影山姉弟   作:鈴夢

20 / 28
月の音

 

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2012年10月4日――

――午後17時過ぎ

 

 

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――才華女子高等学校

体育館――

 

 

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コートに集うのはバレー部の面々。

片側には才華、向かいには新山女子バレー部。

 

迫る春高予選の為、練習試合が行われていた。

 

 

「音羽!ライト!!」

「ッ!!」

 

完璧なトスがエースの元へ。

超遠距離コースにも関わらず仲間の元へとボールを繋ぐ。

 

 

「叶歌!カバーして!!」

「っ、はい!!」

 

必死に食らいつく新山女子メンバー達。

時期エースと称される天内叶歌は翻弄されていた。

 

「((ッ…また!!遠距離からのトス!!ブロック間に合わな――))」

 

身長182cmの超高身長の天内は必死に飛び立つ。

しかし才華のエースも負けていない。テクニックやパワーは圧倒的だった。

 

 

「おりゃぁぁぁぁあああああ!!」

「「!?」」

 

ギリギリついてきたブロック3枚を相手にも関わらずボールはすり抜けていく。雄叫びとも取れる美しいエースの声が体育館内に響くと同時にボールはコートへと打ち落とされたのだった。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「…なんなの…あの超ロングトス…」

「エースの打撃力もインハイ予選と全然違うよ。」

 

得点板は19対22、2ゲーム目。

才華がリードしていた。

 

「音羽!ナイストス!!」

「音羽先輩ー!」

 

「このまま取ってくよ!」

 

才華の面々は互いに喜び合う。

得点板の数字が増えていく度に士気が高まっていく。

 

 

「……マズイですね。」

「明らかにこちらの体力消耗が早い。」

「才華の子たちも消耗は見えますけどウチほどじゃない…」

「気づかないうちに消耗させられてるわね。」

 

新山女子の監督とコーチは眉を顰め焦りを見せる。

 

「チーム全体のバランスが前に比べて整ってる。威力もテクニックも、それぞれの能力値が高くなってるのは間違いない。」

「エースの打撃も、ブロッカーのタイミングも―――オールマイティに動けるセッターの能力値も格段に違います。」

 

チーム全体のレベルが全く別物だった。

 

「やっぱりキーマンはセッターの影山さん。」

「ええ。ここまでで彼女のエラーはゼロ。寧ろ他の選手のミスを全て補ってる。」

「…ただボールを上げてるだけじゃない。相手の動きを鈍らせたり、体力消耗の為にわざとうちのブロッカーを動かしてる。」

 

的確なトスだけでは無い。

策略に長けた指揮官。

 

才華の全員が音羽の指揮に順応している。

 

 

 

「…ッ!取った!」

「ナイスレシーブ!!」

 

新山も負けていられない。

インターハイで優勝したプライドも、たった数年でここまで這い上がる相手チームに折られたくないと誰もが食らいつく。

 

そして必死に繋ぎ止めたボールは女王(天内)の元へ。

 

 

「叶歌!キメて!!」

「はい!!」

 

完璧なトス。

完璧なアタックフォーム。

 

「((絶対……女神には負けない!!))」

 

狙いは音羽が取りずらいコース。ここで相手の大黒柱をへし折れば多少なりとも影響はあるに違いない。

 

真横スレスレで取れない感覚。手を伸ばしても届かなかった"あの時"と同じコース。

インハイ予選で音羽が取れなかったコースだった。

 

 

 

 

 

「――ッぐっ!!!!」

 

「なっ!!」

 

音羽の俊敏な動きに目を見開く天内。

取れるはずのない超インナーコース。

しかし音羽は転がりながらもボールを拾い上げた。

 

そしてそれは相手のコートへと跳ね返る。

 

 

「崩した!!」

「チャンスボール!!」

「叶歌!!もう1本!!」

「女王の力を見せつけて!!」

 

威力を失ったボールは再びセッターの元へ。

そして女王の元へと繋がれる。

 

「((次は絶対ッ…取らせない!))」

 

 

再び狙うはインナーコース。

才華をはじめ音羽が成長したこの期間中、天内も彼女達と同じく様々なトレーニングや研究を行ってきた。

過去の試合映像から宿敵才華のチームの動き、各メンバーのパワーバランス――そして音羽の動き。

 

女神の弱点を誰よりも見極めてきた女王。

 

 

「うっ!!」

 

完璧なコース。パワー。

天内はボールを打ち込む瞬間声を上げ、的確にボールを打ち込む。

 

 

「((また狙ってくるのは分かってるよ!!))」

 

 

苦手なコースを絞られたものの打ち込まれてくることは想定内。

"あとは取るだけ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、音羽が強く足を踏み込もうとした時

 

「((ヤバっ))」

 

左義足の靴底が滑ってしまった。

体育館の床を擦る独特な音とともに音羽はバランスを崩した。

 

 

「んっ!!!」

 

そして同時に音羽の顔面に目掛けて落ちるボール。皮膚を強く弾く音が響いた。咄嗟に顔の前に手を出そうとしたが間に合わず。音羽はそのまま吹き飛ばされるようにコートに転がった。

 

その場にいた全員が大きく目を見開いた。

 

「音羽!」

「先輩!大丈夫ですか!?」

 

駆け寄る才華のメンバーたち。

そして反対側のコートの新山のメンバーたちも慌てて駆け寄る。

 

 

「すっ、すみません!音羽さん!」

「音羽ちゃん!大丈夫?」

 

一番声を震わせていたのはアタックをきめた天内だ。まさか自分が打ち込んだボールが音羽の顔を強打してしまうとは予想外のことだった。

両者ともにそれ程に本気だった結果だ。

 

「大丈夫大丈夫!」

 

ゆっくりと上半身を起こす音羽。気にしないでと言わんばかりに笑みを向けるも顔は赤く痕があり、鼻から赤い液体が一滴ポタリと垂れ落ちる。

 

 

「音羽、鼻血!」

「監督!!一旦タイムアウトください!」

「誰か!タオル持ってきて!!」

 

ざわめく一同。音羽は大事ではないと必死に周りに声をかけるが誰も聞く耳を持たない。後輩が持ってきたタオルで鼻と口元を覆い 何度も何度も"大丈夫"と口にし続けた。

 

 

「…ずるっ……。…ごめんなさい。バランス崩して前のめりになっちゃって…」

 

ほんの一瞬 音羽の笑顔が歪む。左頭部を抑えるように俯くと強く両目を閉じる。

 

「あのっ!ごめんなさい!私!」

「本当に大丈夫大丈夫!叶歌ちゃんは気にしな…」

 

必死に謝り続ける天内。

そんな彼女に再度視線を向けようと顔を持ち上げ目を開く。

 

 

「………」

 

"両目をしっかりと開く"

――だが。何かがおかしい。

 

 

「影山?どうした?」

 

傍らにしゃがみこみ、手当を施そうとしていた監督が直ぐに異変に気づく。急に目を見開き 黙り込んだまままっすぐと前を見据える音羽の異様な姿。

 

「音羽?」

「音羽先輩?」

 

続いて仲間たちも直ぐにそれを察知する。

 

 

 

「…ん……」

 

タオルを持つ右手で口元を押え、空いている左手を顔の前で何度か揺らす音羽。

 

「…あ、れ…」

 

 

"違う。いつもと違う違和感。"

 

 

「……ん…?」

 

手が震える。迫り来る恐怖に無意識に心臓が強く脈打つ。

 

何度も何度も顔の前で手を揺らす仕草をする音羽の姿に監督は目付きを変えると直ぐに行動を起こした。

 

 

「影山は直ぐ病院に行こう。…申し訳ないですが今日の練習試合はここまでにさせて下さい。」

 

監督に支えられその場を立ち去る音羽。

手は小刻みに震え"左目の焦点が合わない"。

 

部員たち全員が固唾を呑み その背後を静かに見送ったのだった。

 

 

 

 

 

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同日 午後21時過ぎ――

――影山宅にて

 

 

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「"一過性黒内障(いっかせいこくないしょう)"と"視神経損傷(ししんけいそんしょう)"?」

「そう。そのふたつの症状が出てるって。」

 

音羽の自室。

椅子に座る音羽と床に座る飛雄。

向かい合う姉弟(きょうだい)の姿があった。

 

「何なんだよそれ。母さんから連絡来た時…そういう事何も言ってなかった。」

「そんな大したことじゃないから大丈夫だよ。ちょっと見た目が大袈裟なだけで。」

 

 

一過性黒内障――目の血管が一時的に詰まることで視力が低下する状態のこと。片方の眼の視野が暗くなり、灰色や白っぽく霞がかかったように見えるなどの症状が現れ、通常数秒から数分で回復するもの。

 

しかし音羽のパターンは通常の症状とは異なった。戻ったと思えば再び症状が出たり長引いたり。恐らくは症状が長引くのではと医者に伝えられたのだ。

 

「もともと左目の視力は下がってたし。今回の衝撃で完全に見えずらくなったって感じかな。」

「って…それって回復すんのかよ。」

「うん。しばらくすれば前みたいにぼんやり見えるようになってくるって。」

「………」

「そんな顔しないでよ?大丈夫なんだから。」

 

大したことないと言わんばかりに呑気に笑う姉の姿。飛雄はそれを前に例えようのない気持ちが溢れる。

 

「監督が直ぐに気づいてくれたおかげで大事にならなかったんだ。下手したら脳梗塞になってたみたいで。」

 

監督の臨機応変な対応により早期の検査と治療が行われたお陰で最悪の事態を免れることはできた。まさに不幸中の幸い。女神様はある意味強運の持ち主らしい。

 

「脳梗塞って…それヤバいやつだろ?」

「そのリスクはほとんどないって言われた。糖尿病とか高血圧とか、そういう人は併発するとかって。」

「春高予選は?監督はなんて?」

「とりあえず重症扱いじゃないし、ドクターストップもかかってない。練習はメニューを変える予定。」

「メニュー変えるって…そんな無茶だろ。」

「大丈夫だよ。もともと左目はボヤけてたし。遠近感は前より掴みにくいけど慣れれば問題ない。」

 

何を言っても姉から返ってくる言葉はポジティブなものばかり。しかし弟の立場からすると心配だらけだ。自分の体は自分が一番理解しているのは百も承知だが飛雄の頭は心配でいっぱいだった。

 

「…俺はまた合宿で東京だし。まじで無理すんなよ。」

「うん。ありがとう。」

「少しでも変だと思ったら連絡しろよ!」

「うん。」

 

椅子に座ったまま いつも通り優しく微笑む音羽。飛雄はそれ以上何も言えなかった。

 

 

「…………おやすみ。」

「おやすみ。飛雄。」

 

飛雄は部屋から出ると扉を優しく閉める。

そして扉に背を預け俯くと小さくため息を漏らすのだった。

 

 

 

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2012年10月12日――

――午後17時過ぎ

 

 

 

 

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平日の夕方。

学校帰りの学生たちや帰宅する人々が行き交う街中。

 

秋が迫り来るこの時期は寒暖差も激しく、日中の穏やかな暖かい気温とは違い少し肌寒さを感じるほどだった。

 

 

 

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「――蛍!ちょっとそこの本屋寄ってくる。」

「ん。俺は外で待ってる。」

 

街中の小さな書店の前に長身の男兄弟の姿。

月島明光と月島蛍――月島兄弟。

 

兄の明光は仕事帰りに弟を捕まえ、いつも部活で忙しい弟に少しだけ買い物に付き合って欲しいとこの時間を設けたのだった。

 

「…………」

 

書店の外で蛍は自分が所持している文庫本を読み始める。薄暗くなっていく空の色のせいで文字が霞むがなんら問題はなかった。

 

 

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「えっと…月刊バリボー…」

 

いつも訪れない小さな書店のレイアウトに迷いつつ狙いの雑誌を探す明光。店員に声をかけようとも姿はなく、店主らしき中年男性はレジでうたた寝をしている始末だ。

 

「万引きとか大丈夫?この店……」

 

年季の入った戸棚やポスターもちらほら。唯一新鮮なのは最新曲が流れる有線。あべこべでアンバランスな街外れの書店の運営に不安さえおぼえる。

 

「スポーツ誌……あるならこの辺り――」

 

明光が奥のコーナーに差し掛かった時、パッと見たことのあるスポーツ誌が目につくと同時に"うずくまる人の姿"が飛び込んだ。

 

「……ッ……」

「…っ!大丈夫ですか?」

 

制服を纏った高校生らしき女の子。

顔を伏せている為顔は見えないが明らかに体調が悪いのは理解できた。

 

明光はすぐ隣にしゃがみ込むとそっと背中を擦る。

 

「どこか体調が悪いですか?」

「…すみません…ちょっと気持ち悪くて」

「貧血とかだと無理して動かない方がいいです。…支えてるのでゆっくり深呼吸してください。」

「すみません…」

「謝らなくて大丈夫ですから。」

 

相変わらず顔は見えない。

しかし どこか不思議なオーラを纏った女の子。

艶のある黒髪はさらさらと呼吸に合わせて揺れ動く。

 

「((…この子、才華の制服――))」

 

この辺りで知らない人はいないであろう超秀才進学校の制服。

 

「((脚……義足?))」

 

よくよく観察してみると片脚に違和感がある。

それを見ると余計に心配の色を見せた明光は店主がいるであろうレジ付近に向けて声を放った。

 

 

「すみませーーん!誰かいませんか!」

 

…がしかし全く反応はない。

聞き飽きた最新曲の有線の音だけが虚しく流れ続けるだけの空間だ。

 

 

「((他にお客さんはいないみたいだし、おじさんは寝てるし……こうなったら――))」

 

明光は再び立ち上がる。

 

「ちょっと待っててくださいね!動かないで!」

 

このままでは埒が明かないと判断した明光は店の奥から外へ向けて駆け出す。そして店の真ん前のガードレールに腰をかけて本を読む弟の姿が目に入った。

 

 

「蛍!」

「ん?何…」

「ちょっと手貸してくれない?」

「え」

 

慌ただしい明光の言動に蛍は小首を傾げ 兄に手を引かれるがまま店内へと入る。

 

「何?何冊買うつもりなの。月刊バリボー買いに来ただけでしょ。」

「違う。体調悪そうな子がいて。」

「は?」

「いいから!他にお客さんもいないし、万が一のために蛍もそばにいて欲しいんだ。」

 

半ば怠そうな蛍。だが兄の手の力の感じから只事ではないのかもしれない。"まあ、とりあえず様子を見て必要であれば救急車でも要請すれば――"なんて考えていると兄の言う体調悪そうな子が視界に映った。

 

蛍はその姿を見た瞬間、直ぐにその子が何者か理解した。

 

「どう?まだ気分は良くないですか?…蛍、さっき水買ってたよな?この子に飲ませて…」

「……へー」

「蛍?」

 

聞いたことのある蛍の低い声と明光が口にした名前に微かに反応を見せる"その子"。

真っ青な顔色を持ち上げたその子は蛍としっかりと目が合う。

 

 

「……」

「重症そうですけど…まあまだマシじゃないですか?」

 

ぼんやりとこちらを見上げる彼女の姿。確かに顔色は悪く不調なのは分かる。だがさらに酷い時の状況を聞く限り大したことはないと蛍は考える。

 

そして弟の素っ気ない言動と慣れたような台詞に明光は小首を傾げた。

 

「蛍?何言って…」

「この人俺の知り合い。」

「え?」

「"音羽さん"聞こえてます?俺たちの声、ちゃんと聞こえてる?」

 

蛍は肩にかけていた学生鞄を床に置き、兄と同じく音羽の傍らにしゃがみこむ。視線を合わせ、じっと目を見つめていると音羽は僅かに頷いた。

 

「……ん。」

「大丈夫ですか?いつもの薬とか何かあります?」

「…………大丈夫。」

 

下手な笑みを浮かべる音羽。

対し蛍は無表情で見つめ続ける。

"大丈夫じゃないくせに"――蛍の胸中でちょっとした意地悪心が芽生える。

 

傍らに置かれた学生鞄。その中から水の入ったペットボトルを取り出し、丁寧にキャップまで外すと音羽の目の前へと掲げた。

 

「ほら 水飲んでください。俺が口つけたので悪いですけど。」

 

ペットボトルを握る大きな手。ゆらゆらと音羽の前で揺らし受け取るようにと促す。

 

「…ありが――」

 

音羽は手を伸ばした。同時に蛍はペットボトルから手を離す。

 

「ッ……」

 

しかし、ペットボトルは音羽の手に握られることなく落下。中の水が落下した影響でこぼれ落ちていく。

 

至近距離の物体を掴むことが出来なかったのは間違いなく遠近感の問題だ。

 

「((…多分完全に左目が見えてない。ぼやけてるとか、霞んでるとかそういう状態じゃないみたいだね。))」

 

音羽の左目の事は勿論蛍も知っていた。そして今回の件も弟の影山が口にしていたことも。練習試合で相手のアタックが自身の顔面に強打しその影響で時たま左目が完全に見えなくなる瞬間が出たり、出なかったり――

 

 

「救急車呼んだほうがいいね。蛍、電話…」

「それはしないほうがいいかも。」

「え?」

 

床にじわじわと広がっていくペットボトルの水をタオルで拭き取りながら蛍は応える。兄とは正反対でかなり落ち着いている様子だ。それは音羽の状況をある程度理解していたからだ。

 

「呂律が回ってない訳でもないし、会話もできる。問題ないでしょ。」

 

意識もハッキリしている。何かしら脳などに大きな影響があると言うことであれば会話すら出来ないはずだ。しかし今はそうではない。

 

 

「とりあえずウチ近いし休ませようよ。」

「でも万が一貧血とかそういうのじゃなかったら…」

「多分大丈夫だよ 顔色も戻ってきてるし。…それより救急車なんて呼んだら後が大変だと思うよ。」

 

救急車を呼ぶのは彼女にとって更に気持ち的にも全てを悪化させてしまう可能性がある。それを蛍は優先したのだった。

 

「ッ……」

 

明光は蛍の言葉に再び反論をしようとしたが出かかった言葉を飲み込む。蛍は賢い。言うことが全て正しいのであれば音羽のことを分かっているであろう弟の言うことを信じようと決める。

 

 

「…わかった。とりあえず車寄せるから待ってて。」

「うん。ありがとう。」

 

明光は足速に店を飛び出すと車を停めているコインパーキングへと向かう。相変わらず店主はコクコクと頭を揺らしながら眠りこけているし、他に客の入店も無い。

 

蛍は辺りを見回した後、再び音羽に視線を落とす。

 

「左目、今完全に見えないとか。」

「…うん。」

「それで気分悪くなったとか、そういう系でしょ。」

「………多分そうだと思う。」

 

お気に入りの小説家の本を探しに書店に訪れていた音羽。探している間に他の文庫本にも手を伸ばしては小さな活字を目で追い、瞳に映していた。

 

何度か手に取り、再び戻す。

外気温と店内の温度差や昔からある書店の独特な香り。遠近感がない状態の音羽にとって様々な要因のせいで狂わされたのかもしれない。

 

気づいた時にはその場に座り込み、グルグルと脳内が激しく回転するような奇妙な感覚に襲われていたのだった。

 

 

「ご両親どちらかの電話番号教えて、連絡しておくから。」

「……はい。」

「弟にも直接連絡するよ。」

「"それは"ッ!」

「するなって言ってもするよ。」

「……っ…」

 

蛍は冷めた表情で音羽を見据えるだけ。

対して音羽は唇を噛み締めると諦めたように蛍から目を逸らす。

 

「どうせ弟の耳にも入るんだから。諦めなよ。」

「………うん。ごめん。」

 

音羽はポケットから携帯を取りだし彼に手渡す。

そして父と母の連絡先を見つけ電話をかけながら、もう片方の手では自身の携帯で飛雄にメールを打ち込むのだった。

 

 

 

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――20分後

月島宅にて――

 

 

 

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明光の車で月島宅にたどり着いた時。

音羽の体調はほとんど回復し、若干ふらつきながらも自分ひとりで歩けられるようになっていた。

 

蛍はそんな彼女の背を見据え、呆れたようにため息を漏らしていたのだった。

 

 

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「"いやー!まさか君が影山音羽さんだったなんて!"」

 

居間のソファに座る音羽を前に明光は嬉しそうに微笑みながら彼女をもてなした。

 

ソファ前の机には温かい紅茶の入ったコーヒーカップ。他にも何か――と明光はキッチンをうろうろと彷徨う。

 

 

 

「高校女子バレーナンバーワンセッター!異名は女神様!」

「あの…」

「蛍からも話は聞いてたよ!合宿でもお世話になったって!」

「…えっと」

「よかったら!今度社会人チームの練習…」

 

その時、隣に立っていた蛍の肘が落ち着かない様子の明光の腕を突く。

 

「兄貴。みっともないからやめてよ。」

「ごめんごめん!つい。」

 

蛍はグラスに冷えた麦茶をコポコポと注ぎ喉を潤す。まさかあの音羽が自分の自宅のソファに腰掛ける姿を見るなんて誰が想像しただろうか。

ほんの数ヶ月前、初めて出会いは最悪だった。ちょっと意地悪なことを言ってやろうと事故のことを口にし、それを音羽に容赦なく両断されたこと。

 

真面目で強い女の人。

しかし、どこか脆くて儚い人。

 

蛍は音羽を知る度に彼女の違う視点での女神の姿を見ていたのだった。

 

「あー!そうだ!これ食べて?駅前のケーキ屋のイチゴのショートケーキ。ほんっとに美味くて!蛍もお気に入りで!」

「ねえ 本当に余計なこと言わなくていいから。」

 

じっと静かに音羽の様子を観察しようとしても陽気な兄の言動によって集中できない。だがそれがある意味今はいいのかもしれない。きっとシリアスな空気になればなるほど、蛍は音羽に向かって冷たくあしらってしまうかもしれない。

 

「あの!本当にお構いなく。これ以上ご迷惑…」

「ホントホント。姉弟揃って迷惑…」

「蛍!そういうこと言うんじゃないの!」

 

今度は明光の拳が蛍の腕を突く。

少し小難しい性格の蛍に対しての扱い方はさすが兄と言ったところだろう。相変わらずムスッと無表情であるがそこまで嫌そうには見えない。

 

これが月島兄弟。

 

「あの、そういえばおふたりのご両親は?きちんとご挨拶をしないと…」

「父さんは仕事。母さんは町内の集まりに出てて暫くは帰ってこないかな。」

「そう…ですか。」

 

ここまで助けてくれた兄弟の両親。後日またお礼を言いに来ようと音羽は脳内で呟く。

 

「……」

 

テーブルに置かれた温かい紅茶に手を伸ばす。こくんとひと口 喉に流し込む。優しいハーブティーの香りと味に徐々に緊張がほぐれていく。

音羽の視線の先にはキッチンで会話をする月島兄弟の姿。ニコニコと冗談を口にしながら笑う兄、パッと見鬱陶しそうにあしらうも兄を慕うように会話をする弟。

 

音羽はその光景を前にじわっとしたなんとも言えないくつろぎを感じた。柔い雰囲気。兄と弟がお互い理解し合い、わだかまりも感じない。お互いここにいるのがしみじみと求められていて居心地がいい感じだった。

 

――私と飛雄は…………どうなんだろうか。

 

胸になにかの引っ掛かりを感じた。

不意に音羽は右手を左胸にあて ドクドクと脈打つ心音を直に感じる。

 

"私と飛雄は……私は心のどこかで弟に壁を作っていない?"

 

ぐるぐると感情が揺らめいていたその時、明光が持っていた携帯から電子音が響き渡った。

 

 

「……あー、ごめん。ちょっと仕事の電話。蛍、一瞬外出てくるから音羽ちゃんよろしくね。」

「ん。」

 

慌ただしく部屋から出ていく明光。あっという間にリビングは静まり返るとふたりの間に沈黙が流れる。

 

「……」

「…ハァ……」

 

蛍は麦茶を片手にため息を漏らす。

そしてソファへと向かい 1人分の間をあけて音羽の隣に腰かける。

以前、東京合宿で蛍と音羽の距離は明らかに狭まっていた。しかしお互いに言い表せない妙な距離感はあった。そらは蛍の性格もあるかもしれない。音羽を相手にしても容赦なく本音をぶつけてくる感じ。音羽自身はそのことに関して何も思ったことは無いが彼の口から今度はどんな言葉が飛び交ってくるのかと身構えることがある。

 

それは主に"弟"のことだった。

唯一誰も踏み込んでこない、音羽にとってこの世界の中心とも言える最愛の弟のことについて。蛍は自身も兄がいるからこそ、似たような経験があるからこそ遠慮することなく口にしてきた。

 

 

「目、結局まだ治らないんですか。」

「…うん。今のところ。」

 

たどたどしい会話。

2人の視線は合わず、互いに飲料が入ったグラスを見つめる。

 

「春高予選まで2週間。治らなかったらどうするんですか。」

「出るよ。」

「バカでしょ。遠近感も掴めないままボールをあげるなんて。」

「練習すればいい。」

「………」

「視野に関しては慣れてきてる。あとは私が努力すればコートに立てる。」

 

蛍は左隣に座る音羽に視線を向ける。自分の問いに詰まることなく真っ直ぐと返答する彼女。全くもって理解できない、どこからそんな自信が湧き出るのかといくらでも罵倒できそうな程に脳内に様々な思いが巡った。

 

 

「……バカを通り越して呆れるよ。ホント。」

「月島君の言う通りだよね。」

「自分のこと過信しすぎ。サイボーグか何かだと思ってるんですか?」

「まあ 事実左脚はサイボーグだし。」

「笑えないギャグやめてくれます?」

 

何を言っても折れない精神力。しまいには返しにくい冗談まで。弟と似ているところもあれば音羽の性格が滲み出る発言も。

 

蛍は音羽に視線を向けたまま更に言葉を続けた。

 

 

「弟、心配してますよ。……多分、音羽さんが思ってるより。」

「……」

「これでうちのチームにも影響出たら困るので。」

「……」

「ちゃんと話してくださいよ。"今日のこと"。」

 

含みを持たせた声色。

蛍の言う"今日のこと"――音羽は理解していないのか小首を傾げるも後々分かることになる。

 

弟の気持ちばかりを優先し、自分を押し殺す姉の言動。蛍はそれをわかっていた。

 

 

 

その時、リビングと廊下を繋ぐ扉がゆっくりと開く。

 

 

「音羽さん。ご家族の方が来てくれたよ。」

 

明光がひょっこりと顔を覗かせた。

すると外から車のドアが開く音、閉じる音が微かに聞こえると迎えが来たのだと理解した。

 

「荷物は先に渡しとくから。蛍は音羽さんを頼むよ。」

「ん。わかった。」

 

ソファから立ち上がる蛍。

するとスマートに長い手が音羽に伸びる。

 

「ほら、手。」

「……」

「ここで転ばれても困るから。」

「……」

「手出さないなら引き摺っていくケド。」

「うっ!?」

 

言うことを聞かない音羽の服の袖を容赦なく掴む月島。容赦ない年下の男の子を相手に音羽は間抜けな声を上げ戸惑いを見せた。

 

「ちょっ!手!手!」

「最初からそうすればいいんですよ。」

 

音羽は手を差し出すと蛍は力強く引き上げる。そしてそのまま手を引くと少し雑ながらも蛍の優しさを感じた。

弟から蛍のことは今まで聞いていたし、初対面の時を考えると今の状況が不思議でたまらない。

 

「((冷静沈着、頭脳明晰。……皮肉屋で挑発めいた事ばかり言ってくるけど――))」

 

"悪意からくるものではない。相手を煽るのも彼なりの意図がある。"

 

「((本当は誰よりも優しい面を持ってる。誰よりも一歩引いて周りを見てる。そんな子なんだよね。))」

 

玄関口で音羽のローファーを揃え サッと手を差し伸べる。ムッとぶっきらぼうな顔をしているが"いい人"なんだ。

 

「……何笑ってるんですか。」

「別に。何でもない。」

「………………」

「何よ?」

「今日のこと 黒尾さんにチクリますよ。」

「それはやめて!鬼電かかってくるから!」

 

彼は意地悪そうに口元を緩める。

そして玄関扉のノブに手を伸ばしたその時、最後に念押するように蛍は音羽に伝えた。

 

「ちゃんと言ってくださいね。弟に。」

 

 

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蛍に手を引かれながら現れた音羽。

明光に頭を下げていた両親の視線が一気に音羽へと向く。

 

「音羽!」

「音羽…大丈夫なの?」

 

心配の色を見せながら駆け寄る両親。

そしてその背後で無表情で静かに状況を見据える飛雄の姿もあった。

 

「……」

 

姉に駆け寄る素振りも無ければ声をも出さない。

明らかに"怒っていた"。

蛍はそんな飛雄を横目で見ると小さくため息を漏らす。

 

 

「本当に…娘がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」

「迷惑だなんて思ってません。むしろいつもウチの弟がお世話になってます。」

 

音羽の父親は何度も礼を述べる。対し困ったように眉を下げ微かに微笑む明光。そんな明光が蛍に視線をやると蛍は丁寧に頭を下げたのだった。

 

「あの 月島さんのご両親は…」

「今 両親は不在なんです。僕の方から言っておくので気になさらないでください。」

 

母親も同じく何度も月島兄弟に頭を下げる。"また別の日にお礼を……"なんて口にすると明光は丁重に断った。

 

そんな両親の背中を前に飛雄がついに動き出す。

 

「月島、姉貴が迷惑かけた。悪い。」

「別に大したことないよ。たまたま居合わせただけだし。」

 

蛍は音羽から手を離す。

そして一歩、音羽は飛雄の前へと踏み出し そっと見上げた。

 

 

 

「飛雄。」

「……」

「心配かけて"ごめ"」

 

"ごめん"という言葉は容赦なく遮られる。

 

 

「マジで何してんだよ。」

 

冷めきった低い声だった。

表情も恐ろしく、怒りが滲み出ているのが分かる。

 

 

 

「ッ…とび」

「自分の状況分かってんのかよ。」

「待っ……!」

 

飛雄の両手が音羽の両肩を掴む。

襟首に掴みかかるような勢いだったがさすがにそこまで手を出せなかったのだろう。しかし今にでも乱暴に襟を掴まれそうな勢いだった。

 

「飛雄!」

「他所のお家で…やめなさ」

 

両親が止めに入るも 今の飛雄には音羽の姿しか映っていなかった。

 

「安静にしてろって!医者に言われてんだろうが!」

 

住宅街に響き渡る飛雄の怒号。

あまりの突然の出来事にそれぞれが固まってしまう。

 

怒りの矛先を向けられている音羽。自分に対してここまで怒りをぶつける弟を見るのは初めてだった。

大会前で気が立っているのかもしれない。そんな中、無茶ばかりをする姉の姿に我慢できなくなったのだろう。

 

"羽を奪った張本人だと自分を責める飛雄。その本人の気持ちは誰も理解できないほどもどかしく苦しいものだった"

 

「飛雄!手を離すんだ!」

「姉ちゃんは何も分かってねえ!」

「飛雄!」

「父さんも母さんも 姉ちゃんの事自由にしすぎなんだよ!……姉ちゃんは普通じゃねえんだ!それをまるで何事もないかのように放って…結果がコレだろ!」

 

蛍は目の前の光景に既視感があった。

チームメイトの日向に大してガチギレする時。

それがそのまま再現されていた。

 

 

「……ッ!…」

「学校帰り、どこ行ってたのか知らねえけど どうせまた隠れて練習してたんだろ!」

「…それは…!」

「隠したって分かるからな。」

「違うよ…"今日は…"」

「"今日は"、なんだよ。」

「…っ………」

 

 

有無を言わせない鋭い目つき。

憎しみなどとは違う感情を含ませたその目つきは本気の目だった。

 

"……私が悪い"

 

"飛雄は何も悪くない"

 

"全部全部、私がダメなんだ"

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん…ごめん。なんでもないよ。」

 

音羽はいつもの笑みを浮かべた。

場をなんとか落ち着かせようと飛雄を宥めるように下手な笑みを零す。

 

「………ッ」

 

飛雄は何度も目にしてきたその笑顔に"ハッ"と目を見開き我に返る。

すると慌てて手を離すと行き場を失った両手が微かに震えていた。

 

「お父さんもお母さんもごめんなさい。……月島くんのお兄さん、月島くんもご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。」

 

困ったような愛想笑い。

必死に取り繕うような癖のある笑顔。

その表情の最奥に隠された哀しみを隠すように、彼女は力の無い笑みを向け続ける。

 

 

「……」

 

蛍はそんな彼女をじっと見つめる。

 

「((…ホントに お人好しがすぎるでしょ。))」

 

過去の兄の姿と音羽の姿が重なる。

 

「((ちゃんと話してって、言ったよね。))」

 

弟に見せたくないと言わんばかりの本音の顔。

その"表情"が大嫌いだ。

何故兄は、姉は――弟に本音を隠す?

 

 

 

 

「…ん?蛍…」

 

蛍は明光の横を通り過ぎ影山姉弟の元へ。

両親と兄は不思議そうに彼を見上げていた。

 

 

「ねえ"王様"」

「なんだよ。」

「ちょっと言い方酷いんじゃない?」

 

思いがけない蛍の台詞に音羽は目を見開く。

 

「…お前に関係ないだろ。」

「関係あるよ。"今日のお姉さんの状況"知ってるのは俺なんだから。」

 

淡々とした口調で蛍は続ける。

 

「音羽さんは無理に体を動かしてたわけじゃないし、今日は指示通り部活は休んでた。」

「……」

「隠れて練習してた訳でもない。今日の4時くらいに駅前のスポーツ用品店で音羽さんを俺は見かけた。その時に声はかけてないけど かける必要性も別にないし。」

 

実は今日、蛍は別の時間帯に音羽を見かけていた。蛍の性格上 しかも異性に気軽に声をかけることは無い。"音羽さんだ"くらいの気持ちでスポーツ用品店で商品を吟味する彼女を目で追ったくらいだ。

 

「あの……月島く」

「足首のサポーター選んでた。アレって君のためでしょ。」

 

音羽は蛍に声をかけるも遮る。それ以上言わなくても大丈夫だと言いた気だったが蛍は無視を続け今日の出来事を口にした。

 

「ほら。その袋。」

「……は」

「足を痛めてる弟の為にお姉さんがわざわざ一人で街に出て選んだんだよ。」

 

明光が両親に手渡した荷物の中。サブバッグと思われるトートバッグの中に青い袋が入っていた。市内の方にしか無い大型のスポーツ用品店。その店名が印字された袋だった。

 

飛雄はその袋を取り出すと眉を顰める。蛍は小さく息を吐くと飛雄を見下ろすように言葉を吐く。

 

「いい加減、理解してあげなよ。」

 

手のかかる姉弟だ。

どちらも遠慮しあっているような姉弟。

だが仕方ないのだろう。あの事故のせいもあってお互い気をつかっているのはわかっていた。

それは自分も兄という存在がいるからだろう。

 

 

「うっ、ウチの弟が…生意気でスミマセン…」

 

一通り話が終わったと悟った明光は蛍の隣に立ち 申し訳なさそうに後頭部に手を添える。"もうここまでにしときなさい"という空気をまとう兄を他所に次は音羽へと視線が向けられた。

 

 

「……音羽さんもさ」

「ッ……」

 

蛍の声にピクリと肩を揺らした。

 

「弟が大事なのは分かるけど はっきり言ってあげないと分からないこともあるでしょ。」

「…………」

「音羽さんの世界の中心が弟なのは分かってるよ。俺だけじゃなくて他の人も…多分分かってます。」

 

音羽を昔から知る澤村も その同級生の菅原や東峰、清水も。青葉城西の及川や岩泉、知り合って間もない音駒や梟谷のメンバーたちも"分かっている"。

 

だがそのままでいいのか?

それは間違いだ。蛍はその中のメンバーの誰よりも分かっていた。

 

「"言わないと分からない"。ウチの兄貴もそうだったし。」

「ギクッ」

「でも今は違う。」

 

弟の言葉に分かりやすくリアクションをする明光。今は笑い話のような内容だ。しかし当時は苦しんでいた。

 

 

蛍はまた一歩、音羽に詰め寄る。

 

「"きょうだい"なんでしょ?」

「……」

「影山音羽さんが大切にしてる"きょうだい"なんでしょ?」

 

ゴクリと息を飲んだ、

まっすぐとこちらを見下ろす長身の彼の姿に。

 

「姉弟だからって、血が繋がってるからって、ただそれだけで全部が通じ合えるわけじゃない。」

 

彼の背中、空高く昇る満月の月。

 

「ちゃんとお互い言葉にして言わないと分からないこともあるでしょ。テレパシーだなんてものもないんだし。」

 

彼の表情は真剣すぎて鬼気迫るものだった。

 

 

「影山音羽さん。」

 

蛍の低く芯のある声が彼女の名を呼んだ。

それは彼女の胸の奥を深く掴み離さない。

 

まるで月の満ち欠けようだ。

その存在に音はない、だが存在していた。

彼の背後に聳える月の光、影――僅かに彼ら姉弟の心理を突き動かす。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

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