影山姉弟   作:鈴夢

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夏の大三角

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合宿最終日――

――午前5時

 

 

 

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外の闇は少しずつ薄れ、粒子の粗い景色が広がっていく。暗くて形しか分からなかった校舎の形。山の形、鉄塔――校庭に置かれたサッカーゴールの輪郭などが徐々に姿を現わし始める。

 

「…ふー……寒い」

 

真夏の早朝の空気。森然高校の気候は最高に心地が良い。冬の寒さとは違う気持ちの良い寒さ。

 

音羽はゆっくりとベンチから立ち上がると深呼吸を繰り返し空を見上げる。

 

新鮮な空気を体内に循環させる度に生きている心地がした。胸いっぱいに酸素を取り込む度に体が整っていく。

 

無機質な左脚だとしても "私は生きている"

 

 

 

「…おはよう。姉ちゃん」

 

瞑想するように瞼を閉じたその時。

背後から飛雄の声が響く。

 

「おはよう、飛雄」

 

影山姉弟の朝のルーティン。

それは例え合宿先であろうとも変わらない。

 

お互い誰よりも早く起床し、身支度を整えトレーニングウェアに着替える。

そして朝日が昇る前に体を動かす。

 

「最終日"も"早朝トレーニング…」

「飛雄こそ。毎日誰よりも早起きしてランニング…」

 

向かい合う2人。

相変わらず昔から変わらないやり取りに姉弟は無意識に笑みをこぼした。

 

「…っ……」

「ふふっ、」

 

どんなときも考えることは同じだ。

 

「さすが"姉弟(きょうだい)"。血は争えないね?」

「そうだな。」

「顔色いいね。ぐっすり眠れた?」

「…日向の寝相と田中さんと西谷さんの寝言にうなされた。」

「その割には元気そうだし大丈夫でしょ?」

 

飛雄の睡眠時の環境に容易に想像が着いた。

大変そうではあるが楽しそうだ。それが何より。

 

「姉ちゃんは?幻肢痛は?寝れたのか?」

「夜中にちょっと起きたくらいかな。だけど薬も飲んだし大丈夫。」

「あんまり無理すんなよ。薬はまだあるよな?」

「うん。大丈夫。」

 

姉の優しい笑みにホッと安堵する飛雄。いつもより元気で溌剌とした姿は弟の飛雄にとって何よりも嬉しいものだった。

 

 

「ねえ飛雄。ランニング終わったら私のサーブの練習付き合ってくれる?」

「わかった。なら俺もトスの練習見てほしい。」

「うん。…なら45分に第1体育館前に集合ね?」

「おッス。」

 

2人はコツンと拳と拳を軽くぶつけ合い再び笑みを向けあった。

 

「最終日も頑張ろうね 飛雄!」

「ああ。」

 

そして飛雄は反対方向へと踵を返す。

音羽も同じく体を解すようにストレッチを始めた。

 

 

"さあ、今日も

バレーボールは面白いと証明するんだ"

 

 

 

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「っしゃあ!!」

「ナイッサー!クロ君!」

 

白熱する合宿最終日の練習試合。

 

「ジャンプサーブの威力すごい上がってるね。」

「音羽のアドバイスのおかげデスよ。」

 

「研磨君も!さっきのフェイクトス凄かった!」

「…別に。音羽さんの真似しただけだし。」

 

森然を相手に次々とサーブでポイントを稼ぐ黒尾。さらに磨きのかかかった研磨のトス。それに引かれるように音駒全体の士気も技術も高まる。

 

 

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「"…音羽さん すみません…お願いします。"」

 

音駒の待機中。ドリンクを作り終え 選手達に配布を終えた音羽の元に現れたのは梟谷の赤葦の姿。

その表情は絶望的だ。

 

「……まさか。」

 

その様子を目の前に 音羽は直ぐに"察した"。

 

「嘘でしょ!?またしょぼくれモード!?」

「各校のブロッカーも木兎さんに慣れてきたせいか…やけに今日は阻まれているので。しかも最終日。最後の最後にこの調子だと引き摺る可能性が高いです…」

「…赤葦君。本当に大変だね…」

 

"…任せて"とわざとらしく赤葦の肩に手を添え、梟谷対烏野のコートへと向かう。

ちょうどタイムアウト。時間は限られている。

いかに数秒間で木兎を奮い立たせるかが肝だ。

 

「………もうダメだ…俺はもう…」

 

チームの輪の中で項垂れる木兎。

監督をはじめ選手達は見慣れた光景にため息混じりの空気を纏う。女子マネージャー達は呆れ顔でそれを見据え、助けるつもりさえないと言わんばかりに静かに見守るのみだった。

 

そんな重苦しい場所に、赤葦に連れられ現れたのは音羽だった。

 

「…木兎君。」

 

音羽は木兎の目の前に立つと真剣な眼差しで彼を見つめる。

 

「最終日。ここでかっこいい所見せたら――」

 

わざとらしい芯のある声色。

梟谷の面々はゴクリと息を飲む。

 

「――日向君に飛雄。あの超絶クール月島君も……後ろでうずうずしてる山口君も……」

「……ん?」

 

パッと顔を上げる木兎。

芝居がかった彼女の空気にまんまとのせられ、騙される。

 

「彼ら…即ち"弟子"達に尊敬されること間違いなし。」

「……」

「木兎君は"師"。師弟。」

 

木兎の頭部に稲妻が落ちる感覚。

ビリビリと脳天から足のつま先まで衝撃が落ちる。

 

「でっ…弟子…」

「そう。弟子。」

「弟子…か」

「うん。弟子だよ。」

 

"弟子"という聞きなれないカッコイイワードに息を飲む木兎。

 

「((単細胞もここまで来たらヤバイな))」

「((ちょろすぎだろ))」

「((大袈裟な音羽ちゃんの演技が効いたな))」

「((赤葦ナイス人選))」

 

木葉や小見、猿杙に鷲尾――

テンションを戻しつつある木兎を目の前に安堵の色を見せた。

 

 

「おおおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「……赤葦君。こんな感じで…」

「助かります。」

 

雄叫びを上げながらコートに走り戻る姿を横目に音羽は何事も無かったかのように音駒のメンバーたちの元へと戻っていく。

 

 

「ヘイヘイヘーーーーーイ!!弟子達よ!!!俺の姿を見よぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

「おお!木兎さん復活した!?」

「((…姉ちゃん。余計なこと言ったな。))」

「弟子ってなんですか。」

「…エースの復活…音羽さんが絶対何か言いましたよね。」

 

日向、飛雄、月島、山口

烏野の1年ズは半ば彼のテンションに引きながらも試合再開を喜んだ。らしい。

 

 

 

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「…あの、音羽さん。」

「ん?月島君?」

「さっきの対音駒戦の時のブロック。どうでした?」

 

パタパタとTシャツの襟元を仰ぎ、汗を拭きながら音羽に近づくのは月島蛍。小休憩の合間に音羽の様子を伺っては少し緊張しつつも問いかける。

 

「ワンチも狙えてたし良かったと思うよ。でも後半になると疲れて顎が前に出やすくなるのが癖だと思うからしっかり意識して。」

「他には?何かありますか。」

「相手のコース絞りも上達してる。クロ君のストレートを上手く誘導してカバーしてたし…むしろこの短時間で凄い成長だよ。」

 

まさか"そこまで"自分の姿を見てくれていたとは驚きだ。欠点を指摘する中でも音羽は必ず良い部分もフィードバックできる人間性を持ち合わせていることも月島は同時に理解した。正直のところ先程の試合では上手く立ち回ることができなかった。

あの影山飛雄(王様)の姉。弟と同じく嫌味ったらしく、もしくはつらつらと上から目線で欠点のみを口にするかもしれないとも予想していたがそんなことはなかった。

 

「…ありがとうございます。」

 

みんなが言う"女神様"。

その言葉の通りだと月島は認めざるを得なかった。

 

 

 

そんな音羽と月島のやり取りを見据える烏野メンバー達。

 

 

「な、…なあ…見た?旭。」

「ああ……あの月島が…ッ」

 

菅原は東峰の隣へと立つと小さく声を震わせ 東峰は口元に手を添えると今にでも泣き出しそうだ。

 

 

「月島!成長したなあ!!」

「ちょっ…やめてください菅原さ…」

「日に日に上達するブロック!俺も負けられないな!」

「東峰さんも…っ…ちょ…」

 

月島が音羽を何となく毛嫌いしていたのは全員が知っていた。そもそも最初から飛雄とも一悶着あった関係。その姉も色んな意味で訳ありでもあり初対面は最悪だったとも3年生は聞いていた。

菅原と東峰、2人はバレーに向き合う月島の姿勢の変化に対して喜びを浮かべていたことも事実。がしかし、それ以上に音羽とコミュニケーションを上手く図る彼の行動にも喜びは隠せなかった。

 

 

「月島ばっかりズリーーぞ!!」

「龍の言う通りだ!!俺も音羽さんと"秘密の特訓"したかったぜ!!」

「…その言い回し、嫌なのでやめてください。」

 

田中と西谷に詰め寄られる月島。

 

 

「ツッキーが!先輩たちに可愛がられてる!……なんだろう、なんか泣きそう…」

 

うるうると目元を滲ませる山口。

 

「ちっくしょー!月島がどんどん上達してく!俺も負けてらんねぇぇぇ!」

 

圧倒的に成長していく月島に食らいつくように声を上げる日向。すると彼は直ぐに音羽の元へと駆け抜けると期待に瞳を光らせ 超至近距離で詰め寄る。

 

「音羽さん!!俺は!?俺のサーブ!!この前教えてくれた通り!タイミングとか!打ち方…」

 

「日向ボケェ!近いんだよ!」

 

そしてそれを阻止する弟の飛雄。

 

「ちょっ!なんだよ影山!俺も音羽さんからアドバイス欲しいんだっての!」

「ハァ!?あのな!言っとくけど姉ちゃんはお前に構えるほど暇じゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"飛雄"」

「うっ…」

 

刹那、声色がワントーン以上低くなる音羽の声。

それに分かりやすく怯える飛雄。

 

「またそんな言い方。日向君に謝りなさい?」

「な……ぐっ…」

 

絶対的姉の権力に勝てることなく飛雄はしゅんと小さくなっていく。

 

 

 

 

「…俺達も……なあ?龍。」

「ああ、ノヤっさん…」

 

「「あんなふうに怒られたい。」」

 

その光景を目の前に目を炯々と光らせ 真剣な眼差しで姉弟の関係性に憧れを抱く2名。(その背後では呆れ顔の清水)

 

 

「あっれー?王様?いつもは"姉貴"って言うのに"姉ちゃん"だって。」

「音羽さんの前だと何も言えなくなる影山って面白いよな。」

 

くすくすと小馬鹿にする月島と山口。

影山はその場で何も言えないまま顔を真っ赤に染めるのみだった。

 

 

 

 

「………」

 

和やかなチームの雰囲気。

それを静かに、真面目に見守るの監督の武田。

 

この合宿でようやく影山音羽をこの目で見ることが出来た。今までは人伝いで"影山音羽はこんな人だ"という情報のみだけをインプットしていた。

 

"無名のチームをたった数ヶ月で強豪と言われるチームへと開花させた。"

 

一体どんな人物なのか。

どんな風にチームを作り、チームで戦い、チームを勝利に導いたのか。

 

そして――

脚を失っても両脚で立ち続けるその力の源は――

 

 

 

 

 

 

 

「音羽さんは…やはりすごい人ですね。」

「……はい。」

 

武田は隣に立っていた澤村へと声をかける。彼もまた、武田と同じようにじっと静かに音羽を、チームを見守っていたのだ。

 

 

「あいつは……"音羽は昔から凄いんです。"」

 

武田は視線を音羽から隣の澤村へと移動させた。

そんな彼の横顔。それはうつくしい夢のように、うっとりした目をしていた。表情全体が柔らかく、武田は初めて澤村の違う一面を目にしたのだった。

 

 

「自然と人が集まる。皆 無意識のうちに音羽に惹き付けられる。…例えそれが音駒だろうか梟谷だろうが関係ない。――みんな無意識に彼女について行く、受け入れる。」

 

 

昔から何も変わらない。

歩き続ける彼女の姿に惹かれ続ける澤村。

 

「どんなに険しい道があっても……音羽は歩き続ける、飛び続けますよ。」

 

澤村は武田に視線を移し 力強い眼光を向ける。

 

「皆が羽を授ける。」

「……羽を授ける…ですか。」

「はい!俺もその1人ですから。」

 

澤村らしい笑顔と言葉。それに武田も釣られて口元に笑みをこぼしたのであった。

 

 

 

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――いかにも夏らしく澄み渡った真青の空

その絵の中に真っ白な入道雲が沸き立つ――

 

 

 

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体育館横の広いスペースに並べられたテーブルやバーベキューコンロの数々。マネージャーたちや父母たちの手で握られた大量のおにぎり、カットされたスイカ。

 

そして焼かれるのを待っている新鮮な肉に野菜たち。

 

 

「――"エヘン。1週間の合宿 お疲れ 諸君"」

 

猫又監督はメンバー全員の前で激励の言葉を発する。

 

「空腹にこそうまいものは微笑む。存分に筋肉を修復しなさい!」

 

奮い立つようなハッキリとした声にメンバー達は飢えた獣たちのごとく食いかかる。

 

 

「「「いっただっきまーーーす!!」」」

 

 

夏合宿BBQ

in森然高校

 

開幕!!

 

 

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「わかっているな?龍…虎!」

 

腕を組み、仁王立ちする西谷。

 

「当然だぜ 。」

「はい。師匠。」

 

そこに跪くは田中、山本。

 

 

「…このタイミングで浮かれついでに潔子さんと音羽さんに近づく輩を――決して許すな!」

 

「「仰せのままに」」

 

 

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「おにぎり美味しそう。どれにしようかな…」

 

隅のテーブルのトレーに並べられたおにぎり達。塩おにぎり、昆布、梅というラインナップで整列された幸せの塊に音羽は目を輝かせる。

 

 

「「……」」

 

その背後でじっと狙いを定めるふたつの影。

 

 

「…おい、小見。」

「わかってる、木葉。」

 

梟谷の小見と木葉。

何やらチラチラと警戒している様子だ。

 

「烏野も音駒も誰も見てないよな?」

「ああ。今がチャンスだ!」

 

いつも誰かに囲まれている音羽。

ここで連絡先なり(尚、赤葦はいつの間にか手に入れていて悔しい)何かを手に入れたい2人は音羽

に近づく。

 

「おっ、音羽さ――」

「よかったら一緒に…」

 

しかし、その声は届くことなく。

 

 

「…"おーやおやおやおやおや…」

 

真っ黒いオーラを放つ山本が音羽との間に現れる。

 

「「ひいぃぃぃっ!!」」

 

「"ウチのマネージャー(仮)に何か用ですかァ??」

 

この合宿期間中、音羽はあくまでも音駒所属。それにより山本が西谷からの任を受け警戒していたのだ。

 

「なっ、なんでもないですー!」

 

あまりの黒い覇気に戦く2人は直ぐに立ち去る。

山本は誇らしげに腰に手を当て、勝ち誇った表情を浮かべていた。

 

 

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「潔子さん……音羽さん。」

「焼き方はレアで?ミディアムで?」

 

椅子に座る2人に跪く田中と山本。背後に西谷。

 

「「普通で大丈夫。」」

 

慣れた様子できっぱりと"いなす"2人。

 

「龍!虎!肉の調達を急げ!!」

「おうよ!師匠!」

「任せろ!師匠!」

 

3人の謎の結束に音羽と清水はおかしそうに笑い合う。

 

「ふふっ。面白いね?…ていうかなんで西谷君は師匠なの?」

「多分だけど…私が前 平手打ちしたんだけど」

「…平手打ち?」

「そう。平手打ち。」

 

音羽はピタリと動きを止めると手に持っていたおにぎりを口に放り込む。

 

「((…察し))」

 

 

 

 

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「音羽ちゃん 冷たいお茶いる?スポドリも貰ってきたから。」

「ちゃんと水分とりなよー?菅原さんが入れるべ!」

 

「ありがとう、旭くん、孝支くん。」

 

 

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「音羽、スイカも食えよー?」

「…そんな大きいの食べれないでしょ。クロじゃないんだから。」

「あぁん!?研磨!お前ももっと食えっての!」

「もう無理。食べれない。」

 

「なら研磨君、半分こしよ?半分こ…」

 

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「もう皿空っぽじゃん!俺の肉分けてやる!」

「木兎さん。音羽さんは一気にその量は食べれないです。」

「ならほら!あかーし!!お前にやるからもっと食え!!」

「……はぁ。」

 

「……ご苦労様です。赤葦君。」

 

 

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楽しい時間は刻々と過ぎ去っていく――

 

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まだまだ食べ続ける者もいれば スイカを片手に談笑する者。この合宿の時間を、経験を、それぞれが楽しそうに語り合っていた。

 

音羽もマネージャー達と机を囲んで楽しい時間を過ごしていた。心地の良い時間に笑みは絶えない。

 

 

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「…あ!そうだった。ちょっと取りに行きたいものあるから戻るね!」

 

音羽は椅子から立ち上がり女子マネージャー達に校舎に向かうと口にした。

 

「音羽?良かったら私が取りに行こうか?」

「ううん大丈夫大丈夫。寧ろ潔子ちゃんはここから離れたらダメでしょ?」

 

未だにあの3人(とくに田中)の瞳がぎらついている。

清水をここから引き離すのは逆に良くない気がする。

 

 

「音羽ー、一緒に行く?」

「私も手伝うよ?」

 

「2人も以下同文!大丈夫だよ、ありがとう。」

 

雀田と白福も手伝うと口にするが音羽は断る。その場にいた女子マネージャー達も特にそれ以上気にすることなく音羽の背を見送った。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

そんな音羽を遠目に

2人の人物が様子を静かに見守っていた。

 

 

 

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校舎の中、静寂に包まれる空間。

微かに聞こえるのは外の賑やかな音。

 

「……っ…」

 

手すりを掴み 半ば壁によりかかりながら階段を登っていく。その間 音羽の額には脂汗が浮かび僅かに呼吸が荒くなっていくのが分かる。

 

 

「嫌だ………また…」

 

苦しそうに呟く。

そして音羽をはじめ女子マネージャー達が使用している教室へと入る。

ふらふらと覚束無い足。しばらくすると力を失うかのようにその場に座り込むと左の太腿を握りつぶすように両手で掴む。

 

「((……また幻肢痛の症状…。))」

 

捻り潰されるような痛みが無いはずの左脚から感じる。音羽を長らく苦しめる幻肢痛だった。

 

そのまま床を這うように痛みに耐えながら自分の荷物を置いている場所へ。鞄の中から大きめのポーチを取り出す。湿布や薬が入っている救急箱のようなものだった。

 

「((薬はあと1錠しかない。飛雄から予備を貰っとく?でもせっかくの最終日で変に心配かけたくないし…))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"音羽サン"」

「!?」

 

そんな時、突如入口から声と気配がすると音羽は大きく肩を揺らした。

 

「……びっくりした。クロ君か…」

 

入り口のドアの縁に寄りかかり両腕を組む黒尾。対して音羽はポーチを鞄に戻し、座り込んだまま平然を装う。

 

「顔真っ青だけど?ダイジョブ?」

 

黒尾は教室内に入ると音羽の傍にしゃがみこむ。

 

「うん。大丈夫。」

「ふーん。……で?取りに来たものがあるんでショ?手伝う?」

「…ううん。用は終わったから」

「用事が終わったなら俺が支えてやるけど?戻んの?」

「……う、……うん。」

 

黒尾の大きな手が音羽へと伸びる。音羽はそれに応えるように手を伸ばして掴むも一向に黒尾は音羽を引き上げない。

 

その時、グイッと音羽の手を引くと目の前に真面目な彼の顔が近づく。

 

「…"戻れんの?"」

「ッ……」

 

音羽の顔色、様子を観察するようにじっと見つめる。そんな彼の鋭い目つきに音羽は思わず目を逸らしてまう。

多分 彼は気づいているのだろう。"うん、戻る"と言いかけるように口を開くが背に腹はかえられない。ここで嘘をつくのはかなり困難だと諦めたのだ。

 

「……ごめんなさい。ちょっと休みます。」

「うん。それがいい。…体調良くないならちゃんと言いなさいよ?」

 

強がることなく素直に従う音羽の姿を前に黒尾こそ表情には出さないが胸中では酷く心配していた。

皆の前では気丈に振る舞う音羽。心配されるのも、皆の楽しそうな空気に水を指すことが大嫌いなのだろう。

 

いつもとは全く別人の音羽。

痛みに耐えるように歯を食いしばり、額から流れる汗を手ですくうように拭うその姿に――黒尾は優しく背中を摩る。

 

「どこが辛い?必要なものはあるか?」

「……う」

「吐きそう?」

「………」

「楽になるなら吐きなさいね。俺のジャージ、いくらでも汚しても構わないから。」

 

音駒の象徴的な赤ジャージを脱ぐと直ぐに音羽の肩に被せる。できるだけ音羽は苦痛に歪む表情を見せたくないだろう。相手が清水など同性の女子マネージャー達ならまだしも…自分は男だ。

精一杯の気遣い。しかしそれ以上の事、音羽が楽になる方法を知らない自分。対応方法の乏しさに悔しい気持ちを滲ませる。

 

「…はぁ……はぁ。」

「………」

 

とにかく落ち着くまで背中を優しく擦り続けた。壁に体を預け痛みに耐えるように深呼吸を繰り返す。

 

数分経てばほんの少し落ち着いてくる。

 

 

「……クロ君。」

「ん?」

「………気づいてたの?」

 

少し落ち着いた音羽は彼を見上げる形で目を合わせた。相変わらず優しく背を撫でてくれる対応に申し訳なさを滲ませながら問いかける。

 

「まあ何となく?練習後にこんなに長時間義足で歩き回るのも普通しんどいだろうし。今日いつもより暑いし。」

「……」

「ま、お前が心配してる事は問題ないですヨ。みんな特にお前の体調に関しては気づいてないっぽいし……ていうか隠すのが上手いな?」

「……ごめんなさい。」

 

詫びの言葉と共に 音羽は頭を下げる。申し訳なさでいっぱいだった。まさか音駒の主将が、黒尾が、そこまで見てくれていたことにも…今この場にいることさえ全てが申し訳なかった。

 

「いや、音羽が謝ることじゃない。むしろ俺が謝るべきだ。」

「え?何で?体調に関しては私の自己管理不足…」

「この合宿に半ば無理やり誘ったのは俺だ。」

 

すべての責任が自分にあるかのようにかしこまる黒尾。その真剣な声色や表情に音羽は何も反論できなくなった。

 

「今回の強化合宿の事話した時、音羽は断ったんだ。"体調で迷惑掛けたくない"って。」

 

音羽はふと過去のやり取りを思い出す。

 

黒尾からのメールや電話。"合宿に参加して欲しい"という強い気持ち。しかし自分は足手まといになることは理解していた。練習中はともかく他の生活において不安は多かった。烏野のマネージャーの清水は昔からの知り合いで接しやすい。入浴時や眠る時、教室へ向かう時の階段の昇り降り――他にも沢山あるがそういった"普通のこと"を自分一人ではなかなか困難であることに助けてもらうことも申しわけなさを感じるし、梟谷とのマネージャー達は完全に初対面。そんな自分が参加しても毛嫌いされないか…不安だった。

 

それもあって"誘ってくれて申しわけないけどごめんなさい"と何度も伝えた。

 

「それなのに俺は断り続けるお前に何度も連絡したし。しつこいくらいに電話もして……俺がサポートするからって。だから俺のサポート不足なんだよ。」

 

最終的には音羽の根負けだ。

そして"参加したい"という気持ちがどんどん膨れ上がったのも事実。

 

強豪、しかも男子チームのみ。

単純に強い彼らと戦ってみたかったし、彼らから学びたかった。そして今回は飛雄も烏野高校排球部のメンバーとして参加することもあり興味があった。

 

自分が通院するタイミングも重なった。

これは参加しろと神様が言っているのでは?なんて考えることもあった。

 

「…ごめん。本当に。」

 

黒尾の声のトーンが哀しみを含む。

彼は本当に責任を感じている様子だった。

 

――だが、

今回こんな経験をできたのは紛れもなく彼のおかげなのだ。

 

「クロ君。」

「…ん」

 

名前を呼ばれ 黒尾はゆっくりと顔を持ち上げる。

 

「ありがとう。」

「え?」

 

優しく微笑む音羽。黒尾は予想外の彼女の感謝の言葉に驚いたように目を見開く。

 

「楽しくて楽しくてたまらなかったよ。それに…そうやって言ってまで私をこの合宿に呼んでくれて本当に嬉しかったの。」

 

普通なら声をかけられることは無いだろう。健常者達に混ざって片足の無い、しかも異性をこの合宿に参加させるなんてありえない。きっと猫又監督達も反対したに違いない。だが黒尾は説得して音羽をここまで連れてきたのだ。

 

「自分の練習を休んでまで参加して……結局この合宿ではほとんど指導側だったし、なれない環境下で女子マネの皆が助けてくれたり――クロ君もたくさん助けてくれたでしょ?」

 

サポート不足だったと言う黒尾。それは誤りだ。

 

主将としてチームを引っぱる中でも彼はどんなときも助けてくれた。合宿期間限定マネージャーとして様々な事を行ってきたが黒尾をはじめ音駒のメンバーたちはいつもそばにいてくれた。ものを運ぶ時、階段を上る時、ストレッチやトレーニングを手伝ってくれたり。

 

時たま孤爪の代わりにセッターに入れ込んでくれたり。ただただ行動の手助けをするだけでなく強くなるためのサポートもしてくれた。

 

「インハイ予選、新山に負けて沈んでて……"もっと練習しなきゃ"ってすごく焦ってて……」

「……」

「でもこの合宿に参加して 皆とバレーボールを介して触れ合って、助け合って…なんて言うか"気楽"になれた気がするんだ。」

 

音羽は光に満ちた瞳を黒尾に向け続ける。

 

「私、ここしばらくずーーっと……"結果を出さないといけない"って心臓ぎゅって掴まれてて、正直すごくしんどかったんだ。」

 

負の感情に沈んでいく感覚。

 

「だから焦って負けたの。ほんとうに大切なもの、大事にしてきたものが抜け落ちたんだと思う。…でもクロ君が諦めずに私を誘い続けてくれた。合宿に参加しろって!気晴らしに!たまには遊びなさいよ!なんて!!」

 

そんな自分をみんながすくい上げてくれた。

 

 

「だからね?私はこの合宿に参加出来たことに後悔はないよ?」

「……音羽」

 

曇らない彼女の笑顔と声。胸が暖かく沁みていく。

 

体のどこか薄暗いところに淀んでいた古い血が波立ち騒ぐような――微かなざわめきが聞こえた。

 

「…ハハハッ……だーーっはっはっはっは!!」

「え!?なんで爆笑!?」

「いやっ……ははっ、……さすが女神サンだなって。」

 

黒尾は音羽の隣に座り込むと突然笑いだした。心配の色を見せていたが彼女の溌剌とした前向きな感情につられるように晴れていく。

 

「お前が女神って言われてる理由がわかった気がする。」

「…え?そう、なの?」

「ああ。ちゃんと今わかった気がする。」

 

どんなときも優しい彼女。

前向きで明るくて、信念を持った人。

みんな引っ張られる、惹かれていく。

 

――ああ。綺麗な人だと。

 

 

「……なあ音羽」

「何…?」

「俺さ、…おま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"音羽?"」

 

 

黒尾が何かを言いかけた時、突然飛び込む第三者の声。

教室の端に肩を並べて座っていたふたりは声の主が現れた入口へと同時に視線を向ける。

 

 

「お、サームラさん。」

「大地?」

 

「黒尾、音羽。やっぱりここに居たんだな。」

 

現れたのは澤村だった。

何となく黒尾と音羽の空気に勘づくも澤村はいつもの明るい笑顔を浮かべていた。

 

「やっぱりって…?」

「幻肢痛の症状出てただろ。ほら、右脚のマッサージしてやるから。」

「え?」

「保冷剤も借りてきた。あと新しいタオルも。…あ、武田先生にしか声はかけてないから心配するな。」

 

澤村の片手には綺麗な青色のタオル。そして湿布やエアーサロンパスなどが入っている救急箱が握られていた。

 

「ありがとう、大地。」

「うん。」

 

澤村は音羽の対面側へとしゃがみこむと慣れた手つきで音羽に触れていく。幼馴染ならではの距離感。澤村の手馴れた動き。お互いを信頼しきっている証拠だ。

 

「((へえ、さすが幼馴染。…最初から気づいてて前もって色々持ってきたってわけですネ。))」

 

黒尾は横目で澤村を静かに見守る。

 

「((…しかも周囲の人には言わず。まあそりゃそーだわな。弟には絶対に心配かけたくないだろうし。大事にさせたくない音羽の気持ちを汲み取ったってか―――))」

 

 

 

「持ってきてた薬、もう少ないんだろ?」

「なんで知ってるの?」

「今日は飲む頻度がいつもより少なかった。影山も予備を持ってきてるとか言ってたし 音羽の母さんの事だから念の為持たせてくれたんだろ。」

「………」

「バーベキュー準備の時から動きが変だった。やけに左の太腿に触ってたのも分かってる。時折椅子に座った時も痛そうに顔を顰めてただろ?それを見てずっと心配で…だかどお前が何も言わないもんだから――」

 

まるで飛雄のように次々と言葉を放つ澤村。音羽と黒尾は目を丸くキョトンとした表情で澤村を見据えた。

 

「……大地…ストーカー」

「ちっ、違う!!」

 

「いや。ちょっとやばい激重ストーカーだな。」

「黒尾!そういうことは言わない!」

 

"コホンっ"とわざとらしく咳払いを見せつつも澤村は音羽の右脚に保冷剤を当てマッサージを施す。

 

 

「ていうかほんっとうにごめんなさい!主将2人がこんな所で時間潰すなんてダメ!私は大丈夫だし早く戻ってください!」

 

"大地も、もう大丈夫だから。"と保冷剤や湿布を渡して?というように手を差し出す。

 

しかしそれで引くわけがなかった。兄妹のように口喧嘩を始める澤村と音羽を見ている黒尾は少し残念そうに息を吐くと再び笑顔を取り繕う。

 

 

「…じゃ!俺はそろそろ戻るかな。」

 

自分の出る幕では無いと。黒尾は腰を持ち上げる。

それに音羽と澤村がこの合宿期間中妙な距離感があったことも分かっていた。ここに残るのはナンセンスだ。

 

「待ってクロ君!ジャージ!」

「羽織っとけよー?また外戻った時日除けにもなるし。汚してくれても大丈夫だから。」

 

「……」

 

黒尾はそれだけを言い残すとヒラヒラと軽く手を振り教室をあとにする。音羽の肩にかけられた赤いジャージ。昨晩、澤村が音羽に黒いジャージを羽織らせた時と既視感をおぼえた。

 

 

「……気分は?まだ痛むか?」

「正直まだ痛いかも。」

「もう少し触るぞ?大丈夫か?」

「うん。ありがとう。」

 

残存肢を軽くマッサージする。一般的な簡易療法ではあるが幻肢痛が和らぐことがあるのだ。

 

「……」

「……」

 

ふたりの間に流れる沈黙。

視線は互いに合わない。聞こえるのは外でバーベキューを楽しむメンバーたちの声だけ。

 

 

 

「……大地。」

「ん?」

「ごめんなさい。」

「なんで謝る?」

 

真面目な声だった。

怒ってるのか、そうじゃないのか分からない時の声。昔から変わらないから分かる。

何か考えている時の大地は目を合わせない。たんたんと手馴れた手つきで大きな手で自分の足に触れるだけ。

 

モヤモヤとした気持ち。

音羽はついにこの気持ちを澤村へと打ち明ける。

 

 

「……大地さ。今回私がこの合宿に参加したこと…あんまりよく思ってないよね。」

「………なんでそう思うんだ?」

 

ほんの一瞬 澤村の手が止まった気がした。

 

「…なんと、なく。」

「………」

 

ピリッとした空気に音羽は少し怖気付く。

 

澤村は傍らに置いていたタオルに保冷剤を包むと音羽の右脚に当て、小さく息を吐いた。

 

「――よく思ってないわけじゃないさ。」

 

その時、ようやく瞳と瞳が交わる。

優しい顔をしているが笑っている訳では無い。形容し難いその声色と表情に音羽は再び息を飲んだ。

 

「…ただ、…なんなんだろうな」

「……」

「お前が心配で仕方なかった。」

 

澤村の本音が飛び出す。

 

 

「脚を切断して1年くらい。…本来、ここまで回復することも異常だ。そんなことお前に言わずともお前が1番理解してると思うけどな。」

 

彼の言うとおり 音羽がここまで回復するのは異常な事だ。赤葦が木兎と話していたように"有り得ない"事なのだ。

 

普通、歩けるようになるまで何年もかかる。バレーボールをするなんて普通では考えられない。しかしそれは音羽の生まれ持った運動神経や努力によって可能にした。

 

「寝たきりになって死ぬことも有り得た。…まあ結果として順調に回復して今はバレーボールを続けられてる事実。……皆は"音羽はすごい。また飛べる。"って。」

 

澤村は音羽の右脚に手を添え再び彼女を見つめる。

 

「でも俺は 少し違う感情もあるんだ。」

「違う感情?」

 

「お前が…"音羽が死んだらどうしよう"って。」

「っ……」

 

 

――"あの日のこと。俺は未だに夢を見る。"

 

野次馬たちの声

地面に拡がっていく真っ赤な血液

AEDの機械音声

救急車のサイレン音

救急隊員達の会話

取り乱す俺を止めるスガと旭の声

 

担架に乗せられる音羽の姿――

 

 

「今こうやって目の前にいる音羽が……もしまた立てなくなったら……」

「……」

「何かが起こって、寝たきりになって……そのまま……会えなくなったら――って」

 

誰よりも近くにいたからこそ他のみんなとは違う考えを巡らせていた澤村。一度絶望した音羽の姿を見たからこそ、それを知っているからこそ"今も苦しい"と思う瞬間がある。

 

 

「――大地。」

「すまん 何言って俺っ…!?」

 

ワントーン落ちる音羽の声色。

そして同時に音羽の両手が澤村の両頬を強く挟む。

 

「ちょっ……」

「"考えすぎ!"前も言ったよね?」

 

ムッと頬を膨らませる音羽。その空気に飲まれるように呆気に取られる澤村。

 

「先のことなんて分からない。私だって何も考えてないわけじゃないよ。」

「……ん……」

 

両手が澤村の頬から離れる。

そして音羽は傍らに外された義足に手を伸ばすと口元を僅かに緩ませた。

 

「分からないからこそ今を精一杯生きるんだよ。今が大切なの。」

「……」

「言ったでしょ?私にとってバレーボールが人生なの。」

 

期待に満ち溢れた強い表情。飛雄と同じ活気に溢れた表情を見せると無意識に澤村は飛雄と音羽を重ねた。

 

「大地が色々調べたり勉強してくれてるのも知ってる。こうやってマッサージとか……幻肢痛を和らげるための療法に足を切断した人の今後の事とか……」

 

入院中、何度も何度も病室を訪れてくれた澤村。彼は何も言わないが知っていた。鞄の中に図書館で借りたであろう本の数々。それが自分のためだと知った時、音羽はきゅうっと胸が苦しくなった。

 

 

「今、私が立ててるのは大地のおかげでしょ?」

「……」

「私の力だけじゃない。そうでしょ?」

「……」

「事故の時の迅速な対応。心肺停止になった私を躊躇することなく直ぐに助けてくれた。…あと30秒対応が遅れてたら私は助からなかったって聞いたよ。」

 

彼は命の恩人。その事実は変わらないし、その事実が無ければ今音羽はここにいない。弟の飛雄もいなかったかもしれない。

全ては澤村から連鎖しているのだ。

 

 

「……音羽。」

「私ね。死なないよ。」

「っ……」

「絶対!そのために通院もトレーニングも!誰よりも努力するって決めてるんだから。」

 

支えてくれるみんなの為に。

――弟のためにもここで倒れる訳にはいかない。

 

 

「だから、ね?心配しないでよ。」

「……っ」

「大地が羽を授けてくれるんでしょ?」

 

"ニッ"とやんちゃでお転婆な笑顔を見せた。

今目の前にいる彼女の元気な姿に澤村も伝染するように応えるように笑う。

 

 

 

 

「なんか こうやって話すの 久しぶりだな?」

「それは大地のせいでしょ?私の事避けてたし。」

「うっ!」

 

空気がいつもとおなじ柔らかいものへと変化していく。幼馴染らしい穏やかな空間は心地いいものだった。

 

「……そういえば、ずっと言えなかったけど」

「何?」

「お前が音駒のセッターに入った時のプレー……」

 

音羽か初めて音駒のセッターとして活躍した合宿前半でのことを思い出す。

 

「"凄かった"」

 

芯のある真っ直ぐとした瞳と声。

 

「セットのひとつひとつが丁寧で"アタッカーひとりひとりが輝く"。」

「……」

「フェイクセットもツーも、状況判断も、何もかもが"凄い"んだ。」

 

以前より無茶な動きは出来なくなったがその分テクニックは昔以上についていた。

片脚で順応するために、彼女は努力した。

 

"凄いんだ"

 

 

「……ああ。これが影山音羽なんだって。」

「……」

「俺が昔から誰よりも知ってる……音羽なんだって。」

 

泣きそうなほど眉をひそめるけれど、すんでのところで絶対に泣かない。悲しみに耐える男の表情で私を見つめる。

 

 

「((だからこそ……大地はずっと苦しかったんだ。))」

 

 

音羽はそんな澤村の手を握ると同じように眉をひそめた。大切な幼馴染で親友でもある彼の本心が垣間見えたこの瞬間。

 

 

 

 

「…………」

 

 

そんな会話を教室の外からそっと聞いていたのは弟の飛雄。

 

2人の想い、姉の気持ち。

 

喉が、込み上げてくる涙を吞み込むかのようにごくりと動いた。

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈

┈┈┈┈

 

 

 

 

バーベキューを終え 賑やかだった会場はその影を跡形も残すことなく姿を消す。

丁寧に洗浄された鉄板や網などが一定間隔に並べられ、日光の光に照らされている。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

「音羽さん。もう荷物はないね?」

「はい。大丈夫です。」

 

音駒のコーチ、直井は車に音羽の荷物を乗せていく。

最後に折りたたまれた車椅子を乗せ終われば音羽は会釈し、車の周りに集まったメンバーたちに向き直る。

 

 

「みなさん。数日間本当にありがとうございました。」

 

深々と頭を下げる音羽。

そして次に今回の合宿参加を促してくれた猫又へ。

 

「猫又監督。お誘い頂けたことに感謝してもしきれません。ありがとうございました。」

「ん。こちらこそ。」

 

にっこりと人の良い笑顔。音羽も同じように笑顔を向ける。

 

そして烏野メンバーの前に立つ2人の監督とコーチも音羽に声をかける。

 

「音羽さん。あなたから沢山学ばせて頂きました。どうかお身体を大切に。」

「春高予選会場でまた会おうな。才華のスーパープレイ楽しみにしてるぞ。」

 

「はい。武田監督、烏養コーチ。ありがとうございました。……それと私の弟、生意気ですけどどうかよろしくお願いします。生意気ですけど才能はあるので。」

「なっ!ねえちゃ……姉貴!」

 

烏養の背後から弟の気恥しそうな声が飛び込む。

その光景に一同は笑みをこぼした。

 

 

「ははっ、音羽ちゃんの前だと何も言えなくなる影山、面白すぎるね?」

「音羽ちゃん……本気で怒ると怖そうだもんな。」

 

菅原と東峰。

 

「影山ー。カッコつけて姉貴って呼ばなくても俺ら全員普段"ねーちゃん"呼びしてるの知ってるけど?」

「ホントホント。王様が意外とカワイイ事知ってるから。」

「ツッキー、影山にカワイイは禁句……」

「うっ、うるせえ!ボケェ!!」

 

顔を真っ赤にする飛雄。

周りのメンバーとの和やかな空気感に音羽は密かに安堵していた。

 

 

「また春高会場で会おうな!!」

「数日間ありがとうございました。木兎さんがここまで無事持ったのは音羽さんのおかげです。」

「なっ!あかーし!どういう事だよそれ!」

「それと、トスのこととか、木兎さんのことで困ったことがあったら連絡させてください。」

「あかーーし!だから俺の事ってどういう事だよ!!」

 

 

騒がしい梟谷の面々たち。

これからも木兎のしょぼくれモードに左右されると思うと面白くて仕方がない。

 

 

「体を大切にな。」

「また会おう!」

 

「うん!」

 

森然の小鹿野と生川の強羅。

2人は音羽に手を差し出し握手を交わした。

 

 

 

そして赤ジャージの彼らが音羽に近づく。

 

「数日間、音駒のメンバーとして活躍してくれてありがとな。」

 

黒尾は手を差し出すと握手を促す。

音羽も応えるように手を出した。

 

 

「音羽さんのセッター、勉強になったよ。」

「お゛と゛は゛さ゛ん゛っ……また……ッ……うちの……」

「ちょっと!猛虎さん!鼻水鼻水!!」

 

口元を緩ませ穏やかに笑う孤爪。その隣で涙と鼻水だらけの山本、それを支える灰羽。

 

 

「また春高で、音羽ちゃん。」

「音羽ちゃんと守りの音駒で繋いだ試合、忘れないぜ!」

 

同い年組の海と夜久。彼らとも握手を交わす。

 

 

 

 

 

そして流れ的に最後は音駒の主将――となるが。

 

 

 

「"よーーーーっし!!主将集合!"」

 

黒尾の号令で各校の主将が前へと現れると音羽と円を描くようにその場に立つ。

音羽は驚きを見せ、目をまん丸とさせた。

 

 

「皆!春高で再会しよう!!」

 

黒尾は右手拳を前へと突き出す。

するとつられるように音羽を含め主将全員が同じように拳を突き出した。

 

東京、埼玉、神奈川、宮城

各校の代表枠を必ず勝ち取ると誓う。

 

 

 

 

「音羽」

 

黒尾の声が彼女の名を呼ぶ。

 

 

「何があってもお前には俺たちがついてる。」

 

 

彼女の胸にしっかり打ち込むように言う。

 

 

「"俺たちのチーム全員がもれなくお前の羽になる!!"」

 

 

百の言葉を煮詰めたような重さがこもった台詞。

黒尾の言葉と共に主将陣の強い眼光が音羽に向けられた。

 

そしてその背後で各校のメンバーたちも穏やかに笑う。

各々がこの合宿での彼女との関わりを巡らせ、様々な想いを抱く。

 

 

 

「……ありがとうございます。」

 

 

目が熱くなった。

涙を流すことを必死にこらえ、音羽は瞳をうるませながら元気に笑った。

 

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

 

 

「じゃーな、音羽」

「うん。またね?」

 

助手席に乗り込む音羽を支える黒尾。

 

 

「……」

「…?クロ君…?」

 

 

乗り込んだ瞬間、黒尾の妙な表情に音羽は?マークを浮かばせる。

 

 

「ッ…」

「へぶっっ…!!」

 

刹那、黒尾に強く上半身を抱擁されると突然のことに素っ頓狂な声を上げる音羽。

制汗スプレーの匂いと彼の匂いが一気に入り込む。

 

そして同時に巻き起こるブーイングの嵐。

 

 

「おい!!スケベ黒尾!!何やってんだよ!!!」

「ちょーーーー!!!黒尾さん!?何してんスかあああああ!!!」

 

夜久と山本の叫び。

 

 

「……ねーちゃんが……音駒の主将に……ハ、グ……」

「黒尾!!やめなさいよ!」

 

他の男に抱擁される姿に衝撃を受ける飛雄(尚、及川などであればノーダメージ)。弟も見てるでしょうが!と付け加える澤村。

 

 

「俺もおれもーーーー!!音羽にハグッ」

「やめてください。」

 

飛び込もうとする木兎を容赦なく止める赤葦。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う゛……く゛るしい゛ッ!」

 

 

 

――これにて強化合宿in森然高校

 

……私の高校最後の青春

 

 

 

~完~

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「――って!終わらす訳ないやろがぁぁぁぁあ!!」

 

 

日中の体育館。

強烈アタックを繰り出す侑に稲荷崎のメンバー達全員が?マークを浮かばせる。

 

 

「……なあ治。なんで侑はずっとあの調子なん?」

 

今朝からずっとイライラと訳の分からないことを口走るやいなや雑な攻撃に主将の北は疑問でいっぱいだった。

 

 

「失恋したんです。アイツ。」

「はぁ!?勝手なこと言うなやサム!!まだしてへん!!」

「好きな子ォに電話かけたら他の男が出よったんです。」

「あれは事故やったってお姉ちゃん言うた!俺は信じるで!!」

 

バレーボールをバァァン!と床に打ち付け声を張上げる。

 

 

「へぇ〜〜、侑ついに失恋したんだ。」

「角名!シバくぞ!してへんて言うとるやろ!」

「だって電話かけたら他の男が出たって。……たしか遠距離やったよね?」

「うっさい!!距離は関係ない!!」

 

なかなか熱が覚めない侑。

雑なプレーについに北が怒りを滲ませる。

 

「侑。ちゃんとせんのなら帰れや。」

「うっ」

「できんのなら俺がその子ォに連絡したるわ。事実確認……」

 

 

「ちゃんとします!!しますからやめてください!!」

「北さん、侑のケータイです。」

「ゴラァサムぅぅぅぅ!!シバくぞ!!!」

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

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