミ 回収してくね?」
音駒のメンバーたちが午前の練習試合を振り返りながら昼食の弁当を食していく最中。
"臨時 音駒女子マネージャー"こと影山音羽がゴミを集めていく。
「音羽さん!俺がやるんで座っててください!!」
「大丈夫。山本君座ってて?まだ食べてる最中でしょ?」
「音羽さーーん!すいません!お茶オカワリください!」
「おいリエーフ!それくらいお前が行けっての!」
「いいのいいの夜久君。皆は次の午後一の試合に備えないとでしょ?」
「音羽。ゴミなら後でやるし、無理すんなよ?」
「クロ君 問題ないよ?寧ろ私先に食べてるし、こうやってみんなの助けになれるのが嬉しいから。」
嫌な顔ひとつ見せることなく率先してマネージャーとしての責務を全うする音羽。どうやら本人は頼られる方が嬉しいらしい。じっとしているのが苦手という彼女の考えだからこそ全てを否定するのも申し訳ないと全員が思っていた。
「……あ!音駒のウォータージャグ空っぽになってる!他の高校から分けてもらえるか確認してくるね?」
麦茶が入っていたジャグが空っぽに。遅れてリエーフが"重いんで俺が行きます!"といい切る前に音羽は走り去っていく。
「……マジで」
「頼りになるよね、音羽ちゃん。」
「あんまり無理させないようにしないとな」
黒尾、夜久、海が順々に呟く。
当の本人は何も気にしていないようだが頼る側はそれなりに気遣うものだ。
立ち去っていく音羽の後ろ姿を見送るメンバーたち。
すると刹那、携帯電話のバイブレーションが机を小さく震わせた。
「ん?携帯?」
黒尾の視線の先にはテーブルに置かれたピンク色の携帯電話。それは紛れもなく音羽のものでブルブルと震え続けている。
「音羽さんの携帯だね。……って、切れたと思ったらまた鳴ってる……」
孤爪がそっと携帯電話を持ち上げる。
何度もバイブレーションが途切れては再び振動を繰り返す。誰かが音羽に電話をかけているらしい。
「何回も鳴ってるけど緊急かな?」
「画面見せてみ?」
孤爪は黒尾に携帯電話を手渡す。
人の携帯電話を開くのは少し抵抗があるが もしかすると緊急かもしれないと黒尾は画面を確認する。
「……ツム?」
「「ツム??」」
画面に映し出されているのは人名に違いないのだが……ツムとは何者だ?
「ん?ツム?」
「片仮名でツムって表示されてる。」
「……人の名前、ですよね?」
「多分そうだろうけど。」
夜久と山本がひょっこりと覗き込む。
黒尾の冗談かと思いきや本当にツムと表示されているのだ。
「って!また切れたと思ったら鳴り始めてるし!」
「ツムってなにもん?黒尾知らないの?」
「なんで俺が知ってるって前提なんですかー?」
何度も通話を知らせる通知にリエーフはギョッとしていた。夜久が黒尾に聞くが知っているはずがないと断言する。
「一応出とくか?」
「え?本気で言ってる?クロ。」
「だってこんなにかけてくるなんておかしいだろ?音羽もまだ戻ってこないし――」
黒尾は何となく相手が"男"ではないかと勘づいていた。トラブルになるようなことでは無いのを願うしかない。もしくはほんとうに緊急かもしれない――なんで適当に脳内で理由をつけて応答ボタンを押し込む。
「…………」
『ぉ……おおおお!お姉ちゃんやーーって出てくれた!?』
黒尾の耳に飛び込むのは予想通り男の声。そして想定外なのが関西弁だということ。
「…………」
『お姉ちゃんメール見てくれとる!?返事がなかなか来んから心配で……!ていうかサムには返信それなりに早いのになんで俺は遅いん!?妬くで!?可愛い弟の侑君が悲しんどるで!?』
「…………」
『ってゴメンな!昨日電話してくれてんのに……でも返事無いと何かあったんかなって不安になんねん!……もしかして怒っとる?なんも言わんと……怒っとる!?せやろ!』
止まらない電話の向こうの男の喋り。
黒尾は予想外すぎる相手の弾丸トークとストーカーさながらの雰囲気に完全に体を強ばらせていた。
「ん?黒尾?」
「どうかしたのか?」
夜久と海が傍で心配そうに呟く。
「ちょっ……黒尾さん固まってるし!?何者なんスか!?」
「……クロ?」
さらに黒尾の周りに集まる。
「どーーーしたんですかー!?誰だったんですかー!?黒尾さーーん!」
そして空気を全く読まないリエーフの大きな声。
「ちょっ!バカ!リエーフ!声がデカ……」
あまりにも大きな声に黒尾は慌てて声を上げた。
そしてその声が電話口の相手の耳に聞こえていることを送れて理解すると慌てて口元に手を当てる。
『――アァ゛ン?誰やねんオマエ。』
「「!?!?!?!?」」
先程の明るい声と打って変わってどす黒く低い声が飛び込むと黒尾は慌てて電話を切った。
「あ」
反射的に起こしてしまった行動に黒尾はサアッと背筋が凍りつく。
なんとなく直感的に"やばいことをしてしまった"と考えていた。
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『……なあ、お姉ちゃん』
「あのね侑。ちょっと聞いて…」
『なんでお姉ちゃんの携帯に電話したら知らんやつが出たん?』
「だから侑、聞いて…」
『なかなかええ声しとったで?ひっくいええ声聞こえてきてん』
就寝前の廊下にて。
音羽は必死に侑を宥める――が。
『"オトコやったけど?"』
地雷を踏んでしまった。
今日の昼間の一件以来、何故か音駒のメンバーたちがよそよそしかった理由はきっとこれだ。
そして何故か"音羽はやばい男にモラハラストーカーをされている"だなんて妙な噂も立っていた。
『……なんで?携帯渡す仲なん?』
「あのね侑。テーブルに携帯置いていって……その時に鳴り続けてた通知を心配してくれて、その人が出てくれただけ…」
『ははっ、そんなんただの言い訳やろ?……お姉ちゃんの傍におるオトコなんか信用してへんて。』
さらにヒートアップする侑の嫉妬。
過去最高の嫉妬レベルにさすがの音羽も頭を抱えた。
彼はこうなると正直大変だ。謎の独占欲。容易に今の侑の表情が手に取るように想像出来る。
『なあ、ホンマに嫌やねん。お姉ちゃんのそばに何人もの獣がおるって考えただけで……頭おかしくなる。』
ヤンデレ侑の覚醒。
『……マジで……殺らんと気が済まん』
「((……マズイマズイマズイマズイ))」
本領発揮する侑。
しかしそれは片割れの力によって封じられた。
『"オイ、アホツム。"』
電話口から聞こえるのは治の声だった。
『オトコやなんや聞こえてきたけど当たり前やろがい。お姉ちゃんは今合宿中やて散々言っとるやろがボケ。』
『でもぉ!!おかしやろ!!なんでお姉ちゃんの電話にオトコが出るん!?しかも1人ちゃうし!何人も声聞こえてん!』
『お前な。お姉ちゃんの事になると一気に精神年齢下がるのなんとかせえや。』
『アカン!!やっぱり東京行く!!新幹線代かしてくれ!!』
『じゃかあしいわ!!さっさと寝えやボケ!!』
『いややぁー!俺泣いてまう!』
『泣け泣け!ブッサイクな顔お姉ちゃんに送り付けたるわ!!――"こっちは任せとき、お姉ちゃん"。』
……気のせいだろうか?
さっきまで殺気に包まれていた侑が微かに泣いていた気がする。
電話が切れた数秒後。
治からメッセージが届く。
"大したことないし ただのアホやから気にせんでな お姉ちゃん"
治がいてくれて助かった。
過去一番。心の底からそう思った音羽であった。
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